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ラスボスだった使い魔-52a


「……………」
 ユーゼスが空間転移した先で見つけたのは、道の真ん中で横たわって意識を失っているカトレアだった。
 アインストの姿はない。
 ここに現れた直後にどこか別の場所へと向かったのかとも思ったが、だったら最初からその『別の場所』に転移すればいいはずだ。
 つまり、アインストの目的は少なくともこの地点にあり、更にここで気絶しているカトレアに何かをしたということになる。
「ふむ……」
 カトレアの身体を腰から持ち上げ、近くにある木陰に寝かせる。
 見たところ外傷どころか、かすり傷の一つも負っていない。
 見ようによっては『ただ寝ているだけ』とも取れるだろう。
 だが。
「……そんなわけがないな」
 アインストの転移反応があったその場所に、カトレアが気絶して倒れていた。
 これで何もないなどと考える馬鹿はいない。
 しかし、見かけの上では何の変化もないのも確かだ。
 傷はない。
 髪も乱れていない。いや、倒れた拍子にやや乱れたようだが気にするほどではない。
 服装も、少々土で汚れた程度。
 自分が送ったブレスレットも、左手首に付けられたまま。
 『道を歩いている最中に倒れてしまった』と言われたら、そのまま信じてしまいそうだ。
「…………。この際、仕方がないか」
 外から見て分からないのなら、中身を調べるしかない。
 ユーゼスは脳内にナノチップとして埋め込んであるクロスゲート・パラダイム・システムを起動させる。
 更に周囲に誰もいないことを確認し、カトレアを虹色に光る立方体のエネルギーフィールドに包み込んだ。
「……………」
 見やすいように、エネルギーフィールドを中のカトレアごと宙に浮かせる。
 続いて、不純物が混ざっていると調査結果に不備が出る可能性があるため、カトレアが身にまとっている衣服を一度全て粒子レベルで分解した。
 ……さすがに自分が送ったオリハルコニウム製のブレスレットは分解していないが、まあこれは自分の手で取り外せばいいだろう。
「よし」
 かくしてカトレアはユーゼス・ゴッツォの手により、身に着けていたものを全て消滅、あるいは取り外されてしまった。
 そうして産まれたままの姿となった彼女の身体を、ユーゼスはエネルギーフィールドごとゆっくりと回転させながら、じっくり観察する。
 もしかしたら、何らかの異変が服の下に隠されている可能性を考慮したのだ。
「……………」
 正面。
 右から。
 背面。
 左から。
 上から。
 下から。
 上下左右前後、あらゆる角度から見ても異常らしい異常はなかった。
 少なくとも、外見上は。
「ならば、やはり身体そのものを調べるか……」
 ユーゼスはクロスゲート・パラダイム・システムを使い、カトレアの『分析』を開始する。
 並行世界のユーゼスは、確かサイキックウェーブか何かを使って強引にエヴァンゲリオンとやらを調べていたようだが、自分はあんな真似はしない。
 実行するのに超強力な念を必要とする上に、対象の精神が壊れる危険性が極めて高いのだ。
 どうもあの世界のユーゼスは、サンプルに対する扱いが雑と言うか、使い潰したがる傾向がある。
 自分だったら、もっとじっくり丁寧にやるのだが。
 閑話休題。
 今はカトレアの身体のことだ。
 システムを使ってカトレアの因果律を調べ、その肉体を構成する因子を―――
「……何?」
 ―――因子を解析した結果、何とも奇妙な結果が返ってきた。
「肉体の80%以上が、人間とは異なる細胞で構成されているだと?」
 しかも構成している物質……と言うか、細胞はアインストのもの。
 だが、カトレアがアインストと同じモノで構成されているとは、ほとんどの人間が気付くまい。
 何せこの細胞の『人間への擬装』は、ハルケギニアどころか地球の精密医療検査ですら騙せそうなレベルなのだ。
 自分とて、こうしてクロスゲート・パラダイム・システムを使っていなければ分からなかっただろう。
「だが、これは……」
 何とも巧みな擬装だ。
 各部の筋肉や内臓、皮膚はもちろんのこと、骨および骨髄、血液成分、体細胞、脳細胞、視床下部、卵細胞、代謝機関、五感およびそれに付随する神経、爪や体毛、遺伝子に至るまでが完璧に『健常な人間』を演じ切っている。
 ウルトラマンが人間に変身しても、ここまで見事には行かないだろう。
 貴重なサンプルとしてぜひとも長い目で観察していきたいところだが、そんな知的好奇心はともかく。
「……妙だな」
 カトレアの身体の『人間』への擬装ぶりに感嘆すると同時に、分からない点がいくつか出て来る。
 まず一つは、これだけ精巧な擬装や置換が出来るのならば、なぜ最初から『人間』を造らなかったのかという点だ。
 いや、あるいは『人間』を造るためのテストケースや、前段階の実験のためにこれを行ったのかも知れないが、だとしてもおかしい。
 だったらアインストが頻出しているアルビオンで、何かのドサクサに紛れ込ませるなどしてもっと隠密にやった方が絶対に効率が良いはずだ。
 自分がアインストの立場なら、間違いなくそうする。
 それでもこんな所にピンポイントで転移してきたということは、実験などではない明確な目的があると見るべきだろう。
 しかし。
「何故、カトレアが?」
 そうなると、対象がカトレアという点が不可解だ。
 干渉を行うのは誰でもよく、転移した先にたまたまカトレアがいたので行った……という線もあるにはあるが、いくら何でもそんな偶然はあり得まい。
 しかし偶然でないとして、『アインストがカトレアを狙う理由』というのが分からない。
「……………」
 カトレアを狙った理由。
 カトレアの肉体をアインストのものに変異させた理由。
 カトレアの肉体を使って成し遂げること。
 カトレアでなければならない必然性。
 カトレアを操って行うこと。
 カトレアに出来ること。
 カトレアにしか出来ないこと。
「一体、何だと言うのだ……?」
 公爵家の次女という立場。―――理由としては弱い。ラ・ヴァリエール家はカトレアが実権を握っているわけではない。
 メイジとしての実力。―――確かにカトレアは優秀なメイジではあるが、天才だとか史上最高の実力者であるとかではない。
「?」
 分からない。
 大体ラ・ヴァリエールの土地から一歩たりとも出たことのないカトレアが影響を与えられる事象など、かなり限定されてくる。
 強いて言うなら対人関係で何らかの影響を与えられるかも知れないが、それでもその人数は少ない。
 列挙していくと、ラ・ヴァリエール公爵、公爵夫人、エレオノール、ルイズ、屋敷の使用人、領民、彼女が世話をしている動物たち(これは人間ではないが)、あとは自分くらいのものだ。
 使用人や領民、動物は除外するとしても、片手の指で足りる人数だ。
 そもそも狙いが『対人関係』だとして、手段が回りくど過ぎる。
 どうしてそんな外堀を埋めるような真似をするのか。
 と、言うか。
「……この行動はアインストらしくない」
 最大の疑問はこれである。
 どこの並行世界だったかは忘れたが、確かアインストは事故に見せかけて殺した多くの人間の中から、ランダムに一人だけを選んで再生させたことがあったはずだ。
 そしてその『再生させた人間』を元にして『人間』のデータを集め、更に『再生させた人間』を執拗に狙ったり、操ったりもした。
 それはいい。
 アインストにしてみれば誰でも良かったのだろうし、そこに深い考えも無かっただろう。
 だが、今回のこれは明らかに『最初からカトレアを狙って』やったとしか思えない。
 『今』、『このタイミングで』カトレアに手を出してきた理由こそ不明だが、そこに……何と言うか、人間的な思惑のようなものを感じる。
「と、言うことは……」
 考えられる線としては、
 何者かがアインストを操り、使役している。
 何者かがアインストと取引をして、協力する代わりに見返りを求めている。
 何者かがアインストに助言を与えている。
 アインストが人間的な思考をするようになった。
 このくらいだろうか。
「ふむ」
 ユーゼスは一糸まとわぬ姿のカトレアをまじまじと見つめながら、思考に没頭する。
 と、その時。
「……ん、んぅん……」
「む」
 カトレアの口から、うめき声が漏れてきた。
 どうやら意識を取り戻しつつあるようだ。
「……取りあえず元に戻しておくか」
 因果律を微調整し、カトレアの衣服を彼女の身体のラインに合わせて再構成。
 あとは髪飾りを付けて、左手首にオリハルコニウムのブレスレットを装着。
 カトレアを包んでいるエネルギーフィールドをゆっくりと地面に下ろして、解除。
「……………」
 そのまま倒れそうになるカトレアの身体を、とさっ、と受け止める。
 そして調査前と同じようにして、木陰に寝かせた。
「さて……」
 カトレアの身体に起こってしまった異変については把握出来たし、アインストに起こった異変の方も、仮説の段階ではあるが何となく分かってきた。
 では、それらを踏まえた上で。
「これからどう対応するかだな」
 アインストと繋がっている者、あるいはアインストそのものについては、今の所どうでもいい。
 その内にカトレアに対して何らかのアクションがあるだろうから、それを見てからでも対処は遅くあるまい。
 ……対応しなければならないのは、カトレア自身の方だ。
「……………」
 極端な話。
 ユーゼスはカトレアの身体を『元の状態』に戻そうと思えば、今すぐにでも出来る。
 少々大掛かりに因果律を操作しなければならないので『自分の世界』に転移した上、超神形態に変身しなければならないだろうが、出来る。
 出来てしまう。
 しかしそうするとカトレアは『元の状態』、すなわち病弱で余命いくばくもない状態に戻ることになる。
 彼女は皮肉にも人間とは違うモノとなったことで、本来そうあるべき『健康な身体』を手に入れたのだ。
 それを本人のあずかり知らぬうちとは言え、手放させることは正しいのだろうか。
 いや、それ以前に、ハルケギニアに対してそこまで強力な干渉をするのは自分の信念に反するのではないか。
「……………」
 因果律を操作して普通の人間にした上で『健常な状態』にする、というのは論外だ。
 それをするなら出会った時に既にやっているし、大体そのような『神様気取りの行為』は自分が最も忌み嫌うものの一つである。
 誓いと言うほど重くはない。
 決心と言うほど強くはない。
 ただ、あの時。
 あの場で悟り、たどり着いた答えを否定することになってしまう。

 ―――「イングラム……お前が言う通り、この世界に超絶的な力は不要だ。何故なら、そんなものがなくても……人々は生きている。そして、世界は存在し続けている……」―――

 この宇宙に神など不要なのだ、と。
 確かに自分は思ったし、口にも出した。
 たとえ何が起ころうとも、自分自身のあの言葉だけは否定するわけにはいかない。
 そうでなければ、おそらく『このユーゼス・ゴッツォ』はアイデンティティどころか、存在すらも崩壊してしまうだろう。
「…………、ふむ」
 自分が死んだ時を思い出したついでに、自分が戦った彼らならどうするか、と考える。
 ―――例えば、瀕死の人間がいたとする。
 その場にいたのが一条寺 烈―――宇宙刑事ギャバンだった場合、ドルギランの施設なり何なりを使って救命の道を模索するだろう。
 ウルトラマンなら、同化でもしてその命を繋ぎとめるに違いない。
 イングラム・プリスケンならば……具体的にどうするのかは分からないが、見捨てるような真似はするまい。
 だが、それはその瀕死の人間が『彼らに気に入られた場合』の話だ。
 伊賀 電やハヤタあたりが良い例だろう。
 彼らが助かったのは、『ギャバンやウルトラマンに気に入られた』からである。
 おそらくだが彼らが善良な人間ではなかった場合、バッファローダブラーやベムラーに殺されたままになっていた可能性が極めて高い。
 ……そもそも、あの連中は『自分が気に入った者』に対してはその身を捨ててでも助けるくせに、『自分が敵と見なした者』に対しては何の躊躇もなく殺しにかかるような奴らなのだ。
 元人間で怪獣化したジャミラなど、実際にアッサリ殺していたし。
 しかし、ユーゼスは彼らとは違う。
 その人間のことを気に入っていようがいまいが、贔屓はしない。
 何らかの借りがあれば、それを返すために能力を使うこともやぶさかではないが、理由もなく人を助けたりはしない。
 とは言え、カトレアを死なせるとなると…………何と言うか、惜しい気もする。
「……………」
 仮面を被っていた頃だったら、『こんなハルケギニア人の女の一人や二人、どうなろうと知ったことではない』と完全に放置するか、そうでなければ人体実験をしてデータの採取、あるいは洗脳でもして手駒に使っていたことだろう。
 我ながら甘くなったものである。
 まあ、このあたりは今までにカトレアと形成してきた交友関係に基づくものか。
 何せ自分はハルケギニアに召喚されるまでマトモな人付き合いなどほとんどしてこなかったのだから、『親しく話せる人間』というものを大事に思っているのかも知れない。
「ん……」
「…………ふむ」
 そんな自己分析はともかく、まずは今後のことだ。
 クロスゲート・パラダイム・システムを使って……というのは却下としても、しかしハルケギニアの技術ではカトレアを元に戻すことは出来ない。
 と言うか、地球の技術だろうがバード星の技術だろうが無理だ。
 おそらく並行世界の自分が所属している、ゼ・バルマリィ帝国の技術でも不可能だろう。
 ……むしろ、こんな状態になった者を因果律の操作以外で『人間』に戻せる方法があったら、教えて欲しいくらいである。
 エレオノールにしたように精神への影響をガードする防壁を作っておくというのも、アインストに侵食(この表現で良いのかどうかはともかくとして)された今のカトレアでは難しい。
 超神形態になる必要はないだろうが、やはり『自分の世界』にカトレアを転移させる必要があるからだ。
 ユーゼスがギリギリ認める『簡易的な因果律操作』のラインは、ちょうどこのあたりにあった。
 そうなると。
「放っておく―――いや、経過観察とするべきだな」
 手の打ちようが無いのであれば、打てないなりの行動を取るしかあるまい。
 しかし、いくら何でもカトレアに対して馬鹿正直に『お前は健康体になったが人間ではなくなった。おそらく近い内にお前を人間でなくした怪物が接触してくるだろうから気を付けろ』などとは言えない。
 いくら自分でも、その程度の分別はある。
 同じ理由でエレオノールやルイズに相談も出来ない。
 言ったところで信じてくれるかどうかすら疑わしい案件であるし、信じてくれた場合でもそれはそれで大問題だ。
 唯一話せそうなのはシュウ・シラカワくらいだが、あの男にあまり借りを作り過ぎるのは良くない気がする。
「……私一人で当たるしかないか」
 とは言っても出来ることなど、せいぜいカトレアの監視を強めることくらいだ。
 そしてアインストがカトレアに対して接触、あるいは干渉を行ってきた場合には適宜対応……ということにするしかないだろう。
「歯がゆいものだな……」
 一度は『全能なる調停者』などというご大層なものを目指していた男が、この程度の手しか打てないとは。
 何とも情けない話である。
「…………。いや、今更か」
 この件に関して、責任の一端は間違いなく自分にある。
 『実行犯』が別にいるとしても、カトレアを普通の―――それこそ出会ったその時点から『正常で健康な人間』にすることが十分に出来ていたと言うのに、その選択肢を今もなお拒否し続けるユーゼス・ゴッツォに。
 情けないと言うのなら、力を持ちながらも宙ぶらりんの状態にある時点で十分に情けない。
 いや、そもそも自分のこの力は人であるには大き過ぎて、神であるには小さ過ぎる。
 中途半端とはまさにこのことだ。
 それこそ、あらゆる意味で。
 だが、情けなくて中途半端でも、そんな人間なりに取れる責任はあるはず。
 ならば。
 たとえ、その存在を惜しいと思っていようとも。
「……いざとなれば、お前の始末は私が付けよう、カトレア」
 浅い眠りの中にいる桃髪の美女に対し、ユーゼスは優しげとさえ言える口調でそう呟くのだった。


 ド・ヴィヌイーユ独立大隊、アルビオン軍、そしてアインストの大群の三つ巴の戦いは熾烈を極めていた。
 銃声は引っ切り無しに鳴り響き続け、騎兵やメイジは半ば理性を無くしたかのように敵に攻撃を仕掛け、異形の怪物は唸りを上げて人間を屠っていく。
「ぐっ……! くそっ!!」
 ギーシュはそんな戦場の真っ只中で、必死にゴーレムを操り、呪文を唱える。
 自分の護衛のために出した4体のワルキューレは既に1体が全壊。
 残る3体も見る影も無くボロボロで、片腕を失ったり頭が無かったりと酷い有様だった。
「はぁ、はぁ……!」
 敵の脚を『アース・ハンド』で絡め取って転ばせて、後ろから迫ってきたアインストから逃げ出し、その逃げ出した先にいるメイジに向かってワルキューレを特攻させ、自分は即座に伏せて、中に仕込んだ火薬を使ってワルキューレを自爆させる。
「っ!」
 すぐさま立ち上がって『ブレイド』を詠唱、薔薇の造花を基点として少し長めの魔力の刃を形成し、それを無我夢中で横なぎに振るうと、騎手を失って暴走していた馬の首が飛んだ。
 ぶしゅ、と真っ赤な血が切断面から噴き出す。
「……っ、っ」
 ピシャリと馬の返り血を浴びて怯むギーシュ。
 だがその事実を飲み込む暇もなく、後方、自軍の中から巨大な火の玉が轟音と共に出現し、亜人とツタのアインストを焼き払った。
「だ、大隊長か……?」
 これはギーシュもついさっき知ったのだが、我らが大隊長ことド・ヴィヌイーユ氏は『火』のスクウェアメイジなのだそうだ。
 まあ、いくらこの大隊が寄せ集めの駄目部隊とは言え、仮にも『大隊長』を任されるほどの人間である。
 それが並のメイジであるはずがない。
 ギーシュはそれを頼もしいと思いつつ、けれどこの状況では慰めにもならないということもまた思い出し、半ばヤケになってもう1体ワルキューレを作り出した。
「ディスタント・クラッシャー!!」
 鎖で胴体と繋がれたワルキューレの両腕が、爆発力を威力に変えて飛んで行く。
 その攻撃の片方はちょうど『魚』のアインストの頭のあたり(本当に『頭』なのかどうかは不明だが)にある赤い光球にぶち当たり、1体のアインストを沈黙させるに至った。
「よし!」
 灰になって崩れていくアインストを見て、決して小さくはない達成感を覚えるギーシュ。
 しかし、アインストが消えて開けた彼の視界に飛び込んできたのは、
「……え」
 『骨』のアインストの鋭い爪で引き裂かれる、自分の中隊員の姿だった。
「あ、ぁあ……」
 ここでのギーシュのミスは、『仲間が傷つく光景』や『仲間の死』というものを必要以上にマトモに受け止めてしまったことにあった。
 この場にいたのが仮にユーゼス・ゴッツォであれば、特に感慨もなくまた戦闘に戻っただろう。
 シュウ・シラカワの場合でも、多少表情をしかめこそすれ、割り切ることは出来たに違いない。
 だが、彼はユーゼスでもシュウでもなく、ギーシュ・ド・グラモンなのである。
 だから、戦闘に没頭して心も身体も熱くなっていた先程までの状況から、中途半端に冷めてしまう。
「っ、ひ、ぃ」
 そして、地獄を見た。
 いや、地獄にいることを確認してしまった。
 『ツタ』のアインストが発する熱光線によって蹴散らされる者、『鎧』のアインストの拳によって殴り飛ばされる者、今さっき自分が倒したものと同種の『魚』のアインストの電撃によって焼け焦げる者。
 槍で貫かれ、剣で斬られ、弓で射られ、棍棒で砕かれる多くの者たち。
 銃弾、砲弾、風の刃、氷の槍、炎の玉、石のゴーレム。
 誰かの怒号、聞き覚えのある声の悲鳴、ワケの分からない断末魔、獣の雄たけび、爆音、轟音、肉が潰れるような音、水袋が破裂したような音。
 敵も、味方も、怪物も。
 この場にいるあらゆる存在が傷付け合い、殺し合っている。
 血と殺戮の戦場。
 これが地獄でなくて何だ。
「ひぐっ、っ、ぅえ」
 こみ上げてくる涙と震えと吐き気を抑えようと、手を強く口に当てるギーシュ。
 次の瞬間には逃げ出したい衝動に激しく駆られるが、逃げ場などどこにも無いと気付いて、
「ぁぐ、ぐ」
 パニックを通り越し、自失する。
 それが致命的な隙となった。
 ザシュッ!!
「ぎぃ、あ!!!」
 『骨』のアインストが持っている、黄色いツノのような突起物。
 頭と肩に数個ずつ付いているそれは、『骨』の身体を離れ、頭が真っ白になっているギーシュに襲い掛かった。
 盾代わりにしていた3体のワルキューレは防壁としての役割も果たせずに撃ち破られ、結果、ギーシュは大きな裂傷を負ってしまう。
「が……ぐ、ぁぁぁああああぁぁあああ!!」
 傷口から血が噴き出る。
 主な被弾箇所は、左の腿、右のわき腹、右肩、左頬。
 直撃しなかったのは不幸中の幸いと言える。
 だが傷口からドクドクと流れていく自分の血は、ギーシュの心を折るのに十分過ぎた。
「い、痛い……痛いぃ……」
 その場に膝から崩れ落ちるギーシュ。
「……ぁ?」
 ふと顔を上げれば、自分を傷付けたらしい『骨』のアインストがズンズンとこちらに向かって来ていた。
「うっ……っく、ひぃっ!」
 ギーシュは半ば恐慌状態になりつつも無事な左腕で杖を振り、ワルキューレを1体だけ造り上げる。
 そしてユーゼスが考案してくれた『無限パンチ』を繰り出し、その伸びる拳はアインストの弱点である赤い光球へと、
『ォォォォォオオオ……!』
「あっ」
 届こうかという前に、『骨』のアインストの黄色い爪によって青銅の拳はあっけなく引き裂かれた。
『グゥゥウ…………ウゥウ!!』
「っ、ぃ、く、来るな」
 今の一撃に触発されたのか、『骨』は赤い目を光らせてギーシュへ迫るスピードを上げていく。
 ワルキューレはもう造れない。
 無限パンチを撃ってしまったせいで、造るだけの精神力が残っていない。
 武器を『錬金』、駄目だ。どうせ通用しない。
 『アース・ハンド』で足止め。……足止め? 止めたところで、またすぐに向かってくるだけだ。
 『ブレイド』で戦う。きっと駄目だ。
「あ、ぁぅ、あぁ、ああああああ」
 もはや意味を成す言葉すら出てこない。
 涙も震えも吐き気もない。
 ただ、どんどんとこっちに向かってくる『死』のことだけで頭がいっぱいだ。
「―――――」 
 ふと、真っ白になってしまった頭の片隅で。
 『僕は死ぬんだな』と、どこか冷静に受け止めてしまっている自分がいることに気付いた。
 ……気付いたところで、どうなるものでもないが。
「―――――」
 やっぱり痛いのかなぁ。
 苦しいのかなぁ。
 …………死んだあとって、どうなるんだろうなぁ。
 死んだらもう、モンモランシーに会えないなぁ。
 ああ、困った。
 それは大問題だ。
 どうしよう。
「―――――」
 呆けた頭で、とりとめのないことを考えるギーシュ。
 そんな間にも『骨』のアインストは彼に接近し、その大きく黄色い爪を振り上げていく。
 次の瞬間、
「―――――」
 ダァン、と。
 銃声が一つ響いた。
「え」
 続いてアインストの致命点である赤い光球に、ビキビキと亀裂が入る。
「……?」
 一体何が起こっているのか、ギーシュには理解が出来ない。
 と言うより、目の前で起こっていることを受け止める余裕が全くない。
 けれど、受け止められなくても『目の前で起こっていること』を見続けることだけは出来た。
「―――――」
 明らかに動きが鈍る『骨』のアインスト。
 もう一発、どこかから撃ち込まれる弾丸。
 『骨』は、その身体をパラパラと灰にしていく。
 そして銃声が聞こえてきた方向から何者かが現れ、腰に携えていた短刀を引き抜いて、アインストの赤い光球へと力まかせに振り下ろした。
『ッッッッ!!』
 ギーシュの語彙では表現しきれない、叫びのようなモノを上げてアインストが完全に灰になる。
 一連の流れを呆然と見ていたギーシュは、自分を助けてくれた人間へとゆっくり視線を動かし、それが誰かを確認する。
「ぐん、そう?」
「ご無事ですかい、中隊長殿」
 相変わらず飄々とした様子で話しかけてくるニコラ。
 だが彼もこの戦場でかなりの激闘を経てきたのだろう、その外見は有り体に言ってボロボロだった。
 一方で助けられたギーシュは、色んな感覚が麻痺しているせいで『危機から救われてホッとした』とか『助けられて嬉しい』とかいう感情すらわいて来ない。
「…………使えたんだな、銃」
 と、こんな風に頭に浮かんだことを口に出すだけで精一杯だ。
「そりゃ一応は鉄砲隊ですから」
 ニコラはどこか間の抜けた会話に苦笑しつつ、ギーシュの状態を確認する。
 まずは目でざっと見て、続いてギーシュの腕をとって軽く動かし……。
「づぅっ!!」
「……………」
 痛みに身をよじらせるギーシュの反応と、その出血箇所とを交互に見てニコラは顔をしかめた。
 しかしニコラはいつも通りの口調でギーシュに話しかける。
「中隊長殿、傷を治す魔法は使えますかい?」
「……っ、いや、水魔法はあんまり得意じゃない。それに、これまでの戦いで精神力もほとんど空っぽでね、ハハ……いッ、グァッ!!」
 ギーシュはカラ元気ながらも笑おうとするが、『笑う』という行為のせいで体のあちこちにある傷が悲鳴をあげる。
 ―――もはや笑うことにすら多大な労力を使わねばならない状態のギーシュを見て、彼の副官は大きな溜息を一つ吐いた。
「はぁ……。しょうがない、コイツを使うか」
「ん?」
 妙にやるせなさそうな表情を浮かべながら、懐から小ビンを取り出すニコラ。
 琥珀色の液体の入ったその小ビンを見て、ギーシュは首を傾げる。
「何だい、それ?」
「酒です」
「は?」
「サウスゴータから逃げ出す時に、ちょいと失敬しましてね。今まで飲み時を逃しちまってましたが……どうです、景気づけに?」
「おいおい……」
 こんな時に酒を勧められるとは思わなかったギーシュは、呆れるやら面食らうやらで思わず目をパチクリさせた。
(……いや、『こんな時』だからこそなのかな)
 飲まなきゃやってられないと言うわけでもないだろうが、この状況じゃ酒の一つくらい飲みたくなるのも仕方ないかも知れない。
 少なくとも、それも悪くないかなと自分は思い始めている。
 それに、酒一杯で最後の力が振り絞れるのなら、安いものだ。
「…………。それじゃ、いただくよ」
「どうぞ」
 ギーシュはニコラから酒の入った小ビンを受け取り、思い切ってゴクゴクと一気に飲み干した。
「ああ……」
 美味い。
 何と言うか、沁みる美味さだった。
 こんなに酒を美味く感じたのは初めてだ。
 ユーゼスは酒の類を全く飲もうとしていなかったし、そもそも酒の味や良さからして分かっていなかったようだが、何てもったいないことだと心から思う。
 今度一緒に飲みに行く機会があったら、ちょっと強引にでも勧めてみよう。
 いつかも行った『魅惑の妖精』亭で。
 飲むのに慣れてないだろうから、最初は軽くて飲みやすいものからがいいだろう。
 どんな酔い方をするのか怖いような、楽しみなような。
 …………そんな機会は、多分、もうないけど。
 それでも。
 未来のことを思えると言うのは、良いことに思えた。
「よし」
 末期の酒にしては十分だ。
 身体が熱いのは酒のせいか、それとも気分が高揚してるせいか。
 とにかく心機一転、身体はボロボロで魔法もロクに使えない状態だが、一気にパッと―――
「…………っ、あ、あれ?」
 ―――散ってやる、と決意しようとした瞬間。
 いきなり強烈な眠気が襲ってきた。
「どう、なって……」
「……すみませんな、中隊長殿」
 どんどん希薄になっていく意識の中で、ニコラのそんな声が聞こえる。
 それでギーシュは、ニコラが自分にしたことを何となく理解した。
「ぐん……そう、……酒に…………」
 言おうとしたセリフを言い終わることはなく、ギーシュの言葉が途切れる。
「…………ぅ、ぅう………………」
 ―――意識が闇に落ちきってしまう寸前。
 すまなさそうなニコラの顔を見たような気がした。


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