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黒夜のトッカータ-01



とうの昔に終わってもよいはずの夜は続いていた。
ハルケギニア一の大国、ガリア王国。その王都リュティスではひと月も前より、三日に一度、明ける事の無い夜に包まれていた。

夜――漆黒の闇が覆いつくすその時は、人々の心に自然と恐怖を植えつける。
人々は朝の温かい光を求め、早く明日が来る事を願い、床に就く。

しかし、それを好まず、むしろその闇を望む者達もいる。

「ふむ……」
顎をさする男は目の前の鏡に映し出される光景に感嘆と呟いた。
鏡の中に映し出されるのは、青い髪の少女が自分よりも大きな節くれの杖を手にし、
大振りの長剣を握る黒髪の少年に氷の槍を放つ姿だった。
少年はその攻撃を剣を振るって弾き、少女に突貫していく。突き倒した少女に剣を振り下ろしたが、
何故かその刃は少女を貫かずに地面に突き立てられていた。
「わざと外したか? ……変わった少年だ」
ここ、ガリア王国首都リュティス郊外のヴェルサルテイル宮殿、グラン・トロワの一室。
明かりも点けずに闇に包まれる中、二人の男は鏡に映し出される光景を食い入るように見続けていた。
ガリア王族の証である、青い髪の男は椅子に腰を下ろしつつ机の上に置かれたチェス盤の駒を弄りながら不敵な笑みを微かに浮かべる。
鏡には彼の右腕たる使い魔が従える無数のガーゴイル達が突如爆炎に包まれて次々と砕かれていくのが映っていた。

「ミューズよ……しくじったか」
しかし、男――ガリア王国国王、ジョゼフは不敵な笑みを崩さない。むしろ面白そうに喉を鳴らす。
「だが、そなたの望みもこれで少しは叶うかもしれぬな?」
ジョゼフは背後の闇で腕を組む男を肩越しにちらりと見やる。
「それは助かる。私もこちらに来てからは、実に退屈でね。座学をするくらいしかする事がなかったからな」
彼とは対極的な真紅の髪の男はにやりと笑みを浮かべた。
「君の姪とやらも中々なものだが、あの少年も実に興味深いな。ぜひ、彼とも遊んでみたいものだ」
「何、機会はあるだろう。我が姪は余に歯向かった。相応の罰は用意せねばならぬからな」
「それは楽しみだ。……しかし、君も面白い男だ。血の繋がった身内に対し、これまで散々酷い事をしてきたとは」
「そなたと同じ……退屈なだけだ。」
男はその言葉にくっくっ、と笑いを噛み殺していた。

「では、私はあの娘の母親とやらを連れ行くとしよう。連れて行く場所はどこが良い?」
テラスへと移動する男の背に、ジョゼフは答えを吐く。
「まずは、余の前へ連れてきて欲しい」
「うむ。――では、また会うとしよう。我が友よ」
男は一瞬にして己を一匹のコウモリへと姿を変え、ヴェルサルテイルを飛び去った。

机に向かったまま、ジョゼフは顎杖を突きながらチェスの駒を弄り続ける。
「永遠の闇を好む者……実に面白いものだ」



未だに明けぬ、永遠の夜。
ガリアとトリステインの国境沿いに位置するラグドリアン湖、
その近くに建つのはタバサの母がひっそりと暮らしている家――旧オルレアン公の屋敷だった。
自らの使い魔、風韻竜シルフィードから降りたタバサは昨晩に破り捨てた手紙の内容を反芻する。

手紙には自分のシュヴァリエの称号の剥奪と、母の身柄を拘束したので一週間以内に出頭せよという事が書かれていた。
その場所が、この屋敷だった。
つまる所、母を人質にしたからおとなしく投降しろとそういう事だ。
その後は自分に対して何らかの刑罰が下されるのだろう。
「お姉さま、本当にこのまま投降する気なのね?」
タバサは屋敷へと一歩踏み出そうとすると、シルフィードが声を発する。
韻竜は人語を解す程の知能を持った存在。普段、人前では喋らないようにさせている。
「平気。待ってて、すぐに済むから」
そのままタバサは玄関の大扉をくぐり、中へと入る。
いつもは執事のペルスランが出迎えてくれるのが、今回は誰もいない。
それどころか、人の気配すらない。

タバサは屋敷奥の母がいるはずの居室へと向かっていく。
こうして母を人質に自分を誘き出した以上、兵が潜んでいるなり、
何かしらの罠を仕掛けているはずなのであるが、その殺気すら感じられない。

だが、何が自分に向かってこようが、敵は薙ぎ倒すのみ。
今のタバサは、湧き立つ怒りによりその魔力は数段膨れ上がっているのだ。
やがて母の居室の前に立ち、扉を開ける。

小机と個人用のソファーが見えるが、そのソファーの上に母の姿はない。
ソファーの傍には、人形が転がっていた。
かつて、母が自分にくれた人形。その人形を母は今、娘だと思い込んでしまっている。
母が飲まされた、心を壊す薬のせいで。
だから今まで自分はタバサという人形として、母を助けるために、
そして母をあのようにした者達に復讐するために力を蓄えてきたのだ。
タバサはその人形を拾い、微かに顔を顰める。

(――何?)

突如、背後でカチャリと金属音が響くのを耳にし、振り向く。
ソファーの上、そこに一人の男が座っていた。
「君が、シャルロット君か」
まるで玉座に座するかのように膝を組み、顎杖をついているのはタバサとは対極の真紅の髪をした男だった。
漆黒の衣服の上にはその髪よりも深く濃い色合いの鎧、篭手や具足まで身に着けている。
歳は40過ぎに見えなくもないし、それより若くも見える。だが、その荘厳とした美貌と面差しはどことなく伯父王と似ていた。

振り向くタバサは杖を構え、男に対して言う。
「母は、どこ?」
男はその問いに答えず、困ったような笑みを浮かべて首を横に振る。
「……母親の事になると、そこまで性急になるか」
「どこへ、やったの?」
今にでも魔法を放ちかねない殺気を発しつつ、タバサは再度尋ねる。
男はソファーから腰を上げ、一歩前へと歩み出る。
「慌てるな。――君の母君なら、ここだ」
男はマントを横に一度広げて離す。

ソファーの上にいたのは、母の姿。
眠っているのだろうか、その目は閉じられうな垂れていた。

「母に、何をしたの?」
「母君は少々疲れているようだよ。……ふむ、君もそのようだな」
男は一度、母をみやってから再びタバサの方を向く。
その瞳が薄らと、赤く妖しい光を放ちだす。
「少し休むと良い……」
「う……」
突然、体に力が入らなくなる。
杖を落とし膝と両手をつくタバサは顔を上げ、男を睨んだ。その瞳は未だ、妖しい光を放っている。
落ちた杖を拾う事すらできない。体が、言う事を聞かない。

これは系統魔法などではない。ならば、先住魔法だろうか。
だとしたら、この男は一体。

必死にタバサは体に鞭を打ち、杖で体を支えながらよろめきつつ立ち上がった。

「ほう……」
男は感嘆に声を漏らしながら近づいてくる。
「――エア・ハンマー……!」
杖を振り、突風の槌を放つ。しかし、避ける素振りも見せない男はその風を受けてもまるで微動だにしていなかった。

そんな馬鹿な。
タバサは後ろへ飛び退き、慎重に杖を構える。

「君の性急さははっきりと分かった。しかし、ここに母君がいるのを忘れてもらっては困る」
男は両手を横に広げて皮肉めいた笑みを浮かべた。
タバサは唇を噛み締める。この男、母を直接盾にする気か。
「……いや、さすがにそんな事をする気はない。ただ、君に注意をしてやっただけだ」
まるでタバサの心を読んでいたかのように男は答えていた。
「……申し遅れたな。我が名は、ヴァルター・ベルンハルト。お見知りおきを」
優雅に礼をしてみせるその男がにやりと笑みを浮かべた時、彼の口元に覗いていた牙を見てタバサは息を呑む。

「吸血鬼……」
かつて、タバサが戦った事もある存在。先住魔法を操る夜の狩人、ハルケギニア最悪の妖魔。
「さて、シャルロット君。無駄だとは思うが、私は君に一つ要求をしておこう」
「要求?」
「君の伯父上殿からの頼みでね。私は君を彼の元へ連れて行く事になっている」
伯父王の名を聞き、タバサの血は逆流する。
怯えてどうする。自分は母を取り返すと決めたのだ。
たとえ目の前に立ち塞がるのが吸血鬼だろうが、エルフだろうが引くわけにはいかない。
恐怖でしぼみつつあった心が再び猛り狂う嵐で満ちていく。

「まあ、君の事だ。素直に来てくれるはずはないだろうな。もっとも、私としてはそちらを望むのだが」
ヴァルターは再びマントを横に広げ、また離すとソファーの上にいたはずの母の姿は瞬時にして掻き消えていた。
「アイス・ストーム……!」
タバサは一瞬にして呪文を唱えると、荒れ狂う氷嵐がヴァルターに襲い掛かる。
ヴァルターはパチン、と指を鳴らした。
突如、目の前に巨大な蒼炎の壁が噴き上がり、アイス・ストームを全て掻き消してしまう。
タバサは目を見開く。先住魔法を操る吸血鬼とはいえ、ここまで強大な力を持つなど聞いた事がない。
「どうしたね? 君の友と戦った時のようにきたまえよ」

この男、あの夜の事を知っているのか。
「ウィンディ・アイシクル……!」
氷の矢を作り出し、ヴァルター目掛けて放つ。
まるで身構えないヴァルターであったが、氷の矢は突如として力を失い、床に落ちていく。
ヴァルターの首飾りにはまっている漆黒の黒曜石が、妖しい光を微かに放っている……。
再びタバサはウィンディ・アイシクルを放つが、やはりヴァルターには届かない。
ヴァルターは面白げに笑うと、右手を大きく振り上げた。
彼の足元の床から、次々と無数の鋭く巨大な針の山が突き出し、こちらに向かってくる。
タバサはそれを横へ避けようとするが、針はタバサの動きに合わせて追ってくる。
「フライ……!」
呪文を唱え、宙へと舞い上がる。
しかし、ヴァルターはそれを狙っていたかのように不敵な笑みを浮かべていた。
身構える彼の右手に青白い小さな光が集まる。

ヴァルターの手から三つの蒼炎の弾が投げ放たれ、螺旋を描くようにタバサに飛んでくる。

――避けられない。

炎弾が直撃し、床の上に落ちたタバサにヴァルターは歩み寄る。
倒れたまま顔を上げるタバサはヴァルターを睨みつける。その腕にはいつの間にか、母の体が抱えられていた。
「君の伯父上から君の事は色々と聞いていたというのに。
……何でも、ずいぶん前にはキメラドラゴンという奴を仕留めたそうじゃないか。
 まだ年端もいかない少女だというのに、その功績は見事と言っておこう」
素直にタバサを賞賛しているようであったが、すぐに大きな溜め息を吐く。
「期待外れだったな」
「お姉さまから離れるのねーーー!!」
突然、窓を突き破ってきたのは己の使い魔シルフィードだった。
ヴァルターに体当たりをしようとするが、当の本人は赤いオーラを纏った右拳をなぎ払い、シルフィードの巨体を殴り飛ばす。
机やソファーを薙ぎ倒し、部屋の壁に激突したシルフィードは一撃で伸びてしまう。
「きゅい……」
「人語を解す竜、か。この世界には面白いものがいるのだな」
(この世界……?)
ヴァルターの言葉の意味が分からず、タバサは眉を顰める。
「そう無理をしなくても良い。君は疲れているんだ。……お休み」
再び、ヴァルターの瞳が妖しく光る。
意識が朦朧としていき、呆気なくタバサは気を失った。



「ほう。大したものだな。我が姪をこうもあっさりと捕らえるとは」
ガリア王国、ヴェルサルテイル宮殿、グラン・トロワの一室でジョゼフは豪快な笑い声を上げる。
足元には両手を後ろ手に縛られ気を失っているタバサ――シャルロットの姿がある。
客人用のソファーに腰を下ろし、背もたれに頬杖をつくヴァルターはそんなジョゼフとは対照的に不満そうであった。
「異国の吸血鬼とやらの力は、大したものだ。エルフにも匹敵するかもな」
「……私は不満だな。君の姪子とやらがどれだけ足掻いてくれるか楽しみにしていたというのに……」
低いテーブルの上に置かれたグラスを手にし、ワインを一口啜る。
彼の隣には、未だ意識を失ったままのオルレアン公夫人が横たえられている。
「そう言うな。そなたの力があまりにも強すぎただけの事だろう」
「強いというのも、退屈なものだ。私と張り合える相手がいないのだから、いつも力を持て余している。
 ……さて、この二人はどうする?」
ヴァルターが尋ねると、ジョゼフはタバサの体を優しく抱き起こし、その頬を撫でる。
「そうだな。東に、アーハンブラ城という場所がある。そこでこの二人の面倒をしばらく見ていて欲しい。
 二人の生き血を楽しむなり、好きにしてくれ」
「……まあ、いいだろう。しばし退屈は持て余しておくとするか」
オルレアン公夫人の体を抱き起こしたヴァルターは、にやりと笑みを浮かべて牙を微かに覗かせる。
血に飢えた獣のような、それでいて気品に満ちた金の瞳が爛々と光っていた。
「あの少年は……いずれ現れるだろうしな」
まだ楽しみが、全て失われた訳ではない。
そのために、あの竜を生かしておいたのだから。




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