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Mission 22 <平和への帰還>



七人の人間を背に乗せ、ジャイアントモールのヴェルダンデを口に咥えたままシルフィードは緩やかに空を飛び続けていた
アルビオン大陸からトリステイン領内までは風に乗り、空を自然に滑空していくだけで到達できるが、そこから先はシルフィードも羽ばたいて自力で飛ばなければならない。
これだけの数の人間を一度に乗せて飛び続けるのはさすがに辛いらしく、『きゅい……重くて疲れるのね……』などとぼやいているのをスパーダは耳にしていた。
だが、それでも何とかがんばったシルフィードは昼近くには一行を王都トリスタニアまで運ぶことができていた。
「待て。ここで一度降りろ」
飛んでいる道中、ずっと黙っていたスパーダが口を開き、タバサに命ずるとトリスタニア中央広場の上空まで差し掛かった所でシルフィードを停止させた。
シルフィードが着陸すると、スパーダはロングビル、そしてティファニアの二人を連れて降りていく。
広場にいた市民達は突然にして現れた風竜の姿に驚いている様子だ。
「ちょっと、どこへ行くの」
ルイズもシルフィードから降りると、不満そうにスパーダに向かって食ってかかった。
「王女への報告は君達だけで向かえ」
「何を言ってるのよ。あなたも一緒に行くの!」
「私は彼女の世話をせねばならん。報告ならば君だけでも行えるだろう。風のルビーと例の手紙とやらも君が渡してやれ」
スパーダがティファニアの肩に手を置きつつ答える。
ティファニアはスパーダをちらりと横目で見上げながら、少し怯えたような視線を向けていた。
隣に立つロングビルも微かに眉を顰めてスパーダを見つめている。
「第一彼女を今、王女に会わせるわけにはいかん」
「う~~~……」
このティファニアという少女、ウェールズ皇太子の従妹だということらしい。つまりはアンリエッタ王女とも親戚ということになる。
アルビオンの王家が潰えてしまった今、恐らくただ一人残った王家の血筋である人間の存在が今の状況で明るみに出れば思わぬ混乱を招いてしまうかもしれない。
……やはり、彼女はスパーダとロングビルに任せるしかないようだ。
「わ、分かったわよ。その代わり、後で色々話してもらうん……だから……」
少々強気に返そうとしたものの、あの時目にしてしまったスパーダの恐ろしい姿を思い浮かべ、その勢いが萎えてしまう。
第一、スパーダは自分が人間ではない事実を晒したというのにどうしてこうも平然としていられるのだろう。
「魔法学院でまた会おう」
頷いたスパーダはシルフィードに乗ったままこちらを見つめている他の三人の方を振り向きだす。
「……話が聞きたければ、今夜ミス・ヴァリエールの部屋へ来い」
そう言い、スパーダはロングビルとティファニアを引き連れてチクトンネ街の方へ向かって歩き出していた。
三人の後ろ姿が見えなくなるまで見届けたルイズは再びシルフィードに乗り込んでいく。
「ねえ、ルイズ。あの子は一体誰なの? それにどうしてダーリンが、ミス・ロングビルと一緒に?」
「う~ん。見るからに美しい女性だったなぁ……。フードの隙間から覗けていた緩やかな金髪……妖精か女神のように愛らしく……」
「あら、また悪い癖ね。モンモランシーに言い付けようかしら」
「そ、それだけはやめてくれたまえよ!」
キュルケとギーシュが軽く漫才をする中、再びシルフィードは空へと舞い上がっていく。
三人が降りた分、先ほどよりは軽やかな動きで飛び上がっていた。
(何でよ……どうして、また一人で……)
またしてもパートナーと離れ離れになってしまったため、ルイズは哀しそうな表情を浮かべながら俯いていた。


「ねえ、一体どこへ行く気なの?」
まだ人通りが疎らなチクトンネ街へと訪れていたスパーダに着いていくロングビルがたまらずスパーダに尋ねた。
ティファニアは早く安全な所へやらなければならないというのに、こんな所をウロウロするわけにはいかないのだ。
初めてやってきた町の中を、ティファニアは物珍しそうにきょろきょろと見回している。
「この町に知り合いがいてな。今後のことについて相談に乗ってもらう。……ここだ」
スパーダが立ち止まったのは、まだ開店前である宿屋の前だった。
以前、スパーダが寄ったこともある〝魅惑の妖精亭〟という店だ。
「な、何よここ……。なっ!」
「あぁら、ごめんなさい! まだ開店前なのよぉ」
入り口でロングビルが呆気に取られていると、店の中から体をくねらせながら現れたスカロンに驚き、退いていた。同様にティファニアもびくつく。
時間を間違えて訪れた客かと思って出てきたスカロンは、スパーダの姿を目にすると驚いた顔を浮かべる。
「あら、スパーダ君じゃないの!」
「しばらくだな」
「今日はまたずいぶんとイメージチェンジしたわねぇ。その髪型も似合ってるわよん」
スパーダはその指摘を受けて今になって前髪が垂れたままであることに気がついた。
「それにこんなに綺麗な女の人まで連れて! スパーダ君の恋人かしらん?」
隣に立つロングビルを見て茶化すように言うスカロン。
ロングビルは、その言葉に反応して顔を強張らせていた。

この23年の人生の中、男と関わって良いことなんて何一つなかった。今は正当な職場である魔法学院ではエロジジイにセクハラをされるわ、
あのワルドは大切な孤児達を皆殺しにし、あまつさえティファニアを人質に取った悪魔に等しい男だったのだ。
……男なんて、信用できない。
だが、思えばこのスパーダという男はロングビルにとってようやく出会えたまともな男のようにも感じられる。
初めは異国の没落貴族らしい、ということでどことなく親近感を抱いていた。つっけんどんではあるが自分をかたぎの道へと進めてくれたし、
こうして唯一自分に残された大切な身内を救い出してもくれた。
彼には色々と貸しがあるのだ。そして、いつかはその恩に報いる必要がある。

……たとえ彼が、人でないとしてもだ。

ロングビルはスカロンの言葉を否定もせずに黙り込み、ちらりとスパーダを横目で見つめだす。
だが、当のスパーダはと言うと、
「そんなことはどうでもいい。それより、少し時間があるか? 話がある」
あまりに素っ気無い答えを返したため、複雑そうに溜め息を吐いていた。

スカロンは一行を店の中へと招き、さらにスパーダからの指示で入り口や窓も全て閉め切っていた。
外からの光が閉ざされ蝋燭の明かりが灯されると、一行は誰も客のいない席について向かい合った。
スパーダはスカロンとその娘であるジェシカにティファニアがアルビオンの亡き大公と妾の間に生まれた庶子であること、
ロングビルが彼女をこれまで保護してくれていたこと、そしてアルビオンの貴族達に囚われていたのを救い出したことを話した。
「あらぁ、この子が……。つまり、お姫様ということね。とっても可愛いわねぇ。妖精さんみたい!」
スカロンはスパーダの隣の席で両膝に手をついたまま俯くティファニアを見つめる。
「っていか、アルビオンって内戦中なんでしょう? そんな危ない所へよく行けたわね」
ジェシカが顎杖をつきながら呆れたように声を上げていた。
「そういった場所が私の仕事場なのでな」
アルビオンへ訪れたのはロングビルの依頼を受けただけだからということにし、王女からの密命であったことは伏せておいた。
「で、そのお姫様がアルビオンの悪い人達に捕まってたのを、スパーダ君が助けたのね。本当、あたしも感激しちゃう!
囚われのお姫様を助け出すだなんて、まるでおとぎ話の勇者みたいだわ!」
両手を合わせて酔ったように盛り上がるスカロンに対し、スパーダは腕を組んだまま話を続ける。
「助け出したのはいいが、彼女は人前には出すことができん身でな」
ちらりと、ティファニアを見やるスパーダ。
無言のまま視線を向けてくるスパーダに、ティファニアは困惑していた。
「ちょっと、この子のことを全部話すつもり!?」
ロングビルはスパーダが何をしようとしているのかその意図に気づいて声を上げた。
彼はこの二人に、ティファニアがハーフエルフであることを語る気なのだ。
ハルケギニアに住まうほとんどの人間は如何にハーフと言えどエルフを恐れ、敵視しているのだ。
もしもこの二人にそのことを誰かに喋られでもすればティファニアは教会や王侯貴族に告発され、処刑されるに違いない。
「あぁら、大丈夫よ。あたし達はお客様のことについては全然気にしたりしないわ。あたし達の仕事は常に広い心を持つことが基本なんですもの。
その子にどんな事情があったって、あたし達は何にも見ていないし、聞いていない」
やはり、スカロンに相談をしてみて正解だったようだ。このような人間がいてくれるからこそ、スパーダはこうして彼を頼りにできたのである。
ロングビルは未だいかがわしそうにスカロンを見つめていたが、そのスカロンと娘のジェシカはティファニアの顔を覗き込んできた。
「お姫様。そんなに怖がらなくても良いのよ。あたし達は、あなたの味方だから」
「そうそう。……大体、あたしの曾お爺さんだって純粋な人間じゃなかったってママから聞かされてたんだから。全然、気にしないわ」
ジェシカが平然と口にしたその言葉に、スパーダは顔を顰める。
「ブラッドのことを知っているのか」
「あらまぁ、スパーダ君もその人の話を知っているの? もしかして、シエちゃんから聞いたのかしら」
スカロンが意外そうに目を丸くし、問いただす。
「そのようなものだ」
しかし、この二人がブラッドの話をしっかりと聞き及んでいたとは。さすがにブラッドが悪魔であることまでは知らないだろうが、
ジェシカの言葉通り、人間でないことまで理解しているとは。
シエスタでさえブラッドは魔法のような力を使える人だったという所までしか認識していなかったのに。
「たとえ亜人だろうが悪魔だろうが、そんな些細ことは関係ないの。温かい人としての心があれば、誰だって受け入れられるわ。そうでしょ?」
スカロンから同意を求められ、スパーダも無言で頷かざるを得ない。
見た目こそ風変わりかもしれないが、このスカロンは人間としてとても出来上がっているようだ。
ならば態々、ティファニアがハーフエルフであることを話す必要もあるまい。

ティファニアは初め、何もかもが不安で仕方がなかった。
初めて目にする外の世界は全てが活気に溢れており、閉鎖的な環境だったウェストウッドの村には無かったあらゆるものが彼女を惹きつけていた。
だが、同時にその活気に満ちた世界に出るのは不安でもあった。
自分は今まで、村の孤児達や姉代わりであるマチルダ以外の人間と接したことがほとんどない。
故に普通に町を歩き回る人達と出会うとどうしても怖くなってしまうのだ。
おまけに自分は、エルフの血を引いているのだ。その証でもあるこの耳を見られでもしたら、きっとみんな自分を恐れ、拒絶するに違いない。
(どうして、この人達は怖がらないんだろう……)
自身に宿るエルフの血、そして自分がその血を引いていることを知られる恐怖。
それに対し、スパーダは人間ではないし、前にいるこの二人の親族も純粋な人間ではない。
……何故、それを知られても怖くないのだろう。そして、どうしてこうも自然に受け入れられるのだろう。
ティファニアにとってはそれが不思議な光景に見えていた。

「……そこで、だ。トリステインで亜人でも身を隠せるような場所は無いか」
「ああ、それだったら良い所があるわよ。このトリスタニアにある修道院、あそこだったらどんな事情があろうと受け入れてくれるわ」
ジェシカがしたり顔でそう述べると、スパーダも頷くとちらりと横目でロングビルとティファニアを見やった。
「ミス・ロングビル、ティファニア。構わないか」
「あ……は、はい。わたしは別に大丈夫です」
「それが常套手段でしょうね……」
少し躊躇いつつもティファニアは了承し、ロングビルも小さく溜め息を吐きつつ同意していた。
「もちろん、あたし達のことをいつだって頼っても良いんだからね? 困ったことがあったなら、いつでもいらっしゃいな。お姫様」
と、言いながらスカロンはウフン、とウインクをしてきた。
ロングビルは肩眉を吊り上げ、顔を引き攣らせる。
反面、ティファニアはこのトリステインを訪れてから、初めての安堵の笑みを小さく浮かべていた。


スパーダとロングビルは魅惑の妖精亭を後にするとジェシカに紹介された修道院とやらを訪れた。
院長と対面してロングビルと共にティファニアの素性をある程度伝えると、ここで匿ってもらうように頼み込む。
話は滞りなくすんなりと進み、院長はティファニアがハーフエルフであることを知っても拒絶せずに快く受け入れてくれた。
ひとまず、これで一段落が済んだことになる。定期的に姉代わりであるロングビルがここへ来ればティファニアも安心することだろう。
それにスカロンやジェシカも協力してくれるため、当分は大丈夫だろう。
修道院を後にする際、ロングビルは再び離れ離れになるティファニアとの別れを惜しみ、寂しげに彼女を抱き締めていた。
ティファニアもまた、姉であるロングビルとの別れに涙を浮かべていたが、それでも気丈に一時の別れを耐え忍んでいた。
「あの……スパーダさん」
ティファニアはスパーダにも別れの挨拶を交わしてきた。
「本当に、ありがとうございます。スパーダさんには、色々お世話になってしまって。それと……」
まだスパーダのことを怖がっている様子だったが、勇気を振り絞って顔を上げ、真っ直ぐとスパーダの顔を見上げてきた。
そこには今までの怯えた表情は失せた、妖精のように麗しい顔が浮かんでいる。
「わたし、もうスパーダさんのことは怖くありません。スパーダさんは、わたしやマチルダ姉さんや色々な人のために、ああして戦ってくれたのですよね?」
嬉しそうな笑顔を浮かべるティファニアに、スパーダは無言のままその顔を見返す。
幽閉されていた屋敷や礼拝堂で見届けてきたスパーダの勇ましい姿は、ティファニアの心に深く焼き付けられていた。
あの姿を思い浮かべるだけでも、ティファニアの心からスパーダに対する恐怖は自然と薄れていくのだ。
それに自分のためにここまで親身になって世話をしてくれた男の人は、初めてだ。
ティファニアにはスパーダがまるで父親のように頼もしく見えていた。
たとえスパーダが人間でなくても、それは変わらない。
「だから、スパーダさんが人間でなくてもそんなこともう気にしません。スパーダさんだって、わたしのことを拒まずにここまでしてくれたんですから」
スパーダはフードを被ったままのティファニアの頭をそっと撫でる。
その様子をロングビルは肩を竦めたまま小さく嘆息を吐いていた。
スパーダ自身は何も別れの言葉を返さなかった。だが、言葉を交わさずともスパーダが別れの挨拶を交わしてくれていたことにティファニアは気づいていた。
ティファニアは父親のような包容力を持っていた男の背中を見えなくなるまで見送っていた。


名城と謳われたニューカッスル城は今や廃墟と化していた。反乱軍レコン・キスタが大挙して攻め込んだ結果である。
三百足らずの王軍は五万もの大軍であるレコン・キスタからの攻撃に対して徹底抗戦はしたものの、数時間と経たずに全滅させられた。
しかし、追い詰められていた王軍の士気そのものは異常に高く、そのままならばレコン・キスタ側に対しても甚大な被害を出していたかもしれない。
ところがそれは適わなかった。むしろ被害は少なかったと言える。怪我人こそ千にも登る数ではあったものの、死者はその半分程度であった。
それだけの被害が少なかった理由は、レコン・キスタが投入した異形の怪物達の存在である。
オークやトロールのような獰猛な亜人達も戦闘に参加はしていたものの、彼ら以上に王軍を徹底的に嬲り殺しにしたのはその未知なる異形達の働きがあってこそのものだった。
獰猛な亜人以上に残忍で血に飢えた殺戮者達に王軍はほとんど成す術もなく返り討ちにされたのである。
そして、その異形達は戦闘が終わると用が済んだように戦場から消えていくのだ。
いずれにせよ、アルビオン王家がこの世界から消滅した現在、レコン・キスタはアルビオンの正式な政府となったのである。
「せっかく、あの方より授かった力を与えてやったというのに……」
死体と瓦礫が散乱する戦場の跡、廃墟となった城の上を闊歩する一人の男が居た。
冴えない聖職者にしか見えない三十代半ばの男は、レコン・キスタの総司令官であり、今や皇帝となりアルビオンの支配者となったオリバー・クロムウェルその人である。
崩れ落ちた礼拝堂の跡には無数の死体が瓦礫の下から掘り出された。
その中にはトリステインの貴族にして、盟約によってレコン・キスタの一員となった男、ワルド子爵もいる。
彼は首の骨を折られ、左腕を肩から全て失った無残な姿となって発見された。
彼には王家の生き残りであるウェールズを始末するように命じていたが、彼は仕損じ、結果的にウェールズは前線に立ち、兵士達と戦い続けたのだ。
〝帰天〟という秘術によって人を超えたというのに、結局はこうして無残な結末を迎えた。哀れなものである。
「ウェールズの死体の行方も知れず……手紙も回収できず。これではこちらの目的も果たせぬではないか……!」
国王ジェームズの死体は発見されたが、ウェールズ皇太子の死体だけは未だ発見されていなかった。
部下達の報告によれば手傷は負わせたはずなので無事な状態でいるはずはない、ということらしい。どこかに潜んでいようが絶対に見つけ出してみせる。
保険として彼の流した血は回収しているが、やはり本人を亡き者にして利用せねばなるまい。
クロムウェルは自分の左手の中指にはめられた指輪を見つめる。

少々予定とは異なるが、経過そのものは順調だ。

あの方が兵とこの力を与えてくれねば、ここまで順調に計画は進まなかったことだろう。
一介の司教に過ぎなかった自分が、今となってはアルビオンの頂点に立った。これだけでも満足であるが、やはり更なる高みを目指すのが常だ。
自分には強力な支援者がいるのだ。不可能なはずがない。
今後の計画を推し進めるため、もはや用の無くなった廃墟を後にしようと歩を進めだすクロムウェル。
そのクロムウェルの進路を塞ぐようにして、突如何も無い虚空に亀裂が走り出した。ビシビシと音を立てながら亀裂は徐々に数を増やし、広がっていく。
クロムウェルが足を止めると、バリン! とガラスを破るような音と共に空間に人ひとりが潜り抜けられるほどの穴が開けられていた。
その穴の向こう側からは、思わず吐き気が込み上げてきそうな禍々しい瘴気が溢れ出てくる。
穴の先に広がるのは、闇。そう、漆黒の闇である。
その闇の中からは獰猛な亜人達よりも恐ろしい、地の底から響くような唸り声が轟いていた。

『――首尾はどうなっている。人間よ』

その穴の中からさらに響き渡るのは、威厳と威圧に満ちた恐ろしい声だった。声が発せられると、辺りの空気が震えだす。
クロムウェルは恭しく跪き、声の主に報告を行う。

『そんなものは捨て置け。どの道、更なる戦が始まることに変わりはない』

手紙とウェールズ皇太子の死体を回収できなかったことも報告したが、声の主は大して気にも留めていないようだった。
「ですがゲルマニアとトリステインが同盟を組めば、その兵力は六万にもなります。あなた様が我らにお与えくだされた兵力を合わせても一万ほど足りませぬ。
それでは拮抗した戦いになるかと……」
クロムウェルが心配していたことを口にすると、穴の中に赤く光る目が開かれた。その凶暴な眼が、真っ直ぐとクロムウェルを睨み付け、威圧してくる。
思わず、慄いたクロムウェルは腰を抜かしかけていた。

『愚か者が。戦いとは力と力のぶつかり合いだ。真の勝利とは、力で捥ぎ取ることに意味がある。貴様が王になりたいなどと抜かしたからこそ、我が知識と軍勢を与えてやったのだ』

「ははっ……偉大なる〝羅王〟よ。あなたには感謝しております。あなた様のおかげで、私はこうしてアルビオンの支配者となれたのでございます」
それは、もう三年も前になるだろうか。
当時はただの司教でしかなかったクロムウェルがいつものように仕事を終えて眠りに就いていた時、夢の中で託宣があったのは。


――貴様の常日頃の働きを我は見届けている。その働きの礼として、望むものを一つ与えよう。

――望むもの? そうだな。それならば王になってみたいものだ。

無論、それは全てが夢であることを知った上での戯れの言葉に過ぎなかった。
いかに司教と言えど、そんな夢のような託宣をいきなり真面目に信じるほど馬鹿ではなかった。
だが、託宣の主はそんなクロムウェルの思いとは裏腹にその戯れの言葉にこう返してきた。

――良かろう。我が知識と兵の一部を貴様に授けん。その力を持って、貴様の望む王となるが良い。


その翌日の朝、目を覚ましたクロムウェルはいつにもまして充実した気分となっていた。
自分が知るはずのない未知の秘術を使えるようになったし、見たこともない異形達が自分の元に現れるなりラグドリアン湖まで連れられ、水の精霊からこのアンドバリの指輪を奪うことにもなった。
一介の司教に過ぎなかった自分が、僅かな時間で素晴らしい力と地位を手にすることができた。
それからほとんど毎日、夢の中はおろか時々こうして託宣の主が直接現れ、自分が王になるための様々な助言を授けてくれたのだ。
その託宣の主は、自らを〝羅王〟と名乗っていた。

『いいか。次の日食までに更なる争いの火種を蒔け。その時に、我らの世界と貴様らの世界との境界は一時的に薄まる。
さすれば我は貴様らの世界に降臨し、我が率いる全ての軍勢もそちらへ送り込むこともできよう』

羅王の言葉が終わらぬ内に、空間に開けられていた穴は徐々に閉ざされていく。

『無論、全てを成した暁には貴様にも最高の褒美を授けてやる。そのためにも、我の命にはこれまで通り従うがいい』

虚空に開けられた穴が閉じるなり、流れ込んできた瘴気は跡形もなく消え失せていた。
クロムウェルは始祖ブリミルにも勝るであろう、偉大なる〝羅王〟の思し召しに心から敬意を示し、跪き続けていた。

それは決して、神などではないことに彼は気づいていなかった。



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