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Mission 30 <ラグドリアンを侵す者> 後編



水の精霊曰く、襲撃者というのは二人組のメイジであり、深夜になると魔法を用いて水中に潜り、ラグドリアン湖の遥か湖底を住処にする水の精霊を襲うという。
また、そのメイジはトリステイン側ではなくちょうど反対側のガリア側から現れるそうだ。
未だ夕方にさえなっていないため、一行はひとまず日が落ちるまでトリステイン側の湖畔で待機することにした。
ルイズとロングビルはモンモランシーの眠りのポーションのおかげで未だ目を覚ますことはない。
「……へっくし! しかし、その襲撃者とやらはどうやって水の精霊のいる湖の底まで潜るんだろうね」
ギーシュは濡れてしまった服とマントを乾かすために焚き火の傍で座り込んでいた。モンモランシーも同じようにギーシュの傍で火に当たっている。
スパーダは地面に突き立てたリベリオンに凭れながら腰を下ろし、閻魔刀を抱えて目を閉じていた。眠っているようである。
「たぶん、風の使い手よ。自分達の周りに空気の球を作って水を遮っているのよ。水の使い手なら水中でも息ができる魔法を使うでしょうけど、
水の精霊を相手に水に触れるなんて自殺行為だもの。よほどの風の使い手じゃなきゃ無理だわ」
「しかし、あんな水の精霊をどうやって攻撃するんだろうね? 水なんだから傷はつかないんじゃないかい」
「きっと近づいて、強力な炎であぶって蒸発させるんでしょうね。いくら水の精霊だって、気体になっちゃったらどうにもならなくなるもの」
「うーむ……」
すらすらと答えるモンモランシーにギーシュは唸った。
しかし、その襲撃者とやらはとんでもない命知らずだ。たとえ水に入らずに陸から攻撃しようと、先のスパーダの時のように精霊は
湖の水はおろか大気の水蒸気さえ先住の魔法で利用して怒涛の攻撃を仕掛けてくるのだから。

「……ねえ、ギーシュ。ミスタ・スパーダって本当に異国の貴族なの?」
「何だい、突然」
モンモランシーが眠っているスパーダを見つめながら怪訝そうに尋ねていた。
「さっき、水の精霊が言っていたじゃない。〝魔の眷族〟って。……それって、彼のことでしょ? 一体、何者なの?」
「あ~……いやぁ、そのぉ……」
顔を引き攣らせたギーシュは狼狽し、視線を泳がせている。
まずい。スパーダが悪魔であることがバレる。もし、そんなことにでもなれば……。
「じ、実はだね。スパーダ君は、異国では剣豪であると同時にちょっとした魔法も使えるのさ。ほら、さっきだって一瞬で移動したりしただろう。あれがそうなんだ。
それに彼が従えていた巨大な馬! あれはいわば彼の使い魔なのさ! 僕達メイジとは全く違う魔法を使うから、そのことについて言ったんだよ」
何とか誤魔化そうと、しどろもどろになりながらもギーシュはそのように説明した。
彼は悪魔だから、あながち間違いでもあるまい。
「……あっ、そう」
モンモランシーはどこか納得しきった様子ではなく、訝しんでいたがそれ以上の追求はしてこなかった。

やがて、完全とはいかなかったが二人が衣類を乾かした頃には日が落ち、さらに六時間が経過していた。既に深夜だ。
スパーダも起きだし、湖畔の反対側へと行くために再びゲリュオンを呼び出し、一行は馬車に乗り込もうとする。
これから湖畔を迂回して向こう岸へ向かう。ゲリュオンならば三十分とかからないはずである。
「どうしたんだね、スパーダ君。早く乗りたまえよ」
レビテーションの魔法で未だ目を覚まさないルイズとロングビルを静かに馬車に乗せたギーシュは、未だ乗り込まないスパーダに呼びかける。
パンドラを肩に担ぐスパーダは何かを確認し、警戒するかのように湖畔を見回していた。
(気配が消えているな……。いや、移動しただけか)
昼間にスパーダが感じ取っていた悪魔達の気配は、日が落ちる前から全く別の場所に移動しているようだった。その痕跡からして、どうやらガリア側の湖畔へと移動したようである。
いつ、自分達に攻撃してくるか分からない状況であったが結局、襲撃さえしてこなかった。
だが、反対側へ移動したということはすぐに出くわすことになるだろう。
夜空に浮かぶ二つの月は天の頂点を挟んで光っている。
その月光に照らされる静かなラグドリアンの湖面を見つめながら、スパーダもゲリュオンの馬車に乗り込んだ。



ラグドリアン湖のガリア側の湖畔に、二人の人影が姿を現していた。
漆黒のローブを身に纏い、深くフードをかぶっている二人は一人が長身、もう一人は反対に背が低かった。
その背の低い方が、手にする節くれだった大きな杖をふりかざし、呪文を唱える。
これから自分達の周りに風の障壁をまとい、湖底に潜む水の精霊を退治するのだ。少しでも集中が途切れれば水に触れてしまい、水の精霊に心はおろか魂さえ奪われてしまう。
昨夜と同じように、水の精霊を背の高い方が火の魔法で攻撃することになる。
決して、油断はできない。

――ゲハハハハ……。

――グハハハハ……。

突如、どこからともなく響き渡る不気味で濁った笑い声。
背の低い方が真っ先に反応し、呪文の詠唱を中断すると背後を振り向き、身構えていた。
「ちょ、ちょっと。何よ、今の声は」
長身の火のメイジ――キュルケは突然聞こえてきた謎の笑い声に狼狽する。
背の低い風のメイジ――タバサは湖畔の周囲や林などを注意深く見回していた。
今の笑い声は間違いない、悪魔達のものだ。
水の精霊を退治するためにこの湖を訪れていたのだが、まさかの予期せぬ敵の存在に息を呑む。昨夜は現れなかったというのに。
奴らはそこらの亜人や魔物などと違って、絶対に油断ができない相手なのだ。少しでも気を抜けば、殺される。

――グハハハハ……。

――ゲハハハハ……。

凶悪な笑い声はまるで二人を嘲笑うかのように続いていた。しかし、肝心の悪魔の姿はどこにも見えない。
タバサと背を向かい合わせるキュルケもいつでも己の炎の魔法を放てるように杖を構えていた。
「な、何!?」
「……!?」
突如、二人の周りに落下してきたのは、数本の節くれだった大きな杖だった。それらは地面に突き立てられるなり先端から幾筋もの漆黒の魔力の紐が伸び、
他の杖や魔力の紐と繋がり、やがて二人を取り囲む巨大な檻が出来上がった。
閉じ込められたようだ。どうやら、確実に自分達を仕留めようとしているらしい。

「おでましのようね」
魔力の結界による牢獄の外、陸の地中と湖面の中からすり抜けるようにして姿を現した二体の悪魔達。
その悪魔達は傷だらけの漆黒のマントを身に纏い、頭は血にまみれている湾曲した角を備えた牛の頭蓋骨という恐ろしい姿であった。
一体は弧を描いた鋭い刃を持つ長大な鋏を、もう一体は文字通りに巨大な大鎌をそれぞれ手にしている。
全身から赤黒いオーラを炎のように揺らめかせ、まさしく死神と呼ぶにふさわしい禍々しさに満ちていた。
(あの悪魔の亜種?)
タバサは以前、スパーダの悪魔退治の仕事に付いていった際に似たような悪魔を目にしたことがある。
そいつらはシン・シザーズ、シン・サイズという仮面を着けた死神のような下級悪魔だった。
だが、今目の前にいるこの悪魔達はそいつらよりも格上のようであることは明らかだ。

――ゲハハハハ……。

――グハハハハ……。

宙に浮かびながら二体の死神、中級悪魔のデス・シザーズとデス・サイズは凶悪な笑い声を上げながら結界の中に閉じ込めた二人を威嚇している。
「ファイヤー・ボール!」
「ジャベリン!」
キュルケがデス・シザーズを、タバサがデス・サイズに対して攻撃を行なった。
キュルケが放った火球はデス・シザーズのマントをすり抜けてしまい、全く効果がなかった。
逆にタバサはデス・サイズの頭を狙って氷の槍を放ったが、デス・サイズは即座に反応し鎌を正面で回転させて弾いていた。
「もう! 何で当たらないのよ!」
「頭を狙って」
以前、タバサは倒したことのあるシン・サイズは着けている仮面が弱点だという話を聞いていたため、亜種らしいこいつらも頭が弱点だと踏んでいた。
「え? ――きゃああっ!」
再び呪文を唱えようとしたキュルケとタバサであったが、突如として足元に数メイルに昇る竜巻が発生し、二人を宙へ打ち上げていた。

――グハハハハ……。

そこへデス・サイズが大鎌を構えて体の自由が効かない二人目掛けて結界をすり抜けて突進してくる。
「ブレイド!」
大鎌が薙ぎ払われようとする寸前、タバサは杖に魔力の刃を宿した。
デス・サイズの大鎌を自らの杖で弾く。
一瞬、デス・サイズが怯んだがすぐにタバサはフライの魔法を唱えて体の制御を効かせるとキュルケの体を掴んでさらに上空へと舞い上がった。

――ゲハハハハ……。

その時間差で二人の真下をデス・シザーズの巨大な鋏がジャキンッ、と音を立てて閉じられていた。
少しでも回避が遅ければ二人の体は真っ二つに両断されていたことだろう。
「ファイヤー・ボール!」
フライで浮かぶタバサに体を持ち上げられながら、キュルケがデス・シザーズの頭めがけて火球を放った。

――グガアッ!

今度は先ほどのタバサの助言通りに頭を狙ったために見事命中し、火球が炸裂した。だが、それでも一撃で倒すには至らない。
タバサは今のうちに体の自由が効く地上へと降下すると、体勢を整えたデス・サイズを迎え撃とうと杖を構える。
ふと、足元に目をやると奇妙な渦状の文様が刻まれていることに気がついた。
「避けて」
咄嗟にタバサはその場から飛び退き、キュルケも慌てて反対側へと移動する。
二人がいた場所、地面に刻まれていた文様から先ほどと同じ竜巻が巻き上がっていた。

――グハハハハ……。

そこへ両手に大鎌を握ってタバサに斬りかかってきたデス・サイズだがブレイドの魔法をかけた杖を振るい、応戦する。
二刀流の大鎌による攻撃はリーチが長い上に手数が多いが、タバサも持ち前の身軽さでかわしながら隙を突いてデス・サイズの頭を狙って攻撃していた。
「これでどう!?」
キュルケは結界の外でゆらゆらと浮遊しているデス・シザーズ目掛けて炎の渦を放ったが、ヒラリと横に移動されてかわされる。
さらにそのまま鋏の刃を開きながら突進してきたため、キュルケは慌ててその場に屈んでかわす。ジャキンッ、と鋏の閉じる音が頭上で響いていた。
「後ろがガラ空きよ!」
そのまま地面を転がり、デス・シザーズの背後に回ると近距離からファイヤー・ボールの火球を放った。
またしても見事に直撃し、今度はデス・シザーズの右の角を吹き飛ばしていた。

さらに追撃しようとしたキュルケだったが、上空へ浮かび上がるデス・シザーズの全身から湧き出るオーラが突如としてより濃くなりだす。

――ゲハハハハ……。

デス・シザーズは頭上に閉じた鋏を構え、その刃先をキュルケに向けたまま己の体を高速で錐揉みさせだし、そのまま突っ込んできたのだ。
背後には自分達を閉じ込める結界。追い詰められていたキュルケは横に飛び退ってかわす。突っ込んできたデス・シザーズは地面をすり抜けていった。
「後ろ!」
デス・サイズの頭をブレイドをかけた杖で斬りつけていたタバサは、地中からキュルケの後方に飛び出してきたデス・シザーズを見て叫ぶ。
未だ錐揉みしながら突撃してくるデス・シザーズをキュルケは必死にかわし続けていた。しかし、あらぬ場所から突撃を仕掛けてくるため、ほとんどが間一髪の回避であった。
そして、回避に夢中でデス・サイズが地面に設置している風の精霊の罠には気づかない。
「きゃああっ!」
再び竜巻に打ち上げられてしまったキュルケ。
そこをデス・シザーズが逃がすはずもなく、錐揉みから体勢を戻すと鋏を広げて更なる追い討ちを仕掛けてきた。
宙を舞うキュルケの体が、デス・シザーズの鋏の間へと入る――。

――ズダァンッ!

――グガアアアッ!

突然、何処からか轟く鋭い銃声。それと共にキュルケを両断しようとしていたデス・シザーズの頭が砕け散り、断末魔が響き渡った。
霊体であったマントもデス・シザーズの撃破と同時に消滅し、落下した鋏も地面に突き刺さった後に砕け散っていた。
「痛たっ」
そのまま地面に落下してきたキュルケは体を起こすと自分達を閉じ込めていた結界が消滅し、その源であった杖も消えたことを確認する。
それにより行動範囲が広くなったため、タバサは容赦なくデス・サイズへの攻撃を激しくしていた。
何だか分からないが当然、キュルケも炎の魔法で援護を行なうことにする。
「何の音?」
「馬」
二人は遠くから馬の蹄の音が届いてくるのをはっきりと耳にしていた。


「すごいわ、すごいわ! さすがあたしのスパーダね!」
「破壊の箱と言われているだけのことはあるね! ……私のスパーダにくっ付くんじゃないよ!」
スパーダ達を乗せるゲリュオンが間もなくガリア側の湖畔へと辿り着こうという時、止まっている馬車の上で
先ほど目覚めていたルイズとロングビルが歓声を上げつつ愛する男を取り合って争いだす。
馬車の上で立膝を突いていたスパーダは遠眼鏡を覗き込み、キュルケとタバサがデス・サイズと戦っている様を窺っていた。
もっとも、それはただの遠眼鏡ではない。ハルケギニアで使われる一般のマスケット銃よりもさらに長大かつ大柄で
全体が鈍い輝きを放つ金属で出来ている銃に付いているものであった。
マスケット銃よりも二回りも大きい口径の銃口からは硝煙が静かに棚引いている。
それはスパーダが持参していた災厄兵器パンドラが彼のイメージに合わせて変化した姿であった。
「はは……。初めて見るけど、すごいな……」
「一体、どうやってあんな箱が変わるっていうのよ……」
ギーシュとモンモランシーは唖然としながら、パンドラを構えるスパーダを見つめていた。

あと少しで反対側へと辿り着こうとしていた時、スパーダ達はその湖畔で誰かが戦っている所を目撃していた。
遠目の上にこの暗さでは正体が分からなかったものの、スパーダは微かに感じていた魔力からその二人がタバサとキュルケであると即座に理解していた。
そして、同時に二人が悪魔達を相手にしていることも察していたため、パンドラをこの遠距離狙撃用の銃に変形させて窺ってみたのだ。
すぐには手を出さずに戦いを見届けていたスパーダであったが、キュルケが危うくやられそうになったため、ここから狙撃を行なったのである。
そのためにこうしてパンドラを狙撃できる銃に変形させたのである。おまけに確実に狙撃をするため、三脚付きだ。
「後は二人でも大丈夫だろう。行くぞ」
パンドラを元の箱に戻すと、ゲリュオンは再び走り始めた。
「しかし、キュルケとタバサがその襲撃者だって言うのかい?」
「う~ん。どうかしら」
ギーシュとモンモランシーが首を傾げる。
本来、襲撃者と戦う予定だったのはスパーダの弟子であるギーシュであり、彼も意気込んでいたのだが思いもせぬ正体を知って気合いが空回りしていた。
また、ルイズとロングビルもスパーダに自分達の力を見せて気を惹こうとしていたが、同様にがっくりしていた。
「二人から聞けば分かることだ」
「だめよ、スパーダ! ツェルプストーなんかと話をしちゃ! ツェルプストーは代々、あたし達ヴァリエール家の恋人を奪ってきたんだから!」
「あんな雌豚にスパーダは渡さないわよ! あんたも離れなさい!」
走る馬車の上でルイズとロングビルはスパーダに引っ付き、取り合いながらキュルケに対する罵りを口にしていた。
夜遅くだというのにあまりにもやかましいこの状況に、スパーダは頭を痛めたくなった。
これはもう、水の精霊の涙を受け取り、モンモランシーに解除薬を作らせる暇はないかもしれない。


ゲリュオンがガリア側の湖畔に到着した時、キュルケとタバサはデス・サイズを撃退し終えた所だった。
一行はゲリュオンから降りると、二人の元に歩み寄っていく。ルイズとロングビルは未だスパーダの傍で争い合っていた。
「ほ、本当に君達だったのか」
「こんな所で何してるのよ」
「それはこっちのセリフよ。どうして、あなた達が……」
ギーシュとモンモランシーが開口一番に問うと、キュルケも驚いていた。
「ちょっとした野暮用だ」
「だめっ! キュルケと話をしちゃ! スパーダはあたしとだけしか話をしちゃいけないんだもん!」
スパーダが答えると、ルイズが頬を膨らませながら食って掛かった。
「スパーダは私のものだって、言っているでしょうが!」
ロングビルがルイズを突き飛ばそうとするが、スパーダのコートに掴まっていた。
その様子をキュルケは目を丸くして見つめる。二人はこんなにスパーダに積極的であっただろうか?
だが、面白そうなのでちょっとからかってみる。
「あら、ダーリンってば女の扱いがとても上手だったのね。まさか二人も一度に手懐けるだなんて」
「そんなことはどうでも良い。それより、水の精霊を襲っていた襲撃者というのはお前達だな」
スパーダは争い合うルイズとロングビルを無視し、事の次第を説明する。

モンモランシーが惚れ薬を作ってしまったこと。

それをこの二人が飲んでしまったこと。

解除薬を作るために水の精霊の涙が必要なこと。

それを得るためには襲撃者とやらを撃退しなければならないこと。

そして、その襲撃者が二人なのかを問い詰めた所、どうやら間違いないようであった。
「でも、惚れ薬だなんてどうしてそんな物を作ったの?」
事情を聞かされたキュルケが問う。
「実はだね、愛しのモンモランシーが僕を……あだっ!」
「ちょっと作ってみたかっただけよ!」
身振り手振りに説明しようとしたギーシュの足をモンモランシーが踏みつけ、誤魔化していた。
キュルケは困ったように隣のタバサを見つめる。本人は無表情のままキュルケを見返していた。
「参っちゃったわね……。ダーリンと戦うわけにもいかないし、そもそも勝てる相手じゃないし……」
何しろ、相手は伝説の悪魔。キュルケとタバサがどんな手段を使おうが相手になるわけがない。
「でも、水の精霊を退治しないとタバサが立つ瀬がないし……」
「何で君達は水の精霊を退治しようと?」
「ええと、その、タバサのご実家に頼まれたのよ。水の精霊のせいで水かさが増えて、タバサの実家の領地も被害にあっているから」
ギーシュが尋ねると、キュルケは慌ててまくし立てる。
スパーダはルイズとロングビルにしがみ付かれたまま、タバサを見つめていた。
「……そして、例の悪魔達と遭遇したわけか」
「そういうこと。あんな奴らと戦うなんて、あたしも初めてだったわ。でも、ダーリンのおかげで助かったわよ」
キュルケはスパーダにウインクをすると、ルイズとロングビルが彼女を睨みつけていた。
「では、解決の糸口が見つかったな。水の精霊が増水している理由を問い詰め、その上で交渉を行なう。お前達も増水が治まれば問題はないな」
腕を組み、ふむと唸るスパーダが提案する。
タバサはその提案に、こくりと頷いた。


その後、数時間前と同じようにモンモランシーがカエルのロビンを使って水の精霊を呼び出していた。
またしてもモンモランシーを模してその姿を現す精霊。昼間とはまた違う、精霊の神秘的な姿が夜景に映る。
「精霊よ。お前を襲う者はもういない。安心しろ」
今度はモンモランシーではなく、スパーダが直接交渉を行なっていた。
『礼を言う。高潔なる魔の眷族よ。襲撃者だけでなく、忌まわしき魔の眷族共も屠ってくれたことに感謝する』
「お前は何故、湖の増水を行なう? お前を襲う人間も、悪魔達が現れるのもお前が増水をするのが原因だ。
それではまた奴らが現れるだろう。一時凌ぎにすぎん」
悪魔達は精霊が発する魔力に惹かれてこの地を縄張りにしているらしかった。故に水の精霊が大人しくすれば、少なくとも中級の悪魔達はこの地に現れなくなる。
水の精霊はモンモランシーの姿を模したまま、様々な仕草をとり始める。
『高潔なる貴様ならば信用して話してもよいと思う。……数える程も愚かしい程月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、単なる者達の同胞と忌まわしき魔の眷族が盗んだのだ』
そう言えば、昼間にケンカを売られた際もそのようなことを言っていた。
精霊の言葉からして、犯人は人間と結託した悪魔のようだ。
『その秘宝が盗まれたのは、月が三十程交差する前の晩のこと』
「およそ二年前ね」
モンモランシーが呟く。
正確には二年と六ヶ月ほどになるだろうが。
「お前は人間達に報復でもする気か?」
『我はそのような目的は持たぬ。ただ秘宝を取り返したいと願うのみ。ゆっくりと水が浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。
水がすべてを覆い尽くすその暁には我が体が秘宝のありかを知るだろう』
ずいぶんと気の長いものだ。スパーダも不死というわけではないが、既に何千年という時を生きている。だが、精霊は完全に不死の存在だ。
故に明日も昨日も違いなどないのだろう。
『だが、我の行なったことが忌まわしき魔の眷族共を引き付けてしまった。奴らは常々、我を滅ぼさんと攻め入ってきたのだ。
単なる者達のように心を持たぬ奴らには、我が水の力も通じはせぬ』
水の精霊でさえ、悪魔達に手を焼いていた事実にギーシュ、モンモランシー、キュルケ、タバサが驚いていた。

『高潔なる魔の眷族よ。我が頼みを聞いてはもらえぬか』
「何だ」
『我はこの湖の水を元に戻そう。その代わり、我が秘宝を取り戻してもらいたい。そうすれば、我も水かさを増やす理由はなくなる』
まさかの精霊からの依頼にスパーダは顎に手を当てる。
「その秘宝とは何だ」
『〝アンドバリの指輪〟我が共に、時を過ごせし指輪だ』
精霊が発した言葉にモンモランシーが考え込む。
「何よ、それ?」
「聞いたことがあるわ。確か、水系統のマジックアイテムで偽りの命を死者に与えるとかいう……」
キュルケからの問いにモンモランシーは答える。
『その通り。誰が作ったものかはわからぬがな。死は我にはない概念ゆえ理解できぬ。死を免れぬお前たちにはどうやら『命』を与える力は魅力と思えるかもしれぬ。
しかし、アンドバリの指輪がもたらすものは偽りの命。旧き水の力に過ぎぬ、所詮益にはならぬ』
「でも、誰がそんなことを?」
『風の力を行使して、我の住み処にやってきたのは数個体。眠る我には手を触れず、忌まわしき魔の眷族の力を借り秘宝のみを持ち去っていった』
ギーシュが呟くと、即座に精霊は返してきた。
『個体の一人はこう呼ばれていた。〝クロムウェル〟と』
その単語に、キュルケが反応した。
「聞き間違えじゃなければ、確かアルビオンの新皇帝の名前ね」
「レコン・キスタか……」
その男は悪魔達の力を借りて秘宝を盗み出したのか。レコン・キスタの裏には悪魔達が暗躍している以上、そんなことは造作でもないだろう。
これから連中とは相手になる以上、本当にそいつが指輪を持っていれば取り戻すことは不可能ではない。
『引き受けてもらえるか。高潔なる魔の眷族よ』
「一応、覚えておくとしよう。お前が不死である以上、期限は私が果てるまでで構わんな」
『それで良い』
これで交渉は成立した。スパーダが暇があればアンドバリの指輪を奪還し、その代価として精霊は水かさを元に戻すことになる。
これで全ての用事が済んだため、水の精霊はごぼごぼと水の中へ姿を消そうとする。

「待って」
その時、タバサが前へ歩み出て水の精霊を呼び止めた。
スパーダ以外の全員が少々驚いたようにタバサを見る。彼女が他人を呼び止めるなんて初めてだからだ。
「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」
「なんだ?」
「あなたはわたしたちの間で誓約の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」
「単なる者よ。我とお前たちでは存在の根底が違うゆえ、深く理解はできぬ。しかし我が思うには、我の存在自体がそう呼ばれる理由であるのだろう。我に決まった形はない。
しかし、我は不変の存在。お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの水と共にあった。変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」
タバサは頷き、それから瞑目して両手を合わせる。
誰に何を約束しているのかはスパーダにも分からないが、キュルケは彼女の肩に優しく手を置いていた。
その様子を見たモンモランシーは隣のギーシュを突こうとしたが、既に彼はタバサと同じように手を合わせていた。
「我、ギーシュ・ド・グラモンはここに誓います。これから先、このモンモランシーだけを愛し続けることを……」
その言葉に、モンモランシーは口を手で覆い、驚いていた。思わず嬉し涙が出てしまいそうだ。
「そして我が師、スパーダのように強くなることを。……あだっ! 何をするんだね!」
スパーダの名が出た途端、思わずモンモランシーはギーシュを殴ってしまった。
自分だけに誓約をして欲しかったのに、余計なことまでしてくれたのがムカついたのだった。
「あらあら、お熱いことねぇ」
キュルケが楽しげに笑っていた。

「誓って」
ルイズがついついとスパーダのコートを引っ張り、不安そうな顔で見つめてきた。
スパーダは腕を組んで水の精霊を見上げたままだったが、そこへロングビルが割り込む。
「誰があんたなんかに誓うのさ。それより、私に誓ってちょうだいな」
ロングビルもまた、スパーダに抱きついて懇願するが、スパーダは黙ったままである。
「祈ってくれないの? あたしに愛を誓ってくれないの?」
「スパーダ……」
目に涙をたたえるルイズが、哀しげな表情のロングビルが尋ねる。
だが、本人の口から出たのはあまりにも冷徹な一言だった。
「あいにく……偽りの愛になど興味はない」
所詮は惚れ薬によるまやかしの愛情。そんなものには何の価値もないのだ。
本当の愛というのは、互いの本物の心を通わせることで育まれるものである。スパーダはその人間の愛を知ったからこそ、今のルイズの愛を拒絶していた。
「う……うぅ……うわあああああああああんんっ!」
あまりに冷たい悪魔の言葉に、ルイズは溢れんばかりの涙を流し、慟哭していた。ロングビルもまた、哀しげな表情のまま彼から顔を背けていた。

『では、高潔なる魔の眷族よ。さらばだ』
「あっ! あっ! ちょっと!」
そう言い残し、今度こそ水の精霊は湖の中へと姿を消していく。それをモンモランシーが呼び止めるが、既に遅かった。
焦ったように湖面を覗き込むと、すぐに立ち上がってスパーダに食って掛かる。
「ど、どうするのよ! 水の精霊の涙を採るの忘れちゃって! これじゃあ二人とも元に戻らないわよ!」
ここへ来た本来の目的を果たさなかったスパーダに全力で抗議した。これでは学院に戻ってもいずれ自分が惚れ薬を作ったことがバレてしまう。
「そうよねぇ。どうするの? ダーリン」
「案ずるな。手はある」
キュルケからの問いに平然と答えるスパーダは懐を探り、中から二つの青い星形の石を取り出す。
それを目にした一行、時空神像について知っているタバサやキュルケ、ギーシュはすぐにそれで作られたものだと察したが、モンモランシーだけは事情が分からず首を傾げるのみ。
「何よ、その石は」
モンモランシーが尋ねるが、スパーダは掌の上で弄びながら悲しみに暮れて蹲っている二人の乙女に近づいた。
「うぅ……ひっく……」
まずは嗚咽を漏らすルイズに、スパーダは青い霊石ホーリースターを一つかざした。
するとホーリースターから淡い光が放出され、ルイズの全身を包み込んでいた。
それが約十秒ほど続き、ホーリースターは青い光を発したままスパーダの手の中で溶けるように消えていく。
次にもう一つのホーリースターを同じようにロングビルにかざし、魔力を放出していった。
その様子を四人の生徒達は神秘的なものでも見るような眼差しでじっと見守っていた。

二つのホーリースターが溶けて消えた後、ルイズとロングビルは地面に座り込んだまま魂が抜けてしまったかのように呆然としている。
「――いやああああああああぁぁぁぁっ!!」
「……っっっ!!」
顔面を羞恥と屈辱に真っ赤に染め上げ、ルイズは絶叫した。ロングビルも同様の表情を浮かべ、スパーダから顔を背けだす。
「へ? も、元に戻った?」
モンモランシーは目の前の光景に唖然とする。水の精霊の涙はいわゆる先住の魔法そのもの。先住の力を打ち消せるのは同じ先住の魔法のみ。
それをスパーダが取り出したあの石は一瞬にして無力化していた。あれは一体、何なのだ?
水のメイジであるモンモランシーは驚きの中に興味と不満を交えてスパーダを睨んだ。
同じように見届けていたタバサもまた、魔法の薬で正気を失っていた二人が一瞬にして完治してしまったことに驚いていた。
そのギラギラと光る視線がホーリースターを使ったスパーダへと向けられる。
「……ねぇ、タバサ」
キュルケが小声で耳打ちをしてきたが、無言で頷いていた。

「馬鹿! 馬鹿!! 馬鹿!!! 馬鹿!!!! 何てことするのよ!」
ルイズは惚れ薬の呪縛であったとはいえ、自分があそこまで惚れこんでしまったこの悪魔に怒りをぶつけていた。
本来ならば怒るべきはスパーダの方だというのに、当人は全く平然としたままだ。
ポカポカとスパーダの胸を殴りつけると、今度は怒りの矛先をモンモランシーへと向けだす。
「モ ン モ ン ラ ン シ イ ィ ィ ィ……!!」
全身から憤怒のオーラを発するルイズ。先日、ギーシュとモンモランシーが目にしてしまった恐ろしい悪魔のような形相を浮かべていた。
思わず、二人はびくりと身を竦ませてしまう。
「な、何よ! 元はと言えばあなたがグラスを横取りなんかしようとするからでしょう!」
「うるさい、うるさい、うるさい!! あんたが禁制品を作ったのがそもそもの原因でしょうが!!」
モンモランシーに突っかかろうとするが、そこへギーシュが庇うように前へと出てきた。
「待ってくれたまえ! モンモランシーは何も悪くないんだ! やるなら僕を……ぎええええええっっっ!!!」
ギーシュの股間を思い切り蹴り上げ、突き飛ばしたルイズはずんずんとモンモランシーに詰め寄っていく。
「そこを動くんじゃないわ! あんたもスパーダも殺してあたしも死んでやるぅ!!」
顔を羞恥と怒りで真っ赤に染め、杖を取り出したルイズは呪文を詠唱しようとする。

「モンモランシー」
そこにスパーダが冷静に一声をかけた。
もはや阿吽の呼吸と言っても過言ではない動作で、モンモランシーは慌てて眠り薬のポーションを取り出し、今にも杖を振り下ろさんとするルイズの鼻先に突きつけた。
「ふにゃ……」
間一髪、ルイズはまたしてもその場に崩れ落ちて眠り込んでしまった。
スパーダは正気に戻ってから未だ動かずに蹲り続けているロングビルに歩み寄る。
(……何だ?)
屈みこんだスパーダが肩を揺すると、ロングビルは無言のままさらにスパーダから顔を背けてしまう。
ロングビルは密かに顔を真っ赤に染め、バクバクと高鳴る胸を押さえ続けていた。
自分がこれまで彼に何をやってきたのか、それを思い出すだけで気恥ずかしい。
……あんなことや、こんなことをして彼を誘おうとしたのだ。
この誰よりも高潔な悪魔を。

どうして拒絶されているのか分からないスパーダは仕方がなく、溜め息を吐いたがその時、ルイズに半殺しにされかかったモンモランシーがスパーダにずんずんと歩み寄ってきた。
「ちょっと! 何なのよさっきの石は! あんなの持ってるんだったら、わざわざここに来ることなんてなかったじゃない!」
不服そうに表情を歪め、食って掛かる。だが、スパーダは腕を組んでどこ吹く風と言わんばかりの無表情であった。
「元々は君が騒動の原因だ。即座にあれを使っても、君は自らの行為を悔いはせんだろうからな。私は最低限の責を果たさせたまでだ」
「今までの苦労は一体、何だったのよおぉーーっ!」
腹立たしく憤慨するモンモランシーの絶叫が、ラグドリアン湖に虚しく響き渡っていた。
「良い経験になったな。では、学院に戻るぞ」
そう冷徹に一蹴し、スパーダは再びゲリュオンを召喚していた。
スパーダが眠っているルイズを抱え上げ、モンモランシーがレビテーションで股間を押さえて蹲っているギーシュを浮かべて馬車に乗せていた。
ロングビルはスパーダに顔を合わせぬまま、とぼとぼと一人で馬車へと乗り込んでいく。

スパーダもパンドラを肩に担ぎ、ゲリュオンの馬車に乗り込もうとした。
その時、コートをくいくいと誰かが引っ張ってくる。
振り向くと、そこにはタバサの姿があった。隣に控えるキュルケも何故か真面目な顔になっている。
スパーダを見上げるタバサはいつものように無表情ではあるが、その瞳に宿っているのは懇願の意であった。
「何だ」
「さっきあなたが使った石。あれは何?」
「ホーリースターだ。肉体を侵す毒物を浄化することができる。効能は先に見た通りだな」
淡々と語るスパーダに、タバサはさらに言葉を続けた。
「それは、魔法の毒薬にも効き目がある?」
「特に問題はないが」
あっさりと返答をしてきたスパーダに、キュルケが何故か喜ばしそうに顔を明るくしていた。
「どうしたの? 早く乗りなさいよ。あなたがいないと、この馬動かないのよ?」
と、馬車に乗っていたモンモランシーが声を上げて急かしていた。
ちらりとスパーダは肩越しに振り返り、荒く息を吐いて蹄を打ち鳴らしているゲリュオンを見やる。
「先に学院へ戻って待機していろ」

――ヒヒィーーーンッ!!

「ちょっと!? きゃあっ!!」
その命令だけでゲリュオンは高く嘶き巨体を持ち上げると、湖畔の岸辺を駆け出し、トリステイン方面に向けて疾走していった。
モンモランシーは激しく揺れる馬車の上で翻弄され、絶叫を上げ続けていた。
ゲリュオンがあっという間に遠目に小さくなっていくのを見届けると、スパーダは残っていた二人に顔を向ける。
「帰りはシルフィードに乗せてもらう。いいな」
こくりと、タバサは頷く。その表情はいつになく真摯なままであった。




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