アルビオンの聖都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿内で始まった貴族会議は紛糾していた。
トリステインを攻めることに関しては、出席している貴族の意見は肯定で一致している。
問題はどうやってである。
沈黙を保っていた神聖皇帝クロムウェルは喧騒が一段落付いたところで、
おもむろに立ち上がると自らの考えを言ってのけた。
「親善訪問の際に、こちらの艦隊の内、一隻を故意に落とし、トリステイン側の先制攻撃と見せかけ、
その後こちらの艦隊の全力をもってトリステインの艦隊を殲滅する。もちろん落とすのは老朽化した船だ。いかがかな、この計画は?」
良くも悪くも体面を重視する貴族では思いつかない作戦だ。
不可侵条約を締結した相手に、だまし討ちをかけるなどというのは。
会議の円卓に集う貴族の内半数ほどが拍手と賛成の声を上げる。
賛成の意を示した者たちはクロムウェルに追従する者たち。レコン・キスタの創成期から彼に従っている者が多い。
「しかしそれでは条約を破ることになる。アルビオンが条約破りの恥じをさらすことどうするおつもりか?」
クロムウェルから見て最も遠い位置に座っている貴族が立ち上がりクロムウェルに疑問を投げ掛けた。
他の貴族議員とは違い、アルビオン軍の軍服を着ている。階級章は将軍位。
アルビオン陸軍の代表として会議に出席しているホーキンス将軍である。
彼らは王家を倒したとはいえ、貴族なのだ。貴族には貴族の誇りがある。
ホーキンスも名誉のない戦いなど望んではいない。
「言ったではないか、トリステインが先制攻撃をかけたことにすると。戦には不明な点が数多く起こる。
勝てば良いのだよ。トリステインなど腐った杖のようなものだ、力を加えればすぐに折れる」
言い切ってから円卓をぐるりと見回すクロムウェル。
これまで王軍との数々の戦いを勝ってきたからこそ、言える台詞だ。
勝ち進んできたからこそ、クロムウェルは皇帝と見なされている。
ホーキンスは言葉に詰まった。手の平を握り締める。
軍人だからこそホーキンスは戦争に勝つことの難しさを知っている。
今まで常勝を保ってきたクロムウェルに言われると反論できない。
唯一大きな損害を出したニューカッスル攻城戦も勝利には違いないのだ。
何も言わなくなったホーキンスを眺め、クロムウェルは内心ほくそ笑んだ。
勝っている限り、自分に逆らう貴族はいない。そして自分に負けはない。
他に反論を述べる貴族はいない。けれど貴族議員の表情には何かしら不満が感じられる。
やはり貴族の誇りからこの作戦に拒否感があるのだ。後もう一押しが必要だろう。
「それとも諸君はいたずらに開戦を遅らせ、ゲルマニアの参戦を招くつもりかね。
ゲルマニアは敵ながら強大だ。特に地上戦力は特筆すべきものがある」
トリステインとゲルマニアは違う。トリステインとゲルマニアの同盟が成った今、時間を掛けている余裕はなくなった。
もたもたすれば膠着状態に陥ってしまう。それを回避する為のだまし討ちである。
同盟さえなければ不可侵条約など結ばず、トリステインを飲み込んでやれたろうに。
クロムウェルは更に強い口調で言った。もはや誰も反論できまい。
「皆、この計画でよろしいか。ならば詳細を詰めようではないか。降下地点は予定通りタルブ。
艦隊司令長官は誰が良いかな? トリステイン侵攻軍総司令官は?」
クロムウェルは貴族議員に聞いているわけではない。芝居がかった仕草でクロムウェルは貴族議員一人一人を見回した。
皇帝として貴族に命令を下す時。この瞬間がクロムウェルはたまらなく好きだ。
元はただの一司教に過ぎない自分が並み居る貴族に命令を下し平伏させる、この瞬間が。
「ふむ、ならばホーキンス将軍、トリステイン侵攻軍総司令官とアルビオン艦隊司令長官の大役、君に預けよう」
最も作戦に反感をもっているだろうホーキンス将軍にあえて司令官を任せる。
クロムウェル流の意趣返しだ。とは言ってもホーキンスは有能な軍人である。必ずや作戦を成功させるだろう。
ワルドがいたのなら、建前の指揮官を腹心から任命し、指揮自体は彼に行わせたのだが。
ワルドにはもはや帰るべき故郷はない。故に裏切りの心配はない。
「おお、ホーキンス将軍なら、適役ですな」
「全く彼ならば安心だ」
周りの貴族からクロムウェルの選択を持て囃す声がかけられた。
それらには任命されなかったという安心感と、ホーキンスの能力に対する信頼が込められている。
「……トリステイン侵攻軍総司令官及びアルビオン艦隊司令長官の役目、ありがたく承ります」
ホーキンスはクロムウェルの命令を受け入れた。
彼はアルビオンの軍人だ。アルビオンの総司令官の命令には従わなくてはならない。
どれだけ険悪感をもった作戦であろうと、指揮官となったのなら全力を尽くすまでだ。
「では議会は閉会とする。レコン・キスタに栄光あれ」
「「レコン・キスタに栄光あれ」」
何重にも重なった声。クロムウェルに続いて唱和する貴族たち。
クロムウェルが秘書のシェフィールドを引き連れて真っ先に会議室から退出すると、他の貴族も各々会議室から出て行く。
ただ一人、ホーキンスだけが椅子に座ったまま残っている。両手を組み合わせたまま机の上に置いて。一つ溜息をついた。
レコン・キスタに身を置いたことを、ホーキンスは今では正しい行動だったかどうか分からない。
ハヴィランド宮殿の各所に掲げられたトリコロールのレコン・キスタ旗を、三匹の竜が絡み合うアルビオン旗に見てしまうことがある。
ニューカッスルで全滅した王軍には彼の友人もいた。友人は最後までアルビオンの王族を信じ仕え死んでいった。
ならば自分はどうなのだ、ホーキンスは自問する。王族との共倒れを嫌ったホーキンスはレコン・キスタに付いた。
しかしレコン・キスタにアルビオンの王族のように信じられるものがあるのか。
もしアルビオンの王軍に残っていたら、もっと誇りをもって生きていけただろうか。
けれど、全ては遅い。ホーキンスは神聖アルビオン共和国の、そしてレコン・キスタの軍人なのだから。
トリステインを攻めることに関しては、出席している貴族の意見は肯定で一致している。
問題はどうやってである。
沈黙を保っていた神聖皇帝クロムウェルは喧騒が一段落付いたところで、
おもむろに立ち上がると自らの考えを言ってのけた。
「親善訪問の際に、こちらの艦隊の内、一隻を故意に落とし、トリステイン側の先制攻撃と見せかけ、
その後こちらの艦隊の全力をもってトリステインの艦隊を殲滅する。もちろん落とすのは老朽化した船だ。いかがかな、この計画は?」
良くも悪くも体面を重視する貴族では思いつかない作戦だ。
不可侵条約を締結した相手に、だまし討ちをかけるなどというのは。
会議の円卓に集う貴族の内半数ほどが拍手と賛成の声を上げる。
賛成の意を示した者たちはクロムウェルに追従する者たち。レコン・キスタの創成期から彼に従っている者が多い。
「しかしそれでは条約を破ることになる。アルビオンが条約破りの恥じをさらすことどうするおつもりか?」
クロムウェルから見て最も遠い位置に座っている貴族が立ち上がりクロムウェルに疑問を投げ掛けた。
他の貴族議員とは違い、アルビオン軍の軍服を着ている。階級章は将軍位。
アルビオン陸軍の代表として会議に出席しているホーキンス将軍である。
彼らは王家を倒したとはいえ、貴族なのだ。貴族には貴族の誇りがある。
ホーキンスも名誉のない戦いなど望んではいない。
「言ったではないか、トリステインが先制攻撃をかけたことにすると。戦には不明な点が数多く起こる。
勝てば良いのだよ。トリステインなど腐った杖のようなものだ、力を加えればすぐに折れる」
言い切ってから円卓をぐるりと見回すクロムウェル。
これまで王軍との数々の戦いを勝ってきたからこそ、言える台詞だ。
勝ち進んできたからこそ、クロムウェルは皇帝と見なされている。
ホーキンスは言葉に詰まった。手の平を握り締める。
軍人だからこそホーキンスは戦争に勝つことの難しさを知っている。
今まで常勝を保ってきたクロムウェルに言われると反論できない。
唯一大きな損害を出したニューカッスル攻城戦も勝利には違いないのだ。
何も言わなくなったホーキンスを眺め、クロムウェルは内心ほくそ笑んだ。
勝っている限り、自分に逆らう貴族はいない。そして自分に負けはない。
他に反論を述べる貴族はいない。けれど貴族議員の表情には何かしら不満が感じられる。
やはり貴族の誇りからこの作戦に拒否感があるのだ。後もう一押しが必要だろう。
「それとも諸君はいたずらに開戦を遅らせ、ゲルマニアの参戦を招くつもりかね。
ゲルマニアは敵ながら強大だ。特に地上戦力は特筆すべきものがある」
トリステインとゲルマニアは違う。トリステインとゲルマニアの同盟が成った今、時間を掛けている余裕はなくなった。
もたもたすれば膠着状態に陥ってしまう。それを回避する為のだまし討ちである。
同盟さえなければ不可侵条約など結ばず、トリステインを飲み込んでやれたろうに。
クロムウェルは更に強い口調で言った。もはや誰も反論できまい。
「皆、この計画でよろしいか。ならば詳細を詰めようではないか。降下地点は予定通りタルブ。
艦隊司令長官は誰が良いかな? トリステイン侵攻軍総司令官は?」
クロムウェルは貴族議員に聞いているわけではない。芝居がかった仕草でクロムウェルは貴族議員一人一人を見回した。
皇帝として貴族に命令を下す時。この瞬間がクロムウェルはたまらなく好きだ。
元はただの一司教に過ぎない自分が並み居る貴族に命令を下し平伏させる、この瞬間が。
「ふむ、ならばホーキンス将軍、トリステイン侵攻軍総司令官とアルビオン艦隊司令長官の大役、君に預けよう」
最も作戦に反感をもっているだろうホーキンス将軍にあえて司令官を任せる。
クロムウェル流の意趣返しだ。とは言ってもホーキンスは有能な軍人である。必ずや作戦を成功させるだろう。
ワルドがいたのなら、建前の指揮官を腹心から任命し、指揮自体は彼に行わせたのだが。
ワルドにはもはや帰るべき故郷はない。故に裏切りの心配はない。
「おお、ホーキンス将軍なら、適役ですな」
「全く彼ならば安心だ」
周りの貴族からクロムウェルの選択を持て囃す声がかけられた。
それらには任命されなかったという安心感と、ホーキンスの能力に対する信頼が込められている。
「……トリステイン侵攻軍総司令官及びアルビオン艦隊司令長官の役目、ありがたく承ります」
ホーキンスはクロムウェルの命令を受け入れた。
彼はアルビオンの軍人だ。アルビオンの総司令官の命令には従わなくてはならない。
どれだけ険悪感をもった作戦であろうと、指揮官となったのなら全力を尽くすまでだ。
「では議会は閉会とする。レコン・キスタに栄光あれ」
「「レコン・キスタに栄光あれ」」
何重にも重なった声。クロムウェルに続いて唱和する貴族たち。
クロムウェルが秘書のシェフィールドを引き連れて真っ先に会議室から退出すると、他の貴族も各々会議室から出て行く。
ただ一人、ホーキンスだけが椅子に座ったまま残っている。両手を組み合わせたまま机の上に置いて。一つ溜息をついた。
レコン・キスタに身を置いたことを、ホーキンスは今では正しい行動だったかどうか分からない。
ハヴィランド宮殿の各所に掲げられたトリコロールのレコン・キスタ旗を、三匹の竜が絡み合うアルビオン旗に見てしまうことがある。
ニューカッスルで全滅した王軍には彼の友人もいた。友人は最後までアルビオンの王族を信じ仕え死んでいった。
ならば自分はどうなのだ、ホーキンスは自問する。王族との共倒れを嫌ったホーキンスはレコン・キスタに付いた。
しかしレコン・キスタにアルビオンの王族のように信じられるものがあるのか。
もしアルビオンの王軍に残っていたら、もっと誇りをもって生きていけただろうか。
けれど、全ては遅い。ホーキンスは神聖アルビオン共和国の、そしてレコン・キスタの軍人なのだから。
「よく来てくれた、ミス・サウスゴータ」
フーケは神聖皇帝の私室に足を運んだ。歓迎の言葉を口にするクロムウェル。
しかしフーケはクロムウェルに見られぬよう顔をしかめた。
貴族名を呼ばれたためだ。だが面と向かって訂正するわけにもいかない。
クロムウェルはアルビオンの皇帝、フーケは一介の雇われメイジ。立場が違う。
「君を呼んだのは、今回のトリステイン侵攻軍に君も加わって欲しいからだ。」
フーケはいきなりの命令に面喰らった。フーケの系統は土。
艦隊の船に乗っていても大したことは出来ないし、竜も操れない。
地上戦ではゴーレムで戦えるかも知れないが、あまり気が進まない。
そんなフーケの思いを汲み取ったのかクロムウェルは安心させるように付け足した。
「心配しないでくれ。何も空中戦に加わってくれとは言わない。彼に指示を出して欲しいのだ」
そう言ってクロムウェルは部屋の隅を杖で示した。あの時出会った親衛隊の一人、長剣を腰に着けた、仮面の戦士が立っている。
フーケはますます困惑した。あの戦士に指示を出す? どういうことだ。
「彼はいわゆるメイジ殺しという奴でね。加えて狂戦士なのだ。あの仮面で人格を抑え操っているのだよ」
クロムウェルはまるで自分のことのように自慢げに語る。無意識にだろうが声も大きくなっている。
メイジ殺し、そして狂戦士。メイジであるフーケにとって不吉な単語だ。しかしたかだか平民の戦士一人に何が出来る。
メイジ殺しと言っても所詮一対一の場合だけだろう。
「……戦士一人に何が出来るのでしょう?」
フーケの疑いの心に気付いたのか、はたまた最初は自分もそう思っていたのか、クロムウェルは機嫌を崩すことなく答える。
「疑っておるようだな。それも仕方がない。しかし、彼は強いぞ。べらぼうに強いぞ」
クロムウェルは笑うように語った後、フーケに近くに来るように言うと指にはめた指輪をフーケに渡した。
「これは?」
「彼の仮面と対になるものだ。仮面を着けている者は指輪をはめている者の命令に従う。
此度の戦争では彼を上手く使ってくれ。そうそう、彼を動かすときは決して、離れてはいけないよ。敵ばかりの状況なら別だがね」
眼を細く開き悪魔のような表情でクロムウェルは言った。
ここまでクロムウェルが言うからには断る訳にもいかない。
フーケは仕方なくアルビオン艦隊に乗り込むことに同意する。
「承知しました」
試しにフーケは戦士に向けて一つの命令をする。来い、と。戦士は無言でフーケの前に立つ。
仮面の穴から戦士の瞳が見えた。深い深い闇の色をしている。戦士はこの瞳でどんな光景を見てきたのだろう。
そんなことを思いつつフーケは部屋を出る。付いて来い、と戦士に命じて。
フーケと戦士のいなくなった皇帝の私室。クロムウェルは横に立つ黒いコートの女性に声をかけた。
「ミス・シェフィールド本当に良いのでしょうか? 彼を行かせてしまって」
クロムウェルとてあの戦士がいくら強くても、伝説のガンダールヴに符号するような働きができるとは思っていない。
だがあの戦士を見ているともしや、と言った考えが浮かぶのも事実だ。
しかしそれとは関係なしに戦士を戦場に出せ、とクロムウェルに命じたのはシェフィールドだ。
クロムウェルはそもそもシェフィールドの命ある人形に過ぎない。シェフィールドの得体の知れぬ力に怯えつつ、
彼は権力のためにシェフィールドに従っている
「彼は生来の狂戦士。戦いを与えなければ、殺人への渇望からいずれ仮面の呪縛を打ち破ります。
人間離れした精神力、そして身体能力。彼こそまさに狂戦士ですわ」
シェフィールドと呼ばれた女性は妖艶な笑みを浮かべた。
普通の人間ならば強力なマジックアイテムである仮面から逃れることなど出来ない。
しかしあの戦士は違う。いつか呪縛から逃れるかも知れない。
従えにくいものを従えることは、まったくもって楽しい。
額に刻まれたミョズニトニルンのルーンを光らせながら、シェフィールドは口元に笑みを浮かべた。
フーケは神聖皇帝の私室に足を運んだ。歓迎の言葉を口にするクロムウェル。
しかしフーケはクロムウェルに見られぬよう顔をしかめた。
貴族名を呼ばれたためだ。だが面と向かって訂正するわけにもいかない。
クロムウェルはアルビオンの皇帝、フーケは一介の雇われメイジ。立場が違う。
「君を呼んだのは、今回のトリステイン侵攻軍に君も加わって欲しいからだ。」
フーケはいきなりの命令に面喰らった。フーケの系統は土。
艦隊の船に乗っていても大したことは出来ないし、竜も操れない。
地上戦ではゴーレムで戦えるかも知れないが、あまり気が進まない。
そんなフーケの思いを汲み取ったのかクロムウェルは安心させるように付け足した。
「心配しないでくれ。何も空中戦に加わってくれとは言わない。彼に指示を出して欲しいのだ」
そう言ってクロムウェルは部屋の隅を杖で示した。あの時出会った親衛隊の一人、長剣を腰に着けた、仮面の戦士が立っている。
フーケはますます困惑した。あの戦士に指示を出す? どういうことだ。
「彼はいわゆるメイジ殺しという奴でね。加えて狂戦士なのだ。あの仮面で人格を抑え操っているのだよ」
クロムウェルはまるで自分のことのように自慢げに語る。無意識にだろうが声も大きくなっている。
メイジ殺し、そして狂戦士。メイジであるフーケにとって不吉な単語だ。しかしたかだか平民の戦士一人に何が出来る。
メイジ殺しと言っても所詮一対一の場合だけだろう。
「……戦士一人に何が出来るのでしょう?」
フーケの疑いの心に気付いたのか、はたまた最初は自分もそう思っていたのか、クロムウェルは機嫌を崩すことなく答える。
「疑っておるようだな。それも仕方がない。しかし、彼は強いぞ。べらぼうに強いぞ」
クロムウェルは笑うように語った後、フーケに近くに来るように言うと指にはめた指輪をフーケに渡した。
「これは?」
「彼の仮面と対になるものだ。仮面を着けている者は指輪をはめている者の命令に従う。
此度の戦争では彼を上手く使ってくれ。そうそう、彼を動かすときは決して、離れてはいけないよ。敵ばかりの状況なら別だがね」
眼を細く開き悪魔のような表情でクロムウェルは言った。
ここまでクロムウェルが言うからには断る訳にもいかない。
フーケは仕方なくアルビオン艦隊に乗り込むことに同意する。
「承知しました」
試しにフーケは戦士に向けて一つの命令をする。来い、と。戦士は無言でフーケの前に立つ。
仮面の穴から戦士の瞳が見えた。深い深い闇の色をしている。戦士はこの瞳でどんな光景を見てきたのだろう。
そんなことを思いつつフーケは部屋を出る。付いて来い、と戦士に命じて。
フーケと戦士のいなくなった皇帝の私室。クロムウェルは横に立つ黒いコートの女性に声をかけた。
「ミス・シェフィールド本当に良いのでしょうか? 彼を行かせてしまって」
クロムウェルとてあの戦士がいくら強くても、伝説のガンダールヴに符号するような働きができるとは思っていない。
だがあの戦士を見ているともしや、と言った考えが浮かぶのも事実だ。
しかしそれとは関係なしに戦士を戦場に出せ、とクロムウェルに命じたのはシェフィールドだ。
クロムウェルはそもそもシェフィールドの命ある人形に過ぎない。シェフィールドの得体の知れぬ力に怯えつつ、
彼は権力のためにシェフィールドに従っている
「彼は生来の狂戦士。戦いを与えなければ、殺人への渇望からいずれ仮面の呪縛を打ち破ります。
人間離れした精神力、そして身体能力。彼こそまさに狂戦士ですわ」
シェフィールドと呼ばれた女性は妖艶な笑みを浮かべた。
普通の人間ならば強力なマジックアイテムである仮面から逃れることなど出来ない。
しかしあの戦士は違う。いつか呪縛から逃れるかも知れない。
従えにくいものを従えることは、まったくもって楽しい。
額に刻まれたミョズニトニルンのルーンを光らせながら、シェフィールドは口元に笑みを浮かべた。