あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Mission 30 <ラグドリアンを侵す者> 前編



「スパーダはあたしのものなの! おばさんはもう近づかないでって言ったじゃない!」
「朝っぱらからうるさいわねぇ。静かにできない小娘がスパーダに近づく権利なんてないよ」
翌日の早朝、誰よりも早く起きたはずのスパーダであったが、ルイズとロングビルはスパーダの起床に合わせて起きだしたのだった。
そして、再び始まる口論と喧嘩。スパーダは頭を抱えたくなった。
(まだネヴァンの方がマシだ)
そう心の底で呟くと、自分から離れない二人を引き連れてまずは女子寮のモンモランシーを起こしに行く。
「スパーダ! モンモランシーなんかに何の用があるの!? あたしだけを見てって言ったじゃない!」
ノックをしてモンモランシーが出てくるなり喚きだすルイズ。ロングビルは無言でモンモランシーを睨みつけ、威嚇していた。
「……相変わらず苦労しているのね」
「すぐに用意しろ。出発する」
他人事のように呟くモンモランシーであるが、スパーダは用件だけを伝えて促す。
「それと、眠りのポーションか何かはあるか」
嫌々そうに制服に着替えたモンモランシーに、さらにスパーダは要求した。
「一応あるけど、どうしてよ? ……まさか、二人とも着いてくるって言うんじゃ」
「あたしはスパーダから離れないわ! ずっと一緒にいるの!」
「こら! 離れなさい! 小娘め! 傍にいていいのは私だけだよ!」
がしりと抱きつくルイズをロングビルが引き剥がそうとする。
それを見たモンモランシーは納得したようにうな垂れると、自室の棚の中から不眠解消用に作っておいた眠りのポーションの瓶をポケットに押し込んでいた。
「一応、持っていくか……」
スパーダはついでにルイズの部屋へ戻ると、愛剣リベリオンと共に破壊の箱こと――災厄兵器パンドラも持っていくことにする。

次にギーシュを起こしに本塔の男子寮へ向かう……ことはなかった。
ドッペルゲンガーをスパーダの体から分離させて眠っているギーシュを正門前に連れ出すように命じており、既にその命令は果たされていた。
そして、ひっそりとスパーダの元へ戻っていったのである。
「ちょっと、ギーシュ。何でこんな所に寝ているのよ?」
「う~ん……むにゃむにゃ。モンモランシー……だめだよ。……こんな所で」
一体、どんな夢を見ているのか。寝言を口にするギーシュに顔を羞恥に紅潮させたモンモランシーはギーシュの体を蹴りつけた。
「ぐはっ! な、な、な、何だい!?」
「さっさと起きなさいよ!」
寝ぼけ眼で飛び起きたギーシュに、モンモランシーが話しかける。
「あ、あれ? どうしてこんな所に……」
状況が理解できないギーシュはきょろきょろと辺りを見回すが、大柄なトランクを担ぐ師匠のスパーダとそして惚れ薬を飲んでしまった二人の女性の姿を目にすることでようやく覚醒した。
もっとも、ルイズとロングビルはつい先ほどモンモランシーの眠りのポーション……正確にはお香のようなものだが、それを使うことで眠らせており、草地の上で再び熟睡していた。
「起きたな。では、出発する」
「出発って……馬はどうするのよ? ここから歩いてなんて何日もかかっちゃうわよ。馬でさえ半日はかかるのに」
ギーシュを一瞥したスパーダが言うと、モンモランシーは彼に食ってかかる。
だが、スパーダは右手を前に突き出すと掌から現れた蒼ざめた光球を浮かべだした。
その光球はゆっくりとスパーダ達の目の前で浮遊している。まるでおとぎ話にでも出てきそうな精霊のように幻想的な姿に思わず、モンモランシーとギーシュは溜め息を吐く。

だが、次に二人は腰を抜かすことになる。

――ヒヒィーーーンッ!

「うひゃあっ!」
「きゃあっ! 何ぃーーー!?」
ゆらゆらと浮かんでいた光球がたちまち大きくなり、やがて巨大な蒼ざめた馬へと変わってしまったのだ。
二人は先日、ゲリュオンが暴れる所を目撃していなかったため、初めて目にする威圧感溢れる巨体の幻獣の姿に唖然とした。
「モ、モンモランシー! 僕の後ろに下がるんだ!」
即座に立ち上がったギーシュは蹄を鳴らしているゲリュオンの前に立つと、造花の杖を振り上げた。
「あだっ!」
「落ち着け。害はない」
スパーダの閻魔刀の鞘がギーシュの頭を小突く。
既にスパーダを主としているゲリュオンは、自らの意思で暴れるようなことはない。
ゲリュオンの足はそこらの馬よりも速いので、より早くラグドリアン湖に到着するはずだ。
スパーダはゲリュオンが引いている馬車に飛び乗ると、パンドラを置いて腰を下ろした。
「お前達も早く乗れ。二人も一緒にな」
「……い、一体何なのよ。あなたの師匠は……」
「はは……か、彼はとても偉大な男なのさ」
乾いた笑みでモンモランシーの言葉を受け流すギーシュ。スパーダが悪魔であると、正直にいうわけにもいくまい。
二人は眠っているルイズとロングビルをレビテーションで馬車の上に乗せ、自分達も同じように乗り込んでいた。

――ヒヒィーーーンッ!

高く嘶いたゲリュオンは、一行を乗せた馬車を引いて駆け出した。
「きゃああっ!」
「うわっはぁ! すごいな! これは!」
朝の草原を力強く駆ける〝妖蒼馬〟ゲリュオンの上でギーシュとモンモランシーは歓声を上げた。
こんな大きな馬車を引きずっているというのに、その速さは馬などとは比べ物にならない。それどころか魔法衛士隊が乗っている幻獣さえも凌ぐ。
あまりの爽快さに思わず二人は楽しくなってしまっていた。


馬で約半日という距離を、ゲリュオンはその約3/4の時間で到着することに成功した。
ただ速いだけでなく、ゲリュオンの空間干渉能力によって本来ならば自由に走れないはずの鬱蒼と茂った森の中であろうと、存在次元がずらされている一行は何の苦もなく走り続けたのだ。
トリステインの南方、大国ガリアとで挟まれている場所に位置するラグドリアン湖は600万平方キロメイルにもなる巨大な湖である。
比較的高地に位置するこの場所は周囲が緑豊かな森に囲まれ、さらに澄んだ湖水が織り成すコントラストによってまるで絵画のように美しい光景であった。

昼過ぎの陽光を受け、宝石のように輝く湖の少し手前の丘の上で一行を乗せたゲリュオンは停止していた。
何故なら、既に目の前は湖の岸辺であったからである。
ゲリュオンの馬車から降りたモンモランシーは怪訝な表情でじっと湖面を見つめていた。
スパーダはゲリュオンを魂に変えて体内に戻すと、周囲を注視するように見回している。
「これが音に聞こえたラグドリアン湖か! いやぁ、なんとも綺麗な湖だな! ここに水の精霊がいるのか! 感激だ!」
一人、旅行気分のギーシュは初めて目にするラグドリアン湖を前に浮かれ、はしゃぎ回っていた。
「変ね……水位が上がっているわ。ラグドリアン湖の岸辺はもっと向こうのはずなのに……」
「村も水没しているらしいな」
スパーダが顎で指した先、湖面にはここら一帯の村のものであろう藁葺きの屋根が見えた。
立ち上がったモンモランシーは困ったように首を傾げる。
「どうやら水の精霊はお怒りのご様子ね」
「そうか。君は水のメイジだったな」
「そ、我がモンモランシ家は代々トリステイン王家とここに住む水の精霊とを旧い盟約で結びつける交渉役を務めていたんだから」
腰に両手を当て、どこか得意げに語るモンモランシー。そこにスパーダから厳しい一言が突き刺さる。
「だが、今は他の貴族がその任を預かっているらしいな」
その言葉にがっくりと力なくうな垂れるモンモランシー。
「……そ、あたしが小さい頃、父上が領地の干拓を行なう時にここの精霊に協力を仰いでもらったわ。
でも、父上ったら失礼な態度を取ってしまって、精霊を怒らせてしまったのよ。
おかげで我が家は干拓事業に失敗して、今じゃ領地の経営が苦しいのよ。……だから水の精霊は怒らせるとただじゃすまないわ」
「それで交渉はできるのか」
「うん。ちょっと待って、って……何をやっているのギーシュは」
見ると、はしゃいでいるうちに足を滑らせ湖の中に落ちて溺れかけているギーシュの姿がそこにあった。
「た、助けて! 僕は泳げないんだよ! モンモランシー! スパーダ君! 助けて!」
ばしゃばしゃともがきながら必死に助けを求めていた。
その情けない様を目にし、モンモランシーは頭を抱えた。
「……付き合いを変えた方がいいかしら」
「君の自由だ」

湖から何とか這い上がってきたギーシュを無視し、モンモランシーは腰に下げていた袋から何かを取り出す。
それは鮮やかな黄色い体に黒い斑点がいくつも散っている一匹の小さなカエルであった。
モンモランシーが従える忠実な使い魔、ロビンである。
「いいこと、ロビン? あなた達の旧いお友達と連絡がとりたいの」
掌の上に乗るロビンにそう命じ、モンモランシーはポケットから針を取り出すとそれで自らの指先を突いた。
赤い血の玉が膨れ上がり、その血をロビンの体に一滴垂らす。
「血による契約か。中々高等なものを使うのだな」
「そ、これで相手はあたしのことが分かるはずだわ。覚えてればだけど」
指先の傷を魔法で治療し、モンモランシーはロビンに再び顔を近づけた。
「それじゃあロビン、お願いね。この湖に住まう旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいと告げてちょうだい」
ロビンは小さく頷き、ぴょんと跳ねて水の中へと消えていく。

「でも、そう簡単に水の精霊が交渉に応じてくれるかしら」
「それは君次第だ。クビになったとはいえ代々、水の精霊との交渉役を務めていた一族だ。しっかりやれ」
モンモランシーの肩をポン、と叩くスパーダの注意は湖などではなく、周囲へと向けられていた。
この場に僅かに残されている魔力の残滓……そして、異様な禍々しい気配。
どうやら、これから一悶着がありそうだ。
「あーっ!」
突然、後ろの方から叫び声が響いた。
眠り薬の効き目が切れたルイズがめを覚ましたのだった。
そして、スパーダとその傍にいるモンモランシーを指差すなり、ずんずんと近づいてくる。
「他の女の子と一緒になっちゃだめって言ったじゃない! 離れてよ! モンモランシー!」
「え? ちょっと! きゃあ!」
ドン、とモンモランシーはルイズに突き飛ばされて湖の中に落とされてしまった。
「ああっ! モンモランシー!」
ずぶ濡れになった服とマントの水を搾り出していたギーシュが再び飛び込み、モンモランシーを救おうとするが……。
「うがばぁ! 助けてぇ! ガボガボ……」
「泳げないくせして何やってるのよ!」
逆に水泳が得意なモンモランシーに助けられ、岸に上がった二人はびしょ濡れになってしまった服の水を搾り出していた。

そんな二人を尻目にルイズはスパーダに縋るように抱きつき顔を見上げていた。
「ねぇ、スパーダ。あたしとこのラグドリアン湖とどっちが綺麗?」
「分からん」
少なくとも、今の状態のルイズとを比べた所で何の意味もないのだ。
にべもない返答にルイズは拗ねたようにむくれる。
「はっきり言ってよ。……じゃあ、あたしとそこのおばさんと、どっちが好き?」
「どちらでもない」
まだ眠りについているロングビルを指差し尋ねるが、スパーダは冷たい反応しか返してこなかった。
「うぅ~っ……やっぱり、あたしのこと嫌いなの? だからそんな風に冷たくするの?」
「当たり前じゃない。誰があんたみたいな小娘なんか綺麗って言うのさ」
と、密かに起きていたのかロングビルまでもが目を覚まし、ルイズを冷笑しだした。
「少なくとも、あんたは私以下でしょうよ」
「むぅ~っ! そんなことないもん! おばさんなんて、せいぜいラグドリアン湖と比べたらミジンコと白鳥、ヤモリとサラマンダーよ!」

「モンモランシー」
またしても不毛な争いを始めようとしたため、スパーダはルイズ達を顎でしゃくった。
「まったくもう……貴重な秘薬をこんなことに使う破目になるだなんて」
嫌々とモンモランシーはポケットから取り出した眠り薬の瓶を開け、その口を二人の鼻先に突きつけた。
「ふにゃ……」
「ん……」
地面の上に崩れ落ち、ルイズとロングビルは再びまどろみの中へと落ちていく。
そして、ここにいては邪魔になるのでパンドラを置いたスパーダは二人を少し離れた林の中の木陰へと運んでいった。

と、その直後に岸辺より30メイルほど離れた水面の下から眩い光が溢れ始めていた。
「あっ、来たわ!」
モンモランシーが声を上げる。
水面がごぼごぼと音を立てながら蠢き、徐々に膨れ上がるようにして盛り上がると、巨大な水柱が飛沫を上げながら立ち上った。
そして、ぐねぐねとまるで意思を持つスライムのように形を変え始めた。
湖からモンモランシーの使い魔のロビンが上がってきて、ぴょこぴょこと跳ねながら主人の元に戻ってくる。
「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」
屈みこんだモンモランシーは己の使い魔を迎えると、指でその小さな頭を撫でると立ち上がり、水の精霊に語りかけた。
「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。
覚えていたら、わたしたちに分かるやり方と言葉で返事をしてちょうだい」
その言葉に反応し、水の精霊らしき水の塊は大きく蠢き、形を変え始める。やがて、その水の塊は不定形なものから人間……モンモランシーを模した姿へと変わっていた。
(ちょっと恥ずかしいわね……)
モンモランシーは自分より一回りほど大きい、透明な裸の己の姿にちょっと恥ずかしくなった。
ギーシュも初めて目にする精霊の姿に呆気に取られているみたいだ。
水の精霊はさらに蠢き、笑顔、怒り、泣き顔と様々な表情に変わっていく。
『覚えている。単なる者よ。貴様の身体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した』
どこから喋っているのかは全く分からないが、水の精霊は透き通った女の声で言葉を発する。
「良かった。水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部を分けて欲しいの」
モンモランシーからの願いに対して水の精霊は沈黙する。
これですんなり交渉が成立すれば良いのだが。

しばしの沈黙、未だ答えが返ってこない中、スパーダが林から戻ってきた。
(ほう。これが水の精霊か)
初めて目にする精霊とやらの姿にスパーダは感嘆と頷く。メイジ達とは全く性質の異なる強い魔力をありありと感じ取っていた。
その時、水の精霊の身に異変が起きた。
『――――――――――!!』
「えっ! ちょっと、何よ!」
言葉にならない高い悲鳴を上げだす水の精霊はモンモランシーを模した姿から一変、全方位に弾けるような不定形の塊と化していた。
「ど、どうしたんだね? 一体」
「あ、あたしに聞かないでよ!」
予想しなかった事態にギーシュとモンモランシーは困惑する。
『――――――――――!!』
未だ悲鳴を上げ続け、その水の塊をあらゆる方向に向かって弾けさせている水の精霊であったが、再びモンモランシーの姿に戻ると突然体の一部を伸ばし、その先を鋭利な槍のような形に変えていく。
そして、その先端をモンモランシー目掛けて突き出してきた。
「危ない! モンモランシー!」
即座にギーシュがモンモランシーに飛びつき、伏せさせると水の精霊の攻撃が頭上をかすめていた。
外れた攻撃は地面に突き刺さるが、やがてするすると収縮して戻っていく。
「な、何をするのよ!」
ギーシュと共に起き上がったモンモランシーが突然の攻撃に文句を言った。
もしかして、怒らせてしまったのか? やっぱり、自分の体を分けてなどと言ったからだろうか?
『断る。単なる者よ』
ようやく先ほどの願いの答えが返されてきた。
やっぱり、そうらしい。これで明確に怒りを表していなければ諦めて大人しく立ち去る所だったが、あまりの恐ろしさに動けないでいた。
こんなことなら、やっぱりついてくるんじゃなかった……。
だが、次に精霊が発した言葉にモンモランシーは不審を抱くことになる。
『貴様は忌まわしき魔の眷族と共に我が前に現れた。我は魔の眷族と契約する者を許すわけにはいかぬ』
「ま、魔の眷族ってどういうことよ?」
いきなりそんなことを言われたって何のことだか分からない。
困惑するモンモランシーとは逆にギーシュはちらりと、平然と水の精霊を見上げているスパーダを見やった。
(ま、まさかスパーダが悪魔だって分かるのか?)
(ほう。私が分かるのか)
スパーダは顎に手をやり、水の精霊を睨みつけた。
『貴様もこの地を脅かす奴らと同じ魔の眷族。我が守りし秘宝を盗みし、忌まわしき者。これ以上、この地を汚させるわけにはいかん』
「性急なことだ」
ふむと唸ると水の精霊は問答無用と言わんばかりに無数の触手を槍のように伸ばしてきた。
だが、そこには既にスパーダの姿はなく、空しくも大地に突き刺さるのみである。
連続で空間転移を行い、モンモランシーとギーシュを岸から離れた場所に運んでいた。
「お前達はここにいろ。決して動くな」
そう告げ、パンドラを預けるとスパーダは再び空間転移で水の精霊の前に立つ。
「If you were boring, I'll let's give you play.(退屈なら少し遊んでやろう)」
水の精霊は沈黙したままさらに己の体から次々と鋭い触手を伸ばし、スパーダに突き出していった。
背中のリベリオンを抜いたスパーダは軽々と両手で力強く振り回し、水の精霊の攻撃を捌いていく。
騎兵槍のごとき太い槍のように突き出された攻撃を身を翻してかわすと、そのままリベリオンを大上段から振り下ろして水の精霊の触手を叩き斬っていた。
だが、水の精霊に単純な物理的攻撃を加えようと、元々形を持たぬ水であるためすぐに再生してしまう。
変幻自在な水は時にあらゆる攻撃を防ぎきる無敵の盾となり、あらゆる鎧をも貫く強靭な矛となるのである。
スパーダは容赦なく繰り出される水の精霊の攻撃をかわし、リベリオンでいなし続けていた。

「もう! 何でこんなことになるのよぉ!」
離れた位置からスパーダと水の精霊の戦いを見届ける二人であったが、モンモランシーが癇癪を上げていた。
いきなり訳の分からない因縁をつけられて攻撃をされてしまうだなんて、実に不愉快である。
「しかし、スパーダ君も怖いもの知らずだなぁ。……水の精霊に正面から戦いを挑むなんて」
乾いた笑みを浮かべる顔を引き攣らせ、ギーシュは師匠の勇ましい戦い振りに息を呑んだ。
もっとも、彼が悪魔である以上、人間とは思考が違うのかもしれないが。
水の精霊は自らの体を槍だけでなく、無数の水の鞭として振るって四方八方から攻撃を仕掛けている。
手練れのメイジでさえ決して対処できないであろう手数でありながら、それらの攻撃をスパーダは難なくあしらい続けていた。

水の精霊はそうした直接攻撃だけでなく、大気中の水蒸気を一瞬にして大量の水の塊にして集めると何筋もの高圧の水流として撃ち出したり、スパーダの頭上から巨大な滝を降らせるなどしていた。
それさえもスパーダはよけるなり、頭上でリベリオンを回転させるなりして防ぎきっている。
「どっちも化け物ね……」
思わずモンモランシーが呟く。強力な水の先住魔法を操る水の精霊を相手に魔法もなしにああまで互角に戦うことができるだなんて、もはや人間の常識を超えている。
「あれがスパーダ君の力なのさ。……僕はそれに惚れこんでしまったんだ」
伝説の悪魔である彼なら、このまま水の精霊を倒してしまいそうでギーシュは思わず武者震いをしてしまった。

突如、水の精霊の攻撃がぴたりと止んだ。一方的な攻撃を全て捌ききったスパーダはリベリオンを肩に乗せたまま静かに佇む。自ら攻撃を仕掛けようとはしない。
どうしたのだろうとギーシュ達は目を見張っていた。
すると、水の精霊が浮かんでいる穏やかな水面の手前に変化が現れる。
水面には徐々に小さな渦が出来上がっていき、みるみるうちにその勢いと大きさが増していく。
そして、ついにはその渦が巨大な水柱となって噴き上がった。
高さはゆうに20メイルに昇り、しかも竜巻のような渦は未だ巻いたまま、勢いは止まるどころかさらに激しさを増すばかり。
まるで巨大な大津波が押し寄せてくるかのような威圧感であった。
「ちょっ、ちょっと! 何をする気!?」
モンモランシーは水の精霊がとんでもない攻撃を仕掛けようとしているのを目にして肝をつぶしていた。
あんなものが直撃すれば、人間はおろかちょっとした城さえひとたまりもないだろう。
「に、逃げましょうよ! ギーシュ!」
「いや! 僕はスパーダ君を信じる!」
モンモランシーが叫ぶが、ギーシュは決してこの場から動きはしない。
自分の師、スパーダはあんな恐ろしい攻撃を前にしながらも、堂々と佇んだまま微動だにしない。
伝説の魔剣士である彼なら、あの巨大な水の竜巻さえもきっと打ち砕いてくれるに違いない。
彼の弟子である以上、その戦いの場から逃げることは、決して許されないのだ!
(そこまで、彼を信じているんだ)
モンモランシーはギーシュの真剣な顔を目にして、ここまで彼から人望と信頼を得ているスパーダが羨ましかった。
いつものギーシュであれば、恐れをなして逃げ出してしまうというのに、今の彼は違う。尊敬する師匠がこうして目の前で戦っているからこそ、安心できるのだ。
……それに勝る安心を、自分は彼に与えられるのだろうか。

(相当気が立っているな……)
スパーダは先ほどから肩に乗せているリベリオンに己の魔力を注ぎ込んでいた。
さすがに彼とて、これほどの一撃を食らえばただではすまない。悪魔とて、決して不死身というわけではないのだから。
だからといって、このまま自分を飲み込もうと押し寄せてくるであろうこの竜巻を正面から受け止める気はこれっぽちもない。
不可能ではないが、今のスパーダはそんなつまらないことをしている暇などないのだ。
リベリオンの刀身には徐々に赤いオーラが纏わりつき、さらに濃くなっていき、やがて刀身を完全に包み込む。
その間、バチバチという魔力が弾け散る音と共に、魔力が唸りを響かせていた。
溜めた魔力を全て一度に開放して放ち、竜巻を打ち消すこともできただろうが、今回はそんなことはしない。

スパーダは膨大な魔力を内包させたリベリオンを、激しく荒れ狂い、渦巻く竜巻に目掛けて投げ放つ。
竜巻とは逆の向きに激しく回転するリベリオンは空を切り裂く音を響かせながら飛んでいき、竜巻の中へと潜り込んだ。
その直後、より巨大となった竜巻は動き出し、スパーダ目掛けて殺到してくる。
「「危ない!」」
後方で見守ることしかできなかった二人は一斉に声を上げる。
だが、それでもスパーダは臆することなく水の竜巻を睨んだまま腕を組み、動かない。
そして、スパーダを飲み込んでしまうと思われた竜巻は急激にその激しさと勢い、回転力が衰えていき、
最後にはただの水の塊と化し、滝のようにばしゃんと湖と陸の間で崩れ落ちた。
未だ全く衰えない激しい回転を続けながら留まっていたリベリオンは、役目を終えたと言わんばかりに主の手元へと戻っていく。
スパーダは掴み取ったリベリオンを、静かに背中へ戻すと、再び目の前に現れた水の精霊を見上げていた。
水の精霊は攻撃をすることもなく沈黙している。先ほどまでの殺気は感じられない。
「ほら、僕の言った通りだろう」
「……もう常識外ね。あなたの師匠は」
師を信じた甲斐があったと言わんばかりの笑みを浮かべるギーシュはモンモランシーを連れ、スパーダのパンドラを運びながら傍へと近づいた。
とんでもない光景を見せられて、モンモランシーは唖然とするしかなかった。

『……貴様、あの魔の眷族の者共とは違うのか』
ようやく水の精霊が発した言葉は、困惑と驚愕であった。
『貴様の体、そして貴様の振るいし剣からは邪まな気配が、我への敵意は感じられぬ。何者だ』
「さてな。どう思うかはお前次第だ」
腕を組むスパーダは冷徹にその問いを一蹴する。
『……何にせよ、貴様達が忌まわしき魔の者達と関わりがないことは明らかだ。我が非礼をここに詫びよう』
と、精霊の姿が再びモンモランシーを模したものへと変化していった。
態度を一変させた精霊にモンモランシーはほっと安心すると同時に、怒らせた精霊をここまで静めてしまったスパーダに驚くばかりだった。
『旧き盟約の一族たる、単なる者よ。貴様は先ほど、我の一部を欲すると言ったな』
「え!? ……え、ええ。そうよ」
いきなり自分に話を振られてしまい、モンモランシーは焦る。
『ならば、貴様と共にする高潔なる魔の眷族の力を見込み、我は願う。我に仇なす貴様達の同胞を、退治してみせよ』
「た、退治?」
突然の精霊からの願いにギーシュが声を上げた。
「さよう。我は今、水を増やすことで精一杯で、襲撃者の対処にまで手が回らぬ。その者どもを退治すれば、望み通り我が一部を進呈しよう」
そのくせに、自分達にはあんなに積極的に攻撃してきたくせに。
モンモランシーとギーシュは目を細めて水の精霊を見つめていた。
「良いだろう」
スパーダが精霊からの願いを聞き入れ、首肯していた。
「ちょっと! 言っておきますけど、あたしはケンカなんて嫌ですからね!」
「大丈夫だよ、モンモランシー。彼の弟子の、僕がいるからにはね」
抗議するモンモランシーの肩に手を回したギーシュはバラの造花を手にし、得意げに笑っていた。




新着情報

取得中です。