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ルイズと無重力巫女さん-55





その日はせっかくの休日でありながら、トリスタニアは暑かった。
まるで街に漂う全ての空気が熱を持ったかのように、初夏の熱気が街中に充満している。
更に、貴族や平民など大勢の人々が各所にある狭い通りを行き交う所為で、時間が経つごとに街全体の気温はどんどん上がってゆく。
今日の最高気温もそこに関係してくるのだがそれは三割の内ほんの一割程度で、残り二割に人が関係している。
更に熱気は地上だけにとどまらず、白い雲が浮かぶ青空へと上昇して屋上で涼もうと考えていた者たちにもその牙を容赦なく突き立てる。
結果、トリスタニアという街そのものが巨大な共用サウナへと変貌していた。
大勢の人が集まる場所というものは、良い事も悪い事も同時に生まれてくるのだ。
人々は熱気漂う街の中で、もうすぐ厳しい夏がやってくるのだと改めて実感した。
だからだろうか、まだお昼にもなってない時間帯の中、街の各所に設けられた噴水広場や井戸に大勢の人々が足を運んでいた。
ある者は自宅の桶や空き瓶を持ってきて井戸の水を汲み、またある者は豪快に頭から水を被って涼しんでいる。
広大な土地と未開の森を開拓し、偉大なる文明を広げていった人々の象徴たる人口のオアシスは、今まさにその役割を全うしていた。

しかし、彼らは知らないだろう。
自分たちのすぐ傍に、『貴族とその従者』だけが快適に涼める『店』があるという事を…
そして、その場所には異世界から来た二人の少女と彼女たちを呼び寄せてしまったメイジがいるという事も。


「外は暑いわね」
目にもとまらぬ速さで脳裏を過った言葉を、霊夢はポツリと呟いた。
「あぁ。暑いな。確実に」
それに答えろ。とは言わなかったが律儀にも魔理沙は答える。
まるで心の底から゛暑い゛という存在にうんざりしているかのような口調で二人は゛暑い゛をという言葉を口から出したが、その割には涼しそうな表情を浮かべている。
それどころか、平民や年金暮らしの下級貴族達が座った事の無いような高級ソファーに腰を下ろしていた。
もしもここが熱気あふれる大通りなら、このソファーは座った者の尻を蒸し焼きにする拷問゛器具゛ならぬ拷問゛家具゛に変わっていただろう。
しかし、そんなソファーにゆったりと腰を下ろしている二人とその顔を見れば、ここが外よりも気温がずっと低いという事を文字通り゛肌゛で実感できる。

この部屋には今゛風゛と゛水゛の魔法で作られたマジック・アイテムによって、寒くならない程度の冷気が天井を中心にして部屋中に漂っている。
そのマジック・アイテムは一度起動させると周りの空気を冷たくするのだが範囲こそ小さく扱いも難しいうえ、オマケに一個当たりの値段もそこそこ高い。
使えれば便利なのだがその反面、使いこなせなければ正に『宝の持ち腐れ』と言える代物だ。
しかし、ある程度腕の立つメイジがいればコントロールは意外と容易で、王宮や魔法学院などの一部施設では夏に欠かせぬマジック・アイテムとして使用されている。
今ルイズたちが訪れた店もそんな場所の一つであり、二人は天井からの冷気にありがたさを感じていた。

「…それにしても、涼しい部屋ってのは良いものだな」
「まぁ、外が結構暑くなってるから尚更よね」
魔理沙とそんな会話をしながらも、霊夢は人々が行き交う通りを窓越しに見つめている。
そこから見える人々は四方から襲う熱気に汗を流しつつ、忙しそうに通りを歩く。
時折他人同士が肩をぶつけてもどちらかが謝る事は無く何事もなかったかのように歩き去っていく。
暑いのにも関わらず外で露天商が声を張り上げているのか、窓を伝わって通りの喧騒がボソボソと聞こえてくる。
゛幻想的゛な幻想郷の人里では見れそうにない゛近代的゛なブルドンネ街の通りは、゛幻想的゛住人である二人にとっては目新しいものだった。

「しかしアレだな、こんな涼しい所にいるとホント外が暑そうに見えるんだな」
魔理沙の言葉に霊夢はただ頷きながら、ルイズがこの『店』を選んだことには感心していた。


二人が今いる場所、それはブルドンネ街の通りに店を構える所謂『貴族専用家具専門店』と呼ばれる店の中にある休憩室であった。
以前タバサが持ってきたハシバミ茶が原因でティーポットを捨てることになったルイズは新しいのを買うために、霊夢と魔理沙を伴ってここを訪れたのである。

「今日は折角の休日だし、街へ行ってこの前捨てたティーポットを買い替えに行くわよ」
朝食が終わった後、ルイズはそう言って部屋で寛いでいた霊夢達を指差した。
突然の事に二人は目を丸くしたが、デルフは思い出したかのように刀身をカタカタと音を立てて震わせた始めた。
『へへ、そういえばこの前レイムの奴が実験して使い物にならなくなっ…―――』

ガチャッ!

カタカタと刀身を震わせながらこの前の「ハプニング」を語ろうとしたデルフは、霊夢の手によって無理やり鞘に納められて黙らされた。
「あんた、私のこと馬鹿にしてるんなら次は砕いてやるからね?」
霊夢の言葉に対し何か言いたげそうに刀身を震わせるが、以前ルイズがしたようにその場にあった縄でデルフをぐるぐるに縛り上げる。
そうするとただただ震える事しかできなくなったインテリジェンスソードを、クローゼットを開けて勢いよく中に放り込んだ。
そしてガタガタと大きく震えるデルフを中に入れたままクローゼットをパタンと閉めたところで、霊夢はフゥーと一息ついた。

あのハシバミ茶の騒動からちょうど一週間…。
デルフが思い出したかのようにあの時の事を蒸し返そうとするたびに霊夢に縛られ、クローゼットに閉じ込められていた。
大体一日に平均二回くらいは二時間ほど閉じ込められ、デルフもそれ自体を楽しんでいる様な感じがあった。

こちらに背を向けて一息ついている霊夢を見つめていた魔理沙は、ふとルイズに声を掛けられた。
「マリサ、アンタは今日どうなのよ?」
「う~ん、そうだな~…特にこれといってしたいって事はないしなぁ…まあ、今日はお前に付き合う事にするぜ」
そう言って魔理沙はルイズのとの外出をすんなりと了承したのだが霊夢は…
「今日は一段と増して暑いから遠慮しておくわ」と言ってそっけなく断った。

いつもならここで「じゃあデルフと一緒に留守番よろしくね」と言ってルイズは魔理沙と一緒に部屋を出るのだが…その日は違った。
何故かルイズがしつこく食い下がり「お日様に当たらないと頭からモヤシが生えてくるわよ」とか変な脅しを霊夢に掛けたのである。
いつもとは違うパターンに目を丸くしつつも「それなら全部引っこ抜いてモヤシ炒めにして食べるわ」と霊夢はクールに返した。
しかし、それでも餌に食いついた魚のようにしつこく「一緒に来なさい」と言い寄ってくるルイズに、霊夢は怪訝な表情を浮かべながらもついに降参した。
「あ~…もぉ、うっさいわね~!じゃあ行けばいいんでしょう行けば?」
元からルイズと言い争うつもりは無いし、その日は何をするかまだ決めてもいなかった。


「全く!行くって言うのなら最初からそう言いなさいよね!余計な時間をくっちゃったじゃないの」
ルイズは不機嫌そうに言って出かける準備を始めたので、他の二人も準備を始める。
といってもルイズとは違い霊夢は単に身なりを整え、魔理沙は箒を持つだけなので大した事はしていない。
(一体今日はどうしたっていうのよ。こんなにも暑いから頭がどうかしちゃったのかしら)
霊夢はいつもと何処か違うルイズに対して心の中でそんな事を思いつつ身なりを整え終わると鞄を開けた。
そして着替えであるいつもの巫女服と寝間着と一緒に入れられているお札と針が入った小さな包みを一つ手に取ると、それを懐に入れた。
最後にパンパンと懐をたたいた後、同じく鞄の中にしまっていたスペルカードを三枚ほど手に取った。
ここへ来てから殆ど使っていないスペルカードを見て、霊夢は何処か懐かしさを感じた。
どうせ街に行くだけなんだけどね…。心の中で呟きつつももしもの事を考えて、お札や針と同じように懐へとしまった。


その後、魔理沙の提案でシエスタも連れて行こうという事になったが(彼女曰く「この前、クローゼットから助けてくれたお礼」)生憎彼女の方も街へ行っていて不在だった。
まぁシエスタの件はまた今度という事で三人もそれぞれ別の方法(ルイズは馬で魔理沙は箒、そして霊夢は空を飛んだ)で街をへ向かい、そしてこの店へと足を運んだのである。
店に入ったルイズはそのまま奥へと通され、魔理沙と霊夢は従者として扱われこの休憩室で待っていた。
きっと今頃、ルイズは店の奥でカタログと展示品相手に睨めっこをしつつ、自分の部屋に迎え入れるティーセットを探しているところだろう。
しかし何故霊夢と魔理沙はルイズと別行動なのかと言うと、それにはワケがあった。


それは今から三十分も前の事…。
店に入った時、従者は休憩室で待つのが当店の規則です。と店の人間に言われたからである。
確かに一部の゛貴族専用の店゛ではそのような原則があり、基本平民である従者は別室で待機するのが定めであった。

ルイズと違いトリステインの暑さに慣れていない二人は体が少し疲れていたこともあり、その言葉に従っておとなしく待つことにした。
来店する貴族の従者が待機するこの部屋には来客用のソファーが二つ、部屋の真ん中に置かれている長方形のテーブルを挟むようにして設置されている。
そして部屋の出入り口から見て右のソファーには魔理沙が、左のソファーには霊夢が座っていた。
この部屋にはそれ以外の家具は無く、閉まっている窓の近くに置かれている観葉植物がその存在を主張している。
その観葉植物というのが実に不気味であり、土の入った大きな植木鉢から斑点がついた大きくて長い葉っぱが五、六本飛び出しているという代物だ。
植物というよりかは、まるで突然変異で巨大化してしまった雑草のような観葉植物であった。
紅魔館で観葉植物などを見せてもらった事がある二人であったが、少なくともこんな不気味なモノは置いていなかった。

「何かしらこれ?気味悪いわね」
「これは…アレだな?多分秘薬を作るための薬草だろ」
初めてこんな観葉植物を見た二人は、一体何なのかと不思議に思った。
そんな時丁度良く気を利かせて飲み物を持ってきてくれた店の人間に、魔理沙があれは何かと聞いてみたところ…

「あれは、サンセベリアです」
「サンセベリア?」
「え、何?山菜?」
「サンセベリア。ハルケギニア南方の乾燥地帯に生えている植物で、夏の訪れと共にこの部屋に飾るんです」
難聴かと疑ってしまうかのような霊夢の聞き間違いを訂正しつつ、眼鏡を掛けた店の人間はそう教えてくれた。

そして説明を終えた彼が部屋を後にしてから三十分が経ち、今に至る――――


(何がサンセベリアよ、あんな葉っぱだけの気味悪い植物よりヒマワリとか植えなさいよね)
霊夢は心の中で観葉植物に毒づきながら、先程給士が持ってきたアイスレモンティーを一口飲む。
紅茶の香りよりも少し強いレモンの味がツ~ンと口内に広がり、それに慣れていないのか霊夢は僅かに顔をしかめる。
(何よコレ?レモンの味が強すぎてお茶になってないような気がするんだけど)

まるでジュースみたいね。霊夢が心の中でそう呟いている時、魔理沙は同じく給士が持ってきたアイスミルクティーをグビグビと飲んでいる。
それこそ文字通り。まるで仕事帰りの一杯みたいに薄茶色の液体を飲み干す姿からは、とても゛高貴な貴族の従者゛とは思えない。
まぁ実際には二人ともルイズの従者ではないので、別にそういう風に振る舞わなくてもいいのだろう。
「ふぅ~…まぁなんだ、こんな所で飲むのも中々良いじゃないか」
アイスミルクティーを飲み干した魔理沙は開口一番そう言って、グデ~ンとソファーにもたれかかる。
今この部屋には二人以外誰もおらず、いたとしてもこの国で名高いヴァリエール家の従者には何も言いはしない。
それに、魔理沙自身がそういった作法の世界とは無縁な生き方をしているので誰かがどうこう言ってきても気にしないだろう。
相変わらず何処にいてもくつろぐ奴だ。霊夢はソファーの感触を存分に楽しんでいる黒白を見て改めてそう感じた。
一方の霊夢はというと、しっかりと姿勢を正してソファーに座っており、育ちの良さが伺える。
しかし外見が不幸にも、このハルケギニアではあまりにも奇抜過ぎた。
もしも彼女が淑女的な人物であっても、何も知らない者たちが見れば道化師か何かだと勘違いされるだろう。

顔を顰めたままの霊夢が半分ほど減ったアイスレモンティーの入ったコップをテーブルに置いたとき、唐突に魔理沙が話しかけてきた。
「そういえばさぁ、さっきからずっと気になってたんだが…」
「何よ?」
「この部屋が涼しいのって、絶対あの水晶玉のおかげだよな」
魔理沙の口から出た゛水晶玉゛という言葉に霊夢は「あぁ、そういえば」と頷いて、天井を仰ぎ見る。
少し白が強い肌色の天井に取り付けられた頑丈そうなロープに吊り下げられた大きな籠があり、その中には青い水晶玉が入っていた。
平均的な成人男性の頭部と同じ大きさを持つその水晶玉こそ、前述したマジックアイテムであった。
最も、魔理沙がいま気づいたのに対して、霊夢は部屋に入ってすぐにそれが何なのかある程度わかってはいたが。

強すぎずまた弱すぎもしない冷気は微かな魔力と共にそこから放出され、下にいる二人の体を寒くない程度に冷やしている。
ついさっきまで暑い外にいた事と、店の者が持ってきてくれたドリンクのおかげで少女たちは極楽気分を味わっていた。
このまま何もしていなければルイズが戻ってくるまで、この小さな空間にできた楽園で涼むことができるであろう。
ただ。霊夢とは違い、魔法使いである魔理沙はどうしてもあのマジック・アイテムが気になってしょうがなかった。

「…あの水晶玉、なんか気になるな。っていうかあれは私に調べてくださいって言ってるようなもんだな」
ソファーで寛いでいた魔理沙はまるで当然のことだと言わんばかりの言葉を呟くと立ち上がり、軽く背伸びの運動をした。
今行っている背伸びの運動を終えた黒白が何をするのかする前に気づいた霊夢は、目を細める。

「言うだけ無駄なんでしょうけど。まぁ程々にしときなさいよね」
嫌悪感が含まれた霊夢の忠告に魔理沙は白い歯を見せて笑うと体操を終え、自身が履いている靴へと手を伸ばす。
霊夢の履いている茶色のローファーと比べ泥土の汚れが目立つ黒のブーツを、魔理沙はいそいそと紐をほどいて脱ぎ捨てる。
持ち主の足から離れたそれは脱いだ持ち主の手によってソファーの傍に置かれる。

「好奇心に勝るモノ無しってヤツだぜ」
魔理沙は自信満々にそう言って、今度は白い靴下をはいた足でテーブルの上に乗った。
マジックアイテムに不調が起こった際の為かテーブルの上に乗って爪先立ちをすると、天井から吊り下げられている籠を手に取れるのだ。
そして不幸(無論店にとって)にも魔理沙はそれに気づき、今まさにそれを実行しようとしていた。

厳選された素材で作られたトリステイン製のテーブルに飛び乗ったという少女は、きっと魔理沙が初めてであろう。
今の光景を店内でティーポットを探しているルイズと店の人間が見れば、目をひん剥いて気絶すること間違い無しだ。
その後…怒り狂ったルイズが怒りの表情を浮かべて杖と乗馬用の鞭を武器にして、魔理沙を追い駆けまわす姿も容易に想像できる。

今この場にルイズがいない事を、魔理沙は有難く思うべきだろう。
「さてと、まずは…」
何処から調べようかと、いざ手を伸ばした…その時であった。

突如、二人の耳に「カチャリ」という金属めいた音が飛び込んでくる。
その音に気づいてふと手を止めた魔理沙は、その音の正体が何なのかわからぬまま――軽く後ろへ跳んだ。
まるで足元に迫ってきた長縄を避けるかのように跳ぶと同時に後ろに重心をかけ、背後のソファーへとその身を沈める。
時間にして僅か二秒という早業をしてのけたものの、それを成した魔理沙本人はどうしてこんな事をしたのかと疑問を感じた。
しかしその疑問は、「カチャリ」というドアノブを捻る音と共に部屋へと入ってきた少女の姿を見て、自己解決した。

「待たせたわね。買う物は買ったし、ここを出るわよ」
ドアを開けた者――ルイズは部屋に入ってきた開口一番にそう言った。
それに対し二人はすぐに頷いた。何事もなかったかのように。

「?…何で靴なんか脱いでるのよ?」
「足の中が汗で蒸れてたから冷やしてたんだ」
そんな二人のやり取りを横目に、霊夢は呆れたと言わんばかりにため息をついた。


時刻は間もなく、午前十一時に迫ろうとしていた頃。

トリスタニアの気温は朝と比べて少しだけ上がっていた。
肌で感じれば少し暑くなったと思う程度であったが、街の大通りなど人気の多いところはかなり暑くなっている。
しかし、それと同時に気休め程度に吹いていた風の勢いが強まり、自然からの涼しい祝福を肌で実感できるようになった。
外の暑さに慣れたのか、露天商で働く者たちは自前の樽に入れた水を飲みながらも、精一杯声を張り上げて客を呼び寄せようとしている。
屋内にいる者たちは窓や扉を開放して風を入れ、室内に溜まった熱気を追い出そうとしていた。
街の外れにある工房や石切り場などで働いている者たちは街よりも風の恩恵を受けて、皆口々に感謝の言葉を呟いていた。

そして街が活気に包まれる中、それとは全く無縁の場所が街の郊外にある旧市街地であった。
一部では゛幽霊の住処゛と呼ばれる程になったそこからは、人の気配が殆ど感じられない。
職や財産を失った浮浪者たちは、汚れてはいるが地上よりかは幾らか涼しい地下水道へと退避していた。
例え地上で野垂れ死にしたとしても、寄ってくるのは人の味を知った犬猫やカラスだけであろう。
そんな場所に…゛かつて゛は教会として使われた廃墟が、他の廃墟と肩を並べるかのように建てられていた。

かつては始祖ブリミルを崇める聖なる場所として、この街に住む人々に祝福を与えていた。
しかし今は、罅割れた外壁から這い出てくるかのように生えてきた蔦によって見るも無残な廃墟へと姿を変えている。
この教会にいた聖職者たちは、もう十年近くも前に建てられた新しい教会に移り住み、誰一人この教会だった建物を訪れることは無い。
その外観の気味悪さから浮浪者たちは他の建物を選び、教会は荒れるに荒れていた。

しかし今日は始祖の思し召しか、一人の青年がこの廃墟を訪れていた。
彼の白い肌とブロンドヘアーは燦々と輝く太陽に照らされて、まるで芸術品のように美しく見える。

ここが祈りの場として使われていた頃は大きな鐘が吊るされていた鐘塔に上った彼は、望遠鏡を使ってブルドンネ街の様子をのぞいていた。
その姿には、まるで御伽話に出てくる王子様が結婚相手を街の中から探しているかのような、魅力的な雰囲気が漂っている。
確かにその例えは間違っていない。青年は今その手に持つ望遠鏡で三人の少女達を見つめているのだから。

一人は御伽話に出てきそうな魔法使いのような姿をしており、頭に被っている黒いトンガリ帽子は若干だが周囲の人々から浮いている。
黒と白のドレスとエプロンは迫り来る夏季を考えてか、その外見とは反対で涼しそうだと青年は思った。
その右手には箒を握っており、もう少し老ければ無数のカラスと蟲たちを手足の様に操れる魔女になるかもしれない。

もう一人はトリステイン魔法学院の制服と黒マントを身に着け、一目で貴族のタマゴとわかる。
気高きプライドが見え隠れする鳶色の瞳には、周囲から襲い来る熱気にうんざりしたと言いたげな色が浮かんでいる。
彼女の髪の色は誰よりも目立つピンクのブロンドヘアーで、見る者が見れば彼女の体内にある血統の正体を知って頭を下げるであろう。

最後の一人はハルケギニアには珍しい黒髪であったが…それよりも彼女が身に着けている紅白の服は、あまりにも奇抜であった。
白い袖は服と別離しており、望遠鏡越しにもスベスベだとわかる腕と綺麗な腋をこれでもかと言わんばかりに周囲に晒している。
普通の女子なら赤面になるだろうが、黒髪の少女はもう慣れっこなのか平然とした表情を浮かべた顔と赤みがかった黒い瞳で空を見つめていた。
頭に着けている大きな赤色のリボンと共に、もはや゛周囲とは違う゛という次元を跳躍し他の誰よりも目立っていた。

もはや奇跡としか言えない変わった容姿の三人を望遠鏡越しに覗きながら、青年はその内の一人に狙いを定める。
それは、最初に望遠鏡にその姿を捉えた黒白の少女――ルイズたちと一緒に店から出てきた魔理沙であった。

「へぇ~…あれが彼女の言ってた゛トンガリ帽子゛の子か」
青年―ジュリオはひとり呟いて、望遠鏡をうっかりして落とさないようにその手に力を込める。
折角この眼で見る事の出来た゛イレギュラー゛を『望遠鏡を手落とした』という有り得ないミスで見逃すという事は、今の彼にとっては一番つらい事であった。
しかもようやく見つける事の出来た゛盾゛と数年前から目をつけていた゛トリステインの担い手゛と一緒にいるのだ。これほど貴重な瞬間は滅多に無いであろう。
「彼女を監視ついでに学院で働かせたのは成功だったね。でなきゃこんなの拝めることは無かったよホント」
ジュリオは望遠鏡越しにルイズたちを見ながら、自分の部下兼フレンドである女性の事を思い浮かべた。
彼女には学院にいる゛トリステインの担い手゛であるルイズと゛盾゛の霊夢を監視するために、学院で給士として働かせている。
トリスタニアから片道三時間もかかる場所に建てられた学院である為、誰かをその学院へ送るのが最も最適な方法であった。
給士程度なら役所で渡された書類一枚を見せれば即時採用されるので潜り込ませるのは非常に容易だった。

そして今朝…。
彼女から届いた手紙のおかげでで゛トリステインの担い手゛と゛盾゛に…新しく部屋の住人となった゛トンガリ帽子゛の三人が街へ来るという事を彼は知った。
その時宿泊しているホテルのテラスでアイスティーを嗜んでいた彼は、口に含んだアイスティーを吹きかけた程驚いたのは記憶に新しい。
一歩手前でなんとか飲み込んだ後、彼は冷静さをすぐに取り戻して手紙に書かれた文字を一字一句丁寧に読み始めた。
手紙には新しいティーポットを買いに行くという事とそれを買う店の場所…そして監視に最適な場所まで丁寧に書いてくれていた。
ジュリオは彼女の徹底した仕事ぶりに、心底感心した。

その後、部屋に置いていた監視用の望遠鏡を片手にホテルを出て旧市街地へ急いで向かい、今に至る。
「なるほど…見れば見るほど、御伽話とかで出てきそうなメイジだな」
望遠鏡越しにルイズと何やら話をしている魔理沙を覗きながら、ジュリオは幾つのか疑問を覚えた。
服はまだ良いのだが、頭にかぶっている黒のトンガリ帽子はいささか流行の波に乗り遅れているなと感じた。
丁度今から二十年前くらいにあれと同じようなタイプの帽子が流行ったと聞くが、今となってはあんな帽子を被るのは゛当時゛20代や10代だった者たちが主である。
無論今でもトンガリ帽子を愛する貴族はいるが、最新の流行ファッションがすぐにカタログに載せられるこの時代では少数である。
今望遠鏡で覗いている黒白の彼女ぐらいの年齢の子なら、流行ファッションには非常に敏感だ。
そんな子供が時代遅れとも言えるようで言えない曖昧な帽子を被るものだろうか。
何かしら理由があるのかもしれないが、自分が彼女ならあんなに大きい帽子じゃなくて、もっと小さいものを選ぶだろう。
ジュリオは心の中で思いながら、乾き始めた上唇をペロリと舐める。

それが一つ目の疑問である「トンガリ帽子」。そして二つ目の疑問は「右手に持つ箒」であった。
トリステイン魔法学院にいる彼女からの情報では、有り得ないことにあの箒を使って空を飛んだのだという。

『箒を使って空を飛ぶ』

その発想は、元は軍が幻獣をまともに扱えない下級メイジ達に飛行能力を与えるという思想から生まれた。
それはハルケギニア大陸の各国に広まり、記録を辿れば今から五十年も前の事にもなる。
しかしいざ実際に乗ってみると、箒に掛ける魔力の調整や箒であるが故の耐久性の低さがまず最初に目立った。
ガリアなどでは専用の箒を開発したとも聞くが、同時期に行われた軍用キメラの開発に予算を取られてお蔵入りになったのだという。
結局、各国ともに「程度の低いメイジは馬で十分」という昔ながらの考えに落ち着き、計画は失敗のまま終了した。

そして現在、今ではそんな事があったという事実を知る者も極めて少ない。
もしも彼女が゛この世界゛の人間であるならば、それに乗るどころかそんな事実すら知らないであろう。
今では『箒に乗って空を飛ぶメイジ』という存在は、絵本や小説といった空想の存在になってしまっているのだから。

(――しかし、彼女が゛盾゛とおなじ゛場所゛から来たというのなら…話は変わるけどね)
ジュリオが心の中でそう呟いた瞬間、予想だにしていなかったアクシデントが彼の゛背後゛で発生した。

「あらあら、朝からやけにご執心ですこと」

そのアクシデントは、まずは声となって彼に囁いてきた。
声からして女性であるが、その声はジュリオが初めて耳にしたほど綺麗なものであった。
まるで風の女神の歌声の様に、澄んだ声である。
彼がそう思うほどその声は美しく、そして怖ろしいとも感じた。
望遠鏡を覗いていたジュリオは、最初はその声を単なる゛気のせい゛で片付けようとした。
きっと風の女神が明るいうちから覗き見をしている僕をからかっているのだ―――と。
しかし――本当にその声が゛気のせい゛ではなく自分の背後に誰かががいるのなら――――…そいつは、人間゛じゃない゛。

それは比喩ではなく文字通りの意味で、人間の常識では決してその存在を証明できない゛何か゛だ。
彼はその道の人間ではないが、望遠鏡を覗いている間は自分が無防備になるという事は自覚していた。
トリスタニアはそれなりに治安は整っているがここは旧市街地である。浮浪者のほかにも犯罪者やそれと同等の者たちの居場所でもある。
こんな真昼間に襲ってくるという事は無いであろうが、可能性は決してゼロではない。
肝試し気分で夜中にここへ足を運んだ若者たちが何十人も行方不明にもなっているという噂もあるほどだ。

それを知っているうえで、ジュリオはこの教会を選んだ。
ここら辺は日中の間、人気が無いので誰かに見られる心配もない。
それに、彼が今いる場所はある意味もっとも安全な所なのだ。

鐘を打ち鳴らす為に作られたこの鐘塔の出入り口はただ一つ、床に設置された扉だけだ。
扉を開けると下の教会へと続く古めかしい鉄梯子があり、それ以外の出入り口は全くもって見当たらない。
それに蝶番が丁度良く錆びており、扉を開け閉めする際には物凄い音を鳴らす。
つまりは、誰かが来ればドアの開く音でわかるしそれを聞き逃すほど彼の耳は悪くない。

しかし、先程の声が聞こえる直前――ドアを開くような音は一切しなかった。
まるで最初から、ずっとこの場所にいたかのように。

つまりこの声の主は―――人間ではないのだ、文字通りの意味で。

「………」
突然の声にジュリオは何も言わずに望遠鏡を下ろし、慎重に身構えてから後ろを振り返った。
その顔には、先程夢中になっていた楽しみを奪われた子供が浮かべるような、幼い嫌悪の色を浮かべて。
しかし、彼の背後には女の声を発したであろう存在と思しきモノは、どこにもいない。
ただ自分の視界に映るのは、夏色に染まりつつあるこの国を綺麗に見せる青い空と白い雲だけ。
ジュリオは無意識に目をキョロキョロと忙しなく動かして辺りを伺うが、声の主らしきモノは何処にもいない。
念のため手すりから少し身を乗り出して外の様子も見るが、そこから見えるのはかつて最大の栄華を持っていた廃墟群だけで何もいない。
やはり、ただの気のせいだったのか?――と、ジュリオがそう思った時…。

「でも…遠くから覗き見をするくらいなら、あの娘たちにもっと近づいてみなさいな」

今度は、背後ではなく耳元であの声が囁いてきた。
瞬間、ジュリオは目を細ると勢いよく振り返り、それと同時に持っていた望遠鏡も勢いよく振りかぶる。
まるで角材の様に扱われた望遠鏡はしかし、背後にいたでろあろう存在を叩くことはできなかった。
手ごたえは無く、ただブォン!と空気を勢いよく薙ぎ払う音だけがジュリオの耳に入ってくるだけであった。
咄嗟に繰り出したカウンターが、単なる空振りで終わったことに、彼は悔しさを感じる事は無かった。

「幻聴…じゃないだろうね。絶対に」
ジュリオの呟きに応えるかのように一瞬だけ風の勢いが強まり、彼の髪を撫でつける。
先程の声や望遠鏡を振るった時のそれとは違う、くぐもった風の音が耳に入ってくる。
「風が強くなってきたな…」ジュリオはそう言ってその場でしゃがみ込み、床の扉をゆっくりと開けた。
錆びついた蝶番の音は、まるで死にかけた老婆の悲鳴のようで、先程聞いた声と比べれば余りにも醜悪であった。
扉を開けた先には梯子があり、それを下りていけば廃墟と化した教会の中へと続いている。
教会の中は薄暗く、昼間だというのに不気味な雰囲気を醸し出している。
扉を開けたジュリオは眼下に見える教会の床を凝視しながらも、梯子に手を掛けようとはしない。
それから三十秒が経った後…ふと彼は後ろを振り返り、口を開いた。

「アンタが誰だったのかわからないけど…。まぁ、良い話のタネとアドバイスをくれたことに感謝しておくよ。何処かの誰かさん」

これは置いといてあげるよ。彼は最後にそう言って、右手に持っていた望遠鏡をその場に置いてから梯子を降りて行った。
今の彼にはもう望遠鏡は必要なかった。高いものではあるが必要になればその都度買いなおせば良い。
彼はもう、遠くから彼女たちを監視しようとは考えていなかった。
気づかれない程度に傍へ寄り、近いうちに彼らと接触してみよう―――と。

だが゛上の連中゛はその提案に対して慎重論を掲げてくるであろう。『今はまだ監視に徹する時だ』という少し芝居が入った言葉と共に。
無論、ジュリオもその事は不服ではあるが重々承知していた。
相手がもし゛普通の人間゛なら、監視を十分に行い接触するべきに値する存在かどうか見極める必要がある。

しかし…今回の相手はそれが通用しない――彼は無意識のうちにそう思った。
根拠らしい根拠は見当たらないが、彼の脳裏に不思議とそんな考えが浮かんできたのである。
ただ遠い安全圏から覗くだけでは彼女達の事を詳しく知ることなどできない。

むしろ、距離を置けば置くほど彼らの姿は遠くなりいつの日か見えなくなるのではないか?
ならばいっそのこと、近づけるところまで近づいてみた方が、ずっと有益なのではないだろうか?
それが正しい事なのかどうかはわからないが、ジュリオはこれが一番の最善策だと心の中で信じた。

梯子を降り、浮浪者たちに荒らされた薄暗い教会の中を歩く彼はその顔に、好奇心が含まれた笑顔が浮かべていた。
それは人が持つ感情の中では最も罪なモノであり、そして人を更なる存在へと昇華させる偉大なモノである。

「好奇心は人を滅ぼすっていう言葉があるけど…好奇心が無い人間なんて只々つまらないだけですわ」
先程までジュリオがいた鐘塔の屋根の上に佇む、人ならざるモノ――八雲紫は呟く。
その手に彼が置いて行った望遠鏡を持って昼時の喧騒で賑わうブルドンネ街を、ひとり静かに見つめながら。





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