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ルイズと夜闇の魔法使い-24



 ほぼ一日中グリフォンを走らせていたこともあり、ルイズ達は陽が沈みきった頃合に港町ラ・ローシェルに辿り着くことができた。
 幻獣を世話できる貴族御用達の宿で手続きを済ませると、三人はアルビオン行きの船を都合するべく『桟橋』へと向かう。
 『桟橋』の窓口でワルドがその旨を伝えると、返ってきた答えはこうだった。
「……船が出せないだと?」
 ワルドが眼を細めてそう言うと、いかにも事務職らしい、細表の男は僅かに怯えた表情を見せた。
「は、はい。少々事情がありまして」
「スヴェルの夜だというのだろう? その分の料金は上乗せする。言い値でも構わん。今すぐ出せるフネを手配してくれ」
 凄むようにデスクを指で叩き、ワルドが促した。
 しかし男は首を左右に振ると、申し訳なさそうに口を開いた。
「いえ、それとは別に事情がありまして。とにかく、来週……次の虚無の曜日にならないとどのフネも出せません。……というか、」
 出さないでしょう、と彼は萎縮交じりに漏らした。
「ちょっと、どういう事なのよ。来週までフネが出ないなんていくらなんでもおかしいわ」
 隣に控えていたルイズが身を乗り出して男に詰め寄ると、同じ貴族とはいえ女の子を相手にしたためかいくらか緊張を和らげた男が頭をかきながら答える。
「……『凶鳥(フレスヴェルグ)』が出るんです」
「『凶鳥』?」
 ルイズはワルドを見上げるが、彼はルイズに眼をやると肩を竦めて見せる。どうやら知らないらしい。
 改めて彼女が男に向き直ると、彼は嘆息しながら語り始めた。

 ――約三ヶ月ほど前から、アルビオンを行き来するフネが消息を絶つという事件が相次いで発生した。
 そしてその一週間ほど後から、そのフネの航路上にある山野やトリステイン沿岸で消息不明のフネの残骸や積荷などが発見されだしたのだ。
 乱気流などが起きるような天候の変化はなかったし、フネを酷使して整備が不十分だったという事もない。
 事故が起こる要因はほぼ存在せず――何よりもそれが起こる件数が多すぎる。
 つまりは、アルビオンに向かう……あるいはアルビオンから来るフネを狙って襲撃する『何か』が存在しているのだ。

「それが『凶鳥』とやらか。空賊の類か?」
 ワルドが顎に手を添えて呟くと、受付の男は力なく首を振って否定する。
「おそらくないでしょう。その、不謹慎な言い方になりますが、陸の盗賊と違って海賊や空賊は『紳士的』ですから」
 空や海ではその乗るフネが沈めばその乗員が助かる可能性は限りなく低くなる。
 そんな場所で生きる『船乗り』の矜持とでもいうのだろうか、海賊や空賊は他のフネを襲撃し略奪はしても沈めることはほとんどないのだ。
 かつてトリステイン・ガリア間の航路を荒らし船舶を沈めていた悪逆極まった海賊が、別の派閥の海賊達によって沈められるという事例すら存在している。
 ゆえに通常では、航海中に賊の類に襲われた場合はよほど防衛に自信がない限りは、大人しく捕まってしまった方が命を守る観点で言えば陸上のそれよりも安全なのだ。
「そもそも、ソイツは略奪だとか要求だとかは一切ないらしいですよ」
 空の上で行なわれる凶行ゆえに生存者はほとんどいないが、奇跡的に生き残ったメイジの話によるとソレは唐突に現れてただ一方的にフネを襲撃し、そして一方的に蹂躙したのだという。
 混乱した状況ゆえにソレが具体的にどのようなモノであるのかも杳として知れない。
 ただ、生き残ったメイジが沈んでいくフネの中から、不可思議な光の尾を曳いて飛び去るソレの姿を見ていたそうだ。
 ゆえに付いた字名が『凶鳥(フレスヴェルグ)』なのである。

「……飛び去る?」
 奇妙な言い回しにルイズが首を捻ると、男は小さく首を振って肩を竦めて見せる。
「らしいです。もっとも、そのメイジは精神的にかなりキてたそうで……いくらメイジとはいえ地上数千メイルに身一つで放り出されたんですから無理もないですが」
「確かにぞっとしないな……」
「アルビオンで反乱起こしてる貴族派……レコン何とか言う奴等の新兵器なんじゃないかって噂ですけど。
 どっちのフネもお構いなしらしいですから、手の打ちようがありません」
「……どちらも? それは貴族派にも物を流しているという事か?」
 ワルドが眼を光らせて言うと、男はあっと呻いて顔を青ざめさせた。
 無言で睨みつけるワルドに男はせわしなく視線を彷徨わせたが、やがて開き直ったように上擦った声を上げた。
「と、とにかく! 他の港はともかくここのフネは週一で船隊を組んで動かすことにしてるんですよ! 軍が護衛をよこしてくれりゃあそんな事せずにすむんですけどね!」
 なかば逆切れのように男がワルドに向かって叫ぶと、所属はともかく軍に身を置く彼は忌々しげに舌打ちするだけで男から眼を切った。
「どうしよう……来週まで待ってたら間に合わないわ」
 つい先日週が明けたばかりなので、次の虚無の曜日はあと四日ほどもある。
 それまで足止めされていては柊達に追いつくどころか王党派自体が戦争に敗れなくなってしまいかねない。
 ルイズが不安げに漏らすと、それまで脇に控えていたエリスがおずおずと声を上げた。
「あ、あの……私達が乗ってきたグリフォンではアルビオンに行けないんですか?」
 エリス個人としては足止めされるのはむしろ願ったりといった所なのであるが、三人の総意としてアルビオンに行くことが決まっているのでとりあえず案を出してみる。
 それを聞いたルイズは期待交じりにワルドに視線を向けたが、彼は軽く肩をすくめて首を振った。
「グリフォンでは無理だな。アルビオンから降下するのならともかく、あの高度まで上る事ができるのは竜種ぐらいだろう」
 ルイズは落胆も露に肩を落とす。
 ワルドはそんな彼女を宥めるように彼女の肩に手を置くと、二人の少女に向かって言った。
「二人は先に宿に戻っていてくれ。一日中飛び続けて疲れているだろうし、食事もまだ取っていないからね」
「……ワルド?」
「停泊しているフネの方に直接かけあってみるよ。ここで息巻いていても話にならない」
「え。いや、しかしそれは……」
 話を聞いていた受付の男は僅かに尻込みしながら呻いたが、ワルドは彼を睨みつけた後これ見よがしに腰に差した杖に軽く手を置いてみせる。
 顔面を青くして凍りついた男に、彼は低い声で漏らした。
「あいにく我々は物見遊山でアルビオンに渡る訳ではないのだ。さっさと案内してもらおう」


 ※ ※ ※


 その後ルイズとエリスはワルドに押し切られる形で『桟橋』を後にすることになった。
 宿に戻って食事を取り、二人は部屋へと上がる。
 ワルドの計らいで二人は相部屋だったが、状況や経緯もあいまって二人はほとんど会話をしなかった。
 エリスはソファに座り込んでただじっと床を見続け、ルイズは窓際の椅子から町並みをじっと見続けていた。
 お互いに顔をあわせることはほとんどなかった。
 ただ、互いに互いを気にはしているようで時折ちらちらと相手の様子を疑い、稀に視線が合ってしまい慌てて目をそらすという気まずい空気が充満していた。
 一種の拷問にも近い時間がどれほど流れたのだろうか、その空気に耐えられなくなったのかルイズが大きく嘆息してエリスに声をかけた。
「……まだアルビオンに行くの、反対なの?」
 エリスははっとしてルイズを見やり、僅かに視線を彷徨わせた後ぽつりと返す。
「正直に言えば、反対です。私達が追いかけなくても柊先輩ならちゃんと任務を果たしてくれますから……」
 それを聞くとルイズは端正な眉を軽く持ち上げ、やや表情を硬くする。
「……わたしは、貴女ほどヒイラギに信頼を寄せている訳じゃないの。そりゃあ確かに、フーケのゴーレムを倒したりして強いっていうのは認めるけど。
 でもこの国の将来を左右するほどの任務をアイツ一人に任せる事なんてできないわ」
「けど、王女様――王女殿下は、柊先輩に任せるっていってたじゃないですか」
「う」
 ルイズは言葉を詰まらせてしまった。
 エリスの言う通り、王女たるアンリエッタの判断がそうであるならその臣下たるルイズが異を挟むことなどできようはずがない。
 彼女にそうするよういったフール=ムールも王家と浅からぬ仲にあり常人を越える存在である事はわかっている。
 論議をこねるとルイズの方に分がなくなってしまうのだ。
 ルイズは苛立たしげに眉根を寄せどうにか反論しようとするが、上手い言葉を見繕えず口をぱくぱくと動かすことしかできなかった。
 じっとこちらを見つめてくるエリスの視線から逃げるように明後日の方向を見やり、ぐっと唇を噛んで――ルイズは諦めた。
「……水のルビー」
「え?」
「姫様がヒイラギに渡した指輪。貴女も見たでしょ?」
「はい。それは見ましたけど……?」
 なぜ今になってそれが出てきたのか分からずエリスは首を捻ってしまった。
 ルイズは眼をそらしたまま唇を尖らせて言葉を続ける。
「あの指輪が、わたしが虚無の系統に目覚めるために必要なの……多分」
 あれが出てこないまま王女の委任、という事になっていればルイズも憤懣やる方ないまでも同行するのを諦めていたかもしれない。
 しかし、普通に生活を送っていればまず接触する機会がないだろうそれを眼前に出されてしまった事で引く事ができなくなってしまったのだ。
 その情報源が奇しくもアンリエッタが訪れる発端となったフール=ムールなのだから、なおさらその信憑性が高まってしまった。
 これが彼女の言の通りの『巡り合わせ』なのだ、絶対に逃すわけにはいかない。
「な……だったら何でそう言ってくれなかったんですか!?」
 ルイズの言葉を聞いたエリスは思わず立ち上がり、彼女に一歩詰め寄った。
 するとルイズは気圧されたように身を反らし、エリスに眼をあわせないままばつが悪そうに漏らす。
「だ、だって、これはわたしの問題だし……」
 今までずっと一人でそうやってきたのだ。
 他人に頼るのは彼女の矜持が許さなかったし、そもそも『ゼロ』と呼ばれ嘲られてきた彼女にはそんな風に頼れる相手など実家にいる姉以外に誰もいなかった。
「それならなおさらあの時言ってた方がよかったじゃないですか! それなら柊先輩だって反対しませんでしたよ!?」
「そ、そんなのわかんないわよ!」
「わかります! そういう事情があるんなら柊先輩だって、私だって反対はしません!」
「えっ」
 物凄い剣幕で迫るエリスが放った言葉に、ルイズは思わず呆気に取られた声を出した。
 眼を丸めたルイズを見て少し落ち着きを取り戻したのか、エリスは大きく息を吐いてルイズの手を取った。
「ワルドさんの言ってた貴族の誇りとかは正直まだよくわかりませんけど……ルイズさんが魔法を使えるようになりたいっていうのは先輩も私もちゃんとわかってます。
 だから……反対なんてする訳ないじゃないですか」
「……」
 ルイズは言葉に詰まってしまった。
 詰まったのは喉に言葉が引っかかっただけではなく、胸の奥にも言葉にできない何かが詰まってしまったからだ。
 真摯に見つめてくるエリスの眼がなんだか妙に直視しにくい。
 そういう視線を向けられた事があるのは、実家にいる姉のカトレアに見つめられた時ぐらいだ。
 彼女にそうされた時は大抵無性に抱きつきたくなってしまうのだが、同年代のエリスにそうするのは流石に恥ずかしかった。
 ルイズは困ったように眉根を寄せて視線をさまよわせ、逃げるように眼を反らした後口を尖らせた。
 そして努めて平静を装って声を絞り出す。
「ま、まあ、何も言わなかったことについては謝ってあげるわ。でも、あんた達に言ったところで何かわかるとも思えなかったし……」
「それは……確かにそうですけど」
 ハルケギニアの事をろくに知らない柊やエリスがそれを打ち明けられても満足に応えられることはないだろう。
 実際に水のルビーがでてくるなどという事態を想定する事などできるはずもない。
 お互いになんだか気まずくなって沈黙が漂ってしまった。
 そんな空気を誤魔化すようにエリスは口を開いた。
「と、とにかく、そういう事情があったんなら私はもう反対しません。ルイズさんにとってもチャンスなんですから」
「エリス……」
 ようやく同意が得られてルイズの顔に少しだけ喜色が浮かんだ。
 そんな彼女に向かって、エリスは手を差し出した。
「ですから、とりあえず柊先輩に連絡を取りましょう」
「え?」
 差し出された手が没収した0-Phoneを要求している事に気付いてルイズは反射的に懐に手を伸ばした。
 しかしそれはエリスに0-Phoneを渡すためではなく――
「そ、それはイヤ」
「えぇ!?」
 ルイズは後ずさってエリスから距離を取り、身を隠すように背を丸めた。
「なんでですか!? 事情を話せば柊先輩は反対しないって言ったじゃないですか!」
「い、今更アイツにおもねって合流したいとか言うの!? イヤよそんなの、恥ずかしい!!」
「は、恥ずかしいとかそんなんじゃなくて! 黙って追いかけるよりも連絡取って合流した方が早いし安全ですし!」
「そんな事しなくたってワルドも一緒にいるし、目的地も同じなんだし、大丈夫よ!」
「合流した方がもっと大丈夫ですよ!」
「ダメ! 絶対いやーっ!!」
 子供のような駄々に焦れてエリスが詰め寄ると、ルイズは猫のように逃げ出しそうとする。
 反射的にエリスは手を伸ばしてルイズの纏うマントの端を掴み、お互いに引っ張られる格好になってもつれるようにベッドに倒れ込んだ。
「ルイズさんが話せないなら私が話しますから! 0-Phone返してくださいっ!」
「いやだったら――ひゃん!? どこ触ってんのよぉ!!」
「ご、ごめんなさ……きゃあっ!?」
 二人して奇妙な悲鳴を上げながらベッドの上で押し合い圧し合いを繰り返す。
 そんな風にしていると不意にやや強い調子でドアが叩かれた。
 絡み合ったルイズとエリスは飛び上がらんばかりに身体を強張らせると慌てて身体を離しドアに眼を向けた。
 少しだけの静寂の後、ドアの向こうからワルドの声が聞こえた。
「……すまない。少しいいかな」
「は、はいっ!」
 エリスがわたわたとベッドを降りてドアを開けると、帽子を目深に被ったワルドが所在なさげに立ち尽くしていた。
「一応ノックはしていたのだが……取り込み中だったかな」
「い、いえ、大丈夫です……!」
 二人は頬を赤く染め、慌てて乱れた服や髪を整え始めた。
 頃合を見計らうとワルドは気を取り直すように深呼吸し、話を切り出した。
「フネの件は話がついたよ。少々荒っぽくなってしまったが」
「あ、荒っぽくってまさか……」
「流石に刃傷沙汰を起こすことはないよ。ただまあ、恫喝と言われれば反論の余地はないがね」
 不安そうに見つめるルイズとエリスに彼は肩を竦めて苦笑を漏らした。
 安堵の表情を浮かべた二人にワルドは続ける。
「とにかく、フネの手配はできた。明日の夜明けと共に出航するから、今の内に休んでおいた方がいい。向こうに着いたらゆっくり休める保障がないからな」
「……わかったわ」
 頷いたルイズにワルドは満足気に一つ頷くと、次いでエリスに眼を向けた。
 そして彼は帽子を脱いで胸に当てると、恭しい態度で彼女に言う。
「ミス・シホウ」
「は、はい」
「すまないが、少々御主人を借りてもよろしいかな?」
「……えっ?」
「ワ、ワルド?」
「婚約者との十年ぶりの再会を祝う暇もなかったからね。少しゆっくりと話をしたいんだ」
「えっ、と。わ、私は構いませんけど……」
 僅かに頬を染めてエリスがルイズを振り向くと、彼女はエリスに更に輪をかけたように顔を紅潮させ視線をあちこちに彷徨わせた。
 そういう流れだとルイズがそう考えるのも無理はないし、実際エリスもそう考えてルイズとワルドを交互に見やる。
 するとワルドは闊達とした笑いを上げて大仰に手を広げてみせた。
「ちょっと話をするだけさ。式も挙げないうちに手を出して君の御両親に殺されたくはないからね」
「わ、わかったわ」
 砕けた調子で言うワルドに、ルイズは少し恥じ入ったようにそう言うとエリスに眼を向けた。
「それじゃ、エリス……」
「は、はい。行ってらっしゃい」
 二人の事なのでエリスがどうこうする権利もなく、彼女は半ば呆気に取られたように返すしかなかった。
 ワルドは礼に則った態度でエリスの手を取り甲に口付けると、しきりに髪を撫でつけながら歩いてきたルイズを促して部屋を後にした。
 エリスは二人が退出した後も、閉じられたドアをしばしぼんやりと見つめ続けていた。


 ※ ※ ※


 ワルドの部屋に通されたルイズは、窓際のテーブルにある椅子に腰掛けて夜空を眺めていた。
 スヴェルの夜が近い事もあり半分ほど重なり合った双月をぼんやりと見つめていると、コトリと軽い音が響く。
 顔を巡らせると対面に座したワルドがテーブルに置いたグラスにワインを注いでいた。
 月明かりに照らされているからだろうか、彼の落ち着いた仕草は普段接する同級生や教師、柊にもない『大人』を感じさせてルイズは思わず頬を染めて俯いてしまう。
 落ち着かない気持ちで膝元の手を見つめた後、改めてワルドに眼を向けた。
 するとワルドは嬉しそうに眼を細めてグラスを手に取り、ルイズも彼につられるようにグラスを手にする。
「二人に」
 夜の静寂にグラスを重ねた音が沁み入るように響く。
 普段なれた動作であるはずなのに、ルイズは少しだけぎこちなくワインで唇を濡らした。
 正直味はまったく分からなかった。
「本当に久しぶりだね、ルイズ」
「……そうね。十年ぶり……くらいかしら」
「こうやって落ち着いて話ができたのはそれくらいだね。会っただけなら、僕が二十歳になった時が最後だったか」
「お父様から正式に管理を継いだ時だったわね」
 ワルド家の爵位と領地は先代が戦死してすぐに彼が継ぐ事になったのだが、その当時ワルドはまだ若年で爵位はともかく領地の管理を一人で担いきる事は難しかった。
 そこでルイズの父親であるヴァリエール公が後見となる事で彼に代わって領地の管理を行なっていたのだ。
 そういった意味では彼が正式に『ワルド子爵』となったのは二十歳の時といえたが、これは事情を鑑みてもトリステインでは少々遅いくらいなのである。
「衛士隊に入ってひたすらに軍務をこなしていたからね。後見時代は勿論あれからも結局管理はジャン爺に任せっぱなしさ。
 名目こそ僕のものであっても、実質的には彼こそがワルド子爵と言っても過言じゃない」
 おどけたように、そして少し自嘲気味にそう言ってワルドは肩を竦めた。
 思わず苦笑を漏らしてしまったルイズにワルドも同じように苦笑い、そして彼は瞑目して己が胸に手を添える。
「……だが、そのおかげで僕は今こうしてグリフォン隊隊長という地位を手に入れることができた。家格に拠ってではなく、僕自身の力に拠って。
 そう誇れるくらいのことはしてきたつもりだ」
「……貴方は立派だわ」
 ルイズは揺ぎ無く語る彼の姿が眩しくて、知らず顔を俯けてしまった。
 目の前にいるワルドにしろ、深く語りはしないものの柊やエリスにしろ、揺ぎ無く言葉を紡げる者達は自分の中に確固たる何かを築き上げているのだろう。
 だが、ルイズにはそれがなかった。
 誇り高くあろうとしていても、それによって何かを成し遂げた事は一度もない。
 まるで鳥の卵のようだ。殻だけが固くて、中身は酷く弱くて脆い。
 それを理解できないならまだ救いがあったかもしれないが、彼女はそれを理解できていた。
 だからこそ一層そういう人達に対して劣等感を抱いてしまう。
 ルイズは手にしたグラスを口に付け、出かかったうらやみの言葉と一緒にワインを飲み干した。
 一気に飲み込んだアルコールのせいか、体に火が付いたような熱さを感じた。
 それを見届けてワルドが口を開く。
「立派ではないさ。何しろ子爵としての義務も婚約者としての責任も全て放り出した結果なのだからね」
「……やめて」
 ルイズは眉を歪めて吐き出した。
 親の口約束でしかない婚約者を持ち出した事ではなく、そんな台詞を言ってしまえる彼が少し不快だった。
 話しかけられるほどに、何の落ち度もない彼を不快に思う自分が惨めになってくる。
 だからだろうか、ルイズは少し胡乱気な仕草で頭を揺らすと漏らすように呟いた。
「……わたしは、貴方につりあうような人間じゃないわ。貴方も知ってるでしょう?
 わたしが昔どんな子だったのか。今どんな子なのかも、聞いた事があるんじゃないの?」
「……」
 ルイズの言葉にワルドは僅かに眉を寄せて黙り込み、そんな彼を見てルイズは自嘲じみた息を漏らした。
 魔法が使えない『ゼロ』のルイズ。
 そんな噂が全く外に漏れないなどという事はありえない。
 人の口に戸は立てられないというのは貴族の子弟が通う魔法学院でも例外ではなく――否、それゆえにむしろ広まるのは確実といってもいい。
 なぜならとかく貴族と言うものは往々にして醜聞を好むものだから。
 ましてそれが名門中の名門と言われるヴァリエール家のモノならば尚更、表向きにはともかく眼の届かない場所ではそれなりに広まっているだろう。
 無論実家にもそれは伝わっているだろうが、なまじ事実であるだけに騒ぎ立ててもヴァリエール家自身の品格を損なうだけだ。
「……他者を貶めて悦に入る連中のことなど、気にすることはないさ」
 黙りこんでしまったルイズに、ワルドは静かに声をかけた。
 彼は真っ直ぐにルイズを見据えたまま、更に言葉を続ける。
「そんな噂を耳にしたことは確かにある。君が姉君達と比べられてデキが悪いと言われてたことも、知っている。
 そんな時いつも中庭の池にある小舟でいじけていた事もね」
「……」
 その頃の事を思い出して、ルイズは僅かに羞恥を覚えて頬を染めた。
 幼い頃、ワルドの言うように姉二人と比べられては逃げ出して拗ねていた。
 そんな時に決まって迎えに来てくれたのは、すぐ上の姉であるカトレアと目の前にいるワルドだった。
 カトレアは自分も魔法に目覚めたのは貴女ぐらいの時だったと優しく慰めてくれた。
 ワルドも優しく、しかし力強く自分の手を取って共に屋敷に戻り、親に取り成してくれた。
 家族であるカトレア以外に自分を励ましてくれた唯一の青年だったワルドに、少なからず憧れと好意を抱いていたのは確かだった。
 ――あの頃の記憶と同じように、目の前にいるワルドがルイズに手を差し伸ばした。
「だが、僕はあの頃からずっと感じていた。君には他人にはないモノを持っている、と。
 そして君と再会した今、その予感が正しかった事……そして僕のやってきた事が間違いではないと確信した」
「え……貴方がやってきたことって……?」
「もちろん、君に相応しい男になることさ。いずれ偉大なメイジになるだろう君と共にいられるようになるために。
 ――そう、例えるなら始祖ブリミルとその傍にあったガンダールヴのように」
「……!」
 思わずルイズは眼を見開き、身体を強張らせてしまった。
 そんな彼女の様子を単に驚きと受け取ったのか、ワルドは僅かに首を傾げて口を開く。
「知らないかい? かつて始祖ブリミルが用いたと言う伝説の使い魔の事を」
「え、ええと、それは知ってるわ。いきなりそんな大きな話を持ち出されて驚いただけ……」
 内心の動揺を必死に抑えながら、しかし完全には隠すことができずルイズは少し上擦った声でそう答えた。
 自分が実際にその虚無の担い手である……かもしれない事をワルドが気付いているという事はないだろうが、唐突にその話を出されて驚いたのは事実だ。
 ワルドはそんなルイズの心境に気付いた風もなく、彼女を真摯に見つめたまま語りかけた。
「僕は使い魔にはなれないが、君を共にあり君を守りたいという想いは本当だよ。そのために僕はこうして力を手に入れたのだから。
 君が未熟だというなら、僕が守りそして導こう。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが在るに相応しい場所へ」
「……ワルド」
 ルイズの胸の奥がジンと熱くなり、その熱が身体を巡るような感触がした。
 彼は今まで一度としてルイズから眼を離す事なく、そして差し出した手を引くことはなかった。
 自分を見据える視線もその言葉も力強さも偽りなく純粋なものだった。
 かつての憧憬と尊敬がそのまま具現したかのような彼の姿に、喜びのような感情が湧き上がる。
 ルイズはどこか熱に浮かされたようにおずおずと手を伸ばし、そして差し出された彼の手に添えた。
 軽く握り返してきたその手はやはり力強く、頼もしい。
 僅かに手を曳かれて彼女の身体が前に傾いだ。
 なんとはなしに浮かんだ予感に彼女はほんの僅かに眉を寄せ、しかし瞳を潤ませてワルドを呆と待ち受ける。
 月明かりに照らされた二つの影がゆっくりと近づき――
「……!」
 ルイズははっと眼を見開き、同時にワルドから手を離し慌ててその場から後ずさった。
 彼女は椅子を蹴倒したことにも気付かず、驚きに眼を丸くしたワルドをしばし見やってから、顔を真っ赤に染めて呻く。
「あ、ご、ごめんなさい。けど、その、やっぱり、久しぶりに会ったばかりだから、まだ早いんじゃないかって……!」
 どこか呆気にとられている風のワルドに見つめられてルイズは更に取り乱し、手をばたばたと動かした。
「早いと言えば明日も早いし、エリスも待ってるから、その、えと……だから……!」
 混乱して上手く言葉を出せずに右往左往する彼女の姿を見て、ワルドは苦笑を漏らした。
「……そうだね。再会してその日に、ではいくらなんでも早すぎたかもしれないな。無粋な事をしてしまった」
 彼は席から立つとゆっくりとルイズに歩み寄った。
 僅かに身を強張らせた彼女に、しかしワルドは優しく彼女のピンクブロンドの頭を撫で付けると宥めるように言う。
「だが僕の気持ちは正真正銘本物だよ。だから、君も考えてくれると嬉しい。この任務を終えたら、もう一度聞こう。今度はちゃんとした形式の言葉でね」
「……」
 その言葉がどういう意味であるかを理解したルイズの顔が再び朱に染まった。
 彼女は逃げるように彼の元から離れると、そのまま入口の方に駆けていく。
 淑女らしからぬ品のない動きだったが、今の彼女はそんな事を気にしていられる心境ではなかった。
「おやすみ、ルイズ」
「お、おやすみなさい、ワルド」
 部屋を出る間際に投げかけられた声に反射的にそう言うのが精一杯だった。
 ルイズはワルドの顔を見ることさえできずに部屋を後にした。

 ルイズが去り一人になった部屋の中でワルドはしばし彼女が出て行った扉をじっと見つめていた。
 そして彼はふっと息を吐くと踵を返し、今まで二人が座っていたテーブルに歩を進める。
 置きっぱなしになっていた自分のグラスを手に取り一気にそれを飲み干すと、次いで彼はルイズが空けたグラスに眼を移した。
「……まだ早い、か」
 そんな呟きは彼以外に届くことはなく、窓から落ちる月明かりと共に消えていった。




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