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ルイズと無重力巫女さん-46





それは捜していた。果てしない森の中を飛び回りながら捜していた。

゛それ゛は指の先に生えた鉤爪で木に抱きつき、辺りをギョロギョロと見回していた。
顔から半ば飛び出した様な目が忙しく動き回り、自分の視界に゛動くモノ゛がいれば、ソイツに注目する。
そして『捜しているもの』がいなければ、近くの木に狙い定めて、自分の身体を投げるようにそちらへ飛び移る。
飛び移った先にある木でも先程と同じように抱きつき、ギョロギョロと目を動かす。

何故そんなことをしているのか?一体なにを捜しているのか?
何処かの誰かがそんなことを゛それ゛に聞いても、答えることはないだろう。否、答えすら浮かばないだろう。
゛それ゛に組み込まれた脳の中には『指示された命令を完璧にこなせるか』という事と『ある程度の判断力』しか入っていない。
やがて木から木へと飛び移る内に、゛それ゛の視界に、山道に沿って建てられた一軒小屋があることに気が付いた。
自分の目を上下左右と激しく動かしながら、小屋の中に゛二人のニンゲン゛がいることを知った。
小屋の窓から見える部屋の中では、大きなニンゲンと小さなニンゲンがいる。
それだけなら、゛それ゛はすぐに山小屋から離れるつもりであった。

しかし、見つけたのだ。゛それ゛は捜し物を見つけたのだ。
小屋の中から『捜しているもの』の体を流れる血の匂いと、『あの場所の匂い』が鼻をつく。
自分を閉じこめていた大きなニンゲンたちが嗅がせた、『あの場所の匂い』をハッキリと鼻で感じたのだ。
とどのつまり、自分は一歩前進したのである。『与えられた命令を完遂する』という自分の道を。
「クル…クックゥ?クゥルル…!」
まるで鳥の鳴き声にも似た声を上げながら、゛それ゛はゆっくりと口を開けた。
そして奈落の底を彷彿とさせるような真っ暗闇の口の中から、赤い舌が少しずつ出てくる。

その舌はまるで、林檎の皮のように真っ赤で、とても長かった。



「リッンゴォ♪リンゴォ♪真っ赤なリーンゴォ~♪」
ニナの口ずさむ唄をBGMにしつつ、男は林檎の皮を剥いている。
剥いた皮はまるで口から垂れ下がった舌のような赤い部分がテーブルの上にとぐろを巻いている。
常日頃からこういう事や家事をしているのか、男の手つきはかなりのものである。
男が林檎の皮を剥き終えた頃には、身から剥かれたばかりの皮がテーブルの上に山を作っていた。
「ニナ、お皿を持ってきてくれないか。これより二回り小さめのヤツでいいよ」
いつの間にか唄うのをやめていたニナはコクリと頷き、トテトテと台所へ向かう。

その間に男は白い身をさらけ出している林檎を小さく切り分ける。
六等分に切り分けた林檎は、目の前にある大きな皿の上に盛りつける。
それから一分もしないうちにニナがトテトテと歩きながら小さな皿を両手に持って戻ってきた。
男は大皿に盛りつけた一口サイズの林檎を四個手に取り、ニナの持っている皿の上に盛りつけた。
「ニナ、この林檎は右の寝室で寝てるあの子に食べさせてあげなさい」
「うん!わかった!」
男の優しい言葉にニナは返事をすると、右側の寝室へと向かう。
片手でドアノブを捻る彼女の後ろ姿を暖かい目で見つつ、男はリュックに手を伸ばした。

「ふんふふ~ん♪ふんふふ~ん♪」
上機嫌で鼻歌を口ずさみながら、ニナは寝室へと入った。
この山小屋には寝室が二つあり、多数の遭難者がここを訪れても大丈夫なように作られている。
毛布やシーツの他に乾燥させた薬草や包帯といった医療品等が入っている箪笥もあり、有事の際にも事欠かない。
更にリビングと違って鉄格子の付いた大きな窓があるお陰で、陽の光が良く入ってとても明るかった。

そしてその寝室に置かれている二つあるベッドの内一つの上で、赤いリボンを着けた黒髪の少女が寝ていた。
規則的な寝息を立てている少女の身体に掛けられた薄いタオルケットが、寝息に合わせて上下に動いている。
ニナはニコニコと笑みを浮かべながらもトテトテとそちらの方へ駆け寄った。
両手に持っていた皿はベッドの側に置いてある小さなテーブルの上に置き、ついで盛りつけられていた林檎を一つ手に取る。
美味しそうな色をしたそれを暫し眺めた後、勢いよく口の中に入れた。
まるで野に咲く花の如き美しさを持った少女の口が、歪に動きながら林檎を咀嚼していく。
シャリシャリ…シャリシャリ…とスコップで土を掘ると聞こえてくるような音を立てながら、林檎はニナの口の中で粉々になっていく。
林檎独特の酸味や甘みを一通り堪能したニナは可愛らしい笑みを浮かべ、かみ砕いたそれを一気に飲み込んだ。
ゴクリ、と擬音がつきそうなくらいの勢いで飲み込んだ彼女は満足そうな笑みを浮かべ、プハー…と一息ついた。

「ん…んぅ…うぅ…」
その時、ベッドで寝ていた少女の口から呻き声が聞こえてきた。
「あっ!目ぇ覚ましたんだね?」
ニナは素早くその声に気が付きそちらの方へ目をやると、少女が瞬きをしていいるところであった。
何回か目をパチクリさせた後、黒みがかった赤い瞳が自分の顔を覗き込んでいるニナの姿を捉える。
その時一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに元の眠たそうな目に戻るとゆっくりと口を開いた。
「こ…ここは…」
「ここ?山小屋だよ」
少女の口から出た質問を簡潔に答えるとニナは林檎を一つ手に取り、少女の前に差し出した。
一方の少女は、目の前に差し出された林檎か何なのか分からず、突然の事に怪訝な表情を浮かべる。
「アーンして?アーン…」
ニナはそんな表情を浮かべている少女に対し、催促するかのように言った。
彼女の言葉を理解した少女は、少しうろたえながらも口を開けた。
「…?あ、あ~…――…む!」
瞬間、開いた口にニナが容赦なく一口サイズの林檎を三分の二程突っ込んだ。
突然の事に少女は再度目を丸くしたもののそれが食べ物だとわかったのか、林檎が入った口をゆっくりと閉じていく。

シャク…シャリ…シャリ…
一定の間隔を置いて口を動かし、少女は林檎を咀嚼していく。
その顔に浮かべた表情は、怪訝なものからキョトンとしたものへと変わっていた。
「ねーねーおいしぃ?ニナはとっても美味しかったけど、お姉ちゃんはおいしぃと思う?」
一方のニナはニヤニヤと笑みを浮かべながら、捲し立てるように聞いてくる。
とても酸味と甘みが利いた林檎を噛み締めながら、少女は何が何だかよく分からない表情を浮かべつつ、頷いた。


一方リビングからニナの楽しそうな声を聞いていた男は、その顔に笑みを浮かべていた。
「今日はニナと一緒で本当に良かった。僕だけじゃうまいこと対応できそうにないからな…」
自虐ともいえる言葉を呟きながら、男は二個目になる林檎の皮を剥いていく。
十五の頃から山に入って木の実やキノコの採取、シカ狩りを行ってきた彼は女性の扱い方というのを知らなかった。
特にあの少女のような、思春期真っ只中(?)の女の子をどう扱って良いか全く知らないのである。
それにひきかえニナは分け隔て無く、他人と接することができる良い子だ。
あんな良い子もやがては大人になっていく過程で、世の中がいかに残酷なのか理解していくのだろう。

そんな事を考えていた男の気分は憂鬱なものとなっていくが、ふとある事が思い浮かんだ。
「それにしてもあの子、見たことのない服を着てたな…」
男は林檎をグルグルとゆっくり回す左手とナイフを動かしていた右手を止め、ポツリと呟く。
彼の言うあの子とは、いま隣の部屋で起きたばかりの黒髪の少女の事である。

少女が水飲み気絶したあの後、仕方なくベッドへ運ぼうと抱き上げたようとして身体に着けていたボロ布がズレ落ちた。
ボロ布の下に隠れていた彼女の服は、ニナと男が初めて目にする異国情緒漂う奇妙なものであった。
ハルケギニアは各国ごとに服の主旨は違うものの、結構似ているものが多い。
それ故にだろうか、二人には少女の着ている服はどうひいき目に見ても『趣味の良い者が着る服』とは思えなかった。
(まぁその事は別に良いとして…これからどうするか…だな)

ひとまずその事は頭の片隅に置いておくことした男は、ニナの笑い声が聞こえてくる部屋の方へと目を向ける。
ニナは初めて会う少女に優しく接しているが、男はどうにも信用する事が出来なかった。
こうして自然と長く付き合っていると、人を惑わしその血肉を糧とする人間と瓜二つの亜人を見かけたという話を良く耳にする。
オーク鬼、トロール鬼、コボルド…そして吸血鬼や翼人にエルフの他、この大陸にはマイナーながらも亜人が数多く生息している。
その大半が樹海や洞窟、渓谷や高原地帯に砂漠など人が滅多に来ない場所に好んで住む。
そして言うに及ばずこの小屋のある場所も、人が大挙して押し寄せてこない山中だ。

そんな山の中にある小屋で、しかも日中に迷い込んでくる人間はいるものだろうか?
勿論いるのかも知れないが、男は万が一の事も考えて目を細める。

(もし最悪の事態になったとしても…オレがニナを守らなければ)
男は心の中でそう呟きながら、手に持った果物ナイフをまじまじと見つめていた。


カラ…カラン…
「―――…ん?」
その時、ふと背後から物音が聞こえてきた。
思わず後ろの方へ向けると、背後にある暖炉の中に見慣れた物が一本、落ちているのに気が付く。

「…木の枝?」
それは山で日々の仕事をする男にはありふれた、一本の木の枝であった。

森の中や道ばたで見かけるならいざしらず、この枝は何故か暖炉の中に入っていた。
たまたま折れたモノが煙突を通して入ってきたというのなら説明はつくが、それにしてもおかしい。
訝しげに枝を睨み付けながら男は腰を上げると剥きかけの林檎を皿の上に置き、右手にナイフを持ったままそちらの方へ近づく。
そして暖炉の側に来ると腰をかがめ、中に落ちている木の枝を左の手で取る。
(まだ若くて丈夫な枝だ。それにこの折れ方…明らかに人の手によるものだ)
男が落ちてきた枝をマジマジと見ていると、暖炉と外を繋ぐ煙突の中から奇妙な音が聞こえてきた。


ペタ…ペタ……ペタ…
先程の音とは違う、明かに異質な音である。
何処か粘着質漂うそれはまるで、誰かの足音にも聞こえた。
その音を耳にした男は素早く起ち上がると、二、三歩後ろへ下がった。
左手に持っていた木の枝をすばやく放り投げ、ナイフを両手で握りしめる。

何だ?一体何がいるんだ?
男は自らの呼吸が段々と荒くなっていくのを自覚しながら、暗い暖炉の中を凝視した。
後ろに下がった後も尚ペタペタ…という音が暖炉をとおして聞こえてくる。
やがて十秒もしないうちに音は大きくなり、こちらに近づいてくるのがハッキリとわかった。
最初はペタ…ペタ…と間隔を開けていた音がペタペタ…ペタペタペタ…とその間隔が短くなっている。
音が近づくに連れ男の呼吸も荒くなっていき、ナイフを持った手の力もどんどん強くなっていく。
男は覚悟を決めたのか、握りしめていたナイフをテーブルに置くと、素早くリュックの中に手を入れた。

(何が来るのか知れないが…来るなら来い!)
男は力強く心の中で叫び、リュックの中から無骨な鞘に入った大きな獲物を取り出す。
それは、山仕事をするような者達が常日頃持ち歩いている一振りの大きな鉈であった。
薪を割ったり小さな木の枝を切り落とす事もでき、時には襲い来る獣たちを倒すことも出来る。
木こりや旅の平民にとって、その鉈は絶対に欠かせないモノであった。

男は鞘から獲物をスラリと抜き、左手に持った鞘をナイフ同じくテーブルに置いた。
ゆっくりと、音を立てぬように置くと右側の寝室へとつづくドアへ視線を向ける。
あのドアを越えた先には、無垢な心を持つニナと素性の知れない行き倒れの少女がいるのだ。
(あの子たちを怖がらせるワケにはいかない…出来るならば一発で仕留めてなければ)
男は心中で考えつつ、血痕一つ付いていない綺麗な鉈の刃先を火がついていない暖炉の方へ向ける。
日々の手入れで鉈は綺麗ではあるものの、その刀身はこれまで多くの命を断っていた。
野犬や狼、時には毒蛇の身体を切り刻みその頭を切り落としてきた。
男の方も鉈で戦うという経験は一度や二度ではない、山で仕事をするのならばそれなりの覚悟は必要なのだ。
でなければ襲い来る獣たちに殺されるか、荷物を纏めて故郷を飛び出して街へ行くかの二つしかない。
男はその選択で山に残ることを決め、ここにいるのである。

「フゥ…!…フゥ!」
段々と大きくなっていく自分の呼吸音に焦りながらも、男は待ちかまえる。
ペタペタという音は段々と大きくなり、もうすぐこの暖炉から音の主が出てくるのは目に見えていた。
自分がやらなければ隣の部屋にいる少女達の命が危なくなるのだ、やるしかない。


再度決意を固めた彼は鉈を振り上げ、そして―――


シュッ…!―――――


―――――ゴトリ… 

「…?」
寝室で寝ていた少女に林檎を食べさせていたニナの耳に、変な音が入ってきた。
まるで、胸の高さにまで持ち上げた大きな岩を地面に落としたときの音と似ている。
しかし今聞こえた音には何処か湿っぽい、粘着質な音も含まれていた。
まだ幼いニナにはその違いがわからないものの、リビングからの異音に首を傾げた。
一方、ニナに林檎を食べさせてもらっていた黒髪の少女も、その音に気づいてドアの方へと顔を向ける。
口の中に入った林檎をモグモグと噛みながら、目を丸くしてドアを見つめている。
「お兄さんが林檎でも落としたのかな?」
丸くて可愛い目をパチクリさせながら、ニナはリビングへと続くドアを凝視していた。
木造のドア一枚越えた先にあるリビングだが、ドアがあればリビングの様子は全く分からない。
ニナはリビングで何が起こったのか気になったのか、「おにーさーん!」と男を呼びながらドアの方へ近づこうとしたが…

「…駄目よ」
「えっ?」
歩き出す前に後ろから聞こえてきた声の主が、ニナの肩を掴んだのである。

何かと思いニナが後ろを振り返ると、ベッドで横になっていた黒髪の少女が自分の肩を掴んでいるのに気が付いた。
村へ帰る前の小休止にと入った小屋の中で倒れていた彼女はドアを凝視していた。
特徴的な黒い瞳は鋭く光り、可愛らしい10代半ば相応の目をキッと細めている。
一方、肩を掴まれたニナは訳が分からないという表情を浮かべながらも、そんな少女に話し掛けた。
「お姉ちゃん何するの?はなしてよ」
その言葉に少女は反応せず、ニナの肩を掴む手の力も緩めようとしない。
尚もリビングへと通じるドアを凝視しているその姿は、まるで何かの動きを読もうとしているかのようであった。
肩を掴まれているニナは突如豹変したかのように表情が変わった少女に、僅かばかりの恐怖を覚えた。
「お姉ちゃん…ねぇ…いい加減離し――――え?」
なんとか離して貰おうと苦しそうな声で言いかけた言葉を、ニナは飲み込まざるを得なかった。

先程まで片方の手でニナの肩を掴んでいただけであった少女は、突如ニナの腰を両手で掴んだのである。
一言も発さず素早い手つきでニナの身体を抱きしめた少女は転がるように、横になっていたベッドから飛び出した。
埃がうっすらと積もった床に足を着けた少女はニナを抱えたまま何かを捜すように辺りを見回し、すぐに目当てのモノを見つけた。
それは寝かされる前に脱がしてくれたのだろうか、ベッドの下に一足の黒い革のブーツが置かれている。

少女はニナを抱えたまま器用にブーツを履くと、先程まで二人が凝視していたドアがミシッベキッ!と音を立て始めた。
そこへ視線を向けてみると、丁度ドアの真ん中当たりからもの凄い音と共に木片が飛び散っていく。
「え…?なに、何……きゃ!」
不吉な音をたて始めたドアにニナが気づいた瞬間、一切れの木片が彼女の頬を掠る。
掠っただけで幸いにも血は流れていないが、珠のように白くて綺麗な肌に赤い一筋のかすり傷が付いてしまった。
尚も激しい音を立てて壊れていくドアにとうとう一つの小さな穴が開いた瞬間、そこから一本の腕がものすごい勢いで出てきた。
そしてある程度出たところでピタリと止まり、何かを掴もうとするかのようにジタバタと滅茶苦茶に動かし始める。

それは平均的な成人男性の立派な腕であったが、その肌はとても人間のものとは思えなかった。
人間の腕にしてはやけにゴツゴツとしており、所々に爬虫類のそれとそっくりな鱗も貼り付いている
肌の色も普通の人間と違い、とある世界では『FLORA(フローラ)』と呼ばれる系統の迷彩と類似していた。
これだけ見ればとても腕の持ち主が人間とは思えないが、それらを無しにしても十分に人間のモノとは思えない証拠を持っていた。

その証拠は、飛び出してきた腕の五本指にそれぞれ付いた長く、鋭利な鉤爪であった。
まるで火竜の手からもぎ取ってそのまま移植したかのような鉤爪には――――赤い血がベットリと付着していた。

「……!?キャアアアアアアアアアッ!」
突如ドアを突き破ってきた手に、とうとうニナがその小さな口を大きく上げた悲鳴を漏らした。
瞬間、その悲鳴を合図に黒髪の少女は片足で勢いよく床を蹴った。
トンッ!と気持ちの良い音を立てて少女の身体が床から離れ、そのまま背後にある窓へと向かって飛んでいく。

そして、窓の割れる大きな音と共にニナを抱えた一つの影が、山小屋から離れていった。

シ ャ ア ァ ァ ァ ァ ! キ キ ィ イ ィ イ イ イ  イ イ ィ ! 

少女とニナが消え、『人のいなくなった山小屋』を中心に、この世の物とは思えない鳴き声が響き渡る。
その声は森と周囲の山々に伝わり、獣たちは恐怖に駆られて鳴き声の聞こえた場所から離れようと走り出す。
オーク鬼たちも謎の鳴き声に驚いたのか、獲物を求めて山の中をうろいていた何匹かが仲間達のいる塒へと戻っていく。
ふとした事が死に繋がる野生の世界において、この選択は正しいものである。
そして山の中にある村に住む人間達も同じで、皆が皆不安に駆られていた。


しかし、その様な状況になっても平然としている人間はいることにはいた。

その少女は森の中に出来た広場のような場所に佇み、空を見上げていた。
周りの景色から明らかに浮いている黒と白の服装は、彼女の存在をこれでもかとアピールしている。
太陽のように輝く金髪はさながら超一級のアンティークドールのようであるが、正真正銘彼女は生きた人間だ。
つい先程までここで昼寝をしていた少女の耳にも、あの甲高くおぞましい怪物の鳴き声は聞こえていた。
それが原因でついつい目を覚ましてしまい、ふと起ち上がって今に至る。

「ふぅ…人が折角昼寝と洒落込んでたってのに…迷惑な奴だ」
その口から出た言葉はおしとやかなお嬢様のそれではなく、まるで男のような言葉遣いであった。
だが少女の瞳に宿る強い意志と少々不機嫌そうな表情の前では、その言葉遣いがしっくりと来る。
この少女の名前と性格を良く知るものなら、誰もがそう思うだろう。
相変わらず森の奥から怪物の鳴き声が聞こえ、鳥の囀りすら消えてしまっている。

「こんな真っ昼間から鳴くなんて迷惑もいいところだぜ」
自分以外誰もいないのにもかかわらず少女は一人呟き、足下に置いてあった箒を拾い上げた。
ちゃんと手入れが行き届いているが扱いが手荒いせいかところどころに傷が入っているソレは、単なる掃除道具には見えない。
それはこの少女が数多く持つ゛大切な持ち物゛の一つであるからだ。その内の一つで最も大切な物は今手元に無いが。
「まぁ、人が寝静まってる夜中に鳴いても…迷惑だ」
少女は尚も呟きながら右手に持っていた黒い大きなトンガリ帽子を頭に被った。
まるで絵本の中の魔女か魔法使いが被っているようなそれは、少女には何故か似合っている。
何故なら、彼女がその帽子を被っているような゛魔法使い゛をしているだからだ。似合わないはずがない。
少女は頭に被ったソレを左右上下に動かして調節しながら、箒を持つ左手に力を込める。
この世界で使われている力とは全く異なる、自らの身体に溜まった魔力を少しだけ箒の中に入れていく。

「人様に迷惑かける奴は、懲らしめてやらないとっ…――な!」
少女、魔理沙は最後にそう呟くとその場でピョンッ!とジャンプした。
そして空中に浮遊している間に素早く箒の胴体部分に腰掛け、箒に込めた魔力を放出させる。
すると驚いた事に箒は地面に落ちず、魔理沙を乗せたまま空中に浮かんでいる。
数秒ほどその場で浮遊した後、箒が出せる力とは思えないほどの早さで上空へと飛び上がっていった。魔理沙を乗せたまま。

その箒もとい魔理沙が目指す所は無論、鳴き声の主の元であった。





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