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ゼロの黒魔道士 Another Note-08


『やがて別れの時がおとずれる。ゆえに今こそ、いつくしめよ』
                  (=ベルに記された警告=)

『死すべき定めの中でこそ、生きる意味を見つけられる』
                  (=天命を知る者・ミンウ=)

『夢に果てなきうちは、道もまた果てのなきもの。
 さえぎるものが在るならば、それは 内なる『恐れ』、ただそれのみである』
                  (=鉄の尾・フラットレイ=)



キィ、キィ。
鳥籠が音を立てて揺れていた。
キィ、キィ。
絞首台の死体のように揺れていた。


「ギャァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

また悲鳴が、鳥籠の中の少女の耳に届く。
また、知らない誰かの命が、奪われ吸い尽くされる。
やがて、自分も……
ジョゼットは、その涙も涸れた顔を、再び自分の膝の間にうずめた。

「ぐぉぉおおおお!!!!」
だが、何かがおかしい。
今までは、悲鳴は聞こえても、続かない。
『生贄』となる人の悲鳴は一度で終わり。
その後聞こえるのは、うっすらとピチャリ、ピチャリとその血を啜るおぞましい音。
だが、今度は。
「グァアアアアアア!?」
何度も何度も悲鳴が聞こえてくる。
それも、生贄になる人間達のか細いものではなく、
野太く恐ろしい、狼達の悲鳴が……

「どうした!?」「何あった!?」
鳥籠の辺りには、声しか聞こえぬ。
それでも、洞の中がにわかに騒がしくなったことだけははっきり分かる。
「強い男!」「剣持った男!」「真っ赤な男!」
真っ赤な男?心当たりはあるが、彼が来るはずは無い。
だって、あの人は、自分と同じくらい臆病で、そそっかしい人で、
それに、それに、
それに、自分はあの人に酷いことを言った。
だから、あの人は絶対に……
「こっち来る!」「止めろ!」「ぎゃあぁああああああああ!!」

悲鳴や怒声が、どんどん近くなる。
ジョゼットは、顔を上げて、鳥籠のぶら下がる部屋の入り口を見た。

「うがぁあああ!!!」
「おらよぉおおっ!!」
見張りの狼が、血まみれで吹き飛ばされる。

キィッっ!
一際大きい音を立てて、鳥籠が揺れた。
ジョゼットが鳥籠の中から、可能な限り顔を覗かせた。

狼の血飛沫の向こうに、その影が見える。
四本もある手の一本一本に、剣を握り締めて、その男は立っていた。

「――思ったより元気そう、だな!」
「な、なんで――」




ピコン
ATE ~歴史的英雄譚 -His Story- ~

『「光は、我等と共にある」

 一歩を踏み出したイーヴァルディの勇者の手。
 そこには、どんな試練にも壊れることのない、
 クリスタルの輝きが握り締められているのでした……――』

パタン。
重厚な皮の裏表紙が、積み重なった物語の上に着地する。
その音を合図に、ゆっくりと景色が変わっていく。
光溢れた草原の新緑から、図書室のマホガニーを基調とした茶色へ。

だが物語の余韻からはなかなか抜け出せない。
タバサはもう一度、『彼ら』に会いに目を閉じた。
敗北や仲間の死を乗り越え、なおも立ち向かう勇者の横顔を見る。
自らの消滅を覚悟し、戦士たちに力を残した女神の頬笑みを見る。
別れが来ると知りながら、それでも戦いに臨んだその背中を見る。
何度も何度も、反芻するように繰り返す。
彼らの歴史を、彼らの物語を。
文字だけの情報が、何度も何度も映像となって瞼を熱く――

「ターバサっ!」
「……痛い」

ハッピーエンドの余韻からは、背中からの柔らかく重量感のある締め付けで引き戻された。
少しだけ溜息をつきながら、タバサはキュルケの顔をゆっくりと見上げた。

「あはは!ゴメンゴーメン!
 今度の休日、ダーリンが出張でいなくて寂しいからさ~」

謝罪っ気や、断りも無く、キュルケはタバサの向かいに座り込んだ。
その肘がテーブルに乗ると、そこらに積まれた本の塔が、やや傾いだ。

「久しぶりに遊ぶ相談でもしようかなぁと思ったけどいないんだもの!
 木を探すなら森、タバサを探すなら図書室よね、やっぱ」
「……私は本と同じ?」
「あ、気に障った?」
「別に。『物語る』という意味では同じかもしれない」

山と積まれた本を挟んで向かい側に、彼女の友人は腰かけた。
自分とは正反対だけれども、一番の友人が。

「タバサ……変わったわね」
「髪のこと?伸ばしすぎ?」
「ううん。髪の毛はそっちの方が似合うわよ。今の、笑顔が増えたタバサには」

うなじを隠すぐらいまでには伸びた髪の毛を弄りながら、
大好きな本に囲まれて、友人と笑いあう。
タバサは心の底から幸せだなぁと思いながら、まだ少しだけ不器用な笑顔を見せた。
ずっとずっと独りで戦っていた頃とは大違いだ。

「私が言ってたのはさ、読む本の傾向よ」
「傾向?」
「ほら、前はもっと『ハルケギニアに潜む危険生物』~とか?
 『人体急所全集』とか?『毒薬の全て』とか?
 こー……危険な香りプンプンな本が多かったじゃない?」
「必要だったから」

たった独りで戦うと決めたときから、知識こそが武器になると思っていた。
だからこそ、そうした本を読み漁っていた。
目の前の敵を、確実に狩るために。

「――で、今私達の目の前に積まれているのはっと……」

本の塔に手が伸ばされる。
際どい所でバランスを崩しかけたその塔は、
すっと差し出されたタバサの左手で支えられた。

「『イーヴァルディの勇者と野薔薇の反乱軍~』に?
 『イーヴァルディの勇者 ~騎士と魔女~』、はいはい?
 『異説・イーヴァルディの勇者 ―秩序と混沌の戦い』……
 『イーヴァルディ』、『イーヴァルディ』、『イーヴァルディ』!
 ぜーんぶ『イーヴァルディの勇者』!!子供向けの本ばっかり読んでどうしたのよ?」
「昔から好きだったし……それに、これ」

今のタバサのライフワークは、自分が好きだった『イーヴァルディの勇者』の研究だ。
子供用の民間伝承など、研究する者はそんなに多くいない。
だからこそ、それをまとめ、分析をしてみたくなる。
何故人は『勇者』に憧れ、『英雄』を求むのかと。

この学院を卒業してしまえば、自分が本当にシャルロット女王になるかはともかく、
政治の世界に飛び込まなければならないのは確実だろう。
だから、学生という名分があるうちは、好きなことをしたい。
それがタバサの願いだった。

「んー?これも『イーヴァルディ』?
 えーと……タイトルは……『イーヴァルディの勇者と命の旋律』、ねぇ……?」
「ここの挿絵」

タバサが指差した先には、
子供にも分かりやすいような単語で構成された文章に囲まれるように、
銅版画で描かれたいかにもな絵が載っていた。
花から虫のような手足の生えた怪物、そいつに囚われた女性。
それに対峙するのは、鎧の騎士と、少年が2人……

「……ん?あれ?この構図って……」
「こっちの少年は尻尾は生えて無いけれども、盗賊兼役者として登場した子。
 そして、こっちの子はとんがり帽子の魔法使い。囚われの女性はお姫様。
 ……その後の話の展開も、ほぼ一致している」
「――ビビちゃんの物語!?」

夜のお話会。
『異世界』から召喚されてきたとんがり帽子の少年から聞かされた彼自身の冒険譚と、
数多ある『イーヴァルディの勇者』シリーズの内の一冊が、ほとんど同じ。
それが意味するところとは……

「ちょ、タバサ!どういうこと!?」
「私達の世界と、『彼“ら”』の世界は繋がっているのかもしれない」

ハルケギニアと同じような世界もあれば、
まさにお伽話のようなカラクリ機械の登場する世界も、
『イーヴァルディの勇者』シリーズは調べるほどに、多種多様な世界観で描かれている。
もし、これらの全てが、実話に基づくものとしたら?
とんがり帽子の少年がやってきたような、『異世界』での実話に……

「それってすごい発見じゃない!?ビビちゃんにこのことは?」
「まだ。その本を見つけたのも、今日のこと」
「よし、行くわよ!教えてあげなきゃ、あんたの大発見!!」
「乱暴」

本の塔が、支える主もいなくなり崩れていくのを横目で認めながら、タバサはキュルケに引っ張られて行った。
その勢いに煽られ、中程に積まれていた一冊が、落ちた衝撃でページを開いた。

いつだったか、砂漠の城に閉じ込められていたタバサの慰めとなった本、
『イーヴァルディの勇者と探求の風 下巻』だ。
ページはその終盤。
勇者達に襲いかかるは恐ろしい魔物。
苦闘。倒れる仲間。もう駄目だ――
読者も、当の勇者達ですらそう思ったことであろう。
そこに助けに入ったのは、かつての敵であった男――という何とも盛り上がるシーンであった。


『――イーヴァルディの勇者達の目の前に見覚えのある背中がありました。
 何度も何度も戦った、あの男の背中でした。

 「まにあった! このまま帰ったんじゃ――」』



「――かっこわるいまま、歴史に残っちまうからな!」

男が、顔を上げる。
男が、彼女を真っ直ぐ見る。

ジョゼットが、その男を見る。
ジョゼットが、その顔を見る。

臆病者で、見栄っ張りで、どうしようもないくらい馬鹿で……

「助けに来たぜ、ジョゼット!!」

どうしようもないくらい、カッコいい笑顔が、そこにはあった。



           ゼロの黒魔道士 Another Note
           ~第捌篇~ Just A Hero ―愛にすべてを―


「本当に!?本当にあなたなの!?」

だから、最初ジョゼットは信じられなかった。
少し間の抜けたニヤケ顔の彼が、こんなにカッコよく見えるなんて、
別人なんじゃないかと、最初はそう思ったのだ。

「ん?へへっ……『あの方』じゃなくて悪いな……よっと!」

鳥籠の錠前が、パキィンと軽い音を立てて切り落とされた。
長く鳥籠の底で折りたたまれていた足が、ふらりと体重を支えきれずに前のめりに倒れる。
男がその上の身体を支えた。
血と汗の香りが、ジョゼットの鼻に刺さる。

「おっとっと……でもさ、カッコ良く無い?囚われの女の子助けにくるっての、な?」

台詞と同じくらい、どこまでも臭い。
でも、それに安心してしまう自分がいる。
こんなに危なっかしい人に、安心感を得るなんて。

「……馬鹿……」

だから、小さくジョゼットは、『馬鹿』と言った。
彼と、そして、自分に向かって、小さく。
涙を浮かべ、顔をより深く沈める。
何も見えなくなっても構わない。
今、目の前の、この人さえ見ることができるのならば……

「この私から逃げる算段とは――」

だが、耳に聞こえるのは、
虚の声。光射さぬ所より生まれ、影から忍び寄る悪しき声。

「どこまでも愚かよな、小鼠共め……」

声が近くなり、風が変わる。
恐る恐る、ジョゼットは顔を上げ振り向いた。

「……ネクロフォビア!!」
「へー。名前まで辛気臭ぇッスねぇ!陰険野郎にゃピッタリだ!」

狼とも、人間ともつかぬ異形。
動きながらにして、死臭を纏う鎧姿が、闇間に浮かぶ。
邪、とした陰の気が洞の中を満たす。
その場が丸ごと、その化け物の胃袋であるかのような滑りと寒気だ。
じわり、じわりと肌が粟立つのを、ジョゼットは感じていた。
空気そのものが、触手を伸ばしてくる。

「我の身体……返すが良い!」
「はいそーですか、なーんて言うわけねぇだろ、バーカ!」

子供の喧嘩のように、男は舌を出してそうのたまった。
ジョゼットは、そんな男にぎゅっと隠れるようにしがみついた。

「……なら、去ねぃっ!!」

言葉と共に、包帯まみれのその顔が、『消えた』。
断頭台の首のように、スッパリと、身体の上から消え失せたのだ。

「な……ぉぁ!?」

ヂャリッ。
血をも引き裂くような鋭い音が、ジョゼットがいたところをすり抜けた。
手だ。手甲と、包帯と、赤黒い血に包まれた手だ。
それが、身体では無く、鳥籠から伸びている。
光だ。光がその手を支えている。
闇を寄せ付けた、怪なる光だ。
陰を寄せ集めた、忌なる光だ。
それが、首の消えたネクロフォビアの身体にも、
いや、それどころでは無い。
洞の至る所に、チーズに空いた穴よりも多くの、光の穴が空いている。

逞しい腕に抱え上げられながら、ジョゼットはそれをゆっくりと認識していった。

「『虚無』の身体は無くとて、『虚無』の魔法は使えぬわけでは無い……行くぞ……!!」

光の中、狂気に満ちた目だけが刹那に浮かびあがり、そうとだけ言い残しまた消えた。
消えたと同時に、次手が現れる。
腕が、足が、牙が、
右から、左から、下から、上から、
ジョゼットを狙おうと伸びて来る。

「あ、あぶっ!?ジョゼット、隠れてな!『プロテス』!!」

男の口から、聞き慣れぬ呪文が聞こえる。
守られているという実感が、少しばかり強くなった。

「余所見は禁物だぞ、羽虫が……っ」

ジョゼットを支える以外の三本の腕が、その攻撃をことごとく凌いでいた。
いや、『凌がされていた』、と言った方が楽しいだろう。
淡い光が、少しずつ男の退路を狭めていく。
詰将棋。命を奪うその『手』は、男の死角からその爪を伸ばした。

「キャァアア!!」

ヂッ。
焼き焦がすような鋭い音が、男の腕に一筋の傷を刻んだ。
抱える腕の力が奪われ、ジョゼットの身体が、傾ぐ。

「ちぃいっ!!こりゃやりにくぃ……なーんてな!」

淡い光の瞬きが、一瞬止まった。

「っ!?」
「――よぉ。顔色悪いが、ちゃんと寝てるか?」

ネクロフォビアの首が、その身体の上に戻っていた。
幾人もの生贄の血を啜ったその包帯が、針と糸で釣り上げられるように上を向く。
目の端に、釣り人の姿が目に入った。
モーグリ族。小さく、鞄にすらおさまりそうなその身体。
人が羽虫と言うならば、風の中の塵ほどの大きそうなその身体。

「サンキュ師匠っ!!つぇぃっ!!」
「ぐぉぁあああああああああああああ!?」
「うへー、狼臭いっつか腐ってんね、こりゃ。臭ぇ臭ぇ……」

身体と繋がったその首のつなぎ目を、男は薙いだ。
濁、と血が噴き出した。

「今の内だ、行くぞっ!!」
「うっす!ジョゼット、つかまってろ!」
「……はいっ!!」

元より、倒すことは目的では無い。
あくまでも、ジョゼットを助けることが目的だ。
目的さえ果たせば逃げるに限る――そのはずだった。

「おのれ……おのれおのれおのれおのれオノレ!!!」

ゴボリ、と血に気泡が混じる音で、ネクロフォビアが吼えた。
狗の臭いをした血反吐が、ドロリと落ちていく。
岩場に紅の水溜まりを拵え……いや、様子がおかしい。
滴るよりも速く、血が岩間に吸い込まれ、飲み込まれて行く。
飲み込まれた真っ赤な液体が、歓喜の光を挙げた。
禍々しい、紅紫の邪光だ。
血が浸みこむほどに、岩が唸りを挙げ、さらなる血を求めようと輝きを増す。
ドクン。洞の壁が鼓動した。
ドクン、ドクン。まるで洞そのものが心臓のようだ。
ドクン、ドクン、ドクン。低い音が、輪唱のように連なり空気を揺らす。

「な、何かやってますよ!」
「振り返るなっ!急げっ!!」

だが、ジョゼットは振り返ってしまった。
その瞳に、あの日と同じ、空を氾濫した『虹』と銀色が入り混じった、
絶望色の光が渦巻くのが見えた。

「『虚無』の身体が手に入らぬのなら、別の器を探すまで!!
 何故私がこの地を、火竜山脈の麓を選んだと思う!?
 大量の風石が眠るからだ!今にも大地を隆起させんまでの莫大な力だ!
 『虚無』の身体でも無ければ御しきれぬほどのな……」

光の中、かろうじて人の姿をした声が叫ぶ。
今までの声とは違う、不協和音の声。
老いと若きと、邪と影を混ぜた、響くような声。

「ファファファファファ!!!さぁ……魔力よ集えっ!!
 贄の身体は後で見つけてやるっ!この血は前払いとして受け取るが良いっ!!」

洞の中が、一際大きく揺れた。
絶望色の光が、それ自体生きているかのように触手を伸ばす。
空気が、光が、自分の身体に絡みつくのをジョゼットは感じた。

「し、師匠ぉーっ!?」
「逃げろ逃げろ逃げろ!巻き込まれる前に命惜しきゃ逃げろっ!!」
「ふ、膨らんでいく……」
「で、でもっ!!」
「でももヘチマも無いってんだ!ジョゼットを助けることが目的だったろ!?それ以外は余計だっ!」


「う、ウゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……――!!!!」
 ・
 ・
 ・

洞から離れること数百メイル。
そこで彼らは、ようやっと、ぷはぁと息をついた。
空気を吸えば、肺まで侵されそうな力の渦。
溺れそうになりながら、辛うじて逃げ出した。
外の空気が、やけに懐かしい。

「こ、ここまで来れば……」
「まぁ、一安心だな……」

だが、それは刹那の安堵でしか無い。

「空が……」
「うわ、すっげ!?空って歪むんか!?」

空が、歪む。
雲も、太陽の光すらも歪み、
『虹』と銀色が醜く入り混じって、漏斗の中の水のように堕ちている。
鳥の鳴き声も、風すらも唸ることを忘れ、
火竜山脈の麓へと吸い込まれて行くようだった。
悪しき気配が世界を包む。
絶望色が空気に満ちる。
それは半年前の、『虹の氾濫』の再来であった。

「……私が、生贄にならなかったせい……?」

ジョゼットは、小さく呟いた。
自分が、自分が大人しく、ネクロフォビアに食われていれば。
自分が、自分が大人しく、修道院にさえいれば。
助かった喜びは、何故助かってしまったのかという問いへと変わる。

「……」
「私が……」

そんなジョゼットを、男はそっと地面に下ろした。

「ちっ……背負うんじゃねぇよ、何もかも」
「……え?」
「ちっとはこの俺を頼って欲しいなぁ。……頼りになんないんしょーけどぉー」

そう言って男は自嘲気味に笑った。
心なしか、笑い声が震えている。

「……師匠、ジョゼットのこと、頼んまさ」
「正気か?」
「……最初っから正気ッスよ。安全なところで待っててくれませんかね?」

スティルツキンは、その言葉に全てを悟る。
止めるべきか、止めざるべきか。
本音を言えば、止めたかった。
それぐらいの情は移っている。
いくら馬鹿とはいえ、しばらく旅を共にした弟子だ。

だが……スティルツキンとて男だ。
男が、男の覚悟を認めてやらないでどうする。

「おう……分かった」
「……戻るんです、か?」

そっと微笑むことを選んだスティルツキンの横で、
ジョゼットは泣きそうな声を出した。

「おう!世界のピンチくせーし、しゃぁねぇだろ?」

そんな男の返事に、『何故』と問おうと最初は思った。
だが、気づいた。気づいてしまったのだ。
ジョゼットは、目の前の男と、
『あの御方』の姿が被ることに気づいてしまったのだ。
自分の為を思い、死を覚悟する、その姿に。
嫌になる。
こんな自分なんかのために、みんなみんな勝手すぎる。

「……嘘つき」
「お?お?」

ジョゼットは、ポカリ、と男を殴った。
以前のビンタよりも、ずっとずっと優しく、男を殴った。
悔しい。
『あの御方』よりも、ずっとずっと清々しく、
自分の前から去ろうとする、その男に、悔しさを覚える。

         Go, if you must move on alone
            (行きなさい、あなたが一人で行くのなら)

「でも……ううん、何でも無いです」
「そっか……じゃ、俺、行くわ……
 ジョゼット!いつまでも優しさを忘れんなよ!」
「……」

まるで物語の1シーンだ。
昔ながらの、勇者とお姫様の。
遠い昔に憧れていたような、御伽話の。
この後、お姫様はどうする。
泣いて、駄々をこねるか。
自分も連れて行け、と喚くか。
いいや、自分の憧れは、そうでは無い。

         I'm gonna make it my own
            (私も一人で生きていくわ)

「あ、ちょっと待って……」
「お?」

ジョゼットは、そっと男の手を引っ張った。
しゃがむように、そう促す。

         Kiss me good-bye, love's memory
            (さよならのキスを下さい、愛の記憶として)

「……死なないで、ください」
「……たりめぇだろ!生きてたらまた会おうぜ!いや、また会える気がするぜ!
 あー、そのときはそのー、付き合……」
「え?」
「……ふっなんでもねぇよ!あばよ!!」

男は、去って行った。
ジョゼットは、その姿が森の奥に消えるまで、ずっと見守っていた。
ずっと、ずっと。

 ・
 ・
 ・

洞の中は、風石が起こした風と、虚無の魔力が渦を巻いていた。

「憎イ……私が死んでも存在を続ケる世界が憎い……」

力が、その者の身体を纏っていた。
以前の狼の身体では無い、純粋無垢たる力の鎧。

「憎い……どれだけ手に入れても、治まることの無い欲望の渦が憎イ……」

肩から伸びたマントが、その者がかつてはメイジであったことを証明していた。
かつて、その者がフォルサテと呼ばれた裏切り者であったことを。
力の渦が、その者の身体に満ちきる。
溢れ零れた力の渦が、やがて無数の引っかき傷を、洞のあちらこちらに刻んでいく。
『虚無』の力で刻まれたそれは、ハルケギニアの空間原則すらも切り裂いて、綻びを産み出す。
やがてその綻びが、人をも飲み込むほど巨大に、強大にその口を拡げていった。

「ファファファ――風石ト虚無の力で……『次元の扉』が開キよった……!!」

『次元の扉』。
『次元の狭間』へと繋がる闇への門、いや、言うならば『悪魔の門』。
『世界扉』をいくら駆使しても繋がらぬ、この世が生まれた場所に繋がる『聖地』の口だ。

「全てを手に入れる……どれダケ壊そうとも……ドレだけ潰そウとも……全てを!!」

順序こそは逆になってしまったが、仕方があるまい。
万全を期し、先にあらゆる力を受け入れるだけの、強靭な虚無の身体が欲しいところではあった。
だがこうなれば、先に『始原のクリスタル』を抑えてしまうのも悪くは無い。
力の源を得た上で、それを入れる器を手に入れるのだ。
魔力でできた仮面の下で、ネクロフォビアは野心の笑みを浮かべた。

「へっ、顔も心も醜い野郎だなぁ!」
「……逃げたのでは無かったのか、貴様……」

足下に広がる『次元の扉』から、洞の入口へ顔を向ける。

「あぁ――やってみたかったんだよなぁ、一度っくらい!世界を救っちまうヒーローってのをさ!」

間抜け面。
そうとしか形容できない、そんな羽虫の顔がそこにはあった。

「愚かさの極みか……名乗れ、墓標ぐらいは刻んでやろう……」
「へへっ、聞いて驚け!
 ある時は裏通りのジャック!ある時は気さくな四本腕のお兄さん!しかしてその正体は――
 あ、やっぱやめ!!今の無し!!」

言いかけ、その男は唐突に自身の言を取り消す。

「ふん……今更臆したか?」
「いやぁ、可愛い子ならともかくさ、お前みたいな外道に名乗る名は無ぇわ!!」

ふざけた男だ。
ネクロフォビアはそう判断した。
しかし、その魂は行き掛けの駄賃ぐらいにはなろう。
虚無の魔力の渦が、一層激しさを増してゆく。

「ならば……墓標のいらぬ、次元の狭間に消えよっ!!」
「おわっ!?」

 ・
 ・
 ・

彼らに言葉は無かった。
沈黙が、彼らの歩みを支配していた。

「あの、さ……俺がこう言うのも何だけどよ」

耐えきれず、スティルツキンが言葉を発する。

「……何ですか?」
「ときどきで良いから、アイツのこと想い出してやっちゃくれないか?」

男は、そうジョゼットに願いを言った。
師匠として、弟子の旅立ちは本来明るく送ってやるべきだったと、一抹の後悔を覚えながら。

「え?」
「いや、アイツのことを覚えていてやることが、
 ふがいない師匠の務めかねぇ、と思ってな……」

分かっている。
そんなことぐらいで、あいつが喜ばないのは。
それでも、せめて……


「……ときどき、想い出す?

 そんなこと、できるわけ無いじゃないですか」

思わぬ返事を、ジョゼットが返す。
スティルツキンは、細かったその目を丸くした。

「え、おいおい……」
「だって……忘れることなんて、出来そうに無いですもの」

そう言って顔を上げたジョゼットは、思った以上に明るかった。
ふっ切れた、そんな清々しい笑顔である。

         Follow your heart and find your destiny
            (あなたは自分の気持ちに従って、そして運命を見つけるの)

 ・
 ・
 ・


「死を畏れ、死を敬え!恐怖を乗り越え、我は高みに立つ!
 貴様ごときに、神は倒せぬわっ!!」
「ひぃっ!?お、おっかねっ!お、俺が悪かった……」

冗談半分で、おどけてみる。
もう半分の本心が、本当になりそうだから。
逃げたい。今にも『急用を思い出した』とでも言って逃げたくなる。
あぁ、おっかない敵と面向かって正気でいられるわけがない。
そこでこっそりと結んだ呪文は、『ヘイスト』。
今にも緊張で攣りそうな足を、前へ前へと進めるための呪文。

「そんなおっかない顔で来られちゃ……」

矢継ぎ早に唱えたのは、『プロテス』。
少女を守るように唱えたのと同じ、加護の呪文。
一秒でも長く、闘えるように、自分の胸に手を当て唱えた。

「手も足も出ないぜ……」

『シェル』。炎も雷も、凍てつく氷も耐えぬく呪文。
無謀であることは分かっている。
あぁ、分かっているさ。魔法に関しちゃ、ほとんど素人だ。
この呪文だって、生きるために我流で覚えた間に合わせだ。
でも、それでも、何も無いよりはマシだろう?
どうしようも無くカッコ悪いけど、せめてカッコ良く最後まで戦っていたいから。
男は、そんな想いで自分に魔法をふりかけた。

「……てのは嘘だけどな!!」

力を足にこめ、高く、高く。
重力と、自分の剣撃と、ほんのちょびっとの勇気を足して、
男はネクロフォビアを目がけ跳んだ。

「小賢しい羽虫が……死ね!!」
「それはこっちの台詞だぜ!!」

『次元の扉』が口を広げる。
戦いの結末を飲み込むように、広く、広く……

 ・
 ・
 ・

その戦いの結末を、彼女は知らない。
いつの間にか、祈るように、手を合わせていた彼女は、それでも悟っていた。

         Won't shed a tear for love's motality
            (愛が終わる運命だとしても、涙は流さないわ)

空が、歪んだ空が、元の色を思い出したかのように青く広がっていく。
それが、彼からのメッセージだ。
ジョゼットはそう確信した。

「さようなら、ギルガメッシュさん……」

         For you put the dream in my reality
            (これであなたは夢を現実にできるのだから)

「私は……生きていけます。
 だから、生きて……いつか、また……」

ジョゼットは、目をそっと閉じ、祈りを捧げた。
天に届けと、深く、そっと。



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