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Mission 23 <時空神の記憶> 前編


スパーダと別れたルイズ達は帰還報告のためにシルフィードで直接、王宮の門前へと降り立ったのだが現在は王宮上空の飛行は禁止されているらしく、
魔法衛士隊の一つであるマンティコア隊に取り囲まれ、警告されてしまった。
せっかく命を掛けた密命を成してきたというのに少々残念な出迎えだったが、ルイズは毅然とした態度で自分の身分を明かしつつアンリエッタ王女への謁見を取り次ぐように頼んだ。
マンティコア隊に初めは疑われはしたが、すぐにアンリエッタ本人が現れたことで一行の疑いは晴れることになった。
入城したルイズ達はアンリエッタに事の報告を行った。手紙を取り返したこと、ワルドが裏切り者であったこと……。
アンリエッタはショックを隠せなかった。国内に裏切り者がいたという事実、そしてウェールズが亡命してくれなかったことに。
彼女はやはりウェールズに亡命を勧めていたのだ。だが、ウェールズはアンリエッタの思いに反し、玉砕の意思を貫いた。
彼が生きていてくれるのであれば名誉を捨ててでも亡命して欲しかったと、ウェールズへの思いを口にし、彼女は涙を流していた。
ルイズはウェールズから預かった風のルビーを形見としてアンリエッタに渡し、彼からの遺言であるの言葉を伝えた。

――何があっても、決して私のことを忘れないで欲しい。

その遺言を聞きアンリエッタは誓った。自分はこれからウェールズの分まで強く生きて行こう、と。

報告を終え、シルフィードで魔法学院へと戻ってきた一行を待っていたのは、いつもと変わらぬ平和な時間だった。
先に戻っていたらしいスパーダは何事も無かったように男子生徒達に剣術の指南を行っていた。ワルドとの戦いで乱れてしまった髪は既にいつものオールバックに戻っている。
いつもならその指南に真っ先に加わるギーシュであったが、今度ばかりはそれができなかった。
ルイズもまた、学院長のオスマンにも報告を終えた後、スパーダと一言も言葉を交わすことはできなかった。
あの時に見てしまった、彼の姿。それを思い浮かべるだけで恐怖を感じてしまうからだ。とてもいつものように振舞うことはできない。
だからこそ、彼の全てを知らなければならなかった。そうしなければ、この心の曇りが晴れることはないのである。

男子生徒達の指南を終えた後、彼は日が落ちるまで図書館で入り浸っていた。
タバサも同じく図書館へと訪れ、彼の近くで本を読んでいたのだが、元々無口である彼女から積極的に話すことなどないし、その逆も然りだった。
彼女の使い魔、シルフィードはスパーダのことを〝悪魔〟と呼んでいた。その真実が、あの時に目にしたあの幻影の姿のことだったのだろうか。
いずれにせよ、彼女もスパーダの全てを知りたかった。本当に彼が人間なのか悪魔なのかを。

結局、夜が更けた頃になって一行は約束通りにルイズの部屋へとこっそり集まってきていた。
ルイズは元々、部屋の主なので集まるも何もない。隣人のキュルケ、同じ寮塔のタバサ、男子寮から来たギーシュ、そして窓からレビテーションの魔法で入り込んできたロングビル。
五人の生徒と秘書は、腕を組みながら椅子に腰掛け静かに瞑想しているスパーダの近くに集まった。
部屋の中には、廊下に置かれていた時空神像がいつの間にか運び込まれている。
全員が来たことを確認すると、盗聴などがされないようにタバサが部屋の壁や扉などにサイレントの魔法をかけていった。

「スパーダ、聞かせてちょうだい。あなたは一体、何者なの? あなたは人間ではないの?」
初めに口火を切ったのはルイズだった。単刀直入に問いただそうとするその表情には僅かな恐怖と不安が入り混じっている。
目を開いたスパーダは腰を上げると、閻魔刀を手にしながら時空神像へと歩み寄る。
「この時空神像は時の傍観者と呼ばれ、世界のありとあらゆる出来事を記憶している。そして、その記憶を私達が見ることも可能だ」
ルイズの問いには答えず、スパーダは閻魔刀の刃をゆっくりと鞘から抜き出すと、右手の手袋も外した。
そして、閻魔刀の刃を右手で強く握り締める。
「ちょ、ちょっと……」
キュルケが思わず声を漏らした途端、スパーダの右手からジワリと血が滲み出てきた。
ポタポタと鮮血が滴り落ちる中、スパーダは血に塗れた右手を時空神像へとかざす。

『汝、魔族の血を捧げし者よ。我に何を望む』

時空神像に血が降りかかった途端、その像から威厳に満ちた男性の声が響いてきた。
彼がバイタルスターなどの秘薬を作る際にも聞いたことがある声とはいえ、やっぱり怖い声だ。
神像からの問いに対し、スパーダはちらりとルイズ達の方を振り向くとその顔を値踏みするかのように見回していた。
やがてその視線がタバサで止まる。
「お前が見た彼女の記憶を見せてもらう。なるべく最近のもので構わん」

『承知した』

時空神像の目が赤く光ると、抱え上げている砂時計の中から壁に向かって光が放射された。
一行がそちらを振り返ると、光が放射されている壁一面に何かが映し出されていく。
「これって、タバサ?」
そこに映し出されたのは、紛れも無く杖を手にして魔法を放っているタバサの姿であった。
映像の中の彼女は日が射し込んでくる森の中におり、彼女が放ったジャベリンの魔法が見たこともない異形の怪物を串刺しにしていた。
まるでかかしのような姿形をしているその人形のような怪物は、ロングビルがスパーダと一緒にティファニアを助け出す際に目にしたマリオネットという奴に間違いなかった。
無数に群がり、まるで操り人形のような動きでタバサを取り囲むマリオネット、及び全身が真っ赤な血に塗れることで力が増強されているブラッディマリーは各々が手にする様々な武器でタバサに襲い掛かっていた。
タバサは杖を構え、アイス・ストームの魔法を発生させると次々と人形達を吹き飛ばしていく。
人形達も反撃でナイフを投げてきたり、マスケット銃を発砲してきたりするもののフライで素早く飛び回るタバサには当たらない。
「あ、あんな怪物相手によく戦えるなぁ……」
あの礼拝堂でも姿を見せた怪物も恐ろしかったが、こいつらもまた恐ろしい姿だ。ギーシュは今の自分の力では決して太刀打ちなどできないことを見ただけで自覚していた。
「タバサ、あなたあんな化け物を相手に何をしてたの?」
キュルケが驚いたようにタバサに話しかけるが、本人も愕然と目を見開いたままその映像に映る自分を見つめたまま答えない。

これは一週間ほど前に、タバサの祖国であるガリアとゲルマニアとの国境近くにあるエギンハイム村で行った任務での一場面だ。
元々、エギンハイム村周辺を治める領主からの依頼で黒き森に住みついた翼人達を討伐するために王宮からの命令でタバサが向かわされており、訪れた当初は本当に村人と翼人達はとある事情で衝突していたのだ。
だが、その任務の最中に現れたのがあの異形の怪物――悪魔達である。
翼人も村人も関係なく次々と殺戮を始めたその悪魔達に村人はもちろんのこと、先住魔法を操る翼人達でさえ手も足も出なかった。
さすがにこの状況ではいがみ合っていた村人も翼人達も共闘することになった。
実は翼人の少女と村人の少年が密かに恋仲になっていたという事実もあってすぐに彼らは一致団結し、悪魔達を討伐しようと力を合わせて戦ったのだ。
結果として悪魔達の討伐は成功し、この件で翼人と村人達は和解することになったのである。
ちなみに恋仲であり、悪魔達の討伐を主導していた二人の翼人と村人はその後、結婚式を挙げて晴れて結ばれていた。
何にせよ、この任務は思いもよらぬ敵が現れてくれたおかげでタバサのスキルアップに拍車をかけていた。

壁に映し出される映像は空間に穴が開いて更なるマリオネット達が落ちてきた場面で突如として消え、神像から放射されていた光も失せる。
一行はスパーダの方を振り向くが、タバサだけは自分の秘密を勝手に見られることになってしまったためか不満そうにスパーダを睨んでいた。
「こいつは無数の分身を世界のあらゆる場所に放ち、千里眼でああして様々な出来事を見届け、記憶している」
タバサの射抜くような視線を気にせず再び時空神像に手を触れながら淡々と語るスパーダ。
ルイズ達はあの像が秘薬を作ってくれるマジックアイテムという認識しかなかったので、思いもせぬ利用法に目を丸くしていた。
「その記憶は何千年もの遠い昔より蓄えられている。無論、私のこともな」
砂時計から再び光が壁一面に放射されると、そこには全く別の映像が映し出される。

「何よ、これ……」
ルイズが震えた声を喉の奥から絞り出した。
彼女だけではない。キュルケもタバサもギーシュも、ロングビルでさえも映し出される映像に言葉を失う。
スパーダも無表情のまま腕を組みつつ時空神像の隣で壁に映し出される、神像の記憶を眺めていた。
そこに映し出されているのは、この世の物とも思えぬ禍々しさに満ちた大地であった。不気味な色をした空と暗雲には絶えず雷光が瞬き、時に地上へと落ちている。
荒れ果てた大地は所々から灼熱の溶岩や毒々しい瘴気が噴き出してきており、実際にその場にいるように感じてしまうほどに生々しかった。
その荒地の一面に蠢くものがあった。

――キシャアァァッ!

――グオオオッ!

それはオークやトロールといったハルケギニアでも見かけるような獰猛な亜人達とは比べ物にならない程に醜悪でおぞましい、異形の怪物達だった。
その怪物達は互いに傷つけ、殺し合い、血肉を食らっていく。大小はおろか姿さえ様々なその怪物達の争いにルイズ達は目を背けそうになった。
「ハルケギニアとは全く別の次元に存在するこの場所は〝魔界〟と呼ばれる世界だ。そこに住まう者達は〝悪魔〟と呼ばれ、弱肉強食の毎日が繰り広げられている」
スパーダは悪魔達が争う光景を指しながら静かに語る。

「私はその魔界で生まれ、生きてきた」
その言葉に一行はスパーダの方を振り返った。
それはスパーダがハルケギニアや東方のロバ・アルカリイエなどが存在するこの世界の住人ではないことを意味している。
つまり彼も、その魔界という世界からやってきた悪魔ということになる。
礼拝堂で目にした禍々しい異形の姿の幻影、人間ならば生きてはいられない致命傷を負っても死なない強靭な生命力がそれを表していた。
「そこは力だけが全てを制する非情な世界だ。力ある悪魔のみがこの過酷な世界を生き残り、やがて覇者として君臨し、己より力なき悪魔達を支配する」
映像が切り替わり、映し出されたのは今まで映し出されていた荒地と似たような険しい岩山のような場所だった。
そこには夥しいほどの数の悪魔達の軍勢が蠢いているが、どれも有象無象の下級悪魔達である。

その下級悪魔の軍勢の遥か後方――切り立った岩山の頂上に一際巨大な体躯の悪魔の姿があった。

――グオオオアアアアァァッ!!

「きゃあっ!」
「うわあっ!」
30メイル以上はあろうかという巨体を震わせ、恐ろしい咆哮を上げる悪魔の全てを吹き飛ばさんとする破壊に満ちた迫力にルイズ達は思わず恐れ慄く。
ギーシュとルイズは思わず尻餅をついてしまうし、キュルケはおろかいくつもの修羅場を経験しているタバサやロングビルでさえ目を見開き、息を呑んでいる。
頭に湾曲した角を生やし、黄金色の屈強な肉体に無数の赤い線の模様を走らせ、腰から巨大な翼を広げているその悪魔は目つきから何まで凶悪さで満ちており、まさしく悪魔に相応しい顔をしていた。
その巨大な悪魔の咆哮と共に何万もの悪魔の軍勢が一斉に動き出し、恐ろしい咆哮を上げながら攻めだしていた。

「魔界では、遥か昔より覇権を争う無数の悪魔の勢力が存在した。今、見ているのはその勢力の内の一つ。
そいつは魔界の統一者候補だった最上級悪魔、〝羅王〟アビゲイルだ」
スパーダの言葉にルイズ達の背筋が凍る。
今、映し出されているこの悪魔がその魔界のトップだというのか。……確かに、有象無象の悪魔達と比べれば威圧感は半端なものではない。
睨みつけられただけで戦意を失ってしまいそうな気迫で満ちており、人間など軽く捻り潰してしまいそうだった。
アビゲイルの口から放たれた眩い光線が、敵と思われる悪魔の軍勢を一撃で吹き飛ばし、薙ぎ倒している。

「私もまた、別の最上級の悪魔が率いる勢力に属する悪魔だった」
すると、映し出される映像に迫り来る悪魔達の軍勢を前にして立ち尽くす三つの人影が見えていた。
「あれ、スパーダ?」
映像には背負っている剣の柄に手をかけるスパーダと共に、肩を並べて敵軍を睨む二人の男の姿があった。
顔の上半分を覆い隠す二本の角が生えた兜をかぶり、引き締まった体に鎧とマントを身に着け、尻尾を生やしたスパーダと同じくらいの歳の騎士。
精悍な肉体に詰襟の黒いコートをまとい首から白いストールを垂らし、篭手と具足を身に付けている黒髪をオールバックに逆立てた偉丈夫。
「あら、素敵な殿方ね……」
キュルケは思わず、逞しい姿をしているその男達に見蕩れてしまっていた。
その様子を見たルイズが密かに溜め息を吐く。スパーダが悪魔である以上、あの二人も悪魔ということになるはずだが……。

迫りくる悪魔達に対し、映し出されるスパーダは背中からリベリオンとは違う刃広の長剣を抜き出し、鎧を着ている男の右手に雷光と共に竜の頭と翼の意匠で細工された大剣が握られる。剣闘士の男が僅かに腰を落とし身構えると、その両手両足に赤々と燃え滾る炎が宿りだした。
タバサは鎧を着ている男が持つ剣に見覚えがあった。あれはいつかスパーダの仕事を手伝った際に目にした大剣だ。確かアラストルとかいう名だったか。

スパーダはどこか懐かしそうな目付きで映し出される光景を眺めていた。
かつて共に属していた勢力で腹心の一人として共に戦ってきた盟友にして戦友である上級悪魔。

猛る稲妻を自在に操る〝雷将〟アラストル。

爆ぜる紅蓮の炎を操る〝炎聖〟イフリート。

アビゲイルが放った数万もの悪魔の軍勢はその三人によって次々と薙ぎ倒されていった。

アラストルが振り上げ突き出した大剣の先から轟音と共に稲妻の嵐が吹き荒れ、悪魔達の体を焼き焦がしていく。
さらに大剣を天に向かって高く振り上げると、剣先から放たれた巨大な稲妻が天に向かって伸び、槍のように鋭い無数の落雷が地上の悪魔達を貫いていった。
熟練したスクウェアクラスの風メイジによるライトニング・クラウドよりも遥かに強力で、それでいて美しい稲妻に一同は魅せられていた。

イフリートの両の拳から交互に次々と繰り出される爆炎の塊が爆ぜる度に多数の悪魔達を豪快に吹き飛ばしていく。
勢いよく燃え上がる炎を纏った篭手と具足による猛々しい体術が繰り出される度に悪魔達の体が砕かれていった。
極めつけは、飛び上がり降下してきたイフリートが今にも爆ぜてしまいそうな炎を纏った拳を大地に叩きつけた途端に
巨大な爆炎が周囲に発生し、彼を取り囲む悪魔達を容赦なく飲み込み、跡形もなく焼き尽くしていった。
(これよ……これこそが〝炎〟の使い手の戦いだわ!)
火の系統は〝破壊〟と〝情熱〟を象徴するという。火のトライアングルメイジであるキュルケはイフリートの破壊的な炎を操る姿を、子供のように魅入っていた。

スパーダが後ろへ大きく引き絞りオーラを纏わせていた剣を一気に振り上げると、巨大な衝撃波が地を走り、目の前の悪魔達を飲み込んでいく。
……たった一振り。それだけで、何万もの数の悪魔達が一瞬にして薙ぎ倒されていった。
その剣を振るったスパーダの表情は、礼拝堂やルイズが夢で見た時と同じ氷のように冷たい表情であった。
(これが、スパーダの力……)
ロングビルは一瞬にして何万もの悪魔達を消し飛ばしたスパーダの姿に戦慄する。
もしもこの映像のスパーダに、ハルケギニア中の兵士やメイジ達が挑んだとしても、今のように消し飛ばされるのがオチだろう。

あまりに壮絶な戦いだった。始祖ブリミルが伝えてきた系統魔法によって6000年もの古の時代より戦争を繰り広げてきたであろう自分達メイジの戦いが霞んで見える。
三人は圧倒的な数を誇る悪魔達を相手に臆することもなくひたすらに己の力を持って戦い続けていた。
映し出される映像を何も考えずに見るならば、三人の人間の戦士が共に敵を倒していくという光景なのだが、彼らが人間ではないということを映像の所々で窺うことができた。
ちょっとやそっとの傷を負おうと、すぐにその傷は塞がってしまう人間ではあり得ない回復力がその証拠だった。
迫り来る敵は全て討ち滅ぼす。それだけしか行われていないのにも関わらず、一行はその戦いに魅せられていた。

「やがて、私の属していた勢力は他の勢力を打倒し……かつての我が主、〝魔帝〟ムンドゥスは魔界の統一を成し遂げた」
さらに映像が切り替わり、どこかの神殿のような場所が映し出された。
厳かな造りをしているその場所は魔界という場所には似つかわしくないほどに神々しく、光に満ち溢れている。
神殿の奥には、巨大な石像が鎮座していた。
王のように堂々と深く腰を下ろしている聖人の姿を象ったその像は座しているだけでも30メイルはあろうかという巨体だ。

その像の前に、数人の男達が跪いている。人間の姿をしているがそれは仮初の姿であり全員が上級悪魔の中でも主君が最も信頼する悪魔達だ。
もちろん、そこにはスパーダの姿もあった。だが、アラストルとイフリートの姿はない。
何故なら、あの二人は勝利寸前の激闘で惜しくも命を落としてしまったからである。

――我が忠実なる腹心達よ。

その聖人の像から発せられたのは、悪魔とは思えぬ神々しさと威厳に満ちた男性の声だった。

――幾千年の長きに渡り続いた戦いは終わり、魔界の統一は成された。ひとえに貴様達の働きに感謝する。特に、我が右腕〝魔剣士〟スパーダ。

スパーダの名が呼ばれ、頭を垂れていたスパーダが面を上げる。いつもと大して変わらない無表情だが、真摯な態度が窺えていた。

――貴様の力がなければ、我は魔界の統一を成し遂げることはできなかったであろう。

かつての主からの感謝の言葉に、スパーダは再び頭を下げていた。他の悪魔達もまた、頭を垂れたまま主君に平伏している。

「かつての我が主は、魔界で最も偉大で全能の力がある悪魔だった。あの方は悪魔というより、どちらかと言えば〝神〟と呼んでも差し支えなかった」

スパーダはかつての主、魔帝ムンドゥスに思いを馳せていた。
ムンドゥスは無から有を自在に生み出すこともできる全能の悪魔だ。いかに悪魔と言えど、そこまで高度な創造の力を持つ者はいない。
実際にムンドゥスの手によって生み出された悪魔も多く、ムンドゥスの精鋭部隊として従えられている。
そして、その身に満ち溢れる力はその気になればたった一人で魔界全土を掌握できる程に強大であり、まともにムンドゥスと対等の力を持っていた悪魔はスパーダの知る限り〝羅王〟以外だと〝覇王〟、もしくは天界の主神くらいしかいない。
それほどまでに絶大な力を持つムンドゥスを、スパーダは今でも認めると同時に、恐れてもいた。
……あそこまで悪魔らしい悪魔もいないのだから。

壁に映し出される映像が終わり、時空神像から放たれる光も消える。
映像を見せられた一行は腕を組み、平然とした表情で神像に寄り掛かるスパーダの方を振り返った。
全員が愕然とした表情のまま、スパーダのことを見つめていた。

「本当に……悪魔だったの……」
「あの、魔王っていう奴の直属の部下……ってことは、エリート中のエリートってことじゃないか。君はそんなに凄い悪魔だったのかい……?」
ルイズが声を震わせ、ギーシュがガチガチと歯を鳴らし、青ざめた表情で指を差してくる。
スパーダは否定も肯定もせずに沈黙する。
確かに自分は魔界でも三大勢力を率いる悪魔達にも並ぶ力を持っていたのは確かだが、今となってはそれも過去のものである。
「……全部、嘘だったの?」
「嘘?」
ルイズが顔を伏せて落胆したように呟いてきたのでスパーダも顔を顰める。
「あなた、言ったじゃない。自分は東方のフォルトゥナっていう土地の領主だったって。貴族だったって話も、全部嘘だったの?」
自分が目指すべき真の貴族だと思っていたスパーダが、実は貴族ではなかった。それどころかハルケギニアではないどこか、地獄のような世界からやってきた悪魔だったということに気を落としてしまっていた。
そして、悪魔というとんでもないものを召喚してしまったという事実に。
「いや、その話も全てが偽りではない。数百年前まで、私は確かにフォルトゥナの領主だった」
「どういうことよ」
ルイズが問い返した時、キュルケが何か府に落ちない面持ちでスパーダに尋ねてきた。
「ねぇ、さっきあの魔王のことを〝かつての主〟なんて言っていたけど、それはどういうこと? 今はもう仕えていないということなの?」

その指摘にルイズ達ははたと気づく。
そういえば彼は、あのムンドゥスとかいう悪魔のことをキュルケの言う通り、〝かつての〟と過去形で呼んでいた。
それは今はあの悪魔の部下ではないということを意味していることになる。

キュルケの指摘にスパーダは目を閉じ、しばしの間沈黙していたがやがて静かに口を開く。
「……そうだ。今の私は、魔界とは決別した身だ。魔帝はおろか、魔界で生きる全ての悪魔が私の敵となっている」
「全ての、悪魔?」
「ど、どういうことだい? それは」
一同はスパーダの言葉に困惑しだす。
スパーダは魔界の頂点に立つ悪魔の右腕だったという。メイジの二つ名のように〝魔剣士〟という立派な二つ名でも呼ばれるほどの地位に就いていたはずだ。
だが彼は今、主君はおろか全ての悪魔達と敵対しているという。それはあまりにも矛盾している状況だ。

悪魔である彼が、勢力も関係なしに何故同じ悪魔達と敵対しているのか。

しかも、魔界の全ての悪魔を敵に回しているということは、彼には誰一人味方はいないことになる。



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