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三重の異界の使い魔たち-09


~第9話 勇気と闘いと覚醒と(前編)~

「ふぁーぁ……」
 午前の授業が全て終わると、才人は大きく欠伸をした。
「ほとんど寝てたな、お前」
「結局、起きてたの最初の授業だけだったね」
 それに、ムジュラの仮面とナビィが呆れた声を掛けてくる。
「先生たちが、苦虫を噛み潰した顔をしてた」
 更には、ご主人様たるタバサにまで言われてしまった。流石にばつが悪くなってきて、誤魔化しの
ように頭を掻く。
「やっぱり、井戸で顔洗っただけじゃ目覚めきれなくてさ」
 あいまいな笑みを浮かべながら、才人は続けた。
「魔法の授業なんて面白そうだし、俺もできたら起きてたかったんだけど」
 溜息を1つつく。地球では受けられるはずがない、魔法に関する学問。好奇心の強い才人としては、
それを寝過してしまったのは結構な無念だった。
 タバサは、そんな才人を呆れた風に一瞥するが、特に言及はしなかった。無関心な様子に寂しい
ものはあるが、眠い理由を聞かれても困るので今はありがたい。

「まあ、お陰で午後は寝ないで済みそうだよ」
「また寝るようなら、ニワトリの声でも聞くか?」
 皮肉っぽくムジュラの仮面が言えば、ナビィがくすくすと笑う。
「なんだよ、ナビィまで笑うことないだろ」
 憮然とする才人に、ナビィは答えた。
「ごめんね。ちょっと思い出しちゃって」
「? 何を?」
 未だ羽を小さく震わせながら、青い妖精は続ける。
「サイトの名前、多分コジローと同じ系統の名前でしょ」
「ああ……って、ナビィの世界にもそういう名前の人がいるのか?」
 異世界にも、日本風の名前の人物がいるらしい。そう思うと、外国で日本のものを見る様な
感慨が湧いてきた。

「ううん、ヒトじゃなくてニワトリ」
「なんでだよ!」
 かと思いきや、続いた言葉にがっくりとくる。その一方で、タバサが何かを考える様な仕種で
才人を見やる。
「……ニワトリにつける名前?」
「だから、違うって!」
 妙な誤解をするタバサに、日本人を代表して否定した。すると、タバサは納得してくれたらしく、
小さく頷く。その動作はなんとなく小動物を思わせ、少し心が和んだ。それからすぐに、彼女が
ノートに何事かを書いているのは、気にしないことにしよう。

「まあ、とにかく昼食だな」
 ずっと寝ていたせいか、それほど空腹感はない。しかし、厨房の方へ近づく程に香ってくる
かぐわしい匂いに、食欲が湧いてくるのを感じた。

「ヒラガ、オレは別行動させてもらうぞ」
「は? なんで?」
 怪訝とムジュラの仮面を見返す。
「オレはどうせ飯は食わないからな。昼休み中は、ここを色々見て回りたい」
「ワタシも一緒に行く。ムジュラと一緒で、ご飯食べないし」
 ナビィにまで別行動を申し出られ、才人はぼやいた。
「おいおい、俺1人かよ」
 これまでずっと使い魔3名で行動を共にしていたので、少し寂しくなってくる。目敏くそれに気が
ついたムジュラの仮面が、意地悪気な光を眼に宿した。
「なんだ? 心細いか?」
「な、誰がっ」
 図星を刺され、才人は思わず言い返した。負けず嫌いの性である。それにナビィがまたも小さく
笑い、タバサまでもがぽつりと呟いた。
「寂しがり屋」
「違うっての、ったく」
 さっきから、からかわれっぱなしだ。なんとなく面白くなくて、つい言い返すように口を開く。
「大体、寂しがり屋ったらタバサだって」
「?」
 そこまで言うと、才人は慌てて言葉を切った。昨夜、両親を呼びながら泣いていた、タバサの
寝言。あれを聞いていたと知られたら、かなり面倒だ。
「な、なんでもないなんでもない! ほら、タバサはあっちの貴族用の食堂だろ! 俺はあっち
だから!」
 誤魔化し混じりに、タバサの背をアルヴィーズの食堂へと押し出す。そして、自分は逃げる様に
厨房の方へと駆けだすのだった。

「こんちはー」
「あ、サイトさん!」
 厨房のドアをくぐると、真っ先にシエスタが気付いてくれた。洗い物をしていた手を拭い、
笑顔で駆け寄ってくる。
「よ、シエスタ」
「こんにちは、サイトさん。ナビィさんとムジュラさんは?」
「ああ、あいつらは飯食わないからさ。別行動だよ」
 そうなんですか、とシエスタは頷いた。
「昼飯もらえる?」
「はい、用意できていますよ」
 言うなり、シエスタは才人をテーブルへ案内してくれた。そこには、焼きたてのパンと熱々の
シチューが、香ばしい芳香を立ち昇らせている。
「お、昨日と同じシチューか」
「ええ、お嫌でしたか?」
「いや、全然。美味そうだよ」
 言うが早いか、才人は席に着いた。次いで、手を合わせた「いただきます」もそこそこに、
スプーンを手にしてシチューを口にする。
「うん、やっぱり美味い!」
 一口飲むや否や、感嘆の声を上げた。昨日夕食に出されたものと少し味が違う気がするが、
それでも十分に美味だ。
「ふふ、よかった」
 すると、何故かシエスタが照れたように笑う。
「実は、今日の賄い、私が担当なんです」
「え? じゃあ、このシチュー」
「私のお手製ですよ」
 言って、シエスタは悪戯っぽく胸を張ってみせた。そうすると、清楚なメイド服の下にある
だろう、彼女の二つの丘が強調されてしまう。健康な青少年である才人は、それを見逃したりは
しなかった。

――シエスタ、結構着やせするタイプ?
 1人眼福を得ていると、シエスタが首を傾げた。
「サイトさん?」
 不思議そうに自分を見つめる彼女に、ようやく我に返る。
「いや、なんでもないよ!」
 言って、食事を再開する。なにか、さっきから誤魔化してばかりだ。少し自己嫌悪でへこんで
いると、シエスタが声を掛けてくる。
「サイトさん、随分綺麗な食べ方をされるんですね」
「ん? そう?」
 聞き返してみれば、黒髪のメイドは頷いてみせた。
「はい、なんだか、貴族のご婦人みたいな食べ方です」
「ゴフジン……男じゃなくて?」
「はい、貴族の男性の方は、食事は自由に食べておられますし」
 へえ、と才人は相槌を打つ。才人としては、それほど行儀良くしていたつもりはなかったのだが。
ただ、西洋風のこの国では、スープやシチューの様な汁ものは、音をたてたらまずいだろうと
気を付けていただけだ。
 しかし、シエスタの話からして、こちらではそういう食事のマナーがあまり重視されていない
らしい。妙に気張っていた自分が、少し莫迦らしくなった。

「あ、いえ! サイトさんの食べ方が変だっていうんじゃないんですよ!? どっちかっていうと、
行儀よく食べれてすごいなって思いますし!」
「あはは、ありがと」
 慌ててフォローするシエスタに苦笑すると、ふと気がついた。

「あれ? シエスタや他の人らは? 食べないの?」
 見れば、テーブルに着いているのは才人だけだ。他は、誰も昼食をとっていない。そういえば、
朝食や昨日の夕食も食べていたのは自分だけだった気がする。
 怪訝としていると、シエスタが苦笑を洩らした。
「私たちはまだ仕事中ですから。食事に入れるのは、貴族の方々が食事を終えられてからです」
「そうなのか」
 言われて、納得する。食事時といえば、厨房が最も忙しい時間帯のはずだ。コックたちは
追加注文やら何やらに対応しないといけないだろうし、シエスタたちメイドは配膳で忙しいだろう。
調理場の方を見てみれば、やはりマルトーたちがせわしなく動き回っていた。喧騒をたてている
わけではないが、その光景は戦場と例えて差し支えあるまい。何故今まで気付かなかったのかと、
才人は軽く自分に呆れた。ムジュラの仮面に、鈍いといわれても仕方がない。

「それでは、私も仕事に戻りますね」
「あ、うん」
 答えるものの、才人はなんとなく居心地が悪くなった。日本人的真理というべきか、人が
働いている傍で休んでいると、どうも落ち着かないのだ。
「シエスタ!」
 だからだろう、気付けば彼女の背に声を掛けてしまっていたのは。
「はい、どうしました?」
「あのさ、これ食い終わったら、何か手伝うよ」
 振り返ったシエスタにそう言えば、メイドの少女は不思議そうな顔をした。
「いえ、サイトさんは使用人じゃありませんし、そんなことされなくても」
「んー、まあ、そうなんだけどね。なんとなく、皆が働いてる中、飯食ってるってのも……」
 言いながら、自分の言葉が変であることを自覚していく。本来、厨房で働いているわけではない
才人が、シエスタたちに気兼ねする道理はないのだから。しかし、理屈と感覚は別だ。
 この微妙なそわつきをどう伝えたものかと才人が悩んでいると、不意にシエスタが小さく笑う。
「今朝のことといい、サイトさんは親切ですね」
「え? いや、そんな」
「判りました。それじゃあ、お言葉に甘えちゃいましょう」
「お、おう、任しとけ!」
 とりあえず、胸を軽く叩いてやる気を表現。それに、シエスタはお願いしますね、と微笑む。
そして、一礼の後に去っていく彼女の背を見送ると、とりあえず食事を再開することにした。

「んで、ケーキ配りか」
 ケーキの乗った盆を持ちながら、才人は独りごつ。才人に任された仕事は、シエスタのアシスタントだ。
才人がケーキを配り、シエスタがお茶の給仕をしている。
 シエスタがお茶を注ぐ横に立ちながら、才人は軽く周りを見てみた。そこで、シエスタの言葉が
正しかったことを知る。
 貴族の、生徒たちの食事は、才人が思っていた程優雅なものではなかった。女子の方はまあまあ
綺麗に食べているものの、男子の方はこれといったマナーを感じさせない。普通に食器で音を立てて
いるし、こぼしたりもしている。ぶっちゃけひどかった。こちらの世界では、テーブル・マナーが
まだ確立されていないのかもしれない。
 軽く呆れていると、少し離れたテーブルにタバサが座っているのが見えた。キュルケが時折
話しかける横で、ほとんど黙々と料理を口に運んでいる。
――ご主人様にはサービスとか、やってもいいもんかな?
 盆の上の、心持ち大きいケーキを見ながら、そんな考えが浮かんだ。

「うわっ!?」
「あっ、すんません!」
 そうやって気を散らせていたのがよくなかったのだろう。手が滑って、ケーキをテーブルに
落としてしまった。更にいえば、そこから飛び散ったクリームが、直前の生徒の服を汚してしまった。
「何をするんだ、平民! 貴族の衣を汚すとは」
 憤慨する生徒に才人は頭を下げようとするが、その前に生徒が何かに気付いた様な顔をする。
「ああ、よく見れば、雪風が召喚した平民か?」
 嫌味っぽい笑みを浮かべたその生徒は、いやらしい声で才人に聞いてきた。
「はい、そうですけど」
 小莫迦にした様な言葉に少しむっとするが、悪いのは自分の方なので素直に応える。すると、
その生徒は嘲りの態度を強めた。
「ははは、まったく。平民を召喚するだけでもお笑い種なのに、配膳も満足にできない無能が
使い魔というわけだ」
 眉間にしわが寄っていくのを感じる。失態を犯したのは確かだが、ここまで侮辱することはない
だろう。その上、タバサのことまで莫迦にしているのが余計気に入らない。
「他の使い魔も変な仮面に妙なホタル。メイジのパートナーたる使い魔を呼び出す神聖な儀式だと
いうのに、3体も呼び出すなんて真似をしただけでは飽き足らず、呼び出したものはおかしなもの
ばかり。全く、何を考えているのやら」
――それはタバサのせいじゃないだろ!
 思わず、そう叫びかけた。すんでにこらえられたのは、心配そうに自分を見るシエスタの顔が
見えたからだ。それとともに、どうやらこの生徒は、自分というよりもタバサに悪意を抱いて
いるらしいと気が付く。
 このまま黙っていていいのか、主人への悪口くらいは何か言い返すべきじゃないか、と才人は
悩むが、次に発せられた言葉に、全てが吹き飛んだ。

「所詮、親の顔も知らないだろう庶子のやることというわけだ」

 その次の瞬間、その生徒の顔面に赤い液体がぶちまけられる。
「てめえ、今何て言った」
 次いで、ゴブレットを片手にした才人が口を開いた。その声の低さは、自分でも驚くほどだ。
 一方、ワインを顔いっぱいに浴びたその生徒は、しばらく呆然としていた。しかし、やがて何が
起きたのか理解したらしく、激昂する。
「貴様! 今、自分が何をしたか判っているのか!?」
 椅子から立ち上がって睨みつけてくるが、才人は全く怯まない。ケーキの盆をテーブルに置くと、
皮肉っぽく肩をすくめてみせた。
「莫迦みたいに大口開けてのたまってるから、のどが渇いたんじゃないかと思ってね」
 挑発するように、軽口をたたく。基本的に負けず嫌いな才人は、気に入らない相手にはつい喧嘩腰に
なってしまうことが多いのだ。悪い癖だとは思っているが、今この瞬間にはありがたい。
 片や、相手はその反抗的な態度に一瞬訝しむが、すぐに大仰に腕を広げて呆れた風に言った。
「流石はあの庶子の使い魔だ。貴族に対する礼儀をまるで心得ていないとは」
「タバサは関係ねえだろうが!」
 怒鳴るが早いか、相手の胸倉に掴みかかる。それだけ、この生徒の言葉は許せない。相手の方も、
乱暴に才人の手を振りほどき、眼を怒りで爛々と光らせる。

「どうやら、少し礼儀というものを手ほどきする必要があるようだ」
 気取った風に髪を掻きあげ、嫌味な生徒が杖を突きつけてきた。
「少し躾(しつけ)をしてあげよう。君の主では、満足にできそうにないだろうしね?」
 相変わらずタバサへの侮辱も含める相手に怒りが募るが、今はとりあえず黙っておく。喧嘩を
売ってきたというのなら、好都合だ。思い切り殴り飛ばしてやる。
「ここでやるのか?」
「ふん、伝統あるアルヴィーズの食堂を、平民ごときの血で汚せるか」
 鼻で笑いながら、相手は杖を懐にしまった。まずワインまみれの顔拭けよ、と少し思ったのは
内緒だ。自分がぶっかけたのだが。
「ヴェストリの広場でやるとしよう」
 皮肉気に才人を一瞥すると、その生徒は踵を返し、食堂を出ていった。
「おい、なんだか面白いことになったな!」
「昼休みは決闘ショーだ!」
「無礼で無知な平民ね、懲らしめられればいいわ」
 一拍おいて、周囲がざわめきだす。そこから感じ取れるものは、好奇や興奮といった感情ばかりだ。
自分の喧嘩が見世物扱いされて癪(しゃく)に障るが、それはまあいい。今は、あの嫌味ったらしい
男を殴るのが先決だ。

 才人は喧嘩相手の後を追うべく、意気も高らかに食堂を出ようとする。しかし、不意に誰かが
腕を掴んできた。見れば、シエスタが青い顔で自分を見つめてくる。
「こ、殺されちゃう……」
「え?」
 言いながら、いやいやをするようにメイドの少女は首を横に振った。その瞳には、うっすらと
涙さえ浮かんでいるようだ。
「行ったら、サイトさん、殺されちゃいますよ!」
 先程よりも強い声で、シエスタは訴えてくる。それを聞くと、自然と笑みが浮かんだ。
「いや、大丈夫だよ」
「大丈夫なんかじゃありません!」
 震えながらも、シエスタが叫ぶように言う。
「貴族を本気で怒らせたら……」
 尚も自分を止めようとする彼女に、今度は苦笑が漏れる。シエスタの様な可愛い女の子が心配して
くれるというのは嬉しいが、幾らなんでも大げさすぎる。
 あんないかにも温室育ちといった風情の相手に負ける気はしない。才人もそんなに強いわけでは
ないが、それでもあんな軟弱そうなぼんぼんが自分よりも強いとは思えなかった。
 以上、自身の主観では負ける要素がないため、才人に喧嘩を止める意思はゼロだ。その旨を
シエスタに伝えると、今度は何故か恨めし気な眼で見られてしまった。
「サイトさんの莫迦っ!」
 次いで、耳許で思い切り怒鳴られてしまう。耳鳴りがキーンと響く中、シエスタは何処かに走って
行ってしまった。

「なんなんだよ……」
 耳を叩きながらぼやいていると、今度は小柄な影が自分の前に立ちふさがる。
「ん、タバサ?」
 呼んだ通り、そこに立っているのはタバサだ。隣には、キュルケも立っている。
「見てた」
「見てたって、さっきの?」
 聞いてみれば、タバサはこくりと頷いた。
「行っちゃダメ」
「なんだよ、タバサまで」
 今度は、主にまで制止を受ける。自分はそこまで弱く見えるのだろうか。可愛い女の子2人に
侮られ、才人は苦笑を通り越して憮然とする。
「貴方では勝てない」
「いや、勝てるよ、あんなひょろそうなの!」
 そんな怒りも何処吹く風と続けるタバサに、思わず語気を強めた。すると、キュルケが呆れた様に
溜息をつく。
「サイト? 自信がおありみたいだけど、どう戦うつもり?」
 才人は首を傾げた。
「どうやってって、やっぱ先手必勝っていうか、一気に殴りかかるつもりだけど」
 そう答えると、キュルケはますます呆れたとばかりに肩をすくめた。
「サイト、私たちは何?」
「はあ?」
「いいから答えて」
「いや、魔法使いだろ……あっ!?」
 言ってみて、才人ははっとする。すると、目の前の2人はまた溜息を零した。

「判るでしょ? 私たちはメイジ、もちろんさっきのあいつもね。当然、決闘には魔法を使って
くるわ。魔法を使えない貴方に、勝てるのかしら?」
 言われて才人は口をつぐんでしまう。頭に血が上って、そのことを失念していた。メイジの魔法は
空を飛ぶ“フライ”や錬金、ディテクト・マジックくらいしか知らないが、それでも攻撃的な魔法は
色々あるだろう。さもなければ、シエスタがあそこまで怯えるはずはない。

 不安が湧いてくるのを察してか、タバサがまた口を開いた。
「謝った方がいい。それで解決する」
「いや、でも……」
 反論しようとするも、タバサに見つめられると言葉が出ない。自分が不利だからといって、あんな
相手に頭を下げるのは嫌だ。そう言いたいのだが、何やら自分を見る青い瞳が放つ威圧感がそれを
許さなかった。その上、考えてみると元々は自分が悪いのだ。
 謝った方がいいのかという考えと、負けたくないという想いが葛藤し、声を出すに出せずにいる。
そうして口をもごもごさせていると、やがてタバサの次の言葉が耳に届いた。
「私も謝る」

 瞬間、才人は目を見開く。
「ま、待てよ! なんでタバサまで謝るんだよ!」
「貴方だけでは多分納得しない。私も謝れば気は済むと思う」
 淡々と言うタバサ。その瞳には、何の感情も感じられない。しかし、才人にはタバサの言葉が
信じられなかった。
――俺のせいで、タバサが謝る? あんな奴に?
 それを考えると、才人は頭がすっと冷めていくのを感じた。同時に、この上なく熱くなっていく
ことも。
「やっぱ、俺行くよ」
 途端、タバサから送られる視線が迫力を増した。よくも表情を動かさずに鋭さを増せるものだ。
 変なことに感心している間もなく、タバサが聞き返してきた。
「どうして?」
 無機質な、それでいて冷たい声が鼓膜を震わす。思わず息を飲むが、それでも才人は言い放った。
「あいつは、タバサを庶子って言った」
 それが答えだとばかりに、才人はタバサを真っ直ぐに見つめ返す。

 “庶子”――それが正式な夫婦から生まれたわけではない子どもを指す言葉であることくらいは、
才人も知っていた。だからこそ、その発言が許せなかった。
 才人は、タバサのことを知らない。会ったばかりの、この小さな少女のことを、何一つ。何処で
生まれ、どんな風に育ってきたのか。どんな暮らしをして、何をしてきたのか。
 そして何より、どんな家族と過ごしてきたのか――才人は、全く知らないのだ。
 けれど、タバサは昨夜泣いていた。父のことを思いながら、母のことを呼びながら――両親の
ことを夢に見ながら、泣き続けていた。
――そんなタバサを、あいつは庶子って言った……!
 才人は、タバサのことを知らない。本当に庶子なのか、違うのか、それすらも。しかし、知っている
ことも確かにある。タバサが、夢に見る程、両親のことを考えているのだということを。昨夜見たあの
涙は、両親のために流した涙であることを。
 それを知っているからこそ、知ったからこそ、あの貴族から逃げるわけにはいかない。

「確かに俺は魔法使えないよ」
 言いながら、才人はタバサの頭を撫でる。
「だけど、絶対に勝つから。心配するなって」
 きっぱりと言い切り、小さく笑ってみせた。確かに、魔法が使える相手の方が有利かもしれない。
けれど、どっちに分があるかは、この際関係なかった。重要なのは、自分があの貴族を許せないと
いうことだ。それさえはっきりしていれば、不思議と不安は消えていった。ムジュラの仮面による
力の昂りを経験し、気が大きくなっていることも、その一因だろう。
 一方、そう言われたタバサは、無言のまま才人を見据えてきた。その様子は無表情ながら、何処か
戸惑っているようにも見える。
「好きにして」
 ややあって、小さな呟きが聞こえてきた。それにキュルケが驚き、タバサに振り返る。
「おう!」
 一方で、主の許可を得た才人は力強く答えて見せた。次いで、拳を握ってヴェストリの広場へと
向かう。
 自分の小さなご主人様を侮辱した相手に、その償いをさせるために。



「あっ、ちょっと、サイト! ……行っちゃったか」
 キュルケが言う通り、サイトは既に食堂を後にしていた。それを見てとれば、キュルケが気遣わしげな
目を向けてくる。
「タバサ、いいの? 相手はラインのメイジよ、サイトに勝ち目があるとは思えないけど」
 心配そうな親友の声に、短く答えた。
「危なくなれば止める」
 そう言うと、キュルケはまた肩をすくめた。

 そう、キュルケの言う通りだ。サイトが喧嘩を売った相手は、一応ラインクラスのメイジ。平民の、
それも武術の心得なんて何もないだろうサイトに、勝算があるわけはない。あの勝つという言葉も、
何の根拠もない戯言にすぎないはずだ。
――でも……
 それなのに、タバサはそうだと断じることができなかった。状況を考えて、サイトが勝てる確率は
無に等しいのに、何故かそう言い切ることができなかった。
――どうして……?
 自分に問い掛けてみる。自分も、勝ち目のない戦いに身を置く身だから? だから勝利を信じる
彼の姿を、否定したくない? 違う気がした。それもあるのかもしれないけど、きっと大事なのは
そこじゃない。では、一体何故なのだろうか。
 答えを出せないまま、我知れず髪へと手を伸ばす。さっき、サイトが撫でた辺りの髪を。
「……」
 無言のまま、髪をいじる。その行為に、何か意味があるわけではない。ただ、それを直前に
触れた者の温もりが、微かに残っている気がした。



「諸君、決闘だ!」
 才人がやってくると、相手の貴族はそう宣告した。途端、周囲のギャラリーたちが大いに沸く。
昨日、ムジュラの仮面の力を試したヴェストリの広場は、決闘の噂を聞いた生徒たちで溢れていた。
あの時の淋し気な雰囲気とは、大違いだ。
 ちなみに、昨日作ったクレーターは、ちゃんと埋め直してある。

 そして、観客たちが作る円の中で、ついに才人は相手と対峙した。
「おやおや、遅いから逃げだしたかと思ったけれど、どうやら逃げる知恵もなかったようだね」
 相変わらず毒を吐く相手に、才人は負けじと言い返した。
「待たせて悪いと思う程の相手でもねーし」
 吐き捨てる様に言ってやれば、相手は眉をひそめながら杖を取りだす。
「つくづく口が減らないな。これだから下賤な平民は」
 ぶつぶつ言いながら、嫌味な相手は大仰な仕種で得物を振って見せた。
「平民ごときに名乗ってやるのもどうかと思うが、これも作法だ。僕の名はヴィリエ・ド・ロレーヌ。
君に躾を施してあげよう」
 言うが早いか、相手の生徒、ヴィリエの方から、徐々に風が吹き始めた。ねっとりした感じの、
嫌な風だ。それを受けながら、才人はルーンの刻まれた左手を掲げ、同じく名乗りを上げる。
「雪風のタバサの使い魔が一、平賀才人! 行くぜ!」

~続く~


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