あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと無重力巫女さん-45




トリステイン魔法学院の敷地から外は、広大な森が広がっている。
首都トリスタニアへと続く街道の外は、どこまでも広がっているかのように感じてしまう巨大な森林地帯がある。
最寄りの街であるトリスタニアに行こうとしても、馬を使わなければちょっとした旅になってしまう。
一応ちゃんとした道はあるのだが、いかんせん森の中を突っ切るように出来ているので凶暴な肉食動物が襲ってくることもある。
その為、魔法学院かトリスタニアに行く者は馬に乗るか馬車に乗るか、あるいは空を飛べる幻獣に乗るしかない。

しかし、今日に限ってはそのどれにも当て嵌まらない゛物゛で学院の敷地を出た者がいた。

「相も変わらず、デッケー森だなぁ。地平線まで続いてるんじゃないのか?」
愛用の箒に腰掛けるかのような姿勢で乗って空を飛ぶ魔理沙は、眼下に見えるトリステインの森を見ながら呟く。
箒の出す速度はそれ程速くはなく、ゆっくりと空中散歩を楽しむ彼女の横を二、三羽の小鳥たちが飛んでいく。
そんな小鳥たちを見て軽く微笑みつつ、自分の後ろにある魔法学院へと視線を向けた。
もうかなりの距離を飛んだのではあるが、トリステイン魔法学院にある塔はハッキリと見えている。
流石はトリステインの誇る魔法学院なのか、その存在はなかなかのインパクトを放っていた。
「さてと、ここまで来れば大丈夫だろ」
魔理沙はひとり呟くと、つい数十分前の出来事を思い出した。


『じゃあ行ってくるわ。大丈夫、夕食時には帰ってくるから』
それはルイズと霊夢が喧嘩し、霊夢が部屋から出て行った直後である。

『おい、霊夢…!』
魔理沙は咄嗟に、窓から身を乗り出して見回してみるが、霊夢の姿は何処にもなかった。
その時魔理沙はあれ?と一瞬だけ首を傾げようとしてその前に、心当たりがあるのに気が付く。
(あいつ…瞬間移動で逃げやがったな…)
あのぐーたら巫女が自分の姿を一瞬にして消す方法といえば、それしか思いつかなかった。
異変解決やちょっとした喧嘩で、何度も霊夢と戦った経験のある魔理沙だからこそ、真っ先に思い浮かんだのである。
霊夢の奴うまいこと雲隠れしやがったぜ…。とおもわず感心してしまったが、すぐに別の考えが頭をよぎる。
(ちょっと待てよ…もしかして後の事は全部私に任せたってことか…!?)
心の中でそう叫び、思わず目を丸くしてしまった。

今のルイズが体内に飼っている「怒り」という名のペットは怒り狂い、ある二人の手に噛みつきたがっている。
それはズバリ、霊夢と魔理沙である。しかしその内の一人である霊夢はトンズラをこいた。
つまり、本来なら二人で仲良く受け合うルイズの怒りを霊夢のいない今、魔理沙が二人分の怒りを受け止めることになる。
怒り心頭のルイズの仕置きはキツイとその身で知った魔理沙は、すぐさまこの部屋から出ることにした。

幸いルイズ本人はシエスタが取り押さえてくれていたので、なんとか逃げ出すことは出来た。
『あぁもう…。すまん二人とも、すぐに帰ってくるぜ!』
そう言った後、何処かへ逃げた霊夢を追うような形で魔理沙は箒に跨り、部屋を出て行った。
とりあえず学院の外へと出れた魔理沙は霊夢を探すワケでもなく森の上を飛んでいて、今に至る。


「え~と…。お、ああいう広い所なんか好さそうだ」
何処かに休める場所はないかと、眼下の森に視線を向けていた魔理沙は、恰好の休憩場所を見つけた。
そこは森の中にポッカリと出来たような小さな円形の草原で、風に乗ってサラサラと背の低い草が揺れている。
目をこらしてみると草原にはいくつかの切り株があり、真ん中の方には切り落とされていない木がポツンと生えていた。
付近には怪しい者も動物もおらず、休憩にはもってこいの場所であった。
とりあえずそこに降りる事にした魔理沙は辺りに気を配りつつ、ゆっくりと高度を下げていく。
慣れた動きで無事そこに着地すると箒を右手に持ち、思いっきり深呼吸した。
そして口の中にたっぷりと森の空気を入れて、勢いよく吐き出す。

「ふぅ~、やっぱり森の空気ってのはうまいもんだな」
魔理沙はいまだ切られていない木の根本に腰を下ろし、空を仰ぎ見た。
それから次に霊夢の顔を思い浮かべ、苦々しい表情を浮かべる。
「全く、霊夢の奴も困ったもんだ…まさかあのまま逃げるとは思わなかったぜ」
自分のことを棚に上げつつも、一人勝手に逃げた巫女に込めて呟く。

全ての始まりは、霊夢がルイズの部屋にあったお菓子を勝手に食べたことから始まった。
確かにそれを考えれば霊夢が原因ではあるが、彼女と一緒にお菓子を食べた魔理沙にも一応罪はある。
魔理沙本人は「目の前に菓子があるから喰った」と言っても、ルイズの視点からすれば立派な共犯だ。
それをこの白黒がちゃんと理解しているのかどうかは、よくわからない。


「まぁ仕方ない。ルイズの怒りが収まるまでここでのんびり過ごすとしますか」
魔理沙は諦めにも似た境地でそう呟くと思いっきり背筋を伸ばし、辺りを見回した。
目には眩しいくらいの青空と白い雲が写り、小鳥たちの囀りが耳の中に入ってくる。
魔理沙は被っていた黒のトンガリ帽子を脱いだ瞬間、ハッとした表情を浮かべた。
「しまった、そういやミニ八卦炉をルイズから取り返してなかったっけ…」
いつもなら帽子の中に仕舞っているマジックアイテムがないことに、魔理沙は苦笑した。
朝の授業の時に奪われ霊夢の頭に投げつけたそれを、今はルイズが所持している。
その時の事を思い出し、やけに投げるのがうまかったなーと魔理沙は思い出した。
今取りに戻ってもルイズは怒っているだろうから、自分が怒りのはけ口になるに違いない。
アレとは古い付き合いだが、今行けば確実に大変な目に遭うのはわかっている。
それに戻らなければ壊す!とも脅迫されてはいないから大丈夫に違いない。

「虎穴に入らなきゃ虎児は手に入らないと言うが…それで喰われたら元も子もないぜ」
魔理沙は観念したかのように呟くとゆっくりと目を瞑った。
やがてそれから数分もしない内に、彼女の口から小さな寝息が聞こえてくる。
今日は計二回もルイズの鉄槌を喰らった魔理沙の体は、休憩を欲していたのだ。



一方、事の発端とも言える霊夢は何処にいるのかというと…
魔法学院にある男子寮塔の屋上で、ゴロンと寝転がっていた。
ルイズと喧嘩になりかけて部屋を出た彼女はあの後、瞬間移動を用いて女子寮塔の出入り口で隠れていた。
その後魔理沙が箒に乗って飛び去っていくのを確認して、今に至る。

「はぁ…なんか思ってた以上に怒ってたわねー」
まるで他人事のように呟きつつ、ルイズのことを頭の中で思い返していた。


今までに何回か怒ったことはあったが、あの怒り様はその中でも五本指に入るものである。
しかし霊夢には理解できなかった。どうして菓子一つであれ程怒れるのか。
ふとした事で人をからかってくるような連中ばかり居る世界で暮らしている霊夢にとって、菓子一つ分の被害など微々たるモノだ。
ぐっすりと寝ている最中に叩き起こされたり、飲もうとしたお茶をスキマに掠め取られたり、例を上げればキリがない。

しかしその分、怒りの沸点が大分高くなってしまった霊夢に対し、ルイズの沸点は低かった。
生まれつきということもあるが、幼い頃からの教育がそれに拍車を掛けている。
常に清く正しく生き、自分に厳しく道を外す者を見れば正してやり、対峙する者には決して背を向けるな。
それが貴族としての生き方だと。そう教え込まれてきたルイズにとって、許されざる行為なのだ。
ましてやそれが、大事にとっておいた菓子を勝手に食べられたのだから激怒するのも無理はない。
更にルイズの言葉に霊夢が反論したことも、彼女を更に怒らせる要因となっていた。

だからこそ、お互い理解できなかった。
霊夢は過剰に怒るルイズに疑問を感じ、ルイズは人の話を真面目に聞こうとしない霊夢に怒っていた。


「そりゃ私だって今すぐ食べようとしたものを盗られたら怒るけど、あれはすこし怒り過ぎじゃないの?」
霊夢はまるで隣にいない誰かに愚痴をこぼすかのように、ひとりブツブツと呟く。
その呟きはそのまま風に乗って何処かへ飛んで行き、誰の耳にも入らぬまま消えてゆく。
耳にはヒュウヒュウ…と風の音が入り、自然と意識が遠のいていく。
(ま、今部屋に帰っても録な目にあわないだろうし、このまま昼寝でもしてようかしら…)
気怠そうな表情でボーッと青空と白い雲を見つめながら、霊夢はそう思っていた。
しかし、そんな彼女の気まぐれを邪魔するかのように青い影がひとつ、彼女の視界を横切った。

「ん…?」
ウトウトしかけていた霊夢は、自分の視界に入ってきたモノに怪訝な表情を浮かべる。
青空ばかり見ていたから目の錯覚かと思ったが、すぐにその考えは否定された。
何故なら、風が空気を切る音と一緒に動物の鳴き声が耳に入ってきたのだから。

…ゅい、きゅいきゅい…

「きゅい?」
いきなり耳に入ってきた謎の鳴き声を思わずマネしつつ、霊夢は上半身を起こす。
そしてキョロキョロと見回したところで先程の青い影と鳴き声の主が、グルグルと自分の周りを飛んでいるのに気が付いた。
大きな体躯に青い鱗を持つどっしりとした体にそれに見合う大きさの翼、そして肉食動物の如き鋭い牙を持つ蜥蜴の頭。
ハルケギニアにおいて、一度暴れれば天災並みの被害を起こすといわれるウインド・ドラゴン――の幼体であった。
口を僅かに開いてキュイキュイと身体に似合わぬ可愛らしい声を上げながら、空を自由に飛んでいる。
霊夢はそれを見てフゥッとため息を漏らす。

「ああいうのは良いわね。余計な事を考える必要もなく空を飛べるんだから」
溜め息を混ぜて竜にそう愚痴を漏らすと、霊夢はゆっくりと目を瞑った。
黒い闇が視界を覆い、風の音しか聞こえない世界は、じわじわと夢の世界へと彼女を導いていく。
やがて数分もしない内に意識が朦朧とし、いよいよ眠ろうとした霊夢の耳に、誰かの声が入ってきた。

「そんなことないのね」
それは自分の周りを飛んでいるウインド・ドラゴンの声ではなく、瑞々しい女性の声だった。

一方、学院のとある場所で怒りを露わにしている一人の女子生徒がいた。

「あーもー…!どうして忘れ物を取りに行っただけでこんなに苛々しなきゃいけないのよ」
ルイズは手に持った『忘れ物』である答案用紙を右手で持ちながら、愚痴を漏らした。
今のルイズは正に、怒れる女神と呼ぶのに相応しいほどその身体に憤怒を纏わせている。
もしも、場の雰囲気を読めない誰かが彼女に気安く触れよう者なら、彼女の容赦ない拳がその顔にめり込むに違いない。
それ程までに怒っている理由は勿論、遠慮という言葉を知らぬあの紅白の使い魔と白黒の居候が原因であった。
人が大事にとっておいた物を勝手に手を出し、録に謝りもせずに出て行った霊夢と魔理沙のことである。

「レイムやマリサのやつ、謝りもせずに逃げるなんて…何考えてるのかしら」
ルイズはそんな事をブツブツ呟きながら、その時の事を思い出していた。
あの時、ルイズの怒りの矛から逃げるように部屋から真っ先に逃げた霊夢。
そしてそれを追うかのように、箒に跨ってサッと部屋から出て行った魔理沙。
あの時、怒り心頭であったうえメイドのシエスタに取り押さえられていた為止めることが出来なかった。
二人が部屋から消えていった後、自分を押さえつけているシエスタの腕を無理やり振り解いた時、彼女は気づいた。

「あいつら…逃げたわね」
もうそうとしか考えられなかった。
確かに、人が大切に取っていた物に手を出した霊夢(それと魔理沙)には罰を与えようと思っていた。
貴族の物に…というかそれ以前に人の物に手を伸ばす不届き者には相応の罰は必要だ。
子供の頃から親や家庭教師からそう言われてきたルイズにとって、それは当たり前のことである。
だが罰といっても、ルイズは自分が幼少期に受けた゛躾と称した体罰゛の様な事をする気はなかった。
この時は精々、『頭に鉄拳一発』というルイズの思考では『まだやさしい』ものを考えていた。
最も、あの二人に対して効果があるのかどうかはわからないが。

だが、魔理沙はともかく勘の良い霊夢は逃げ、魔理沙もそれに続いて…
不幸にもそれが、ルイズを更に怒らせる結果に繋がった。

あの後、おろおろしていたシエスタを無視して、忘れ物の答案用紙を持ってルイズは部屋を出――今に至る。
ツカツカと大理石の床を蹴る靴の音が気持ちよかったが、今のルイズを鎮める事は出来ない。
「もう決めたわ…帰ってきたら夕食抜きと廊下で寝るように言ってやるわ…」
ブツブツと独り言をぼやきつつ、ルイズは教室目指して早歩きで進む。
今日の六限目の授業は座学がメインだと聞いたのに忘れ物をして皆に笑われる。
そして苦笑していた教師に取ってくるよう言われて取りに行けば、使い魔する気ゼロの使い魔が自分を批判していた。
「全く…今日はなんて―――きゃ!」
しかしその独り言は、右の角から歩いてきた小さな影にぶつかったところで終わった。
まさかの不意打ちに用心していなかったルイズはそのまま後ろに倒れてしまう。

幸い頭を打つことはなく、尻もちをついてしまっただけで済んだがルイズの怒りは更に上昇した。
こんなにも人が苛々している時にぶつかってくるとは、なんという輩か。
最早八つ当たりにも近い感じでそんな事を考えつつ、ルイズは怒った表情で目の前にいるのが誰なのか確認した。
「誰よ!この私に当たってきたのは…―――…タバサ?」
目の前にいた人物が全く予想していなかった存在だという事に気づき、ルイズは目を丸くした。
ルイズとぶつかってしまったタバサは微動だにしておらず、いつもの無表情な顔でルイズを見下ろしている。
「た…タバサ。何でアンタがこんなところに…?」
ここにいる理由か全く思いつかないルイズは怒りの感情を一時的に隅においやり、質問を投げかけた。
それに対し、タバサは掛けている眼鏡を人差し指でクイッと直しながら、簡潔に答える。
「トイレ」
「え…そ、そう。トイレ…トイレね」
うん、簡潔でサッパリとしてる。だが貴族の少女がそんな事を簡単に言うか?
ルイズはそんな疑問を覚えながらも、いそいそと立ち上がる。
スカートについた埃を用紙の持っていない方の手でパパっと払うとタバサの横を通り過ぎる。
そしてそのまま教室へ行こうとしたとき…
「…ルイズ」
不意にタバサが声を掛けてきたので、足を止めた。
何かと思い、怪訝な表情を浮かべたルイズがそちらの方へ首を向けると、再びタバサの口が開く。

「貴女の使い魔は、何処か怪我をしてない?」

突然の質問に、ルイズはポカンとしていたが、数秒経ってから答えた。
「え?使い魔って…レイムの事?」
コクコク…とタバサは頷いた。
「いえ…別に怪我とかは無いけど…」
いきなりの質問にルイズはどう答えたらいいか分からず、適当に答える。
だがそれで充分だったのか、タバサは「そう」と呟くと歩き始めた、ルイズとは逆の方向へ。

段々と離れていくクラスメートの後ろ姿を見ていたルイズは、霊夢のことを思い浮かべた。
同時に隅に置いていた怒りの感情も、待っていました言わんばかりにルイズの表情に表れてくる。
「何だったのかしら…さっきの質問…あ、いやでも…それよりも」
やっぱり夕食抜きと廊下で一晩過ごしが良いわね!と呟きながら歩き始めた。タバサとは逆の方向へ。

この時もし、何気無く後ろを振り向いていれば気づいていただろう。
ルイズに背を向けていたタバサの姿が、いつの間にか消えていた事に。
そして、先程まで閉められていた筈の窓が開いていたことも…。



トリステイン魔法学院から徒歩で一時間くらい離れた山中に、小さな山小屋がある。
屋根に穴こそ開いてないものの、外見はボロ小屋そのものでとても人が住んでいる風には見えない。
もう数十年前に作られて放置されているこの小屋は、本来は登山者や旅の貴族、遭難者が寝泊まりする為の小屋であった。
しかし数年前からこの近辺にまで足を運ぶようになったオーク鬼達の所為で、訪れる者はすっかり減ってしまったのである。
だが完全に使われなくなったという事は無く、今では街へ赴いたり木の実やキノコを取りに来た近隣の村人達が利用していた。
見た目はボロ小屋ではあるが、中はちゃんと寝泊まりが出来るよう村人達が綺麗にしている。
オーク鬼達の方も住処からかなり離れているため、山小屋のあるそこまで近づくことは滅多にない。
今まで多くの旅人を夜風、雷雨、猛吹雪から守ってきた山小屋は、村人達を守る仕事に取り組んでいた。

そんなある日の事、とある男と女の子が山小屋に訪れていた。
男の方はまだ三十代に入ったばかりといった顔立ちで、その背中には大きなリュックサックを背負っている。
中には山の中でしか取れない木の実や食べれる茸、そして護身用の゛武器゛が入っていた。
その隣を歩く女の子は、背中に小さな革袋を背負っており歩くたびに革袋がヒョコヒョコと上下に動く。
男はふと足を止めて辺りを見回し、山小屋のすぐ近くにまで来ていたことに気が付く。

「お、もう山小屋か…となると、村まで後三十分といったところだな」
この山小屋は、近隣にすむ村人達にとっては休憩場だけではなく、目印としての意味もあった。
「なぁニナ、村までまだ三十分近く歩くしあそこで一旦休憩しないか?」
「うん!休憩する!」
ニナと呼ばれた少女は男の提案に、元気よく頷いた。
服装からして平民だとわかるその二人は、ここから三十分ほど歩いたところにある村に住んでいる者達であった。
本当は男性だけが山に入り、食べられる山菜に茸、それに甘い木の実を取ってくる筈であった。
しかしそれを何処で聞いたのか、村を出る直前にニナが自分も連れて行ってとせがんだのだ。
この娘は以前一人で山奥に入り、オーク鬼に襲われかけたという経歴を持っていた。
少女の母親は我が侭言わないの!と男にまとわりついているニナを引き剥がそうとする。

しかし男は…
「いや大丈夫ですよ、この娘ひとりなら何かあっても守ってあげられますし」
と快く少女の同行を承諾して、今に至る。


「暗いねー」
「あぁ、暗いな。…まぁ誰も遭難してないのならそれはそれで良いのだが」
古い木のドアを開けた先にあるリビングを見た二人の感想は、似通っていた。
窓の数が少ない所為かもしれないが、小屋の周りにある木々が陽の光を遮ることでそれに拍車を掛けている。
ドアを開けてすぐのリビングには、大きなテーブルと椅子があり、奥には大きな暖炉も見えた。
そこを中心にして暖炉のすぐ横に一つ、とリビングの側面に二つのドアがついている。
暖炉のすぐ横にあるドアはキッチンに通じ、遭難者用の乾物食料や非常食が常に備蓄されている。
リビングの側面にある二つの部屋は大きな二段ベッドが一部屋に二つ、計四つが置かれていた。
とりあえず明かりをつけようと、男は荷物をテーブルに置いてニナに視線を向けた
「ニナ、革袋をテーブルに置いてキッチンからランタンを取ってきてくれないかい」
「うん!わかった!」
小屋に入っても背負っていた革袋をようやく下ろしてテーブルに置いた。
そしてリビングをかるく見回した後、トテトテと可愛らしい足取りで暖炉の横にあるドアへと歩いていく。
男はその光景を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべつつ、背負っていたリュックの中から林檎を二つ取り出した。
ツヤの良い赤い果実をテーブルに置くと、次は果物ナイフを取り出そうとしたリュックの中に手を入れた。その時――

「キャッ!」
キッチンへと続くドアを開けたニナが、小さな悲鳴を上げたのだ。

何かと思い、男は咄嗟にそちらの方へ顔を上げる。
そこには顔を引きつらせ、口を押さえてゆっくりと後退るニナがいた。
「ニナ、どうかしたのかい?」
尋常でない少女の引き方に、男は手に握った果物ナイフを持ったまま、そちらに近づいた。
唯一頼りになる男がきてくれたお陰が、ニナは口を押さえていた両手を下げ、恐る恐る口を開く。
「き…キッチンに…オバケが…オバケがいるの」
少女の口から出た思わぬ一言に、男はキョトンとした表情を浮かべた。
「え?オバケ?」
男の言葉に、ニナは軽く頷いた。
首を傾げつつも、男は開いたままのドアを押してキッチンの中へと入った。
まず目に入ったのは、キッチンが何者かによって手ひどく荒らされていた事であった。
床には皿だった陶器が棚から落ちたのか、粉々になって床に散らばり、小さい鍋がコロンと無造作に転がっている。
酷いな…と思いつつ裏口のあるキッチンの奥へと視線を向けた時――彼は見つけた。

裏口とキッチンを隔てるドアに、ボロ布をまとった『誰か』がもたれ掛かっていた。
男はそれを見て一瞬身を強ばらせるが、すぐに落ち着くとその『誰か』に声を掛ける。
「あの…君は一体」
至極落ち着いた風を装いつつ話し掛けるとその『誰か』はゆっくりと、顔を上げた。
その拍子に頭からすっぽりと被っていたフード部分が外れ、相手が思いもよらぬ存在だと男に知らせた。
『誰か』の正体は一人の女性であった。それも十代半ばの少女だ。
白に少し黄色が混じったような肌に、赤みがかった黒い瞳。
艶のある黒い髪は、白いフリルの付いた赤いリボンで束ねている。
これまで多くの人と村や町で知り合ってきた男から見ても、見たことのない特徴であった。
一体何処の生まれだろうか…心の中でそんな事を考えていると…。
「ゲホッ…ゴホ…!」
少女が苦しそうな表情を浮かべて咳き込みだした。
いきなりの事にどうしようかと一瞬迷ったが、男はすぐに皿を置いている棚から手頃な大きさのコップを取った。
その時、ふとこちらの様子を不安な目で見つめているニナの姿が目に入る。
「ねぇ…その子、オバケさんじゃなかったの?」
ニナのいう『その子』とは、自分の後ろで咳き込んでいる少女の事だろう。
「大丈夫だよニナ、この子はオバケさんじゃないよ」
諭すように男はニナ言いながら、キッチンの中に備え付けてある井戸にロープの付いた桶を放り入れる。

五秒もしないうちにバシャーンと水が跳ねる音が耳に入り、男はロープを引っ張り出す。
冷たい地下水を入れた桶が引き上げられ、男はその桶の中にコップを入れ、水を掬う。
そしておかわりがいるだろうと思い、水を入れたままの桶を足下に置くと、コップを持って少女の方へ近づく。
咳き込んでいた少女は近づいてくる男と、彼が持っているコップに気づき顔を向ける。
その表情はポカンとしており、まるで何も知らぬ無垢な子供が浮かべるようなものであった。
「大丈夫?飲める?」
男は優しそうに声を掛けつつ、コップを少女の前に差し出した。
少女は男の言葉を理解したのか、ボロ布の中に隠れていた腕を上げると、差し出していたコップを手に取った。
そして一瞬躊躇った後、コップを口元に持っていきゆっくりと飲み始めた。
「ングッ…グッ…ングッ…ハァ」
録に水分も摂れなかったのか、水を美味しそうに飲んだ。
コップを口元から離し、安堵の溜め息をついた、

「君はひとりかい?名前は?」
男はその様子を見て安心しつつ、彼女に話し掛けた。
まだ村や貴族の学校が近くにあるからといっても、ここは山の中だ。
この世には人とうり二つの姿を持つ吸血鬼という亜人がいる事を、男は知っていた。
おかしな素振りを見せれば、手に持った果物ナイフを頭に刺そうと考えていた。
しかし少女は、ボーッと熱に浮かされたような表情を浮かべながら、ボソボソと何か言い始めた。
「……、……………」
「ん?…今なんて?」
ハッキリと聞き取れなかった男は用心しつつ、耳を傾けた。
今度はハッキリと男は聞いた――――少女の名前を。

「レイム…、私は……レイム…レイム…」
少女はそれだけ言うと目を瞑り、意識を失った。




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