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ウルトラ5番目の使い魔、第二部-52


 第五十二話
 優しすぎる悪夢

 超古代植物 ギジェラ 登場!


 タバサは快いまどろみの中で、夢を見始めていた。
「ここは……」
 目の前に、暖かな春の日差しとともに懐かしい景色が蘇ってくる。
 あれは、わたしの家……ラグドリアンの湖畔のオルレアン屋敷。でも、あれは今のものではない。
 何十回、何百回と歩いた家への道を、タバサは吸い寄せられるように歩いていく。
 あれは、わたしの家の門。でも、ジョゼフに汚されて、不名誉印を刻まれる前の、王家の紋章を誇らしく飾った美しい門。
 その下をくぐった先には、父が大勢の友人と毎日を談笑していたころの、美しく、華やかな雰囲気に満ちた屋敷が見えてくる。
 中庭にはテーブルが用意され、広げられた料理を前にして誰かが楽しそうに語り合っている。
「あれは、父さま、母さま!」
 眼に映った相手が、自分にとって誰よりもかけがえのない人たちだと知ったとき、タバサは迷わずにその腕の中に飛び込んでいった。
「おおシャルロット。どうしたんだい? 今日はそんなに甘えて。よしよし、いい子だ」
 優しく我が娘を抱きとめた父は、胸に顔を押し付けてくる娘の背中をなでて歓迎した。
 父さまの声だ……父さまのにおいだ……
 タバサは、遠い記憶のかなたに薄れていた懐かしい感触を存分に味わった。
 顔を離して見上げてみれば、父が優しい表情で自分を見下ろしていた。母は、そんな自分たちを眺めて明るく微笑んでいる。
「あらあら、シャルロットは本当にお父さまが大好きなのね。あなた、あまりシャルロットを甘やかさないでくださいね」
「いいじゃないか。今日はめでたい日だ、シャルロットも祝福してくれているんだろう。なあ」
 ゆっくりと、自分の長い髪の毛をなでてくれる父の手は心地いい……あれ? わたしの髪、こんなに長かったっけ? 
それに、父さま、とてもうれしそうだけど何がおめでたいのかな?
「ねえ父さま、なにがそんなにうれしいの?」
「ん? おやおやシャルロット。父さんをからかっているのかい? 今日は父さんがガリアの新しい王様に任じられた
記念すべき日じゃないか。だから父さんは、母さんとシャルロットに真っ先に知らせに帰ってきたんだよ」
「そうよシャルロット。ほんとうなら、おめでとうを言いに来る国中の貴族のお相手をしなきゃいけないところ、お父さまは
全部断っていらしたのよ。それに、今日はシャルロットの十二歳のお誕生日じゃないの」
 満面の笑みを浮かべて語る両親の言葉に、タバサはああそうだったと思い出した。
 今日は、楽しみにしていた十二歳の誕生日の日だった。この日を父と母に祝ってもらおうと、ずっと待っていた。
 テーブルの上には大好物のドラゴンケーキが乗り、ほかにも色とりどりの料理がところせましと置かれている。
 どれも、自分が好きなものばかりだ。父さまと母さまは、自分の好きなものをよく覚えていてくれたのだ。
 うれしさとおいしそうな匂いに、自然と笑みがこぼれてくる。
 ふと、母が手鏡を差し出してきて、タバサはそれを覗き込んだ。
「まあまあシャルロット、お行儀が悪いですよ。ほら、乱れたお召し物をしゃんとなさい」
 そこには、長い青い髪をした、小さな女の子が映っていた。それは、十二歳のときのタバサの姿。まだ、なにも恐れを
知らずに、幸せに満ちていたころの自分自身の姿。
 いつの間にか、幼いころの自分に戻っていたタバサは、今度は母のひざの上に抱かれた。
 母は朗らかな声で、歌うように本を読んでくれる。小さいころに一番好きだった『イーヴァルディの勇者』の物語だ。
本当に幼いころは、ぐずるたびにこれを読んでくれたのをうっすらと覚えている。大きくなるにつれて、ほかのものにも
興味を持ち、しだいに離れていったけれど、本を読む楽しさを教えてくれたのは確かにこの物語だ。
 内容は、勇敢な少年イーヴァルディが、槍や剣を手に様々な怪物や悪人に戦いを挑み、最後には美しいお姫さまと
結婚して幸せになる。という、単純明快な勧善懲悪ものが基本である。基本というのは、ハルケギニアでもっともポピュラーな
英雄譚であるために、人から人へ伝わる過程で改装され、主人公が女性だったり天使だったりと、数々のバリエーションが
存在するからである。
 神話や民話が伝えられる人や土地柄によって改変されていくのはよくある。ある土地では悪魔の使いが、別の土地では
神の化身といわれたり、アフターストーリーが追加されたり削られたりすることも多い。
 この、『イーヴァルディの勇者』も、原典が不明なほど昔からあるために、本来のストーリーはもう誰にもわからない。
 ただ、主人公イーヴァルディの名前と、爽快痛快な話し運びは共通しているために、世代を超えて愛されている
ロングセラー小説である。

”海原へこきだしたイーヴァルディと仲間たちでしたが、そこに試練が待っていました。
 突如として海が荒れ、巨大なドラゴンが水中から現れたのです。
 小山のように大きく、長い首を持つドラゴンの起こす波に、イーヴァルディたちの小さな船は木の葉のように翻弄されてしまいます。
 『おお、あれは伝説の海の悪魔、海竜ではないか! 我々をこの先には進めないつもりだな。逃げよう! イーヴァルディ』
 トビリが慌ててイーヴァルディに引き返すよう叫びました。けれどイーヴァルディは叫びます。
 『いいや、ぼくは逃げない。この海の先に行かなくては、病で苦しむみなを救える薬草は手に入らない。たとえ悪魔が
立ちふさがったって、薬を待っているみなの前に手ぶらで戻るわけにはいかないんだ!』”

 このストーリーも、原典にあるかどうかはわからない。ただ、そんなことは関係なく、幼いころのタバサやハルケギニアの
子供たちは、どんな凶悪な怪物にも勇敢に立ち向かっていくイーヴァルディの勇姿を思い浮かべて、胸を熱くしたのだ。

”イーヴァルディへ向かって、海竜は長い首を伸ばし、ナイフのような牙を振りかざして襲い掛かります。でも、彼の
新しい仲間である、人魚のエミリアはイーヴァルディを背中に乗せて、すいすいと海竜の攻撃をかわしました。
 ですが、海竜の硬いうろこは彼の剣も槍もまったく通しません。
 『勝てっこない。逃げよう』
 彼の仲間たちは叫びますが、イーヴァルディはがんとして聞きません。そのとき、エミリアが思い出したように言いました。
 『そうだわ。ひげよ、海竜はひげがなくなると戦う力がなくなってしまうのよ!』
 そうです。海竜は深い海の底で暮らしますから、あまり目がよくありません。まして、こんなにも大きく、歳をとった
ものでしたらなおさらです。その代わりに、彼らはひげで空気や水の動きを読み取って生きているのです。
 『ひげだな。ようし、わかった!』
 勝機を見つけたイーヴァルディは、両手でぐっと剣を握ってかまえました。けれど、大きな竜の頭はイーヴァルディの
はるかに上にあります。
 そのときでした。イーヴァルディの握った剣が、太陽のようにまぶしく輝いたのです。その神々しい輝きは、目が見えない
はずの海竜をもうろたえさせました。
 『いまだ!』
 エミリアの背から飛び上がったイーヴァルディは、剣をふるって海竜のひげを二本とも切り落としました。
 すずんと水しぶきをあげて、海竜は逃げていきました。ひげをなくして、イーヴァルディが見えなくなってしまったのです。
 海は、何事もなかったように穏やかさを取り戻しました。
 船に戻ったイーヴァルディは、水平線のかなたを指差して笑いました。
 『さあ行こう。どこまでだって、ぼくたちは行けるよ!』”

 この一小節も、何度も何度も読み聞かせてもらった。イーヴァルディの物語はこのほかにも幅広く、山であったり洞窟で
あったり、はたまたあの世で悪魔と戦う話さえある。それを聞くたびに、タバサはあるときはイーヴァルディ自身に、あるときは
彼に救われる囚われの姫に自分を重ねて、夢の世界の大冒険に出かけていったものだ。
 優しい両親に守られて、タバサはここも夢の世界だと知った。あんなふうに優しく微笑んでくれる両親は、今はもういない。
でも、こんなに懐かしくて気持ちのいい夢ならば、いつまでも見ていたい……
 執事のペルスランがやってきて、「お祝いにお客様がたがおいでになられました」と告げた。母が、お通ししてと答えると、
見知った人たちが軽快な足取りで姿を見せた。
 才人とルイズが現れた。ティファニアもついてきて、手には大きな花束を持っている。
 キュルケも来た。ルイズたちを追い抜いて駆けてくると、がばっと抱きしめてくる。苦しい、と思うかと思ったけどそんなことは
なかった。強くもなく弱くもなく、温もりが伝わってくる抱き方に、タバサは親友の優しさに感動し、キュルケはタバサの
耳元でそっとささやいた。
「お誕生日おめでとう。シャルロット」
「……ありがとう」
 親友に祝福してもらえている喜びに、タバサはうっすらと涙をこぼし、心の底まで暖められていくような思いを味わった。
 客はまだやってくる。ジルが大きな獣を担いで来る。ロングビルや学院の仲間たち、任務の途中で出会った人々がいる。
 イザベラも、ちょっと照れくさそうな顔でいた。シルフィードが人間の姿でやってきて、手に持っていた大量の野の花を
シャワーのようにタバサに浴びせて、タバサを花まみれにさせた。
 そして彼らは親子を囲むように並ぶと、声を合わせていっせいに唱和した。
「新ガリア王国国王シャルル一世様、即位おめでとうございます!」
 次いで万雷の拍手が鳴り響き、父は立ち上がると皆に向かって手を振って応える。
 いつしか、場所はヴェルサルテイル宮殿の壮麗な玉座の間に変わり、父は豪奢な王の衣装と王冠をいただいて立っている。
 母もその隣に慎ましやかに立っており、自分も可憐な衣装に身を包んで母の傍らにいた。
「シャルル一世陛下、万歳!」
「万歳!」
 居並ぶ観衆からは新国王をたたえる歓声がとどろき、父のその誇らしい姿を、タバサは母の優しい腕の中で見つめ続けた。
 ああ、幸せだ……誰もが父を、そして自分たちを祝福してくれている。
 いつしか、タバサはこれが夢の世界であることを忘れていた……

 幸福な寝顔を浮かべ、すやすやと眠り続ける現実のタバサ。
 しかし、その寝顔を冷ややかなまなざしで見守る男がいた。

「恐ろしいまでの効力だな。意志の強さでは、恐らくハルケギニアでも五人と並ぶものはいないであろう、あのシャルロットを
まるで子猫のようにしてしまうとは」
 遠見の鏡に映ったタバサの寝顔に、それを覗き込むジョゼフの歪んだ笑みが重なって不気味な陰影を作り出した。
 オルレアン公邸の庭に突如として出現した巨大な花。その花粉を浴びせられたとたんに、タバサはまるで魂を
とろけさせられたように眠りこけてしまった。
 いや、眠らされているという表現は生ぬるい。この植物の吐き出す花粉に含まれる作用は、催眠効果などという
生易しいものではなく、文字通り魂を溶かしてしまうような恐ろしい効力を持っているのだ。
「超古代植物ギジェラか。デッドコピーのこいつはせいぜい屋敷を覆うくらいしか花粉を出せんが、オリジナルはかつて
別の世界を一度滅ぼしたと、チャリジャのやつは誇らしげに説明書に書いてあったな」
「ですが、その話もうなずける威力ですわね。私が知るところ、これまでシャルロットさまはいかなる任務で、どのような
強敵と会っても、いかに傷を負っても取り乱さない強い精神力の持ち主でした。それが、いくら強力な薬とはいえ
こうもあっさりと通用するとは」
 戦慄を隠しきれていないシェフィールドに、ジョゼフは含み笑いをすると説明してやった。
「それは当然のことだ。苦痛というものは、実は耐えることはそんなに難しくないのだよ。むろん、修練や素質にもよるが、
戦いなれた者は、『痛い』ということを意識して無視できるようになる。戦闘の最中にいちいち痛がっていては、命までも
とられてしまうからな。よく罪人を自白させるために拷問を使うが、悪党になるほどどんなに痛めつけても口を割らん」
「口を割れば、死罪になることがわかるからですね」
「そうだ。死ぬことに比べれば、多少の痛みなどなんでもない。だが、痛みなど与えなくとも簡単に人を思うままに
操る方法がある。レコン・キスタの阿呆どもを見てきたお前なら、わかるだろう?」
「はっ、欲を満たしてやること。脅迫や洗脳などよりも、金貨をちらつかせ、王党派から奪った城や領地をばらまいてやれば、
簡単に貴族どもは動いてくれました」
 シェフィールドの答えに、ジョゼフは満足げにうなずいた。
「そのとおり。人間は総じて欲深い生き物だ。たまに例外がいるようだが、大抵は一皮むけば似たようなもの。ざっと
あげれば金と女と権力というところか。これを目の前にちらつかせれば、脅迫などするより簡単に人は言うことを聞くし、
忠義とか正義とかを裏切る。楽すぎてあくびが出るくらいだ」
 当たり前のように言うジョゼフの言葉には、一片の疑いもありはしなかった。ガリア王家の濁りきった王位継承後の
権力争いの図式や、花壇騎士の非合法な働きぶりをじかに見てきたジョゼフにとって、人間の心に巣食う欲望という
悪魔の巨大さは、もはや驚くことでもなんでもなかったのである。
「ですがジョゼフさま、世の中には金や女、権力に見向きもしない人間もおりますが?」
「それは欲望の指針がそれらにないだけだ。例えば、宮廷のすみでコソコソとはいずっているオルレアン派の残党の
騎士どもなどは、一見忠義心の塊に見えるが、見方を変えれば『簒奪者ジョゼフの排除とシャルロットの王位継承』という
執念と言い換えた欲につかれたやからに過ぎん。もしも奴らに『ジョゼフの暗殺計画』でもちらつかせてやれば、それこそ
火竜山脈のドラゴンどもを退治して来いと言っても、喜んで炭になってくるだろうよ」
「ジョゼフさま、ご冗談にしても少々……」
「心配するな。やつらは余を無能となめきっている上に、オーク鬼よりも芸のないでく人形だ。攻めてくるにしても
正々堂々乗り込んできて、首をもらうと丁寧に宣言してくれるだろう。正直、狙ってくれていると言ってくれなければ
すぐにでも忘れそうだ……さて、話がそれたが、シャルロットほど意志の強いものがどうしてやすやすと夢に堕ちたか。
簡単な話だ……あの花粉は、シャルロットが一番望んでいる夢がかなった夢を見せているのだ」
 不敵に笑ったジョゼフの目には、ゲームを優勢に進めているものが持つ独特の光があった。
 ギジェラの花粉が持つ幻覚作用の恐るべき点は、この『あらゆる夢がかなった世界』を見せてくれることにある。
どんな人間でも、心の中には秘めた願望が根付いている。ギジェラは、そんな人が普段心の奥に”理性”や”良識”などで
押さえ込んでいる願望を、ダイレクトに脳に送り込んでくるのだ。
 その威力はすさまじい。人間の欲望を夢の中でとはいえ無制限に叶えられるということは、現実へと戻る意欲を人間から
奪ってしまうということになる。
 当然のことだ。あらゆる夢が叶う世界と叶わない世界、どちらに行きたいですかと聞かれれば答えは聞かずともわかる。
 極論すれば、天国にいる者に「地獄に行きたいですか?」と尋ねるのにも等しい。実際、かつてギジェラはこのとおりの
威力を発揮して、ウルトラマンティガの守っていた地球の三千万年前の文明のほとんどの人間を虜にし、安らかな滅びへと導いている。
 苦痛にも増して、人を操るものは快楽。ジョゼフは、タバサにどんなに過酷な試練を与えたところで無駄だと判断し、
その真逆である快楽のふちに追い込み、破滅させることを狙ったのだった。
「ふふふ……シャルロットよ。いくらお前でも、その夢の世界から脱出することはできまい。そこには、父と母、お前が
欲してきたすべてがある。それを捨てて、すべてがなくなった現実に戻れるかな? そうやってそのまま、ミイラになるまで
眠り続けるか? 最後には、本物の父と母が迎えてくれる。これ以上ないほどの幸せな死に方であろうな。そうして、
干からびていくお前の顔を見続ければ、今度こそ余の心は痛むであろうか? お前の父を手にかけて、余の心に空いた
大きな穴を埋められるほどの痛みを味わえるだろうか!」
 見えない存在に向かって独語し、狂気とさえ一線も二線も隔絶したところで吼えるジョゼフの心の内は、恐らく誰にも
理解することはできないであろう。それは、シェフィールドとて例外ではなく、唯一の腹心を自認する彼女でも、ジョゼフの
心がこの世のどこにあるのかを確認したことはなかった。
「ジョゼフさま、シャルロットさまが無事に屋敷を出られるかどうかという勝負は、どうやらジョゼフさまの勝ちのようですわね」
「うむ、今回ばかりはシャルロットも相手が悪すぎたということか。しかしこれから冬の寒気が直撃するな。ミイラといわずに
今夜中にも氷付けになるかもしれん。ふむ、氷詰めの人形として、永遠にその美しさを保たせてやるのも一興だな。なんなら、
シャルルの墓の墓石の代わりにするのもよいかもしれぬ。ミューズよ、永遠に溶けない氷の製法、お前なら知っているだろうな?」
「はっ……存じておりますが……」
 返答しながらも、ジョゼフの恐ろしい思いつきに、今回ばかりはシェフィールドも少々動揺していた。顔の知らない他人なら、
百人だろうが千人だろうが、国一つであろうが虫けら同然であるから煮るも焼くもためらいはない。しかし、血を分けた肉親を、
こうまでむごたらしく痛めつける感情は、なんなのかまったく理解できない。知をもってジョゼフに奉仕してきた彼女にとって、
理解できないということは、それだけで恐怖を感じることだった。
「どうしたミューズ? はは、心配するな。お前をあのようにしたりはせぬよ。余の心には、この退屈な世界への苛立ちと、
シャルルを失ったときに味わった痛みをもう一度という思いしかない。そうだな、シャルロットを手にかけてもなお、余の心に
変化が現れなければ、今度は世界を地獄に変えてみるのも悪くはないか。レコン・キスタでアルビオンを荒らし、人々を
苦しめたときの何百倍の血を流せば、余にも罪悪感が戻ってくるかもしれん」
 つらつらと、まるで幼い子供が親につぶした蟻の数を自慢げに報告するようなジョゼフの語り草には、本当に罪悪感のかけらもない。
 かつて、あまりにも大きなものを、自らの手で失ってしまったがゆえの、罪を感じる意識の欠如。シェフィールドがジョゼフの
ことを理解しきれない最大の理由がここにある。人は、自分が持っているものを持っていない人間のことを理解するのは難しい。
飽食の人間が空腹の苦しさを知らず、健康な人間が病人の苦しさをわからないように。
 そして、一度持っていたものを失った人間は、それを取り戻そうとする。ときには、より以上の代償を払ってでさえ……
 しかし、人にはそうした矛盾や恐怖を見てもなお、貫きたい思いもある。
「世界が消えてなくなり、無人の荒野を眺めたときに、余は後悔できるかもしれん。涙を流して打ちひしがれるかもしれん。
そのときに、見届け人となってくれる者が一人くらいいなくてはな。ミューズよ、ともに地獄を見てくれるか?」
「はい! 喜んでどこままででも」
 晴れ晴れとした声で答えたシェフィールドの心に、迷いは消えてなくなっていた。例え、地獄であろうとどこであろうと、
そばにあることを、それだけで満たされる。人が評価すれば、愚かとしかいいようがない。けれども、人間にはときにそうして
ことの正否とは関係なく、一人の誰かのために尽くしたくなることがある。シェフィールドが今抱いた感情も、そうした
もののひとつであった。
 だが、闇に身を任せる魂もあれば、光に踏みとどまらさせようとする魂もある。
 さすがにこの快楽の夢の罠からは逃れる術はあるまいと、勝利を確信したジョゼフとシェフィールドが、再び遠見の鏡を
覗き込んだときだった。完全に夢の世界に堕ちたタバサのかたわらで、死んだように眠りこけていたキュルケがうめき声を
あげて、ゆっくりと起き上がってきたのだ。
〔う、ううん……あれ? サミー? クリック……?〕
「ほぉ……これはこれは……まさか、自力で夢のふちから回復するとはな」
「いえ、おそらく最初に吸い込んだ花粉の量が少なかったために、効き目が切れるのが早かったのでしょう」
「なるほど、最初の不注意さがかえって身を助けたか。悪運の強い娘だ……ふふふ、どうやらまだゲームセットには
早いようだなシャルロットよ」
 ジョゼフは愉快そうに笑うと、姪たちの健闘を祈るべく高々とワイングラスを掲げて乾杯した。

 しかし、敵からのそんな激励があるとはつゆとも知らず、キュルケが目覚めて、辺りを確認して得た現実は最悪のものだった。
「タバサ! しっかりして! タバサ!」
「お母さま、お父さま、ドラゴンケーキももう食べられませんわ。次は、みんなとお庭で遊んできたいのですけれどいいですか?」
 いくら揺り起こして怒鳴っても、業を煮やして張り手を食わせても、タバサは目の前で父と母と話しているように、笑顔の
形をまったく変えようとしない。痛みを一切感じていない……ギジェラがタバサに花粉を浴びせるところを目撃していない
キュルケは、これは、なんらかの魔法の効力なのかといぶかしみ、ディテクトマジックをかけてみたものの、当然反応があるはずもない。
「いったいわたしが眠ってるあいだになにが!? シルフィード! あんたもいつまで踊ってるのよ!」
「きゃははは! わーいわーい! お肉がいっぱい飛び回ってるのねー。食べ放題なのねー」
 どんな光景が見えているのか、想像するまでもなくわかるところがシルフィードらしい。キュルケはそう思ったが、そうも
のんきなことを言っている場合ではない。竜の姿で部屋の中をどたばたと暴れまわるシルフィードはそれだけで危険なのだ。
 キュルケは、とりあえずタバサとタバサの母を部屋の隅に移動させると、息を整えて胸に手を当てた。
「さて、落ち着きなさいキュルケ・フォン・ツェルプトー……落ち着いて、よく考えるのよ。今の状況を」
 理解できない異常事態に、キュルケはパニックに逃げ込みそうな自分の心を叱咤して落ち着かせた。
 明らかに幻覚を見せられているタバサたちに、庭に出現している不気味な巨大植物。そして、黄色い粉が付着した
室内とタバサの体。
「これは……毒花粉」
 冷静さを取り戻せば、タバサたちの症状の原因をつきとめることは難しくなかった。しかしこの時点でキュルケはすでに
相当に運がよかったともいえる。オリジナルのギジェラの花粉であれば、防毒マスクごしでも人間を簡単に催眠状態にする
ほどの威力を持っており、微量でも絶対に目覚めることはなかっただろう。
 だがその代償としてか、オリジナルが持っていた、夜に活動が弱まるという弱点もなくなっている。それがクローニング
による突然変異なのかは不明だが、いずれにせよ夜に活動がにぶるという植物の弱点が克服されたのは、失った能力を
補おうとする一種の進化なのかもしれない。
 キュルケは、花粉の毒性に気づくとすぐにハンカチで鼻と口を覆ってマスク代わりにすると、暴れるタバサを無理矢理
担ぎ上げた。
「ともかく、ここから離れないと……でも、シルフィードがこの調子じゃあ」
「きゃはは! お肉の次はお魚なのね。すごいのね、いくら食べてもおなかいっぱいにならないのねーっ!」
 自分が背負って、レビテーションを使うとしても連れて行けるのはタバサと彼女の母だけで精一杯だ。しかし、室内で
シルフィードが暴れまわるものだから、危なくてとてもじゃないがドアまでたどりつけそうもない。むろん、ギジェラが
根を張っている庭を突っ切るなどは論外、どうすればいいのかとキュルケは考え、本来短気な彼女は呪文を詠唱して杖を振った。
「しょうがないわね。タバサだったら水をぶっかけたりするんでしょうけど、あいにくわたしは水系統は苦手だし……
シルフィード、ちょっと荒療治だけど我慢しなさい!」
 キュルケの杖の先から火炎がほとばしり、シルフィードの全身を包み込む。しかし、一瞬風竜ではなく火竜に見えて
しまうほどの燃えっぷりに、キュルケはちょっとやりすぎたかなとほおを引きつらせた。
「しまった。手加減はしたつもりだったんだけど」
 自分も相当に魔法のランクが上がっていたことが、手加減の度合いを狂わせてしまっていた。しかしそれでも、
シルフィードはドラゴン特有の頑強な皮膚で炎そのものには耐えている。問題は、顔のまわりを覆った炎で、これが
周辺の酸素を奪ってしまうために、さしものシルフィードも呼吸困難になって、床を転げまわって苦しんだ。
 だが、これが予想外の幸運を招くことになった。
「がぼっ、ごほごほっ! あ、あれ? お肉は? お魚は? シルフィー、どうしてこんなところにいるのね」
「シルフィード! 正気に戻ったのね!」
 なんと、息を止められて炎を吸い込んだことで、呼吸器系から神経を犯す作用を持つ花粉も同時に焼き払われていた。
 意識を取り戻したシルフィードは、戸惑うもののすぐにキュルケに怒鳴られて我に返った。
「シルフィード、話は後でするわ。とにかくわたしたちを連れてここから離れて!」
「へっ! あ、わ、わかったのね!」
 シルフィードも、とりあえず考えるより早く体を動かして飛び立とうとする。しかし、そうしたことをジョゼフが見逃すはずはなかった。
「ここでゲームを降りるのは反則だろう。ミューズよ」
「はっ」
 シェフィールドが遠見の鏡ごしに操作を加えると、その指令は即座に寝室に仕掛けられた魔法の罠に伝わった。
 一瞬のうちに窓ガラスのあった場所が鉄格子に覆われ、入って来たドアも鉄の錠で閉鎖された。
「ちっ! やっぱりそのくらいの対策は打ってあるわね。これは、わたしひとりの力では壊せないか」
 キュルケは鉄格子を触ってみて、並の鉄でないことを感じると腹いせに蹴りこんだ。ガリアは列国でも魔法道具の
開発に優れており、これもおそらくその類のトラップだろう。残念だが、今の自分の火力では鋼鉄を焼き切ることはできない。
「ドアも閉鎖されちゃったし、壁や天井にも恐らく細工が施されてるでしょうね。こうなったら、タバサを起こして二人の力を
合わせるしかないわ。けど……」
「はっ、そういえばおねえさま!? おねえさま、こんなときになにぐっすり寝てるのね!」
「無駄よ。わたしたちよりずっと多く薬をかがされてしまってる。ともかく、説明してあげるわ」
 シルフィードはキュルケから事情を聞き、「おねえさま!」と呼びかけるも、やはり反応はなかった。
「無理ね。今のタバサは誰が呼びかけても、ううん……例え体を切り刻まれても、死ぬまで気がつきはしないでしょう。
わたしも味わったからわかるわ。あの快楽のふちにいたら、誰の言葉も届かない」
「そ、そうよね。シルフィも……うう、まだあの花粉がほしいと思ってる。ああんっぐっ!」
 自分の腕を噛んでこらえるシルフィードも、許されるならすぐにでも花粉に飛びつきたいに違いない。ただタバサのために
必死で我慢している気持ちはキュルケにもわかる。自分だって同じなのだ。
「シルフィード、あなたも強いわね……けど、わたしたちは吸い込んだ量が少なかったのと、本心からの願望がたいした
ものじゃなかったから、かろうじて我慢できてるけど、タバサは三年ものあいだ欲望も願望も抑えに抑え、心の中に
封じ込めてきたから、それが一気に満たされたことは半端じゃないわ。しょうがないわね。危険だけど、直接タバサの
体の中から花粉を抜き出すしかないわ」
「花粉を抜くって? いったいどうするつもりなのね?」
 体内に深く浸透してしまった薬を抜くのは医者でも難しい。シルフィードができたのは、肉体が人間よりはるかに
強靭な竜だからだ。人間にやれば肺や気管が焼けて死んでしまう。
「水筒をとって、それからわたしのバッグも……よし、これなら」
 キュルケはバッグの中から、澄んだ紫色の小瓶を取り出した。
「それって、香水?」
「ええ、前にモンモランシーからもらったオリジナルの香水。ラベンダーといくつかのハーブが原料だそうだけど、この際は
関係ないわ。とりあえずこれなら、人体にそこまで害はないでしょ!」
 そう言うとキュルケは、水筒からコップに出した水に香水を全部混ぜ込むと口に含んだ。そして、なにをするつもりかと
シルフィードが問いかける暇もなく、タバサの鼻をつまむと、口移しで液体を一気にタバサの喉に流し込んだのだ。
「! んーっ!」
 呼吸を止められ、喉に強烈な刺激性を持つ液体を流し込まれたことでタバサの体が反射的にはねた。キュルケは
もがこうとするタバサを押さえつけて、液体を吐き出さないように口を押さえ続ける。
「タバサ! 苦しいだろうけど我慢して」
 息をしようと気管を開いたところに液体が入り込む。本来ならば、これは大変危険な行為である。人間の肺に水などが
入り込めば、当然呼吸ができなくなって死にいたり、免れたとしても肺炎を引き起こすことにもなりかねない。しかし、今回は
それ以上の非常事態だ。肺にたまった花粉を、より強い刺激を持つ液体で押し流して上書きするくらいの無茶をしなくては、
この効力を断ち切ることはできない。
 心地よい夢を見続けていたタバサは、突然の苦しさと消えていく父と母の姿を追い求めて暴れに暴れた。
「がぼっ! ごぼっ、ごほごほっ! あ、あ? お、お母さま、お父さま、どこ? どこなの!?」
「タバサ、目が覚めたのね。しっかりして、それは夢よ! この花が幻覚を見せてただけなの! 悪い夢を見てただけなのよ」
 意識を取り戻したタバサを、キュルケはゆさぶり起こした。しかし、タバサは今までのことがすべて夢だったと知ると、
かえってパニックを起こしてしまった。
「いやあ! あれは夢なんかじゃない! 悪い夢はこっちよ。花、あの花粉をもう一度かげば!」
「なに言ってるの! やめなさい。今度幻覚に落ちたら、二度と帰れなくなるわ!」
「離して! 帰るの! お父さまとお母さまのところに帰るの!」
 まるで幼児に戻ったかのように暴れ、床にたまった花粉を求めようとするタバサをキュルケは必死で抑えた。
 目を覚まさせたらなんとかなるかと思ったが、甘かった。花粉の量に関係なく、中毒の度合いが自分たちよりはるかにひどい。
あの強いタバサが見る影もなく狂わされている。キュルケは、なぜジョゼフが最後の罠にこの植物を選んだのかを明確に理解した。
「おねえさま、お願い正気に戻って!」
「ジョゼフめ。最初からタバサの心の傷を利用する気だったのね。なんて卑劣なやつなの!」
 キュルケは宮廷闘争の血で血を洗う貪欲さを知らないほど子供ではない。彼女の母国のゲルマニアにしろ、現国王の
アルブレヒト一世は、政敵を女子供にいたるまで幽閉して王座を得たことを誰でも知っている。
 が、そうしたことをふまえても、たった一人の女の子をこうまでむごたらしく痛めつける必要がどこにあるのか。
 ジョゼフへの怒りを手のひらに込めて、キュルケは思いきりタバサのほおをめがけて振り下ろした。
「しっかりなさい! あなたの見ていたのは、あなた自身が作り出した妄想と欲望の産物なの。あなたのお父さまは
もう死んで、お母さまはこれからあなたが助けるのよ」
「違う! 違うわ! お父さまは生きてるのよ。ガリアの王様になって、シャルロットとずっといっしょに暮らすのよ!」
「聞き分けのない子ね。じゃあ、これが現実だってこと教えてあげる!」
 キュルケは、暴れるタバサの目の前で叫んだ。タバサは、また殴られると思い身をかがめようとする。しかし、今度は
張り手はこずに、キュルケはタバサの背中に手を回すと、小さい体を力いっぱい抱きしめた。
「なに!? んっ!」
 タバサの顔が、息もつまるほどキュルケの体に押し付けられる。
 苦しい! と、タバサはもがこうと試みたが、ふとこの感触をどこかで感じたように思えてきた。
 どこでだろう? なにか、温かくてすごく気持ちがいい。わたしは、この感触を知っている気がする。
 気づいたときには、タバサは暴れるのをやめ、体の力を抜いてキュルケに身を任せていた。
「どう? 伝わるかしら、わたしの体温と心臓の鼓動が……これは決して夢なんかじゃないわ」
「うん……なんだろう、なにか懐かしい感じがする……そうだ……」
「思い出してくれたのね。そう、わたしが前にこの屋敷にやってきたとき、あなたとこうして眠ったわね。あのときもあなたは
悪夢にうなされてた……でも、あなたは自分の心で悪夢を打ち破ったのよ」
 タバサは、あのスコーピスとの戦いの前日の思い出を記憶に蘇らせた。あのとき、悪夢にうなされる自分を朝まで
抱いて守ってくれていたのはキュルケだった。目覚める前のうつろなとき、その感触を記憶していたんだった。
「あなたは、自分の力で未来を切り開いてここまで来た。でも、最後の最後ですべてを投げ出すつもり? そんなことをしたら、
これまでのわたしたちとの思い出も全部否定してしまうのと同じ。なにより、あなたの本物のお母さんも助けられない」
「……」
 タバサは無言で自分を恥じた。キュルケの言っていることはすべて本当だ。けれど、それを肯定して夢の世界を
捨て去る気にもなれない。それほどに、あの夢の世界の甘美さと、父に再び会えたという感激は大きかった。
 たとえ幻想の世界でも、もう一度あの世界に行きたい。父と母に、思い切り甘えてみたいという欲求が強くわいてくる。
もしキュルケが抱いていてくれなければ、すぐにでも花粉に飛びついてしまいそうだ。
 キュルケは、現実と幻想のはざまで葛藤するタバサが、現実から剥離しないように強く捕まえると、耳元で静かに
語りかけはじめた。
「幻想なんかに逃げなくても、あなたにはもっとすばらしい未来を手に入れられる力があるわ。思い出して、ここに来る前に
あなたとわたしでかわした誓いを……」


 続く



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