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ゼロのペルソナ 第4章 女教皇 前編


女教皇 優しさ・不安定

タバサがイザベラより受けた任務は過酷なモノであった。
ガリアの首都リュティスより南東に500リーグほど下った場所に存在する山間の片田舎、サビエラ村に巣くっている魔物の退治。
それだけなら騎士の仕事としては至極まっとうではあるようだが、問題はその退治すべき魔物が吸血鬼であることだ。
吸血鬼は、その名を聞いて恐怖しない者はハルケギニアにはいないと言っていいほどおそれられる魔物だ。
そして吸血鬼と戦うと命じられて恐怖しない者はあらゆる死線を越えた魔法使いか、圧倒的に危機感に欠如のある人物だけであるとされる。
吸血鬼は力ではオーク鬼、トロル鬼を下回る。彼らの使役する魔法――人間の使用する魔法とは別種の先住魔法の使い手としてはエルフに劣る。
そして太陽の光に弱いという弱点まである。
彼らを最悪の妖魔としているのは“人間と見分けがつかない”ことであった。
いかな魔法を駆使しても彼らと人間の選別することはできないのである。
                         グール
そして魔法使いが使い魔を持つように吸血鬼は一体の屍人鬼を意のままに操る。
吸血鬼に血を吸われた人間の末路は二つだけである。動かぬ死体か、動く死体か。その後者が屍人鬼である。
吸血鬼の中にはその能力と高い知性で街一つを壊滅させた者もいるという。
タバサと陽介が挑むのはそれほど凶悪な怪物なのだ。

さてタバサと陽介はサビエラ村にすでに到着していた。
彼らは村長宅で自己紹介をしている。ただし、事実どおりの紹介、ではなかった。
「えーと俺が魔法使いで花村陽介っていいます。で、この子は従者です、はい」
陽介はサビエラ村の村長にウソの自己紹介をしていた。
出会い頭からウソをつくなど気のいいものではないが、これはタバサの作戦だった。
それは吸血鬼にタバサが魔法使いだと悟らせないことである。
そして吸血鬼は人間の中に紛れ込み暮らしているので村中の人間全てにそう思わせなければいけないのだ。
つまり村のリーダーへのウソの自己紹介はその始まりなのだ。
当然のことながらこの世界で異質な学ランでは魔法使いとは思われないので陽介はいつもの姿ではなかった。
この世界に着いてから常に着ていた学生服ではなく、タバサが用意した魔法使いが着る服を着ていた。
また服だけでなくタバサの杖、マントを借り身につけていた。
着慣れないごわごわした服を着て、いかにも魔法使いという杖とマントを着て、陽介はなんだか冗談のようで、笑いたくなってくる。
もっとも先ほど笑いそうになったらタバサに背中をつねられたので今は笑わないようにしている。
タバサはというと陽介の隣で従者らしく荷物を持ちたたずんでいる。
荷物を持ちじっと佇んでいる姿は、そわそわして落ち着きのない陽介の変装よりはよっぽどそれらしく見えた。
もっとも彼女は役に入り込むというわけではなく、自然体であったが。
「ハナムラ・ヨースケさまですか……」
少なくなった髪は全て白となっている村長は確認するように言った。
ハナムラ・ヨースケという名前を変わったものと思ったのだろう。確かにこの世界では珍しい名前であろう。
実際、初めてタバサたちに名前を言ったときもキュルケとルイズに変な名前と言われた。
しかし彼は確認にとどめ名前のことはそれ以上触れなかった。
この世界だと魔法使いはイコールで貴族らしいから、貴族の名前を面と向かって変とは言わないのだろうと陽介は解釈した。
「それでは事件のことを話させていただきます」
犠牲者は報告に聞いていたとおり前任の魔法使い一人を含めた9人。
村では誰もが人を屍人鬼ではないかと疑心暗鬼に満ち、村を出て行く者も止まらない出血のようであるという。
「屍人鬼には吸血の痕があるはずと調べてみましたが、なにせこの山の中ですから、首に傷があるものだけでも7人はいましたわ」
陽介はタバサを見る。タバサは首をかすかに振った。
たとえ傷を見つけてもそれを吸血鬼のものかヒルや虫などがつけたものとの判別は難しいということだろう。
「そんなわけですじゃ……」
村長は自分の無力さを恥じるようにうつむいた。
その隙にタバサは陽介に耳打ちをした。陽介は戸惑ったが、尤もな事でもあるので結局従った。
「調査の前に村長さんの体を調べさせてもらいたいんですけど、いいっスかね?」
村長はぽかんと口を開けた。
「わしを屍人鬼と疑っているのですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……って、そーなんですけど」
陽介は手を顔の前で振りながら否定しようとするが、否定するのもおかしいと気付いてその手で頭をかく。
「……こんな老いぼれの体ですじゃ。恥ずかしがることなどありません。存分にお確かめ下さい」
村長は服を脱ぎ、生まれたままの姿になった。タバサは陽介を押しのけその老体を調べた。
小さい女の子が老人の裸体をじっと調べる光景はある意味魔法以上に現実感のない光景だな。
と、緊張感のないことを陽介が考えているうちに調べ終わった。
タバサのアイコンタクトを受けて村長に終わったと告げる。
「疑いは晴れましたかの。では、騎士さま、よろしくお願いしますじゃ」

その時、陽介は女の子が廊下にいることに気付いた。小さな顔が扉の隙間から覗き込むように見ている。
「誰ですか、あの子?」
「エルザといいます。お入りエルザ、騎士さまにご挨拶なさい」
少女は脅えた表情のまま入室し、硬い礼をした。
陽介は笑顔を浮かべる。小さい子と話すときは笑顔が大切なのだ。
「エルザって言うんだ、キミ?いい名前だね、エルザちゃん」
陽介は知り合いの小さな女の子のことも思い出されなんだか微笑ましくなった。
彼の親友の妹――本当は従妹だが――は活発で年齢に似合わず理知的な子だったが、
たしか初めて会ったときはお兄ちゃんに隠れるようにモジモジしていたものだ。
昔の記憶が思い出され、自然と笑う陽介の耳元で、タバサが再び囁いた。
「うっそ!この子も調べんの!?」
陽介は素っ頓狂な声を上げ、村長は首を振った。
「この子は勘弁してやってください」
エルザはガタガタと脅えきっていた。
陽介も、こんな小さい子を裸にするのは……。と気乗りではないところを、タバサに思い切り背中をつねられる。
「イッテ!れ、例外は認められないんで!」
タバサの言うことが情がないように見えても、実際問題として正しいから従うのだ。
決して痛いのが嫌だからタバサの言うとおりにするのではない。
村長は悲しげに呟いた。
「エルザ、服をお脱ぎなさい」
エルザは恐ろしいのか、体を震わしながら服を脱いだ。透き通るように白い肌が現れる。再びタバサは念入りに裸体を調べ、頷いた。
「もういいよ、良く我慢したねエルザちゃん、えらいぞ」
陽介ができる限り優しい声で言うが、エルザはわんわんと泣き出し服を抱え逃げ出してしまった。
「嫌われちまったな……。当たり前だけどさ……」
しょうがないというふうに陽介は目をつぶって頭を振る。
「失礼をお詫びします。でも堪忍してやってください…。あの子はメイジが怖いのです」
「いやいや別に気にしてないっすから。……ってメイジが怖い?」
「エルザは両親をメイジに殺されておりますのじゃ」
「両親ってことはお子さんですか……?」
ためらいがちに陽介は尋ねる。村長はエルザの親というには年をとり過ぎている。陽介はエルザを村長の孫だと当たりをつけている。
村長は首を振った。
「あの子とわしに血のつながりはありません。拾い子ですじゃ。一年ほど前、寺院で捨てられたのです。
聞けば両親はメイジに殺されて、逃げてきたのとことでの。おそらく無礼討ちにされたか、メイジの盗賊に襲われたか……。
森は妖魔以外の危険もいっぱいですじゃ。家族のいないわしはあの子を引き取ったのです」
「そんなことが……」
村長は遠い目を見せる。
「わしはあの子の笑った顔をみたことがないですじゃ。体も弱くて……、あまり外で遊ばせてやれることもできん……。
一度でいいからあの子の笑顔をみたいもんじゃのう……」
陽介は思わずタバサを見てしまう。
彼女はいつもどおりの無表情のまま。
陽介は考えてしまう。この世界に来てから数日しか経っていないが、自分も彼女の笑顔を見たことがない。
笑顔だけじゃない。喜怒哀楽という感情を顔に出したところを彼は見たことがない。
自分を使い魔にした少女も何か笑顔になれない理由があるのだろうか。あのエルザという少女と同じような、悲しい何かが……。

タバサと陽介は調査を開始した。
まずは被害者である女性たちの家を調べている。吸血鬼は若い女の血を好むという。
なるほど派遣され返り討ちにあってしまったメイジ以外全て若い女性だった。
状況もほぼ同じで窓・扉を固く閉め切っているというのに、吸血鬼はどこからか侵入し、ベッドで眠る女性の血を吸いつくすという。
護衛で何人かいるそうだが、なぜかいつも寝てしまうという。
「“眠り”の先住魔法……」
タバサがぽつりと呟いた。
陽介はバステ魔法みたいなもんか。と一人納得した。
「でもどっから入って来たんだ?」
陽介は首をひねる。その被害者の宅は、できる限り惨劇当時のままでとどめられていた。
当然死体は運び出されたが、寝具や家具に至るまでそのままである。
窓には板が打ち付けられている。事件当時、ドアの前には開かないようにと家具が山と置かれていたそうだ。
ところが事件後、窓に打ち付けられた板は一枚もはがされておらず、
ドアに至っては家具が動いていないどころか鍵さえ外されてもいなかったという。
「完璧な密室殺人だな、こりゃ……」
陽介はチラっと彼の主を見る。その矮躯はすすで黒く汚れていた。部屋に備え付けられた煙突を入って調べたからだ。
薄汚れたというのに証拠は何も見つからないんだから、言っちゃ悪いが徒労っぽいな。と陽介は口に出さず思った。
「吸血鬼は蝙蝠になって家の隙間から入って来ると言います。本当でしょうか?」
調査する陽介たちと同室していた被害者の親が尋ねる。
陽介は妖怪についての専門知識どころか、この世界の常識すらろくすっぽ知らないので返答に困る。そうするとタバサが従者として答える。
「吸血鬼は変化の魔法は使えない」
老夫婦は従者の言うことは本当なのかというように陽介を見る。
「そ、そーです。吸血鬼はそんなことできません」
陽介はタバサの助け舟をありがたく思いながら、せいぜい魔法使いらしく見えるように偉ぶって言った。
窓の外に、荷物を満載した馬車がごとごととあぜ道を行くのが見えた。
被害者の老父はその光景を見ながら陽介たちに説明する。
「村を出て行く者たちです。若い娘がいる家族はどんどん出て行きます。わしらも準備していたんですが……」
間に合いませんでしたねえ……と老母が言葉の先を引き取った。
陽介の脳裏に昨年、彼の住んだ町に起きた連続誘拐・殺人事件が思い出される。その被害者の一人は彼にとって大切な人であった。
だから理不尽によって娘を殺された老夫婦の気持ちも分かった。
陽介が失ったのは肉親ではなかった。ただ、好きな人だった。
この事件を解決しよう。
最初は、元の世界に戻る方法を探すには魔法使いの協力が不可欠だから、渋々ながらタバサに付いて来ただけだった。
人々が殺されていることを知り、残された遺族と出会い、陽介はもう他人事とは思えない。陽介はこの村の恐怖を払うことを強く決意した。

陽介たちが外に出るとなにやら騒ぎが起こっていた。
十数人の村人たちが物々しい雰囲気で歩いて行く。それぞれが鍬などの得物を携えている。火のついた松明を持っている者もいた。
陽介は不審に思った。
「なんだこりゃ……っておい?」
タバサは村人たちの後に続くようだ。陽介はしかたがないと先に歩いていくタバサの後を追う。
人々の流れに乗っていくとたどり着いたのは村はずれのあばら家だった。
人々がその家を取り囲み、口々に喚いている。
「出て来い!吸血鬼!」
「吸血鬼だって!?」
陽介は驚いた。あの家の中に吸血鬼がいるというのか?
見るとあばら家から四十前くらいに見える屈強な男が出てきて村人たちに怒鳴った。
「誰が吸血鬼だ!失礼なことを言うんじゃねえ!」
「アレキサンドル!お前達が一番怪しいんだよ!よそ者が!吸血鬼を出せ!」
「吸血鬼なんかいねえよ!」
「いるだろうが!昼間には出てこねえババアが!」
「おっかあを捕まえて吸血鬼とはどういうこった!病気で寝てるだけだ!」
「いいからここまで連れて来い!確かめてやる!」
「できるわけねえだろう!病気で寝てるんだから!」
「日の光に当たったら皮膚が焼けちまうからだろう!?」
「だから病気だって言ってるだろう!」
一触即発の雰囲気であった。
危ういものを感じて陽介は割って入った。
「ちょっと待てって!落ち着け!」
「なんだよコラ!引っ込んでろ!」
アレクサンドルと言い争っていた村人は陽介を怒鳴りつけるが、他の村人が彼の手にある節くれだった杖に気付いたようだ。
「貴族!」
「お城からいらっしゃった騎士さまじゃねえか」
陽介は今自分が演じている役を思い出し、それらしく振舞いこの場を納めようとする。
「そうだ。俺は騎士だ!だからおとなしくしてもらうぜ」
「だったらこの家のもんを調べて下せえ!間違いなく吸血鬼だ!」
陽介は嫌な気分になった。村長から聞いたとおりこの村には疑心暗鬼が蔓延しているようだ。
このままでは些細なことでだれかがリンチにあってしまいかねない。
「俺たちが調べっから、頼むからおとなしくしててくれ!」
村人たちが不思議そうな顔になる。頼むのは貴族らしくなかったか?と陽介は言葉の選択のミスを悟る。
「本当に貴族なのか、あんた?」
「ほ、本当に貴族で魔法使いだっつーの」
「だったら何か魔法を見せてくれ」
陽介はさっと血の気が引いていくのを感じた。
陽介は当然ながら魔法使いではない。ペルソナ使いとして魔法を使えるが、それはこの世界の魔法とは明らかに違う。
いくらこの世界のことを未だ理解していないと言っても、魔法を使う際に自身の化身を呼び出して魔法を使うのが一般的なことではないのはわかっていた。
困り陽介は隣で佇むタバサにヘルプの目配せをした。
「…タバサ」
しかし頼みの綱タバサはぼうっと立っているだけでなんのアドバイスもしない。
「なんだよ!魔法が使えないのか?」
「そんな騎士さまがいるものか!」
村人にどやされ陽介は困り果てた。ちょっと泣きそうだった。

そこでやっとタバサがその重いというかそもそも喋るための物かわからない口をようやく開いた。
「この騎士さまは音に聞こえた偉大なメイジである」
「ガキは黙ってろ!」
罵声に構わず淡々と喋り続ける。
「ただし、今は精神力が溜まってないのである。したがってあなたたちが望むような魔法が使えないのである」
「お城は何を考えているんだ!そんな情けない騎士なんかよこすな」
村人たちにあきれた顔が浮かぶ。
そこへ村長がやって来た。騒ぎを聞きつけてきたのであろう。
「お前たち何をしておるんじゃ!証拠もないのに誰かを屍人鬼に決め付けるなんてとんでもないことじゃ!
吸血鬼も怖いが、我らがお互いに疑い合うような事態はもっと恐いんじゃ!」
村長の説教に村人たちはしゅんと頭をたれた。
「でも村長……あいつの首には二つの牙のあとがあるんですよ」
アレクサンドルは激昂した。
「だから山ビルに食われたあとだっていってあるだろう。何度いったらわかるんだよ!」
タバサと陽介は駆け寄ってアレキサンドルの首を調べた。確かに赤い二つの傷が首にあった。
しかし、治りかけなので虫に刺された傷と区別がつかない。証拠としては薄弱であった。
「首に傷がついてるのは俺だけじゃないだろう?よそ者だからって俺ばっかり疑うのはひでえじゃねえか」
「とりあえず、お前の母親を改めさせてくれ」
村人の一人がそう言うと他のの村人たちも同調した。
「わかったよ!」
アレクサンドルは村人たちと陽介たちをあばら家の中へと案内した。家の中は一部屋だけであった。土間の奥に粗末なベッドが見えた。
人が入ってきたことに気付き、その上で寝ていた老婆が身を起こした。赤い派手な服を着ている。
「おい!マゼンダ婆さん!失礼するぜ!」
そう言うと老婆は「おお、おおお……」と、うめいて布団をかぶってしまった。
何人かが近づいて布団を引っぺがそうとする。
乱暴な扱いを受けようとする母を見てアレキサンドルは止めようとしたが、彼を数人の村人が羽交い絞めにして動けなくする。
一人は脅える老婆の口を無理矢理開いた。
「どうだ、レオン?」
「お袋は牙どころか歯すらねえよ!」
アレクサンドルが怒鳴り、調べていた青年レオンが頷く。それからレオンは、困ったことになったと様子を見ていた陽介たちに顔を向けた。
「騎士さま、たしか吸血鬼は血を吸う寸前まで牙をしまっておけるんでしたよね?」
陽介は横目でタバサを見る。こくりとタバサは頷いた。
「あ、ああ。そうらしい」
「じゃあ、歯がないからって吸血鬼じゃないって決まったわけじゃない」
「なんだと!」
アレクサンドルが再び激昂した。
あばら家は騒然となったが、村長が諫め、村人たちはしぶしぶといった感じで引き返していった。
「騎士さま、本当にお願いいたします。わしに出来ることならなんでもしますからの」
村長は神妙に頭を下げた。
陽介はさっそく村長に頼み事をする。もちろん、タバサに言われたとおりに。
それは自分の宿泊している村長の屋敷に、村に残っている全ての若い娘を集めてくれるようにと頼んだのだった。
おおよそ15人がタバサの寝泊りしている部屋の隣の大部屋に詰め込まれた。
それだけのことをするとタバサは調査を切り上げ、陽介を連れて自分の部屋に戻ってしまった。
人目もなくなったことで陽介はタバサに話始めた。
「アレクサンドルって親子が怪しいのはわかるけどよ……。違うような気がすんだよな……」
タバサは興味があるのかないのか判断のつかない無表情のまま尋ねた。
「どうして?」
「いや、あんまりにも怪しすぎるからってだけなんだけどさ。わかりやすいことが真実ってわけでもないだろ?
それに吸血鬼って頭いいらしいじゃん。ならそんな簡単に疑われるのかって……」
彼の言葉の言うことをどう思ったかはわからない。
彼女は「これから眠る」とだけ言った。
昼間なのにと陽介は思ったが、タバサはあっという間に寝付いてしまい、自分もやることもないので彼女にならうことにした。

時刻は夜である。
陽介は人目もはばからず、それどころか見せ付けるように酒をあおっていた。
現在、陽介の手にはタバサの節くれだった杖はなく、彼女も近くにはいない。
これは作戦である。
魔法使いが杖を持たずに酒を飲んでいるというのは、それを襲うモノとしては絶好の機会であり、何かしらのアクションを起こすはずである。
タバサは杖を持っていない魔法使い役の陽介を襲うときに不意を討つつもりである。
そのために彼女は陽介が酒を飲んでいる村長宅の庭にある納屋に隠れている。
だが陽介が酒を飲んで数刻経つが、吸血鬼は未だに姿を見せない。
陽介は顔を赤くしながら未だにちびちびと酒を飲んでいる。
「ういー、しょーじきなトコロ、おんなじご主人様にするならクマみたいにボンッキュッボンがよかったなー。なんつって…あいて!」
タバサの投げた石が使い魔にヒットした。
陽介が頭をなでていると、
「……きぃやあああああああああ」
という叫び声が聞こえた。その声は一階から聞こえてきた。
タバサが飛び出し、陽介も後に続く。
声は女性たちを集めた部屋からではなかった。幼い声であった。
家を外側から沿うように走ると割られた窓が見つかった。エルザの部屋だ。
杖を掴んだタバサ、そして陽介はそこから跳び込んだ。
「いやあああああああ!」
毛布をかぶって震えていたエルザは大きな悲鳴を上げる。
「大丈夫だ!俺たちだから安心してくれ!」
陽介は安心させようと力強く言う。しかし少女は震えているばかりである。
「くそっ、こんな小さい子まで……!」
陽介は憤りを隠せなかった。
それに対し、タバサは先ほどまでの緊張感も顔から消えて、いつもどおりの表情を浮かべていた。

それから少し経って、少し落ち着きを取り戻したエルザは小さな怯えた声で話し始めた。
「……お、男の人がいきなり入ってきて、私の体を掴もうとしたの」
「どんな奴だった?」
陽介が尋ねると、ひ!とうめきエルザは毛布をかぶってしまった。
彼女は両親を殺されたためにメイジを恐れているのだった。
実際は違うのだが純真な子供に怯えられるのは少し傷つくものだった。
「お、おねえちゃんもメイジなの?」
毛布の隙間から杖を握ったタバサに問いかける。タバサは恭しく陽介に杖を渡し、少女に向き直った。
「わたしはメイジじゃない。ちょっと騎士さまの杖を預かってただけ。だから安心して」
「魔法を使わない?」
「使えない」
タバサは表情を変えずに言った。
「寝てたら……、耳のそばで荒い息がしたの……。
そして目を開けたら男の人が立って、私をじっと見つめていたの。わたし、びっくりして叫んだの」
エルザは泣きそうな顔でタバサにしがみついた。
「口から牙が生えてて……、だらだら涎が垂れてきて……、ひっぐ、うっぐ、えぐ……」
エルザは泣き出した。
「もう大丈夫。その人は見覚えのある人だった?」
「……暗くてわかんなかった」
陽介とタバサが近づいてきたのに気付いたのか、男は何もせず出て行ったという。
その直後に陽介たちが飛び込んできたらしい。
「だから……、おねえちゃんたちが吸血鬼だと思ったの……」
「誰も見なかったよな。入れ違いだったか……!」
その男はおそらく屍人鬼だろう。だれかが分かれば、重要な手がかりとなったのに。
陽介は悪態をついて残念がった。

事態を村人たちに説明してタバサたちはエルザも伴って部屋に戻った。連れて来たのはタバサであった。
怯えていて一人では眠れそうにないということは陽介も思っていたことだが、タバサがそのように気を使ったことに陽介は少なからず驚いた。
親切心を見せながらも無表情のままのタバサの評価を上方修正する。
「それじゃあ、俺は寝るからなにかあったら起こすんだぞ」
陽介はエルザの目もあるので杖は自分で持っておくことにする。なにかあればすぐにタバサに投げ渡すつもりだ。
寝るという口実で従者役のタバサに預ける、ということも考えたが、エルザはメイジを恐れている。
せっかく彼女がなついているタバサにメイジの杖を渡すことをはばかったのだ。
タバサは何も言わないが、おそらくそれでいいと思っているだろう。
「こわい……」
「大丈夫」
寝たふりをしている陽介の耳に小さな少女とそれよりさらに小さい少女の会話が届く。
タバサの武器である杖を持っている以上、急変あればすぐにでも渡せるように寝るわけにはいかない。
「おねえちゃんはえらいよね、こどもなのにいっしょうけんめい、いっしょうけんめい働いてて、えらいなあ……。おねえちゃんのパパとママは何してるの?」
しばしの沈黙。
「パパはいない。ママはいる」
「そう。わたしのパパとママはメイジにころされたの。わたしの前で。まほうで。虫けらみいに……。だからわたしメイジきらい。おねえちゃんのパパはどうして死んだの?」
少しだけ沈黙があり、
「殺された」
とタバサは呟くように言った。
「魔法で?」
「魔法じゃない」
「じゃあママはどうしてるの?」
「寝たっきり」
陽介は横になりながらも起きて二人の話を聞いていた。
それにしてもタバサが言ったことは本当であろうか。
タバサのことだから自分が起きていることはわかっているだろうから、自分にも聞こえていることがわかって話したのであろう。
父が殺され、母が寝たきりとはどういうことだろう。彼女の身になにがあったのだろうか……。
陽介が考えごとをしているうちにエルザはタバサとさらに2,3言交わした後に寝ついたようだった。
そこに村人たちから事のあらましを聞いた村長が飛び込んできた。
「エルザ!おおエルザ!無事だったか!」
陽介はベッドから身を起こしエルザを指差し、人指し指を口に添え静かにするように示した。
村長はスヤスヤと寝ているエルザを見て安心したようだった。そして声のトーンを下げた。
「どうやら無事なようでほっとしました」
「今日から俺たちが預かります」
「そうして下されば安心ですじゃ……。しかしまさかこんな小さな子までとは……、
なんともはや、吸血鬼というのは血も涙もない連中ですのう……」
村長が出て行き、陽介は再び毛布にもぐった。布団の中でタバサの身の上について考えているうちに本当に眠ってしまった。
元の世界では飲めない酒を、いい機会だと調子に乗って飲みすぎてしまったようだ。


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