あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

memory-26 「恋のからさわぎ」



 魔法学院の東の広場、通称『アウストリ』の広場のベンチに腰かけ、ルイズは一生懸命に何かを編んでいた。
今はちょうど昼休み。食事を終えたルイズは、デザートも食べずに広場へやってきて、こうやって編み物をしているのだった。
ときおり、手を休めては、『始祖の祈祷書』を手に取り、白紙のページを眺めながら、姫の式に相応しい詔を考える。
 周りでは、他の生徒がめいめいに楽しんでいる。ボールで遊んでいる一団がいた。
魔法を使い、ボールに手を触れずに木に吊り下げた籠に入れて、得点を競う遊びだ。
ルイズは、その一団をちらと眺めた後、切なげなため息をついて、作りかけの自分の作品を見つめた。
 はたから見るとその様子は、一幅の絵画の様であった。ルイズは本当に黙って座っているだけでさまになる美少女なのである。
 ルイズの趣味は編み物である。小さい頃、魔法がダメなら、せめて器用になるようにと、母に仕込まれたものであった。
しかし、天はルイズに編み物の才能を与えなかったようである。
 ルイズは一応、セーターを編んでいるつもりであった。しかし、出来あがりつつあるのは、どう贔屓目に見てもねじれたマフラーである。
というか、複雑に毛糸が絡まりあった、オブジェにしか見えない。
ルイズはそんなオブジェを恨めしげに眺めて、再びため息をついた。

 あの厨房で働くメイドの顔が思い浮かぶ。エツィオが彼女を誑し込んだことを、ルイズは知っている。
そんな彼女にエツィオは食事を用意させている事もルイズは見抜いていた。

 あの子は食事を作れる、キュルケには美貌がある。じゃあ自分には何があるだろう?
 そう思って、趣味の編み物に手を出したのだが……、あまりいい選択ではなかったようだ。

 そんな風に作品を眺め、軽く鬱に入っていると、肩を誰かに叩かれた。
振り向くと、キュルケがいた。ルイズは慌てて、傍らに置いた始祖の祈祷書で『作品』を隠した。

「ルイズ、なにしてるの?」

 キュルケはいつもの小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ルイズの隣に座った。

「み、見ればわかるでしょ。読書よ、読書」
「でもその本、真っ白じゃないの」
「これは『始祖の祈祷書』っていう国宝の本なのよ」
「ふぅん、で? なんでそんな国宝をあなたが持ってるの?」

 ルイズはキュルケに説明をした。アンリエッタの結婚式で、自分が詔を詠み上げること。
その際、この『始祖の祈祷書』を用いる事……などなど。

「なるほど。その王女の結婚式と、この間のアルビオン行きって関係してるんでしょ?」

 ルイズは一瞬考えたが、キュルケが一応、自分達を先に行かせるために囮になってくれた事を思い出し、頷いた。

「あたしたちは、王女の結婚が無事行われるために危険を冒したってわけなのねぇ、名誉な任務じゃないの。
つまりそれって、こないだ発表された、トリステインとゲルマニアの同盟が絡んでるんでしょ?」

 なかなか鋭いキュルケであった。ルイズは憮然とした表情で言った。

「誰にも言っちゃダメなんだからね」
「言うわけないじゃない、あたしはギーシュみたいにおしゃべりじゃないもの。
ところで、二人の祖国は同盟国になったのよ? あたしたちも、これからは仲良くしなくっちゃ。ねぇ? ラ・ヴァリエール」

 キュルケはルイズの肩に手を回した。そして、わざとらしい微笑を浮かべる。

「聞いた? アルビオンの新政府は、不可侵条約を持ちかけてきたそうよ? あたしたちがもたらした、平和に乾杯」

 そんなのとっくに知ってるわよ。とルイズはうっとうしそうに相槌を打った。
その平和のために、アンリエッタは好きでもない皇帝の元へ嫁ぐ事になり、エツィオは暗殺を行い続けたのである。
仕方のないこととはいえ、明るい気分にはなれなかった。

「それはそうと、この間のアサシンの話、覚えてる? ほら、『アルビオンの死神』のことよ」

 ルイズは、ぴくりと肩を震わせた。

「ええ、それが?」
「ね、ここだけの話、『アルビオンの死神』って、エツィオなんでしょ?」
「残念でした、あいつはアサシンじゃないわ」

 ルイズの顔を覗き込んで、キュルケは言った。
ルイズは、つんと澄ました顔で首を横に振る。だが、キュルケは何食わぬ顔で首を傾げた。

「あら? そうなの? おかしいわね、エツィオがそう言ってたのに」
「なっ……!」

 ルイズは目を吊り上げた。

「あ、あのバカっ……! な、なに自分でバラしてんのよっ……!」

 苦々しい表情で呟いたルイズを見て、キュルケはにやっと笑った。

「あらら、てことはアサシンって、エツィオなんだ」
「あっ……! あ、あんたもしかして!」

 キュルケのその言葉に、鎌をかけられたことに気が付いたルイズははっとした表情になった。
キュルケは楽しそうに、ルイズの額を指でつついた。

「ウソに決まってるじゃない。エツィオに聞いたらはぐらかされちゃったわよ、彼って、煙に巻くのうまいわね。
ちなみに、彼にも同じ手を使ったけど、それでも自分ではないって否定されちゃったわ」

 あなたってほんとに分かりやすいんだから、とキュルケは笑いながら言うと、やがて、ほうっ……と、切なげなため息を吐いた。

「それにしてもすごいわね! エツィオがあの『アルビオンの死神』だなんて!」
「い、言わないでよ! だって……!」
「わかってるわ、あたしだって馬鹿じゃないもの」

 キュルケは少々むっとした表情でルイズを見つめる。それから頬に手を当て、うっとりした様子で呟いた。

「ああ、でもエツィオってば、想像以上だわ……、そのままでも十分カッコいいくせに、まだ秘密を隠し持ってたなんて……! 素敵……最高じゃない!」
「ふん、あんなバカのどこがいいのかしら」

 口をへの字に曲げながら、つまらなそうに呟くルイズに、キュルケはにやっと笑った。

「あら、そんなの聞くまでもないんじゃなくて? それにあなたも……」

 キュルケは、さっと始祖の祈祷書の下から、ルイズの作品を取り上げた。

「か、返しなさいよ!」

 ルイズは取り返そうともがいたが、キュルケに体を押さえられてしまった

「さっきから、この……え、えーっと……、ごめんなさい、なにこれ」

 キュルケはぽかんと口をあけて、ルイズの編んだオブジェを見つめた。

「セ、セーターよ」
「セーター? ヒトデのぬいぐるみにしか見えないわ」
「そんなの編むわけないじゃない!」

 ルイズはキュルケの手から、やっとの思いで編み物を取り戻すと、恥ずかしそうに俯いた。

「あなた、そのセーター、エツィオに編んでたんでしょ?」
「あ、編んでないわよ! ばかね!」

 ルイズは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「あなたってほんとうにわかりやすいのね、好きになっちゃったんでしょ?
わかるわ~、あんな完璧な男、惚れるなって言うほうが無理だもの」

 ルイズの瞳を覗き込むようにして、キュルケは言った。

「す、好きなんかじゃないわ。好きなのはあんたでしょ」
「あのねルイズ。あなたって、嘘つくとき、耳たぶが震えるの、知ってた?」

 ルイズは、はっとして耳たぶをつまんだ。すぐにキュルケの嘘に気が付き、慌てて手を膝の上に戻す。

「と、とにかく、あんたなんかにあげないんだから。エツィオはわたしの使い魔なんだからね」

 キュルケはにやっと笑った。

「独占欲が強いのはいいけれど、あなたが今心配すべきは、あたしじゃなくってよ」
「どういう意味よ」
「ほら……なんだっけ、エツィオに誑し込まれたあのメイド」

 ルイズの目がつり上がった。

「あら? 心辺りがあるの?」
「べ、べつに……」
「今、部屋に戻ったら、面白い物が見られるかもよ?」

 ルイズはすっくと立ち上がった。

「好きでもなんでもないんじゃないの?」

 楽しげな声でキュルケが言うとルイズは。

「わ、忘れ物を取りに行くだけよ!」と怒鳴って駆けだした。


 エツィオは部屋の掃除をしていた。
箒で床を掃き、机を雑巾で磨く。最近、ルイズが洗濯や自分の身の回りの世話を自分でやるようになったため、仕事と言えば掃除くらいだ。
掃除はあっという間に終わってしまった、もともとルイズの部屋にはあまり物が無い。
クローゼットの隣には引き出しの付いた机。水差しの乗った丸い小さなテーブルに椅子が二脚。そしてベッド、本棚くらいである。
ルイズはわりと勉強家なので、本棚にはずっしりと分厚い本が並んでいる。

 父上の書斎も、こんな感じだったな。と、なんとなく昔を思い出しながら、椅子に腰かけた、その時である。
開け放たれたままの窓から一羽の鳩が、エツィオの元に飛んできた。

「やっと来たか」

 腕に止まった鳩から手紙を受け取りながら、エツィオは小さく呟く。
部屋の壁に立てかけたデルフリンガーが、エツィオに声をかけた。

「お? 姐さんからの手紙かい?」
「なんだよ姐さんって……」

 苦笑しつつも、その手紙を開封する。
だが、その中身をみたエツィオは、すぐに眉根を寄せた。

「奴ら……正気か?」
「どうしたよ、相棒」

 ただならぬエツィオの様子に、デルフリンガーが尋ねる。
エツィオは険しい表情のまま呟いた。

「『親善訪問』は予定通り行うそうだ」
「予定通りだって? するってぇと……」
「ああ、奴ら、艦隊の再編を終えつつあるらしい……。親善訪問に合わせ再編を終え、侵攻に乗り出すつもりのようだ。
最後通牒だったんだがな……、受け入れてもらえなかったようだ」

 全て、無駄だったな……。エツィオは低く呟くと、顎に手を当て考える。

「降下予定地は……ラ・ロシェール近郊、タルブの大草原……か」

 そんなところあったかな? とエツィオは小さく首を傾げる。
しかし、手紙に書いてある以上、あるものはあるのだろう。
エツィオは肩を竦めると、ルイズの机から羽根ペンを取り出し、なにやらさらさらと手紙をしたため始めた。
それを鳩にくくりつけ、窓から空へと放つ。

「これでよし、っと」
「何を頼むんだ?」
「資金源の再調査だ、今回の侵攻の軍資金がどこから出たのか調べてもらうのさ。まさか税金だけで賄える筈はないからな」

 そう言いながら、エツィオは椅子に腰をかける。それから再びマチルダからの手紙を広げ、じっと見つめた。

「銀行家は全て消した……、市民から税を捲き上げたとしても、奴らに軍を動かす程の金なんてないはず……。
奴ら……、一体何を考えているんだ?」
「でも相棒、お前、これを想定していたんじゃなかったのか?」
「まぁな……、予定より艦隊の規模が小さいらしいが……、不意を打てるのならば制圧は可能だと踏んだんだろう。
トリステインには、伝える事は全て伝えた……あとはトリステイン艦隊がうまく立ち回ってくれることを祈るしかないな」

 だが……もし万が一の時は、忙しくなるな……。と小さく呟き、エツィオは机の上に置かれたアサシンブレードを見つめた、その時、扉がノックされた。
エツィオは手紙を丸め、ポケットの中に入れようと。したが、ちゃんと入らず。丸まった紙きれがぽとん、と床に落ちる。
少し慌てていたためか、それに気が付かないまま扉に向かい、エツィオは「どうぞ」と声をかける。
すると扉ががちゃりと開いて、シエスタがひょっこり顔を見せた。
今までの険しい表情から一変、エツィオはにっこりとほほ笑んだ。

「やあ、シエスタじゃないか、どうしたんだ?」
「あ、あの……」

 そうやって現れたシエスタの手には、大きな銀のお盆があった。その上にはたくさんの料理が乗っている。

「あのですね、その、今朝、エツィオさん、食堂にいらっしゃらなかったじゃないですか」

 ああ、とエツィオは頷いた。
昨夜、まったく眠れなかったせいで、思いっきり寝過してしまい、ルイズはなんとか朝食にありつけたものの、
エツィオは食堂へルイズを送り出すことに精いっぱいで、朝食を食べる事が出来なかったのだ。

「だから、お腹すいてないかなって。心配になって……それで……」

 シエスタはお盆をもったままもじもじした。その仕草がとてもかわいらしい。

「いや、助かったよ、今日は思いっきり寝過しちゃってね、朝食を食べてなかったんだ」
「寝過しちゃったんですか? ……実は、わたしもなんです。お陰でお仕事に遅れちゃって、部屋長に怒られちゃいました……」

 シエスタはしゅんと項垂れた。

「なんだ、きみも寝坊しちゃったのか。お互い災難だな。さて、それはそうと、丁度お腹かがすいてたんだ、持ってきてくれて助かったよ」

 エツィオはにこやかにほほ笑むと、そう言った。

「ほんとうですか?」

 シエスタの顔が輝いた。

「うれしいです……、じゃあ、おなかいっぱい食べてくださいな」


 小さなテーブルの上に、様々な料理が、所狭しと並んでいる。
シエスタが、にこにこしながら隣に座る。

「それじゃ、いただくよ」

 エツィオはにっこりとほほ笑み、料理を口に運び始める。

「おいしいですか?」シエスタが尋ねてくる。
「ああ、とっても」
「えへへ……、たくさん食べてくださいね」

 シエスタは、上品な、それでいて手慣れた手つきで料理を口に運ぶエツィオを、うっとりとした目で見つめている。

「エツィオさんって、上品なんですね、なんだか、料理も口に運ばれるのを楽しみにしているみたい。作った人も幸せな気分だなぁって」
「きみの前だからな、カッコつけてるのさ」

 エツィオはウィンクしながら笑う。
まぁっ、とシエスタは頬を染めた。

「ところで、いつもと味付けが違うような……、誰が作ったんだ?」

 エツィオが首を傾げると、シエスタは、はっとした表情になった。
不安そうにエツィオを上目遣いに見つめ、尋ねる。

「あっ……。お、おいしくない……ですか?」
「とんでもない、それどころか俺好みの味付けだ」
「ほ、ほんとですか! じ、実はそれ、私が作ったんです」

 シエスタは、はにかんだ表情で言った。

「へえ! 大したものじゃないか!」
「あ、ありがとうございます。無理言って、厨房に立たせてもらったんです。
でも、こうやってエツィオさんに食べてもらうことが出来たので。お願いした甲斐がありました」
「きみの手料理を一人占めできるなんてな、これは寝坊して正解だったかな?」

 上機嫌に料理を口に運ぶエツィオに、シエスタは嬉しそうに笑った。
やがて、机の上に置かれた料理を一通り平らげると、エツィオはお腹をさすりながら満足そうに頷いた。

「ふぅっ……、食べ過ぎちゃったかな。ありがとうシエスタ、とてもおいしかったよ」
「いえっ! あ、あのっ! 言ってくださればわたし、エツィオさんのために、いつでも作ります!」
「ああ、また頼むよ」

 ワインを口に運びながら、エツィオは微笑む。
その魅力的な笑みに、シエスタは思わずクラっときてしまう。
しかしエツィオの手前、なんとか気を取り直そうと、シエスタは慌てた調子で言った。

「エ、エツィオさん!」
「うん?」
「あ、あのっ!」

 それからシエスタは、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「昨日のお話、とっても楽しかったです! エツィオさんの故郷! えと、フィレンツェって、とっても素敵なところなんだなって!」

 ああ、とエツィオは呟いた。
エツィオとしても、フィレンツェについて、大したことは話していない、
しかし、あまり世間に詳しくない村娘のシエスタにとって、異国の話は、とても魅力的に聞こえたのだろう。
シエスタは、ぽん、と手を叩いた。

「あのね、エツィオさんの故郷の話も素敵だけど、わたしの故郷も素晴らしいんです。タルブの村って言うんですけど……」
「タルブだって?」

 その言葉に、エツィオの表情が一瞬強張った。
タルブ……、手紙に記されていた、アルビオン軍の降下予定地だったはず……。
そんなエツィオの様子に気が付いたのか、シエスタはおろおろとした様子で尋ねる。

「ど、どうしたんですか? わ、わたしったら、もしかして、なにかお気に召さないことを……」
「あ、いや……、なんでもない。……シエスタ、もしかしてそのタルブって村、近くに草原がないか?」

 エツィオが尋ねると、シエスタは顔を輝かせた。
エツィオが自分の村の事を知っていた事が、嬉しかったようだ。

「はい! 村の近くに広い綺麗な草原があるんです! もしかして、御存じなんですか?」
「ん……、ああ、是非一度行ってみたいと思っていた所でね」
「そうなんですか!」

 エツィオがにこりとほほ笑むと、シエスタは胸の前で手を組み、勢いよく立ちあがって叫んだ。

「そ、それじゃあ、エツィオさん! わたしの村に来ませんか?」
「タルブの村に?」
「今度、お姫さまが結婚なさるでしょう? それで、わたしたちに休みが出る事になったんです。
でもって、久しぶりに帰郷するんですけど……。よかったら遊びに来て下さい! エツィオさんに見せたいんです、あの綺麗な草原。
今はきっと、夏の花が咲いているわ、地平線の向こうまで……。今頃、とってもきれいだろうな……」

 とてもうれしそうに話すシエスタを見て、エツィオは、内心、胸を痛めた。
マチルダの手紙が確かならば、アルビオンの侵攻により、タルブの村は戦場となるだろう。
シエスタの身を案じるのであれば、彼女の帰郷を止めるべきである。
しかし、逆に考えれば、これはいい機会なのかもしれなかった、シエスタに事情を話し、村人の避難誘導に協力してもらえば、
被害を最小限にとどめることが出来るかもしれない。
無論、余計な動揺を防ぐために、現地に着くまでは、そのことを伏せておく必要があるが……。

「ああ、でも……、いきなり男の人を連れていったら、家族のみんなが驚いてしまうわ。どうしよう……」

 そんなエツィオの様子に気が付いていないのか、シエスタは半ば浮かれた気分で呟いている。
それからシエスタは、ぽんと手を叩いた。それから、激しく顔を赤らめて呟いた。

「そうだ。だ、旦那様よ、って言えばいいんだわ」
「ん?」
「け、結婚するからって言えば、喜ぶわ。みんな。母さまも、父さまも、妹や、弟たちも……。みんな、きっと喜ぶわ」
「おい、シエスタ?」

 なんだか、話がとんでもない方向へ進んでいることを心配したエツィオが、シエスタの顔の前で手をひらひらと振る。
すると、我に返ったのか、シエスタは慌てて首を振った。

「ご、ごめんなさい! そ、そんなの迷惑ですよね! っていうか、エツィオさんが遊びに来るって決まったわけじゃないのに! あは!」
「いや……、それはいい提案だ」

 エツィオはそう言うと、僅かに口元に笑みを浮かべ、やおら立ち上がる。

「是非きみの村に行ってみたいな、きっと素敵なところなんだろう」
「え……あ、ほ、ほんとうですか?」
「もちろんさ、言っただろう? きみの事をもっと知りたいんだ」

 シエスタはしどろもどろになりながら言った。

「エ、エツィオさんって……、だ、大胆ですよね」
「そうか? これでも大分遠慮してるんだけどな。それとも……」

 エツィオは、ずいっとシエスタの顔を覗き込む。
咄嗟の事に驚いたシエスタは、バランスを崩した。その後ろにはルイズのベッドがあった。
当然、ベッドに倒れ込む形になったシエスタ、その上に、エツィオがのしかかる様にして顔を寄せる。
まるで獲物を捕らえるように、エツィオの手がシエスタの顎を掴む。

「大胆な男は……嫌いかな?」

 かはっ……、っとシエスタの口から言葉にならない吐息が漏れた。
ボディブローのようにずっしりとくる、エツィオの甘い囁き。
もはやシエスタの顔はまるでゆで上がったように真っ赤になっている。
エツィオはニヤっと笑みを浮かべると、顎を掴んでいた手を離し、優しく撫でるようにシエスタの頬から首筋……そして胸へと下ってゆく。

「あわ、あわわ……あわわわ」
「……どうなのかな? シエスタ」

 意地悪な笑みを浮かべながらエツィオが囁く。
シエスタは、元々いったん覚悟を決めると大胆になる性格である、だが、エツィオの前では覚悟を決めることすら許されない。
完全にペースを掌握したエツィオは、ずいっとシエスタに顔を寄せる。
その時だった、まさしく絶妙のタイミングで、ルイズがドアを開けて入ってきた。

 それから十秒の間に、実に様々なことが起こった。

 ルイズが、シエスタをベッドに押し倒しているエツィオを発見した。これが一秒。
 エツィオが、「げっ!?」 とベッドから跳ね起きた。これが二秒。
 一拍遅れ、我に返ったシエスタが慌てて起き上がる。シエスタはこれに二秒費やした。
 衣服に乱れが無かったため、シエスタはペコリと頭を下げ、部屋を飛び出して行った。ここまでで六秒。
 ここでようやくルイズの硬直は解ける。これで七秒。
 ルイズはエツィオには向かわず、机の上に置いてあった、エツィオの鉄のセスタスを手に取り、それを右手にはめる。ルイズはこれに二秒費やした。
 エツィオが「あ、いや、これには事情があって!」とルイズに言ったのと、ルイズの文字通りの鉄拳がエツィオの鳩尾に叩き込まれたのが同時で十秒。

 そんなわけで、ルイズがドアを開けて十秒後には、エツィオは冷たい石の床に転がっていた。

 ルイズはエツィオの頭をがっしと踏みつけた。声が震えている。身体も震えていた。

「何してたのあんた」
「げほっ……う……ぐぐ……」
「うぐぐ、じゃわかんないわ、人のベッドの上で何をしてたの?」
「い、いやぁ……ええと、その、なんと説明したらよいか……ぐぁっ!?」
「いいわけはいいのよ。ともかく、使い魔のくせに、ご主人様のベッドの上であんなことしようとしてたのが、どうにも許せないの。今度という今度はあたまにきたわ」

 ルイズの目から、ぽろっと涙が流れた。
エツィオは流石にまずいと思ったのか、慌てて立ち上がる。

「いや、ちょ、ちょっとまった、泣くほどの事か?」

 ……彼らしくないミスだった、不用意に放たれたその言葉は、ルイズの心を大きく抉ってしまった。

「出てって」

 ルイズはきっとエツィオを睨んだ。

「お、おい……」
「出てって! あんたなんかクビよ!」
「いっ……!」

 ルイズは右手のセスタスを外すと、エツィオの顔に思いっきり投げつけた。
勿論、ただの手袋ではない、鉄のプレートが縫い込まれた、いわば凶器である。
ぽたたっ、っと再び開いたエツィオの古傷から流れ出た血が床に飛び散った。
その光景に、ルイズはちくりと心が痛んだが、今回はそれよりも、腹の底が煮えくりかえるような怒りが勝ってしまった。

「く、クビって、おい冗談だろ?」

 そんな目にあって尚、平静を保っているあたり、流石というべきか。
エツィオはなだめる様な口調で、ルイズに話しかける。
だが、そんな冷静なエツィオの態度が、益々癪に障ったのだろう、ルイズは掛けてあったエツィオのアサシンローブをひっつかみ、廊下に放り出す。

「クビよ! クビったらクビ!」
「お、おい! 落ち着けって!」

 エツィオがそんなルイズをなんとか落ち着かせようとするものの、その勢いは止まらない。
今度はデルフリンガーやその他の装備を、全て廊下に放り出した。

「落ち着けですって? ふざけないで! あんたはクビなの! あんたなんかその辺でのたれ死んじゃえばいいのよ!」

 ルイズは最後に、エツィオの袖を掴むと、そのまま部屋の外へと叩きだした。

「あんたの顔なんか、見たくもない!」

 その言葉を最後に、ルイズは、ばたん! と勢いよくドアを閉めた。

「おい! ルイズ! 俺が悪かったって! 機嫌直せって!」

 エツィオはドアを叩くも、返事が無い。
やがて諦めたのか、エツィオはがっくりと肩を落とすと、ルイズに投げ捨てられた自分の装備品を回収する。

「やれやれ、こんなカッコ悪いのは久しぶりだな……」

 そんな事をぼやきながら、最後にデルフリンガーを拾い上げる。

「よお相棒、こっぴどくやられちまったなぁ」
「ああ。ま、一時的な物だと思うんだけどな……」

 エツィオは肩を竦めると、どうしたものかと首を傾げる。

「はぁ……、参ったな……こんなに嫉妬深いなんて……。もっとうまく立ち回らなきゃな」
「お前……、いや、なんでもねーよ」

 ため息を吐きながら呟くエツィオに、あきれ果てたようにデルフリンガーが吐き捨てた。


 一人、部屋に残ったルイズは、ベッドの上に倒れ込んだ。
 毛布をひっつかみ、頭から被った。
 ひどい、とルイズは思った。

「今日だけじゃないわ。わたしが授業を受けてる間にあの子を連れ込んで、いっつもあんなことしてたのね。
知らないのは、わたしだけだったのね、許せない」

 ルイズは唇を噛んだ。
 あの夜のエツィオの囁きは、嘘で塗り固められていたのだ。
 涙がぽろっと溢れて、頬を伝った。

「なにが裏切らないよ……。キスまでしたくせに……、だいっきらい」

 自分に言い聞かせるように、ルイズは何度も呟いた。

「……キスしたくせに」


「……で、きみはいつまでぼくの部屋に居候する気なんだね?」

 ルイズの部屋を追いだされてから二日後、エツィオが転がり込んだ部屋の主が、ワイングラスを傾けながら、呆れたように呟く。

「そう言うなよギーシュ、お詫びにこうして、上等なワインを持ってきてやったんだからさ」

 机に向かい、何やら作業をしていたエツィオが振り向き、両手を上げて言った。
部屋を追いだされ、行くあてが無くなったエツィオは、こうしてギーシュの部屋に転がり込んだのであった。

「まあ、それはいいんだけどさ。どうだい? ルイズには、許してもらえそうかね?」
「いや……さっきも謝りに行ったんだけどな、全然ダメだ、困ったものさ」

 エツィオは肩を竦めて答える。
ギーシュは、はっはっは、と笑った。

「しっかし、きみも災難だねぇ、まさか、メイドを押し倒した所をルイズに見られるなんてさ」
「不運な事故って奴さ、ま、絶好の機会を逃したってのはあるんだけどな」
「きみがそんな事をしてても、別に驚くようなことでもないと思うんだけどね」
「まさかあそこまで初心だとはな……ますます燃えてきた」

 ニッと笑みを浮かべるエツィオに、ギーシュは呆れたようにため息を吐く。

「それ、どっちのこと言ってるんだい?」
「そんなの、聞くまでもないだろ?」
「……きみの前の恋人は、さぞかし心が広いレディだったんだろうね」
「ギーシュ、俺はこれでも、フィレンツェにいた頃は、クリスティーナ一筋だったんだぜ?」
「はっはっは! 嘘はやめたまえよ! そんなはずないだろう!」
「おい! 本当だって!」

 わっはっは、と笑うギーシュに、エツィオは少々むっとした表情で肩を竦める。

「なんだよ、全く……」

 エツィオは吐き捨てるように呟くと、中断していた作業を再開する。
そんなエツィオに気が付いたのか、ギーシュは首を傾げた。
 そう言えば、彼はここに来てから、自分と馬鹿話や、チェス等に興じる時以外はいつも机に向かい、羊皮紙を見ながら何かを作っている。
不思議に思い、エツィオの手元を覗き込むと、机の上には、秘薬の調合に用いる天秤や
なにやら多種多様な丸っこいものが置いてあった。
一体彼は何をしているのだろう? と気になったギーシュはエツィオに尋ねた。

「そう言えば、エツィオ、きみはさっきから何をしてるんだ?」
「ん? 見てわからないか? 爆弾作ってたんだよ」

 エツィオから返ってきた答えに、ギーシュは思わず目を丸くする。 

「なっ! お、おいおい! ぼくの部屋で何してくれてるんだねきみは!」
「冗談だよ!」
「いやいやいや! その丸っこい物体といい、その火薬っぽい黒い粉といい、明らかに爆弾じゃないかね! きみ、一体何考えてるんだ!」
「いいだろうが! 別にここで使うわけじゃないんだからさ! ヘマなんてするものか!」
「いいから片づけたまえ! ぼくは犯罪の片棒を担ぐつもりはないぞ!」

 ギャーギャーと、ギーシュと掴みあっていると、不意にドアがノックされた。

「おい、ジェントルメン、客だぜ」

 ノックに気が付いたデルフリンガーが声を上げた。

「あ、ああ、開いてるよ」

 ギーシュが返事をすると、ドアが開いた。

「し、失礼します、ミスタ・グラモン」

 ペコリと頭を下げ、おずおずと入ってきたのは、メイドのシエスタであった。

「きみは……、件のメイドじゃないか、何か用かね?」
「あの、エツィオさんがここにいると伺ったものですから……」

 シエスタがそう言うと、ギーシュは、得心したように、ああ、と呟き、エツィオを見た。

「きみも大変だったな。この……ろくでなしのせいで」
「お前が言うか! ったく……。で、シエスタ、どうだった?」

 エツィオは口をへの字に曲げ、ギーシュを睨みつけると、シエスタに尋ねる。

「あ、はい! マルトーさんに頼んだら、おやすみが取れました!」
「……そうか、なら行こうか、準備は出来ているな?」
「はい!」
「それじゃ、下で待っていてくれ、俺もすぐに行く」

 シエスタは、わかりました! と、頷き、忙しげに去ってゆく。
それを見送った後、エツィオは、アサシンのローブを羽織り、荷物をまとめてゆく。
その様子を見つめていたギーシュが首を傾げた。

「きみ、出かけるのかい?」
「ああ、ちょっとタルブにな」
「タルブ?」
「彼女の故郷だよ」
「はあ? きみ、あのメイドの件でルイズに怒られたっていうのに、それでも彼女の故郷に行くってのかね?」

 ギーシュは呆れたようにため息をついた。 

「知らないぞ、どうなっても」
「……承知の上さ」

 一瞬、エツィオの顔が、思いつめたような表情になった。が、すぐにいつもの陽気な表情になると、ポンとギーシュの肩を叩いた。

「それはともかく、世話になったな」
「ぼくが言うのもなんだけど……、きみ、もう少し振舞いを考えた方がいいぞ」
「御忠告どうも。ま、戻ってきた時に、まだルイズに許されてなかったら、また世話になるからよろしくな」
「その時は、最高級のワインで手を打ってやろうじゃないかね」

 絶対に許されてないだろうな。とギーシュは苦笑しながら、エツィオを見送った。




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