あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第5話『決闘』


「諸君!決闘だ!!」
金髪の少年──ギーシュがいつものように気障な仕草をする余裕もなく、叫んだ。
周囲のざわめきもギーシュの一挙手一投足もルイズの癇に障るものでしかない。

切っ掛けは実に愚かしい出来事だった。
時はアセルスがシエスタにルイズとの思い出を聞いていた頃に遡る。


始まりはキュルケにからかわれつつも、昼食を取っていたルイズの足元に何かぶつかった事だ。

「どうしたの?」
キュルケがテーブルの下を覗くルイズに尋ねる。
「何かが足元に転がってきて……」
ルイズが拾い上げたのは、紫色の液体が入った小瓶。
残り香から香水だと判断する。
キュルケは持ち主に心当たりがあった。

「それ、モンモランシーの香水じゃない?」
ラベルに『愛するギーシュへ』と手書きされているから、プレゼントなのだろう。
ルイズはギーシュに香水の瓶を渡そうとしたのだが、彼はなぜか受け取ろうとしなかった。
受け取らなかった理由はすぐに氷解する。

ギーシュの隣にはケティと言う別の少女が座っていたのだ。
彼女は香水の送り主が誰かも知っていた。
結果、ギーシュに別れの言葉と盛大な張り手を浴びせて立ち去っていく。

これだけ騒ぎになれば、当然もう一人の少女にも感づかれる。
ギーシュの元にやってきた少女はギーシュへ香水をプレゼントしたモンモランシー。
必死に弁明しようとするギーシュには耳を貸さず、ワイン瓶を手に取った。

「最低」
死刑宣告のような一言と同時に、ワイン瓶を全力で頭に振り下ろした。
ワイン瓶は割れ、中身がぶちまけられる。
激痛で頭を抱えたままのギーシュを置き去り、モンモランシーは一瞥すらせず帰っていった。

「彼女たちは薔薇の意味を分かっていないんだ。多くの女性を楽しませてこそ……」
立場が悪くなった雰囲気を払拭するべく、ギーシュが自己弁護を始めた。
ルイズは滑稽だとは思ったが、周囲のように囃し立てる気もなかった。
踵を返して、場を後にしようとする。

「待ちたまえ」
立ち去ろうとしたルイズをギーシュが呼び止めた。
ルイズは何の用なのかと、振り返る。

「君が軽率に香水の瓶を拾った所為で、二人のレディの名誉が傷ついた。
どうしてくれるんだね?」
ギーシュの発言を聞いて、ルイズには疑問符が増えただけだった。

「僕は君から香水の瓶を渡されたとき、知らないフリをしたのだよ?
話をあわせるくらいの機転があったっていいじゃないか」
ようやくギーシュが何を言いたいのかを理解した。
単なる責任転嫁だと。

「二股したあんたが悪いんでしょ」
支離滅裂な言い分を振りかざすギーシュをルイズは呆れた目で見ることしかできない。
そんなルイズの反応はギーシュの予定通りだった。

「君に機転を利かせる事を期待した僕が馬鹿だったよ、『ゼロ』のルイズは気配りもゼロらしい」
ギーシュが試みたのは嘲笑の対象を自分から、ルイズに移し変えようとする愚劣な発想。
『ゼロ』といういつもの揶揄。
その言葉を聞いたとき、ルイズは歯軋りする。

年中馬鹿にしてきた彼らは気付いていない。
ルイズが今まで押し殺してきた感情の大きさに。
だから彼らは分からない。
自分達のしている事が、水の溜まった堤防に穴を開けるような危険な行為だと。

ギーシュも御多分に漏れず、この類に当てはまる。

「最も仕方ないことかもね、君が貴族なのは家柄だけなのだから」
「……どういう意味よ」
尋ねるルイズの声色に冷たいものが混じる。
異常に気付いたのは、遠くから様子を伺っていたキュルケのみ。
思わず止めようとするが、二人の周りには野次馬が集まっているせいで前に進めない。

「おや、知らないのかい?」
わざとらしい仕草で肩をすくめる。
自分の失態を逸らすべく、ルイズに更なる嘲笑を投げかけるため。

「このトリステインじゃ魔法を使えないものを貴族とは呼ばないのさ」
目を瞑ってやれやれと頭を振るギーシュ。
ルイズの自制心から押し殺していた感情が微かに零れた。
近くにあったスープの皿を掴むと、ギーシュに投げつける。

「熱っ!!!」
熱を持ったスープがかかった事で思わず身を屈め、地面をのた打ち回る。
その際に床に散らばったワイン瓶や皿の破片で手を切ってしまい、反動で飛び跳ねた。
すると今度はテーブルの角に頭を打って、ぶつけた痛みでうずくまる。

まるで喜劇のようなギーシュの不運に周囲が大爆笑の渦に包まれた。
羞恥心から顔を怒りで歪めたギーシュが立ち上がる。

「決闘だ!こんな事をしてただで済むと思うなよ!!」
ギーシュがルイズに杖を向けて、叫んだのは決闘の二文字。

「ちょっと!貴族同士での決闘はご法度よ!」
ようやく人の波を乗り越えてきたキュルケが制止するが、憤慨するギーシュは聞く耳持たない。

「問題ないね、元来禁止されているのは貴族同士の決闘じゃない。
『メイジ』同士の決闘なんだ……ヴェストリ広場で5分後に待つ!」
ナプキンで顔を拭いていたギーシュは場所を告げると、着替えるために自室へ戻る。
ルイズは顔を伏せたまま立ち尽くしている。
野次馬は多少困惑しながらも、突然沸いた決闘という娯楽に盛り上がって広場へ向かっていた。

「ルイズ!応じちゃダメよ!」
広場へ向かおうとしたルイズの腕を思わず掴む。
キュルケが制止したのは心配からの行為だが、ルイズは全く別の意図に曲解していた。

「貴女も私が家柄だけの『ゼロ』だって言いたい訳?」
伏せたままの表情はルイズより背の高いキュルケには見えない。
しかし、血も感情も通わない声は自分を拒絶しているとキュルケは悟った。

「ルイズ……?」
陽気な彼女からは信じられないほど弱々しい声が漏れる。
掴かまれていた腕を強引に振り解いて、ルイズは広場へ向かった。



──以上が、決闘までの騒乱である。
原因は実に馬鹿馬鹿しいが、ギーシュはもう後には引けなかった。

魔法で青銅のゴーレム、ワルキューレを生み出す。
一体だけ展開したのは複数展開してルイズの爆発魔法に巻き込まれないようにする為。
最大の理由は『ゼロ』相手に全力を出すなどすれば、周囲から笑われるのが目に見えていたこと。

普段のギーシュならば、女性相手に怪我を負わせるなど恥ずべきだと考える。
だが日頃から周囲への見栄を意識し、嘲笑に晒される事に慣れていない今の彼に余裕はなかった。
故に武器こそ持たせないまでも、ワルキューレの攻撃に遠慮はない。
少し痛めつければ降参するだろうと自分本位な考え方をしていたのも原因だが。

一方ルイズとて魔法が使えない以上、まともな勝算はない。
自らが使えるのは、狙いも付けられない爆発魔法のみ。
ワルキューレの行動より早く呪文を唱えることだけが自分が勝つ手段。
集中して、ギーシュへ一撃を叩き込むべく詠唱を始める。

「錬金!」
爆発はルイズのほぼ狙い通りの位置で起こり、粉塵を巻き起こす。
それと同時にギーシュが小さな悲鳴を上げる。

「やった!」
思い描いた展開に歓声をあげる。

だからルイズは反応するのに一瞬遅れた。
黒煙の中から現れたワルキューレへの対応が。
魔法がわずかに外れたと、気がついた時には手遅れだった。

「この……!」
目前で起きた爆発。
ただでさえ少なかった余裕を、ギーシュから根こそぎ奪った。
青銅で出来たワルキューレによる加減も何もない全力の一撃がルイズに放たれた。

ワルキューレの右腕は細身なルイズのあばら骨をいとも容易くへし折った。
生まれて始めての苦痛に血が混ざった唾液を吐き出す。

──勝った。
ギーシュは内心でほくそ笑むと同時に余裕もわずかに戻る。

「勝負ありだ、どうだい?一言謝罪すれば手打ちにしようじゃないか」
ギーシュがいつもの気障らしい仕草で語りかける。

「私は杖も手放していないし、降参もしていないわよ」
よろめきながらルイズが立ち上がろうとするも、片膝をつくのが精一杯である。
野次馬はまだ決闘が続くことに歓声を上げた。

「やれやれ……女性に手をあげるのは趣味じゃないが仕方ない」
薔薇で出来た杖を振って、ワルキューレを動かそうとする。
しかし、ワルキューレは動かない。
ギーシュが疑問に思っていると、ワルキューレは細切れになって崩れ落ちた。

「戦うのは私だ」
ギーシュが驚愕の声を上げるより早く場に女性の声が響く。

「貴様……どうやって!?」
ギーシュが冷や汗を流す。
いつの間にかルイズの傍にアセルスが立っていた。
手にはルビーのように透き通った赤い剣を構えている。

「これは決闘だ!一騎打ちに手出ししないでもらおうか!」
彼女が妖魔であることはギーシュも知っている。
だから彼女が参戦できないように一対一だと強調した。

「私は彼女の使い魔よ、使い魔は主人を護るものでしょう」
「手を出さないで……」
アセルスの言葉を遮るようにルイズが呟く。
声こそ小さいが、明確な拒絶の意思。

「私は貴族よ、馬鹿にしないで!貴女も私が……」
「違う!」
ゼロだと言いたいのか。その台詞を言うより早くアセルスが強く否定した。

「君が傷つく姿に、悲しむ人がいる」
横目でシエスタのほうを見る。
シエスタは顔面蒼白になりながらも、事の成り行きを見守っている。
ルイズもシエスタの存在に気付いたのか、それ以上は何も言わずに押し黙った。

単にギーシュを討つだけなら、アセルスには容易だ。
だが、それでは意味がない。
あくまでもルイズ自身の手で倒さなければ、周囲はルイズの力を認めようとはしないだろう。

「私は直接手出しはしないと約束しよう。
私を掻い潜って、ルイズを攻撃できればお前の勝ちだ」
アセルスの声はルイズが聞いたこともないほどの重圧に溢れている。

「……いいだろう、その条件で戦ってやる。」
ギーシュとて妖魔を敵に回して勝てるとは思っていない。
この条件はギーシュに取っても渡りに船だ。
妖魔が攻撃してこないのならば勝算はある、ルイズだけを狙えばいいのならば。

「勝手な事して……」
喋るだけでも、傷に響くため自然と小声になる。

「ルイズ。教室でも言ったけど、君は自分の力の使い方を知らないだけだ」
自分が妖魔としての戦闘訓練を行っていた頃を思い出す。
アセルスとて目覚めた頃は、中級妖魔相応の力しか持っていなかった。
上級妖魔としての力を身につけたのは、訓練と針の城から逃げた時による戦闘経験。

ルイズには戦闘訓練も経験もない。
魔法を使えるように練習はしても、爆発は失敗として切り捨てていた。
アセルスだけが感づいている。
ルイズの爆発には膨大な魔力が込められていることを。

だから、教師達は誰も魔法の使い方を彼女に教えられないのだ。
教える側より教わる側の方が力を上回っているのに、制御する手段など教えようがない。

「集中するのは詠唱じゃない、相手に狙いを定めるのにまず集中するんだ」
アセルスはルイズの背後に立つと、両肩に手を置いて力を誘導する。

「ワルキューレ!」
ギーシュはワルキューレを残りの最大数である6体を一気に展開させて、ルイズに襲い掛かる。
いかにアセルスが強くても6方向からの攻撃には対処できないと判断して。

アセルスはワルキューレに対して何の行動も起こそうとしない。
目線はルイズだけを見ており、剣すら構えていない。
アセルスに答えるようにルイズも導かれるままをゆっくりと魔力を定める。

「余分な力を込める必要はない、ほんの少しでいい……今だ」
ルイズの力とギーシュの位置が重なると同時に合図を送った。
アセルスに導かれるまま、ルイズが呪文を唱える。

「錬金!」
ギーシュの身体が震えると全身から血が吹き出す。
何が起きたのか分からないギーシュが最後に見たものは、ワルキューレが全て崩れていく姿だった

アセルスが狙ったのはギーシュの胸腔。
体内で爆発が起きたことで肺や心臓が傷つき、ギーシュは血を体中から吐き出して倒れた。

「ギーシュ!!」
金髪の巻き毛の少女──モンモランシーが血を吹いて、倒れたギーシュに駆けつける。
モンモランシーの手首をアセルスが掴むと、ギーシュへ近寄るのを阻止した。

「は、離して!ギーシュが!ギーシュが死んじゃう!!」
怯えた表情を浮かべたモンモランシーだが、ギーシュを助けようと足掻く。
水のメイジである彼女はギーシュの傷がこのままでは命にかかわると確信する。
抵抗するモンモランシーを何の感情も持たずに見たアセルスは、彼女を野次馬のほうへ突き飛ばす。

「ダメだ、まだ決着はついていない。」
傍目に見てもギーシュは戦うどころか自力で動くのも不可能だ、これ以上の決着があるのか?
アセルスが言う決着の意味がモンモランシーにも周りの野次馬にも理解できなかった。

「彼はまだ生きている」
アセルスは剣を持ったまま、ギーシュの元に歩み寄る。
ようやくアセルスが何がしようとしているのか周囲は悟った。

『彼女はギーシュを殺そうとしている』

「ギーシュ!!やめてえええええええええ!!!!」
モンモランシーの悲鳴だけが広場に響く。
しかし、恐怖に縛り付けられて誰一人助けに動けない。

動けないのはルイズも同様だった。
彼女が動けないのは恐怖心とは全く別の感情に支配されているのだが、自身でも気付いていない。

全員がギーシュへの惨劇を想像した中、鐘の音が響いた。
音の正体を探る間もなく、その場にいた全員が眠りに落ちる──アセルス一人を除いて。

上級妖魔であるアセルスに生半可な魔力は通じない。
だからこそ、この現象が魔法によるものだと断定した。

アセルスはルイズの傍に寄ると、周辺を警戒する。
感じたのは何者かがこちらを見る視線。
視線に注意を向けていたために、アセルスは自分のルーンが妖しく輝いていたのを知らない──



「『眠りの鐘』が効かない!?」
コルベールが驚愕し、叫んだ。

遠見の鏡。
遠くの景色を見ることができるマジックアイテム。
これを用いて学院長のオールド・オスマンと共に決闘の様子を見ていた。

彼女に刻まれた使い魔のルーンが伝説の『ガンダールヴ』かどうかを調べるために。
あらゆる武器を使いこなし、一騎当千が伝えられる始祖プリミルの呼び出した神の左腕『ガンダールヴ』。
神聖なルーンがなぜ妖魔に刻まれたのか?
本当にガンダールヴなのか?

検証するために、決闘騒ぎを利用して確認しようとしていたのだ。
しかし事態が命のやり取りまで及んだ為に、アセルスを止めるための手段。
音色を聞いた者が眠りにつくとされるマジックアイテム『眠りの鐘』の使用許可を出した。

誤算は決闘の張本人と野次馬は眠りに落ちたが、肝心のアセルスは眠る様子がない事。

「ミスタ・コルベール、君は生徒達を頼む」
オールド・オスマンが部屋を出て行こうとする。
学院には多くの教師がいるものの、妖魔を足止めするには役不足。
老骨に鞭を打ち、現場に向かおうとしたオールド・オスマンをコルベールが引き止めた。

「オールド・オスマン!」
「何じゃ!?」
今は時間が惜しいと叫ぼうとしたオールド・オスマンが硬直する。
なぜならオールド・オスマンとコルベールの間にアセルスが立っていたからだ。

すぐに状況を判断した二人は杖を構えて、呪文を詠唱しようとする。
だが、アセルスが意識を失ったルイズを抱えている為に魔法は放てない。

「後片付けは任せたわ」
アセルスは二人など眼中にないように、一言告げると姿を消す。
上級妖魔が使える空間移動は場所や次元すら一瞬で超える。
アセルスは半妖の影響か空間移動が苦手だが、短い距離なら問題なく行えていた。

「ミスタ・コールタール」
「コルベールです」
名前の間違いを律儀に指摘しながらも、二人は緊張から解放されていた。

「……取り合えず後片付けをしようじゃないか」
コルベールが首だけで肯定した。



「うん……」
小さなうめき声と共にルイズは目を覚ます。
目を覚ませば、いつもの自分の部屋。
胸の傷も完治しており、ギーシュとの決闘は夢だったのかとすら思う。

「目が覚めた?」
ベッドの横にはアセルスが椅子に腰掛けていた。

「アセルス!決闘はどうなったの!?どれくらい私は眠ってた!?それにどうして怪我が……」
ルイズは飛び起きると同時に、様々な質問をアセルスへと投げかけた。

「落ち着いて、君は勝ったよ」
決闘が起きるまでのあらましをシエスタから聞き、ルイズを安心させるための言葉を紡ぐ。
眠っていたのは半日程度、怪我に関してはアセルスが術で治した事もついでに説明しておいた。

「そう」
短く呟くとルイズはベッドに仰向けになる。
思い出しているのはギーシュを爆破した時の感覚。
自分の無能の象徴、失敗、それが爆発。
その爆発で、アセルスに助けられながらも決闘で勝利を収めたのだ。

アセルスに教室で告げられた台詞が脳裏をよぎる。


『君は力を持っている』


──まだ、教室で片づけをしていた頃を思い出していた。

「君が魔法を使おうとすれば、皆一様に畏怖する。爆発を恐れているからだ」
「それが何なのよ!私が魔法を使えないことを馬鹿にされてるだけじゃない!!」
アセルスにまで馬鹿にされているのかと思い、声を荒げた。

「魔法を使えるだけが取り得の連中は、馬鹿にしている君の爆発を止めることはできない」
逆説的なアセルスの発言にルイズは息を呑んだ。
確かに自分の爆発を教師含めても誰一人抑制できたことはない。
爆発は風のメイジによる障壁も、土のメイジによる壁も破壊した覚えがある。
だからクラスメイト達は魔法で身を守るのではなく、机の下に隠れるのだ。

「嘲りが嫌なら、その力を誰かに向けてしまえ。二度と君を笑う者は現れない」
外は明るいはずなのに、アセルスの瞳は底無しの闇の様に深く暗い。
アセルスの言葉を聞き漏らすまいと、ルイズはその眼差しを見つめ続けていた。

「己の苦悩を周りの世界にまき散らしてしまえばいい。
欲望のまま、君を馬鹿にする者全てを足元にひれ伏せさせるんだ」

単なる失敗としてしか見ていなかった為、爆発について考えようともしなかった。
火の魔法に爆発自体を攻撃として扱う戦術があるのはルイズも知っている。
油を気化させたり、土を火薬に錬金するなど下準備を行った上で着火。
つまり最低でもライン相当の技術が必要となるスペルである。

ルイズの爆発はこの例に当てはまらない。
錬金での失敗で分かる通り、火気がないものすら爆発させることができる。
つまり人体でさえも爆発させることができるのではないか……?



その答えはギーシュとの決闘で確信した。
自分はメイジとの戦闘において絶大な優位を獲得したことになる。
なぜならこちらの魔法を阻止する手段は相手にないのだから。

力。
何より自分が望んで止まなかったもの。
ルイズは今まで力とは魔法の事だと思っていた。
しかし、自分は殺傷力という一点に置いては、魔法をも凌駕する力を得ていたのだ。

ルイズが爆発の力を認識すると決闘の結末を思い出す。

「ギーシュは……死んだの?」
ルイズの口調が小声になる。
初めて他人の命を奪ったかもしれない事実は、ルイズを震えさせるには十分過ぎた。
確かに力を欲していた。
力とは他人の命をも容易く奪えるものだと、ルイズは認識していなかった。

「落ち着いて」
アセルスもかつて妖魔を殺せる力を持っているのだと判明した時、自分の力に畏怖した。
今のルイズも同じ感情に囚われているのだろうと予想する。

「私にもかつて力の使い方を教えてくれた人がいたんだ。
彼女が言っていたよ。力を引きだすも眠らせておくも、自分の心一つだとね」
怯えるルイズを優しく抱きしめた。
自らの不安を取り除いてくれた白薔薇のように、今度は自分が彼女を安心させようとする。

「ねえアセルス……」
抱きしめられたまま、振り返ったルイズがアセルスの名を呼んだ。
「どうしたの?」
アセルスが穏やかに答える。
そこには妖魔の君として戦慄された彼女の姿はなかった。

「アセルスはどうして私に優しくしてくれるの?」
ルイズの態度にもいつものような虚勢も見栄もない。
いつも甘えていた方の姉と喋る時みたいに、声は温もりに満ちている。

「君が昔の自分に似ているからかな……」
半分は事実だ。
残りの半分はアセルス自身にも分からないのだから、彼女に答えようがない。

「私、アセルスほど強くないわ」
「君は強いよ、少なくとも君を侮辱する連中よりも遥かに」
ルイズを蔑視する周囲。
彼らがルイズと同じ立場になれば、耐えられる者はいないだろう。

アセルスは孤独を嫌っていた。
一人耐え抜いてきたルイズを賞賛こそすれど、悪意を向ける気になどなれない。
だからこそのルイズへ向けられる穏やかさ。

いや、正確にはルイズも一人ではなかったか。
アセルスは胸中で否定した。

「君を慕ってくれる者がいたね」
自分を慕うと聞いて、ルイズには一人しか思い出せない。

「シエスタのこと?」
「大切にしてあげなよ、失ってから後悔しても遅いから」
忠告とともに、遠い目を浮かべるアセルス。

「……アセルスは後悔したことあるの?」
聞かれたくない事なのは察している。
なので、あえて曖昧な答えを返せるような尋ね方をした。

「あるよ、一度は自分の我侭から。
二度目はどうして失ったのか今でも分からない……」
自分と同じ過ちを繰り返さぬ事を願い、アセルスは包み隠さずに答えた。

一人目の大切な人は白薔薇。
彼女を失ったのは自分の我侭からだとアセルスには自覚があった。
白薔薇は城を出たくなどなかったはずなのに、彼女を助けるという自分勝手な使命感に巻き込んでしまう。
だから、彼女は闇の迷宮へオルロワージュへの償いをする為に残った。
アセルスに自由になれと言い残して。

二人目はジーナ。
彼女がなぜ自殺したのかは未だに答えが見出せない。
悲しそうなジーナの表情だけが瞼に焼きついて……

「アセルス!」
ルイズの声に現実へと意識が引き戻される。

「ごめんなさい……ごめんなさい!」
俯いたまま、子供のように許しを請うルイズがいた。

「どうして謝っているの?」
「だって貴女……泣いているもの」
頬を指でなぞり、そこで初めて自分が泣いているのだと分かった。
人としての心を捨てて、妖魔として生きる事を決意したはずの自分がなぜ泣いているのか?

シエスタとルイズの関係をもう取り戻せない自分とジーナの関係に重ねたから?
ジーナや白薔薇を失った事実を再確認したからなのか?
ただ泣きながらも心は空虚だった。
悲哀、苦慮、絶望、何一つ感じない。

人間にとって恐ろしい存在であるはずの妖魔アセルス。
ルイズは自らの温もりを分け与えるように、抱きしめ返した。

驚いた表情を浮かべるアセルスだが、ルイズの体温に気分が高揚する。
このまま少女を抱き寄せ、この可憐な少女の血を奪ってしまいたかった。
だが何故か彼女への吸血が躊躇われる。
血を吸ってしまえば取り替えしがつかなくなってしまいそうで。
アセルスの逡巡の間に、ルイズが口を開く。

「アセルス……私はまだ『ゼロ』のままだわ。
貴女ほどの妖魔をどうして私が呼べたのか分からないくらい」
『ゼロ』、それはルイズが嫌悪しているはずの単語。

「でもね、私は貴女の横に立っても恥ずかしくない貴族になってみせる」
ルイズはアセルスを見上げる。
涙はもう止まっていた。

「その時まで貴女に見守っていて欲しい」
ルイズがアセルスの手を取る。
決意を固めたルイズの鳶色の瞳は美しかった。

アセルスが思わず魅入ってしまうほどに。
このまま彼女が自ら目標とする高みまで見守りたいという気持ち。
そんな彼女を穢してしまいたい欲求。

アセルスの決断は待つ事だった。
ただ虜化して従属させるのでは意味がない。
自分に妖魔の血を分け与えたオルロワージュは従属にした筈の者に裏切られた。
何より、自分もジーナを失った。

妖魔というものは力を増やす事ができても、精神が育つのは成し得ない。
だから人間が行える閃きが妖魔には不可能なのだ。

ルイズは今以上に成長しようとしている。
彼女を見ていれば、ジーナの最期の言葉の答えが求まる気がして。
自分の選択が間違っていたとはアセルスは思えない。
だが、彼女は今の自分を拒んだ。
彼女を見ていれば、理由がいつか見つかりそうな気がした。

アセルスは覚えていない。
自分もかつてはルイズと同じ瞳をしていた事を……


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