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ウルトラ5番目の使い魔、第二部-76


 第七十六話
 アシタにサヨナラ

 くの一超獣 ユニタング 登場!


 この世には数万数億の人間が存在し、それらの人々は様々な形で支えあって生きている。
 ただし、人が人の信頼を得るのは難しく、多くの努力と時間がいる。だがそれゆえに、一度結ばれた絆は強く互いを結びつける。
 けれども……もしもその絆が最初から偽りであったとしたらどうだろう?
 両方が互いに欺いていたというなら、これはいい。ただハイエナ同士が互いの腐肉を食らいあっていたというだけだ。
 が、一方からのみが偽りを持って絆を作り、それが明らかになったときに傷つけられるもう一方の心の痛みは計り知れない。

 超獣騒ぎでいまだ混乱の治まらない街。人間たちは慌てて行きかい、事後処理に駆け回って静まるところを知らない。
 そんな中で、たったひとりの少女がいなくなっていることに気がつく余裕のある者などいなかった。
 野良犬すら寄り付かない閉鎖された倉庫街。そこに佇む、古びた倉庫に閉じ込められたベアトリス。
 突き飛ばされて、尻もちをついたまま見あげる彼女を取り囲む十姉妹が正体を現したとき、ベアトリスにその人生の最期に
なるかもしれない瞬間が訪れようとしていた。

「え……エーコ、あ、あなた、なにを言ってるの? 父の仇? なんのことよ!」
「わかりませんか? それはそうでしょう、わからないように努めてわたしたちはあなたに仕えてきたのですし、あなたには
とっくに滅んだ、たいして大きくもない家のことなど知識にすらないでしょう。ですが、教えてあげますよ……あなたの誇りとする、
クルデンホルフが成り上がる過程で、どれだけ汚いことをして、どれほどの怨念を振りまいてきたのかを」
 エーコは沈痛な面持ちで、ほんの半年ほどのあいだに自分たちの身の上に起きたことを話していった。
 父の受けた仕事に起きた理不尽なまでの障害の数々、それらが仕事の横取りを狙うクルデンホルフの策謀であり、父は
心を病んだあげくに自ら命を絶ったことを。
 ベアトリスは、呆然とした様子でそれを聞いていたが、エーコが語り終わったとたんに怒鳴りあげた。
「うそよ! わたしのお父さまが、そんな卑劣なことをするはずないわ! お父さまは人には厳しい方だけど、人の道を外れた
行為に手を染めるような方ではないわ」
「信じられないならそれでいいです。わたしたちはあなたと議論をするために来たわけではありませんから、ですが代償は
いただきます。お父上のもとに送り届けてあげますよ、あなたの血と肉を」
 その瞬間、ベアトリスの顔から血の気が引いた。
「ひ……い、今なんて」
「聞こえませんでしたか? 姫さまの体の血と肉をいただきたいと、そう申したんです」
「血と、そ、そんなことしたら……し、死んじゃうじゃないの」
「ええ、死んでください。わたしたちは、あなたを殺しにきたんですから……」

 暗い倉庫の中に、ベアトリスと十姉妹の視線が交錯する。
「殺す」
 そう言われた意味を、ベアトリスは理解できなかった。いや、理解できようはずがなかった。
 エーコたちが、わたしを”殺す”……いったい、この子たちはなにを言っているの?
 しかし、理性では理解できなくとも、本能は激しく警鐘を鳴らしていた。逃げろ、今すぐに逃げ出せと。
 小さい頃、庭の片隅で見たアリの群れの中に落ちたセミをなぜか思い出した。あっというまに大群に群がられたセミは、
わずかにもがくものの、すぐに身動きすら封じられて、最後には……
 いやだ! あんなふうになりたくない! 
 だが、ベアトリスの困惑を無視して、エーコたちの姉たちは口々に名乗りをあげていった。

「はじめましてお姫さま、妹たちが大変お世話になりましたようで。私、次女のエフィと申します。お見知りおきを」
「へぇー、これがあのクルデンホルフのお姫様ねえ。ひひ、あたしは七女のティーナだよ。よろしくね」
「思ってた以上にガキだな。あたしはユウリだ、一応覚えておきな。まあすぐに忘れさせてやるが」
「ユウリ姉さん、勝手に解体を始めないでね。わたしはイーリヤ、あなたに会えるのを楽しみにしていたわ」
「こいつが……こんなガキの家のせいで、私たちは」
「落ち着きなさい、我慢してるのはあなただけじゃないのよ。どうも失礼、わたしは三女のキュメイラ、そちらは四女のディアンナ」

 次女から七女までの六人の名乗りを、ベアトリスは身じろぎもできずに聞いていた。
 上品な声、粗雑な声、幼く聞こえる声やそのままの怒りを込めた声。しかし、全員に共通する、頭の上から押さえつけられる
ような圧迫感がベアトリスに立ち上がることすら許してくれない。
 そして、姉妹の最後に長身で金髪のまぶしい女性が、ベアトリスに杖を突きつけた。
「我が名は十姉妹の長女セトラ、父の仇、クルデンホルフの娘ベアトリス、この場でお命貰い受ける」
 それは貴族の礼式に沿った、完璧な宣戦布告の合図であった。地球の方式で言えば手袋を投げたに相当するこれは、
冗談でやれば貴族の地位を剥奪されても文句は言えず、受けなければ貴族にあるまじき卑怯者との烙印を押される。
つまり、彼女たちはまぎれもなく本気、本気で自分を殺そうとしてきている。
 ベアトリスは愕然と歯を震わせて、動くことさえできない。しかしセトラは彼女に杖先を向けたままで、冷ややかに言い放った。
「立たれよ、貴族としてせめてもの礼、杖をとることを認める」
 戦えという意味の言葉に、ベアトリスは懐に忍ばせてある杖を衣の上から握り締めた。
 しかし、ベアトリスも貴族である以上は戦いの作法くらいは知っていた。杖を抜いたが最後、それは決闘を受諾したと見なされて、
彼女たちは容赦なく自分を殺しに来るだろう。
 いや、それ以前にエーコたちに杖を向けるなんてできるわけがない。ベアトリスは、エーコに殺すと言われても、なお彼女たちの
裏切りを信じることができないでいた。エーコはじっとこちらを睨んだままで、ビーコとシーコはうつむいて目を伏せている。彼女たちが、
こんなことをするはずがないと思いたかった。
「悪い冗談はやめなさいよ! あなたたち、今なら許してあげるから」
「姫さま、まだ理解できないのですか? わたしたちは」
「待てよエーコ、あたしがこのガキにわかりやすく教えてやるからさ」
 そう言って前に出たのは、赤い髪をざんばらに伸ばした少女だった。
 彼女は、ベアトリスの前までゆくと、口元を大きくゆがめた。ベアトリスはなにをされるのかわからずに、唖然とした表情を
浮かべたままで見上げている。彼女はおもむろに足を上げると、そのままベアトリスの腹に向かって蹴り下ろした。
「おらぁっ!」
「が、ふっ!?」
 薄いドレスごしに、泥で汚れた靴が深々とベアトリスの腹に食い込んだ。瞬間、ベアトリスの口から悲鳴にもならない声が漏れ、
唾液に続いて肺と胃から熱いものが逆流してくる感じがする。
「がはっ! ごほっ!」
「あーん、ちっとは加減したつもりだったんだがなあ。おら、いい加減てめえの立場がわかったかよ!」
 赤毛の少女、ユウリははげしく咳き込んでいるベアトリスを見下して怒鳴りつけた。
 怖い……ベアトリスが、姉妹から受けた印象はその一言に凝縮できた。今までこんなに怖い目を見たことがない。
侮蔑や中傷を込めた見下し方などではなく、殺意というものを込められた眼差し……しかも、以前酒場で平民たちから
向けられたものよりも、もっとずっと冷たい、腐り果てた沼地の泥のような底知れないおどろおどろしさ。
「なぜ、なぜなの……エーコ、なぜ、あなたたちは」
 涙声になりつつありながら、ベアトリスはやっと声を絞り出した。だが、それへの返答はあまりにも冷たいものだった。
「簡単なことですよ。わたしたちにとっての最大の仇はあなたの父、しかし直接なぶり殺しにしたとしても、わたしたちの父の
受けた恥辱と苦しみの万分の一にも満たない。一番苦しめてやる方法は、一人娘であるあなたの死。だけど、実力行使は
クルデンホルフ本家をつぶすときまで温存したかった。だから、わたしたち三人は部下という形であなたに近づいたんです」
「わたしを、だましてたの……?」
「ええ」
 聞き間違えようのない返答が、ベアトリスの胸を貫いた。
「く、くぅぅっ!」
「悔しいんですか? でも、それは仕方ないことです。あなたが、わたしたちの背信を気づくこともできないほど未熟だから、
こんな目に会うんです。部下の裏切りを察知することは、人の上に立つ者として当然の資質であるべきなのに」
「違うわ……悲しいのよ」
「は?」
 うめくようなベアトリスの言葉に、エーコは思わず聞き返した。すると、ベアトリスは大粒の涙を浮かべた顔をあげて、
叫ぶように言ったのだ。
「あなたたちの様子がおかしいなら前から気づいてた! でも信じたくはなかった! 信じたら、今まであなたたちがわたしに
見せてくれた笑顔も優しさもみんなニセモノだって認めることになるもの! 従者しかいなかったわたしにとって、あなたたちと
いる時間はなぜかとても楽しかった。それが友達なんだって知ったときはうれしかった。わたしは、あなたたちのことが本当に
好きだったのよ! それなのに!」
「くぅっ! な、なんと言ってもあなたがわたしたちの両親の仇の娘だということに変わりはありません!」
「ほんとうに? ほんとうにそうなの! 答えてよ、ビーコにシーコも」
「うるさいっ! もう話すことはありません。わたしたちのことを少しでも思ってるなら、さっさと死んでわたしたちの復讐の肥やしになって!」
「エーコぉっ!」
「だまれっ!」
 返答は魔法の一撃だった。エア・ハンマーの直撃がベアトリスの華奢な体を吹き飛ばし、柱に思い切り叩きつける。
「あぅっ!」
 鉄の柱にぶつけられたベアトリスは、一瞬呼吸もできなくなって転がりもだえた。それでも彼女はエーコたちを問いただそうと
ひざを突いて立ち上がろうとする。
 だが、彼女の前には怒りを抑えきれなくなってきていた姉妹が立ちふさがった。
「待ちなさい。これ以上、わたしの妹たちを惑わせるようなことを言うのは許しませんよ」
「エフィ姉さん、もうわたし我慢できないよ。お父さまの仇を討つために、わたしたちは今日まで生きてきたんでしょう」
「っ! どいて!」
「ええ、わたしも詭弁をろうしてエーコたちをたらしこもうとするクルデンホルフには腹が据えかねてたところよ。ディアンナ、
まずは死なない程度にね」
 温和な雰囲気を持つ妙齢の女性と、片眼鏡をかけた女の凄惨な笑みがこぼれた瞬間、ベアトリスは氷雪の嵐に呑まれた。
「きゃあああああっ!」
 ウェンディアイシクルを撃たれたのだということは、土系統のベアトリスにもすぐにわかった。風と水系統を合わせた強力な
攻撃魔法、身にまとっていたドレスが無残に切り刻まれて、ぼろきれ同然になる。
 さらに、今度は吹き飛ばされるだけでなく、全身を氷の刃物で切りさぎまれて激しく痛んだ。
 が、もだえようと体をよじった瞬間、ひとりの少女がベアトリスの背中に飛び乗ってきた。
「どーん! 死んじゃえーっ!」
「あっ! がぁっ!」
 肋骨がきしみ、内臓がつぶされる。背中を硬い靴底を踏みつけてきた、銀髪をした小柄な少女は子供がソファーの上で
するように、何度も跳ねてくる。
「それそれっ! 思い知れっ! クルデンホルフのバカヤロー! いひひゃー!」
 肺から空気が全部押し出され、それだけではなく胃から酸味のある液体が逆流してくる。ベアトリスはなんとか身をよじって
銀髪の少女、おぼろげにティーナという名だと記憶している彼女を振り払うと、少しでも逃げようとよろめきながら立とうとした。
 だが、起き上がったベアトリスを待っていたのは後ろから頭をわしづかみにしてくるユウリの手だった。
「あたしはな、傭兵としてレコン・キスタにいたこともあったんだ。握力には自信があるんだぜ」
「あっ、あああああああ!」
「貴族が魔法しかないと思ったら大間違いだぜ。このまま頭を握りつぶしてやろうか?」
 それは誇張でも脅しでもなかった。本当に、ユウリが力を込めればベアトリスの頭蓋骨は握りつぶされてしまうだろう。しかし、
それでは姉妹の復讐は遂げられないと、朱色の髪を背中で編んだ次女エフィが止めた。
「まちなさいユウリ、一思いに息の根を止めてやるなんて幸せな死なせ方をしてはいけないわ」
「わかってるって。エフィ姉さん、ほら、やったげなよ」
 ユウリは喉を軽く鳴らすと、ベアトリスの頭を掴んだままでエフィの前に突き出した。
「な、なにを……」
「フフッ……」
 握力が弱まったことで、かろうじてしゃべれるようになったベアトリスは弱弱しくつぶやいた。
 もう、体中が痛くて、少し体に力を込めるだけでも激痛が走る。動きたくても体が言うことを聞いてくれない。
 エフィが魔法の呪文を唱える声が聞こえる。今度は何をされるんだと、怖さのあまり目をつぶって震えた。
 けれど、おびえながら待っても痛みも熱さも冷たさもやってこなかった。
 どうしたんだろう? 抵抗をあきらめたために、妙に明晰になった頭でベアトリスは思った。
 しかしそのとき、バチバチとなにかがはじけるような異音が耳に飛び込んできた。続いて、激しく鼻をつく異臭もベアトリスの
鼻口に飛び込んできて、思わず目を開いた。
「なにっ!? ひぃっ! いやぁ! わたしの、わたしの髪がぁ!」
 なんと、腰まで伸ばしていたベアトリスの髪が先端から燃やされていっていた。金糸のようなきめの細かい髪が、エフィの
杖の先からの炎にあぶられて、溶けるように燃え落ちていく。
「うふふ、クルデンホルフの娘の髪はよく燃えるわね。ほぉら、もう半分になっちゃった」
「いゃぁ! やめてやめてやめてやめて! 燃やさないでぇ!」
「あら、命の危険なときに髪の心配なんて、さすが大貴族のお嬢様は違いますね。私たち下賎の民にはわかりませんわ」
 女の命ともいうべき髪への、あまりにも残酷な仕打ちだった。エフィは、おっとりと温厚そうな素顔にどうしたらそうできるのか、
ネズミをいたぶる猫のような非情な笑みを浮かべて、ベアトリスの髪を半分以上焼き払ってしまった。
「や、やらぁ……わたしの、髪が」
「あっはっはっは! これでもう社交界に顔を出すなんて無理ね。なんて無様な姿、あなた鏡を見てみなさいよ」
「ひぅ、ひ、ひどい……」
 非情な哄笑にさらされて、ベアトリスは顔を覆って泣いた。
 しかし、このとき鏡を見るべきだったのはエフィのほうであったろう。人の苦しんでいる姿を見て笑っている人間の顔ほど
醜いものはない。確かに彼女には、それをする正当な理由があったかもしれないが、理由によって正当化された暴力ほど
人を狂気に駆り立てるものはないのだ。
 すすり泣くベアトリスをユウリは無造作に投げ捨てた。硬くて冷たい床に体をぶつけて、もう痛くない場所を探すほうが難しい。
「痛い、痛い……誰か、助けて」
 心も体も傷だらけにされて、自由になったのに逃げることもできずにベアトリスは泣くしかできなかった。虚空に向かって
伸ばした手を掴んでくれるものはなく、究極の孤独の中にいた。
 と、唐突に体の痛みが和らいだ。うっすらと目を開けてみると、自分の体を治癒の魔法の光が包んでいるのが見えた。
 杖を振っていたのは、姉妹の三女キュメイラだった。水色の髪をした知的そうな美女で、微笑みながら水の魔法を使っている。
 だが、淡い期待を持ちかけたベアトリスの考えは即座に裏切られた。
「せっかく復讐の機会なのに、そうすぐに壊れられたらつまらないでしょう?」
 わき腹にキュメイラの靴先が突き刺さり、急所を強打されたベアトリスは悲鳴すらあげられずに吐しゃした。
 同時に、恐怖と絶望が最悪の形で心を占めてくる。なんということだ、彼女たちはよりによってもっとも残忍な形での拷問を
おこなおうとしている。
 すなわち、傷つくごとに治し、気絶すら許してくれない無限ループ。これをされたら、死にこそしないが、どんな屈強な人間でも
最後には発狂してしまうという、身の毛もよだつような生き地獄。
「あ、あ、あ……」
「さて、時間はたっぷりとあります。パーティを続けましょうか、お姫さま」
「や、やめて、こないで! 助けて、助けて! エーコ! ビーコ! シーコぉ!」
「うるさいわねぇ!」
 硬いものが肉を打つ音がして、悲鳴が倉庫に響き渡る。
 それに答えるものはなく、むしろ彼女に恨みを持つ者たちの嗜虐心を刺激しただけだった。
「あーあ、キュメ姉ったらひとりだけ楽しそう。ティーナももう一度遊びたいよ」
「ティーナ、あなたがやったらすぐに治せなくなるほど壊すから注意しなさい。では、そろそろ私も参加させてもらおうかしら。
いいわよね? セトラ姉さん」
「ええイーリヤ、存分にやってきなさい。でも、喉をつぶしちゃだめよ。殺してくれと哀願させないと意味がないからね」
 悪夢はまだプロローグに差し掛かったばかりだという、絶望そのものの宣告。
「いやあ、許してぇ!」
 七人の復讐鬼に囲まれて、ベアトリスの悲鳴がいつ終るとも知れずにこだまする。
 そんな中で、エーコたち三人は扉を背にしたままで、じっとうつむいていた。三人とも、こぶしを強く握り締めて、目を固く閉じている。
しかし、耳からはベアトリスの悲鳴と助けを求める声が絶え間なく聞こえ続けていた。
「やめて! なんでもするから許して、もう痛いのはいやなの! 助けて! 助けてぇ!」
「……姫殿下」
「も、もうこれ以上は」
 ビーコとシーコは、耐え切れなくなったというふうに顔を上げかけた。だが、ふたりのその手をエーコが掴んで止めた。
「だめよ、みんなこの時のために今まで耐えてきたのよ。あなたたちだって、このためにやってきたじゃない」
「でも、わたしは」
「だめ! わからないの? みんなはもうこれで、この世のすべてを終らせるつもりでいるのよ。だから、その障害になるんなら
たとえあなたたちでもきっと……だからお願い」
「エーコ……」
 ビーコとシーコは、エーコも悲壮な決意を決めていたことを知った。憎しみは人を狂わせる。それがある一線を越えたら、
もはや理性では歯止めが利かなくなり、本来守るべき者さえ牙にかけてしまうこともあることをエーコは知って、そのために
自分が憎まれ役を買って出たのだということを。
 だが、ビーコとシーコの胸中には昨日の晩にサリュアに言われた言葉が渦巻いていた。姉たちとベアトリス、どちらも大事で
どちらも失いたくない。そのために決断すべきは今ではないのか?

 そのとき、嵐のように続いていた暴虐の渦がやんだ。ベアトリスはすでに泣き叫ぶことにも疲れたように、横たわっている。
ユウリやティーナが蹴飛ばしても悲鳴をあげなくなった。
「ありゃりゃ? もう壊れちゃったの」
「違うな、抵抗しても無駄だと悟って死んだふりをしてやりすごそうって腹さ。さすが小ざかしい手を思いつくぜ。ま、暴れる
気力もそろそろ尽きかけてるだろうが」
 ユウリの推測は半分当たっていた。確かにベアトリスはもう抵抗することをあきらめていたが、それは体力と気力の磨耗が
大きな原因だった。姉妹による復讐劇がはじまって、まだ数十分しか経っていないだろうが、元々身分以外は普通の少女と
なんら変わるところのない彼女が長時間の暴力に耐えることなど無理だったのだ。
「やれやれ、お姫様はしょせんお姫様だったというわけね。でも、一時間も持たずに力尽きられたんじゃあ、到底気は晴れないね。
どうしましょうか」
 キュメイラが困ったように言った。彼女たちの復讐心を満たすには、相手が抵抗してくれないとおもしろくない。悲鳴もあげない
人形をなぶったところで、かえって不満が増すばかりだ。
 どのみち最後は殺すつもりだが、それは盛大な断末魔を聞けてこそ意味がある。でないと、父の墓前に供える首としてふさわしくない。
 どうするか? 姉妹の視線は自然と長女セトラに注がれた。
「イーリヤ、ディアンナ、ベアトリスを起こして手足を押さえつけておきなさい」
「はい」
 言われた二人は、怪訝な表情を浮かべながらも姉に従った。二人が杖をふるって『レビテーション』と『念力』を唱えると、
見えない十字架に磔にされたようにベアトリスの体が宙に浮き上がる。
「あ……?」
 ベアトリスは目をうっすらと開けて、短くうめき声をもらした。すでに全身は泥とほこりにまみれて、髪もボロボロで顔には
まったく生気がない。
 そんな彼女を見て、七姉妹は薄ら笑いを浮かべていた。
「うふふ、いい眺めね。これまで多くの貴族をこびへつらいさせて、浅ましく富を稼ぎ続けてきたクルデンホルフの最期の
姿にはお似合い」
「痛いでしょう? 苦しいでしょう? でもね、私たちはもっと苦しくてみじめな思いをしてきたのよ」
「あなたに道端の草をはんで飢えを満たす気持ちがわかる? 野良犬と寝床を争って、人に見下されながら眠る気持ちがわかる?」
「簡単に死に逃げさせてなんかあげない。狂って壊れて生きた屍になるまで、体だけは生かし続けてあげる」
「さて、それじゃあどうするセトラ姉さん。そろそろ腕の一本でももぐかい?」
「ひひ、それとも目玉でもえぐりだす?」
 狂気が、姉妹のすべてを支配していた。もしここに、彼女たちについて一切の予備知識を持たない人間が一部始終を見ていたとしたら、
常軌を逸した悪鬼の集団と見たに違いない。恨みと憎しみが、本来の彼女たちを見る影もなく変えてしまっていた。
 屠殺を待つ牛や豚のように、絶望に染まった虚ろな目をわずかに開けるだけのベアトリスに、セトラは歩み寄った。両親が
生きていた頃であれば、妹たちを聖母像のように見守っていた優しい顔も、今では亡国の拷問係も同然に歪んでしまっている。
彼女はベアトリスの襟首を掴むと、かろうじて残っていたドレスの残骸を足元まで一気に引き裂いた。
「ひ……」
 絹が裂ける音とともに、わずかな悲鳴がベアトリスの口からもれる。破られた布切れが飛散すると、下着を除いては生まれたままの
姿になった肢体がさらされ、セトラは笑った。
「貧相な体ね、ちゃんと栄養をとってるの? でもこのきめ細やかな肌……いったいどれだけの人間からしぼりとった金でできてるの? 
うらやましい……ねえ、教えてくれない?」
 セトラの指先がベアトリスの体をゆっくりとなぞっていった。それがまるで、水蛇が這っているようで冷たく気持ち悪い。
 手足を魔法で拘束されて暴れることもできず、ベアトリスはこれからどうされてしまうのだろうと考えた。
 ユウリやティーナの言ったとおり、手足をもがれ、目をえぐられるのだろうか。
 それとも生きたまま焼かれるのか、氷付けにされるのか。
 指先から徐々に切り刻まれていくのか……恐ろしい拷問の光景が次々に目に浮かぶ。
 しかし、セトラが用意していたのは、ベアトリスの考えた子供じみた単純な拷問などではなかった。
 セトラの指先がベアトリスの胸元からへそを過ぎて下腹部で止まる。
 そして彼女は、ベアトリスの耳元に口を寄せて、甘い声色でささやいた。

「決めたわ、まずはあなたを……子供の産めない体にしてあげる」

 その瞬間、わずかに残っていた血の気が全身から引いた。と、同時に消えかけていた理性が圧倒的な恐怖に呼び起こされてくる。
「ひ、い、今なんて?」
「あら? 聞きそこなった? あなたを一生、自分の赤ちゃんを見れない体にしてあげようというの。こうしてね」
 見開いた目に、セトラのかざした杖が魔法の光に包まれているのが映る。杖を剣とする『ブレイド』の魔法だ。彼女はその切っ先を、
迷うことなくベアトリスの子宮の上に突きつけた。
「いやあ! それだけは、それだけはだめえ! お願いだからやめてぇ!」
 女として一番大切なものを奪われる、それは理屈ではなく純然たる恐怖であった。いつの日か会うかもしれない大切な人、
彼の愛を受けて腹を痛めて産み出すふたりの愛の結晶、その成長を見届ける日々。そうした誰にでもある幸せな夢が、未来が
すべて壊されてしまう。
 殺される恐怖にも勝る絶望。死に掛けていた魂に火がついて、幼児のようにベアトリスは泣き喚いた。
「お願い! なんでもするから! わたしの持ってるものならなんでもあげるから、それだけは許して!」
「ふふ、いい声で鳴くわね。そうでなくちゃいけないわ。馬鹿な子、せめて杖をとって戦っていれば、貴族として葬ってあげていたのに。
でももうだめよ、あなたは私たちに償わなくちゃいけないの。まずはあなたの未来を奪ってから、ゆっくりとあなたをバラバラにしていってあげる」
 腕を引き、セトラは刃物と化した杖を振りかぶった。彼女の妹たちは拍手し、哄笑しながら鮮血のときを待っている。
 狂気の宴は最高潮を迎えようとしていた。
「やめて、こないで、助けて、許して!」
「そうよ、もっともっと泣き叫びなさい。天国にいる私たちのお父さまに届くくらいに! さあ、約束どおりにあなたの血肉をいただくわ。
真っ赤な花火を盛大な悲鳴で彩りなさい!」
「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて! いやぁーっ!」
 大きく振りかぶられた杖がまっすぐに突き立てられ、次の瞬間血しぶきが吹き上がった。
 しかし……えぐられるべきだったベアトリスの肌に刃は届いていなかった。代わりにベアトリスを包んでいたのは、暖かくて
優しい小さな体。目の前にたなびく緑色の見慣れた髪と、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐって恐怖を拭い去っていく。
「姫さま、よかった、間に合って」
「シ、シーコ……」
 ベアトリスが見たのは、自分を抱きしめて優しく微笑むシーコの顔だった。刃は、シーコの背中から腹までを貫通して止まっている。
 あの瞬間、ふたりのあいだに割り込んだシーコの身を盾にして、ベアトリスは守られたのだった。
 だが、シーコの口から赤い筋がつうと伸びる。
「シーコ? シーコぉぉっ!」
 ベアトリスと、姉妹たち全員の絶叫がこだました。ベアトリスを拘束していた魔法が解かれ、自由になったベアトリスにシーコが
のしかかるようにしてふたりは床に崩れ落ちた。
「シーコ! シーコぉ! ああ、わ、私はなんてことを……」
「いいの……ねえさん、気にしないで」
 血に染まった杖と自分の手を見て、愕然として叫んだセトラに、シーコは消えそうな声で言った。すぐさま姉妹の中で治癒の魔法が
使える全員が集まって、傷口を癒し始めているが、傷は運悪く急所を貫いていて魔法の効果がうまく表れない。シーコの口から
漏れる吐血は、漏れるから溢れるような流れに変わって、下にいるベアトリスの顔に赤いまだらを作った。
「姫さ、ま、ごめんなさい。ごめんなさい」
「シーコ、ああ……血が、こんなに」
「姫さま、ごめんなさい……うまく逃げてもらえたらと思って、逆に逃げろなんて言ったばかりに、かえってこんなことになってしまって」
「そんな、そんな……ああ、ああ、早く、早く誰かシーコを助けてよ!」
 ベアトリスはシーコの真意を知って、自分が殺されかけていたことも忘れて、必死でシーコを助けてくれるように頼んだ。むろん、
姉妹の誰もそのつもりであるし、ベアトリスに頼まれるまでもない。けれど、ユウリやディアンナがシーコをベアトリスから引き剥がそうと
しても、シーコはけっしてベアトリスを離そうとしなかった。
「みんな、やめて……この人を、もう傷つけないで」
「シーコ、お前、なんで、なんでだよ!」
「ごめんなさい……でも、わたしはもう耐えられないよ。大切な人が傷つくのも、変わっていくのを見るのも……」
 苦しげな息に涙声を混ざらせたシーコのうったえに、いきりたっていたユウリやディアンナもぐっと歯軋りして言葉を詰まらせた。
 しかし、一度ついた狂気のはずみは、血を持ってしても容易に治まるものではなかった。エフィは目を血走らせてベアトリスに杖を向ける。
「おのれ汚らわしいクルデンホルフめ! 私の妹になにをした、薬か? ギアスか? その首叩き斬ってやる!」
 シーコが洗脳されたものと決め付けて、エフィはブレイドをまとわせた杖を振りかぶった。だが、その手は振り下ろされることなく取り押さえられた。
「姉さん、もうやめて、わたしたちは洗脳なんかされてないよ」
「ビーコ、あなた!」
「ごめんなさい。でも、わたしもシーコと同じ気持ち。ベアトリスさまといっしょに過ごしてきてわかったの、この人は悪い人じゃない。
だからお願い、杖をおさめて! 一生のお願いだよ」
 ビーコの必死の呼びかけは、エフィの動きをわずかながら止めた。しかし、蓄積された怨念は姉妹の情愛をも黒く塗りつぶした。
「この、裏切り者ぉ! 邪魔するなら、あなたもともどもに!」
 切っ先がビーコの頭上から振り下ろされた。無防備なビーコはそれを避ける術はなく、ただ呆然と実の姉からの殺意を見上げていたが、
エフィの杖は同じくブレイドをまとった杖で受け止められた。
「エ、エーコ!」
「ばか、だから言ったでしょうに……」
「エーコ、あなたも裏切るというの!」
「違うよ、エフィ姉さん。わたしはいつでも、みんなとともにいる。変わったのは姉さんたちのほうよ」
「なんですって」
「わたしたちは確かに、悪魔と取引をした。けど、今は姉さんたちのほうが悪魔のよう……わたしも、もう我慢できない! わたしは、
わたしは姉さんたちが心まで化け物になっていくのを見てられない!」
 渾身の力でエフィを跳ね飛ばしたエーコは、ビーコとともにシーコとベアトリスを守るように立ちふさがった。
 エーコ、ビーコ、シーコの離反に、姉妹たちは驚きうろたえる。だが、それでもなおクルデンホルフへの憎しみが治まらない
姉妹は、治癒の魔法にかかりきりのイーリヤとキュメイラを除いて杖を向ける。
「エーコ、ビーコ、どいて。あなたたちはクルデンホルフにだまされてるんだよ」
「それは違うわ、わたしたちはわたしたち自身の意志でこうしてる。確かにお父さまとお母さまを死に追いやったクルデンホルフは
憎いよ。でも、だからってこれはもう許されることじゃない」
「わたしもエーコと同じです。わたしは、姉さんたちをとるか、姫さまをとるか迷ってた。けど、ある人が教えてくれたんです。
大切な人が不幸になることがわかってる道を選ぶことは、どんな理由があっても間違ってるって。この一線を越えたら、もう
本当に人間ではいられなくなる。そうなったら、幸せな未来なんか絶対に来ないから」
 エーコもビーコも、まともに姉たちと戦えばかなわないことは承知している。それでなお選んだ道であるからには決意は固かった。
 そしてシーコも、苦しみながら声をしぼりだした。
「みんな、お願い……そんな、怖い顔をするのはやめて……昔の、優しかったころの姉さんたちに戻ってよ」
 文字通り血を吐くような末娘の言葉は、ひたすら復讐の生け贄を求める姉たちの心にも少しずつ響いていった。
 エフィ、ティーナは言葉を失い、目をつぶって力なく杖をおろした。ユウリは杖を床に叩きつけて「くそっ!」と叫んだ。
 しかし、誰よりも復讐を誓い、そのために生きてきたセトラとディアンナは聞き入れなかった。
「そこをどきなさい、エーコ、ビーコ。さもないと、あなたたちも容赦しないわよ」
「クルデンホルフの首をとり、父さまの霊を安んじるのが私たちの目的だったはず。さあ、そいつをよこしなさい」
 狂っている、とはさすがに姉に向かって言うことはできなかった。姉たちが、今日の日のためにどれほどの苦労をしてきたのかは
よく知っている。復讐をあきらめるのは、そのすべてを無にすることに同じ、目的が鎖となり、ふたりの意思を封じ込めていた。
 もう言葉も涙もふたりの姉には届かない。もう、実の姉妹同士で相打つしか方法は残っていないのか。
 杖を向け合ったまま、じりじりとにらみ合いが続く。セトラはトライアングル、ディアンナはラインクラスのメイジで、ラインのエーコと
ドットのビーコでは勝負にならないが、相打ちに持ち込むことならできる。ほかの姉妹はどちらに味方することもできず、ベアトリスも
どうすればいいのかわからずに見守るしかできない。
 だが、緊張は両者の激突ではなく、外から破られた。

「殿下ーっ! クルデンホルフ姫殿下ーっ! こちらにいるのですか! いたら返事をしてください!」

 建物の外から、鉄製の扉を強く叩く音が響き渡る。呼ぶ声は、ベアトリスにもよく聞きなれた若い女性の声で、彼女は自然と
その名前をつぶやいていた。
「ミシェル……さん?」
 間違いはなかった。その証拠に、次々に呼びかけられる声のどれも聞き覚えのある銃士隊員のものである。
 助けが……来た。もうあきらめきっていた希望に、ベアトリスの顔がほころび、反対に姉妹の表情は驚愕に染められる。
「なんで! どうしてここがわかったの!?」
 ティーナの叫びは全員を代弁していた。ここは立ち入り禁止区域、しかも銃士隊が出動してくるとはベアトリスがここに
いることを最初から知っていたからとしか思えない。
 なぜ……? その答えは微笑を漏らしたビーコが握っていた。
「どうやら、ギリギリのところで間に合ったようね」
「ビーコ!? そうか、あなたが!」
「ええ、あらかじめ銃士隊に入れ知恵しておいたの。シーコの進言だけでは不十分だと思って、一か八かの他力本願だったけど、
なんとか役に立ったみたいね」
「このっ! 裏切り者ぉ!」
 ティーナの罵倒を、ビーコは甘んじて受け入れた。裏切り者でいい、誰よりも好きな姉たちが、これ以上罪に手を染めないで
くれるのならば。
 ビーコのわずかな希望にかけた布石は、悔しがる姉たちを尻目に復讐劇に打ち切りを告げようとしていた。
「開けろ! 開けないなら、この扉を破壊する!」
 次の瞬間、扉の鍵が吹き飛び、続いて扉そのものが轟音をあげて崩れ落ちた。『アンロック』と『錬金』を使ったのは明らかで、
相変わらず荒っぽい人たちだと思った後に、見慣れた軽鎧とマント姿の銃士隊員たちが駆け込んでくる。
「全員動くな! 少しでも動いたら射殺する!」
 姉妹が杖を構えるよりも早い速度でマスケット銃を構えた銃士隊員の数は二十名。ミシェルに与えられている兵力が一個小隊な
ところからすると、これは可能な限りの全力と考えるべきだろう。
 メイジ殺しの訓練を積んでいるプロの兵隊二十人に正面から当たられては、戦いにおいては素人同然の姉妹に打つ手はなかった。
 憮然としたまま手を上げる姉妹の前に、ミシェルが油断なく歩み寄ってゆく。
「貴様ら、姫殿下によくも手を上げてくれたな。いや、それでなくともたった一人によってたかって嬲るとは、それでも人間か!」
 容赦のない一喝は、しかし姉妹を揺るがせはしなかった。銃口を向けられているために動きこそしないが、目だけは鋭く
銃士隊を見返している。
「姫殿下とお連れの方々をお助けしろ!」
 ミシェルの命で、数人の隊員が倒れているベアトリスに駆け寄ると、イーリヤとキュメイラは無言で後ろに引いた。
 ベアトリスは、地獄から救い出してくれようとする手に安心し、微笑しながらそれを待った。
 だが、最悪の展開は回避できたと見るのは早計であった。エーコたちはベアトリスは救えたが、どのみち姉妹には戻るべき場所はもうないのだ。
 シーコはベアトリスの耳元で彼女にだけ聞こえるように言った。
「姫さま、お別れです」
「えっ」
「やっぱりわたしたちは、姉さんたちを見捨てることはできません。わたしたちは、姉さんたちとともに行きます」
「まっ、待って! あなたたちの家族のことならわたしはいいから! クルデンホルフに非があるなら、わたしが必ず正してみせるから」
「ありがとうございます。あなたとは、別な形で出会いたかった……でも、もう遅いんです。わたしたちは、もう人間の世界では
生きられないんです。復讐のために、わたしたちは自分の体を悪魔に売ったから……」
 そう言うと、シーコは腕をまくって昨日の火傷の痕を見せた。そこには、あれだけひどかった火傷がほとんど痕跡もなく治癒
している様があって、ベアトリスを驚愕させた。
「そ、そんな……あれだけの傷が一晩で? ま、まさかあなたたち!」
「さようなら、姫さま」
 エーコはビーコにシーコをまかせると、まだ立つ力のないベアトリスを抱きかかえて銃士隊に引き渡した。相手は、くしくも
彼女のふたりの妹に決意をうながしたサリュアだった。
「殿下を、よろしくお願いします」
「う、うんわかったけど、シーコちゃんは大丈夫なの? すぐに病院に運んだほうが」
「大丈夫です。あとは、わたしたちがやりますから……」
 サリュアの背中から、ベアトリスが自分たちの名前を呼びかけてくるが、エーコは黙って背を向けた。
「姉さんたち、ごめんなさい」
 エーコたち三人を、姉たちは無言で受け入れた。ミシェルたち銃士隊は事態がどうなっているのか飲み込むことができず、
ただ立ち尽くしているしかできない。
 そして十人の姉妹は互いに顔を見合わせると、輪を組んで手を取った。
 すると、十姉妹の体が光に包まれだした。
「なんだっ!?」
 ミシェルが、突然の出来事に思わず叫んだ。姉妹を包んだ光は、明るくもなければ熱もなく、人魂のように不気味な輝きをもって
姉妹の姿をやがて完全に包み隠してしまった。数人の隊員はとっさに銃の引き金を引いたが、弾丸は光に吸い込まれるようにして
消えていってしまう。
「ミシェルさん……今すぐ、ここから逃げてください」
「この声は……まさか! 全員退避、急げ!」
 かすかに聞こえたシーコの声に、ミシェルはすぐさま退避命令を出した。
 反射的に命令に従って全員が倉庫から飛び出す。それだけではなく、ミシェルはできるだけ遠くへと逃げろと叫び、自らも走る。
「くそっ! まさかこんなことが!」
「隊長、どういうことなんですか!?」
「最悪の事態だ。ヤプールめ、悪辣だと思っていたが、ここまで卑劣な手段を使ってくるとは!」
 ミシェルは叫びながら走り、やがて安全だと思うくらいに離れると振り返った。隣を走っていたサリュアの背中ではベアトリスが
顔をマントにうずめて泣いており、涙で溢れた顔を上げたとき、倉庫の屋根を貫いて絶望と悲しみの化身が現れた。

「超獣だーっ!」

 四度、凶悪な姿を現す超獣ユニタング。
 荒々しく叫び声をあげ、全身をふるって近場にあるものを手当たり次第に破壊しだす。まるで、怒りを世界そのものにぶつけようと
しているかのように……

 そして、暴れまわる超獣を食い止めようと、ヤプールの宿敵もまた姿を現す。
「ウルトラ・ターッチ!」
 空を切り、マッハの速度で天から舞い降りた銀の巨人が超獣の前に立ちふさがった。
「ウルトラマンA!」
 土煙をあげて大地に降り立ったエースの勇姿に、銃士隊から歓声があがった。
 必ずユニタングはまた現れると、じっと待ち続けていた才人とルイズは、ユニタングの叫び声ひとつで迷わず変身を選んだのだ。
〔とうとう追い詰めたぞユニタング、今度こそは逃がさねえ!〕
〔東方号は必ず飛び立たせる。そのためにも、あんたはここで仕留めさせてもらうわ!〕
 闘志を燃やす才人とルイズの魂を胸に、ウルトラマンAは暴れ狂うユニタングに戦いを挑んでいく。
 ユニタングもまた、エースの姿を見るや、そう定められていたかのようにエースへと襲い掛かっていった。

”ありがとう姫さま……あなたのおかげで、わたしたちはせめて人間の心だけは持ってお父さまやお母さまのもとに行けます。
短いあいだだったけど、とても幸せでした。もしも、どこかで生まれ変わったら、また……友達になってくださいね”
「エーコ、ビーコ、シーコぉっ! うぁぁっ! こんな、こんなのってない、あんまりじゃないのよぉーっ! ああーっ!」
 それはテレパシーだったのか、それとも幻覚だったのかはわからない。けれど、シーコの最後の声が頭の中に響いたとき、
ベアトリスは幼子に戻ったように泣きつくした。


 続く



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