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Mission 26 <迷える蒼き馬> 後編



昼休みが終わった後、学院長のオスマンはいつものように自分の執務室である学院長室でくつろいでいた。
呑気に鼻毛を抜いたり、机の引き出しから取り出した水キセルを美味そうに吸っていたのだが、そのキセルがふわりと宙に浮きだした。
「年寄りの楽しみを取り上げて楽しいかね? ミス・ロングビル」
部屋の隅の秘書机で淡々と仕事をしながら杖を振るったロングビルの元に水キセルは静かに移動していく。
「一応、あなたの健康管理もわたくしの仕事ですからね。オールド・オスマン」
「うぅむ」
事務的に素っ気なさそうに答えた彼女に対し、オスマンはつまらなそうに呻いた。
〝土くれのフーケ〟としての裏の生活を捨て、正式に秘書としてこの学院に就職が決まってからというものの、どうもロングビルはオスマンに対してつれない態度を取るようになってしまった。
ちょっとした悪戯心でセクハラをしてやっても、前みたいに滑稽な反応はあまりしてくれず、本性を露にして「〝ブレッド〟をおみまいしてあげようかしら」などと怖いことまで言うようになってしまったのだ。
もちろん、仕事自体は今まで以上にてきぱきとこなしてくれているし、何より秘書がいるということ自体は非常に助かる。……だが、何か物足りないのだ。
「ところで、君はこの後トリスタニアへ身内に会いに行くそうじゃな?」
「ええ、そうですわ」
これからロングビルは毎日の仕事を一通り終えたら、トリスタニアの修道院に預けているティファニアの元へ行くことにしていた。
そうすればあの子もきっと安心してくれることだろう。
「ほっほっ、アルビオンに帰省していたのは大切な人を連れ出すためか。何、今のアルビオンは危険すぎるからの。それが一番良いじゃろうて」
オスマンにはティファニアについて詳しいことは話してはいない。だが、この狡猾な老人は自分が盗賊であったことを見抜いた油断のならない人間だ。
もしかしたらティファニアのことまで全て知り尽くしているのでは、とロングビルも内心オスマンを警戒していた。
「ワシらに出来ることがあったら何でも相談してくれて良いからの?」
「お心遣い、感謝しますわ」
ロングビルはあくまで事務的に、素っ気無い返答をしてくる。
「何じゃ、つまらんの。……して、どうじゃったモート・ソグニルよ」
肩の上に乗ってきた一匹の白いハツカネズミ。オスマンの使い魔が主に報告を行う。……いつもの悪戯の結果は。
「うぅむ……確認はできなかったか。残念じゃな――あたっ!」
突如、一冊の分厚い本が投げつけられてきて、オスマンの顔面に背表紙が直撃した。
ロングビルは淡々と仕事を続けながら手にしていた杖を下ろす。
(まったく、これだから男ってやつは……スパーダを見習いなさいよね……)
もっとも、スパーダは人間ではなく悪魔なのだが。
しかし、ロングビルにとっては彼が人間だろうが悪魔だろうが、そんなことは全く気にしてはいない。
彼が何者だろうと、異種族たる人間として生きようとしていることは事実なのだ。

「オ、オ、オ、オールド・オスマン! 大変ですぞ!」
突然、ノックもせずに飛び込んできたのは数人の教師達であった。全員が血相を変え、息を切らしている。
おまけに相当慌てていたのだろう。勢いあまってそのまま前のめりに倒れ、折り重なってしまった。一番下の教師が重さのあまりぐえ、と呻いている。
いきなりの出来事に本をぶつけられて顔を押さえていたオスマンも仕事を続けていたロングビルも呆気に取られてしまう。
「何じゃい? そんなに血相を変えずともワシは逃げはせん。また生徒達が何かしでかそうというのかの」
つい先ほど、ギーシュ・ド・グラモンとタバサの二人が組み手をしようとしたという報告を受けていたが、スパーダが監督を務めているという話も聞いていたので彼を信じて放置していた。
だが、いくら何でも短時間で生徒達が何度も厄介ごとを起こされてはオスマンとしてはたまったものではない。
「そ、そうではないんです!」
「が、学院の敷地内に見たこともない幻獣が侵入してきたのです!」
「……幻獣、とな?」
それまで飄々としていた老人の表情が一瞬にして、スパーダから送られた二つ名〝賢者〟に相応しいメイジの顔へと変わっていた。
ロングビルも仕事を続けていた手がピタリと止まる。
「今、生徒達がその幻獣を取り押さえようとしているのですが、あまりに凶暴で……」
「我ら教師もこれから総出で幻獣を押さえようと考えているのですが、どうかオールド・オスマンのお力を……」
ふむ、と頷いたオスマンは手を机の上で組んだ。
「……して、ミスタ・スパーダはどうしておる?」
スパーダの名がオスマンの口から出てきた途端、教師達の表情は嫌悪と不満で染まりだした。
(本当に狭量な奴らじゃのう……)
教師達のほとんどがスパーダを異国の没落貴族として侮り、見下し、敵視していることにオスマンは呆れた。
そうやって偏屈な態度を取ってよくも貴族を名乗れるものである。
そんなにスパーダが疎ましいなら、陰口を叩くより堂々と面と向かって言うほどの度胸を見せてやれば良い物を。
もっとも、逆にスパーダに言い負かされるのがオチだろうが。
「……まあよい。では、ワシもすぐに向かおう。他の教師達は集まっているのかね?」
「いえ、まだ授業に向かった教師達が……」


――ヒヒィーン!

蒼ざめた巨馬、ゲリュオンが力強く嘶き、前足を高く振り上げ、大地を踏み鳴らした。
ドゴン、と鈍く大地が揺るがすほどの音と共に足に纏っていた青白い炎が巨大な波となって周囲に広がり、草地を焼き焦がしていく。
ゲリュオンの纏う炎は現世の炎とはまるで性質が違う。その炎は紛れもなく全てを焼き尽くす地獄の業火である。
だが、その炎から発せられるのは熱ではなく、生ける者達を凍えさせる極寒の冷気だった。故に焼かれる者は異質な苦痛を味わいながら焼き尽くされるのだ。
「フライ」
襲い掛かってきた炎を宙へ飛んでかわすタバサ。
庭の中を荒れ狂う獣のように無差別に走り回る青白い炎はやがてゲリュオンの元へと戻り、再び全身に纏っていた。

――ブルッ……!

着地したのを見計らってか、ゲリュオンが馬車を引きタバサ目掛けて突進してくる。
タバサは迫ってくるゲリュオンに自ら向かっていき、すれ違い様にゲリュオンの体にエア・スピアーで風を纏わせた杖で斬りつけてやった。
「浅い……」
だが、上級悪魔として強靭な肉体を持つゲリュオンの体にはかすり傷程度しか付けられない。
敷地内を荒々しく駆け回るゲリュオン。その間、後ろに引いている馬車から次々と無数の巨大な矢が絶え間なく射出されていた。
放物線を描きながら飛んでくる矢を同じく立ち止まらずに走ってかわしていくタバサ。矢は着弾した途端に小さく爆発する。
連続で射出され続ける矢をかわし続けるのは骨が折れる。一瞬たりとも気は抜けない。
おまけに、先ほどのギーシュとの手合わせで精神力を消耗していたため、大技を使用することもできないのが痛手だった。
何とかチャンスを見つけ、一撃で決めなければならない。
ちらりと、タバサは本塔の壁にいつの間にか寄りかかっていたスパーダの方を見やった。
彼は先ほどから腕を組んだままじっと自分達の戦いを冷徹な表情のまま眺めており、参戦しようとする様子を見せない。
時折、銃を取り出しては手の中で弄んでいるのだが、その視線はタバサから外さなかった。
(わたしを試している?)

「で、でかい!」
広場に到着した生徒達は広場を駆け回るゲリュオンの巨体に度肝を抜かれていた。
大きさでいえばタバサの使い魔であるシルフィードとほぼ同じくらいであるが、その巨体から発せられる威圧感はあまりにもレベルが違いすぎる。
「あ、あんなのをどうするっていうんだよ……」
生徒達はゲリュオンの迫力に次々と気力を萎えさせていき、へたり込んでしまう。いかに魔法を使えるメイジとはいっても、所詮は実戦経験も何もない学生に過ぎない。
竜のように獰猛で、ユニコーンのように気高そうな、恐ろしい未知の幻獣を相手になどできるわけがなかった。

(スパーダ……! 何で、タバサを助けないの?)
ルイズは本塔の壁に寄りかかり静観しているスパーダを見つけ、訝しんだ。
まるで先ほどのギーシュとタバサの組み手を傍観していた時のように、タバサとあの悪魔との戦いを呑気に観戦している。
スパーダならばあんな悪魔など一捻りに違いないはずなのに、何故加勢しないのだ?

「今、助けるわよ!」
無二の親友が窮地に陥っている姿を目にすればすぐにでも手を差し伸べるのがキュルケの性分である。
相手が幻獣だろうが何だろうが、杖を振るわずにはいられないのであった。
したり顔を浮かべるキュルケは杖の先に魔力を集中させて巨大な火球を作り出し、火球をさらに膨れ上がらせていく。
「フレイム・ボール!」
キュルケの杖から放たれた巨大な火球はタバサを追い回しながら馬車から爆矢を放ち続けるゲリュオンの移動先に向けて正確に飛んでいった。

――ブルッ! ブフッ……!

「あら、ずいぶんと頑丈みたいねぇ……」
胴体に直撃し、怯みはしたものの、ゲリュオンが纏う極寒の炎の影響のためかあまり効き目がないようだった。
それどころか逆にゲリュオンを刺激してしまい、標的がタバサから攻撃してきたキュルケへと変わっていた。
急停止によって地を滑りながら巨体を器用に回転させ、キュルケ達の方を振り向きだす。
「お、おい! こっちに来るぞ!」
「うわあ、来るなああぁ!」
「きゃあああっ!」
生徒達は矛先を向けてきたゲリュオンに対し、蜘蛛の子を散らすように次々と広場中を逃げ惑った。
あんな巨体に体当たりされればもちろんのこと、後ろに引いている馬車に轢かれればただではすまない。しかもあの馬車には武器まで積載されているのだ。
「ちょっと、キュルケ! こっちに気を引いてどうするのよ!」
下手に刺激してしまったキュルケをルイズが責める。
蹄を踏み鳴らし、首を左右に振りながら荒々しく呼吸を続けるゲリュオンの鋭い瞳は横槍を入れてきたキュルケへと向けられていた。
怒りに満ちた瞳を青白く光らせ、ゲリュオンは走りだす――。

「「タバサっ!」」
その隙をタバサは当然、見逃さなかった。
すかさずゲリュオンの傍まで駆け寄り、その背に飛び乗ったのである。
広場中に散らばった生徒達はその様子を不安な様子で見守っていた。
タバサとしては一対一の戦いに横槍を入れられたのは少々、不満ではあったものの今の自分の状態ではまともに戦っては勝ち目がないのも分かっている。

――ブルッ……! ヒヒィーンッ!!

当然、ゲリュオンはタバサを振り落とそうと暴れだした。体を振るい、巨体を持ち上げて叩きつける度にタバサは危うく振り落とされそうになる。
だが、タバサはそうはさせじとゲリュオンにしがみ付く。
「くっ……」
ゲリュオンが纏う極寒の炎は直接触れなくとも、これだけ間近にいるだけで炎から発せられる冷気はタバサを蝕んでいた。
まるで猛吹雪の中にいるかと思うくらいの寒さであり、タバサの手は既に悴み赤く腫れ上がっていた。このままでは確実に凍傷してしまう。
炎に焼かれて火傷をするのと、零下にさらされて凍傷するというのは肉体が損傷するという点では全く同じだ。
ただ熱いか冷たいかというだけの違い。どんな炎も結果的に相手を傷つけるのである。
「がんばって、タバサ!」
必死に戦う親友の姿にキュルケは声援を送っていた。

「スパーダ! 何をやってるの! どうしてあなたも戦わないのよ!」
ルイズはゲリュオンが庭を駆け回っていないうちに観戦しているスパーダの元へ行き、ものすごい剣幕で詰め寄っていた。
人間を悪魔の手から守るために剣を振るうはずである伝説の魔剣士が戦わない姿を見て、そのパートナーとなったルイズは大いに不満であった。
「まあ待て。最初に奴と戦いだしたのは彼女だ。まずは彼女の勝敗が決まってからだ」
「勝敗って……これは決闘じゃないわ! 相手は悪魔なのよ! あなたはあいつらからあたし達を守るために戦うんでしょう!?」
冷徹に、悠然とした態度のスパーダにルイズはさらに食って掛かる。
スパーダはタバサとあの悪魔の戦いを決闘として見ているのか? 一体、何を考えているのだ。
「せっかく強者同士がフェアな戦いを続けているのだ。私がここで手を出しては彼女のためにもならん。君も奴には手を出すな」
「何なのよ……! もう!」
聞く耳を持たない様子のスパーダに、ルイズは癇癪を上げるとそっぽを向く。
パートナーとはいえ、悪魔の考えというものがよくわからない。

(まだ全力を出していないな……)
かつてゲリュオンと戦ったことのあるスパーダは、その時に繰り出されたゲリュオンの最大の得意技を思い返していた。
全盛期のスパーダでさえ、ゲリュオンのあの力には手を焼かれたことを今でも覚えている。
タバサはその力の布石を先ほど、見ていたはずだ。果たしてそれを見切れるか。

「ブレイド」
ようやく体勢を整えたタバサが振り上げた杖の先に魔力の刃を纏わせると、ゲリュオンの胴体へ一気に突き立てる。
深々と杖が突き立てられた胴体から血が一気に噴き出した。

――ヒヒィーンッ!!

これまで以上に高い嘶きと共にゲリュオンの体はぐらりと揺れ、横倒しに伏していた。その巨体に見合った重々しい音と衝撃が同時に響く。
「み、見ろ! ミス・タバサがあの幻獣を!」
「か、勝ったの? あの子が?」
あの巨馬が倒れ伏した姿に、生徒達から次々と歓声が湧き上がった。
力なく横たわるゲリュオン。腹が微かに上下していることからまだ息があるらしい。
杖を引き抜き、飛び降りたタバサはゲリュオンの頭へゆっくり近づくと杖を振り上げ、ジャベリンの呪文を唱える。
その手はゲリュオンの極寒の炎にさらされたおかげで凍傷寸前だったが、それでも杖だけは決して手放さなかった。
本来ならばこんな勝ち方は望んだものではなく、互いに万全な状態で一対一で勝負をつけたかった。
だが、自分が力を付ける前に生き残らなければ何もならない。これほどまでに強い敵を相手にできたというのに、全力を出せなかったのが心残りである。
ゲリュオン自身の目には未だ闘志が宿っている。まだタバサとの戦いは諦めていないらしい。
だが、もはや動けはしないだろう。
「とどめ……」
ならば、せめて今出せる全力を持って楽にさせてやるのみ。
残された精神力を全てジャベリンの魔法に注ぎ込み、頭上に巨大な氷の槍が生み出される。

その氷の槍を放った瞬間、ゲリュオンの闘志の失わない目が赤く閃光を発した。
途端に倒れ伏すゲリュオンの全身から黒い魔力の奔流が周囲へ広がっていく。
「っ……!」
気づいた時には、目の前に倒れていたはずのゲリュオンの姿が消えていた。外れた氷の槍は異様な遅さで地面に突き刺さる。
どこへ行った? と考える前に、体が思うように動かない。まるで水の中にいるおかげで水圧が体に重く圧し掛かるような感じで、動きが遅くなっている。
それに自分の周囲が異質な空間で満たされており、タバサは当惑した。

先ほど空間の中へと掻き消えたように、ゲリュオンは空間に干渉することができる能力を持っている。
それによって多次元を逃げ込んで攻撃を回避したり相手を惑わすことはもちろんのこと、今のように自分以外の空間の流れを遅くするなどという荒業も可能であった。
全力を持ってすれば、完全に時を止めるなどということも可能であるがかなりの力を消耗してしまうため、ゲリュオンにとっては切り札ともいえる技なのである。

「タァ~バァ~サァ~ッ~、あ~ぶ~な~い~っ~!」
キュルケの声がスローで聞こえてきて、タバサは周囲を見回そうとしたが、やはり体の動きが遅くなっているために振り向くことさえできない。
次の瞬間、空間がいつもと同じ様子に戻ると同時にタバサの動きは元に戻っていた。
背後から間近に迫る蹄と馬車の音に気がついた時、背後に何者かの気配を感じていた。

――ヒヒィーンッ!

空間転移によってタバサの背後へと移動していたスパーダは目の前に迫ってきたゲリュオンを移動する合間に装備した篭手のデルフで正拳を繰り出していた。
己の走る勢いを利用されて繰り出されたその強烈な一撃で、ゲリュオンの巨体は後ろへよろけながら大きく滑っていた。
「ひぃっ! な、何だよ! ヴァリヤーグを相手にしてんのかぁ!?」
昨晩、タバサと手合わせをしていた時には何かに怯えていて黙り込んでいたデルフがようやく喋りだしていた。
デルフの言葉を無視するスパーダは唖然としているタバサを肩越しに振り向く。
「中々上出来だ。……が、最後に油断したな」

突然現れたスパーダの言葉に、タバサはしゅんと俯き落ちこんでいた。
あの時、確かに動けなかったはずのゲリュオンを確実に倒せると思い込んでいた。その僅かな心の緩みが油断を生むことになってしまった。
やはり、自分はまだ力不足だ。単純に力だけでなく、こんな初歩的なミスを犯すだなんて。
しかも相手は悪魔なのだ。何をしてくるか分かったものではないと、知っていたはずである。
「後は私がやる。君は下がれ」
身構えるスパーダの言葉にタバサはおとなしく引き下がる。
「タバサ、大丈夫? ……こんなに霜焼けになって」
キュルケは赤く腫れてしまったタバサの手を見るなり、優しく包み込むようにして掴む。
氷のように冷たくなった小さな手を、微熱の手で溶かしてあげようとしていた。

「見ろよ。ミスタ・スパーダが出るぞ」
「でも、いつもの剣を持っていないな。大丈夫か……?」
「あの篭手、マジックアイテムか何かじゃないのかい?」
スパーダを師事する生徒達は自分達の師が、悪魔のような幻獣に挑もうとする姿に次々とざわめく。
剣を教えてもらっている彼らとしては、その師の持ち味であるはずの剣を持たないことに不安を抱いていた。

「お、おい! 相棒! 俺はな、できればヴァリヤーグを相手にするのはこりごりなんだ。今回ばかりは相棒の愛剣で……」
「持ってきていない」
閻魔刀もリベリオンもルイズの部屋に置いてきてしまっているが、篭手のデルフでも充分に戦える。
ゲリュオン自身も既にスパーダを標的に定めている。ここで逃げるわけにはいかない。
……そもそも、デルフの言うヴァリヤーグとは何のことだろうか。礼拝堂でも自分のことをヴァリヤーグだ、などと口にしていたはずである。
だが、今はそんなことよりもこいつを相手にするのが先だ。

ゲリュオンも蹄を踏み鳴らしつつ、首を左右に振りながら荒々しく息を吐いていた。その目にはタバサと戦っていた時以上の闘志が宿っている。
かつて戦った魔剣士との戦いは、今でも覚えていた。あの時のスパーダは剣を振るって自分と死闘を繰り広げたはずだ。
あの時は自分の力の全力を持ってしててでもスパーダを倒すには至らず、悔しくも敗北を喫することとなったのである。
テメンニグルに封印されてから、いずれまた再戦することを強く望んでいたゲリュオンとしてはここでスパーダに出会えたことはまさに喜ばしいことだった。
いつもと装備は違うが、そんなことは大したことではない。
伝説の魔剣士と再び力をぶつけ合えることに、ゲリュオンの悪魔としての闘志がさらに燃え立った。

――ヒヒィーンッ!

「できればお前とはゆっくりやり合いたい所だが、そうもいかん」
そんなゲリュオンの思いとは裏腹にスパーダはあくまで冷徹であった。
前足を高く上げ、大地を踏み鳴らし極寒の炎を撒き散らすがスパーダは高く跳躍してゲリュオンの馬車に飛び乗る。
以前、ゲリュオンは馬車に乗られることで死角から攻撃されてしまい、敗北してしまったが今度はそうはいかない。
目を赤く光らせると、己の空間を干渉する魔力を外へ開放し、スパーダを包み込む。
案の定、スパーダの動きは遅くなる。いかに伝説の魔剣士といえどこの力には抗えない。あの時もそうだった。
ゲリュオンはさらに多次元へ逃げ込むと同時に、馬車に積んでいた巨大な槍を地面に着地しようとするスパーダの八方へと設置する。

まだスパーダの動きは遅いままだ。このままでは串刺しになる。
「危ない!」
一方、ゲリュオンの魔力による拘束の外側にいるルイズ達はスパーダの動きがタバサと同様にスローになってしまったために慌てていた。
設置された槍は空間が元に戻ると同時に射出され、一斉にスパーダへと襲い掛かる。
だが、着地した瞬間、篭手のデルフが地面に叩きつけられ、スパーダ自身の魔力を爆発させていた。
赤い爆発と衝撃波は槍を吹き飛ばし、粉々にする。
そこへ離れた場所から姿を現したゲリュオンがスパーダ目掛けて突進していく。
「おいおいおい! 相棒、来たぞ、来たぞ! ……って、何をするつもりだ! おい!」
デルフが慌てて叫ぶが、スパーダは自らゲリュオン目掛けて駆け出していったのだ。
「な、何をする気!」
「いくら何でも自殺行為だよ!」
戦いを見守る生徒達もスパーダが自らゲリュオンに向かっていく姿に驚きが隠せなかった。
篭手のデルフを構えてはいるものの、先ほどみたいに待ち構えてのカウンター攻撃ではない。自ら突っ込んで攻撃しても同士討ちになるかもしれないのだ。

ゲリュオンとしても、スパーダが拳を繰り出してきたら多次元を移動し、背後から襲い掛かるつもりであった。
既にスパーダとの距離は目前。今にも拳を繰り出そうと力を溜めているのが分かる。
その拳が繰り出された時、スパーダは敗北を喫するのだ。

――ヒヒィーンッ!

気がついた時、ゲリュオンの頭に何度も強烈な衝撃が襲っていた。
拳を繰り出すかと思っていたスパーダは突然姿を掻き消し、ゲリュオンの頭上に空間転移するとそのまま体を車輪のように前転させながらゲリュオンの頭に何度も踵落しを繰り出したのである。
思いもしなかった攻撃を受け、勢いがついていたゲリュオンの体は滑りながらスパーダの回転蹴りを頭に受け続けていた。
スパーダの革靴の踵がゲリュオンの頭部を打ち付ける度に赤い閃光が瞬く。

ぐらりとよろめき停止したゲリュオンに対し、スパーダは軽やかに着地する。
その左腕は未だ、構えを解いてはいない。
「……フンッ!」
力を溜めに溜めた左腕でふらつくゲリュオンの胸を下から一気に突き上げた。
渾身の力を込めて繰り出されたその強靭な一撃はゲリュオンの巨体を高く打ち上げ、大地へと叩きつける。

ドスン、という重厚な音が響き渡り、後には沈黙だけが残っていた。
そして、あの恐ろしい巨馬を制した一人の男は拳を振り上げたままその場で静かに立ち尽くしている。

「か、勝ったの?」
「……す、すごい!」
「さすが、ミスタ・スパーダだ!」
横たわるゲリュオンの傍で左肩を回すスパーダの姿に、再び生徒達から歓声が上がった。特に彼を師事する生徒達からの歓声は凄まじかった。
もちろん、魔法を至上のものとし、彼を師事していない生徒達はつまらなさそうに顔を歪め、悔しがっていたが。
その戦いを見届けていたルイズ、キュルケ、タバサの三人も強靭な力を持つ悪魔を目の前で容易く倒してしまったスパーダに唖然とする。
(これが、スパーダの力……)
あれだけ強大な力を持っていた悪魔が、力なく横たわっている。しかも先ほどのタバサの時とは違い、さらに弱々しい。
もはや戦う力が残されていないのは明白だ。
たとえ剣を持たずとも、どんな力を持った強大な悪魔であろうと、伝説の悪魔であるスパーダの前では赤子も同然なのだということを改めて思い知らされる。

「きゃっ!」
「また立ち上がったぞ!」
すると、横たわっていたはずのゲリュオンがよろめきながら体を起こし、立ち上がっていた。
だが、その目にはもはや先ほどまでの獰猛な闘志は宿っていない。
あるのは自らを再び打ち破った強者に対する敬意であった。
疲弊している乱れた息を吐き続ける蒼ざめた巨馬の視線は、己を打ち倒したスパーダへと向けられている。
スパーダは黙り込んだまま、冷徹な表情と視線をゲリュオンへと返していた。
互いに睨みあう、二体の悪魔の姿。その張り詰めた空気にルイズ、キュルケ、タバサの三人は食い入るようにじっと見つめ、緊張していた。
これから何をしようというのか、生徒達は誰も予測できない。

――ヒヒィーンッ!!

突然、ゲリュオンは高く嘶きながら全身を光の粒へと溶かしていった。
あれだけ暴れまわっていたはずだった恐ろしい巨馬の姿はもうどこにもなく、スパーダの目の前には蒼ざめた光が静かに浮かんでいるだけであった。
その光を、スパーダはゆっくりと左手で掴む。すると、自らの中に強大な魔力が流れ込んでくるのをはっきりと感じていた。
「……いいだろう。お前を使ってやる」
強い力と魂を持つ上級悪魔は、時にその姿を変えることがある。
己に匹敵、もしくはそれ以上の力を示すことでその戦った相手を認めることで魂を捧げ、その者に力を貸し与える。
たとえそれが人間であろうと、力さえ悪魔に示せばそういった事態もあり得るわけである。
そして、その魂が姿を変えると多くは魔具となる。だが、中には魔具とはならず己の力と魂そのものを認めた相手に授けることがあるのだ。
今のゲリュオンや、以前から宿しているドッペルゲンガーなどがそれに当たる。
ドッペルゲンガーは元々、人間界で活動をしていた時に戦い、打ち破ることで勝手にスパーダに魂を捧げてきたのだ。
その魂を解放して元の姿に戻してやることで、使役することもできる。
〝土くれのフーケ〟の件ではそれを利用したというわけだ。

もっとも、悪魔としてのプライドが高すぎるような奴はたとえ己以上の力を示そうとも、決して魂を捧げることはしない者もいる。
その場合は自分を負かした相手を殺すために一度退いて力を蓄えリベンジを果たしてくるか、相討ち覚悟で特攻までしてくるのである。
それでも雪辱を果たせずにに屈してしまうと、悪魔の奥底にある魂そのものが敗北を認めてしまい、己の意思とは無関係に魔具と化してしまうのだが。

スパーダとしてはゲリュオンを殺すつもりはなかったので、潔く自らの意思で魂を捧げてくれたのは都合が良かった。
「また変な奴を体の中に飼いやがってぇ……相棒、あいつはヴァリヤーグなんだぞ? っていうか、相棒もヴァリヤーグだろうが……」
生徒達からの歓声が続く中弱々しく呟くデルフであったが、スパーダは僅かにデルフを一瞥しただけであった。
(ヴァリヤーグ……か)



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