あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Adventure-seeker Killy in the magian world quest-08


LOG-8 感知

…日没、つまり霧亥たちが一連の戦闘を終えてから数時間後。
人々が寝静まるのを待っていたフードと仮面が、トリステイン魔法学院のすぐそばで密会していた。
「それで、今やらなけりゃならない理由ってのは?」
フードの方は女性のようだが、中性的な声としっかりした服装から、人によっては男性と思うかもしれない雰囲気が漂う。
「あの男が居ないからだ、今は王都で釘付けにされている」
仮面の方は、体格と服装は男性のものだが、完全に音声は加工されていて、まったくどちらなのか分からず、フードの方と違い、感情を読み取るのも難しい。
「例の四人組か……あんたらのお仲間なんだろ?」
「いや、やつらは敵でも味方でもない。味方というには、やつらの立ち位置は遠すぎる」
「複雑な事情はいいさ、こっちは自分の仕事の邪魔になるのか助けになるのかだけ知りたいんだよ」
「………………」
仮面が、質問も聞かずに遠くを見ているのに気づいて、フードの女は不審そうにする。
「どうした?」
「早いな、情報を流してやったのに、捕獲どころか足止めもできないとはな」
「……話が違う」
遠見のための魔法や道具を使うまでも無く、一台の馬車が接近してきているのが分かる。
そこに乗っている人間が、どの程度の脅威であるかはすでに目にして知っているし、予定と違ってここまでやって来たことがそれを補強した。
「仕事に取り掛かれ、収蔵品だけでもいい」
「おい!」
仮面の姿は完全に掻き消えていた。
大気の屈折と振動で、人がひとりそこに居るかのように見せているだけなのだから、そう急がずに居ても良いだろうに―――フードの女は苦いものでも口にあるかのように唾を吐く。
「やってらんないねぇ………ほんと、ろくでもない奴に雇われたもんだ」
悪態をつきながらも杖を取り出すと、呪文の詠唱を始める。
土系統の基本的なスペルだったが、彼女の実力が並外れていたこともあり、その効力は最大級だった。
「さっさと終わらせるべきだね、これは……」
波打つ水面のようになった地面から、湧き上がるようにして土が盛り上がり、巨大な土くれを作り上げる。
フードの女は真っ赤な唇を余裕たっぷりにゆがめた。
人目の無い場所で、音を押さえつけて歩く巨大なゴーレム。
それを、得体の知れない使い魔如きに、止められるはずがないのだから…

…疲労の溜まった馬を駅で交換するころには、すっかり日は傾いており、足の遅い車で普通に馬を走らせたときよりも時間をかけながら戻ってみれば、日は地平線に消えていた。
どうせならと、私物を購入して馬車に詰め込んだことで夕食を逃したルイズはすきっ腹を抱え、空腹を捨てた霧亥は馬車に揺られながら、学院の方で起こっている現象を、のんびりと眺めている。
普通に考えれば異常な事態を、自身もまた普通ではないと自覚している霧亥は、果たしてこちらの基準でも異常な事態なのかと計りかね、横のルイズに声を掛けずにいた。
サイズこそ違えども、いつぞやのゴーレムと呼ばれたものが、ゆっくり練成されていく。
何かの土木作業にでも使用するのだろうと、霧亥は推測。
脊髄反射的に、その変化し続ける姿の正確な立体構造と構成物質を随時分析していた。
「なんだ、あれは!?」
驚いたのは、ここの人間たちの方だった。
馬車の操縦者が、歩行時の振動を受けてゴーレムの存在に気づくと、慌てて馬に歩みを止めるよう指示を出す。
「ちょ、ちょっと! 一体何が起こってるって言うのよ!?」
馬車を飛び降りたルイズも同じような反応を取っていたので、このようなことは、めったに起こりえないらしい。
ゴーレムは何をするでもなく、学院を囲む五角形の頂点の一つ、水の塔を左に避けると、一跨ぎで辺に当たる壁を乗り越え、音も無く本塔の一角を目指して突き進んでいる。
「宝物庫の方じゃない……ご、強盗なんじゃ…!?」
「ルイズ―――!!」
ルイズがおろおろとしているところへ、遠くから二人の生徒が、文字通り飛んできた。
馬に乗ることも、理解は出来るが相当恐ろしいことだと感じた霧亥には、とても自分の羽根で自重を支えられるとは思えない身体構造に、
半端な知能を備えた危険きわまる生物に跨るこの人間を見て、一体何を考えているのかと正気を疑いそうになった。
途中で見た目ほどの質量が無かったり、密度がおかしかったり、変化させていたりする妙な生き物だと気づいたが、むしろそんなものを完全に制御下に置けない恐怖を感じる。
この様な時間と場所で何をしていたのか、キュルケとタバサと呼ばれていた二人組みは危険な―――竜と呼ばれるものの一種らしい―――生物に運ばれてきた。
「何やってるのよ、あんたたちは!?」
「どうでも良いでしょう!」
「彼が帰ってくるのを待ってた」
その理由は分からなかったが、目の前の光景を見たことによる混乱からして、あのゴーレムについての驚きはこの二人も変わらないらしい。
魔法を発動して、ゴーレムを操っているのは誰か、先ほどの襲撃のこともあって、こういった非常事態に警戒した霧亥は意識を集中した。
「人は呼んだの?」
「当直の先生が居るはずよ、すぐに対応するはずだから、離れて見てれば十分よ」
とはいうものの、霧亥の目には、それらしい人間の姿は確認できない。
結局、誰かが動き出すどころか意識を覚醒させることもなく、ゴーレムは悠々とアウストリの広場を突き進むと、本塔のすぐそばに到着してしまった。
「誰も気づいてないみたいよ、どうするの!?」
「わ、私に怒鳴らないでよ」
余裕を見せていたキュルケも、さすがにうろたえ始めていた。
あのサイズのゴーレムを相手取れるわけも無く、かと言ってあれに気づかれないように人を呼びに行くのは難しいし、なによりわざわざ危険を冒さずとも、普通に考えればすぐ教員が対応するはずなのだ。
タバサも、口にこそ出さないが、杖を手に取り体を強張らせている。
唯一、霧亥だけが馬車のそばで、何も起こっていないようにゴーレムが宝物庫と呼ばれた物置の在る部分に取り付くのを観察していた。
ただの土くれに恐怖など感じないというのもあるが、彼我の実力差があろうとなかろうと霧亥はうろたえる事もないし、必要が無ければ積極的に攻撃しようとすることも無い。
問題は必要性の見極めだ。

「…………どうしたの?」
不意に霧亥の目付きが鋭く、というよりは悪くなったことを察知したのは、一際優れた観察眼を持っているタバサだった。
霧亥はゴーレムではなく、ゴーレムの左肩に登ってきた人物に視線を向けている。
それがゴーレムの操縦者であるということは一目で分かり、それ自体がどうということもないが、彼女が学院内での観察記録に該当する生体であり、
“こちら”ではなく、“自分”という個人へとその注意を向けながら作業を行っていることを素早く見抜くと、まず関連付けられるのが「先刻の襲撃者と関係がある」ということだ。
観察してみるに、彼女の思考の色は“焦り”。
ゴーレムから本塔の外壁に飛び移り、辺りに注意を向けながら、なかなか破壊できない足元の素材を走査している。
一頻り観察した後で、彼女の一連の動作を分析し、この行動が学院の人間に発見されることよりも、霧亥という個人の目を危険視してのものであるのを確認したところで、
こちらについての知識と共通認識を持っている、つまりこれは確実にあの四人組と何らかの関係がある人物であり、あの襲撃と同期して行動を起こしたのだろうと判断。
更に目を凝らせば、操縦者の管理の外に、いつぞやギトーと名乗った男が使用したのと同じ力の反応も視え、最低でも複数人で動いていることも分かった。

敵性

網膜に表示される文字もまた、そこから導き出した考えを肯定していた。
もちろん、その他もろもろの可能性はあるが、物事は多少悪い方を想定して対応するべきだ。
不必要な労力を費やすことを好まない霧亥だが、なにより、力の行使の必要があるのなら一切の容赦をしないことが彼の行動の基本である。
ゴーレムの操縦者近くの反応が、霧亥の予想したとおりの操作によるものであれば、ここの情報が駄々漏れの可能性もある。
攻勢に出るならば、出来るだけの火力で早めに潰さなければならない。

「キリイ?」

黒金を思わせる、ぼんやりとした光沢のある角張った短銃のようなものが、霧亥の手には握られていた。
表情は無く、目付きも何かを狙うという幹事には程遠い。
とても銃を撃つつもりとは思えないほど無造作に、力の抜けた右手が突き出された。
都市において最高級の火器を意味する第一種臨界不測兵器の一つである、最強の銃。
狙いはあまりに正確に、敵の重心に向けられている。
ゴーレムの肩で、霧亥の様子を伺いながら破壊活動を続けていた女こと、ロングビルはその姿を見て目を見開いた。
あの決闘のときの銃とは違う。
肘をきっちり伸ばし、この距離から、操縦者たる自分ではなく、ゴーレム自体を照準しているのだ。
それは決して無謀な行いなどではなく、間違いなく足元にある“土くれ”を、一撃の元に無力化可能なのだと、霧亥の立ち振る舞いを見たロングビルは直感した。
あの銃は一体なんだっただろうか?―――走馬灯のように、急激に加速された意識の中で、必死に記憶をたどる。

重力子放射線射出装置―――!!?

とっさに頭の中でそう叫んだはいいが、その後に逃げ出すどころか、満足に口を動かす余裕すら与えられなかった。

この霧亥の銃の使用による破壊は、大きく幾つかの種類に分けられる。
一つは単純に、強烈な重力子の放射線による重力子交換の増大で、重力質量が増加、周囲の物体が押し退けられるか押し潰されるかして、素粒子レベルで分解し、膨大なエネルギーを放出する。
続いて、そこまでの影響を受けないにしても、距離の離れた物質も、すぐ近くに巨大な重力源が出現したことによって、潮汐力で崩壊していく。
重力による特異点、ブラック・ホールなどの天体によって引き起こされる破壊が直線状に発生するのと同じだが、
これと違い、もっとミクロなレベルの変化として、力を伝達するゲージ粒子の変化ではなく“場”そのもの急激な変化という、ある種の真空の相転移にも似た急激な物理定数の変更で物体や時空に強烈な影響が出る。
どれほど頑強な物質であっても、その姿を保てなくなるような根本的な破壊現象だ。
同じようにして起こるのは、通常時には人の手に触れる物質とほとんど相互作用しないダーク・マターなどが、放射線によって形成された射線軸上の場へ一斉に干渉を始め、
これによる膨大な質量や各種作用の爆発的な増大によって、物は何でも変化し、破壊される。
以上によって、どれほど強固で、三次元方向以外にも広がりを持つような構造物であっても、プランク定数レベルの正確さで場に沿って二重に貫かれるのだ。
さらに、高度な重力制御とそれに付随する時空の制御も切り裂き、これ以外にも周辺の環境に対する、臨界の不測な破壊をもたらす。
二次的な破壊として、破壊された物質が渦となって周囲に広がるなどもあるが、霧亥たちの基準でいえば、特に問題ではなかった。

重力制御によって世界の根幹が成り立つ階層都市の内部ではない以上、その影響は“臨界不測兵器”といわれるには足らないところまで落ち込むが、それでも圧倒的過ぎる。
霧亥の銃に電流が迸ると同時に射出された、弾体とも領域ともいえないものが光速で飛翔。
指先ほどの大きさの何かが通り過ぎると、それを中心として、手元で細く先に行くほど徐々に広がっていくが、概ね半径1mの円柱を成す空間にある物質が一気に消失していく。
湾曲し、水面のように波打つ空間。
光の速度という、霧亥以外には知識すら持たないスケールの時間で消失した空間が、光の柱のように変化して、その圧倒的な力で周囲を飲み込むと、
はじめにあけられた穴の数倍の領域が、職人の手でくり貫かれたように崩壊した。
肉眼ではブラック・ホールが熱放射により光り輝いて見えるのと同じ要領で、極太の白いビームを放ったようになっている。
銃撃を直に受けたゴーレムとその向こう側にあった土の塔は、このようにして大穴を空けられるのと平行し、貫かれた周辺の物質も乱れた重力に追従して震え、
波にさらわれた砂の城のように粉砕され、追い討ちをかけるように襲ってきた光の渦を受けて弾き飛ぶ。
すぐ近くにあった学院を囲む壁や宝物庫と水の塔にも、建材の劣化を早回しにして見たかのように、一瞬で大小のひび割れが走り、崩れ、素粒子や光で焼かれる。
離れた位置にある、使用人や生徒たちの寮の屋根、窓などの軟弱な部分も、想定外の暴風雨でも通り過ぎたのかというほどに引き裂かれて散らばり、巻き上げられた土やゴーレムの破片に混じって空を濁す。
空では、雲が大気と一緒に押し潰されるか弾き飛ばされ、大気中の粒子の崩壊による電磁波によって、まるで朝日が昇ったかのように、直線上だけ青く変わってしまう。

「―――っ!!?」

ルイズたちは声にならない悲鳴を上げ、衝撃で吹き飛ばされ、肺の中の空気を強制的に排出させられた上に砂埃を吸い込んで激しく咳き込み、悶える。
馬車は幌が吹き飛ばされ、慌てた馬は煽られて転倒し生体活動を停止、操縦者はすぐ近くで木に頭を打ち付けて脳震盪によって失神。
霧亥のほうも、とっさのことだった上に、継続的に射撃をする必要もなかったので、射撃の反動を吸収しきらず、振り上げられた右腕に引かれて仰け反った。
溶解した物質が赤々と光を発し、岩石蒸気となったかつてのゴーレムや学院の一部は捲れあがった草や土、へし折れた植木を焼いていき、
降り注ぐ破片は、砂浜に波が打ち寄せたかのような雑音をあたりに響かせ、発生した気圧変化は、不気味で生ぬるい風をあたりに吹かせる。

ずいぶん度を過ぎた破壊に、霧亥自身も眉をひそめたくなった。

なにせ、攻撃してみて分かったが、際限なく再構成されるわけでも、見た目以上の強度を持っているわけでもなかったのだ。
せいぜい、重量にして人一人分も無い原子に、結合の切断や生成を起こしてやれば取り出せるエネルギーで、十分に跡形も無く撃破できただろう。
この状況下で、無駄な発砲による力の浪費など、愚行としか言いようが無いというのに何をしているのか。

結果としてこの惨状。
地獄絵図…というには、人死にはまったく出ていなかったので、銃あるいは使用者の機能制限中での不完全な射撃を除けば最低出力の射撃であったにしても、奇跡的だ。
「げ……げほっ」
ルイズが何とか起き上がると、学院の方へ悠々と歩いていく霧亥を発見する。
召喚者を気に留める様子はまるで無い。
「なんなの、あなたは…」
朦朧とした意識と震える視線。
畏怖に近い、今まで感じたことの無い恐怖すら霧亥に対して覚えて、また倒れこむ。
キュルケは蹲ったままで、霧亥を見て目を丸くしていたタバサは、何とかしようと二人に這い寄る。
霧亥もまた、同じように負傷者へ歩み寄っていった。
未だにも濛々と煙が立ち込める中、教師や生徒が飛び出してきたが、そんなことは気にも留めずに、ゴーレムのいたあたりに向かう。
逃げる足が無いとはいえ、霧亥は非常時を思わせない足取りで操縦者の傍らへよる霧亥。
フードはずたずたで、腕はもげそうになっているし、足は塔から吹き飛ばされて着地したときの衝撃で砕けていた。
肺は完全ではないが潰れて出血し、皮膚は熱線で爛れ、衝撃で肝臓なども内臓出血を起こしている。
優れた身体能力を持ったメイジでなければ、とっさの防御による軽減も行えず、この程度の損傷では済まずに即死であっただろう。
そんな彼女が、網膜走査でロングビルその人であることを確認したことで、新たな脅威を意識しなければならなくなった。
学院内に不穏分子が潜り込んでいること自体はどうでもよいことだが、それが霧亥の存在を意識して、外部の人間と同調する形で行動したということは、
それなりに自分についての情報が流出しており、程度は不明だが正しく脅威を認識した者達が積極的に干渉してきているということだ。
妨害者であれば排除するまでだが、この狭く小さな世界と社会構造の中で敵対勢力を作ることは、可能であれば避けたい。
だからこそ、今まで行動を控えてきたというのに、面倒なことになってしまった。
まだ蠢いているロングビルに止めをさすのは簡単だが、拘束の手間もこの施設の人間が負うのだからと、これからのことをぼんやり考えながら銃をしまう霧亥。
残余電力のこれからを思いながら、ついでにという感じでゆっくりと振り向いて、もう一つの確認もする。
そこには、発砲直前まで遠隔操作型の“覗き窓”が開いており、視覚情報を送信し続けていた。
覗き見に気づいていた霧亥は、射撃によってまとめてその窓をかき消したが、肝心の部分が確認できなかったとしても、
襲撃が失敗したことで、霧亥という存在の危険性が、一連の勢力に知れ渡たることになるだろう。
逆探知して送信先を射撃する手もあったが、確実性に乏しい上に、自ら存在を露見する真似もしたくは無い。
これ以上どうしようもないので、例によって何事も無かったかのようにして、興味なさ気に立ち尽くす霧亥は、わらわらと学院の教師や生徒が走り回る中、
ロングビルが何をしようとしていたのかを知るために、ゴーレムが殴りつけていた辺りを観察し始めた。
ここの人間が行う物質の強化や保存措置の一つである“固定化”と呼ばれる作用によって、陰になってはいるが、軽く“視る”ことは容易い。
その様子を見て、足元でか細い声が上がる。
「……あ、あ、あんたの所持品と、一緒に、回収するように―――げぼっ………指示されたんだよ」
霧亥は声の主に一瞥すると、また壁の向こう側を観察する。

「“異界の杖”、さ………………」

今にも力尽きそうになりながら、脂汗と血でぬれた顔をにやりとして見せたロングビル。
後背に控えていた“目”が潰れてしまったからだろうか、恐怖と解放感をボロボロの表情に滲ませる。
その言動は、自分をたきつけているのだと霧亥にはすぐ分かった。
なるほど、確かに何かがある―――宝物庫のひび割れの間から染み出てくる奇妙な気配に、霧亥は近づいていく。
厚さが自身の腕の長さほどある壁に走るひび割れに、霧亥の指が差し込まれる。

霜柱でも踏みしめるような音。

続いて轟音。

学院の本塔の一面が、縦に割れる…数千倍の体積と数百倍の重量を持つゴーレムが成し遂げなかったことを、酷く劣化しているとは言え平然とやってのける光景は、倒壊時の煙で覆い隠され、目撃者は出なかった。
人の姿ほども在る建材の破片が崩れ落ちてきても眉一つ動かさない霧亥は、ロングビルと同じ物を目当てに瓦礫の山に踏み入る。
展示ケースの一つを発掘すると、そこに手を突っ込んで叩き割り、一本の棒状のものを引きずり出す。
ルイズたちに言わせれば、まさしく杖といった趣のそれは、確かにここでの杖と同じような使い方をしているようにも、目の悪い人間には見えるだろう。
電子制御は隔壁の開閉機構のような様々な機器に干渉し、まるで魔法のように、この杖のようなものをかざしただけで電子機器を扱えるし、人間や機械の脳を焼ききって機能を破壊することも出来る。
だがこれは、杖ではなく、どちらかというと棍棒の類だ。

電磁式警戒棒

電磁気力で相手を殴打、もちろんそのまま叩き付けたりもする。
対象の殺傷も考えているが、即時殺害の必要が薄い、あるいは即殺権限を有さない者が緊急時に使用する、
極めて低レベルだが非常時以外にも応用の利く古典的な装備で、ネットの保安を司る者達の一部が、このような装備を使用することが時折あった。
握りの部分には、霧亥の襟元に記されているのと同じ文様がある。

なぜこのようなものがここに?

簡単だ、思いのほかここは都市に近い位置にある―――可能性が高まるというだけだが―――ということに他ならない。
形はどうあれ、自分と同じようにここにきたものが居る。
万に一つも、ここの世界のものではないだろうし、如何に優れた技術を持って設計されているとはいえ、この劣化の無さから見て、比較的最近まで正規の所有者の手にあったはずだ。
喜ばしいことではある…が、霧亥はまったく別なことを考え、表情を険しくした。

猜疑の心を胸に、霧亥は煙渦巻く宝物庫を後にすると、また霧亥は歩き出す…



…歪んだ地平の先まで、微小な酸化珪素などで出来た粒が高低を作りながら覆い尽くしている。
遥か上空には巨大な水素ガスの塊があり、どんどん重い元素に落ち込みながら、膨大なエネルギーを放出している。
空気は密度も組成も場所によって変化し、水分子は空中で寄り集まり、乱雑な気体分子の運動は髪を揺らしただけかと思えば、スーツのすそを巻き上げるほど強くもなる。

酷くエントロピーに満ちた世界。
文明にはなんの縁も無いこの球面は、逆に文明の象徴たる都市のカオスを髣髴とさせた。

肩にかからない辺りで自然に伸びが止まった黒髪を靡かせる女性は、一人で延々と砂漠を歩み続けている。

ロバ・アル・カリイエ―――人々はそう呼ぶこともあるが、今彼女が歩く地域を正確に限定する言葉は、どこにも存在しない。
ネットのカオスの増大を促進せんばかりの時空隙干渉による影響は、特にこの相対座標からが強い…個人の意志はどうあれ、そういった理由で彼女はここに再構成された。
まるで疲れ知らずといった具合で、手首も首筋も寸分の隙無く皮膚に密着した分厚いスーツと、襟を立てた硬いコートを、無数の接着器具で固定するように羽織る。
足もスーツで覆われ、その上に何重かにブーツを履き、与圧系統まで使って、どう脱げばいいのかと疑問が出てくるほどに全てを一体化させている。
どれも彼女の髪のように真っ黒で、てらてらと滑った感じに金属光沢の様なものを発していた。

なんの当ても無く数百時間ほど軽く歩いたあとで、集めた観測データを基にこれからの行動を判断しようとしていたころに、一つの重大な手がかりが手に入ったところだった。
ある気配を感覚器官が察知したので、彼女は腰の辺りから、薄い汎用携帯機を取り出して天を仰ぐ。
携帯は薄っぺらな本のようにして開かれると、頭の方から細長い針が何本か飛び出して数百万km程度の狭い範囲の情報を観測し、紙面に当たる部分に無数の絵や文字で表示する。
リンクした網膜にはより詳細な情報と、その続報が矢継ぎ早に現れるが、細かな情報などどうでも良かった。

「対象の発砲を確認、回収に向かいます」

黒尽くめの女は携帯を通信機にして、誰かに躍動の無い声で一方通行な通信をする。
眉が八の字に曲がった表情から、何がそんなに楽しくないのかとでも言いたくもなるが、そんな感情すらまるで無いかのような青白い顔。
瞳の中でフィルターが切り替わる以外、その表情はまったく変化しなかった。
こうして何の感情も見せずに通信を終えると、無気力そうに三白眼で虚空を睨みながら、コートを翻す。
再び歩き出す彼女の、気味の悪いほど整った細い太ももに接着したホルスターの中には、黒光りする短銃に似たものが収められていた…

LOG.8@END


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