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萌え萌えゼロ大戦(略)-50



 抜けるような青空の中を飛ぶ二機の『竜の羽衣』。
だが、別れの時は近づいてきていた。

『さて、私はここまでね』
 複座零戦よりも航続距離の短い震電に乗るマミからの通信。
魔法学院までの道のりの三分の二というところだが、巡航速度ではない
速度でシエスタたちの乗る複座零戦に平行し、帰投する燃料を考えると
ぎりぎりまで一緒にいてくれたことに、シエスタは感謝した。
「うん。しばらく会えなくなるけど、マミも元気でね」
 かつて『キョウリュウ』との戦いの時はタルブから国境まで往復して
空戦までできたと言うが――いやそれ以前にサハラの『聖地』から
タルブまで無給油で飛んでこれた震電だが、今はそのときではないのか、
計算通りの燃料消費で燃料計の針が動いていく。
 ろくに着陸できるところもない広い太平洋で行動する艦上戦闘機として
開発された零戦がベースの複座零戦とは異なり、震電は元々飛来する
B-29などの超重爆撃機を撃墜する高高度迎撃用の局地戦闘機だ。
それに、自分は魔法学院まで行くわけにはいかない。マミは機首を返す
前に、もう一度『日本語』で通信を入れる。
『シエスタ』
「……何?どうしたの?」
 発音の違いからマミが日本語で通信してきたのは即座に理解した
シエスタだったが、ルイズの手前一瞬そのまま応えるか迷った。
寸時ルイズを振り返り、意を決して日本語で応じる。
『……もし私が死んじゃったら、この子、あなたに任せたいの』
「それはできないよ」
『シエスタ?』
 レシーバーの向こう側の幼なじみの顔を思い浮かべながら、シエスタは
即答する。
 幼なじみは軍人になった。だから、いつ戦死してもおかしくないから
自分にそう託そうとした――それは理解できていても、もうみんなで
蒼空に舞ったあの日に戻れなくても、シエスタにはそれだけは譲れないと
思えた。
「キョウコも、サヤカも、いなくなっちゃって……。
それなのに、そんなこと言わないでよ」
「…………」
 その通信を聞きながら、ルイズは一人考える。言っていることは
ほとんど分からない。断片的に固有名詞がそれらしく聞こえるだけ。
理解できるはずのふがくが口を挟まないことからも、二人の私的な内容
なのだろう。それでも、シエスタの口調から、悲しみの感情が感じられるのは
間違ってはいないと思う。それが改めてルイズに彼女たちの遠い故郷との
距離を感じさせた。
 シエスタとマミの通信が途絶えたのはほんのわずかな時間。
だが、それは今まで感じたこともないほど長い時間だったとシエスタは
感じた。その沈黙を破ったのは、マミの方だ。
『……ゴメンね。さっきのことは忘れて』
「わたしこそゴメン。
 死なないで、なんて言えないけど、マミのことを大切に思っている人が
いることは忘れないで欲しいな」
『そうね。私、独りじゃないんだよね』
「うん。あかぎおばあちゃんも戻ってきたことだし、ジェシカも呼んで、
またみんなでパーティしようよ。昔みたいに」
『ええ。二人欠けてるのが残念だけど、それもいいわね』
 マミはそう言うと、日本語での会話を止めてガリア語に切り替える。
『失礼致しました。ミス・ヴァリエール。
 タルブ義勇軍マミ、燃料の限界のため護衛任務を終了、帰投します。
 残りの飛行の安寧をお祈り致します』
「え、ええ。ありがとう」
 トリステイン王国銃士隊って名乗らないんだ――そう思ったルイズ
だったが、たぶんこの『竜の羽衣』に乗っているときはそうなんだろうと
納得する。そこにふがくからの通信が入る。
『ルイズに合わせたから大変だったでしょ?でも、ここまで送って
もらえたらもう大丈夫よ』
『ふふっ。そんなことはないですよ。ふがくさんもお元気で』
『何かあったらすぐに呼んでよね。ぱぱっと駆けつけてあげるから!』
「この距離でどうやるのよ……」
 思わずつぶやいたルイズだが、よく考えると『竜の羽衣』同士の会話でも
魔法は使っていない。大日本帝国の技術力ならそれくらい簡単なこと
なのだろうと思い直した。
『それではみなさん、お元気で!』
 軍人らしい口調でマミはそう言うと、機首を返して巡航速度に上げた。
反対方向に飛ぶことになりぐんぐんその姿を小さくする震電。
その姿が完全に見えなくなってしばらく飛ぶと、視界の先に魔法学院の
塔が見えてきた。
「……何か、ずいぶん長い間タルブにいた気がするわね」
 アルビオンから戻ったときと同じような懐かしさを感じたルイズは、
思わずそう口にした。


 魔法学院の外壁の外、ルイズがふがくを召喚した草原に複座零戦を
降ろしたシエスタ。それを見た教師たちが押っ取り刀で駆けつけるが、
そこにいたのがルイズとふがく、それにシエスタだったため、教師たちの
困惑はより大きなものとなる。
「……説明してもらえるかね?ミス・ヴァリエール」
「えっと、これは……」
 先頭に立つギトーはそう言ってルイズに促す。その横で、複座零戦の
胴体から荷物を降ろしたシエスタが、その中から一通の手紙を取り出した。
見慣れぬ服装のシエスタに教師たちは怪訝な顔をしたが、彼女の口から
出た言葉でさらに目を見開くことになる。
「わたしの曾祖母、あかぎから学院長さまに宛てた手紙です。
この『竜の羽衣』はタルブ義勇軍に所属しており、総司令官あかぎが
許可した人間以外、手を触れることは許可できません。
 学院長さまにお取り次ぎ願います」

 ふがくを複座零戦に残し、ルイズとシエスタはギトーに案内されて
学院長室へと向かう。機体の保全の必要があり、誰かがここに残る必要が
あったためだ。
「……しっかしおでれーた」
「そう?私は頑張るわねと思っただけだけど」
 思わず漏らすデルフリンガーに、ふがくはそう言った。
 ギトーに正面から宣言したシエスタだったが、その足がわずかに震えて
いたのに気づいたのは、ふがくと、普段から生徒や職員をよく見ている
シュヴルーズだけだ。それを見ているから、ふがくはシエスタの覚悟を
見守ろうと思った。

(あかぎと佐々木少尉に桃山飛曹長……、ううん、それだけじゃない。
あの子の周りにいた帝国海軍とドイツ第三帝国空軍(ルフトヴァッフェ)の
軍人たちの薫陶を受けたってところかしらね)

 ふがくは誰言うとなくそうつぶやくと、視線を本塔に向けた。運命の
歯車が一つ狂っていれば、ただのメイドとして一生を終えたはずの少女の
健闘を願って。


 学院長室へと案内されたルイズとシエスタ。ギトーは二人を案内すると
部屋を辞する。マチルダ――いや、ここではロングビルだ――も、自分の
仕事をしながら意識を僅かに向けるだけ。そんな雰囲気の中で、オスマンは
あかぎからの手紙を読んだ。
「……なるほど。ミセス・あかぎはきみをタルブ義勇軍の一員として、
本来ならばタルブの村に常駐させるべきところを、ミス・ヴァリエールの
メイドでもあるということで、彼女の護衛を兼ねてここトリステイン
魔法学院に進駐させたい……か。
あのばーさん、やはり死んではおらんかったか」
「あ、あの……オールド・オスマン……?」
 手紙を読んで目を細めるオスマンに、ルイズがおずおずと言葉をかける。
シエスタは、まっすぐにオスマンを見て微動だにしない。
「ミス・ヴァリエール。これは重大な事態じゃ。
 きみの専属メイドであるシエスタは、取り扱いを一つ間違えばこの国を
滅ぼしてしまえる力を解放した。彼女が、いや『竜の羽衣』がここに
ある限り、この国を攻めようとするものはタルブの村だけでなく、
この魔法学院をも狙ってくるじゃろう。
 ……いや、きみの持てる力は、今やその気になればこの国を乗っ取れると
言える。トリステイン王国の陸海空軍のすべてをもってしても、
ミス・ふがくとシエスタを止めることはできまい」
 オスマンは重厚な机に手を組むと、ルイズを見る。今までに見たこともない、
射貫くような視線。ルイズは思わずつばを飲み込んだ。
 そんなルイズに視線を向けたまま、オスマンはマチルダに告げる。
「ミス・ロングビル。ミス・ふがくをここに呼んできてくれまいか。
 ああ、『竜の羽衣』のことは心配する必要はない。ミス・ロングビルと、
ミセス・シュヴルーズに監視をお願いすることにする。
 ミス・ロングビル、ミス・ふがくをこちらに呼んだ後は、
ミセス・シュヴルーズと二人で『竜の羽衣』を見張っておくように。
言うまでもないが、『竜の羽衣』に傷一つつければ、この国を滅ぼすことに
なると心するように。君とて五千七百万リーブルの巨艦に匹敵する
鋼の女王を敵に回したくはあるまい?」
 オスマンはそう言ってマチルダにふがくを呼びに行かせた。すれ違いざま、
ルイズが「冗談じゃない」という言葉を聞いたような気がしたが、
それを確かめることはできなかった。

 それからしばしの間を置いて、ふがくが学院長室に現れた。
彼女のそばには誰もいない。マチルダは本当にふがくに学院長室に
向かうように告げた後、『竜の羽衣』のそばにいるらしかった――


 一方。ふがくに学院長室に向かうよう、オスマンからの伝言を伝えた
マチルダは、途中で合流したミセス・シュヴルーズとともに『竜の羽衣』、
複座零戦を見上げた。
「……本当に飛ぶものだったなんて。私にはとても信じられません」
 シュヴルーズの手前、営業用の口調で話すマチルダ。その横に立つ
シュヴルーズは、複座零戦を感慨深げに見上げる。
「私も、兄から聞いたことはありましたけれど、実際に目にするのは
初めてです。こんなに美しいものだったのですね」
「ミセス・シュヴルーズのお兄さま、ですか?」
 マチルダの問いに、シュヴルーズは昔を思い出すかのような優しい
表情になる。
「一番上の兄が、あの『キョウリュウ』との戦いの時に『レドウタブール』号に
乗艦していました。
 あの戦いの後、兄も『キョウリュウ』の毒に倒れましたが、その直前に、
毒に苦しんでいるはずなのにとても嬉しそうな顔で言った言葉を今でも
覚えています。
 『秘密だが、この国には、ものすごい守護天使たちがいるんだ』と」
「守護天使……ですか」
 マチルダはそう言って複座零戦を見る。ハルケギニアの常識では
とても飛ぶとは思えない、濃緑色を基調とした華奢な金属のゴーレム。
その姿は確かに美しいが、どちらかと言えば量産された武器というより
職人が生み出したワンメイクの工芸品にも思える。その翼と胴体にある、
白で縁取られた深紅の紋章は、なるほど、ふがくと同じ太陽の紋章だ。
そして、翼から突き出た、穴が開けられた鉄の筒は、裏稼業で鳴らした
マチルダには、確かにあまり近づきたいとは思わない剣呑さを湛えて
いるように見えた。
 マチルダは本塔を見上げる。その視線の先には――この『竜の羽衣』を
駆る少女と、その主がいる。

(さて、賽の目はどう出るかねぇ……)

 つぶやいたその言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。


「……それで?私まで呼んだ理由は何?」
 開口一番。ふがくはオスマンにそう言った。
オスマンは机に手を組んだまま、三人を見る。
「なに。手間は取らせんよ。
 さて、ミス・ふがく。仮に、仮にじゃが、ミス・ヴァリエールがきみと
シエスタに『敵を殲滅せよ』と命じた場合、それを実行に移すかね?」
 オスマンの言葉に、ふがくは、はぁ?という顔をした。
「質問の意味が分からないわね。
 でも、ルイズがそう命じた場合、実行するかどうかは内容次第ね。
ニューカッスルでもそうだったし」
 ニューカッスルという言葉を聞いて、ルイズがびくっと肩を振るわせる。
それを見て、オスマンは、ほおと頷いた。
「……ニューカッスルの噂は、ワシの耳にも届いておるよ。王党派も、
貴族派も、どちらも壊滅するほど多くの犠牲を出した凄惨な戦いじゃったとな。
 あれは……そういうことじゃったのか……」
 そう口にしたオスマンのルイズを見る視線が変わる。先程までの厳しさは
消え失せ、己の過ちから立ち直ろうとする生徒を陰から支える教育者のそれに。
「ルイズさま……」
 オスマンのその視線に耐えられずうつむいたルイズに、ニューカッスルの
戦いには参加していなかったシエスタが言葉をかけた。それで奮い立ったのか、
ルイズは涙をぬぐいまっすぐ顔を上げると、再びオスマンに向き合う。
「……失礼、致しました。オールド・オスマン」
「うむ。では、質問を変えよう。ミス・ヴァリエール。きみは、きみが
手にしたこの力を、再び使おうと思うかね?」
「それが必要であるならば、使いたいと思います。杖も、使うべきところで
使わなければ、ただの飾りだと思います」
 まっすぐに言葉を口にするルイズ。その凛とした姿に迷いはない。
ふがくも、そしてシエスタも、安心したようにオスマンと向かい合った。
「私は鋼の乙女、すなわち兵器よ。だから司令官の命令には基本的には
従うけれど、それが間違ったものであるならば遠慮なく違うって言うわ」
「わ、私も、私に空を飛ぶことを教えてくれた曾祖父とモモ隊長の教えを
無にすることはしません!
 それに、最初に『竜の羽衣』に乗り込むとき、あかぎおばあちゃんが
言っていました。この力は、私が守りたいものを守るための力だって。
だから、私も、その言葉に従おうと思います!」
「ふがく……シエスタ……」
 ルイズは、自分の両隣に立つ二人を交互に見やった。
大丈夫。もう間違えたりはしない。そんな思いを胸にするルイズに、
二人は微笑んで見せた。
「……どうやらワシの取り越し苦労のようじゃな。
 よろしい。今のきみならば、かつての『欠地王』や『第四列の男』の
ようなことにはなるまい」
「なにそれ?」
 得心するオスマンの言葉にふがくが首をかしげる。それに答えたのは
ルイズだ。
「『欠地王』はね、千年前のアルビオン王ジョン一世のことよ。
アルビオン随一の愚王として名を残してるわね。
 けれど、この王さまよりも、妹の『白銀の姫騎士』バージニア姫さまの方が
有名かしらね。火のラインとあまり魔法は得意ではなかったそうだけど、
お付きの動物とも心を通わせたとも言われている心優しき竜騎士
リチャードを連れてたった二人で植民島に取り残された平民を助けるために
ガリア軍と対峙して、そのときに彼女の起こした奇跡――ヴァルハラから
戦乙女(ワルキューレ)の軍勢を呼び出してガリア軍が恐れおののき撤退
したってものだったそうだけど――は今も歌劇として演じ続けられているわ。
トリステイン王国王立歌劇団の人気演目よ。
 でも、その奇跡の代償からか、姫が一七歳の誕生日の日に忽然と姿を
消してしまってからジョン一世は狂ってしまったわ。ガリアとの無理な
戦争をして、結果、そのときまで保有していた植民島――今はトリステイン
王国やガリア王国に編入されているわね――をすべて失い、アルビオン
王国の領土はあの浮遊大陸だけになってしまったの。『欠地王』って
二つ名はその愚行に対して送られたものよ」
「へえ。そうなんだ」
「で、『第四列の男』ってのはぁ……これ、トリステイン王国史上
最っ大の恥部と名高い宰相テューブのこと。
 三十年前に宰相エスターシュ大公が謀反を起こして減封されて蟄居を
命じられた後、リシュリュー枢機卿って人が宰相に就いたんだけど、
この人も十五年前に謀反の咎で死罪になったの。で、その後任が、当時の
ヘンリー一世陛下と懇意にしていた政事結社『民主党』(デモクレーツ)の
代表だったゲルマニア出身の『異邦人』ことタウベ伯爵。だけどコイツ
とんでもないペテン師で、最後にはアルビオンの俗語で『バカ』って
意味の『ルーピー』なんて呼ばれたわ。
 さらに最悪だったのが、タウベの後釜の『第四列の男』ことテューブ伯爵。
能なしでとんでもないウソツキよ。こいつらの在任二年間で、トリステインは
アルビオンとの関係が戦争直前まで悪くなったし国としての信用も
損なわれたし浪費も浪費で国力が半分になったわ。ヘンリー一世陛下の
唯一の善行が、こいつらの爵位剥奪して国外追放して『民主党』を
非合法組織にしたことくらいだって言われるくらい。
 だから、その後にロマリアから招かれたマザリーニ枢機卿が宰相に
就いてから大変な苦労をしてアルビオンとの関係修復したりこの国を
立て直そうとしたの。本当に関係修復されたのは、三年前にラグドリアン湖の
ほとりで催された園遊会でのことだったくらい。
 でも、その後ヘンリー一世陛下が崩御なされて……それからマリアンヌ
太后陛下が喪に服されて、アンリエッタ姫殿下も大変な苦労をされているわ。
そこからは、言わなくても分かるわよね」
 ルイズはそう言ってふがくに促した。確かに、そこから先は言われるまでもない。
ふがくが納得したように頷くと、オスマンがルイズを褒めた。
「さすが、座学学年トップの成績は伊達ではないの。ミス・ヴァリエール」
「あ、ありがとうございます」
「うむ。強すぎる力は災いを招く。扱う人間に知恵がなければなおさらじゃ。
努々気をつけることじゃ。
 それに、後回しになってしまったが、ワシはきみに謝らなければならん」
 オスマンはそう言うと立ち上がり、ルイズに深々と頭を下げた。
「きみの系統を察することすらできず、教師一同不当な扱いをしたことを
深くお詫びする。本当につらい目に遭わせてしまった。申し訳ない」
「オ、オールド・オスマン!?あ、頭を上げてください」
 オスマンが自分より低いくらいに頭を下げたことに、ルイズは動揺した。
その言葉に、オスマンは面を上げる。
「あ、あの……オールド・オスマン。わたしが……その、『虚無』だって
ことに?」
 ルイズの問いかけに、オスマンは首肯した。
「そうかもしれぬ、と思ったのは、ミス・ふがくがミスタ・グラモンと
決闘をしたときじゃった。『ガンダールヴ』の力の一端を見て、な。
 確信を持ったのは、きみに『始祖の祈祷書』を手渡したとき――
気づいておったかね?きみが自室で『始祖の祈祷書』に触れたとき、
途方もない魔力があふれ出した。系統が系統のため、そうと知らねば、
気づくこともないことじゃったがの」
 ルイズは、『水のルビー』を鍵として『始祖の祈祷書』の封印を解いた
ときのことを思い出す。あのときにそんなことがあったとは、ルイズ
自身気づいていなかった。
「ワシが『虚無』を知っておることが不思議なようじゃの。
 三十年前、ワシはフィリップ三世陛下より、『虚無』を捜すよう命じられた。
あのような悲劇を二度と起こさぬようにな。
 だから、ワシは『虚無』がどのようなものであるかを知るために数多くの
文献、伝承を当たった。そして知った。始祖の末裔たる三王家の血統、
そして、それ以外の『虚無』を」
「それ以外の……『虚無』、ですか?」
 ルイズの疑問に、オスマンは頷いた。
「うむ。きみのように始祖の末裔である王家に連なる『虚無』は、
このハルケギニア史上そのものが残されることはないが、そうであると
確証できるようなものが一番多く残っている。しかし、文献、伝承を
当たれば、どう考えてもただの平民が『虚無』であるとしか思えないものも
少なからず存在するのじゃ。
 先にきみがその名を出したアルビオン王家の血統である『白銀の姫騎士』
バージニア姫はもちろん、平民であったと伝えられるかの伝説の勇者
イーヴァルディも、ワシは『虚無』であったと思っておる。第一、始祖と、
その末裔のみが『虚無』であるというのであれば、始祖の弟子と伝えられる
ロマリア皇国の初代教皇、聖フォルサテはどうなるかね?」
「あ……」
 オスマンの指摘にルイズは思わず声を上げる。オスマンは続けた。
「始祖ブリミルに『虚無』を授けた存在――それは、始祖のみに『虚無』を
授けたのではない、ということじゃ。おそらく、現在に至るまで影から
我々に干渉を続け、今もどこかで『虚無』を生み出しておることじゃろう。
その目的は分からぬがな。
 いや、むしろそれが本来の『虚無』の姿であり、きみのような血統による
『虚無』の方が破格の存在なのかもしれぬな」
「…………」
 ルイズは言葉も出ない。その肩に、オスマンは優しく手を置いた。
「……これで、ワシはようやく陛下の墓前にご報告ができる。
 じゃが、問題は今の学院に『虚無』を教えることができる教師がおらぬ
ことじゃの」
「あ、あの。オールド・オスマン。わたしが『虚無』だってこと、内緒に
してもらえませんか?」
「ルイズはね、ウェールズ皇太子殿下から、それを誰にも話さないよう
厳命されてるわ。その意味が分からない、なんてことはないでしょ?」
 ルイズとふがくがそう言うと、オスマンは告げる。
「誰もおおっぴらにするとは一言も言っておらんよ。
 本来ならミス・ヴァリエールの名誉を回復するために公言すべきじゃが、
それがどんな結果を招くか分からぬほど耄碌しておらんわ。
 ミス・ヴァリエール。きみの系統を正しく使うための手引きとなるのは、
今のところ『始祖の祈祷書』のみじゃろう。ただの白紙のぼろ本が、
『虚無』の魔導書じゃったとは思いもせんかったがの。
 ともあれ、それをきみが占有できるよう、ワシの方から手を回してみよう」
「そんなこと、できるんですか?」
 ルイズの疑問はもっともだ。何しろ『始祖の祈祷書』はトリステイン
王国の国宝。いくらルイズが王国三指に入る公爵家の令嬢といえども、
おいそれと譲渡できるようなものではない。
 だが、オスマンは大仰に頷いて見せた。
「心配はいらんよ。かつてフィリップ三世陛下が『虚無』を捜すために
設立した特務機関、『ゼロ機関』。表向きは『アカデミー』とは別系統の
魔法機械の研究組織として存在しておったが……知っておるかね?」
 ルイズはふるふると首を振る。もちろん平民のシエスタも、ハルケギニアに
召喚されたふがくも知るはずもない。
「まぁ、表向きの理由が理由だけに、ヘンリー一世陛下の時代に『民主党』の
連中に解体されたがの。真の存在理由を知ろうともせず、浅薄にな。
 それでもワシのように独自に活動を続けた者もおれば、近年再結成して
アンリエッタ姫殿下の許で活動を再開した者もいる。
もっとも、アンリエッタ姫殿下の目的は『虚無』を捜すことではなかったから、
その方向性は昔とは違うようじゃがの。詳しいことは分からん。
 しかし、王家に近いところに知り合いがおることには変わりないからの。
彼らに頼んでみようと思う。悪いことにはならんじゃろう」
「あ、ありがとうございます」
「うむ。『竜の羽衣』についても、了解した。ミスタ・コルベールが戻り次第、
彼を担当に当てよう。この学院で、あれが少しでも理解できるのは
彼くらいじゃろう」
 オスマンはそう言ってシエスタに視線を向ける。
「それはミスタ・ササキの戦装束じゃな。よう似合っとる。
 きみが毎朝メイドにしては激しい訓練をしておったのは知っておったが、
それはすべてこのためか……身分はさすがに変えられんが、きみの身の
安全についても学院でできる限りのことをしよう」
「あ、ありがとうございます!」
 シエスタが二つにならんばかりにお辞儀をする。
「うむ。ワシの取り越し苦労じゃったことがよく分かった。退出してよろしい」
 その言葉に、三人は学院長室を退出する。誰もいなくなった部屋で、
オスマンは窓の外に見える『竜の羽衣』を見下ろし、言った。

 ――もっとも、すでに姫殿下はきみらの力を手の内に組み込んでいるかもしれんがの――

 その言葉を聞いたのは、使い魔のモートソグニルだけだった。


 その頃――アルビオンの工廠都市ロサイス。ここはアルビオン空軍艦隊の
一大拠点であると同時にアルビオンの首都ロンディニウムに一番近い
空の玄関口でもある。
 王党派との内戦にも一区切りし、共和制の名の下に復興への道を歩み
始めたこの国だが、王党派の首魁である国王と皇太子をニューカッスル沖の
空戦で乗艦していた戦列艦『イーグル』号ごと撃沈、戦死させたことにより、
テューダー王家とのつながりが深いトリステイン王国からの報復の侵攻の
予感に民の心中は穏やかではない。
 そんなやや緊張感を帯びた街並みを、この状況にはあまり似つかわしくない
一行がゆく。多くの子供を連れた奇妙な格好の少女二人――ほとんどの
人間は彼女たちに関心を示さない、いや関わり合いを避けようとしていたが、
その理由は、少女たちの格好に由来していた。
「えっと、この先の『バルハラ』ってお店ですね」
 そう言って指さしたのは、貧相な異国の服装の上から腕や脚に鋼の
装甲を身につけた黒髪の少女、チハ。鋼の乙女である彼女は、『聖地』に
召喚されてから迷いに迷ってこのアルビオンにたどり着いていた。
「ええ。スピ……じゃなかった、マイトさんの知り合いのハーマンって
人に会うのよね。どんな人なのかな」
 そう答えたのは、母の形見であるフードに飾られた真っ白い羽飾りが
目を引く焦げ茶色の外套を羽織った金髪の少女、ティファニア。
そのこぼれるような美しさと、外套も隠しきれないはち切れんばかりの
スタイルには、無関心を装う男たちも視線を向けざるを得ない。
 チハがティファニアのところに転がり込んだのは、二週間ほど前のことだ。
へろへろになって森に迷い込んだチハを、ティファニアが山菜採りの途中で
見つけたのがきっかけで、そのまま厄介になっていた。そんな、同年代の
友達がいなかったティファニアと、怯えた小動物のようなところがある
チハが打ち解けるきっかけになったのは、ティファニアと一緒に暮らす
子供たち。彼らが戦災孤児であると聞いたチハは、あの戦争のことを
思い出し、それがきっかけで急速に打ち解けていった。マチルダが彼女たちが
暮らす隠れ村ウエストウッドを訪れたのも、そんな時期だった。
「ティファねえちゃん、もう疲れたよぉ」
 子供たちの一人がそう言ってしゃがみ込む。ティファニアはその子の
目線に合わせるようにしゃがむと、優しく言葉をかけた。
「もう少しだから、ね。ついたらご飯を食べよう。だから、頑張ろう」
「……うん」
「私がおんぶしてあげます」
 チハがそう言って子供を背負うと、他の子供たちが騒ぎ出す。
「あー。チハ、私も!」
「ずるいよぉ!僕も!」
「あはは。みんなは頑張ろう。頑張った後のご飯はおいしいですよ!」
 チハはそう言って鉄帯の音を響かせ、子供たちとじゃれ合うように先に
進む。ティファニアは、その様子を楽しげに追いかけた。

 スピノザが指定した宿、『バルハラ』は、アルビオンの古典的な
ベッド・アンド・ブレックファストだった。それはガリアやトリステインでは
シャンブル・ドット、ゲルマニアではペンションと呼ばれる、朝食付きの
宿を提供する比較的低価格な宿泊施設。ここもその例に漏れず、家族経営の
家を改装して一階をパブ、二階を宿として提供しているところだった。
おそらくティファニアの素性を慮って、目立たないここを指定したのだろう。
「いらっしゃい」
 軽やかな音色のカウベルが鳴り響き、カウンターで洗い物をしていた
赤毛の女性が声をかけてくる。二十代中盤というところか、優しい気持ちに
なる声だった。
「あ、あの……マイト・トゥールビヨンという男の人が予約を取って
くれているはずなんですけど。わたし、ティファニア・ウエストウッドです」
 ティファニアがおずおずとスピノザの偽名を言うと、カウンターの
女性はああ、という顔をする。
「あなたがウエストウッドさん?こんなに綺麗な子だとは思わなかったわ。
トゥールビヨンさんからお代も全部受け取っているから、ゆっくりして
いってね。
 そうそう。『マリー・ガラント』号は今日到着したから、荷物の
積み卸しとかで乗船できるのは明日になるわね」
「あ、ありがとうございます。騒がしくなると思いますけど、よろしく
お願いします」
 ティファニアが深々と頭を下げる。カウンターの女性はティファニアに
宿帳にサインするように促し、それからよく使い込まれた青銅の鍵を
二つティファニアに手渡した。
「これがお部屋の鍵よ。こっちが玄関の鍵。夜遅くに外出して、玄関が
閉まっていたら使ってね。
 それからお夕飯はどうするの?トゥールビヨンさんはここで食べさせて
あげてくれ、って言っていたけれど」
「あ、えと……お、お願いしても……いいですか?」
 普通こういう宿では夕食は外に食べに行くものだが、世情に疎い
ティファニアはそれを知らなかった。しかし、ティファニアの言葉に
女性は快く応じる。それも代金に入っていたのだろう。
そのとき、カウベルの音が響いた。
「ただいまーメリル姉さん。って、お客さん?」
 ドアを開けて入ってきたのは、背の高い男女二人組。ティファニアと
年の変わらないまだ少年少女というところか。どちらもハルケギニアでは
珍しい黒髪で、黒い肩を出した工員シャツを着た少年の鍛えられた体と、
ここロサイス工廠で使用されている赤い上下繋ぎの作業服を着た少女の
背中に届く髪にティファニアとチハは思わず見とれた。
「あらゼルちゃんアリサちゃんおかえりなさい。
 こちらはトゥールビヨンさんのお知り合いのティファニア・ウエストウッドさんと、ええと」
「あ、チハです」
「チハさんね。お二人が連れている子供たちも一緒に、明日の朝まで
ここに泊まるわ。お客様に失礼のないようにしてね」
 ゼルと呼ばれた少年は、それを聞いて口笛を吹いた。
「マイトさんの知り合いか。二人ともすごい美人だ」
「ゼルー。アンタ手が早いよ。でも、本当に綺麗だね。二人ともお人形みたい」
 アリサがそう言ってゼルをからかうが、ティファニアとチハを見て
思わず溜息を漏らした。
「そんな。アリサさんもお綺麗ですよ」
「チハさん、だっけ?お世辞でも嬉しいよ。もっとも、あたいみたいな
油くさい女じゃ、そんな言葉、似合わないけどね」
「油くさい……ですか?」
 ティファニアが聞くと、アリサは「そうだよ」と答える。
「あたいらロサイス工廠で働いてるからね。いつも鉄と油に囲まれてるのさ」
「それなら私もずっと戦場にいましたから、大して変わらないです」
 チハがそう言うと、ゼルもアリサも意外そうな顔をした。
「確かにチハさんが身につけているの、結構物々しい……ってか、
見たこともない装備だけど、どこで戦っていたんだ?」
 ゼルの問いかけに、チハは遠くを見るような目をした。
「……ここからずっと遠いところ、です」

 夕食の時刻。夜間はパブになる『バルハラ』だが、今日は客足が少ない。
常連らしき数人がカウンターで酒を飲む一方で、ティファニアたちは
テーブル二つを囲んでメリルが運んでくる料理を楽しんでいた。
「はい。どんどん食べてね」
 子供たちが大皿が運ばれてくるたびに歓声を上げる。ここロサイス方面の
郷土料理が中心だが、フネが出入りする港町でもあるためか、トリステインや
ガリア風の料理もある。メリルの腕前もあってアルビオンにしてはかなり
マシな食事ができ、外食などしたことがなかった子供たちには大受けだった。
「おいしいです」
 ローストビーフにウスターソースに似た味のソースをかけたものを
口に運んだチハが、思わず懐かしさに涙が出そうになる。フィリピンで
鹵獲されてから連合軍として欧州戦線で戦い、それなりにイギリス料理にも
親しんだチハだったが、まるで日本の洋食屋で食べるような味だったのも、
それに拍車をかけた。
「本当。みんなも喜んでるし、スピ……じゃなかった、マイトさんには
感謝しなくちゃ」
 アルビオンの伝統的調理法である塩で味付けされただけのあっさりとした
ウサギのシチューを口にしたティファニアも、そう言って柔らかく微笑む。
ハーフエルフの長い耳を隠すために店内にもかかわらず外套を羽織って
いるのだが、誰も気にすることがない。
「ゼルさんたちが『マリー・ガラント』号に連絡してくれる、って
言ってましたけど。どんな人なんでしょうね、ハーマンさんって」
 チハは付け合わせのヨークシャー・プディングを食べやすいように
ちぎりながら言う。チハが食べているのは付け合わせの大きなものだが、
別のバスケットに入っているのは中にソーセージが入った、いわゆる
トード・イン・ザ・ホールのため、子供たちに大受けな料理の一つだ。
 そんなとき、カウベルが軽やかな音を立てる。扉を開けて入ってきたのは、
女性の二人連れ。片方の背の高い女性は緑色の長い髪を揺らし、体のラインが
分かる黄色い鎧下の上に上質のファーが付いた上着を羽織り、頭に動物の耳が
ついた耳当てをつけている。もう一人の小柄な女性は金髪を少年のように切り、
その格好も平服ながら動きやすさを重視したもの。しかし、その気の配り方は
相方よりもずっと歴戦の戦士のそれだ。そんな奇妙な二人は店内を見回して、
それからまっすぐティファニアたちのテーブルの前にやって来た。
「え?」
 近づいてくる二人、いやそのうちの一人の顔を見て、チハは思わず
自身の目を疑った。そんなはずはない。ここはハルケギニア。見知った
人などいないはずなのに。
 そんなチハの心情など知らず、二人の女性はティファニアの前に立つと、
背の高い女性がティファニアに声をかけた。
「……お食事中に失礼いたします。ティファニア・ウエストウッドさまですか?」
「え?あ、は、はい。え、と」
 突然声をかけられたティファニアは思わず女性の顔を見上げた。
年は二十歳そこらというところか、耳当てがかなり傾(かぶ)いているが、
世情に疎いティファニアにも、このハルケギニアに召喚されてまだ日が浅い
チハにも、それが分からなかった。
「私、ハーマン・ド・エランと申します。マイト・トゥールビヨンさまの
使いで参りました」
「あ、あなたが……」
 驚くティファニア。だが、もっと驚いていたのはチハだった。
「あなた……まさか……シンさん!?こんなところで何をしてるんですか!?」
 それを聞いて驚いたのはシンと呼ばれた女性だけではない。ハーマンもだった。
「え?もしかして……じゃなくて、もしかしなくてもチハさん?!」
「なんだいシン。知り合いかい?」
「あ、いやぁ……あはは……」
 先程までと違い、ハーマンの口調がくだけたものになる。
そして、シンはといえば……乾いた笑みを浮かべるしかなかった。



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