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Mission 11 <稲妻の盟友> 後編


「どうだ?」
割れたステンドグラスの淵へと飛び上がり、中を覗きこむスパーダにアニエスが呼びかける。
寺院の正門を開けようとした所、中からカサカサと微かに奇妙な音が聞こえていたためすぐには突入するのはやめることにした。
狡猾な悪魔が相手ならば、愚直に攻めたりするのは命に関わる。一般の魔物以上に警戒しなければならないのだ。
「お、おい!」
スパーダは無言のままひらりと向こう側へ飛び降り、中へと入っていってしまった。
仕方がなく、自分達も入るべくアニエスは正門の取っ手へと手を伸ばそうとした。
「うわっ!?」
突然、昆虫のような奇怪な鳴き声とぐしゃりという生々しい音と共に扉がひしゃげ、変形していた。
中では次々と奇怪な鳴き声と共に鋭い釘を打つような音や肉を斬り裂く音まで聞こえてきている。
「エア・ハンマー」
杖を構えたタバサが突風の槌を放ち、扉を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた扉の破片に混じって、小さな何かがこびり付いている。
「うっ……」
女ながらも屈強な心を持つアニエスですら内部の有様に顔を顰め、口を押さえて吐き気が込みあがっていた。
タバサもはっきり顔には出さないが、嫌悪感を微かに滲ませている。
扉の先は天井が所々崩れている広い廊下だったが、その床に散らばるのは巨大なハエそのものというべき醜悪な悪魔の死体と、人の手ほどの大きさをしたウジの群れだった。
死に損ない、僅かに体を痙攣させて呻いている悪魔もいたが、アニエスは自らの剣を突き刺してとどめを刺す。
床で蠢くウジは踏みたくもないが、踏まずに進むのは不可能であるために仕方がない。
踏む度にグチャグチャと生々しい音を立てているのが実に気持ち悪い。

暗くてほとんど見えないが、肉を切り裂く音と昆虫のような呻き声が絶えず聞こえてくる。スパーダは奥の方で悪魔達と戦っているようだ。
すぐに自分達も加勢すべく、二人は暗闇の中へ足を踏み入れようとした。
その途端、羽音を響かせ、暗闇から青いハエのような悪魔が醜悪な鳴き声を上げながら飛来してくる。
「伏せろ!」
アニエスが叫びながら素早く砲銃を構え、引き金を引いた。タバサも咄嗟に屈む。
放たれた砲弾が悪魔の体にめり込んだ途端、内部から弾けるようにして爆発、四散した。
体を焼かれた悪魔の残骸はどさりと地面に落ち、他の悪魔の死体に次々と炎を燃え移っていった。

さらに今度は緑色の体をした同種の悪魔がノミのように跳ねながらこちらへ近づいてきて、飛び掛ってこようとする。
アニエスは放銃に新たな弾を込めようとするが、これでは間に合わない。
「ウインディ・アイシクル」
タバサが突きつけた杖の先から氷の矢を拡散させて次々と放ち、飛び跳ねる悪魔達を撃ち落していく。
さらに奥から同種同色の少し体が大きい悪魔が数体現れるが、二人にはすぐ襲い掛かってはこなかった。

「な、何をやっている?」
燃え上がる炎によって内部が照らされる中、アニエスとタバサは悪魔達が行っている行為に顔を顰める。
「……共食い」
タバサも無表情ながらも嫌悪感を滲ませて呟く。
悪魔達は二人と、そして奥で戦っているであろうスパーダによって倒された悪魔の亡骸に縋ると、その身をむしゃむしゃと喰らい始めたのだ。
仲間を喰らうというあまりにおぞましい光景であったが悪魔達はすぐに亡骸を食い尽くしてしまう。
「くそっ、こいつら……!」
仲間を食い尽くした悪魔達はその前とは比べ物にならないほどの俊敏さで動き回り、二人を翻弄してきたのだ。
アニエスは銃を向けるどころか抜く暇もなく剣を振るうことしかできず、タバサはルーンを唱えようとすると
悪魔が飛び掛ってくるために避けるしかなく、魔法を放って攻撃することもできない。
かろうじて使えたのは、エア・シールドによる空気の障壁を張って攻撃を凌ぐことだった。

突如、ヴンッという低く空気が唸る音が連続で響くと共に俊敏に動き回る悪魔達の移動先の空間が歪んだ。
その歪みに入った悪魔達は次々と十字に斬り裂かれ、残骸やウジも残さずに文字通り消滅していた。
「ベルゼバブは見ての通り、ハエを媒介にして存在する下級の悪魔だな」
二人が呆気に取られる中チャキン、と鍔の音が鳴り響く。それと共にスパーダが語りながら奥より姿を現した。
「こいつらは体内に魔力を貯蔵していてな。仲間を喰らうことでその力をより強くする。できれば、死体はこうして燃やしてしまうのが一番良いのだがな」
一部のベルゼバブの死体が炎に包まれているのを見回しながら、スパーダは二人の元へ歩み寄ってきた。
「……さすがに二人にはきつかったか」
それはベルゼバブの力ではなく、醜悪なその姿そのものを指しているのだろう。
確かにこんな醜悪な姿、普通の女が見れば吐くだろうし、男でも悪寒を感じることだろう。
実際、スパーダも下級悪魔の中では違う意味でお目にかかりたくない種族だった。
「誰でもこんな奴らを目にすれば嫌になるさ」
アニエスが嫌悪に顔を歪ませつつ、ベルゼバブの亡骸を剣でつつく。
タバサも同じく、こくりと頷いていた。


一行はあんなおぞましい場所からさっさと先へと進むと、寺院の講堂へと足を踏み入れていた。
そこは天井の割れた大きなステンドグラスや窓、さらには壁より月の光がいくつも射しこんできている場所だった。
講堂は所々に瓦礫や壊れた長椅子が乱立しており、歩くだけでも大変だろう。
「エア・ストーム」
そこにタバサが杖の先から突風の渦巻きを発生させて次々と瓦礫を壁際まで吹き飛ばし、綺麗に掃除してしまった。
(この魔力……)
スパーダは講堂内を見回しながら、感じ取っている魔力に顔を顰めていた。
その魔力は悪魔のものではあるが、だからといって他の悪魔のように殺気などが感じられる訳でもない。
それに、何故だか懐かしさが感じられるのだ。この魔力は。
「おい、あれは?」
アニエスが講堂の奥に見える祭壇を指差す。
スパーダは目を凝らして、その崩れた祭壇を見やった。

(――あれは……)
かつては壮麗を誇り、何かを崇めていたのであろうその祭壇には一振りの大剣が突き立てられ、
外より射しこんでくるいくつもの月光によって淡いながらもはっきりと照らされていた。
その大剣に、スパーダは食い入っていた。
鍔には悪魔の翼のような意匠が施され、リベリオンのように太い白銀の刀身はバチバチと細かく青白い雷光を散らせている。
「何だ、あの剣は」
祭壇に近づいた一行は突き立てられた大剣を眺める。
間近で目にしたその大剣に、スパーダは目を見張っていた。
「どうした、そんな顔をして。あれを知っているのか」
アニエスの問いに嘆息しつつ、頷くスパーダ。
「ミス・タバサ。それ以上は近づくな」
大剣に近づこうとしたタバサをスパーダが呼び止めた。
下手に近づくと、普通の人間ならば命を落としかねない。
これはできれば自分が持ち帰りたい所だが……あいにく自分には既に二振りの愛剣がある以上、振るうことはできない。
だからといって、ここに置いておくのも良くはない。
どうやら、これから発せられる魔力がこの寺院を悪魔共の巣窟にしている元凶なようだった。
「アニエス。君は悪魔を何度も相手にしたことがあるのだな」
「もちろんだ」
大剣を眺めながら尋ねるスパーダに、今さら何をと言いたげな顔で答える。
「つまり、半死半生になったこともあるということだな」
「そうだ。……奴らは他の魔物以上に手強い」
「……ならば、痛みにも耐えられるのだな」
「もったいぶらずに言ってくれないか」
スパーダが顎に手を当てたまま結論を言わないためにアニエスも少々、いらついてきている。

ちらりとスパーダはアニエスを見つめ、様々なものを観察する。
鎧の上からでも分かる女ながらに鍛えられた肉体、彼女の腰に携えられた相当に使い込まれた剣。
そして何より、彼女自身の研磨によって育まれた力。
……この大剣の主となるには、申し分ない。
「……君にこいつを預けよう。私には必要のないものだ」
スパーダは顎で祭壇の大剣を指し、数歩下がると取るように命じる。
「こいつがどうかしたのか? 何か掘り出し物だとでも?」
「取ってみれば分かる」
怪訝そうにしつつも、アニエスは祭壇の小さな段を上がって大剣へと近づいていく。

「……あれは、何?」
スパーダの傍にやってきたタバサが不思議そうに大剣を見つめながら尋ねてくる。
「見ていれば分かる」
スパーダは懐から先日、時空神像で新しく作った高純度の魔力を宿している大きめのバイタルスターを一つ取り出し、アニエスの背中をじっと見守っていた。
あの大剣を手にするための儀式、そして試練。
これから起きる出来事は、きっと普通の人間である彼女では耐え切れないことだろう。

アニエスはスパーダに促されて大剣が刺さっている祭壇へと近づいていたが、どうにもあの大剣が胡散臭く思えて顔を顰めていた。
刀身から絶えず雷光が散っているので単なる剣ではないことは分かっている。
では、魔法で作られたマジックアイテムみたいなものなのか。
それをスパーダは自分に預ける、と言ってきた。
彼自身は自分の剣があるのでいらないのだろう。だから、くれるということか。
……最近、自分の使っていた剣はだいぶ刃毀れが酷くなってきたし、先ほどの悪魔達との戦いで余計に劣化が激しくなっているのだ。
そろそろ新しく剣を買うか鍛えなおそうと思っていたことだし、お言葉に甘えて使わせてもらうとしよう。
造りも全く悪くないし、一般の武器屋で売っているものよりかなり丈夫そうだ。

『我は稲妻の化身なり』

祭壇の目の前へと近づいた途端、頭の中でそんな声が響いてきていた。
咄嗟に身構え、周囲を警戒するアニエス。

『力無き者よ。己の心臓を贄とし 我に永遠の服従を誓え』

「……剣が、喋っているのか? インテリジェンスソード?」
アニエスはその声の出所がこの大剣であることを察し、顔を顰めていた。
しかし、その声はアニエスにしか届いていないものだった。
大剣の正体が分かっているスパーダは頷くが、声が聞こえず事情が分からないタバサは不思議そうに見つめるだけだ。

「……なっ、何だ!」
カタカタと大剣が音を立てて震えていたかと思ったら、突然刺さっていた祭壇から飛び出てきた。
まるで剣自身が生きているかのような動きに、アニエスは怯んでしまう。
「なっ、うぐっ……!!」
放物線を描き回転しながら、下がっていったアニエスに向かって飛んでくると、その刃が一直線に彼女の胸へと突き刺さったのだ。
しかも大剣は彼女の体を保護する板金もろとも簡単に貫き、おびただしい鮮血まで噴き出していた。
明らかに心臓を貫いてしまっている。
呻き声と共にアニエスは口からもごほっと吐血し、勢いよく突き刺さった反動で仰向けに倒れこみ、大剣によって床に縫いつけられてしまった。
床には彼女の血がじわりじわりと広がっていき、大きくなっていく。

(彼女を認めたようだな)
アニエスの体を貫いた大剣を纏っていた雷光が消え、スパーダは頷く。
「あ……ぐ……」
まだ彼女は生きている。だが、このまま放っておけば死んでしまう。
それはそうだ。自分と違って彼女は人間。心臓をああも豪快に貫かれれば当然である。
スパーダは急いで彼女に駆け寄ると、胸を貫いていた大剣を引き抜き、床へと突き立てる。
バイタルスターを胸の傷に当てると、彼女の体を緑色の光が包み込んでいった。

「生きているか?」
少しの間、アニエスは気絶していたがスパーダが呼びかける声に反応して力なく体を起こしていた。
胸に手を触れてみると、傷はおろか痛みも跡形もなく消えている。
確か、自分はインテリジェンスソードみたいなものに貫かれたはず……。
「……一体、何をしたんだ?」
「水の秘薬を使っただけだ。心配いらん」
アニエスはあれだけ負っていた致命傷が跡形もなく消え、血もピタリと止まってしまっていることに呆然としていた。
「お前、そんな物を持っていたのか。……最初に言ってくれれば良いものを」
おかげで自分は半死半生の目に遭ったのだ。はっきり言って、自分は死んだのだと思い込んでしまった。
「だが、何なんだこれは。いきなり飛んできて……」
立ち上がったアニエスは傍に突き立ててある、自分を貫いた大剣を恨めしそうに睨んでいた。

まあ、それは仕方あるまい。手にしようとしたら、いきなりあのようなことになったのだから。
スパーダは大剣を床から片手で引き抜くと、間近からじっと食い入るように見つめていた。
「アラストル――」
「何? それがその剣の銘か」
稲妻の力を操る魔人にして上級悪魔でもあった魔界の武人。
その悪魔はかつて、スパーダの戦友にして盟友でもあった悪魔の一人でもあった。
かつて魔界で起きた覇権争いでは共に他の軍勢の悪魔達を相手に戦ったものだ。
同じ稲妻を操る上級悪魔は数多く存在するが、このアラストルは中でも天才とも言えるほどの稲妻の使い手だった。
だが、その覇権争いで命を落とす寸前、魂を自ら魔具へと変貌させて己を封印させて生き永らえた……。
一時的にスパーダも振るったこともあったが、現在振るっているリベリオン並に扱いやすく強大な魔力も秘めていた。
たとえ魔具になろうと、アラストルに宿る稲妻の魔力は使い手に力を与えてくれだけでなく、守ってもくれる。
まさに相棒にふさわしい存在だった。

「これには意思が宿っていてな。手にするためにはこの剣に使い手として認められなければならない。そのための儀式と試練が……たった今、君が体験したことだ」
「冗談じゃないぞ……」
アニエスはアラストルを恨めしそうに見つめ、顔を顰めている。
「とにかく、こいつは君を使い手として認めたようだ」
スパーダは再びアラストルを床に突き立てて下がると、顎でアニエスを促す。
アニエスはまだ顔を顰めたままだったが、アラストル手にして引き抜いてみた。

その途端、アラストルから何かが自分へと流れ込んでくる。

(何だ?)
体が、まるで羽が生えたように軽い。飛ぶことさえもできそうに思えるほどに。
重そうな剣だと思ったが、思ったより全然軽いではないか。
驚嘆していたアニエスは強い雷光を纏い始めたアラストルを両手で頭上にゆっくりと掲げる。
その途端、剣先から雷鳴が轟くと共に稲妻が拡散するように放出され、天井の割れたステンドグラスを、周囲に散った瓦礫を、次々と吹き飛ばしていた。
アニエスはその場でアラストルを試しに幾度か振るって形を行い、その度に刀身から稲妻が散っていた。
スパーダとタバサはその様子をじっと傍観している。
気が済んだらしいアニエスは最後に体を捻りつつ、アラストルを大きく薙ぎ払っていた。

「どうだ? 握り心地は」
「……あ、ああ。悪くはない」
アニエス自身もアラストルの力に未だ驚嘆しているようだった。
アラストルの魔力もしっかり彼女の体に浸透しているようだ。どうやら彼女との相性は抜群らしい。
(まだ気配が残っているな。ちょうど良い)
アラストルが解放されたことで悪魔達の気配が薄れてきていたが、まだ一体だけ中級悪魔の気配が残っている。
単に子供のおもちゃのように振り回しただけでは本領は発揮できない。ならば、実戦あるのみだ。
「では、少し試し斬りでもしてみるか?」

――キャハハハハ……。

真顔になったスパーダが言うと同時に、講堂内にあの不気味な笑い声が響いていた。
咄嗟に杖を構えるタバサと、アラストルを構えるアニエス。

――キャハハハハ……。

教会の鐘を鳴らすような音が同時に響いた途端、祭壇上の空間に黒い霧のようなものが現れて歪みだし、そこから飛び出てくるように一体の死神が姿を現していた。
外庭で相手にしたものとは違うが大きさは一回り大きく、紫の禍々しいオーラを纏った巨大な鎌を手にする、
まさに死神そのものと呼べる悪魔だった。

魔界の下級悪魔、特にセブンヘルズ達を管理し統括する役目を担っている中級悪魔にして冥府の番人――ヘル・バンガード。
砂を媒体にして人間界に姿を現すが、セブンヘルズ達とは比較にならないほどの力を持っている。

「おい! どこへ行く!」
スパーダは閻魔刀に手をかけることもせず腕を組み、壁際へと下がって寄りかかっていた。
「そいつは私が出るまでもない。君達だけで充分に倒せるだろう。任せるぞ」
「任せるって……」
そんな呑気なことを言い出すスパーダに、アニエスは顔を顰めた。
こいつは初めて見る悪魔だが、恐らくスパーダならば今までの悪魔達同様にどのような存在なのか理解しており、瞬殺することもできるのだろう。
あえて彼自身が手を出さないのは、このアラストルという剣の試し斬りを自分にさせるためか。
(あの男、一体何者なんだ?)
相当に腕が立つ異国の剣豪だと思って感銘を受け、声をかけたのだが、アニエスには分からないことばかりだ。
悪魔に関する知識に精通しているようで、おまけにこのアラストルというマジックアイテムのことまで熟知している。
それにあの余裕の態度。まるで長年、多くの悪魔達と相対してきたと言わんばかりの冷徹さだ。


祭壇から飛び降りてきたヘル・バンガードが大鎌を力強く振り下ろしてくる。
「おおおぉっ!」
アニエスは素早くアラストルを頭上で構えて鎌を防御し、押し返してやった。
よろめくヘル・バンガードに、横へ移動したタバサがウィンディ・アイシクルを放つが、ヘル・バンガードは突然煙のように掻き消えてしまい、氷の矢は瓦礫に命中するだけだった。
二人のいる場所から少し離れた、瓦礫と化した長椅子の山にヘル・バンガードは姿を現した。
「逃がすかぁ!」
アニエスがアラストルを構えながら突貫していく。
先ほどまでとは違い、やはり本当に体が羽みたいに軽い。力が湧いてくる。
ヘル・バンガードは鎌を大きく薙ぎ払ってくるが、アニエスは身を翻しながら跳躍してかわし、背後に着地する。
振り向きながら鎌を振ろうとする前に、その体をアラストルの刃で斬りつけた。
血の代わりに、肉体を構成する依り代の砂だけが飛び散りだす。
悲鳴を上げてよろめくヘル・バンガードだが、またも別の場所へと瞬間移動する。
「スパーダ! 行ったぞ!」
ヘル・バンガードが壁際のスパーダの目の前に現れたが、本人は鎌を振り上げようとするヘル・バンガードを見ることもなく腕を組み続けていた。

『スパーダ――』

「お前は向こうだ」
怨嗟の声を呟きながら振り下ろしてきた鎌を、素早く閻魔刀の鞘で打ち払い、蹴りを繰り出した。
吹き飛ばされたヘル・バンガードに向かってタバサがエア・スピアーによって空気を固めて槍とした杖を弓を引くように後ろへ構える。
スパーダの技のように一気に突進すると、杖を突き出しヘル・バンガードを貫いていた。
「エア・ハンマー」
さらに至近距離から風の槌を食らわせて瓦礫の山へと吹き飛ばす。
「はあっ!」
アニエスも同様にアラストルを突き出しながら突進し、転倒したヘル・バンガードの体を貫こうとしたが、またもヘル・バンガードは鐘の音を響かせながら煙のように掻き消えた。
今度はどこにも姿を現さず、二人は身構えながら警戒する。
すると、タバサの背後の空間が歪みだすのをアニエスは見逃さなかった。
「後ろだ!」
アニエスが呼びかけると、タバサが咄嗟に横へ飛び退く。
空間から飛び出してきたヘル・バンガードは鎌を振り回しながら突進してきた。
「芸が古いぞ!」
アニエスの目前まで迫ってきたヘル・バンガードを、アラストルで真上へと斬り上げながらそのまま跳躍した。
怯んだヘル・バンガードを、アニエスはそのままアラストルを振り下ろして兜割りを繰り出し、肩を一刀の元に断ち割る。
苦悶の悲鳴を上げるヘル・バンガードの背中を、今度はタバサが放ったジャベリンによる氷の槍が貫いていた。
断末魔の悲鳴を上げ、鎌を放り落としたヘル・バンガードは依り代の砂を撒き散らして消滅する。

兜割りを繰り出したまま、屈んでいたアニエスは肩で息をしていた。
まだ、興奮が収まらないのだ。
「どうだ? 使い心地は」
ほとんど傍観していたスパーダは感心したようにアニエスを見ながら歩み寄る。
アニエスはアラストルをじっと見つめながら、息を飲んでいた。
「……ああ、本当に……悪くない」
「気に入ってくれて何よりだ。なら、そいつはこれから君のものだな。大事に使ってやってくれ」
できれば自分が使ってやりたいのだが、彼女も手練れの戦士。盟友もこれほどの使い手に使ってもらってさぞ満足だろう。
それに彼女は苛烈ではあるが、真面目な性格のようだ。決して、悪用することもないはずだ。


悪魔達の気配が完全に消え去り、一行は寺院を後にしていた。
外に出るとタバサが指笛を吹き、使い魔のシルフィードを呼び寄せる。
「私はこれから依頼主の領主に報告をしてからトリスタニアへ戻る。付き合ってくれるなら少しだが謝礼を用意してやれるのだが」
「私達はここの悪魔達を狩りにきただけだ。褒賞が目的で付き合ったわけではない。……それより、この討伐は君一人で行ったことにして欲しい」
謙遜するスパーダに、アニエスは目を丸くする。
「何故だ?」
「ただの行きずりだしな。それと下手に宮廷に目をつけられたくもない」
もっとも、褒賞代わりとしてこっそりレッドオーブを少ないながらも回収させてもらったが。
「……分かった。そういうことにしておこう」
スパーダの言葉に、溜め息をつくアニエスはアラストルを右手で握ったまま、左手をすっと差し出してくる。
「だが、私からはせめて礼を言わせてもらいたい。協力に感謝する、スパーダ」
スパーダはその手をとり、握手を交わした。
アニエスは手を離すと、シルフィードの傍で本を読みだしているタバサへと歩み寄る。
「まだ子供なのに、見事な戦いぶりだったな。さすがにメイジ、というだけはある。……名前は聞いていなかったが、何と言う?」
「タバサ」
僅かに本に通していた視線を上げてアニエスを見ると、一言だけぽつりと答えていた。
「ミス・タバサ。助力をしていただき、心から感謝する」
片手を胸に添えてアニエスは軽く一礼をした。
「また何かあれば、トリステイン魔法学院のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを訪ねてくれ」
「分かった。その時にまた会おう」
再度、アニエスと固く握手を交わすとスパーダはタバサと共にシルフィードに乗り込んで空へと舞い上がっていった。
アニエスは未だアラストルから手を離さぬまま、飛び去っていくシルフィードを眺め続けていた。


シルフィードに乗ってスパーダ達は一直線に魔法学院まで飛んでいき、一時間もかけずに戻ってきた。
そこで待っていたのは、二人の生徒だ。
一人は、スパーダに剣の特訓をしてもらうべく夕方からずっと待機していたというギーシュ。
しかし、彼は待ちきれずに門の前で眠ってしまい、モンモランシーに引きずられていった。
そして、パートナーが夜遅くになっても帰ってこないことに憤慨していたルイズだった。
彼女は乗馬鞭を手にして、「こんな遅くまでどこをほっつき歩いていたの!」と、癇癪を上げていた。
さらに何故、タバサと一緒に帰ってきたのかということで怒りを強くしていた。
さすがに悪魔の討伐に行っていたなどと言えるわけはないので、遅くなったのはトリスタニアの町で飲んでいただけであり、
タバサとは帰る途中に会ったので送ってもらったのだ、と誤魔化していた。
しかし、当然ながらそんな理由でルイズの癇癪は収まらないようで、ある程度制御ができるようになった爆発の魔法で
スパーダをお仕置きすると叫んで次々と放ってきていた。
スパーダは別に抵抗もせずに素直にその爆発を受け、彼女の癇癪に最後まで付き合ってやった。
その内、精神力が尽きかけたルイズは庭の真ん中で眠りこけてしまい、スパーダは彼女を部屋へと運んでやった。

ルイズをベッドで寝かせた後、廊下へと出てきたスパーダはコルベールらに部屋の横へと運んでもらった時空神像の前へと立った。
この時空神像が運ばれた時、ルイズは一体何なのかを説明するように尋ねてきた。
また、以前宝物庫に入ったことがあるというキュルケやタバサも興味があったようなので詳細を知りたがっていた。
さすがに悪魔の血が結晶化したレッドオーブを見せるわけにもいかないため、スパーダは自分の手を斬り裂いてそこから溢れ出る血をレッドオーブの代用として捧げ、いくつかの道具を錬成で作ってみせた。
扱い方と詳細に関しては「生き血を捧げることで魔法の秘薬を作ってくれるマジックアイテム」という触れ込みで説明をしてやった。
試しにバイタルスターはもちろん、断続的に結界を張り続けるアンタッチャブルや魔力を増幅するデビルスターなども作ってやった。
その様子を見て子供のように目を輝かせたルイズは自分も使いたいと叫んでいたが、血が大量に必要だと告げてやるとすぐに使おうとするのを諦めていた。
やはり、痛い目に遭うのは嫌らしい。

そして今、レッドオーブを捧げたスパーダは昼間に武器屋で買った二丁の短銃とデルフの魂が宿っている篭手を取り出す。
「……何だよ。用でもあるのかい、相棒……」
未だ剣から篭手にされてしまったことを根に持ってしょげてしまっているデルフが不機嫌そうに、そして悲しそうに呟いていた。
スパーダはしょげているデルフを見て、肩を竦める。
「……とほほ。俺様、とんだ奴に買われちまったもんだよ。こんな惨めな姿にされちまうなんて……」
「それは気の毒に」
と、言いつつスパーダはまるで同情する素振りを見せていない。
自分でデルフの魂を別の物へと移し変えておいて、何とも冷たいものである。

スパーダは本当に〝悪魔〟だ、と彼の魔力の一部となっている間、デルフはずっと心の中で呟いていた。
実際、彼は人間ではないのだ。どんなことをするのか考えておくべきだったかもしれない。
「だが、お前も売り込む相手を間違えたな。大人しくしていれば、他の手練れにでも買ってもらえたかもしれん」
「俺もそう思うよ……ちくしょう」
「さて、そろそろ始めるか……」
篭手のデルフ左手の上でポンポン、軽く弾ませながら時空神像を眺めていたスパーダは右手に握っていた
二丁の短銃を時空神像が掲げる砂時計に放り込み、さらに連続して篭手のデルフも放り込んでいた。
「ちょっ! 何するんだ――うわああぁぁぁぁ……!」
デルフの悲鳴が砂時計の中から聞こえたが、すぐ吸い込まれるようにして消えていった。
スパーダは砂時計の中で激しく回転する様々な色の光を、表情を変えぬままじっと見つめ続けていた。



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