あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Mission 13 <プリンセス・オブ・アンリエッタ> 前編


フリッグの舞踏会から既に、二週間もの時が過ぎていた。
スパーダは相変わらず、昼間はギーシュと剣の稽古を行うのだが、他にも数人の男子生徒達も練習用の木剣を握って共に訓練を行っていた。
ルイズ達と同学年であるマリコルヌやレイナール、ギムリを筆頭とした男子生徒達はスパーダの剣術とその勇ましさに憧れを抱くようになっており、一人だけ彼に剣術の特訓を叩き込まれているギーシュを羨ましく思うようになっていた。
何しろ、ギーシュはスパーダにみっちりと剣術を教え込まれてからその実力をめきめきと向上させているのだ。
初めは見っとも無いへっぴり腰で剣を振るっていたのが、まだ荒削りの三流程度ではあるものの剣士としてしっかり成長しているのは確かなのだ。
もっとも、本人の性格上、動きに無駄なポーズを付けたりしているのだが。
メイジである彼らは本来、剣などという物は野蛮な武器だとして軽視していたものの、その剣でもってあの土くれのフーケのゴーレムを相手に
恐れることなく立ち向かった勇猛な彼に男として憧れを抱くのは当然と言えた。
一部は女子にモテたいという理由もあったそうである。

そんなこんなで、スパーダは弟子入りを志願してきた生徒達を共同で特訓させることにしてやったのである。
もっとも、それを良く思わない男子生徒も多く、「所詮は平民上がりの没落貴族が伝えた技」などと嘲る者もいたが。


今日のスパーダはルイズの授業に付き合うため、共に教室へとやってきている。
まだ昼前なので、ギーシュなど剣の稽古を付けている生徒達は後でまた指南をしてもらうように頼み込んできていた。
しばらく待っていると教室の扉が開き、長い黒髪に漆黒のマントを纏った男の教師が入ってくる。
生徒達は一斉に席へとついた。
教卓へと上がったその教師、ミスタ・ギトーはちらりとスパーダの方へ視線を向けていた。
フーケ討伐の捜索隊を編成する時、誰よりも初めに志願していたスパーダを目の敵にして出しゃばり、逆に言い負かされて嘲笑までもされてしまった男だ。
ギトーはあれからスパーダの姿を見るなり、いつも敵視した目つきでじっと睨んでくるのだ。
もっとも、スパーダ自身は彼に眼中がないので無視していたが。
「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は〝疾風〟。疾風のギトーだ」
教室中が、しん……と静まり返る。その様子を満足げに見回し、ギトーは言葉を続けた。
が、ほんの一部の生徒がそんなギトーを陰でおかしそうに笑っているが、本人は気づいていない。
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
「〝虚無〟じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」
「〝火〟に決まってますわ。ミスタ・ギトー」
いちいち気に障る言い方をするギトーにキュルケが髪をかき上げながら答える。
「ほう。どうしてそう思うね?」
「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない」
ギトーは腰に差した杖を引き抜くと、そう言い放った。
「試しに、この私にきみの得意な〝火〟の魔法をぶつけてきたまえ」
キュルケはギョッとした。仮にも今は授業中であるというのに、この教師はいきなり何を言い出すのか。
「どうしたね? 君は確か〝火〟系統が得意なのではなかったのかな?」
なおも彼女を挑発するギトーの言葉に、キュルケの形のいい眉が吊り上がった。
「火傷じゃ……すみませんわよ」
「構わん。本気で来たまえ。その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのならね」
ギトーの挑発に乗って、笑顔を消したキュルケが杖を手にし、呪文を唱え始める。
瞬く間に直径1メイルほどの火球を作り上げると、生徒達は危険を感じて机の下に隠れる。
キュルケが手首を回転させた後、ギトー目掛けて炎球を押し出した。
唸りを上げて自分めがけて飛んでくる火球を避ける仕草もせず、ギトーは剣を振るようにしてなぎ払う。
途端に烈風が舞い上がり、瞬時にして火球を掻き消し、その向こうにいるキュルケをも吹き飛ばした。

その光景に悠然として、ギトーは言い放つ。
「諸君、〝風〟が最強たる所以を教えよう。簡単だ。〝風〟は全てを薙ぎ払う。火も水も土も、風の前では立つ事すらできない。試したことはないが、〝虚無〟さえも吹き飛ばすだろう。それが〝風〟だ」
キュルケが立ち上がり、不満そうに両手を広げるがギトーは気にした風もなく続ける。
「目に見えぬ風は見えずとも諸君を守る盾となり、必要とあれば敵を吹き飛ばす矛となろう」
「では何故、土くれのフーケの討伐へ行かれなかったのですか?」
一人の生徒が手を上げてそんなことを言い出した。
その言葉が出た途端、ギトーのこめかみに青筋が浮かびだす。
フーケを討伐する捜索隊を編成する際、彼がスパーダに言い負かされた挙句フーケに怖気づいたという話は生徒達の間で話題となっていた。
この件からいつも気に障る物言いばかりしているギトーは大したことがないということがはっきりしたため、この程度の持論を語られた所で何とも思わない者が多くなっていた。
「そうですよ。怖気づいてミスタ・スパーダに任せるのでしたら、先生の言う〝風〟が最強という話は信頼性が薄――」
他の生徒もギトーを嘲る物言いをしたが、途端に鋭い烈風が舞い上がってその生徒達を次々と吹き飛ばし、壁へと叩きつけていた。
顔を顰めて杖を手にしているギトーは無言のまま、スパーダを睨んでいた。
先ほどからスパーダは腕を組んだまま静かに目を瞑っており、その視線に気づいていない。
と、いうより彼はギトーが現れてからずっとこの様子であるため、まるで話を聞いていないのだ。
悔しさと嫉妬、敵意に満ちた瞳で彼を睨んでいたが、しばらくすると不機嫌に鼻を鳴らしながら授業を再開しようとしていた。

「あややや! ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」
突然、慌てた様子で教室へと飛び込んできたのは緊張した顔のコルベールだった。
だが、いつもの彼とは全く異なり、とても珍妙ななりをしていた。頭にはやたらと馬鹿でかいロールした金髪のカツラを乗せ、ローブの胸にはレースの飾りやら刺繍やらが躍っている。
その余りに珍妙な風体に、ざわついていた生徒達は、彼に注目した。
「授業中ですよ」
あまりに突然なことだったので、不機嫌な顔をしていたギトーも呆気に取られた顔をしながらも短く言う。
「ええ、本日の授業は全て中止でございます!」
コルベールが重々しい調子で告げると、教室中から歓声があがった。
スパーダは中止という言葉を聞いて目を開け、コルベールの姿を目にしたが、あまりに奇抜な衣装にギトーと同じく呆然とした。
コルベールは、騒ぎ出す生徒達を抑える様に両手を振りながら言葉を続ける。
「えー、皆さんにお知らせですぞ」
もったいぶった調子で、コルベールはのけぞる。のけぞった拍子にカツラが取れて床に落ちてしまい、その下の禿げ頭が露になっていた。
教室中がくすくすと笑いに包まれる。ギトーのおかげで重苦しい雰囲気だったのが一気にほぐされていた。
「滑りやすい」
タバサが露となったコルベールの禿げ頭を指差し、ぽつりと呟く。
その途端、教室中が爆笑に包まれていた。
(無意味なことを……)
スパーダもつられて、口元のみで微かに笑ってしまう。
「黙りなさい! ええい! 黙りなさい、こわっぱ共が!」
普段温厚なコルベールが滅多に見せぬその剣幕に、教室中が再び静まり返る。
コルベールは気を取り直してコホンと咳払いをした。
「皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、よき日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります。恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が本日ゲルマニアへのご訪問からのお帰りにこの魔法学院に行幸なされます!
従って、粗相があってはいけません! 急な事ですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います。その為に本日の授業は中止。生徒諸君は正装、門に整列すること、いいですな?」
再びざわめきだす生徒達は緊張な面持ちで一斉に頷き、急いで自室へと戻っていった。

「おお……まさか、あのアンリエッタ姫殿下がお出でなられるとは……!
すらりとした気品ある顔立ち……優雅なお姿……神々しい気高さ……!!」
ギーシュは王女が来訪するという話に薔薇を手にしながら酔ったように喜んでいる。
(王女……か)
ギーシュ達に行う正午の剣の特訓はこの騒ぎでは中止せざるを得ないだろう。
スパーダはこの国の王族とやらにはあまり関心がないので、式典に参加する気はこれっぽちもありはしない。
何せ先日、トリスタニアの町で宮廷の醜い豚を見てしまったのだから大して期待はしていないのだ。
せいぜい式典が終わるまで自分はゆっくりとさせてもらうとしよう。


生徒達が式典の準備をし、学院正門に整列していくのを尻目にスパーダは正門がある方向とはちょうど裏側の庭の隅へとやってきていた。
軽く左手をかざすと左腕を淡い光が包んでいき、光が晴れると篭手のデルフが装着される。
スパーダは装着した篭手をまじまじと、様々な角度から見つめだす。
つい先日まで、この篭手は新品ではあるが単なる安物でしかない銀製の篭手に過ぎなかった。
だが、今装着しているこの篭手は何もかもが違う。
光沢を帯びた表面には青みがかかり、手甲の部位には鋭い牙のようなスパイクが逆三角状に並び、指先も鋭い爪のような形と化して研ぎ澄まれている。
さらに手首部分はスパーダの手の動きに合わせて、装着前と変わらないような柔軟に動く造りとなっている。
「へぇ……居心地は前よりマシだけどやっぱりこんな姿になったって、嬉しくねえぜ……」
相変わらず篭手に宿しているデルフがいじけたように呟いていた。

先日、時空神像にこの篭手を放り込み、大量のレッドオーブを捧げる事で神像が記憶していた古代の錬金術によって、デルフの篭手へ魔具に匹敵する力を付与させることに成功していた。
魔具は大まかに分けると三種類が存在する。一つはパンドラのように魔界の技術で製造された兵器。
もう一つは、強い魔力と魂を持った上級悪魔が姿を変えたもの。
そして、存在そのものが魔具である上級悪魔だ。これはアグニとルドラが該当する。
このデルフの場合はアグニとルドラに割と近い存在だったが、それでも厳密には魔具ではないのである。
デルフリンガーは外部からの魔力を自分自身が宿っている器に貯めておくことができるが、今回はその器を魔界の技術で改造してさらなる能力を付加させたのだ。
「お前はそんなに〝剣〟でいたかったというのか」
「当然だぜ。これでも6000年もの間、〝剣〟として通して生きてきたんだからよ……。俺にだって〝剣〟としてのプライドもあったんだぜ……」
またも嘆くように呟き、泣き出したデルフにスパーダは顎に右手で触れ、考え込む。
デルフは篭手などよりも〝剣〟としてこれからも手練れの戦士に使ってもらいたかったという。
初めにこいつと会った時も、スパーダのことが手練れの戦士だと分かっていたからあんなに必死に自分を売り込んで存分にスパーダの手で振るってもらおうとしていた。
スパーダには既に、リベリオンと閻魔刀という二振りの愛剣があると知った上でだ。
確かにレンタルした日の夜、一度だけデルフを手にして振るっていたがあの時はかなり喜んでいた。
それだけこいつは手練れの使い手に飢えていたのだろう。
今まで剣として生きていた以上は、これからも〝剣〟としての生き方とプライドを貫きたい。……その気持ちも分からなくはない。

おもむろにスパーダは篭手のデルフを魔力へと変えて体内へと戻した。
篭手ごと魔力として内包されたデルフはスパーダの魔力の一部と化している。
……ならば、その魔力の形を変えてみればどうか。
デルフが満足してくれるかは分からないがスパーダは今、二振りの愛剣以外にもう一つだけ〝剣〟を使うことができる。
スパーダは学院の外堀の壁を正面に据えつつ、後ろへと下がっていく。
一面が石である壁面を離れた所からじっと睨み、己の魔力の欠片を外部へと放出した。
音色を奏でるような高く澄んだ音と共に、赤黒いオーラを纏った魔力の剣――幻影剣が現れる。
右と左、それぞれ二本ずつを正面に向けて配置した。
『『『おおっ!? 何だぁ!?』』』
同時に幻影剣から一斉にデルフが狼狽し驚愕する叫びが聞こえていた。
そのやかましさに思わず顔を顰めるスパーダ。
『『『うわ――』』』
射出された幻影剣が壁に突き刺さるとガラスのように砕け散って消滅し、デルフの声も掻き消えた。
『な、何だ! 何をしやがった!?』
今度は目の前に一本だけ、幻影剣を作り出す。しかし、今までとは違い、魔力の密度を高くしたので色はより濃い赤となっていた。
スパーダはその幻影剣を掴むと、リベリオンを振るう時のように豪快な動作で振り回していた。
密度を高くした幻影剣ならば耐久力も上がるので普通の剣として振るうこともできる。
『うへぇ! こりゃたまげた! すげえぜ、相棒! 何をしたってんだ!? こんなもんを隠してたってのか!?』
幻影剣から響き渡る、やかましいほどに驚き興奮しつつも嬉しそうに声をあげだすデルフ。
だが、スパーダはその問いに答えず手にする幻影剣を顔に近づけた。
「お前が私の中にいる間は、これで我慢しろ」
そう言うと手にする幻影剣を元の魔力に戻し、赤黒いオーラの塊へと変えて消滅させていた。
篭手とそれに宿るデルフを魔力へと変えてスパーダの魔力の一部としている間、魔力の一部を剣にして放つ幻影剣にデルフの意思と人格を複製してやったまでのことだ。
複製された意思と人格は元のデルフと同調しているため、当然喋ることもできるし、複製が体験したことは本体も同時に体験することになる。
幻影剣もとりあえずは〝剣〟であるため、一応デルフは気に入ってはくれたらしい。
本来ならばこんなことはしたくないのだが、デルフ自身の能力を生かすためにもいつまでも落ち込んでもらう訳にはいかない。
もちろん、篭手としてのデルフも存分にこれからも使わせてもらうが。


結局、スパーダはアンリエッタ王女の歓迎式典とやらには参加せずにその後は誰もいない図書館で日が暮れるまで過ごし、ルイズの部屋へと戻ってきた時には夜になってしまっていた。
部屋には既にルイズがおり、ベッドに腰掛けていたのだが、様子がいつもと違うことに気づく。
スパーダが式典に参列しなかったことで怒りだすのかと思われたがそんなことはなく、むしろスパーダが戻ってきたことにさえ気づいていないようだった。
その動作も非常に落ち着きがなく、立ち上がったと思ったら再びベッドに腰かけ、枕を抱いてぼんやりとしている。
コートを脱ぐスパーダは別に気にするでもなく、椅子に腰をかけると図書館から拝借してきた一冊の本を読み始めていた。
彼女が何を考えているのかは知らないが、スパーダはその考えを深く知ろうとはしなかった。
人間がこのように呆然と何かを考えている時は、邪魔をしないのが一番だ。
互いに何も言葉を交わさぬまましばらく時間を過ごしていると、不意にドアがノックされる。
ドアが規則正しく叩かれる。初めに長く二回、それから短く三回……。
その音にはっと我に返ったルイズが反応して小走りで扉へ向かい、ドアを開けた。
スパーダも椅子に座ったまま、視線だけをちらりと向ける。
そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女であった。
きょろきょろと辺りを伺い、誰もいないことを確認した後、そそくさと部屋に入り、扉を閉める。
ルイズが声を出す前に、少女がしっと口元に指を立てる。
それから漆黒のマントの隙間から、魔法の杖を取り出すと軽く振りながら、ルーンを呟く。
光の粉が、部屋に漂う。
「……ディティクトマジック?」
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
部屋のどこにも監視されている部分がないことを確認すると、少女は頭巾を取った。

紫の髪を覗けていたのはすらりとした気品のある顔立ちに、薄い碧眼の瞳。高い鼻が目を引く瑞々しい美女だった。
こんな人間が学院にいたかとスパーダは僅かに顔を顰める。
「姫殿下!」
ルイズが驚きの声を上げると、急ぎ膝をついていた。
「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」
(姫……と、いうことはこの少女がアンリエッタか)
アンリエッタは感極まった表情を浮かべ、膝をついたルイズ抱きしめる。
「ああ、ルイズ、懐かしいルイズ!」
「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へお越しになられるなんて……」
「ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい!
 あなたとわたくしはお友達! お友達じゃないの!」
「もったいないお言葉でございます。姫殿下」
「やめて! やめて頂戴、ルイズ! ここには枢機卿も母上も、欲の皮の張った宮廷貴族たちもいないのです。ああ、もうわたくしには心を許せるお友達はあなたしかいないわ!
ルイズ・フランソワーズ! あなたにまで、そんな他所他所しい態度をとられてしまったら、わたくしは死んでしまうわ!」
「姫殿下……」
何やらお互い、大袈裟に瞳を潤ませている二人にスパーダは細く溜め息を吐いた。
アンリエッタはルイズの幼馴染であるらしく、幼少の頃はは一緒に遊んだり取っ組み合いの喧嘩をしたりしたとのことである。
かつての思い出を振り返りながら、二人の少女は自分達の世界へと入って楽しそうに会話を続けて盛り上がっていた。
スパーダは二人の邪魔はしないよう、そしてその話にもあまり関心を抱かず椅子に腰掛けながら黙々と本を読み続けていた。
(何をしている……)
扉の向こう側から気配を感じ、本を読みながらも僅かに顔を顰める。

「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然だわ。飼い主の機嫌一つであっちへ行ったり、こっちへ行ったり……」
「姫様?」
だが、楽しげに盛り上がっていたはずだった二人の会話は唐突に沈んだものになってしまった。
「結婚するのよ。わたくし」
アンリエッタは深い、憂いを含んだ声で寂しそうにそんなことを言い出す。
「……おめでとうございます」
どうやらアンリエッタは、その結婚とやらは望んだものではないのだろう。それを察したルイズの声も沈んでいた。
そんな中、アンリエッタの視線がちらりとスパーダの方へ向けられた。
「あの……失礼ですが、あなたがルイズの使い魔という……スパーダ殿でございますか?」
スパーダは本を片手で閉じ、横目でアンリエッタを見やる。
初対面であるはずだがアンリエッタは自分を知っていることに、スパーダは訝しげに彼女を凝視していた。
単に貴族と見間違えるのではなく、ルイズの使い魔だということまで彼女は認識している。
「姫様、彼をご存知なのですか?」
ルイズも自分の使い魔にして、パートナーであるスパーダの存在をアンリエッタが既に存じていることに驚いていた。
アンリエッタはつい先ほどまでの憂いの表情を一転させ、微笑を浮かべだす。
「ええ、もちろんよ。スパーダ殿は東方からお越しになられたという異国の貴族なのでしょう? そして、その方をあなたが召喚したと……」
「と、と、東方!? あなた、ロバ・アル・カリイエ出身だったの!? いつからそんな話になったのよ!」
驚き、狼狽するルイズがスパーダに詰め寄った。
そういえば、その作り話はまだルイズには話していなかったか。
だが、この作り話をアンリエッタが知っているということは……。
「ルイズ。先日、トリスタニアの城下で汚職の事件があったのはご存知かしら?」
「は、はい。何でも、宮廷の徴税官が不当に税を徴収していたということですが……」
二週間前にトリスタニアの町へとスパーダが一人で向かった数日後、魔法学院にもあの醜い豚が捕まったという
報が届いており、宮廷の役人が汚職によって捕まったという話を聞いて、ルイズは貴族にあるまじき行為だ、と憤慨していた。
「そうよ。本当に悲しくなるわ……宮廷の貴族達はみんな、欲深い人達ばかり。己の私腹を肥やしている人達を諌め、糾すのが王族の役目だというのに……わたしには何の力もありはしない……」
「姫様、お気を落とさずに……」
再び沈み込んでしまうアンリエッタの手を取るルイズ。
アンリエッタはルイズの顔を見つめながらこくりと頷き、スパーダの前まで歩み寄ると頭を垂らしていた。
「スパーダ殿。彼らの不正を糾して頂き……この無力な姫から、貴公に感謝を申し上げます」
本来なら見ず知らずの相手にここまで頭を下げるアンリエッタに、スパーダは呆気に取られる。
あのような醜い豚が宮廷にいたのだから、それを従える王族も大したことはないと考えていたが、思い違いだったか。
「へ? ス、スパーダ。あなた、一体何をしたというの?」
「あら、あなたは知らないの? その役人達を懲らしめてくれたのはスパーダ殿なのよ」
汚職事件が起きた翌日、貴族でありメイジであるはずの役人に平民が真っ向から立ち向かえるはずもなく、では誰がやったのかという話が宮廷で持ち上がっていたそうだ。
捕まったチュレンヌ達は魔法による攻撃を受けた様子もなかったので、メイジではないことが分かったものの、だからといって魔法も使えない平民が倒すなどあり得ない。
チュレンヌらが捕まった〝魅惑の妖精亭〟で聞き込みを行い、そこの店員から「東方から来たという異国の貴族がチュレンヌらを叩きのめした」という事実とその貴族が魔法学院にいるという話を聞いたらしい。
枢機卿・マザリーニよりこの話を聞かされていたアンリエッタは魔法学院へ訪問した折に、オスマンよりスパーダの詳細を聞いて彼がルイズの召喚した使い魔にして、パートナーであるという事実を知ったわけだ。


全てを聞かされたルイズは、口をあんぐりと開けて呆然としながらスパーダを見つめていた。
「ああ、あなた……あ、あたしの知らない、所で何をして……」
「薄汚い豚を片付けただけだ。大したことはしていない」
スパーダの言葉にアンリエッタは恥ずかしそうに、そして残念そうな表情を浮かべる。
「ルイズ、あなたは本当に素晴らしいパートナーを手に入れたみたいね。人間を使い魔にするなんて変わっていると思ったけど、こんなに素晴らしい方がパートナーだなんて……本当に羨ましい。
この方のような貴族がもっとこのトリステインに……いいえ、ハルケギニアに多くいれば良いというのに」
アンリエッタが再び大きな溜め息をつきだし、ルイズは怪訝そうにその顔を覗き込む。
「姫様、どうなさったのですか?」
「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……。いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに頼めるようなことじゃないのに……わたくしってば……」
(何を隠している)
アンリエッタがわざとらしい仕草で悩んでいる姿を見て、スパーダは僅かに顔を顰める。
この王女、何か問題事を持ってきたようだ。
「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくということは、何か大きなお悩みがおありなのでしょう?」
「……いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい、ルイズ」
「いけません! 昔はなんでも話し合ったじゃございませんか! 私をお友達と呼んでくださったのは姫様です。
そのお友達に、悩みごとの解決を託せないのですか?」
そして、その演技もかかった仕草にルイズは過剰に反応し、興奮しだす。
アンリエッタはその言葉を聞いて、嬉しそうに微笑みだす。
スパーダはさらに顔を顰めた。
この王女、ルイズがつられてこのような反応をしてくれるのを待っていたようだ。


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