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萌え萌えゼロ大戦(略)-46



 その日。トリステイン王国の南の国境クロステルマン伯爵領は静寂に
包まれていた。
 昨日行われた熾烈な戦闘もその影を潜め、虫の声すら聞こえない。
嫌に鮮やかな色合いを放つ花々が小山に咲き乱れているのがその残滓で
あることすら、やがて昔話となるはずだ。
 その小山に一組の男女の姿があった。声を潜め、物音も立てず。
二人はゆっくりと小山を調べていった。
「……あなた、どう?」
 女が先に行く男に声をかける。視線の先にいる男は、整えられた口髭を
はやした口元を優しく緩めた。
「ああ、マリー。やっぱり思った通りだよ。『キョウリュウ』の心臓は
完全に鉛になっていない。ごらん。まだ熱い部分がある」
 男――トリステイン王国王立魔法研究所、通称『アカデミー』の主席
研究員であるピエール・キュリーは、小山の裂け目から、月明かりに
照らされて銀白色に鈍く輝く熱を帯びた塊を取り出す。その輝きに、
妻のマリーも知的好奇心に満ちた笑みを浮かべた。
 二人は、いや、ハルケギニアの人間は、それが何であるかを未だ知らなかった……


 『聖地』付近に出現以来、ガリア、ゲルマニア両軍を退け、トリステインに
迫り来た鉄の竜――『キョウリュウ』にトリステイン・アルビオン連合艦隊が
多くの犠牲を払いながらも勝利したとの報は、瞬く間にハルケギニアを
席巻した。
 特にトリステイン王国の王都トリスタニアに凱旋した連合艦隊は持ち帰った
『キョウリュウ』の右腕を王都の郊外に降ろし、厳重な監視の下で民衆に
公開した。本来ならば中央広場に安置したかったのだが、『キョウリュウ』の
毒――すなわち、ハルケギニアの人間にとって未知の害毒である放射能――に
まみれているとあかぎに指摘されたためだった。
 そして……トリステイン王国魔法衛士隊統合参謀長サンドリオンは、
必死の形相で馬を走らせていた。向かう先は王都郊外の小高い丘にある
サナトリウム。今回の戦闘で重傷を負った将兵はここに隔離されていた。
 サンドリオンが急ぐ理由。それは魔法衛士隊マンティコア隊隊長である
カリン・ド・マイヤールがここに収容されていると聞かされたからだ。
しかも、カリンの騎獣であるマンティコアのジョエが療養中とのことで
隊長権限で騎乗した老マンティコア、アテナイスが帰還途中に原因不明の
急死を遂げたとあれば、馬の尻にむち打つ手にも自然と力がこもっていた。
「……バカ野郎が。無茶しやがって」
 手綱を緩めないままサンドリオンは何故すぐに会いにいかなかったのかと
己を責め、独りごちる。ここに帰還するまで、そして帰還してからの数日で、
多くの将兵、特に『キョウリュウ』と間近に戦った竜騎士隊や魔法衛士隊の
隊員が多数命を落としているとの報を受け、彼は焦っていた。
 聞けば、事前に指揮官に配給された毒消しを飲まず、配分されなかった
隊員に与えてしまっていたらしい。その上、最終的に『キョウリュウ』の
足を止めたのはカリン本人だったというから、どれほどの無茶をしたのかは
聞くまでもなかった。

 サンドリオンがサナトリウムの前に到着したとき、そこにアルビオン空軍の
士官服を着た男女の姿を認めた。二人はサンドリオンに気づくと、
敬礼して彼を出迎えた。
「トリステイン王国魔法衛士隊統合参謀長のサンドリオンだ。きみたちは?」
「アルビオン王国王立空軍、巡洋艦『イーストウッド』搭載竜騎士隊、
ガーネット小隊のグレッグ・アーウィン少尉です」
「同じく、巡洋艦『イーストウッド』操舵長、アルビオン王国王立婦人
補助空軍のリネット・ビショップ少尉です」
 ああ、とサンドリオンは思った。ここにはあの戦いで傷ついたアルビオン
将兵も収容されている。状況が思わしくなく、本国への帰還が叶わない
彼らの見舞いに来たのだろうと。
 そんなサンドリオンの思いを感じたのか、グレッグが彼に問いかける。
「……もしかして、魔法衛士隊マンティコア隊のド・マイヤール隊長の
お見舞いに?」
 サンドリオンが肯定すると、グレッグは手にしていた包みをサンドリオンに
手渡した。
「……これは?」
「タルブのミセス・あかぎからあずかったものです。ド・マイヤール隊長の
分ですから、あなたにおあずけします」
「タルブの?」
 その言葉に、サンドリオンは包みの中を改める。そこには精緻な木彫りの
額に納められた、モノトーンで描かれた精密な絵があった。まるで時間を
封じたかのようなそれに、サンドリオンは思わず左目のモノクルをかけ直し、
目を見張った。
「あの戦いの後、ミセス・あかぎの『キャメラ』という東方の道具で
描いた絵です。ほとんどの人が嫌がったんですけれど……
魂まで封じ込められたくないって」
 そう言ってリネットが微笑む。なるほど、絵の中のカリンは、妙に緊張
しているのがありありと分かる。また虚勢を張ったのだな、と、
サンドリオンは思った。
「わかった。これはあずからせてもらう。ところで、きみたちは大丈夫なのか?」
「自分は、なんとか。ただ、仲間を多く失いました」
「私は『イーストウッド』の指揮所にいましたから……もう少しで仲間の
後を追うところでしたけれど」
 サンドリオンの問いかけに、二人はそう答えた。その顔に一抹の寂しさが
去来しているとサンドリオンが感じたのは、間違いではなかった。
 この戦いに参加したアルビオン艦隊は三隻の巡洋艦のうち、二隻を喪失。
その人員と搭載竜騎士隊のほとんども戦死を遂げた。艦はどちらも爆沈と
自爆のため、彼らの遺品すら満足に回収できなかったという現実を、
サンドリオンは二人に見た気がした。


 サンドリオンと別れたグレッグとリネットは、その足をサナトリウムの
ある一室に向けた。女子区画にあるその部屋には、『アルビオン王国王立
空軍中尉 ミネルバトン・ライナグラム』の名札がかかっている。
リネットが扉にノックをして中に入ると、そこは広々とした個室。
やや遅れてグレッグがリネットに促されてから中に入ると、窓際のベッドには、
ゆったりとした病人服に身を包んだミネルバ中尉が横たわっていた。
「ライナグラム教官。アーウィン少尉がお見舞いに来てくれましたよ」
 リネットがミネルバ中尉に話しかける。彼女がミネルバ中尉のことを
『教官』と呼ぶ理由は、婦人補助空軍が創設されたときに空軍ほぼ唯一の
女性士官であるミネルバ中尉が教官として出向したことに由来すると
グレッグは聞いた。たいそうな鬼教官だったそうだが、今でもこうして
信頼のまなざしが向けられると言うことは、それだけミネルバ中尉の
教え方がうまかったのだろうとグレッグは考えていた。
 その婦人補助空軍も、第一期生五四人中三十人が今回の戦闘に参加し――
二十人を失っていた。リネット以外の『イーストウッド』指揮所要員
九人は戦友たちの最初で最期の戦場となったクロステルマン伯爵領に
戻り今も戦友の遺品を捜索しているが、成果は芳しくなかった。
 リネットの言葉に、ミネルバ中尉はゆっくりと目を開ける。一目で
分かる倦怠感。皮膚は艶をなくして赤く腫れ上がり、出血を抑えるための
包帯が痛々しい。髪も折れるように抜け落ちてしまったため、グレッグが
入る前にリネットが帽子をかぶせていた。そこからわずかにこぼれる
金髪がくすみ、グレッグにはかける言葉が見当たらなかった。
「……グレッグか」
「あ、ああ。ミセス・あかぎから、あのときの絵ができたって……」
 咳き込み、かすれたミネルバ中尉の声に、グレッグは何とか平静を
保ちつつ手にした包みを開けて絵――この世界には未だ存在しないはずの
モノクロ写真――を取り出して見せる。多くの犠牲を払いながらも任務を
完遂した、つかの間の勝利の瞬間。それを見て、ミネルバ中尉は小さく
息を吐いた。
「……何か、もうずいぶん昔のような気がするよ。
マービィ隊長も、ジャーバスも、みんな先に逝ってしまったしね……」
「ミネルバ中尉……」
 グレッグも、もちろんリネットも、マービィ大尉とジャーバス少尉が
昨夜ヴァルハラに召されたことは彼女に告げていなかった。二人とも
全身が腫れ上がり、出血が止まらないまま死んだ。おそらく、そのときに
院内が騒がしくなったことから、直感的に悟ったのだろう。
 そんなグレッグたちの視線に、ミネルバ中尉はふっと笑う。
「……あたしにそんな目を向けるのはあんたたちくらいだよ。あたしら
エリン出身者は、昔から差別されてきたからね」
 エリンはアルビオンが浮遊大陸になったときに一緒に舞い上がった
『島』の中でも最大のものだ。『虚空の道』と呼ばれる細い断崖絶壁で
繋がれたそれらの島々は、あるいはかつてアルビオンの一部だったものが
崩れ落ちずに残ったものとも言われている。同時にエリンは始祖ブリミルが
サウスゴータの地に降り立つ前からアルビオンに住んでいた先住民の
末裔たちが住む島であり、真っ先に始祖に従ったアルビオン人からは
常に差別されてきた歴史がある。
 そして、ミネルバ中尉や、マービィ大尉、ジャーバス少尉らエメラルド小隊は、
エリン出身者ばかりが集められた部隊でもあった。彼らは差別をはねのけるために
強くあり続け、その勇猛果敢さをもって自らの存在価値を明らかにして
いたのだった。
「そんなことありません。ライナグラム教官が私たちに教えてくれたことは、
そんなことじゃなかったはずです」
「そうだよ。第一、うちのカニンガム隊長から俺たちまで、そんな目で
見たことあったかよ?毒で気が弱くなったじゃないか?ミネルバ中尉」
 ミネルバ中尉の気弱な発言を二人は即座に否定する。その様子に、
ミネルバ中尉はふうっと息を吐いてベッドに横たわる。
「……グレッグ、リーネ」
「え?」
「何ですか?」
「……くやしいけど、あたしの戦争は、ここで終わりみたいだね……」
 それだけを言い残して。ミネルバ中尉は静かに目を閉じた。容態の
急変に二人が慌てて立ち上がる。
「ライナグラム教官!?」
「誰か!早く来てくれ!ミネルバ中尉が!」
 グレッグがベッドに備え付けられたベルを鳴らす。にわかに騒がしくなる
部屋の主は、もうその音を聞くこともなかった。


 それから少し時間をさかのぼり――サンドリオンは受付で聞いたカリンの
病室に足を向けていた。面会謝絶で最初は断られたのだが、魔法衛士隊
統合参謀長の肩書きで強引に場所を聞き出したのだ。だが……
「……ここ、女子区画だよ、な?」
 まさか、子供扱いされてここに入れられたのか?間違えたかと思った
サンドリオンの前に、一人の女性が姿を現す。
 鮮やかなピンクブロンドの髪をショートカットにした、柔和な面持ちの女性。
どことなく自分は彼女を知っているような気がしたサンドリオンは、
思わず足を止めた。
「……失礼ですが、ここにどのような御用で?」
 女性にそう声をかけられて、サンドリオンはここが女子区画だと改めて
思い出した。不審者だと思われたのかと思い、内心冷や汗をかきながら
何とか平静を保つ。
「あ、いや……わたくしはトリステイン王国魔法衛士隊統合参謀長の
サンドリオンと申します。
 マンティコア隊隊長のカリン・ド・マイヤールの部屋がこちらだと
聞いてきたのですが、間違えたようだ」
 そう言って引き返そうとするサンドリオン。それを女性が留めた。
見ると、女性の顔には驚きと安堵の色が見えた。
「あなた様が……是非妹に会ってやって下さいな。今を逃せば、
もう会えないかもしれませんよ」
「妹?」
 思わず聞き返したサンドリオン。その意表を突かれた顔に、女性は
静かに告げる。
「はい。カリン・ド・マイヤール……
いいえ、私の妹、カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールに」

 カリンの個室は、面会謝絶の札が掲げられた向こう側にあった。
間違いなく王の計らいだろう。女人禁制(かつて魔法衛士隊総隊長代理だった
ヴィヴィアン・ジェーヴルのような『やむを得ず一時的な』例外こそあれ)な
魔法衛士隊の最強部隊の『伝説』が実は女だと知られたら、確かに一大事ではある。
 カリンの姉が扉をノックする。返事はない。そこに彼女が声をかけた。
「……カリーヌ。魔法衛士隊統合参謀長のサンドリオンさまがお見舞いに
いらっしゃったわよ」
 とたんに中からドタバタと何かをひっくり返すような物音がした。
思わず溜息とともにこめかみに人差し指を当てる姉。
そのとき、サンドリオンがあることに気づいた。
「姉君、もしや、その髪は……」
 サンドリオンは気づいた。カリンの姉の髪が、昨日今日切ったかのような
雰囲気なことに。それを指摘されたカリンの姉は、優しく微笑む。
「ええ。妹のかつらに。妹の髪は綺麗なピンクブロンドでしたのよ」
「ええ。よく知っています」
 サンドリオンはそう言うと、促されるままに部屋に入った。

 そこはかなりの格がある貴族向け宿の個室のような部屋だった。
サナトリウムの最上階にあり、大きく開けられた窓からはトリスタニアの
全景が見える。その窓際の大きなベッドに、カリンはいた。
「……いったい何をしに来た?」
 カリンはゆったりとした病人服に身を包み、つばの広い婦人用の
真っ白い帽子を目深にかぶって、サンドリオンをにらみつける。
その様子に、サンドリオンは深く溜息をついた。
「まだそうやっておれに悪態つけるようなら大丈夫だな」
 口ではそう言うが、サンドリオンはカリンの様子がただ事ではないことくらい
すぐに分かった。病人服から見える肌は火傷のように赤く腫れ、包帯で
隠されず見えている箇所はところどころ鬱血している。帽子から見える
髪が少ないのも、姉君の言葉を裏付けるには十分だ。
 サンドリオンはベッドの傍らの椅子に腰掛けると、カリンに向かい合った。
姉君の姿はもうない。二人きりにしてくれた配慮を、サンドリオンは
言葉に出さず感謝した。
「用件は二つ、いや三つある。一つはお前の見舞い。それから、入り口で
アルビオン空軍のアーウィン少尉からこれをあずかった。
タルブのミセス・あかぎからだそうだ」
 そう言って、サンドリオンは入り口でグレッグから預かった写真の額を
カリンに手渡す。
 実はあかぎとサンドリオンは王宮ですれ違っていたのだが、これについては
何も言われなかった。先にグレッグに渡していたためか、サンドリオンが
カリンのところに行くことを知らなかったのか。

 サンドリオンにとっても、あかぎという女性はつかみどころのない存在だ。
三十年前に夫や協力者のアルビオンの女メイジとともに秘薬『ミジュアメ』を
生み出した、トリステインの香料・医薬ギルドと険悪な仲である東方出身の
商人であると同時に、冒険者としての腕も立つばかりか医学や薬学にも
長けており、本人の年齢も不詳。夫たちとは違い年を取らないその姿から
東方の伝説の仙女という噂さえある。
 だが、彼女が知る高度な知識、特にハルケギニアのどの国よりも進んだ
簿記を学びたいと、ギルドの手前非公式にタルブを訪れる者は少なくないと聞く。
余談だがこれについてはいくら金子を積まれても彼女は首を縦に振らず、
現在まででこの技を習い得たのは個人的な交流から『ミジュアメ』の
卸を引き受けているクロステルマン伯爵夫人だけだという。
それを使えば資産から借金の利息まで即座に分かるというが、経理に
詳しくないサンドリオンには眉唾としか思えなかった。

「あかぎから?」
 カリンは包みを受け取ると、すぐに中を見た。出てきた精緻な彫刻が
施された額に納められたモノクロ写真に、カリンはぽつりとつぶやく。
「……何か、もうずいぶん前の事みたいだ」
「言うな。無茶をしたのはお前だ」
 サンドリオンは冷たく言い放った。
その言葉に、カリンは頬をかこうとして……痛みに顔をしかめる。
「まったく。病人はおとなしく寝ていろ」
 サンドリオンはそう言って優しく布団を掛ける。そうしてカリンに
触れようとして……痛みに怯えるその姿につい手を引っ込めた。

 そのままどれくらい時間が過ぎたか。カリンがぽつりとサンドリオンに
話しかける。
「……何も、言わないんだな」
「お前が女だったことか?驚きはしたが、おかげでおれに少年愛の気が
ないと一安心した」
「お前はひどいやつだ」
「ああ。おかげで本来予定になかった三つ目の用事ができた」
 カリンの恨みの視線をサンドリオンは真っ正面から受け止める。
そして……言った。
「三つ目の用事だ。……カリーヌ。おれと……一緒に来てくれないか?
これから、ずっと」
 真顔で言うその言葉に、カリンはあっけにとられた。どういう意味か
考えあぐね――それに気づいたとたん、顔を真っ赤に染める。
「ななななな……さ、サンドリオン?!っつ……」
 身をよじろうとして痛みに顔を歪ませるカリン。
その小さな体をサンドリオンが優しく包み込む。そのままカリンの耳元で
ささやいた。
「ピエール。ピエール・ド・ラ・ヴァリエール。それがおれの本当の名前だ」
 カリンの目が驚きに見開かれた。その家名を知らぬ者はトリステインには
いない。王家の庶子をその祖とする大貴族、ラ・ヴァリエール公爵家。
王国でも三指に入る名門だ。
「ラ・ヴァリエールって……!?サンド……ピエール?」
「不肖の親不孝さ。カリーヌを失って、父上に反発して。灰をかぶって
名前さえ捨てた。けれど、今日きみのことを知って決心がついた」
 思わず大声を出すカリン。『カリーヌ』が自分を指すものではないことは
分かっている。サンドリオン――ピエールと一緒に暮らしたあのとき、
眠っていた彼の口からこぼれた名前。同じ名前だから?いや、そうでは
ないことをカリンは知っていた。
 カリンの返事を待たず、ピエールの指がカリンの細い顎の稜線をなぞり、
ゆっくりと唇が近づいていく――
 そのとき。突然どたーんという音ともに扉が開かれ、複数の人間が
部屋になだれ込んでくる。反射的に離れる二人。見れば簡素だが貴族らしい
質の良い衣装に身を包んだ老紳士を下敷きに、困った顔をした長いピンク
ブロンドの髪を美しくまとめた中年の貴婦人。それに同じく困った顔の
カリンの姉。
どうやら部屋の外で盗み聞きしていたのが、あまりのことに扉を破って
しまったらしい。
 老紳士は女性たちにしかれたまま、わなわなと震える指をピエールに向ける。
「ま、まさか……。サンドリオン、いやピエールどの。あなたは本当に
ラ・ヴァリエール公爵閣下の?」
「ええ。ミスタ・マイヤール。不出来な息子です」
 思わぬことに落ちかけたモノクルを直し、未だ起き上がれぬカリンの父と
目線を合わせるようにかがみ込んでピエールは言った。
そして、肩をすくめる。
「ま、父上に焼かれることは覚悟の上ですが。それでも決めた以上は
たとえ父上と対峙することになってもカリーヌを妻とし、家督を継ぐ
所存です」
「しかし、我が家では格が違いすぎるのでは?」
「たとえカリーヌが平民の娘であったとしても、わたくしは同じ事を
言いますよ。義父上」
 その言葉にカリンの父は号泣する。
「わ、わたしを義父と……。あの、女だてらに騎士になるんだと屋敷を
飛び出した、おてんばな放蕩娘が……こんな素晴らしい婿殿を見つけて
くるとは。ううっ」
「あなた、せめて起き上がってから……」
「うるさい!それならさっさとどかんか!」
 上に乗っかったままの妻と娘を押しのけるようにカリンの父は立ち上がる。
起き上がると同時にピエールの手を取るカリンの父。
その様子に、カリンはぽつりと言う。
「……そうやって。わたしをからかってるんだ?わたしがもうすぐ死んで
しまうから」
「カリーヌ……」
 カリンは泣き笑う。カリンの両親も姉も、現実に引き戻されたかたちに
なって言葉を失った。
 そこににわかに廊下が騒がしくなる。それを聞いてカリンは言った。
「ほら、また誰か死んだ。次は、わたしかな?」
 しかし、ピエールは静かに言う。
「いや。まだだ。今毒にやられた人間を治すため、あるメイジを招聘すべく
外交交渉が秘密裏に行われている。
 治し方だけならミセス・あかぎが知っているが、彼女一人ではできないらしい。
必要な道具も彫金や細工に長けたメイジや平民の細工師を集めて大車輪で
制作中だ。
 光栄に思えよ。陛下はお前を治すためなら国庫が空っぽになろうとも
領土を失おうともかまわぬとおっしゃった」
 あまりのことに驚きの声を上げるカリンたち。カリンは思わぬ展開に
ピエールに問いかける。
「……いったい、それ、どこと?」
「ガリアだ」
 ピエールの言葉に、再びカリンたちは驚きの声を上げた。


 ピエールのその言葉から少し時をさかのぼり――トリステイン王国の
王都を象徴する王宮では、国王フィリップ三世にあかぎが謁見していた。
武装を外し、千早と袴姿のあかぎは、その容姿とともにここでは異彩を
放っている。
「そちの言うとおり、打てる手は打った。
 烈風カリンのみならず、一人でも多くの人間が救えるのであれば、
あのルイめが法外な対価を要求しようとも、我が領土を切り取ろうとも
惜しくはない」
 玉座に座する王の顔には疲れが見えていた。
 カリンやミネルバ中尉たちの症状から被曝による急性放射線症だと
知ったあかぎは、すぐに王に理解できる形でそれを知らせた。だが……
「それにしても、恐ろしく、情けない事よ。
 あの『毒』が生き物の体を形作る設計図と呼ぶべきものを破壊する
ものだったとは。
 なるほど、死んでいった騎士たちを見ればよく分かる。体毛は伸びる
ことなく折れるように抜け落ち、爪も抜けるようにはがれ落ちた。
火傷のようになった肌すらも、垢とともに新しい皮膚ができることなく
消え去った。目をやられ、血を吐き、もはや言葉にならぬ苦しみの果ての
死を迎える余の騎士たちを慮れば、胸が張り裂ける思いだ」
「陛下……」
 あかぎは苦悩する王にどう言葉をかけて良いものか迷った。
実際、あかぎが提案した治療方法を、トリステインの『水』メイジたちは
異端の恐怖としか受け取らなかった。
 そこに代案を提案したのがタルブ領主アストン伯だった。彼は噂で
聞いたガリアの若き天才『水』メイジ、南薔薇花壇騎士ラルカスならば、
その奇想天外とも言える治療法を喜んで実行するだろうと。
だが、今回の『キョウリュウ』の一件で、ガリアも多くの犠牲を払って
いることは明白だ。そうたやすく応じてくれるだろうか……そう考えたとき、
王は言った。
「かまわぬ。あのルイめに金でも領地でも好きなものをくれてやると言え」
 その言葉が天の声となって、王都へ帰還途中のトリステイン艦隊旗艦
『ラ・レアル』から、最速の風竜を駆る竜騎士が飛び立ったのだった。
同時に、王の命令書を携えた別の竜騎士が王都へ飛ぶ。そして王の後詰めとして
王都にいたサンドリオン――ピエールが急ぎ精密加工を得意とする
『土』メイジや平民の職人を集め、あかぎが描いた設計図に従った道具を
製作し始める(要求されるあまりの精度と想像を絶する短納期にメイジたちが
心折れそうになり、平民の職人たちが気合いを入れたのは余談だ)。
また、ピエールは王の命令書に書かれていたとおり、今回の戦闘に参加した
将兵たちの家族を集めるよう各地へ使いを飛ばす。彼はそれをもう先がない
将兵たちへの手向けだと思った。
 そうして王らが王都トリスタニアへ凱旋したときには、すでにカリンらが
発症してから三日目の朝を迎えていた。しかも、さらに二日が過ぎた
今になっても返事がない。あかぎは内心焦る気持ちを何とかして抑えることに
必死だった。
「……今回は時間との闘いです。陛下。ド・マイヤール隊長たちは、
保って二週間。
いえ、昨夜までで、ド・マイヤール隊長より『キョウリュウ』の心臓近くにいた
アルビオン空軍のドナヒュー大尉とドルトムント少尉が亡くなられました。
もう時間がありません」
 あかぎの言葉に嘘はない。放射線障害は時間との勝負だ。しかも、
恐ろしく分の悪い。加えて、あかぎが知る治療法も、かつて帝国海軍の
研究所が小規模の臨界事故を起こした際の犠牲者から判明した、理論先行のもの。
それでも、あかぎはこれに賭ける価値があると確信していた。
 そこに、トリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンが現れたことを
告げる声が響く。王が謁見の間にオスマンを通すよう告げると、同時に
退出しようとするあかぎを引き留めた。
「そちにも聞いてもらいたい。意見を求めることもあるかもしれぬ」
「かしこまりました」

 トリステイン王国の貴族の子女たちを多く引き受ける魔法学院。
その歴史ある学院の当代学院長であるオスマンは、齢三百歳とも噂される
貫禄と、『土』メイジとしての卓越した伎倆から『偉大なる』(オールド)
オスマンと称されていた。
 だが、その容貌は、整えられた銀髪と綺麗に剃られた口元から、
壮年の域にしか見えない。そして、オスマンは子供たちを預かる教育者の
立場から、学院への政治的、軍事的介入を嫌い、また生徒の学徒出陣には
徹頭徹尾反対の立場を貫いている。そのため、今回の戦いにも自ら参加する
ことはなかった。
 オスマンは謁見の間に通されたとき、そこにいる意外な人間に目を細めた。
だが、それも一瞬のこと。次の瞬間にはそれを霧消させ、オスマンは
王に向かい合う。
「トリステイン魔法学院学院長オスマン、お召しにより罷り越しました」
「今回は余の命に逆らわなかったな。オスマン」
「わたしがいなくなっては、王政府の横紙破りを阻止できる人間がいなく
なりますからな」
「そちの言い分も理解できるが、何分にも我が軍は常に人手不足だ。
国の大事に優秀な人材であれば欲しいと思うのは道理ではないか?」
「学生の本分は勉学でございますれば。人殺しの訓練は卒業後、彼らが
望んでからで十分でございましょう」
 王の言葉に、オスマンは一歩も引くことがない。王はそれに怒りを
見せることもなく、淡々と告げる。
「『虚無』を捜せ」
「は?なんとおっしゃいましたか?」
 突然のことにオスマンも我が耳を疑った。王は続ける。
「余はこのトリステインのどこかにいる『虚無』を捜せ、と言った。
これは命令だ。たとえ余が始祖の元に召されようが、撤回されることはない」
「いやはや……。しかし『虚無』とは……。伝説の彼方の系統を、
どのように判断せよ、と陛下はおっしゃいますかの?」
「少なくとも三十年前、そして今このとき、このトリステインのどこかに
伝説の使い魔『ガンダールヴ』を使役する『虚無』が存在する。そちは
それを捜すのだ」
「何故そのようなことを?」
 オスマンは問う。王はあかぎに視線を向けた。
「そちはこの者を知っておるか?」
 王に促されて、オスマンはあかぎと視線を合わせる。にっこりと微笑む
あかぎに、オスマンはさしたる興味も示さなかった。
「東方より来たる仙女の噂も高き御仁ですな。以前お目にかかったことも
ありますかの」
「ええ。二十年前に。こちらはよーく覚えていますわ」
 その言葉には軽く非難の意が込められていたが、オスマンは意にも
介さない。その様子に、王は軽く溜息をつく。
「……どうやら双方とも思うところがあるようだな。まぁ余の与り知る
ところではない。
 オスマンよ、この者が『虚無』の使い魔『ガンダールヴ』の右手の槍の
一人だと余が言えば、そちは信じるか?」
「これはまた……。伝説の武器がこのようなおなごの姿で現れるとは。
しかも『一人』ということは、他にもまだおりますようですな」
 王の言葉にオスマンは感心したような視線をあかぎに向けた。王は続ける。
「そうだ。この者だけではない。そして、先日このハルケギニアに大いなる
災厄をもたらした鉄の竜、『キョウリュウ』もまた、その一つだったのだ」
「なんと!」
 あまりのことに思わず声を上げるオスマン。その様子を見て、王は
玉座から立ち上がり、オスマンの目の前に立った。
「だから余は『虚無』を捜さねばならぬ。この国に、未だ目覚めぬ
『虚無』がいる限り、『聖地』に召喚されし『槍』はこのトリステインを
目指す。己を手にする伝説の使い魔と、その主の許へな」
「しかし……。陛下は『虚無』をその手に収めた後、いかがなさるおつもりか?
始祖の系統たる伝説の『虚無』と、千の兵を相手に一歩も退かぬとされる
伝説の使い魔をその手に、このハルケギニアに覇を唱えるおつもりか?」
「余を見くびるでない!」
 突然の王の叱責に思わず一歩後ずさるオスマン。王はその目前に
指を突きつける。
「余は『虚無』をもってしてまで戦がしたいとは思わぬわ!
 いいかオスマン、余は国を安んじるために『虚無』を捜せと命じたのだ。
伝説の『虚無』の居所さえはっきりしておれば、このような無用な戦は
起きぬ。故に、余はそちに命じるのだ!」
「……私たちは出会えませんでしたけれど、三十年前、そして今――
このトリステイン王国のどこかに、私たちが出会うべき『虚無』がいる
はずです。捜し出してもらえませんか?もうこんなことが起きないように
するためにも」
 王の命だけでなく、あかぎも祈るようにオスマンに懇願する。
その様子に、オスマンもようやく折れた。
「……やれやれ。わたしをここに呼んだのは、わたしがこのトリステイン
王国の名だたる貴族の子女たちを預かる魔法学院の学院長という地位故
ですか」
「否定はせぬ。だが、そちが余など比べものにならぬほどの永き刻の
移ろいを見、そして見聞を広めたことを知らぬとでも思ったか。
そちが分からぬのであれば、他の誰が『虚無』を捜し出せようぞ」
「御心のままに」
 オスマンは臣下の礼をもって王の言葉に応える。そこに取り押さえようとする
魔法衛士隊を振り切り、息も絶え絶えな竜騎士が飛び込んできた。
「何事か!」
 王の一喝に、竜騎士は懐から書簡を取り出し王に捧げる。
「へ、陛下。ガリア王が……ガリア王が……」
 そこまで言ったとき、竜騎士は不意に意識を失った。
一睡もせずガリア王国の首都リュティスからこのトリスタニアまで強行軍を
続けたのだろう。王とあかぎがすぐさま竜騎士の許に駆け寄り、疲労困憊で
意識を失った以上の別状がないことを確かめた。
 竜騎士が身命を賭して持ち帰った書簡。そこには確かにガリア王国
王家の花押が捺され、それが紛れもないガリア王ルイ一三世からの書簡で
あることを証立てている。

 王は封蝋を破り書簡に目を通す――そのとき、多くのものを巻き込みながら
歴史の歯車が一際大きく音を立てて動き始めたことに気づいた者は、
まだ誰もいなかった。



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