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三重の異界の使い魔たち-11


~第11話 勇気と闘いと覚醒と(後編)~

――なんだ……?
 剣を手にした途端、サイトは自身に違和感を覚えた。左手がぼんやりと温かくなってきたかと
思えば、段々と手の甲が淡い輝きを帯びていった。その輝きと同調するかのように、徐々に体から
痛みが引いて行く。否、それだけではない。苦痛と疲労で鉛の様だった体が、なんだか軽くなって
きたのだ。流石に羽が生えた様とまではいかないが、それでも普段よりもずっと楽に動けそうだ。
おまけに、よく判らない力が体の奥から湧いてきているのも感じる。
――どうなってんだ……?
 ムジュラの仮面を被った時とはまた違った力の高まりに、サイトは困惑する。しかし、それも
一瞬。
――これなら、いける!
 唐突な事態に対して切り替えの早い才人は、すぐに思考を決闘に戻した。不可思議な感覚に従う
ように体を動かし、剣を構える。剣術の心得など無い自分が、何故自然に武器を構えることが
できるのか判らなかったが、とりあえず考えるのは後回しだ。
「皆、下がっててくれ」
 タバサたちの方を一瞥し、告げる。ムジュラの仮面を除き、タバサたちから不安そうな眼が返って
くるが、才人は笑顔で言ってみせた。
「大丈夫、もう負ける気がしねえ」
 傷の痛みを感じさせない、はっきりした声だった。その声に信じる何かを感じたのか、それとも
自分の強情さに呆れ果てたのか、タバサは何も言わずに下がっていった。シエスタも、無理は
しないでとだけ告げ、後に続いていく。ムジュラの仮面は、相変わらず意地の悪そうな眼で見つめて
くると、無言でタバサたちの後を追っていった。

 一方、ナビィだけはその場にとどまっている。
「ナビィ? お前も下がってくれよ」
「いいえ」
 才人の頼みを、妖精の少女は意外なほど強い声で断った。
「いや、いいえって」
「ワタシも一緒に戦う」
 言いながらも、ナビィの青白い輝きが黄色一色に変わっていく。
「もう二度と、友達を見捨てるようなことはしたくないの」
 静かながら、凛としたものの混じった声。それに、才人は反対の意思が殺がれた。
「これは俺の喧嘩だぞ?」
「大丈夫。口は出しても、手は出さないから」
 手が出る程大きくないし、と付け加え、ナビィは笑う。
「お節介な奴」
「相棒にもよく言われたよ、何度も同じ注意するなってさ」
 顔を合わせて笑い合うと、2名はヴィリエに向かい合った。

「やっと再開か? 回復の時間稼ぎのつもりだったかな」
 鼻で笑いながら、ヴィリエは杖を構えた。
「平民らしい浅はかな姑息さだが、それでなんとかなるとも思えないがね?」
 嘲笑もそこそこに、また呪文が唱えられていく。
「あれ……サイト、Listen!」
 そこへ、ナビィの声が耳に届いた。
「ナビィ、どうした?」
「あの杖、よく見て!」
 言われ、ヴィリエの杖を注視する。そうしていると、杖の周りが陽炎のように揺らいで見えるのが
判った。
「多分、魔法で杖の周りに風が集中して、空気が濃くなってるんだよ。だから、あんな風に揺れて
見えるんだわ」
 才人にだけ聞こえる様な小声で、ナビィは説明する。
「多分、あの濃くなった空気を撃ちだして攻撃するんだと思う」
「て、ことは……」
「あの揺れた空気が無くなった瞬間が、攻撃された時ってことだよ!」
 その助言に、才人の心臓が逸りだした。つまり、あの陽炎が消えた瞬間が、回避すべきタイミングと
いうことだ。

「避ける瞬間はワタシが教えるよ。サイトは、攻撃することに集中して!」
「よっしゃ、サンキュー!」
 一気に軽くなった胸が命じるままに、両の足に力を込める。
「じゃ、行くぜ、ナビィ!」
「OK! 1、2の……」
 地面に足を踏みしめ、駆けだす用意と心の準備を整えた。
「3!」
 そして、声を合わせて飛びだす。こちらの怪我から、ダッシュできるとは思っていなかったの
だろう。ヴィリエが、虚を衝かれた表情で杖を振った。
「Hey、サイト!」
「ああ!」
 ナビィの呼び掛けに、声だけで応じる。言われるまでも無く、あの揺らぎに気が付いた時、
それが向かってくることにも気付けたのだ。そして、それがぶつかる寸前、才人は横っ跳びで
それをかわして見せる。
「なっ!?」
 そのことに、ヴィリエは明らかに驚愕した。それが焦りを生んだのか、しゃにむに魔法を
放ってくる。
「サイト、右! その次は頭を伏せて!」
「おう!」
 しかし、そんなものは最早脅威でない。ナビィの指示に従いながら、次々とそれを回避して
いった。そして、どんどんヴィリエとの間合いを詰めていく。

「くっ、平民ごときが、調子に乗るな!」
 苛立たし気なヴィリエの言葉。次いで、ナビィの鋭い声が響く。
「Watch out! サイト、大きいのが来るよ!」
「なっ、大きいのったって!」
 危機感のこもった警告に、才人は焦った。わざわざ知らせるということは、今までの
やり方では避けきれないということだろう。しかし、今までも割とぎりぎりでかわして
いたのだ。これまでより強力な魔法など、どうよけろというのか。
 うろたえながらも走り続けていると、ナビィが叫び声を上げる。
「Hey! サイト、一旦止まって! それから、前を向いたまま剣を思い切り振りきって!」
「はっ!?」
「早くっ!」
 唐突な指示に困惑するが、他に何かすべき策があるわけでもない。半ばやけくそ気味に、
その指示に従った。
「その姿勢のまま、腕を更に後ろへやるみたいに力を入れて! それから、左足を前にして、
うんと強く踏み締めるの!」
「お、おう!」
 言われた通り、剣の切っ先を斜め後ろに向ける様な姿勢のまま、剣を持つ右手と左足に力を
込める。
「それで合図したら、左足を軸にして、思いっきり回転して!」
「か、回転?」
 才人が聞き返せば、小さな助言者は力強く頷いた。しかし、どうにもそれでどうなるのかが
判らず、才人としては混乱するよりない。
 そんな才人の様子に、ヴィリエが冷たい笑みを浮かべてきた。
「ふっ何のつもりか知らないが……」
 相変わらず嘲るような声とともに、手にした杖が上げられる。
「これで終わりだ!」
 そして、とうとうそれが振り下ろされた。瞬間、明らかにそれまでとは違う空気の流れを
感じる。

「サイト! 今だよ!」
 しかし、その一瞬前に、ナビィの合図が耳に響いた。それとともに、才人も腹を括る。最早
迷っている場合ではないのだ。それならば、ナビィの言葉に懸けるしかない。
「うおおぉぉっ!」
 叫びながら、左足を踏み締め体を回転させた。すると、予想以上の加速感を以って、全身が
螺旋を描こうとする。
「しなった竹が、勢いよく返るみたいに」
 その速さに驚きながらも、回転に合わせて剣を振るうことは忘れない。そんな才人の動きを
見ていたナビィが、静かに呟いていた。
「溜めに溜めた力が、遠心力の中で更に強さを増す」
 それを聞きつつも旋風のごとく剣を唸らせ、才人はヴィリエの風に真っ向から挑みかかる。
「それこそ、勇者リンクの必殺剣」
 見えない突風と、青銅の渦、その両者がぶつかりあった、その瞬間――
「“回転斬り”!」
 才人の振り切った刃が、魔なる風を打ち破った。突風の残骸は2つに裂け、才人を避ける
様にして草地に軌跡を残していく。
 その光景に、多くの者が絶句していた。魔法を使えない者が、魔法を正面からねじ伏せた
事実が信じられないのだろう。それはヴィリエも同様だ。杖を振り下ろした状態のまま、呆然と
してしまっている。

 そして、そんな隙を見逃す手はない。一気に距離を詰め、剣を振りかぶる。そこで、ヴィリエは
ようやく杖を構えなおすが、最早遅い。
「でやああぁぁっ!」
 気合の叫びとともに、剣を袈裟斬りに一閃する。
 一瞬の静寂、その後に、ヴィリエの杖が2つに分かたれた。切り裂かれた先端は、そのまま
力なく地に落ちる。それが転がるまで見届けると、才人はヴィリエに切っ先を突きつけた。
「まだ、やるか?」
 問われるまで、呆然としていたヴィリエの顔が、屈辱に歪む。それでも、自分の切られた杖に
目を向けると、視線を外して呟いた。
「……参った」
 悔しそうな返答を受け、才人は高らかに剣を掲げる。その次の瞬間、広場は歓声に包まれた。
「あの平民、やるじゃないか!」
「ヴィリエが負けたぞ!」
 野次馬たちの囃(はや)したてる声を聞きながら、見知った姿が駆け寄ってくるのが見えた。
タバサ、シエスタ、ムジュラの仮面、先程はいなかったキュルケに、剣をくれたギーシュもいる。
「サイトさん!」
 最初に声を掛けてきたのは、シエスタだ。
「凄いです、サイトさん! 貴族に勝ってしまうなんて!」
 凄い凄いとはしゃぐシエスタに、キュルケが続く。
「ホントね、やるじゃないの」
「ゴミでないと、証明できたわけだな」
 ムジュラの仮面もからかうように言ってきた。それら全てに才人は心底の笑顔で応えると、
やがてタバサに目が留まる。
「タバサ、勝ったぞ」
 笑って言ってみせると、タバサは何処となく困った顔をしているように感じた。それに才人が
訝しむより早く、別の声が掛かる。

「いや、大したものだね、使い魔君」
 拍手をしながら、ギーシュが笑みを見せる。かなり整った顔立ちをしているがために、その
表情は様になっていた。
「ギーシュさんだっけ? ありがとな、あんたの剣のおかげで勝てたよ」
 軽く礼を述べると、ギーシュは苦笑する。
「いや、君は本当に貴族に気後れしないんだね。普通、貴族にそんな礼で済ます平民はいないよ」
「あ、ごめん、じゃないか、すいません」
 慌てて、謝罪の言葉を述べた。貴族への礼儀と言われても、平等主義な日本で育った才人には
ピンとこない。しかし、流石に恩を受けた相手にタメ口というのは無礼が過ぎたかもしれない。
「いや、構わないよ。正直そこまで自然な態度を取れる存在は貴重だからね」
 一方、謝られた方は笑ってそれを許した。
「だから特別に、対等の言葉を交わすことを許そうじゃないか」
「はあ、どうも……」
 芝居がかった語り方にやや腰が引けるが、とりあえず無理に畏まった話し方はしなくていいらしい。

「んじゃ、改めて。本当にありがとうな、最後は、あの剣で助かったみたいなもんだし」
「いや、あれは君の実力だよ。正直、ここまでの結果になるとは思っていなかった」
 謙遜ではなく、本気でそう思っているらしい。
「ははっ、正確にはアドバイスのおかげだけど」
 言ってナビィを見やれば、元の色に戻ったナビィが照れたように笑った。

「ところで、使い魔君。名前を聞いてもいいかね? 決闘前に名乗っていたようだが、恥ずかし
ながら聞き逃してしまったものでね」
「ああ、平賀才人。才人って呼んでくれ」
「サイト? 珍しい名前だね?」
 段々慣れてきたリアクションに、だろうね、と返した。
「だが、気に入ったよ。僕のことも、ギーシュと呼んでくれたまえ」
 それだけ言い残すと、ギーシュは芝居っ気のある仕種でマントを翻し、颯爽とその場を去っていく。
その後ろ姿は、素直に格好良く見えた。白人を美化する日本人的感覚を抜きにしても、ギーシュは
背の高い美男子なため、気障っぽい動きも割と画になっている。
 自分より身分が低く、かつ接点もなかった自分に手を差し伸べ、その勝利を祝福してくれた貴族の
少年。そんなギーシュの姿に、才人は僅かながら憧れの念を抱いていた。
「ギーシュ様!」
 そこへ、栗色の髪をした少女が人垣から飛び出してくる。見れば、タバサやギーシュ達の黒い
マントと違い、その少女は茶色いものを羽織っている。
「け、ケティ!?」
「ギーシュ様、平民であろうと危機にある者を救わんとする優しさ、私感動いたしました!」
 頬を赤らめてギーシュを称賛する少女、ケティを前に、ギーシュは何処か焦った様子を見せる。
ギーシュの恋人なのだろうか。

「ギーシュ?」
 そこへ、また別の声が上がった。見れば、長い金髪をロールにした少女が近づいてくる。マントの
色は黒だ。
「ギーシュ? その子は誰なのかしら?」
 異様にどすの利いた声で尋ねられ、ギーシュの顔がみるみる青くなっていく。
「も、モンモランシー、これはだね……」
「ギーシュ様……」
 一方、ギーシュの傍ではケティが哀しげな声を出している。
「ギーシュ様、やはりミス・モンモランシと……」
 よろよろと、後ろに下がるケティ。少し遠くてよく見えないが、涙ぐんでいるようだ。
「やっぱり、この1年生に手を出していたのね?」
 モンモランシーと呼ばれた少女の方はといえば、憤懣(ふんまん)やるかたないといった風情で
ある。そんな彼女たちの様子に、読みたくないながらも状況が読めてしまった。要するに、ギーシュは
この少女たちに二股を掛けていたようだ。
 その2人を前にして、ギーシュはとてつもない程にうろたえていた。
「き、君たち、どうか落ち着いておくれ! 君たちのその美しいバラの様な笑顔が曇っては、僕まで
哀しくなってしまうよ!」
 言い訳がしたいのか、気取りたいのか、どちらとも取れない言葉を吐くギーシュの顔を、2人の
少女の平手が両側から挟みこむ。ばちん、と小気味いい音が響いたかと思えば、2つの叫びが新たに
上がった。
「もう、そのお言葉は信じられませんわ! さよなら!」
「嘘つき! もう愛想が尽きたわ!」
 言うや否や、2人の少女は別々に去っていく。そして、顔面挟み込みビンタを喰らったギーシュは、
しばらく顔を押さえてのたうちまわり、やがてゆっくりと立ち上がった。
「あのレディたちは、僕というバラの存在の意味を理解していないようだ」
 そして、ビンタの跡で顔を赤くしながら、そんなことを言ってのける。

――俺、こいつに助けられたわけ……?
 疾風のごとき速さであほらしさが湧いてきて、迅雷さながらの勢いで憧れの念が瓦解していき、
流星もかくやというスピードで意識が遠のきはじめた。
「っ!?」
「サイトさん!?」
「サイトっ!?」
「Hey! 大丈夫っ!?」
「結局気絶か? 情けないな」
 そして、5通りの声を受けながら、才人はそのまま気を失うのだった。



 ヴィリエ・ド・ロレーヌは、怒りと屈辱で震えていた。
――こんなはずじゃなかった……!
 切られた杖を握りしめながら、ここに来た理由を思い出す。
 事の起こりは、平民が落としたケーキのクリームが服に飛び散ったことだ。それに文句を言った
時、その平民が雪風のタバサが召喚した使い魔であることに気が付いた。
 あの青い髪の、ふざけた名前の同級生には、去年恥をかかされたのだ。庶子だという噂が流れる
様ないかがわしい存在だというのに、風のラインクラスのメイジである自分よりも風の呪文を巧みに
操り、自分のプライドを何度も傷つけた。決闘を申し込み、逆に負かされたこともある。

 だから、あの平民に対してタバサへの鬱憤(うっぷん)をぶつけていたのだが、平民の使い魔は
萎縮するどころか、ワインをぶちまけてきた。それを契機に決闘をすることになったのだ。
 始めは全てが上手くいっていた。所詮、平民が貴族にかなうわけがない。ヴィリエの放つ“エア・
ハンマー”や“エア・カッター”に、平民の使い魔は翻弄(ほんろう)されるだけだった。ヴィリエは
このまま自分の楽勝を信じていたが、しかし、それは叶わなかった。
 同級生であるギーシュの気紛れで渡された剣を手にした瞬間、相手の平民の動きが急によくなった
のだ。自分の風を次々と避けていき、それどころか、ヴィリエが使える最強の風の攻撃呪文、
“ウインド・ブレイク”さえ打ち破った。そして、ヴィリエは敗れたのだ。常日頃見下している、
平民を相手に。
 その信じがたい、信じたくない現実に、ヴィリエは震え続けるだけだったが、やがておもむろに
立ち上がる。
「ギーシュ!」
 そして、決闘の闖入者の名を叫びながら、そちらへと詰め寄っていった。
「ヴィリエか」
 そう返事を返すギーシュの表情は、まるで幽鬼の様に暗かった。
「君たちの決闘のおかげで、2人のレディの名誉が傷ついてしまった。どうしてくれるんだね?」
「知るか!」
 無茶苦茶な言い掛かりをつけてくるギーシュに怒鳴り返せば、ギーシュはだよねえ、と呟いて
うなだれてしまった。しかし、そんなことに構っていられない。
「そんなことより、ギーシュ! 君が渡した剣、あれは一体何だ!?」
 怒号じみたヴィリエの問いに、しかしギーシュは眉をひそめてくる。
「どういう意味かね? 君も剣を渡すことには納得したじゃないか」
「とぼけるな! あの剣を渡した途端、あの平民は強くなった! 何か魔法を掛けていたん
だろう!」
 掴み掛かる程の勢いで、一気にまくしたてた。あの剣に何か仕掛けがあり、それがあの平民を
強化させたに違いない。それ以外に、ヴィリエはあの平民の逆転劇の理由が考え付かなかったのだ。

 しかし、そこでギーシュの表情が変わる。
「ヴィリエ」
「な、なんだよ」
 鋭い声で名を呼ばれ、ヴィリエは怒りが少し冷めるのを感じた。
「僕も、相当見くびられたものだ」
 憂いを帯びた溜息。それをするギーシュからは、何か言い様のない威圧感が感じられる。先程まで
どんよりとしていた人物とは思えない。そこで、今更ながらギーシュがトリステインでも名高い
武門の家系であることを思い出した。
 そして、猛禽(もうきん)を思わせる瞳をヴィリエに向け、ギーシュは言い放つ。
「平民を強くする魔法だって? もし僕がそんなすごい魔法が使えるとしたら、何故僕が自慢しない
などと考えられるんだね!?」
「かっこつけて言う台詞じゃないだろ!」
 そして、その発言で一気に空気が弛緩した。同時に、その言葉でギーシュは無罪であることは
納得してしまう。この少年の伊達男ぶりは、学院では有名なのだ。
――それじゃあ、なんで?
 そして、ますます何故負けたのかが判らず混乱することになってしまった。

「遊び足りないなら、オレと遊ぶか?」
 頭を悩ませていると、背後から掛かった声にぞくりとする。振り返れば、タバサの召喚した
別の使い魔、不気味な仮面型のマジック・アイテムがこちらを見据えていた。
「あ、遊ぶだと?」
「ああ、気が済んでいないみたいじゃないか?」
 妙に面白そうな声で言うと、仮面はヴィリエに視線を合わせてくる。
「だが、お前は杖がもうないんだったな」
 軽くヴィリエの切られた杖を一瞥すれば、言葉が続けられた。
「じゃあ、別の遊びをしよう」
 言って、仮面は何がいいかなと考えはじめた。そのことに、ヴィリエの胸に苛立ちが生じる。
こちらの意思を無視して、何を勝手なことばかり言っているのか。しかし、それにヴィリエは
反抗することができなかった。この仮面が持つ、夕暮れ色の両眼。それに見つめられていると、
何故だか背筋が震え、声が上手く出ない。
「かくれんぼ……か、いいな」
 奇妙な感覚に捕らわれていると、やがて仮面の方では答えが出た様だ。
「そうだ、それがいい」
 愉快そうな仮面の声で、ヴィリエの悪寒がますます酷くなる。
「か、かくれんぼだと……?」
 聞き返す声に、震えが隠せない。かくれんぼ、誰もが子どもの頃に1度は体験するだろう、他愛も
ない遊び。そのはずなのだが、ヴィリエにはそれを言葉通りに受け取ることができなかった。
 この仮面の眼が、無邪気に輝く楽し気な光と、冷たく凍える様な暗がりが同時に宿った気味の悪い
眼が、ヴィリエに額面通り捉えることを許さなかった。

「いいか……お前が隠れるんだ」
 そんなヴィリエの怯えを意に介さぬ様子で、仮面が続ける。
「隠れるっていうことは、何処にいるか判らないっていうことだ。何処にいるか判らないってことは、
いないのと変わらないっていうことだ」
 そう語り続ける内に、仮面の表面に光の筋が瞬き始めた。青白い、電流の様なものが、顔に当たる
部分で踊りだしている。
「いるのに、いないのと同じっていうことは、それは、お前が誰なのか判らないっていうことだ」
 表面を紫電が網の目の様に走る中、夕暮れ色の眼が爛々(らんらん)と輝いていた。その様子は、
まるで黄昏時に荒れ狂う落雷の群れにも似て見える。
「誰もお前が誰なのか判らないなら」
 不吉な光で顔中を染めた仮面は、それ以上に不吉な声で問い掛けてきた。
「お前は、本当にお前なのかな?」
「さ、さっきから、何を言っているんだ!?」
 奇怪に過ぎる言動に溜りかね、悲鳴のように叫び返す。
「だけど、頭隠して尻隠さずだ」
 それでも、仮面の言葉は終わらない。嘲笑にも似たその声は、冷たい愉悦の色が聞きとれた。
「顔は隠れているのに、他は隠れていないんだ。でも、顔はちゃんと隠れている。だからやっぱり
誰だか判らないんだ。それでも、いいよな」
「だ、だから、何を……」
 尚も言い返そうとするヴィリエだが、すぐにそれは弱々しく途切れる。仮面の瞳が放つ妖しさに、
心が呑まれてしまったために。

「じゃあ」
 最早口を動かすことさえできないまま、仮面の声が気味悪く響く。
「いこうか」
 その発言を受けた瞬間、ヴィリエは目の前が暗くなっていくのを感じた。気が遠のいていき、
全身から力が抜けて膝をつく。
 それからどの程度時間が経ったのか、やがて意識がはっきりしてきたヴィリエは、溜息とともに
立ち上がる。
すると、何故か周囲から悲鳴が幾つも上がっているのが聞こえた。
「一体、どうなったんだ……?」
 見れば、近くに立つギーシュも頬を赤くしたまま青ざめている。いよいよわけが判らなくなって
いると、不意に仮面が声を上げて笑った。
「ヒャハハ、なかなかユニークな姿だ」
 それだけ、言うと、さっさと仮面は主人であるタバサたちの許へ行ってしまった。見れば、
タバサはあの平民を魔法治療している様だ。あの平民を見ると再び怒りと屈辱で腹が煮えるが、
今はそれより気になることがある。
「ギーシュ、一体どうなっているんだ? なんだか、皆僕を見て悲鳴を上げているようだけど」
「ヴぃ、ヴィリエ? 君、大丈夫なのかね?」
 ヴィリエの問いには答えず、逆にギーシュが震えながら聞いてくる。
「大丈夫かって、何が?」
 聞き返すと、ギーシュは懐からコンパクトを取りだし、鏡をヴィリエに向けてきた。男のくせに、
こんなものを持ち歩くなよ、と軽く呆れるが、すぐにそんな感情は消し飛ぶ。
「なっ!?」
 その鏡を覗き込んだ瞬間、空気が凍った様な感触がした。次いで、ギーシュからコンパクトを
引ったくり、食い入るように見つめる。
「う、嘘だ、嘘だ! こんな、こんな……!?」
 それが見間違いでないと判れば、次いで顔の感触を確かめはじめた。見えているものが信じられず、
何度も何度も触り続ける。
「う、うわああぁぁっ!」
 やがて、鏡に“映らない”自分の顔を触りながら、ヴィリエは恐怖の叫びを上げて気絶した。



「なんだ、もう失神か? 胆(きも)の小さい奴だな」
 タバサがサイトに治癒の呪文、“ヒーリング”を掛けている中、ムジュラの仮面が呆れた風に
呟く。その視線の先には、顔だけ透明人間にされたヴィリエが倒れていた。

「ムジュラ、何やってるの!」
「聞いていなかったか? ただのかくれんぼさ」
 ムジュラの仮面が事もなげに言うと、ナビィは溜息を1つつく。
「早く戻してあげなよ」
「戻すって、俺がか?」
「他に誰ができるの」
「早く戻して」
 それに、タバサも続いた。多少手遅れな感はあるが、トリステインの貴族といざこざの種を
無意味に残したくはない。その命令に、ムジュラの仮面は不承不承の体で従った。
「全く、呪って2分で解くことになるとは、最短記録だな」
 ぼやきながらもムジュラの仮面が瞳を輝かせると、ヴィリエが夕焼け色の光に包まれた。すると、
彼の透明になっていた顔が元に戻る。

「貴方も酷いことするわね」
 それを見ながらキュルケが言った。容姿に自身のある彼女だけに、顔を透明にさせる力が相当
恐ろしく見えたのだろう。軽く見やると、彼女の顔色は随分悪かった。片や、ムジュラの仮面は
心外そうに言う。
「おいおい、同僚を傷つけた相手を懲らしめてやっただけじゃないか」
 悪びれた風も無く言っているが、その眼はいかにも面白がっていて説得力がない。十中八九、
これは彼自身の趣味の結果だろう。
「ムジュラ、貴方って、邪気抜けているはずだよね?」
「邪気が抜けたといっても、モンスター的な暴力衝動が消えただけだ。オレ自身の性格にまで影響は
ない」
 ナビィの問いに笑いながら返す仮面の使い魔に、タバサはなんとなくこの仮面の本性を察した。
 この使い魔、幼稚なだけでなく相当残酷らしい。

「で? 我らが勇敢な莫迦坊主は、どんな具合だ?」
 辛辣ながら適切な評とともにサイトの容体を尋ねられ、タバサは内心で歯噛みする。
「危険。危篤といっても差し支えない状態」
「そんな!?」
 傍で聞いていたメイドが、悲鳴じみた声を上げた。しかし、これは事実だ。ヒーリングはタバサが
2番目に得意な系統、水の呪文であるが、この呪文は秘薬と併用してこそ高い効力を持つ。呪文だけ
では、応急処置程度にしかならない。これ以上は、治療用の秘薬を取り寄せるしかないだろう。
 一方、それを聞いたムジュラの仮面は、またも呆れた声で言った。
「そんな状態で、こいつは意地を張っていたのか? 想像以上の根性を褒めていいのか、頭の悪さに
びっくりすべきか」
 正しく莫迦を見る眼でサイトを見つめるムジュラの仮面であるが、否定する者は誰もいない。一方、
ナビィは何か思いついた様に声を上げた。

「ムジュラ! 貴方ならサイトを治せない?」
 そう提案すると、ムジュラの仮面は考える様に間を置く。
「治す、ね。破壊や変異の呪いなら得意なんだが、治療となると……」
「教室を直した、あの曲は?」
 タバサが聞くと、ムジュラの仮面は頭(かぶり)を振った。
「あれは本来、魂の苦しみや汚れを癒す曲だ。ただの物なら魂がない分それ自体への修復に威力が
向くが、生き物では肉体的な傷に効果はない」
 そこまで言うと、ムジュラの仮面はタバサと視線を合わせてくる。
「それより、主がオレを被ったらどうだ?」
「私が?」
 聞き返せば、眼前の相手は頷いてくる。
「オレの魔力を掛け合わせれば、その魔法を強化できるかも知れんぞ」
 その言葉に、タバサの心が揺れた。サイトの傷は、水の秘薬を使っても簡単に治るものではない
だろう。すぐに治すことができるのなら、なるべくそうしたい。しかし、ムジュラの仮面を被るのは
色々な意味で抵抗がある。
 しばらく逡巡するものの、結局タバサはムジュラの仮面を手に取った。色々と胡散臭いのでなるべく
使いたくはなかったが、サイトがいつも平気で被っているために警戒心が緩んでもいた。
 そして、いざ被ってみると、タバサはその威力に驚く。全身に異質な魔力が満ち溢れ、自分が自分
以上の存在になった様な感覚。その心地よい力の高まりに、タバサはサイトが無抵抗でムジュラの
仮面を被れる理由を理解した。

「うーん、ヒラガ程力が引き出される感はないな。他者の力を借りようとする心が弱すぎるためか?」
 しかし、ムジュラの仮面にしてみれば自分は上手く扱えていないらしい。自分の使い魔の方が自分の
使い魔を上手に扱えるとは、変な話だった。最も、使い魔が複数いる時点で変なのだが。
「まあ、とりあえずさっきの魔法を使ってみろよ」
「イル・ウォータル・デル……」
 言われるまでも無く、既にタバサは呪文を詠唱していた。すると、想像以上の魔力の高まりに、
思わず舌が止まりそうになった。そして、それはきちんと効果として現れ、サイトの傷がみるみる
癒えていく。水のスクエアメイジにも劣らないヒーリングだ。数秒もしない内に、少年の怪我は
すっかり塞がっていた。今すぐにとはいかないまでも、直(じき)目を覚ますだろう。

 それを確認すると、タバサはムジュラの仮面を外した。それから、とりあえず先程までの出来事で
判ったことを観察ノートにつけていく。ムジュラの仮面編には「子どもじみた残酷ぶり」、「被ると
スクエアクラスの魔法が使える様になる」と、ナビィ編には「お節介な性格の模様」、「適切な
助言で戦闘補助をする」と記した。そこまで書くと、タバサは先程のナビィの台詞を思い出す。
サイトを援護する直前、彼女は「もう二度と友達を見捨てたくはない」と言っていた。もう、
ということは、彼女は以前に誰かを見捨てた経験があるのかもしれない。タバサはそれを
書こうとして、やめた。流石に、そこまで相手の事情に踏み込んだことを書いていいとは
思わないから。

 そして、サイト編のノートを取り出し、開く。箇条書きで「好奇心が強い」から始まった幾つかの
特徴の最後には、「ニワトリにつける類の名前らしい」と書いてあった。
 ナビィの言葉で知った、サイトという聞き慣れない名前の由来。もしかすると、偽名なのかも
しれない。そうだとすると、彼にも何か本名を名乗れない事情があるのだろうか。
――私と同じように……
 それなのに、いつも明るく振る舞っている。他人を気遣える優しさを持ち、異世界に召喚されたと
いう異常事態にも笑顔を忘れないでいる。
 そう思うと、よく判らない温かさが胸に湧いてきた。それが何だかこそばゆく、タバサは誤魔化す
様にして「人の忠告を聞かない」、「猪突猛進」、「向こう見ずが過ぎる」等々、こきおろす評価を
ノートに書いていく。そして、最後に「剣術が意外に強力」と書くと、ペンを持ったまま考え込んだ。
――サイトは、私を友達って言っていた……
 サイトの叫びを思い返す。彼は、友達であるタバサの悪口を許せないと言った。勿論、決闘を
続けたのは彼自身の意地が大半だろう。それでも、決闘自体の契機は自分が侮辱されたことだった。
 そうだ。サイトは、昨日会ったばかりの自分を、それどころか、彼を故郷から切り離してしまった
自分を、友達だと言ってくれた。友達の名誉のため、自らのプライドのため、勝機のない戦いに
向かっていった。どれだけ傷ついても、決して諦めず、最後には勝利を掴んでみせた。
 その姿に、何故か頬が熱くなっていく。それから、小さく「優しく、勇敢」と付け加えた。

「ん……、くっ……」
 しばしの後、サイトが目を覚ます。その頃には、ムジュラの仮面たちを連れてきたメイドが彼を
膝枕で寝かせていた。それがなんとなく癇に障ったのは何故だろうか。
「あれ、シエスタ?」
「サイトさん! 大丈夫ですか!?」
 笑顔で問い掛けるメイドに、サイトは自分の状態を理解したらしい。顔を赤くしながら、慌てて
体を起こしていた。その初心(うぶ)な有様に、隣のキュルケが笑いを堪えている。
「えっと、俺どうしたんだ?」
「怪我で倒れられたのを、ミス・タバサが魔法で治療してくださったんですよ」
 メイドの答えに、サイトは一つ頷いた。
「そっか、ありがとなタバサ」
 サイトが頭を下げると、タバサはいい、と軽く返す。すると、ムジュラの仮面の楽し気な声が
響いた。
「主、被れ」
「どうして?」
 唐突な台詞に視線を鋭くするが、ムジュラの仮面は動じない。
「被れば判ることだ」
「何を企んでいるの?」
「それも被れば判る」
 カーテンに腕押しな態度の使い魔に、タバサは小さく首を振った。そして、終いにはやはり被る
ことになる。はっきりいってムジュラの仮面は怪しいことこの上ないが、こうまで態度があから
さまだとかえって疑う気が起きなかった。

 そして、いざ被ってみれば、すぐ耳許からムジュラの仮面の声が聞こえてくる。
「なあ、主? ヒラガのことだが」
 面白がっている様な、それでいて厳粛な様な声だった。その奇妙な声音に、思考の調子が狂うのを
感じた。
「使い魔でありながら、主の命令を無視したというのは問題じゃないのか?」
 もっともらしいムジュラの仮面の言葉に、タバサはそれを考えてみる。サイトが何か言っているが、
それは無視だ。
「使い魔の躾も、主としての役目だろう?」
 段々声に挑発の様な色が混じってきたが、言っていることは間違っていない。
「貴族を名乗るならば、義務を怠るわけにはいかないよな?」
「確かにそう」
「なら、やるべきことは1つだ」
 いつの間にか、タバサは耳から入る声に引き込まれていた。被る時に持っていた疑念が、すっかり
影をひそめている。そして、言われていることを真剣に検討している自分がいる。それは、ムジュラの
仮面の言葉が正論であるためだった。その一方で、冷静な部分で何かがおかしいとも思う。幾ら正しい
理屈だとしても、こんな簡単にムジュラの仮面への警戒を解くものだろうか。否、そもそも本当に
正しいことを言っているのか、正しいと思い込まされているのではないか。
 今のタバサには判らなかった。とりあえず、ムジュラの仮面を被るのは控えた方がいい様だ。確かな
ことは、ただ1つ。

「言うことを聞かないニワトリには、お仕置きが必要」
 サイトに、制裁を加えることだった。少なくとも、彼の勝手な行動で心配をしたのは事実だからだ。
タバサ自身の魔力と、ムジュラの仮面の魔力が混じり合い、杖の先からどす黒いエネルギーが立ち
昇っていく。それを見ていたサイトは、見事な程に慌てだす。
「いや、だからニワトリは違うって! っつーか、落ち着いて話し合おう! ほら、そんな杖なんて
向けてこないでさ! ムジュラなんて被ってたら、可愛い顔が台無しですよー!?」
 あの決闘の勝者とは思えない程の狼狽ぶりに、ムジュラの仮面が呆れた声を上げる。
「お前も根性あるのか、ないのか、よく判らない奴だな」
「うるせーよ! ってか、お前もしかしてさっき助け舟断ったのの仕返しか!?」
 サイトが叫べば、叫ばれた側は改まった調子で話しはじめる。
「ヒラガ、オレは自分から進んで他者を傷つけようとは思わない」
 その真面目な調子のまま、ムジュラの仮面は言ってのけた。
「だが、他者の苦痛を楽しめないというわけでもない」
 そんなふざけた台詞を。そこで、サイトが雄叫びにも似た叫びを上げる。
「やっぱこいつ、性格最悪だああぁぁっ!」
 この後、彼がどうなったかは割愛するが、それがこの後3日間でサイトが話した最後の言葉であった
ことは、あえて記しておく。



 こうして、昼休みの騒動は終結した。
 ラインメイジでありながら、平民に倒されるという屈辱的な結果に陥り、更には顔面透明人間に
されたヴィリエ。
 気紛れで親切心を起こしてみれば、公衆の面前で二股が露呈し、自慢の顔をはたかれたギーシュ。
 散々痛い目を見ながら、命懸けで勝利をつかんだというのに、勝利を捧げるべきご主人様に
お仕置きをされることになった才人。
 誰が1番不幸かは、判断の難しい所である。

~続く~


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