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ルイズと夜闇の魔法使い-27


 逃げるように祝宴の場を後にしたルイズを追って、エリスは薄暗い廊下の中を走っていた。
 やがて彼女は通路の半ば、開いた窓から月の光が差し込むその場所で目的の相手を見つけ出す。
 肩を落とし、俯かせた顔に何度も手をやり、しゃくりあげる。
 月光に照らされて淡く光るピンクブロンドの髪が酷く幻想的で、酷く儚かった。
「……ルイズさん」
 声をかけて、そっと肩に手を触れる。
 するとルイズはびくりと身体を震わせ僅かにエリスを振り向いた。
 顔を上げないまま、眼を合わせない彼女の手を引いて、エリスは宛がわれた部屋へと歩き出す。
 一言も言葉を交わさないまままるで幼子を引くように連れ立って部屋へと戻り、二人でベッドに腰を下ろした。
 同時にルイズは崩れ落ちるようにエリスにもたれかかり、胸に顔をうずめる。
 服をぎゅっと掴んでくる震えた彼女の手を取り、空いたもう片方の手でエリスはルイズの髪を撫でた。
「……どうして。どうしてあの人達は笑ってるの? 明日死んでしまうのに、なんで笑えるの?」
「……」
 嗚咽と共に吐き出したルイズの台詞に、エリスは答える事ができなかった。
「ウェールズ様もそう。あの手紙にはきっと……絶対、姫様から亡命して欲しいって書いてたはずよ」
「……そうですね。私もそう思います」
 それはエリスも気が付いていた。
 彼女もルイズと同様にアンリエッタの表情とウェールズの表情を見ていたのだ。
 するとルイズはエリスの服を握る手の力を強め、吐き出すように言う。
「姫様が……好きな人が逃げてっていってるのに、どうしてあの人は死を選ぶのよ!」
 ここにはいない誰かに訴えるように彼女は叫び、涙に崩れた顔を上げてエリスを見つめる。
「大事な人が生きてって言ってるのに! わたしも生きてって言ったのに! わたしが! わたし、が……っ!」
 感情のままに叫ぶルイズだったが、不意に言葉を途切れさせた。
 何かを言いたそうに、しかしその言葉を口に出す事ができず、ルイズは苦しそうに顔を歪める。
 どうしても口に出せないその言葉がなんなのか、エリスはわかっていた。
「……ルイズさんが協力するって言ったのに?」
「!!」
 エリスの漏らした言葉に、ルイズの顔が強張る。
 何かに耐えるように唇を噛み、しかし歯の根が合わずにカチカチと音が鳴る。
 震えだしたルイズの身体を支えるようにエリスが抱きとめると、ルイズは鳶色の瞳からぼろぼろと涙を零して呻いた。
「……わたし、もういや。こんな国嫌い」
 ルイズは祝宴に立会い、異様なほど盛り上がる彼等を見て心底嫌になった。
 ウェールズを始めとしてあの城にいる全員が、自分の事しか考えていない。
 残された人たちのことなんて全く考えていない。
 そんな彼等の姿を見ていられなかった。
「帰りたい。トリステインに帰りたい……」

 ――でも。

 ルイズは苦悶に満ちた声で囁く。
 身体を震わせて、瞳を恐怖に彩らせ、まるで縋るようにエリスを見つめて、言う。
「わたしなら、あの人たちを助けられる……」

 ハルケギニアには虚無と呼ばれる伝説の系統があるという。
 始祖ブリミルはその虚無を用いて奇跡を起こしたという。
 そして、その虚無を現代に担う者がいるという。
 奇跡が起こらねば彼等を救えぬのならば、奇跡を起こせば良い。
 それが自分には、できるのだ。
 だが、ウェールズによって突きつけられた現実にルイズは震えることしかできなかった。
 彼がその話を聞き入れず部屋を辞した時、正直な話をすれば、安心さえもしてしまったのだ。
 そして祝宴に集った死を覚悟する彼等を見て、彼女は気付いてしまった。

 ――このまま何もせずにいれば、彼等は死んでしまうのだ、と。
 ――このまま何もせずにいるという事は、彼等を見捨てるという事なのだ、と。 
 何故なら、自分には彼等を救う『奇跡』があるのだから。
 自分は彼等の命の天秤をその手に握っているのだ。

 自分の決断と行動によって、多くの人達の命運を左右する。
 貴族として民の上に立ち生きる以上そういう事もあるのだと知ってはいた。
 知ってはいた。
 しかし、それは本当に"知っていた"だけだった。
 故国トリステインのため、王女アンリエッタのため、貴族としての誇りのためならば、それも辞さないという覚悟はあった。
 覚悟はあった。
 あった、と。そう"思っていた"だけだった。
 心の裡に築いていた誇りも覚悟も、何もかもが崩れてしまった。


「わたし、どうしたらいいの? どうすればいいの?」
 怯えた表情で訴えてくるルイズに、エリスは静かに問う。
「ルイズさんは、どうしたいんですか?」
「……助けたい。助けたいわ。わたしはウェールズ様を助けたい。あの人達も。でも……でも」
 それ以上言葉を続ける事ができない。
 あの時言われたウェールズの言葉と、そして――自分の言葉が楔になって声を紡ぐ事を許さない。
 声を出せない代わりに、身体が一層強く震えた。
 エリスはそんなルイズを優しく抱きしめ、囁くように呟く。
「……ごめんなさい。私には、答えられません」
「……!」
 エリスの耳元でルイズが息を呑む音が聞こえた。
 おそらくは突き放されたと思ったのだろう、僅かに強張ったルイズの身体をしかしエリスは抱きしめたまま、言葉を続ける。
「私ならどうするか、というのなら考えてることはあります。どちらを選んでもつらいのはわかってます。
 だけど……今回それを決めるのも、それをやるのもルイズさんですから、私からは言えません。
 ……ただ、一つだけ。ルイズさんは一人じゃないんです」
 エリスの言葉に、硬直し震えるだけだったルイズの身体が僅かに揺れた。
 紫苑の髪の少女は、ピンクブロンドの髪を優しく撫でながら、言う。
「ルイズさんには使い魔の私がいます。柊先輩だっています。だから、全てを一人で抱え込む事なんてないんです。
 "全て"を代わりに背負う事はできないけど、一緒に背負って支える事ならできます。
 ……一緒に一人前になろうって、言ってくれましたよね?」
「エリス……」
 身体の震えは止まらなかったが、ほんの僅かに心に刺さる痛みが薄れたような気がした。
 ルイズはエリスから身を離すと、涙を拭いながら呟く。
「あなた……普段は全然頼りなさそうなのに、なんでこういう時だけ強いの?」
 学院のような箱庭――戦争に直面した今ではそう感じる――にいる時はありきたりの人間に見えるのに、何故かこういう状況でも怖気づく事がない。
 それがルイズには不思議でたまらなかった。
 するとエリスは少しだけ物憂げな表情を見せると、僅かに口の端を歪めて返した。
「前にも少し言いましたけど、私も元は柊先輩と同じウィザードで……『色々』ありましたから。私の時も、そうやって柊先輩や他の人達に助けてもらったんです」
 表情だけは微笑だったが、それを語る彼女の口調はどこか自嘲を含んでいるようにも見えた。
 しかしそれを追及する余裕のないルイズは、先程のように取り乱しはしないものの顔を俯け、苦しそうに眉を寄せた。
 エリスのおかげで僅かに楽にはなったが、それでも決断をできるほど心の整理がついていない。
 お互いに言葉のないまま部屋に沈黙が下りた。
 それを破ったのはエリスでもルイズでもなく、扉から響くノックの音だった。

 顔を強張らせたルイズを手で制し、エリスは一人そちらに向かう。
 扉を開くとその向こうにいたのは、手にワインとグラスを持ったワルドだった。
「失礼。ルイズはいるかな?」
「あ、はい。いますけど――」
 言ってエリスはベッドの上で不安そうにしているルイズに目をやり、
「ごめんなさい。気分が優れないようですから……」
「そうか……しかし、それなら僕としては尚更放っておけない。話をさせてもらいたいのだが」
「ですけど――」
「……いいわ、エリス」
 まだちゃんと落ち着いて話はできないだろうとエリスは断ろうとしたのだが、それを遮ったのは他ならぬルイズだった。
 思わずエリスが目を向けると、彼女は目尻を拭って大きく深呼吸し、エリスに向かって声をかける。
「なんとか落ち着いたから。ありがとう」
 そう言われてしまってはエリスとしては拒絶することはできない。
 ワルドを部屋の中に入れると、エリスはおずおずとワルドに尋ねた。
「あの、私も同席しても?」
「む……それは、構わないが……」
 するとワルドはほんの少し難しい表情をした後、申し訳なさそうに手にしていたグラスを持ち上げて見せた。
「この通り、グラスを二つしか持って来ていないんだ。それに、他人の前で傷心の婚約者を慰めたりするのは、その……正直、照れる」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
 はっとしてエリスは口に手を当て顔を赤らめ、それを聞いたルイズも思わず目を丸くしてやはり頬を染める。
 そんな二人の様子を見てワルドは所在なさげに苦笑を浮かべ、エリスに言った。
「いや、気にしなくていい。まあそういう訳だから、席を外してくれると助かる」
「は、はい、わかりました」
 エリスは慌てて一礼すると、最後にルイズを一度だけ見やってから部屋を後にした。
 ワルドがエリスが退室するのを見届けてから振り返ると、目の合ったルイズが僅かに頬を染めて視線を反らす。
 彼女は今更のように自分が座っているのがベッドだと気付くと、慌てた仕草で立ち上がった。
 部屋に置かれている小さなテーブルの方へと促し、二人で向かい合うように椅子に座る。
 このような場所であるのでテーブルも椅子もこじんまりとしていたが、流石にエリスの時のようにベッドで話す訳にもいかない。
 ワルドは持ってきたグラスにワインを注ぎ、杯を合わせる気分でない事を察したのだろう、ただ無言でルイズを促す。
 口を付けたワインの味は全くわからなかったが、喉と身体を潤す水分はルイズに僅かな安堵をもたらした。
「……迷っているようだね」
 ワインを半分ほど飲み干したのを見計らってワルドがそう切り出すと、ルイズはグラスをテーブルに置いて顔を俯けた。
「無理もない話だ。多くの人の命がかかっているのだからね」
 ワルドの言葉にルイズは何も返せず、グラスに残ったワインを見つめる事しかできなかった。
 改めて持ち上がったその話題でルイズの中に再び恐れが浮かび、それを誤魔化すようにワインを一気に飲み干した。
 やはり味はわからない。おそらく酔えもしないだろう。
 ただ、飲むたびに頭の中に何かが沁み込む感じがして、思考はともかく身体は酔ってくれているのだろうと感じた。
 できるのならばこのまま酔いつぶれてしまいたい。そうすれば――

「……」
 ルイズが空になったグラスを差し出すと、ワルドが新たにワインを注ぐ。
 二杯目を一気に全て開けてしまうと、不意に彼が口を開いた。
「……王子殿下とのやりとりを聞くに、キミはまだ虚無を扱える訳ではないのだろう?」
「そう……ね」
 胡乱な様子でルイズが答えると、ワルドは得心したかのように頷き、言った。
「思うに、君が迷っているのはそのせいではないのかな」
「……!」
 その言葉にルイズは思わず目を見開く。
 彼女の視線を受けてワルドはまるで諭すかのように続けた。
「貴族……メイジならば魔法が使える。魔法という確固たる力を宿すゆえに、貴族は誇りを持ち杖を振るう。
 稀代のメイジと呼ばれた君の父上もそうだし、小なりとはいえ僕もそうだった。
 だからきっと君も、力に目覚めさえすれば迷いは消えるはずだ。君の気高い精神に相応しい、虚無に目覚めれば」
 それは、その通りかもしれない。
 実際そういうワルド自身はその力によって衛士隊の隊長という地位にまで上り詰めたのだ。
 そしてエリスも、元は柊と同じウィザードだと言っていた。
 それはつまり柊と同じような力を持っていたのだろう。きっとだからこそ彼女はこういう時でも揺るがないのだ。
 対して自分はどうなのだろう。
 力のない自分ではフーケを捕まえる事もできなかったし、この任務でも柊から置き去りにすらされている。
 ウェールズを翻意させる事もできなかった。
 もしも自分に力があって、それらを自らの手で成しえていたとしたら、果たして今のように迷っていただろうか。
 ……それはわからない。
 何故ならそれは無意味な仮定でしかなく、今あるのは自分に力がないという事実だけだったから。
「でも……ウェールズ様はそれを許して下さらなかったわ」
 その機会すら与えられなかった事に僅かな消沈を覚えてルイズが呟くと、ワルドは優しく笑みを浮かべる。
 そして彼は懐から何かを取り出すと、恭しい動作でそれをテーブルの上に置く。
 それは、どこか古ぼけたオルゴールと青い宝石が嵌められた指輪だった。
 ルイズの顔が驚愕に歪む。
「み、水のルビー? なんで貴方が……」
「あの男から取り返した。これは君が持つべきものだ。始祖の秘宝は虚無の担い手たる君こそ持つに相応しい。そうだろう?」
 酷く優しい調子で語るワルドの言葉に、しかしルイズは心の奥底から何か冷たいモノが這い上がってくるような錯覚を感じた。
 そして一緒に置かれたオルゴールに視線が注がれる。
 始祖の秘宝は自分に相応しい、と彼が言うのなら、その彼が一緒に取り出したこのオルゴールは。
 あの時。
 ウェールズがルイズの訴えを拒絶した時。
 彼は『何』を渡すわけにはいかないと言っていた――?
「どう、して……こんな、モノを」
 ルイズは声が震えるのを止められなかった。
 しかしワルドは様子は全く変わらない。変わらないのが、逆に底知れない恐ろしさを感じさせた。
 彼は僅かに身を乗り出し、震えるルイズの手を取った。まるで幼い頃、いじけていた自分を迎えに来た時のように。
「怖いのかい、ルイズ」
 振りほどいてしまいたかったが、身体が動かなかった。
 恐怖に身が竦んでいた、というのもあるが、何故か振りほどきたいという一方で彼の囁きに耳を傾けている自分がいる。
 そして彼は、あの頃と同じようにルイズに言った。
「大丈夫、僕がついているよ」
 心の奥にまで沁み込むようなその声に、ルイズの力が抜ける。
 鳶色の瞳に僅かな光を漂わせ、彼女はワルドを見つめた。
「恐れる必要など何もないんだ。何故なら君には僕がいる。僕が君を護ろう。
 君に降りかかる苦難も罪も"全て"僕が引き受けよう。僕はそのために研鑽を積み力を得たのだから」
「……全て?」
「そう、全てだ。
 恐れる必要などない。君を恐れさせる苦痛や災禍は全て僕が引き受けよう。
 迷う必要などない。君が選んだことで流れる怨嗟や血は全て僕が浴びよう。
 だから君は誇り高いまま、穢れなき聖女のまま、手にした杖で神の奇跡を振るえばいい」
 紡がれる言の葉が酷く心地よかった。
 彼の声がまるで清流のように身体の隅々まで、心の中にまで沁み込んで来る。
 身を任せてしまえばこのまま眠ってしまいそうな居心地の良さ。
 ルイズは陶酔したかのような声で、ぼんやりと呟いた。
「本当……本当に?」
「本当だとも。だから僕と共に行こう。君があるに相応しい場所に。君が歩むに相応しい道へ。……僕と共に」
「……ワルドさま」
 ワルドの言葉にルイズは嬉しそうに微笑を浮かべた。
 そして彼はルイズの手を引き、恭しくその指に水のルビーを嵌めた。
 まるで新郎が新婦にエンゲージリングを嵌める様子に見えて、ルイズはかつてぼんやりと夢見ていた光景と重ねて知らず頬を赤らめた。
 とても幸せな気分だった。
 ただ、どこか心の片隅でそんな彼女を見つめている自分がいる――そんな気がする。
 それが一体なんなのかわからないまま、ルイズはワルドの差し出した秘宝――始祖のオルゴールを手にした。


 ※ ※ ※


 王党派達の最後の晩餐は日付が変わる頃になってようやく半ばを過ぎ、熱狂も下り坂に差し掛かっていた。
 喧騒や歓声が次第に夜の静寂へと変わりつつある中、薄暗い廊下を一人の女が歩く。
 窓から落ちる月の光が、深く被ったフードから僅かに零れた翡翠色の髪を照らした。
 女は曲がり角に辿り着くと一旦足を止めてその先の様子を窺い、再び歩を進める。
 だらしなく寝入った兵士達の隙間を通り過ぎ、彼女は人目を憚るように階段を上り上階に向かう。
 もう少しで仮の天守のある最上階まで辿り着こうとした、その時だった。
「失礼」
 と、不意に声をかけられて女は大きく肩を揺らした。
 数瞬の間の後、彼女がゆっくりと振り返ると、そこには薄闇の中に映える金髪の青年――ウェールズがいた。
「この先は我々王党派の重鎮達が休む部屋だ。申し訳ないが、大使殿の連れとはいえそれ以上立ち入るのはご遠慮願いたい」
「……」
「ミス・ロングビル……で、よろしいか?」
 ウェールズは尋ねたが、女は答えない。
 後ろ手に沈黙を保ったままの彼女をしばし見やった後、彼はどこか芝居がかった仕草で肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「本来なら衛兵達が護っていてここまで来れないはずのだが、彼等は"何故か"ことごとく寝入っていてね。いくら無礼講とはいえ羽目を外しすぎているようだ」
 フードから覗く女の口元が僅かに歪んだ。
 表情を隠されてもなおそれとわかる険悪な気配に、しかしウェールズは臆する事なく言葉を放つ。
「地下の港で一度目にしたが、ちゃんと話をするのはこれで初めてか。……顔を拝見しても?」
「……」
 すると僅かな逡巡の後、女――ロングビルはフードを取り払い眼鏡越しにウェールズをはっきりと見据えた。
 お互いに言葉もなくしばしの間視線を交わす。
 やがてウェールズは大きく息を吐いて、懐かしそうに語りかけた。
「最後に会ったのは五年くらい前……モード公の誕生会だったかな。久しぶりだね、マチルダ」
「――気付いてたのか」
「噴飯ものだが、港で見た時は気付かなかった。ヒイラギにサウスゴータで会ったと聞かなければきっと思い出せなかったし、ここにもいなかったろうな」
「……余計な事を」
 マチルダは不快そうに顔を歪め吐き捨てた。
 彼女にとってこの城にいる貴族たちは全く無縁の人間達ではなかったし、少なからず面識のある者もいた。
 しかし、そんな彼等も誰一人としてマチルダの事には気付かなかったのだ。
 姿を晒すのを控えていた、というのもあるが、何より四年近くも前に姿を消した少女の事など覚えているはずもない。
 まして自らの滅びを目前にしているのだ、よほど親密でなければ気に留めることさえないし――彼女にとってそのような相手などもはや存在しない。
「何故ここに――とは聞くまでもないか」
「答えるまでもないだろう? それで、どうするんだい? そこらに衛兵を隠してるのか?」
 マチルダは鼻を鳴らして壁に手を当てた。
 後ろ手に隠していた杖を握り締めて、ウェールズに向ける。
 すると彼は首を左右に振って、手を差し出した。
「衛兵はいない。そして陛下に――父に会いたいのなら、杖を渡してくれ。それが条件だ」
「……何?」
 ウェールズはいぶかしむように見つめてくるマチルダにしかし物怖じせず、空いた手に握る杖を見せると彼女に向かって語りかける。
「今君に王を討たれる訳にはいかない。話をするだけで禍根が絶てるなどとは思わないが、これが僕にできる精一杯の譲歩だ」
「……お前達の事情なんて知った事じゃないね」
「ならば、遺憾ながら僕は――私は陛下の臣として君をここで捕らえなければならなくなるな」
 僅かに表情に陰りを見せてウェールズが言う。
 お互いに杖と視線を向け合ったまま、場に沈黙が下りた。
 ただ、応酬した言葉とは裏腹にその静寂の中に剣呑な気配はほとんどなかった。
 ウェールズにとっては不本意な状況であるのでともかくとして、相対するマチルダの側さえもそうなのが彼にとっては少々不可解だった。
 反応に窮してウェールズが様子を窺っていると、不意にマチルダが軽く失笑を漏らした。
 眉を潜めた彼の前で、更に彼女は自ら持つ杖を下ろし、そして床に放り投げる。
 床に落ちた杖がからからと乾いた音を立てた。
「……マチルダ?」
「これが条件なんだろう? さっさとアイツに会わせな」
 どこか他人事のように彼女はそう言い、その場から離れて壁に背を預け、大きく息を吐く。
 意外な反応ではあったが、マチルダがこうして条件を呑んだ以上否応はない。
 ウェールズは床に落ちた杖を拾い上げると、彼女を促して歩き始めた。
 二人はややあって王の寝所まで辿り着き、部屋の前に控えた衛兵達を下がらせる。
 その際に衛兵達は王子の同伴とはいえマチルダの入室にあたり身体検査を要求したのだが、彼女はそれをあっさりと受け入れ――そして何も不審な物は持っていないと判明したのだ。
 廊下の両端に移動した衛兵を見届けながら、ウェールズは疑念が更に強くなったのを感じる。
 マチルダがこの場に来たのは、言うまでもなくサウスゴータの無念を晴らすためだろう。
 にも拘らず彼女は自ら杖を手放し、そしてナイフなり銃なりの得物も所持していない。
 何らかのマジックアイテムの類も、やはり持ってはいなかった。
 徒手やそれに類する小物では到底メイジを相手取ることはできまい――少なくとも彼女の所作は相手取れる域ではない。
 つまり、ウェールズの知識の及ぶ限りで彼女が王を害する事は不可能なのだ。
 しかし当のマチルダはそれを気にする風もなく、それだけにウェールズは彼女の意図を測りかねていた。
「……どうした? 会わせてくれるんじゃないのかい?」
「……ああ、わかった」
 そう約束した以上反故にする事もできず、ウェールズは覚悟を決めて扉をノックした。

 仮にも王の寝所だけはあり、その部屋は城の中でも最も広い間取りがあった。
 薄暗い室内の最奥、ベッドの脇の灯火に照らされ、老王は身を横たえ何かの書物に目を落としていた。
「……父上。少々よろしいですか」
 静寂を破らぬようウェールズが静かに語りかけると、ようやく来訪者に気付いたかのようにアルビオン王――ジェームズは顔を上げた。
「ウェールズか。どうしたのだ? もう朕には彼等の相手ができる気力はないぞ」
 晩餐の余韻が残っているのだろう、少し上擦った声で言ったジェームズ王に、ウェールズは少し間を置いて答える。
「……。実は、父上にお引き合わせしたい方がいるのです」
「ほう?」
 王は片眉を僅かに持ち上げ、ウェールズの隣にいるマチルダに目をやった。
 彼女は伏せていた頭を上げ、平静な表情を崩さぬよう強く歯を食いしばって父母の怨敵を正面から見据える。
 薄暗がりの中、多少距離もあるので顔はわかるまい――否、例え至近で顔を見られても王は彼女の事は気付かないだろう。
 やはりと言うべきか、ジェームズ王はややあって首を傾げながらウェールズへと問いかけた。
「知らぬ顔だが、よもやそなたの良人という訳ではなかろうな?」
「違います。彼女の名はマチルダ・オブ・サウスゴータ――旧サウスゴータ伯の子女にございます」
「……」
 努めて感情を抑えた声でウェールズがそう言うと、ジェームズ王は僅かに目を細めた。
 場に痛いほどの沈黙が下りる。
 時間が止まったかのように誰一人微動だにせず、どれほどの時間が経ったかもわからないぐらいの静寂の後、老王が小さく呟いた。
「……そうか。サウスゴータの」
 その囁きに押されるようにマチルダがジェームズ王に向かって一歩を踏み出した。
 ウェールズが思わず彼女を止めようと手を出しかけたが、
「よい」
 当のジェームズ王がそれを制した。
 ゆっくりと王へと近づいていくマチルダの背を見ながら、ウェールズは懐の杖に手を伸ばす。
 マチルダは丁度王とウェールズの中間ほどの場所で立ち止まると、酷く冷めた翠色の瞳でジェームズ王を見やり、口を開いた。
「……何か言いたい事はあるか?」
 問うた声にジェームズ王は沈黙を返した。
 マチルダから目を背け、どこか遠くを見るような目線で天井を見上げ、そして息を吐く。
「……ないな。語るべき事などないし、言うべき事もない。それで時が返り事実が変わる事などない以上、何の意味もない」
「――っ」
 マチルダの肩が揺れた。
 僅かに顔を落とし、拳を握り締める。
 後ろからそれを窺っていたウェールズが僅かに杖を握る手に力を込めた。
 しかし――不意にマチルダが嘆息し、次いで天井を仰いだ。
「……どこまでも忌々しい奴だね。謝罪の一つでも聞かせてくれれば――遠慮なく殺してやれたのに」
「マチルダ……?」
 やはり彼女の意図が掴めず、ウェールズはその場に立ち尽くす事しかできなかった。
 マチルダはまるで糸が切れたかのようにその場に座り込み、再び大きく息を吐いた。
「マチルダ。君は……」
 ウェールズは崩れ落ちた彼女に歩み寄り、肩に手を添える。
 彼女は翡翠の髪を苛立たしげに掻き、しかし彼の手を払う事なく自嘲じみた声を上げた。
「何か勘違いしてるようだから、教えとくよ。あたしがここに来たのは――『けじめ』をつけるためだよ」

 ――アルビオン王家が憎いか、と問われれば、それは言われるまでもなく憎いと答えるだろう。
 それは当然だろう。奴等のせいで家名は地に落ち、父も母も親しい人も死んだのだから。
 無念を果たしたいか、と問われれば、それは言われるまでもなく果たしたいと答えただろう。
 少なくとも、それが起こった当時はそう思っていたし、そのために生き延びて裏稼業にも身をやつしたのだ。
 そのまま復讐心を抱き続けていられたなら、おそらく彼女は問答などする事もなくアルビオン王もその前に立ち塞がったウェールズもまとめてくびり殺していたはずだ。
 しかし、彼女はそうならなかった。
 彼女は沢山のものを失ったが――唯一残ったものがあったのだ。
 彼女の父母が、そしてその父母と親しいモード公がその命に代えて守ったハーフエルフの少女、ティファニア。
 正直な事を言えば、あの一件が起きた当時マチルダは彼女が疎ましかった。
 何故なら彼女とその母親のエルフこそが、マチルダが陥った状況の元凶なのだから。
 しかしマチルダと同じく総てを失ったティファニアは彼女に縋るしかなく、マチルダも両親の忘れ形見に等しい彼女を捨て置くことはできなかった。
 当初は疎ましさ憎らしさを隠してうわべだけで養っていたが、単純な彼女はそれをまともに受け取って姉として慕うようになった。
 最初はそんな彼女を内心馬鹿にもしていたが……いつしかそんな風に馬鹿にするのが馬鹿らしくなってしまっていた。
 そうやってティファニアとの生活が変化していくのに伴って、王家に対する感情も僅かに変化していった。
 勿論、憎悪が消えてしまった訳ではない。許してやろうと思う事などありえない。
 しかし、かつては確かに抱いていたはずの『何が何でも復讐してやろう』という激情が薄れていたのだ。
 内乱が起きると噂され、そして叛乱勢――レコン・キスタが優勢になり王家の打倒が現実味を帯びてきても、何故かそれに乗ろうという気にはならなかった。
 その理由がはっきりとわかったのはつい最近。
 魔法学院の一件をしくじってからサイトに助けられ、ティファニアに自分の事情を知られた時だった。
 酷く取り乱し泣きじゃくって自分に縋りつくティファニアの姿が、いつかの自分と重なった。
 ……その時、気付いたのだ。
 いつの間にか、生きるための目的が変わっていた事に。

 マチルダがこの場に来たのは、あの時に気付いた自分の心境を確かめるためだ。
 家を貶め父母を殺した張本人であるアルビオン王を目の当たりにして、果たしてその時自分は何を考え何をするのか。
 それを確かめるために彼女は柊達に同行してきたのだ。
 そして実際にその王を目前にして――やはりと言うべきなのだろうか、思っていたほど怒りも憎悪も感じなかった。
 端的に言えば、そう……"どうでもよかった"。
 憎むべき老王が言った通り、もはや今更なのだ。
 復讐を果たしたところで家の名誉が戻る訳でも両親が蘇る訳でもない。
 むしろ今更ながらに謝罪して許しを請い、自分が喪ったそれらを本当に『過ち』にされてしまう方が侮辱というべきだ。
 もしジェームズ王がそうしていたらそれこそ何が何でも殺してやろうと思っていたが、そうはならなかった。
 それがほんの少しだけ、悔しかった。

 マチルダは添えてきたウェールズの手を取り、彼の助けを借りて立ち上がる。
 両の手で少し乱れた髪を一度梳いて整えると、大きく深呼吸して再びジェームズ王を見据えた。
「お前の事はもう忘れる。だが、お前は死ぬ最期の瞬間まで決して忘れるな。お前があたし達にしたことを」
「……よかろう。ただ、朕はそなた達の事に限らず、己の成したことを忘れたことは一度たりともないがな」
 ジェームズ王は晩餐の時に見せた枯木のような印象とは程遠い、毅然とした表情でマチルダにそう返す。
 そんな父の姿を見てウェールズは僅かに目を見張った。
 それは奇しくも件のモード公の事件を境に見られなくなった、かつてのアルビオン王ジェームズ本来のものだったのだ。
 堂々とした王の態度を見やってマチルダは不快そうに舌を打った。
 もはや復讐の事はどうでもいいが、ここまで来たのなら意趣返しをして少しでも溜飲を下げねば物足りない。
「……だったら、覚えているか? お前が追い落としたモード公には忘れ形見がいた事を」
「……!」
 そこで初めて、ジェームズ王の表情がほんの少し崩れた。
 しかしむしろ大きく反応したのは、同伴しているウェールズだった。
「忘れ形見? まさか、子がいたのか?」
「……知らなかったのかい?」
「エルフと通じていることは知っていた。だが、子がいたとは聞いていない。僕の……従妹?」
 エルフが関わる事はともかくとして、子を成していた事だけは厳重に秘匿していたのだろう。
 絶句したウェールズをよそにマチルダがジェームズ王に目をやると、彼もまたウェールズほどではないにせよ表情を険しくしてマチルダを見つめていた。
「……生き延びておったのか」
「生きてるよ。なんなら遺言でも伝えてやろうか? あたしに言う事はなくとも、姪には言う事があるんじゃないか?」
 マチルダが皮肉気に笑ってそう言ってやると、ジェームズ王はほんの少しの沈黙の後彼女と同じような顔で口角を歪める。
「ないな。あれはもはや"わし"とは何の関わりもない。切り捨てたわしに言葉をかける資格なぞなかろう」
「そうだね。あの子はもう『あたしの家族』だ。お前に口出しされるいわれなんてない」
 ジェームズから王としてではなく血縁者としての台詞を吐かせた事に、マチルダは胸がすくような気持ちでそう断言した。
 そして彼女が話は終わりとばかりに踵を返し、部屋を後にしようとする。
 しかしその背中に向かってジェームズ王が声を投げかけた。 
「――待て」 
 マチルダが肩越しに振り返ると、ジェームズ王は瞑目して大きく息を吐いた。
 そして彼は目を瞑ったまま、今だ立ち竦むウェールズに言う。
「ウェールズよ」
「……はい」
「そなたは明日、そこのマチルダと共に城を出て、件の娘に会いに行け」
「……は?」
「わしからはもう何も言う事はないが、そなたならば従兄として何がしか言う事もあろう」
「な――」
 ほんの数瞬、ウェールズは父王が言った言葉を理解できずに呆然と瞬きをするだけだった。
 マチルダもまた驚きも露に目を見開いたが、やはり反応する事ができなかった。
 やがて父の言葉をようやく脳が理解すると、ウェールズは表情を歪めて父王へと一歩踏み寄った。
「何を言っておられるのか! 今はそのような事に気をかけている時ではないでしょう!」
 モード公の一件に関してウェールズは父に対して少なからず思うところがあった。
 マチルダを条件付とはいえ父に会わせたのも、彼女に対する後ろ暗さがあったからなのかもしれない。
 その上でたった今知らされた、一件の当事者であり血縁である従妹の存在。
 確かに会ってみたくはある。可能ならば話をしてみたいと思う。
 だが、それはもはや遅すぎるのだ。
「私には王家の者として陣頭に立つ責務があるのです! それをないがしろにして私事に――」
 不意にウェールズは言葉を切り、はっとして目を見開いた。
 唐突過ぎる父王の言いようが、ウェールズの中にある事実を思い出させたのだ。

「……父上。よもや、アンリエッタの手紙を真に受けたのではないでしょうな」
 ウェールズは声を低くし、唸るようにして父へと問いかけた。
 そう、ジェームズ王は先行してニューカッスルに入場した柊から手紙を預かり、その内容を目にしているのだ。
 そこに書かれていた、姪であるアンリエッタの訴えも含めて。
「……」
 ジェームズ王は答えなかった。
 だが、否定しない以上それは肯定しているも同然だった。
「この期に及んで情の言葉など聞きたくはない! 王として自らの弟を手にかけ、マチルダの家族を手にかけておきながら、今になって姪のためなどと!!
 王ならば王らしく、そのつとめを全うして見せろ!!」
 ウェールズは怒気も露に床を蹴りつけ、声を荒らげる。
 モード公の一件に対して思うところはあったが、国の歴史と誇りを担う王家である以上父の行為を半ば受け入れていたのだ。
 だがその歴史と誇りを反故にしたかのような父のいいように、沈めていたものが噴出してしまった。
 ウェールズの射殺すような視線を正面から受け止めたジェームズ王は、しかし顔色一つ変える事なく笑みを浮かべ皺を深めた。
「王とはもとよりそのようなものであろうが。それにな、ウェールズ。そなたは根本的に勘違いをしておる」
「何を!」
「わしは王としてのつとめをないがしろになどしてはおらん。かの娘に会いに行くのはそなたであって、わしではない。
 そして、城に残り陣頭に立つ責務は王たるわしのつとめであり、そなたのものではない。
 ……杖もろくに振れぬほど耄碌しておるが、冠を譲った覚えはないぞ」
「……っ!」
 あくまで静かなジェームズ王の言葉にウェールズは言葉を詰まらせた。
 とっさに返す言葉が思い浮かばず、唇を噛みわずかに視線を彷徨わせる。
「しかし、私とてれっきとした王家の一人には違いありますまい! ならば――」
「この期に及んで小賢しいの。『惚れた女のために死なせろ』ぐらいは言えんのか?」
「な!」
 ジェームズ王がウェールズの声を遮り、くつくつと笑いながら漏らすと、ウェールズは顔を羞恥に染めた。
 思わず食って掛かろうとしたウェールズを更に手で制し、父王は笑みをおさめて言葉を続けた。
「――よかろう。ならばそなたに王家の責務をくれてやる。
 かの娘と会った後、イーグル号とマリー・ガラント号にて落ち延びた避難民と合流しトリステインに向かえ。
 そしてアルビオン最後の大使として彼等の処遇を差配せよ」
「!!」
 ウェールズの表情が凍りついた。
 大きく目を見開き、しかし二の句が告げられない彼に、ジェームズ王はふんと鼻を鳴らして語りかけた。
「そなたは彼等を城から脱出させるだけで満足しておるようだが、落ち延びた彼等は一体どこに行けというのだ? 貴族派が牛耳ることになるこの国には戻る事など叶わず、しかし最後まで我等に付き従った臣民では諸国も良い顔をすまい。
 ここで名誉の戦死を遂げられれば後の事などどうでもよいか?」
「それ、は……そのような事は」
「……この国の大多数の民にとって我等はもはや必要ないのであろう。しかし、少なくともこの城に留まっておる者達は我等を必要としてくれている民だ。
 ならば我等は我等の民に安寧を約束する事もまた王として……王家としての責務であろう。違うか?」
「……」
 ウェールズは答えられなかった。
 答え自体はわかりきっているが、それを答えてしまえばもはや本懐を遂げる事はできなくなってしまう。
 ――否。
 本懐というのならば、こうして迷ってしまった時点で、そのいずれもが等しく本懐なのだ。
「答えよ、ウェールズ」
 まるで背を押すように問いかける父王の声に、ウェールズは表情を苦悶に歪めて瞑目した。
 しばしの沈黙。
 そして彼は、答えた。
「……反論のしようもございませぬ。守るべき民あってこその国であり王家ならば、彼等を守る事が何より果たすべき責務でありましょう」
 頭を垂れ、搾り出すようにウェールズは言う。
 その言葉を聞いたジェームズ王は満足そうに頷き、力が抜けたように嘆息するとベッドに背を深く預ける。
「大使のつとめを果たした頃には、もはやアルビオン王家は消滅しておるだろう。その後は王太子としてではなく、ウェールズ・テューダー個人として好きに身を振るが良い」
「……父上」
「死ぬ事で守るべきを守るのもよかろう。生きる事で更なる災厄を呼び込む事もあろう。
 しかしな、ウェールズ。そなたも男なら、愛するものがおるのなら、そういったものも総て含めて守りきり、そして死んでみせよ。
 娘を守りきって死んだ我が弟のように……娘を守りきって死んだサウスゴータの者のようにな」
 諭すようなジェームズ王の言葉にウェールズは胸をつまらせ、頭を垂れる。
 後ろに控えたままのマチルダも眉根を寄せて俯き、目を閉じる。髪で隠れたその瞳から、雫が零れた。
 水を打ったような静寂の中、ジェームズ王は最後に告げる。
「王命である」
 あくまで王としての命令という『理由』を取り繕う父親に、ウェールズは一人の人間として己の不甲斐なさを痛感する。
 故に彼は恭しく跪き、一人の人間として……息子として父親に答えた。
 ――御意、と。



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