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ラスボスだった使い魔-53a


 遥か上空から現れた、謎の蒼い巨人。
 いや、『巨人』という表現は実を言うと適切ではない。
 なぜならソレは人のカタチこそしているものの、明らかに生物としての質感を有してはいないからだ。
 全身を隙間なく金属で覆い、更にその外見から放たれる圧倒的な威圧感や、ある種の神々しさを見てしまっては、それを『人』に類するモノであると口にするのはどうしても抵抗が生じる。
 また、最低でも30メイル以上はあるだろうその全長は、ハルケギニアのいかなる生物と比べても巨大だった。
 ……例として挙げるなら、火竜山脈に生息している『大きな火竜』でも全長はせいぜい15メイルほどである。
 『金属で出来たガーゴイル』と言われた方が、まだ納得出来た。
 それでもあのサイズの規模のガーゴイル、しかも飛行が可能なものを開発するなど、現在のハルケギニアの魔法技術では不可能だ。
 ゴーレムに擬装をして『レビテーション』や『フライ』で浮かせていると無理矢理に考えることも出来なくはないが、それとて風のスクウェアメイジが何十人も必要になるだろう。
 …………などと、シティオブサウスゴータの南西150リーグほどの位置で激戦を繰り広げていた人間たち(さすがにアインストにはそのような思考を行う機能はない)が考えていると。
 蒼い巨人(他に形容する言葉が見当たらないので、取りあえずではあるがその呼称を使う)の胸の部分、黄金の宝玉を引き立てるように鈍い黒色をしていた箇所が、ガシャンと音を立てて開いた。
 一体何が起こったのだ、と人々が蒼い巨人の様子を確認する間もなく、その開いた胸に紫電が走る。
 その紫電は3秒もしないうちに蒼い巨人の胸から消え、その代わりと言わんばかりに胸の中央にある黄金の宝玉が輝き始める。
 そして。
 宝玉の輝きが、これもまた2秒もかからず蒼い巨人の胸全体を覆うほどにまで高まった、その瞬間。
 黄金の光は、アルビオン軍、トリステイン軍のド・ヴィヌイーユ独立大隊、そしてアインストが混沌と入り乱れた戦場へ向かって、絶大な破壊力をともないながら降り注いだのだった。


「……………」
 ネオ・グランゾンのコクピットの中、シュウ・シラカワの膝の上で、マチルダは唖然としていた。
 ―――ここで、時間を少し巻き戻す。
 クロムウェルから『アンドバリ』の指輪を取り返したマチルダたち。
 一行はそのままラグドリアン湖にまで飛んで行き、ネオ・グランゾンに搭載されている精霊レーダーとやらで水の精霊の位置を割り出してからその真上まで移動、『アンドバリ』の指輪を湖の中に投げ入れて、水の精霊からの依頼を完遂させた。
 それでウェストウッド村に帰ろうとしたら、この戦いに遭遇したのである。
 マチルダもシュウもこの戦争の行く末自体はどうでもよかったのだが、今回のこの戦いは場所がウェストウッド村に近過ぎた。
 また、その規模が大き過ぎ、出現しているアインストの数も多過ぎる。
 これでは下手をするとウェストウッド村に飛び火しかねない。
「では、取りあえずアインストだけでも掃討しておきましょうか」
 泥沼化しつつある戦場を見ながら、そう呟くシュウ。
 それは別に構わない。
 って言うか、むしろ歓迎しよう。
 ウェストウッド村に危害が及ぶのは、自分としても避けたいのだし。
 だからマチルダはそれに賛成した。
 それから間もなくネオ・グランゾンは『隠行の術』を解き、戦場に姿を現す。
 シュウはコクピットにある『こんそーる』をピピピッといじり、ネオ・グランゾンの武装を使って戦場に攻撃を加えた。
 そこまではいい。
 しかし。
 しかし、だ。
 その攻撃が、このゴチャゴチャしてワケの分からない状態だった戦場において『確実に1000体を超えていたアインストだけに正確に命中』し。
 あのバケモノどもを一匹残らず消滅させ。
 あまつさえ直接の人的被害がゼロというのは、もう、驚きとか呆れを通り越して、どう反応していいのかすら分からない。
「……………」
「これでこの戦闘も収束に向かってくれればいいのですが……」
 のんきにそんなことを言うシュウ。
 いや、実際にはのんきどころか真剣なんだろうが、マチルダから見ればのんきにしか見えない。
 マチルダはどうにかしてコイツに、せめて一言くらいは何か言ってやろうとするが、
「……今の、何?」 
 そう問いかけるだけで精一杯だった。
 するとシュウは平然と、微笑すら浮かべてその問いに答える。
「いわゆるマルチロックオンというやつです。要するに複数同時の狙い撃ちですね」
「複数同時……ねえ」
「ええ。最大で65536の目標を同時に攻撃することも出来ますよ。……まあ、そこまでの数を実際に攻撃したことはありませんが」
「ろくまんごせんごひゃくさんじゅうろく……?」
 なんだ、そりゃ。
 もうワケわかんない。
(……………)
 マチルダはシュウとそれほど長い付き合いではないし、しょっちゅう顔を合わせてもいない。
 むしろそういう面ではティファニアの方が長じている。
 だが、この男に関してハッキリと分かっていることが一つある。
 それは、シュウは『嘘やハッタリの類だけは絶対に言わない』ということだ。
 だから、この『65536の目標を同時に攻撃出来る』という言葉も、きっと事実なのだろう。
 事実だからこそ。
 ―――マチルダは、このことについて考えるのをやめた。
「しっかしコレ、ユーゼスに知られたら怒られそうですねぇ。思いっきり介入しちゃってますし」
 シュウのファミリア(使い魔)であるチカは、そんなマチルダの内心を知ってか知らずか、いつも通りの口調で主人に話しかける。
「……彼は病的なまでにハルケギニアへの干渉を避けようとしていますからね」
 皮肉げな笑みを浮かべ、その言葉に答えるシュウ。
「私に言わせれば、あのアインストもユーゼス・ゴッツォも……そして私も等しく同じですよ。
 程度の差こそありますが『ハルケギニアに紛れ込んだ異物』という時点で、我々はこの世界に少なからず影響を与えています。彼はそれを理解していません。……いえ、理解はしていても、それを認めたくないのかも知れませんが」
 それに、とシュウは付け加える。
「……『私たちのような存在』は、それこそ存在しているだけで『その世界』の因果律を乱す元凶になりかねませんからね……」
 シュウの笑みに、皮肉だけではない別の色が混ざった。
「はい?」
 何やら小難しいことを言い始めた主人に対して、首をちょこんと傾げるチカ。
 そうしてチカが内心で余計なことをつらつらと考える前に、彼女(一応ではあるが、チカは女性的な性格を模して作られている)が担当しているネオ・グランゾンのレーダーに反応が現れる。
「あっ、レーダーに反応です。こりゃアインストの空間転移ですね。……ありゃ? コレ、数は少ないですけど、やけに規模が大きいような……」
「ほう……。まるで、私への対抗手段を慌てて用意したような動きですね」


「……信じられん」
 アルビオン軍主力の実質的な指揮を執っているホーキンス将軍は、目の前の光景をそう評した。
 何が信じられないかと言うと、もう目に映る全てと言っていい。
 突然現れた蒼い巨人。
 その巨人から放たれた光が、無数に存在していた『アインストだけ』を全滅させたこと。
 更に巨人を迎え撃つかのごとく出現した、20メイルはあろうかという巨大なアインスト。
 それが複数。
「……………」
 数自体はそれほど多くない。
 むしろたったの四体だ、少ないと言えるだろう。
 構成だって『骨』が二体に『ツタ』が一体、『鎧』が一体。
 アインストとの戦いに慣れたアルビオン軍であれば、慢心でもしない限りはどうとでもなる。
 ……ただしそれは、相手が人間と同じような大きさであった場合の話だ。
 量より質などという単純な問題ではなく、あれだけの戦闘力を持ったバケモノが20メイルほどの大きさで現れた。
 ホーキンスが困窮し、現実を認めがたくなるのも、無理からぬ話である。
「……………」
 救いなのは、あの巨大アインストがこの戦場から離れた位置、しかもちょうど側面に現れてくれたことだ。
 もしまた戦場のど真ん中にでも出現したら、大混乱どころの話ではない。
 前方や後方に現れても問題だ。そうなれば間違いなく、自分たちは敵味方の区別などなく蹴散らされるだろう。
 もう一つの救いは、
「標的があの巨人らしい、ということだな……」
 願わくば、蒼い巨人と巨大アインストどもで潰し合ってくれ。
 放心状態から抜け出し、現れたモノたちの攻撃がこちらに向けられる可能性にまで考えが及んだ人間は、アルビオン・トリステインを問わずにそう考えていた。
『グゥォォォオオオオオ…………!!!』
 最初の攻撃以降、空中に静止して動かない蒼い巨人に向かって、『ツタ』の巨大アインストは熱光線を発する。
 20メイルサイズのアインストが発する熱光線。
 轟音は無論のこと、余波だけで大気が震え、光は眩すぎるほどに周囲を照らす。
 その破壊力たるや、推して知るべし。
「!!」
 閃光に目がくらんでほとんどの者が目を閉じていた中、ホーキンスは辛うじてではあるが、確かに見た。
 ドオン、という衝撃と共に、熱光線が蒼い巨人に直撃するのを。
 そう、間違いなく直撃した。
 直撃はした。
 だが、その熱光線は蒼い巨人を守護するように現れた『透明な壁』によって完全に阻まれていた。
「……………」
 もし自軍に向かって放たれでもしたら4ケタ単位の犠牲は覚悟しなければならないだろう攻撃。
 それを受けて、蒼い巨人は小揺るぎもしていない。
『……ォオオ!!!』
 ホーキンスが驚愕の言葉を発するよりも早く、今度は巨大な『骨』のアインストが動く。
 人間サイズのものと同じく、武器は黄色い爪だ。
 その爪を胸にある赤い光球の輝きに呼応させるようにして巨大化させ、宙に浮かぶ蒼い巨人へと一気に跳躍する。
 対する蒼い巨人は、微動だにしていなかった。
 まるで、動く必要すらないと言わんばかりに。
『…………!』
 『骨』の巨大アインストの爪が、蒼い巨人に向かって振り下ろされる。
 しかし、その爪は先ほどの熱光線と同じように透明な壁に阻まれ、それどころか逆に攻撃をした『骨』の爪の方が逆に欠けてしまった。
 ―――今度は光に阻まれていたわけではなかったので、その場にいた全員が目撃し、そして理解した。
 蒼い巨人を守っている不可視の壁の強度を。
 蒼い巨人は本当に『動く必要がなかった』ことを。
「……………」
 幾人もの人間の命を奪ってきた、アインストの攻撃。
 それがあのサイズにまで巨大化したのだから、威力もそれこそケタ違いに上がっている。
 そんなケタ違いの攻撃を、完璧以上に防いだ。
「……………………」
 ホーキンスを初めとしたこの場にいる人間たちは、この状況をどう受け止めれば良いのか分からない。
 ……そんな彼らの様子など気にした様子もなく、蒼い巨人は右腕を頭の高さまで動かして、拳を握る。
 すると巨人の目の前の空間が白く輝き出し、だがその白い輝きは一瞬のうちに黒く、深い闇の色に染まった。
「な、何だ……?」
 自身が作り出した闇へと右手をかざす蒼い巨人。
 闇はそれに応じるかのように鳴動し、その中から一本の巨大な剣を出現させる。
 蒼い巨人は、己と同じ色をしたその剣を掴み、引き抜いた。
 剣を引き抜くと同時に闇は消え、後には何も残っていない。
「?」
 どういう仕組みなんだとホーキンスが考える暇もなく、巨人は剣を構え、目の前にいる『骨』の巨大アインストを斬った。
『ォ…………!』
 横薙ぎに一振り。
 それだけで『骨』は両断される。
 弱点である赤い光球も、その周辺を囲んでいた硬い骨も、お構いなしに。
 『骨』は瞬時に灰化してしまうが、蒼い巨人の攻撃はそれだけでは終わらない。
 バシュゥウン!!
 背中から猛烈な音と光を噴出させ、一瞬にして『ツタ』の巨大アインストへと肉迫……いや、通り過ぎざまに剣で一撃を見舞わせる。
 サラサラと灰化していく『ツタ』。
 だが巨人はそんなものには目もくれず、続いて何か行動しようと赤い光球を光らせている『鎧』の巨大アインストへ目にも留まらぬ速さで接近。
 その硬さでもってさんざんアルビオン軍を苦労させてきたはずの『鎧』の身体を、まるでクリームのカタマリでも斬るかのようにアッサリと縦に真っ二つにした。
「な……」
 絶句するホーキンス。
 また、驚いたのは最後に一体だけ残った『骨』の巨大アインストの方も同じだったようで、慌てたように空へと飛翔し、空船など比較にもならない速度でもって逃げようとしていた。
 対する蒼い巨人は『骨』の逃亡に慌てる様子もなく、逃げた方向にゆっくりと視線を向けると、その硬質な瞳を光らせた。
 再び巨人の眼前に黒く深い闇が出現する。
(また何か武器でも出すのか?)
 そんなホーキンスの考えは、しかし裏切られることになる。
 蒼い巨人は、何と自分から闇の中に飛び込んだのだ。
「!?」
 驚くホーキンスだったが、彼の驚きも長くは続かない。
 なぜなら、間を置かずにもっと大きな驚きに見舞われることになるからだ。
 闇に飛び込んだことによって、蒼い巨人の姿は『その場から』消えた。
 飛び込んだ影響によるものか闇もまた消えてしまうが、その消える瞬間と全く同じタイミングで、逃げている最中の『骨』の巨大アインストの目の前に、巨人が作り出したものと同種の闇が出現する。
 そしてあろうことか、その中からたった今消えたはずの蒼い巨人が出て来たのだ。
『!』
 面食らった様子の巨大アインスト。
 当然、そんな隙を蒼い巨人が見逃すはずもなく、
『…………ァ!!!』
 巨人が持っていた剣によって、一撃の下に両断された。
 かくして、突如として出現した巨大アインスト4体は全滅した。
「……………そんな、馬鹿な」
 ホーキンスの呟きは、その一連の光景を見ていた全員の思いでもあった。
 あの混乱した戦場で、アインストの一匹一匹を寸分の狂いもなく狙い撃ち、全滅させた攻撃。
 巨大なアインストの攻撃を全く寄せ付けない、不可視の壁。
 『鎧』を簡単に斬り伏せた剣。
 間合いを一瞬にして詰める速度。
 闇から闇への、一瞬の間もない移動。
 段違いやケタ違いなどというものではない。
 アレは強いとか弱いとか、そういう段階の話を完全に超越してしまっている。
 人知を超えた力だ。
「……………」
 自分たちの前に立ち塞がってきたトリステイン軍なら、即座とは行かないまでも速やかに蹴散らす自信はあった。
 いきなり出て来た大量のアインストも、対処の方法はいくつか考え付く。
 しかし、アレは無理だ。
 人の手に負える代物ではない。
 いや、人が触れていいモノでは―――
「……ん?」
 戦慄し続けているホーキンスの目に、ロンディニウムの方から艦隊が迫ってくるのが見えた。
 おそらくは敗走するトリステイン・ゲルマニア連合軍を追撃するためのものだろう。
 とは言え、この状況ではどうにも……。
「…………いや、待て」
 猛烈に嫌な予感が、ホーキンスの胸中に渦巻いてきた。
 あの我が軍の艦隊は、こちらに向かって来る。
 こちらの頭上を通っていく。
 それはいい。
 さて、ここで問題だ。
 今、我々の頭上には何がいる?
 更に、今の一連の流れを目撃してしまった艦隊司令が取り得るであろう、最悪の行為は?
「!!」
 ホーキンスの思考が『答え』に行き着くが、空高く飛んでいる船に向かって、地上のこちらが連絡を取る手段はない。
 旗流信号は船同士が連絡を取り合う際のものだし、マジックミサイルか何かで合図をしようにも、下手をすれば『あの蒼い巨人から我々のことを助けてくれ』と受け取られかねない。
 だから。
 アルビオン空軍の艦隊が、いまだに空中で威容を放ち続けている蒼い巨人に向かって各艦の砲塔を向けさせている光景を見ても、ホーキンスに出来ることはほぼ無いに等しかった。
「よ、よせ!!! やめろおおおおおーーーーーー!!!!」
 届かないと分かってはいても、叫ばずにはいられない。
 だがホーキンスの最悪の予想通り、アルビオン艦隊はあの蒼い巨人に向けて砲撃を開始してしまう。
「あ、ああ……」
 愕然とした声を上げるホーキンス。
 ……もっとも、艦隊司令の気持ちも分かる。
 あんなモノを見せられて、冷静でいろと言う方に無理があるだろう。
 パニック状態になったとしても無理からぬことだし、そもそも戦場で我を忘れてワケの分からない行動に出てしまう人間など、珍しくも何ともない。
 それに蒼い巨人の矛先が我々に向けられる可能性も、決してゼロではないのだ。
 とは言え。
 今回はいくら何でも、相手が悪すぎる。
「……………」
 数十発の砲弾が蒼い巨人に向けて撃ち込まれた。
 砲弾は先程の巨大アインストの攻撃と同じように不可視の壁に阻まれ、巨人は微動だにしていない。
 ホーキンスにとっては見るまでもなく分かっていたことだ。
 そして当然と言うべきか、蒼い巨人は身にかかる火の粉を振り払い始める。
 パシュンッ
 蒼い巨人の胸の宝玉から、いくつかの光が放たれた。
 その光は空に浮かぶ戦艦のことごとくに命中し、船体を崩壊させる。
「何と……」
 ホーキンスが声を上げたのは、攻撃の威力についてのことではなかった。
 そんな段階はとっくに通り過ぎている。
 驚いたのは、艦隊の崩壊度合に関してだ。
 戦艦一つ一つの詳しい状況についてはさすがに分からないが、あの壊れ具合なら生きている人間も少なくないだろう。
 いくつもの戦場を経験してきたホーキンスには分かる。
 今の攻撃は、艦隊を殲滅するために撃ったのではない。
 情けをかけられたのとも違う。
 『邪魔だから取りあえず撃っただけ』なのだ。
 例えば『フライ』や『レビテーション』で空を飛んでいるとき、どこかから舞い込んできた木の葉を払うように。
 ―――逆に言えば、あの蒼い巨人にとって、我が国が誇る艦隊は木の葉程度の価値しかないということにもなるのだが。
「木の葉、か」
 平民とメイジ……いや、先住魔法を使うエルフ、硬い身体を持ちながら強力なブレスを吐く巨大な竜。
 それ以上の開きが、アレと自分たちの間にはある。
「…………。……む、う?」
 ホーキンスが次元の違いを痛感している最中、再び蒼い巨人が動き始めた。
 今度は一体何をするつもりだと固唾を呑んでいると、巨人はその身から光を発して、
「は?」
 目にも留まらぬスピードで、何処かへと飛んで行ってしまった。
「……………」
 呆然となる戦場。
 どのくらいの間、それが続いただろうか。
 ホーキンスはハッと我に返り、今がどういう状況で、自分たちは何をしていたのかを思い出す。
「ぜ、全軍! トリステイン・ゲルマニア連合軍に対し、攻撃を再開せよ!!」
 非常に鈍い動きではあるものの、将軍の号令に呼応するアルビオン軍。
 そして、残ったアルビオン軍とド・ヴィヌイーユ独立大隊とで再び戦闘が始まるのだが―――その結果は当然、ド・ヴィヌイーユ独立大隊の全滅と言う形で幕を閉じることになるのだった。


「何だ……何なんだ、アレは!!?」
 ロマリア大聖堂の地下深くで、ヴィットーリオは歯ぎしりしながら自分の机に拳を叩き付けた。
 鈍い痛みが右手に走るが、それでも彼の中にある驚愕と困惑、そして苛立ちは治まらない。
「あんなバケモノが現れるなど、想定外に過ぎる……!! 1000以上は残っていたアインストを一瞬で殲滅させた上に、切り札の巨大アインストまでもアッサリと片付けただと!? ふざけるな!!!」
 ヴィットーリオの感情を代弁するかのようにして両手が机を掻きむしり、机の上に広がっていた書類がグシャリと歪んでいく。
 普段の几帳面な『教皇聖下』しか知らない者からすれば目を疑うような光景だったが、この場にいるのは自分の他には使い魔であるヴァールシャイン・リヒカイトしかいないので、特に気兼ねする必要もなかった。
「っ、ええいっ……!!」
 とにかく一度冷静になるべきだと判断し、目を閉じて呼吸を落ち着けるヴィットーリオ。
 そのまま十数分の時が流れ、ロマリア教皇は軽く頭を振りながらその目を開く。
 更に大きく深呼吸し、自分に言い聞かせるように一言ずつ言葉を紡いでいった。
「…………、とにかく、まずは現状の把握が第一ですか」
 何はともあれ、初期目標であるアルビオン軍の足止め自体には成功した。
 進軍速度も遅くなるだろう。
 トリステイン・ゲルマニア連合軍は、これで撤退を成功させるはずである。
 結果的には、これでいい。
 ―――あの正体不明にして規格外過ぎる蒼い巨人については、もう思考から除外することとして、だ。
 続いてラ・ヴァリエール家の次女、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌについて。
 彼女を動かすのは、取りあえず機をうかがう必要がある。
 干渉に成功したからと言ってすぐ行動に移させるなど、浅慮どころかただの馬鹿だ。
 それに、トリステインの『虚無』は戦闘経験が……扱える『虚無』の魔法の数が少ない。
 戦闘用の魔法が使えない自分が言えたセリフではないが、これは少々よろしくない状態だ。
 何とかして彼女には戦闘を通じて新たな『虚無』の魔法を引き出してもらいたいが、さて、どうしたものか。
「……ふむ」
 更に言うなら、アルビオンの『虚無』の行方がいまだに分かっていないのも問題である。
 アルビオン先王の弟、モード大公が囲っていた妾のエルフ。
 その娘が最も怪しい……というところまでは判明しているのだが、そこから先がサッパリ掴めない。
 いくら何でも年端も行かない少女がここまで見事に身を隠すことが出来るとも思えず、これまでブリミル教の組織力や情報網を駆使してアルビオンの隅々に至るまで探し尽くしたのだが、結果は芳しいものではなかった。
 それに、今回の戦争の裏で動いていたと思しきガリアの『虚無』の動きも気にかかる。
「まったく……課題は山積みですね」
 『四の四』を揃えることは難しいと覚悟はしていたが、ここまで難航するとは。
 ともあれ、自分の基本方針は変わらない。
 出来ることから一つ一つ、だ。
「……それではまずロマリア教皇として、今回の戦争のおかげで各国の内情がどう変化したのかを調べるとしましょうか」


「はっはっはっはっはっは!! 何だ、アレは!? なあおい、ダークブレインよ!!」
 アルビオン戦争の発端から終焉までを『演出』して見せたガリア王ジョゼフ一世は、興奮気味に自分の使い魔に尋ねた。
 彼は使い魔に『暗邪眼』と呼ばれる機能のごく一部を使わせ、更に使い魔のルーンの感覚共有の機能を中継させて、このアルビオンにおける戦いの一部始終を自身の目に投影していたのである。
「…………おそらく、我らと同じ他世界からの来訪者じゃろう。あれだけの能力を持った存在は『この世界』にはおらん」
 主人である男とは対照的に、『我ら』という奇妙な一人称を使う老人の使い魔は淡々と応える。
 その顔には、相変わらず何の表情も見えなかった。
「ほう、やはりそうか! いやいや、両用艦隊を使ってクロムウェルとかいうヤツを砦ごと吹き飛ばさせた時には砂の山を蹴飛ばしたくらいにしか感じなかったし、この大多数のアルビオン軍とささやかな数のトリステイン軍がぶつかった時にも大して面白味は覚えなかったが……」
 ジョゼフは公の場での気だるそうな様子からは信じられないほど楽しそうに喋り続ける。
「あのアインストとかいうのが出て来てから面白くなったな! そして極め付けにあの蒼いヤツだ!! もしかしたら、お前が最初に俺の前に現れたあの時の姿よりも強いんじゃないのか!?」
「さてな。仮にそうじゃとしても、アレに対抗出来るように変貌すればよいだけじゃ。第一……」
「ん?」
「アレと我らがぶつかれば、『この世界』は確実に崩壊するぞ?」
「はははっ!! それはいい!!」
 とんでもないことを告げられたと言うのに、ガリア王は嬉しそうにその言葉を受け入れた。
「前に言ってなかったか? 俺はそれが見たいんだよ。―――いや、違うな、それを自分の手でやってみたいんだ。だからお前と蒼いヤツとの戦いを見てみたくはあるんだが、取りあえずぶつかるのはやめておいてくれ」
「……………」
 今はブレイン卿と名乗っている老人は、無言でジョゼフを見る。
 その表情はピクリとも動いておらず、まるで人形のようだった。
「いやいや、最後の最後で面白いものが見れた。アレだけでもこの戦を起こした甲斐があったというものだ」
 ジョゼフはそんなブレイン卿に構わず、興奮冷めやらぬ様子を見せている。
 と、その時、老人の顔がいきなり部屋のドアの方を向いた。
「……………」
「ん?」
 ジョゼフもつられて使い魔と同じ方向を見ると、ノックもせずにドアがいきなり開かれる。
「……デブデダビデか」
「は……。只今帰還しましてございます、ダークブレイン様」
 現れたのは、今は亡き神聖アルビオン帝国皇帝オリヴァー・クロムウェルの付き人であった小太りの男だった。
 デブデダビデは部屋に入るや否や、クロムウェルにとっていたものとは比べ物にならぬほど恭しい態度でブレイン卿にかしずき、ひざまづいて頭を垂れる。
 しかしブレイン卿はそんなデブデダビデを一瞥しただけで、またドアの方に視線を向けた。
「スカルナイト」
『はい。私もたった今そちらの御仁からの依頼を終え、戻って参りました』
 カシャカシャ、と金属音を響かせながら、頭から爪先まで全身を深い緑色の鎧で包んだ者が現れる。
 スカルナイトと呼ばれた甲冑の人物の声はくぐもってはいるものの、声色から判断するに男のようだった。しかし、その顔もまたほんの僅かな隙間を除いては甲冑で覆われているため、彼の素顔を窺うことは出来ない。
 そしてデブデダビデとスカルナイトが現れたことに呼応するようにして、新たな声が響く。
《クリスタルドラグーン、控えております》
 声の主は姿を見せず、しかしその声は部屋の中にいた全員の頭の中に届いた。
 そんな現象にジョゼフだけが興味深げな顔をするが、他の三人は大した反応も示さない。
「ダークブレイン様、お体の治癒は?」
「既に完了している」
 ブレイン卿たちはそんなガリア王に構わず、彼らだけで話を進める。
「ならば、この世界をお離れに?」
「……いや、ここは通常では有り得ぬ事象が多発している……。先程確認した者は元より、監視者の生き残り、因果律を操作する力を持つ者……。それに加えて、かなり迂遠な方法で干渉を行っている者もいるようだ」
『……………』
「あるいは、ここは至高天への道程……十二の鍵……因子が集まる所かも知れぬ」
《では……?》
「今しばらくはこの世界に留まる。お前たちはこの世界の変化を促し、それらの因子の動きや変化を見極めるため、ひとまず我らを召喚したこの男の指示に従うがよい」
「仰せのままに……」
 そうしてジョゼフを除く面々の話が一段落すると、わずかに開いたドアの隙間から複数の声が響いてきた。
「へえ、これが蛮人の城なのね! 外から見た形も面白かったけど、中も面白いわ!」
「おいルクシャナ! こんな蛮人の住処なんかで、はしゃぐんじゃない!」
「あら、別にいいじゃないの。それとも何? あなたは学者に対して『知的好奇心を殺せ』って言いたいの?」
「そういうことじゃなくてだな……!」
「……お前たち、我々は客人としてここに来ているのだぞ。いくら蛮人相手とは言え、それなりの礼節というものをわきまえろ」
「ですってよ、アリィー。静かになさい」
「~~~……っ。……はあ。まったく」
 その声を確認したスカルナイトは立ち上がり、ジョゼフに向かって話しかける。
『……私が連れてきた方々のようですな。こちらにお通ししますか、ジョゼフ殿?』
「いや、一応は俺の客だからな。自分で出迎えることにするよ」
 頷いて、ドアに向かって歩き始めるジョゼフ。
「さあて……次の脚本はどんな筋書きで書くべきだろうなあ、ハハッ」
 その顔はまるで新しいオモチャを与えられた子供のように、喜色に満ちていた。


 なお、今回のアルビオン戦争の最終局面における戦闘の顛末であるが。
 全滅という結果に終わったものの、ド・ヴィヌイーユ独立大隊の働きは無駄ではなかった。
 『撤退のための時間稼ぎ』と言う点で見れば(アインストや蒼い巨人という乱入者による要因がほとんどではあるものの)確実に任務は果たしていたし、何より大隊そのものが予想以上に奮戦したため、その時間もかなり拡大することが出来ていた。
 何より、蒼い巨人が出現したことによるアルビオン兵たちの動揺。
 それから立て直すのに、ホーキンスを始めとした部隊の上層部は数時間を要した。
 更に一連の事件の影響は兵たちの足にまで及び、その進軍速度は大幅に遅れ……。
 結局、最初の戦闘地点から10リーグ離れた場所に陣取っていた連合軍の部隊を確認するかしないかという時になって、本国から『ガリア艦隊によってクロムウェルが戦死した』という報がもたらされ、進軍は中止。
 なし崩し的にではあるものの、トリステイン・ゲルマニア連合軍は撤退を成功させたのだった。
 …………なお、余談ではあるが。
 この戦争の最後の局面において出現した『蒼い巨人』は、後に『アルビオンの蒼き魔神』と呼ばれ、半ば伝説として語り継がれることになる。


 朝の気配が薄れ、日差しが強まる頃。
 ティファニアはウェストウッド村の近くの森に生っている桃りんごを、せっせと採っていた。
 その理由は、言わずもがな食料の確保という面もあるのだが、
(シュウさんに、わたしの……何ていうか、存在みたいなのをアピールしておかないと……)
 という、下心と言うには少々可愛気のある動機も含まれていた。
 ハッキリ言ってしまうが、ティファニアはシュウに対して恋心を抱いている。
 だが、ここ最近のシュウは自分の母代わりであり、姉代わりでもあるマチルダと接近する機会がやたらと多く、前々から『もしかしたらあの二人は……』などと怪しんでいたティファニアとしては、ここで自分を押し出す必要性を感じたのだ。
 しかも、今回は二人っきりで長期行動していると来た。
 チカに監視役兼歯止め役を命じはしたものの、アレが役に立つとは言い難いし。
 ここは帰ってきたシュウに桃りんごのパイでも作ってあげて、印象を良くしておかねばなるまい。
 などと考えていると。
「ティファニアお姉ちゃん!」
「テファ姉ちゃーん!!」
 ウェストウッド村で一緒に生活している、家族のような子供たちが自分のところに走ってやって来た。
 子供たちはぞろぞろと連れ立って、一斉にティファニアに向かって来る。
「あらら、どうしたの? ジャック、サム、ジム、エマ、サマンサ、みんな勢揃いして。何かあった?」
 この子供たちには、ウェストウッド村の近くに自生している食事用の野草や豆などを採ってくるよう、お願いしておいたのだが。
 どうしたのだろう。
「なんだかエマが変なんだ」
「エマが?」
 言われて、子供たちの中で一番小さい少女に目を向ける。
 しかし見たところ怪我などはしていないようだし、他の子供たちにいじめられたのなら、その『他の子供』からわざわざ『なんだか変なんだ』なんて申告があるはずもない。
 更によくよくエマを観察してみると、自分に何かがあったと言うよりは、何か『言わなければいけないけど、言いにくいこと』を抱えている―――そんなように見えた。
(直接聞くのが一番ね)
 ティファニアは桃りんごの採取を中断し、ゆっくりエマに近付くと、膝を曲げて視線を彼女と同じ高さにする。
「あの……」
「怖くないわ。言ってごらん」
 優しくエマに話しかけるティファニア。
「森で、森でね……」
「森で、どうしたの?」
「イチゴつみに行ったら、見つけたの」
 そのエマの言葉を聞いて、周りにいた少年たちが騒ぎ出す。
「なんだよ! エマ! そういうことはまず、おれたちに言えよ!」
「どうしてだまってるんだよ!」
「だって、こわくて……。血だらけで……、ふぇ……」
 どうやら『面白そうなものを見つけた』ということを黙っていたのが気に入らないらしく、少年たちは強い口調でエマを責める。
 そんな状況に泣きそうになるエマだったが、そこでティファニアが少年たちをいさめた。
「みんな、エマにやいのやいの言わないで。……それでエマ、どうしたの? お姉ちゃんに話してごらん?」
「……た、たおれてる人がいたの」
「また?」
 ティファニアの表情が少し暗いものになる。
 ここ最近、戦争の主舞台がアルビオン大陸に移行してから、このように怪我をして行き倒れている人間は多かった。
「きっとアレだよ! せんそうだよ、せんそう!」
「ねー!」
「朝に、森の近くの道を、ぎかいのぐんたいが通っていったもの!」
 ティファニアは子供たちにとって戦争が日常となりつつあることに顔を曇らせつつ、エマに続きを促した。
「エマ、どこ?」
「こっちなの」
 ティファニアはエマの案内で、自分にとっては庭も同然である森を進み、その後に子供たちが続く。
 そうして歩くことしばし。
 彼女たちは、大きな木に背中から寄りかかるように倒れている金髪の少年を見つけた。
 しかもその隣には、
「……モグラ?」
 巨大なモグラが、その少年を守るようにして周囲を警戒していた。
 何だろう。
 この少年の使い魔とか、護衛のガーゴイルだろうか。
「とにかく、様子を見てみないと……」
 ティファニアたちは少年とモグラに近付いていく。
 モグラも最初は彼女たちに対して警戒の色を見せていたが、すぐにこっちに敵意や危害を加える気がないということを察してくれたようで、すんなり退いてくれた。どうやらかなり知能が高いらしい。
「ありがとう、モグラさん」
 巨大モグラに礼を言いつつ、金髪の少年の胸に母親譲りの長い耳を当てるティファニア。
 シュウやマチルダなら手首に少し触れるだけで脈の状態が分かるのだろうが、あいにくと彼女はそんな技術を持ち合わせてはいないため、こうやって直接耳を胸に押し当てるしかないのだ。
「……まだ息は残ってる。でも、傷は深いわ。急いで手当てしないと」
「ティファニアお姉ちゃん、治せるの?」
「ばか! ティファニアお姉ちゃんに治せないケガなんかないんだよ! 知ってるだろ?」
 子供たちがそう言ってくれるのは嬉しいが、そのケガを治すためにもまずはこの少年を運ばねばならない。
「村に運びましょう。モグラさん、この人を背負ってわたしたちの後に付いて来て欲しいんだけど……出来る?」
「モグ」
 ティファニアの問いかけに、モグラは力強く頷いた。
 そして彼女たちは、傷だらけの客人を連れて自分たちの村へと戻っていく。
 その途中、ティファニアはモグラに背負われている金髪の少年をもう一度よく見てみた。
「この辺じゃあんまり見ない服ね。外国人……ゲルマニアかトリステインの人かしら?」


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