あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロの使い魔BW-01


抜けるような青空、というのはこういった空のことを言うんだろうか。
 ぼんやりとした思考で、少年はそんなことを思った。
 視線を落とせば、豊かな草原が一面に広がっている。暖められた草の、青臭い匂いが鼻をくすぐる。
 遠くに、石造りの立派な城が見えた。彼が居たはずのイッシュでは、余り見ないタイプの建物だ。
 だけどよくよく考えれば、以前に『彼』と雌雄を決したのも『城』だったなと思う。そう考えれば、そんなに不思議でもないのかもしれない。
 ただそれも、彼が直前まで居たのが『海底遺跡』でなければの話だ。
 海の底にある古びた遺跡のそのまた最奥に居たはずの自分が、何故こんな開けた場所に居るのか。

 混乱している思考でそんなことを考えているところに、背後から声をかけられた。
「あんた誰?」
 振り返れば、見慣れない格好をした女の子が、腰に手を当ててこちらを睨んでいる。
 いや、白いブラウスにグレーのプリーツスカートと、服自体はそんなに妙でもない。ただ、首元のブローチによって留められた黒いマントが異彩を放っている。
 顔は、まず可愛いと言って間違いはない。白い陶器で作ったようなつくりの良い顔に、強い光を放つ鳶色の眼。背中までかかっている柔らかくウェーブした髪は、ちょっと珍しい桃色がかったブロンドである。
 周囲には同じような格好をした少年少女が、彼と女の子を取り巻くようにして立っていた。物珍しげな視線を向けられ、なんとも居心地が悪い。
 マントがなければ、学生の集団のようにも見える。まるで昔見た映画の魔法学校のようだ。
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』でヘイミンを呼び出してどうするの?」
 どこかからそんな声が上がると、意地の悪い笑いのさざめきが少年少女の間に広がった。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
 目の前の女の子が、声の上がったほうをきっと睨みつけて口を開く。
「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」
「流石はゼロのルイズだ!」
 誰かがそう言うと、人垣がどっと笑う。
 どうやら目の前の彼女はルイズと言うらしい。
 とにかく、「なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け」である。
 まずは名前を答えようと口を開いたところで、集団に混じっている『彼ら』に気づいた。

 ほぼ習慣と化している手順でバッグを探り、手帳サイズのそれを取り出して開く。
 そして最新技術の結晶であるそれのカメラを、彼らのうちの一体――青い髪の小柄な子の隣に控える、やっぱり青いドラゴン――に向け、ボタンを押した。
<<ERROR:対象はポケモンではありません>>
「あれ……?」
 思わず首を傾げた。これは、人間や単なる無機物に対してそれ――ポケモン図鑑を起動した際に出るメッセージだ。ならアレは、ポケモンではないのだろうか。
 とりあえず他の彼らにカメラを向け、同じようにボタンを押してみる。モグリューやきわめて小さいニョロトノのようなそれらにも、図鑑は反応しない。

 嫌な予感がして、今度はタウンマップを取り出し起動した。
 イッシュではない。カントーでもない。ジョウトでもない。ホウエンでもない。シンオウでもない。
 該当データ、なし。
 海底遺跡の調査が終わったら他の地方を回ってみようと思っていたから、マップデータはあらかた詰め込んだはずだ。それこそ、普通は入れないような細かいデータまで。

 目の前がまっしろになりかけた。
 先ほど彼の前に居た女の子が、人垣を割って現れた髪の薄い男性になにやら喰ってかかっているが、そんなことを気にしている場合ではない。
 無意識に、腰元のボールを手で探った。『そらをとぶ』を使えば、例え見知らぬ場所であろうと、ポケモンの優れた方向感覚によって見知った街に飛ぶことができる。
 だが、手はそこで止まった。今の彼に、それを試してみる勇気はない。試してみて、万が一失敗してしまえば、どうしようもない事実が確定してしまいそうだったから。
 ポケモンではない、青いドラゴンやモグリューのような生き物が存在する世界。
 果たしてそれは、彼の居た世界と同じものなのだろうか?

「彼はただの平民かも知れないが、呼び出された以上、君の『使い魔』にならなくてはならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、この儀式のルールは他のあらゆるルールに優先するのだから」
「そんな……」
 視界の隅では、男性に諭された女の子ががっくりと肩を落としていた。
 男性がこちらを指さしていた辺り、彼にも関わる話なのだろうが、内容は全く分からない。
「召喚には手間取ったけれど、最後は成功したんだ。きちんと契約まで済ませて、儀式を完遂しなさい」
「……はい」
 男性に厳しさと優しさの混じった微笑を向けられて、女の子――ルイズがくるりとこちらを向く。
 そのまま近づいてきた彼女は、困ったような表情で彼を見つめて言った。
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことをされるなんて、普通は一生ないんだから」
 キゾク? 貴族、だろうか。ならさっきの「ヘイミン」というのは平民のことか。
 困惑する彼の前で、ルイズは諦めたように目をつむり、手に持った小さな杖を振る。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。このものに祝福を与え、我の使い魔となせ」
 まるで呪文のような文言を唱えると、杖を彼の額に置いた。
 そして、呆気に取られる少年の頬を手で支えると――小さな唇を、彼のそれに重ねた。
「っ!?」
「……終わりました」
 すっと立ち上がり、顔を真っ赤にしつつ報告したルイズの背中を、少年は呆然と見つめた。
 『ちょうおんぱ』に『あやしいひかり』を重ねがけされた上で『ばくれつパンチ』を喰らったような気分である。分かりやすく言うと、なにがなんだか分からないということだ。
「『サモン・サーヴァント』は何度も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
 頭の薄い男性が、嬉しそうに言った。
 それを皮きりとして、またしても人垣が騒ぎ立てる。
 どうやら、ルイズというこの女の子は基本的にからかわれる立場らしい。『洪水』『香水』『ゼロ』などの言葉が飛び交うが、頭に入ってくることはなかった。
 駄目だ。完璧に混乱してしまっている。とりあえず、あの男の人にでも話を聞いてみよう。
 そう決めたところで、身体が妙に熱くなった。
 特に右手の甲が熱い。むしろ痛い。熱したヤカンに手の甲を押しつけたらこうなるだろうか。思わず右手を抑えてうずくまる彼に、ルイズが苛立った声をかける。
「『使い魔のルーン』を刻んでいるだけだから、すぐ終わるわよ」
 それは、時間にすれば確かにすぐ終わるのかもしれなかった。ただ、これまで強い負荷を受け続けてきた彼の精神は、そんな痛みに耐えきれず。
 トウヤは めのまえがまっしろになった!

「ねえ、ちょっと、大丈夫!?」
 ゆさゆさと身体を揺さぶられて、少年は目を覚ました。眼前には、女の子――ルイズの顔。
 バックに広がっているのは青い空だ。どうやら彼は、草原にあおむけで横たわっているらしい。痛みの酷かった右手の傍では、髪の薄い男性がなにやらスケッチを取っていた。
 大丈夫、と言って起き上がると、ルイズがじろりと睨みつけてくる。
「ルーンを刻まれた程度で倒れるなんて……まぁ、大事でなくて安心したけど」
 後半が良く聞こえず聞き返そうとするも、その前に周囲から野次が飛んだ。
「契約で使い魔を殺したのかと思ったよ!」
「そしたら、ゼロどころかマイナスじゃない。ルイズのキスは『あくまのキッス』ってやつ?」
 ルイズの鳶色の眼が怒りできらめく。そのまま唇を開いて反撃の言葉を吐き出そうとしたところで、男性がパンパンと手を叩いて場をおさめた。
「そこまでです。……じゃあ皆さん、部屋に戻りましょうか」
 そして男性はくるりときびすをかえすと、ふわりと宙に浮いた。
 周囲の人垣も、同じように宙に浮く。そしてそのまま、城のような石造りの建物へと飛び去った。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「あいつ、『フライ』どころか『レビテーション』すら使えないんだぜ」
「その平民、『ゼロ』の使い魔としてお似合いよ!」
 口々に叫んでは、紐で引かれるように城へと飛んでいく。
 少年は口をあんぐりと開けてそれを見送った。彼の常識では、人は飛ばない。個人で使える飛ぶ手段はあったはずだが、どうにも思考がはっきりしなかった。
 少年と二人残されたルイズは深いため息をつくと、疲れたように彼に問いかけた。
「あんた、なんなのよ」
 訊かれたのでとりあえず名前を答えようとして、すんなり出てこないことに戸惑った。それどころか記憶全体にもやがかかっているようで、なにも思い出せない。
 思い出せないので首を振る。ルイズが慌てたように「名前は?」とか「住んでいた場所は?」などと訊いてくるが、ことごとく返せない。
「まさか、記憶喪失……?」
「そう、みたい」
 恐る恐るといったその言葉に、彼はこくんと頷く。
「よりによって召喚したのが平民で、しかもそれが記憶喪失だとか……ああもう!」
「……ごめん」
 ルイズは苛立ちを込めて彼を睨みつけるが、恐縮したように縮こまってしまっている相手に怒り続けることは難しかったらしい。
 彼女は再び肩を落とすと「部屋に戻るわよ」と気の抜けた声で言った。

「記憶喪失ってのは本当みたいね」
 ルイズがこちらの世界のあらましを語り、少年が分からないところについて訊く、といった形でいくらか会話した後、彼女はそう頷いた。
 地名や歴史はともかく、貴族と平民の違いやメイジ、更には魔法についてすら知らないというのは、ハルキゲニアではあり得ない。幼児ですら持っている知識だ。
 例え東方にあるとされる『ロバ・アル・カリイエ』から来たと考えても、魔法についての知識まで欠けているというのはおかしい。かの地の近くには、あの恐ろしいエルフが居るはずなのだから。
「……とりあえず、明日にでも校医に診て貰いましょう。ここまでなにもかも忘れてると、日々の暮らしにすら支障が出かねないわ」
「ありがとう」
 にこりと笑いかけられ、つい溜息が洩れる。この使い魔は、事態の深刻さを理解しているのだろうか。
「使い魔の健康管理も主人の仕事よ。気にしなくて良いわ」
「……俺がゴシュジンサマのツカイマだってのは分かったけど、具体的にはなにをすれば良いんだろう?」
 そういえば、彼の立場については説明したが、使い魔の仕事の詳細までは話していなかった。
 記憶が戻るにしろ戻らないにしろ、知らせておいて損はないだろう。
「使い魔の仕事は主に三つよ。まず、主人の目となり、耳となること……なんだけど、これはダメね。わたし、なんにも見えないもの」
「そうなんだ」
 使い魔は申し訳なさと安堵の入り混じった微妙な表情で頷いた。
「次に、特定の魔法を使う時に必要な秘薬を見つけてくること……なんだけど、これもダメね。記憶喪失じゃ、コケやら硫黄やらって言っても分からないでしょ?」
「うん」
 平民では記憶が戻ったとしても駄目な気がするが、あえてそれは考えまい。
「そして最後に、主人の身を守る存在であること……なんだけど、これもダメよね。あんた、腕っ節があるようには見えないし、なにか特別な能力があるわけでもないだろうし」
「……ん、ああ、そうだね」
 身を守る、と言ったところでなにか引っかかっていたようだが、大したことではないようだ。

 しかし整理すると、この使い魔は使い魔らしいことは何一つ出来ない、ということになる。
 平民を召喚してしまった自分のふがいなさにちょっとだけ泣きたくなったが、それよりまずは彼の仕事を決めることにした。なにが出来ずとも、遊ばせておくわけにはいかないのだから。
「ということで、あんたには洗濯と掃除、後はその他の雑用をやってもらうわ」
「了解」
 能力と種族はともあれ、従順なのは美点だ。使い魔としてはそれが普通なのだが、ヒトであり、かつ常識に欠ける以上は、もう少し軋轢があってもおかしくなかった。
 記憶喪失から来る不安もあるのだろう。それが、自分の行った『コントラクト・サーヴァント』が原因である可能性を考えると、ちょっとだけ後ろめたくなった。
 そんな後ろめたさを振り払うように、ルイズは話を変えた。
「ところで、あんた召喚された時になんかごそごそやってたけど、あれはなにをしてたの?」
「ごそごそ?」
「いや、このバッグ漁って、なにかやってたじゃない」
 そう言ってバッグを手渡してやるも、使い魔は首を傾げている。やはり、自分の持ちものについてすら忘れてしまっているらしい。
 もしかすれば、バッグが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないと思ったのだが、そう簡単にはいかないようだ。前途多難である。
 ルイズは一つ首を振ると、疲れ切ったように言った。
「いいわ、忘れて。……たくさんしゃべって疲れちゃったから、寝るわ」
「分かった」
 そう簡潔に答えると、使い魔はごく自然な動作で部屋を出ようとする。慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 何処に行くのよ!」
「……? ツカイマは外、じゃないの?」
「いやまぁ普通はそうだけど! 使い魔用の厩舎もあるけど!」
 ご主人様と使い魔の関係をはっきりさせておこうとは思っていたけれど、流石にそこで寝ろとまでは言わない。むしろ言えない。
 あれだけの思いをして契約した使い魔が、大型の幻獣に餌と間違われて美味しく頂かれてしまいました、なんてなったら、泣くに泣けない。
 毛布を投げ渡しつつ、ベッドから離れた床の一角を指指す。
「これ貸してあげるから、そこで寝なさい」
「……ん、ありがとう」
 反抗的なのは大変だろうが、理解が良すぎるのもそれはそれで疲れるものだ。
 そんなことを思いながら、ルイズは寝るために着替えることにする。ブラウスのボタンを全て外したところで、使い魔に視線をやると、毛布にくるまり既に寝息を立てていた。
「……はぁ」
 本来なら怒鳴ってでも起こしてやるべきところなのだろうが、今日は色々とあり過ぎて気力がない。洗濯に関しては、明日にでも改めて言いつけることにしよう。
 ルイズはランプの灯を落とすと、寝台に横になる。するとよほど疲れていたのか、使い魔に負けず劣らずの早さで寝息を立て始めた。


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