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黒夜のトッカータ-02



目を覚ましたタバサは、天蓋のついたベッドに横たわっていた。
体を起こし、見回すと小物からベッドまで豪華な調度で整えられた寝室に、自分はいる。
おまけに自分が着ている寝具も、これまた公女時代にさえ一度も袖を通した事がないような豪華なものであった。
外はまだ夜が明けていないようである。
部屋の明かりは天井に設置されたシャンデリアからもたらされているが、その明かりはとても微かなものだ。

べッドの隣の小机の上に置かれていた自分の眼鏡をかけると、自分の体を改める。
どこも、異常はないようだ。

「お目覚めのようだな。シャルロット君。」
不意に響いてきた声のする方に顔を向けるが、誰もいない。
だが、この声は聞き覚えがある。確か――。

突如、ベッドの前に無数のコウモリ達が集まり、一人の人間を形作ってゆく。
「……ヴァルター」
「ほう。私の名を覚えていてくれたか。光栄だな」
咄嗟に杖を探してみると、これはベッドのすぐ傍、手が届く所に立て掛けてあった。
タバサは杖を手に、ベッドから素早く下りて身構える。
対するヴァルターはそんなタバサを見て、くっくっと楽しげに笑いだす。
「ここは、どこ?」
杖を突きつけながら問うタバサ。
「ああ。何でも、砂漠(サハラ)という土地に接したアーハンブラ城とかいう所らしい」
「……母は、どこへやったの?」
「彼女なら隣の部屋にいる」
ヴァルターは肩を竦めながら答える。
駆け出そうとするタバサだが、ヴァルターの瞳が妖しく光だし、途端に体に力が入らなくなる。
杖を落として床に両手をつく。必死に体を動かそうと抗ってみるが、どうにもならない。
「そう慌てるな。せっかく、私から君にプレゼントを用意しておいたというのに」
きっ、とヴァルターを睨むタバサ。

「彼女は何でも、エルフの毒とやらのおかげで心が失われているそうじゃないか。
 そのせいで、君の事を伯父上の回し者としか認識できないでいるという」
「……何をしたの」
「言ってみるといい」
その一言で、タバサの体は動くようになる。
母の身を案ずるばかりに、杖も持たずに扉へと駆けていき、扉を開けてみた。

そこもまた、タバサがいた寝室と同じ豪華な造りの小部屋だった。
どうやらここは貴人を泊めるために設計されたものであるらしい。

椅子の上に、一人の女性が紺色のドレスに身を包んで座っていた。
気品に満ちているその姿に、タバサの目が見開かれ、手が、呼吸が震える。

女性がタバサの方を振り向き、生気に満ちた優しい微笑みを浮かべる。
「シャルロット」
「母様――」
この数年、心を失っていた母の口から出る言葉は自分を拒絶するものばかりだった。
それが今、はっきりと自分の名を口にした。
思わず涙が溢れ、母の元へと駆け寄るとその膝に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
母の手が、タバサの頭をそっと撫でてくる。

妙に冷たい感触だった。

「もう大丈夫よ。シャルロット。……あなたはもう、何の心配もしなくて良い。
 苦しまなくても良いのです」
母の口から出たその言葉に、歓喜に満ち溢れていたタバサの心が途端にいつもの、一人の戦士としての冷静さが蘇る。
「これからずっと……親子二人で、ここで暮らしましょう。
 夜の一族として――」

我に返ったタバサはがばりと顔を起こし、母から離れる。
母は変わらずに気品に満ちた微笑を浮かべていた。
しかし、その瞳は心を失っていた時やその前とも異なり、血のように赤く染まっていた。
さらに笑みを深めると、口元から鋭いとても小さな牙が覗いている。
「どうしたのです? シャルロット。あなたも、私達と共に永遠の夜を生きましょう」
青ざめた顔でタバサは後ずさる。

こんな、こんな事があって良いのか。

目の前にいる母は、紛れもなく生気に満ちた心を宿している。

だが、その心は人としての心ではない。

タバサの表情が絶望と哀しみで満ち溢れ、両手で口を覆った。
「私からのプレゼントは、喜んでいただけたようだ?」
背後からヴァルターの嘲笑う声が響く。
「……母に、何をしたの」
振り返り、怒りに満ち溢れた瞳で扉の淵にもたれかかるヴァルターを睨みつける。
「見ての通りだ。エルフの毒とやらを取り除いてやったまでだ。
 ……まあ、おまけもあるがな」

この男は、吸血鬼だ。
ならば、その牙で母の生き血を啜ったのか。
しかし、吸血鬼に血を吸われてもそれで死にさえしなければ屍人鬼になりはしないはず。
「私はこの土地とは違う場所から来たからね。仕組みも色々と違うのさ。
 ……彼女は既に、我が眷属の一員だよ。
 既に貞操は失っているとはいえ、美味な血だったな」
ヴァルターの言葉を無視し、タバサは寝室の床に転がる杖へと駆け寄るとそれを手にする。

「――エア・ハンマー」
タバサが呪文を唱えようとするよりも前に響いた、うがいをするような濁った声。
突如横から突風の塊がぶつかってきて、部屋の壁へと叩きつけられてしまう。
体を起こすと、ヴァルターの傍らにいつの間にか大きな杖を手にする真っ黒な禍々しいオーラを放つ小さな少女の影がそこにあった。
その姿に、タバサは驚愕する。

少女の姿は紛れもない、トリステインの制服姿の自分自身だったからだ。
だが、その眼差しは虚ろで生気が宿ってはいない。
「このドッペルゲンガーは、君達の世界にもある魔法人形スキルニルと同じ力を持った妖魔でね。
 写し取った相手の能力を複写できる」
説明しながらヴァルターが手を振ると、タバサの姿をしたドッペルゲンガーが無機質な動作で別の扉を明けて外へと出て行った。
よろめきながら体を起こすタバサは杖を拾い、ヴァルターを睨みつける。
「……わたしたちを、どうするつもり?」
「その答えは二つある。まず、母君は見ての通りだ。君の伯父上から面倒を見るように頼まれてな。
 そして、君なのだがね……」
ヴァルターは堂々とタバサの前まで歩み寄ってくる。
血に飢えた獣のような瞳で、タバサを射抜いてきた。
「私は退屈なんだ。だから、その遊び相手にでもなってもらおうかと思う。
 だからこうして杖を渡している訳だ」
「遊び相手?」
「ああ。私は君の伯父上からこれから何か達しがくるまでここにいる。
 だから私に隙を見つけたらかかってくると良い。いつでも相手になろう。
 私を滅ぼす事ができれば、母君は元に戻るからな」
にやりと不敵な笑みを浮かべる。
やれるものならやってみろ、そういう事か。

「……もっとも、それが嫌なら自分で好きにすれば良い。
 望むのなら、母君と同じ我が眷属に迎えてやっても良いぞ?」
ヴァルターの手が、タバサの頬に伸ばされる。
篭手とその上を覆うグローブを通してでも、冷やりとした感触が伝わってくる。

ちらりと、隣の部屋へ続く扉の間に立つ母を見る。
相変わらず気品と凛々しさに満ちた表情で、こちらを見続けていた。

母と、一緒になれる……。

あの時からずっと望んでいた、母の温もり。
しかし、今の母にはそれがない。
タバサが望むのは、人としての母の愛情だからだ。
夜の一族には、なりたくない。


「そうか。……では、退屈ならこれでも読むと良い」
すると、ヴァルターは一冊の本を差し出してくる。
それは憶えのある、かつての旧オルレアン邸で読み耽っていたタイトルだった。
幼い頃、母が自分を寝かしつけてくれる時に枕元で読んでくれた物語……。
「イーヴァルディの、勇者……」
おとなしくそれを受け取ったタバサはベッドに腰を下ろし、杖を立てかけてゆっくりとぺージをめくろうとする。
すると、母が自分の隣に座ってきて本をそっと取り上げてきた。
「親子水入らず、楽しむがいい。――ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ……」
ヴァルターが高い笑い声を響かせ、黒い霧となって部屋から姿を消していた。


タバサの隣に座る母は、昔のように優しく『イーヴァルディの勇者』を読み聞かせてくれた。
こうしていると、母は本当の人間のように感じてしまう。……だが、それは違う。
母の魂は、あの吸血鬼によって穢されてしまっている。
本来ならば母がこうして隣にいてくれる事に喜ぶはずが、そうは感じられなかった。

「……私は、できれば今すぐにでもあなたを眷属に迎えてあげたい」

不意に、そんな事を言い出す母にタバサはびくりとする。

「でも、今のあなたはそれを望んでいない。だから、あなたを迎え入れる事はできません。
 ……しかし、決心がついたならばいつでも私に言いなさい。私が直接、眷属へと迎えてあげます。
 そして、この城でずっと静かに暮らしましょう」
たとえ魂が穢れてしまっていても、母は優しいままだった。
まだ完全に、穢れてはいないのだろうか。
(母さま……きっと助けてみせます)
母が静かに読み聞かせてくれる中、新たな決意を心に刻んでいた。
あのヴァルターという男。許しはしない。
母の魂を穢し、弄んだのだ。
(シルフィードは、どうしたのだろう)
もしも生きていれば、恐らくは学院に助けを求めに行ったのだろう。
だが、相手はかつて自分が戦ったのより遥かに強大な、エルフに匹敵する力を秘めた吸血鬼。
ガンダールヴの力を宿したサイトや、その主人――虚無の担い手であるルイズならば勝てるだろうか。


朝が訪れる事は決してない。
恐らくは、ヴァルターが先住の魔法か何かで永遠の夜を作り出しているのだろう。
おかげで時間の感覚というものが無くなってきたように感じられていた。
何日……いや、一日という時間さえ経ったのかどうかさえ分からない。
「――っ……ああ」
恍惚とした母の吐息が聞こえる。
寝室の隣の部屋の扉は、開け放たれたままだった。
タバサはベッドの上で辛そうに俯き、両耳を塞いでいる。
母はヴァルターに抱きすくめられ、その喉に口付けをされ続けていた。
首筋から血が溢れだし、床の絨毯に滴っていく。

ヴァルターは本当に暇になると、母を呼び出してはあのように自分の喉を潤そうとしていた。
吸血鬼とはいえ、以前は本物の貴族だったのか気品のある口付けに母は喜悦した表情を浮かべてうっとりとしている。

見たくない。母のあんな姿など。
これ以上、母の魂があの男に穢されていく所なんて、見るに耐えない。
しかし、ヴァルターはこれ見よがしにと母の血を啜る様を見せ付けてくる。

やがてヴァルターが母の喉から口を離し、母の体を椅子に座らせる。
口付けの痕が生々しく残り、その痕を押さえながら母は快楽に余韻を感じているようだ。

「どうした? 退屈なら、いつでも相手になると言っただろう?」
扉を閉め、ベッドに近づいてきたヴァルターをタバサはきっと睨みつける。

「エア・カッター……!」
傍に置いていた自分の杖を手にすると同時に素早く詠唱し、至近距離からヴァルターに魔法を叩き込む。
だが、この間と同じように自分の攻撃は全てヴァルターには届かず、弾けてしまう。

「その調子だ。シャルロット君」
ベッドから飛び降り、距離を取るとヴァルターは愉快そうに笑った。
「ウィンディ・アイシクル……!」
呪文を詠唱し、無数の氷の矢を放つ。
不敵に笑ったヴァルターは床を滑るような動きで横へと移動し、かわした。
それを追撃してさらにウィンディ・アイシクルを、そしてエア・カッターを矢継ぎ早に放つ。
「……!」
タバサは目を見開く。マントで体を覆うヴァルターの姿が一瞬にして無数のコウモリの大群となって部屋中に分散し、攻撃をかわしたのだ。
さらにそのコウモリ達が一斉にタバサへと襲い掛かる。
「エア・ハンマー……!」
突風の塊を放ち、コウモリ達を退けるとコウモリ達が集まっていく場所へ杖を向け、狙いを定めた。
「ジャベリン……!」
再びヴァルターの姿が現れる寸前に氷の槍を放つ。
しかし、この攻撃もヴァルターの胸の前で勢いを失い、砕かれてしまった。

何故だ。何故、攻撃が通用しない。
まるで見えない壁か何かが攻撃を阻んでいるようだ。

タバサの視線が、ヴァルターの首飾りに填められた漆黒の黒曜石へと向かう。
先日は気付かなかったが微かに妖しい光を放つその黒曜石からは、甚大な程の魔力を感じる事ができていた。
「ああ、これか?」
その視線に気付いたヴァルターが自らの首飾りに手を触れる。
「……そうだな。種明かしをしよう。
 これは我ら夜の一族の至宝。〝漆黒の石〟だ」
タバサは漆黒の石と呼ばれたそれを食い入るように見つめる。
「君は賢者の石というものを知っているかな?」
「知らない」
「私のいた土地には錬金術という学問があり、賢者の石は究極の目標だ。それは不老不死の源とも言われている。
 未だそれが完成した試しはないが、過程で様々なものが生み出されるものだ。
 ……私の持つこの漆黒の石は、その実験過程で生み出されたものの一つなのだよ。
 この石は、我ら夜の一族の力の源――永遠に終わらぬ漆黒の夜を作り出す力を持つ」
そうか。未だに朝が訪れないのはそれが理由か。しかし、たったこの石一つでこれ程までの事ができるとは。
「そして、この石に選ばれし夜の一族に絶対の恩恵をもたらす。……故に、私は夜に愛されている」
にやりとヴァルターは笑う。
つまり、その石が吸血鬼であるヴァルターの力をさらに増幅させているという訳か。
「これを手に入れるのは苦労したよ。母の命を捧げてまで夜の一族となったのだ。
 夜の王を目指す者に、これ以上の宝はない」
「母の、命……?」
「いつだったかな。……ある所にビアンカという心優しい女がいた。
 その女は異教徒共の侵略で国を追われていたようでね。自分の夫ともはぐれてしまった。
 従者を一人、供につけさせながら各地を転々としていた。ところが、そいつの裏切りで彼女は死に瀕してしまったんだ。
 そんな時、彼女の目の前に悪魔が姿を現した。その悪魔は誰かの命と引き換えに命を助けてくれると言ってきてな。
 彼女は身篭っていた腹の子の命を捧げて、生き延びようとした」
ヴァルターはさらに笑みを深め、牙を覗かせていた。
「……だが、その前に腹の子は母の命を悪魔に売り渡し、生き延びる事ができた。
 それが、この私だ――」
「何故、そんな事をわたしに……」
「ん? ただの退屈凌ぎに決まっているだろう。
 さて……どうする? まだ続けるか?」
にやりと嘲笑うヴァルターに、タバサはこれ以上の抵抗はできなかった。



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