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Adventure-seeker Killy in the magian world quest-02
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匿名ユーザー
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LOG-2 奴隷 サーヴァント
深刻な面持ちの割には、興奮した様子で中年男性と老人が話しこんでいた。
霧亥は正しく理解しなかったが、トリステイン魔法学院の学院長と教師である。
「これは脅威です。オールド・オスマン」
毛髪の後退した頭皮に浮かぶ汗をぬぐいながら、声を潜めて喋る。
「分かりますか? 彼と、彼の所持品を見れば明らかです。これは我々の手に負えることではない…!」
「落ち着かんか、ミスタ・コルベール」
老人、オスマンは更に声を落とすように、手で指示する。
「状況を整理しよう、部屋に入ってくるなり、何の説明もなしにそれはなかろう」
「では説明しましょう」
コルベールは、ひとつの透明なビンのようなものを机に抛った。
「キリイと名乗ったときに、彼が自身に打った薬の容器です」
「これが?」
説明をせずとも、そのアンプルを手に取ったオスマンは驚愕の表情を浮かべている。
「ガラスではありません。こんな材質は例に漏れずハルケギニアには存在せず、こんな加工を可能にする技術も存在しません。」
「中心部分は柔らかいのう……この針の精巧さもどうじゃ、すぐには針があると分からん」
「そして、これです!」
とうとう声を張り上げたコルベールに、オスマンは辺りを反射的に見回す。
「声を下げんかい」
息を整えて、汗を再びぬぐってから、コルベールは右手で背中に隠すように持っていた棒切れを机に置く。
コルベールの目は好奇心と焦りで輝いていた。
「これは何だと思います?」
「彼が足に刺していたものじゃな、これが一体―――」
「硬度、靭性、どれをとっても、まったくありえないほどの強度を持つ、未知の金属です! いや、叩いて延ばすことも出来ませんでしたから、金属かどうかも……!」
「―――またしても、か…ただの鉄棒に見えるがのう」
強引に力を加えて千切ったような断面を持つ、膝から踵までほどの長さの金属棒に、オスマンはため息をついた。
「それが恐ろしいのです。こんなものが、ただの鉄棒か何かのように、その辺りに転がっている世界など想像できますかな!?」
「ありふれているとは限らん」
「いえ、これは明らかに即席の義足です。そして、特殊な加工を施さず、どこからかもぎ取ってきた物そのままです。そのような余裕のない状況で、わざわざ特殊な材質を探すことなどしないでしょう」
金属棒を手に取ると、断面近くを指差して続ける。
「更に、ここに付いているのは“手形”です! 彼が、その手でもいだ様にしか思えませんな! 彼個人の力も、その装備品から伺える故郷の力も、まったくもって脅威です!」
「手でもいだと言うが、そんなもの、本当にただの鉄棒であっても出来ることではないじゃろう」
コルベールは机を叩かんばかりに、その言葉に食いつく。
「いいえ、貴方も見て聞いたはずですよ。彼が、軽度とはいえ固定化された分厚い学園の壁を、確かに一撃で粉砕したのを!」
「落ち着け……それは目下分析中の段階じゃ。それで、彼の鎧の方はどうじゃった?」
またコルベールは汗を拭き、金属棒に目を向けたままオスマンも釣られて汗をぬぐった。
ハンカチを畳まずに詰め込み、コルベールは足元の皮袋を拾い上げる。
「オールド・オスマン、この世でもっとも硬い物質は何です?」
「ダイアモンドじゃろう」
真意を読み取れないといったように、オスマンが答える。
コルベールは「そうです」と例によって大声で肯定し、オスマンはそれを抑えるように手を上下させた。
「失礼ながら、学院に資料用に保管してある宝石類から、これを拝借させていただきました!」
オスマンは目を見開いて、コルベールの差し出した石ころを引っ手繰る。
小指の先ほどもない小さなその欠片には、まだ少しばかり高貴な輝きが残っている。
「なんじゃこれは、何をしたらそうなる!」
「試料を採ろうと、それで削ろうとしたのです。その金属棒と、彼の着ていた鎧の部品の両方に対して行いました。結果がそれです。」
ずたずたになったダイアモンドを持って嘆くオスマンの前に、皮袋の中身がぶちまけられる。
中にはスキンスーツの一部である、きわめて密着性の高いサイハイ・ブーツの構成部品が入っていた。
もちろん、霧亥が重症を負った際に、その大部分は破損し、包帯と義足の固定剤代わりに傷口周辺に巻きつけていたものや、再構成時に剥がれ落ちた破損部品ばかりである。
いずれも先のダイアモンドより酷い有様だったが、それ以上に価値あるものだった。
「傷ひとつ付かず、逆にダイアモンドが削れました。さらに、切り口が尖っているので、その金属棒でも削ろうと試しましたが無駄でした」
「前者はともかく、後者は他の教員の手を借りたじゃろう、つい先ほど外に見えたゴーレムはそれか…無用心じゃな」
「分かっていますが、とにかく一連の簡単な実験だけでも確証が得られました、まったくもって脅威ですな! こんなものを生み出した彼の国は!!」
霧亥は正しく理解しなかったが、トリステイン魔法学院の学院長と教師である。
「これは脅威です。オールド・オスマン」
毛髪の後退した頭皮に浮かぶ汗をぬぐいながら、声を潜めて喋る。
「分かりますか? 彼と、彼の所持品を見れば明らかです。これは我々の手に負えることではない…!」
「落ち着かんか、ミスタ・コルベール」
老人、オスマンは更に声を落とすように、手で指示する。
「状況を整理しよう、部屋に入ってくるなり、何の説明もなしにそれはなかろう」
「では説明しましょう」
コルベールは、ひとつの透明なビンのようなものを机に抛った。
「キリイと名乗ったときに、彼が自身に打った薬の容器です」
「これが?」
説明をせずとも、そのアンプルを手に取ったオスマンは驚愕の表情を浮かべている。
「ガラスではありません。こんな材質は例に漏れずハルケギニアには存在せず、こんな加工を可能にする技術も存在しません。」
「中心部分は柔らかいのう……この針の精巧さもどうじゃ、すぐには針があると分からん」
「そして、これです!」
とうとう声を張り上げたコルベールに、オスマンは辺りを反射的に見回す。
「声を下げんかい」
息を整えて、汗を再びぬぐってから、コルベールは右手で背中に隠すように持っていた棒切れを机に置く。
コルベールの目は好奇心と焦りで輝いていた。
「これは何だと思います?」
「彼が足に刺していたものじゃな、これが一体―――」
「硬度、靭性、どれをとっても、まったくありえないほどの強度を持つ、未知の金属です! いや、叩いて延ばすことも出来ませんでしたから、金属かどうかも……!」
「―――またしても、か…ただの鉄棒に見えるがのう」
強引に力を加えて千切ったような断面を持つ、膝から踵までほどの長さの金属棒に、オスマンはため息をついた。
「それが恐ろしいのです。こんなものが、ただの鉄棒か何かのように、その辺りに転がっている世界など想像できますかな!?」
「ありふれているとは限らん」
「いえ、これは明らかに即席の義足です。そして、特殊な加工を施さず、どこからかもぎ取ってきた物そのままです。そのような余裕のない状況で、わざわざ特殊な材質を探すことなどしないでしょう」
金属棒を手に取ると、断面近くを指差して続ける。
「更に、ここに付いているのは“手形”です! 彼が、その手でもいだ様にしか思えませんな! 彼個人の力も、その装備品から伺える故郷の力も、まったくもって脅威です!」
「手でもいだと言うが、そんなもの、本当にただの鉄棒であっても出来ることではないじゃろう」
コルベールは机を叩かんばかりに、その言葉に食いつく。
「いいえ、貴方も見て聞いたはずですよ。彼が、軽度とはいえ固定化された分厚い学園の壁を、確かに一撃で粉砕したのを!」
「落ち着け……それは目下分析中の段階じゃ。それで、彼の鎧の方はどうじゃった?」
またコルベールは汗を拭き、金属棒に目を向けたままオスマンも釣られて汗をぬぐった。
ハンカチを畳まずに詰め込み、コルベールは足元の皮袋を拾い上げる。
「オールド・オスマン、この世でもっとも硬い物質は何です?」
「ダイアモンドじゃろう」
真意を読み取れないといったように、オスマンが答える。
コルベールは「そうです」と例によって大声で肯定し、オスマンはそれを抑えるように手を上下させた。
「失礼ながら、学院に資料用に保管してある宝石類から、これを拝借させていただきました!」
オスマンは目を見開いて、コルベールの差し出した石ころを引っ手繰る。
小指の先ほどもない小さなその欠片には、まだ少しばかり高貴な輝きが残っている。
「なんじゃこれは、何をしたらそうなる!」
「試料を採ろうと、それで削ろうとしたのです。その金属棒と、彼の着ていた鎧の部品の両方に対して行いました。結果がそれです。」
ずたずたになったダイアモンドを持って嘆くオスマンの前に、皮袋の中身がぶちまけられる。
中にはスキンスーツの一部である、きわめて密着性の高いサイハイ・ブーツの構成部品が入っていた。
もちろん、霧亥が重症を負った際に、その大部分は破損し、包帯と義足の固定剤代わりに傷口周辺に巻きつけていたものや、再構成時に剥がれ落ちた破損部品ばかりである。
いずれも先のダイアモンドより酷い有様だったが、それ以上に価値あるものだった。
「傷ひとつ付かず、逆にダイアモンドが削れました。さらに、切り口が尖っているので、その金属棒でも削ろうと試しましたが無駄でした」
「前者はともかく、後者は他の教員の手を借りたじゃろう、つい先ほど外に見えたゴーレムはそれか…無用心じゃな」
「分かっていますが、とにかく一連の簡単な実験だけでも確証が得られました、まったくもって脅威ですな! こんなものを生み出した彼の国は!!」
もうオスマンは静止することすらしない。
「これだけならまだ良いのです。貴方も確かにあの場で彼の言動を耳にしましたな」
「ああ、我々を見て、“正規の植民者はいないのか”とのたまいおった。このトリステインが、彼の国の植民地に見えたらしい」
忌々しさを感じる余裕もないといったように、オスマンはまたため息をついた。
「この品々がなければ、ただの異常者なのじゃが」
「これほどのものを生み出す技術力を持つ国家から見れば、我々の身なりを見ただけで遅れた“古い時代の植民地”に思えるでしょうな。エルフが我々を蛮族と称するように」
エルフの名に対しては、少しばかり表情を悪くしたオスマンだったが、霧亥のことを考えると、すぐに疲れきった表情に戻ってため息をつきなおした。
「彼から見れば、エルフが蛮族扱いじゃろうよ…精々、製鉄技術が優れているとか、奴らの技術はその程度じゃ」
「ええ、こちらの持つ技術の延長や、発展形などは、彼の所持品にひとつも見られません」
ダイアモンド以上の強度を持ちながら、優れた伸縮性も持つことをアピールするように、霧亥のスーツの破片を指で弄びながら肯定するコルベール。
額にはまた汗が伝っている。
「その名前や、彼の鎧に刻まれている文様、文字と思われるものも、我々のものと類似性が乏しいものばかりです。唯一似通っている特徴があったものがこれですが…」
スケッチのひとつをコルベールが差し出す。
「……読めんのう。リードランゲージが通用せんところを見ると、固有名詞の類か、あるいは人が書いたものではないのか…」
そこに書かれているのは、模様のようなものと、ハルケギニアでも使用される文字に似たものの二つがある。
「これと、これは文字でしょう。こちらは、彼の所属を表す紋章ではないでしょうか? 彼の鎧の発光部位にも、同じようなものが映されることがありました」
「大体、動く絵が表示される板がはめ込まれた服など、実物を見た今も想像できん」
「いや、まったくですな」
その紋章というのは、一本の縦棒の下部両脇に、短めの横棒が配されているものを、括弧で挟んだものだった。
文字は、どちらかといえばハルケギニア語に似た、シンプルな構造のものと、別のスケッチに写された妙に角張った複数の線で構成されたものの二種類。
いずれも、意味はもちろん、左から読むのか右から読むのかすら、判断できない。
「それで、彼はこの世のものとも思えぬ金属で出来た建造物が立ち並ぶ大都市を、その建材を上回る強度の鎧を纏い、オークも真っ青の身体能力で戦う兵士だと言うのかね」
「そうです。また、当然その武器も、同じように驚異的なものでしょう」
「物騒で引き金を引いてみる勇気もわかん……そもそも、これは銃器かね? マントを纏わんだけで、彼はメイジで、それが触媒ということもある」
「魔法を見て、眉ひとつ動かさなかった彼のことです。系統魔法を行使しないだけで、そういう可能性もあります。それこそ、先住魔法ですらない、下手をすれば超えるような力が…」
机の上で黒光りするスキンスーツの切れ端に埋まりながら、短銃のようなものが転がっている。
「火薬で鉛玉を打ち出す代物でないのは間違いないのう……あと、これをこんな部屋で保管するのは、いくらなんでも物騒じゃよ」
「人目につかせるほうが物騒でしょう。それより、これを取り上げたことのほうが問題です」
「ああ……彼は警戒しきっておるようだしのう。拉致した上に武器を取り上げ、監禁したとあっては、怒るじゃろうなぁ」
冷や汗がオスマンの額もぬらし始める。
「怒るのは彼個人で済みますまい。政治問題です」
「契約なんぞもっての他じゃが、ヴァリエール家の息女の使い魔契約を邪魔したとあっては、そちらの問題だけで、わしの身分が危ないわい……」
汗をぬぐう気力もなくなったオスマンが、椅子でへたる。
「自分で言っておいてなんですが、そんな国家が存在する世界など、あり得ないような気がしてきます」
二人には、事実を突きつけられてなお、認めることも想像することも出来ない世界。
それは確かに存在するのだ。
彼らが、まだその形状について確信すら持って語れない、球面上の世界を、陸海関係なく覆いつくした構造体。
その際限ない成長によって、中心すら失いながら天上の星々を解体し、太陽系内の惑星にいたっては、その軌道すら内部に取り込んだ都市。
己の重さによって崩壊するのを防ぐ重力制御を内包し、時空制御で次元的に折りたたまれた記憶媒体と、そこに組み込まれた仮想コンピューターによって構成される、幾千、幾万の超構造体。
これらによって無数の階層に区切られてはいるが、超構造体間には、巨大ガス惑星すら取り込める巨大な空間が広がっている。
そこに存在する建造物の山には、自重を支える驚異的な強度が要求される。
いうまでもなく、そこで戦う者達には、それを上回る性能の盾と、それを貫くための矛が与えられる。
都市のシステムの密使である霧亥は、都市によって保障される無限の不死性はもちろん、都市を破壊しうる最強の矛も備えていた。
都市に依存する不死性の発揮はその消失に大きく制約を受けるが、霧亥に宿るエネルギーがその限定的な発動を保障したように、その矛も、限りこそあれ、機能自体は保障される。
まさしく脅威と呼ぶほかなく、霧亥が敵意と警戒心を抱いているという観察も、間違ってはいない。
ただ、その脅威の度合いについて、二人はまったく読みが足りず、とにかく事態の悪化だけ防ごうと、対処療法をとることに決める。
「…うん、契約なんぞもってのほかじゃな、自国の兵士が奴隷扱いされて、黙っておる国家なぞ、存在すまい」
「はい、彼が目を覚ましたら、ミス・ヴァリエールにも伝えるつもりです」
簡単な礼をすると、コルベールは踵を返した。
オスマンは椅子に座りなおし、ため息をつきながら目を細める。
「ああ……仮眠でもとろうかのぉ」
ひとまず安心といわんばかりの行動だったが、オスマンはいったん下がらせた秘書にその旨を伝えるべく立ち上がる。
まったく安心できる状況にないことは、すぐ後で判明した・・・
「これだけならまだ良いのです。貴方も確かにあの場で彼の言動を耳にしましたな」
「ああ、我々を見て、“正規の植民者はいないのか”とのたまいおった。このトリステインが、彼の国の植民地に見えたらしい」
忌々しさを感じる余裕もないといったように、オスマンはまたため息をついた。
「この品々がなければ、ただの異常者なのじゃが」
「これほどのものを生み出す技術力を持つ国家から見れば、我々の身なりを見ただけで遅れた“古い時代の植民地”に思えるでしょうな。エルフが我々を蛮族と称するように」
エルフの名に対しては、少しばかり表情を悪くしたオスマンだったが、霧亥のことを考えると、すぐに疲れきった表情に戻ってため息をつきなおした。
「彼から見れば、エルフが蛮族扱いじゃろうよ…精々、製鉄技術が優れているとか、奴らの技術はその程度じゃ」
「ええ、こちらの持つ技術の延長や、発展形などは、彼の所持品にひとつも見られません」
ダイアモンド以上の強度を持ちながら、優れた伸縮性も持つことをアピールするように、霧亥のスーツの破片を指で弄びながら肯定するコルベール。
額にはまた汗が伝っている。
「その名前や、彼の鎧に刻まれている文様、文字と思われるものも、我々のものと類似性が乏しいものばかりです。唯一似通っている特徴があったものがこれですが…」
スケッチのひとつをコルベールが差し出す。
「……読めんのう。リードランゲージが通用せんところを見ると、固有名詞の類か、あるいは人が書いたものではないのか…」
そこに書かれているのは、模様のようなものと、ハルケギニアでも使用される文字に似たものの二つがある。
「これと、これは文字でしょう。こちらは、彼の所属を表す紋章ではないでしょうか? 彼の鎧の発光部位にも、同じようなものが映されることがありました」
「大体、動く絵が表示される板がはめ込まれた服など、実物を見た今も想像できん」
「いや、まったくですな」
その紋章というのは、一本の縦棒の下部両脇に、短めの横棒が配されているものを、括弧で挟んだものだった。
文字は、どちらかといえばハルケギニア語に似た、シンプルな構造のものと、別のスケッチに写された妙に角張った複数の線で構成されたものの二種類。
いずれも、意味はもちろん、左から読むのか右から読むのかすら、判断できない。
「それで、彼はこの世のものとも思えぬ金属で出来た建造物が立ち並ぶ大都市を、その建材を上回る強度の鎧を纏い、オークも真っ青の身体能力で戦う兵士だと言うのかね」
「そうです。また、当然その武器も、同じように驚異的なものでしょう」
「物騒で引き金を引いてみる勇気もわかん……そもそも、これは銃器かね? マントを纏わんだけで、彼はメイジで、それが触媒ということもある」
「魔法を見て、眉ひとつ動かさなかった彼のことです。系統魔法を行使しないだけで、そういう可能性もあります。それこそ、先住魔法ですらない、下手をすれば超えるような力が…」
机の上で黒光りするスキンスーツの切れ端に埋まりながら、短銃のようなものが転がっている。
「火薬で鉛玉を打ち出す代物でないのは間違いないのう……あと、これをこんな部屋で保管するのは、いくらなんでも物騒じゃよ」
「人目につかせるほうが物騒でしょう。それより、これを取り上げたことのほうが問題です」
「ああ……彼は警戒しきっておるようだしのう。拉致した上に武器を取り上げ、監禁したとあっては、怒るじゃろうなぁ」
冷や汗がオスマンの額もぬらし始める。
「怒るのは彼個人で済みますまい。政治問題です」
「契約なんぞもっての他じゃが、ヴァリエール家の息女の使い魔契約を邪魔したとあっては、そちらの問題だけで、わしの身分が危ないわい……」
汗をぬぐう気力もなくなったオスマンが、椅子でへたる。
「自分で言っておいてなんですが、そんな国家が存在する世界など、あり得ないような気がしてきます」
二人には、事実を突きつけられてなお、認めることも想像することも出来ない世界。
それは確かに存在するのだ。
彼らが、まだその形状について確信すら持って語れない、球面上の世界を、陸海関係なく覆いつくした構造体。
その際限ない成長によって、中心すら失いながら天上の星々を解体し、太陽系内の惑星にいたっては、その軌道すら内部に取り込んだ都市。
己の重さによって崩壊するのを防ぐ重力制御を内包し、時空制御で次元的に折りたたまれた記憶媒体と、そこに組み込まれた仮想コンピューターによって構成される、幾千、幾万の超構造体。
これらによって無数の階層に区切られてはいるが、超構造体間には、巨大ガス惑星すら取り込める巨大な空間が広がっている。
そこに存在する建造物の山には、自重を支える驚異的な強度が要求される。
いうまでもなく、そこで戦う者達には、それを上回る性能の盾と、それを貫くための矛が与えられる。
都市のシステムの密使である霧亥は、都市によって保障される無限の不死性はもちろん、都市を破壊しうる最強の矛も備えていた。
都市に依存する不死性の発揮はその消失に大きく制約を受けるが、霧亥に宿るエネルギーがその限定的な発動を保障したように、その矛も、限りこそあれ、機能自体は保障される。
まさしく脅威と呼ぶほかなく、霧亥が敵意と警戒心を抱いているという観察も、間違ってはいない。
ただ、その脅威の度合いについて、二人はまったく読みが足りず、とにかく事態の悪化だけ防ごうと、対処療法をとることに決める。
「…うん、契約なんぞもってのほかじゃな、自国の兵士が奴隷扱いされて、黙っておる国家なぞ、存在すまい」
「はい、彼が目を覚ましたら、ミス・ヴァリエールにも伝えるつもりです」
簡単な礼をすると、コルベールは踵を返した。
オスマンは椅子に座りなおし、ため息をつきながら目を細める。
「ああ……仮眠でもとろうかのぉ」
ひとまず安心といわんばかりの行動だったが、オスマンはいったん下がらせた秘書にその旨を伝えるべく立ち上がる。
まったく安心できる状況にないことは、すぐ後で判明した・・・
霧亥が覚醒したのは、正確に36553秒後のことである。
機能不全とはいえ、理論的には完全な全知全能から切り離された霧亥は、口から垂れた唾液を無様にぬぐった。
口腔内に侵入した大量の塵と、都市の秩序から逸脱した無数の有機ナノマシン…バクテリアやウィルスの類に反応した結果だ。
体内環境の悪化を防ぐための幾つかの処置を講じるために、目の前に広がる生体情報を確認するが、すぐに中断された。
「起きたのね」
36557秒前に自分に話しかけてきた現地住民だった。
機能不全とはいえ、理論的には完全な全知全能から切り離された霧亥は、口から垂れた唾液を無様にぬぐった。
口腔内に侵入した大量の塵と、都市の秩序から逸脱した無数の有機ナノマシン…バクテリアやウィルスの類に反応した結果だ。
体内環境の悪化を防ぐための幾つかの処置を講じるために、目の前に広がる生体情報を確認するが、すぐに中断された。
「起きたのね」
36557秒前に自分に話しかけてきた現地住民だった。
―――いまだに信じられないことだ
階層都市脱出と、世界再建の鍵の入手の矢先にこの状況など…―――
霧亥はその成長過程の女性体が“ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール”と名乗ったのと、単純に“ミス・ヴァリエール”と呼称されたのを、同時に思い出す。
あまりに不快な状況下で、18時間を要求された再調整から、人間で言えば“寝返り”程度のことをするために再起動されたと思えばこれだ。
霧亥はどう呼べばよいのかにすら頭が回らず、黙ってルイズの顔を見る。
「ルイズ…様でいいわ。あなたの主人よ」
理解に苦しむ言動である。
どちらにせよ、己が圧倒的に優位かつ上位の存在であると疑わない態度であることは、脳や体内の観察からも確かだ。
対等の交渉を行う意思は見えず、また可能であるとも霧亥は判断しなかった。
「どこの平民か知らないけれど、感謝しなさい」
ルイズが“植民者たちの技術”を行使するための発動媒体を取り出したのを見て、霧亥は無意識に、それを無力化するのに最も適した行動手順を計算する。
音声入力が開始された。
「―――五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
長々と自己紹介をしなおした後続く言葉に、霧亥は眉をひそめる。
霧亥は正確な意味を理解できなかったが、なんらかの指示を出していることは確かだ。
彼らが“魔法”と呼ぶ力を行使するためのシステムに対するものだろう。
「ほんとに、感謝しなさいよ」
ゆっくりとルイズが近づいてくること自体に、霧亥は特に不快感は示さなかった。
問題は、その口を自分に近づけてきたことである。
一切の勘定を抜きにして、あまり褒められた行動ではない。
そのまま唇が触れ合う。
雑菌や老廃物の混じった粘液が行き来しあうだけでないものを感じ取った霧亥に、今日始めての表情が現れた。
「げぼ……っ」
どれほど優れた人間であっても反応不可能な速度で、霧亥はルイズの首を締め上げた。
質問を行う上で支障をきたさないように、限界まで力を抜いていたが、それでもルイズは意識を失いかけ、咽ることすらできずにもがく。
あまりに不快な状況下で、18時間を要求された再調整から、人間で言えば“寝返り”程度のことをするために再起動されたと思えばこれだ。
霧亥はどう呼べばよいのかにすら頭が回らず、黙ってルイズの顔を見る。
「ルイズ…様でいいわ。あなたの主人よ」
理解に苦しむ言動である。
どちらにせよ、己が圧倒的に優位かつ上位の存在であると疑わない態度であることは、脳や体内の観察からも確かだ。
対等の交渉を行う意思は見えず、また可能であるとも霧亥は判断しなかった。
「どこの平民か知らないけれど、感謝しなさい」
ルイズが“植民者たちの技術”を行使するための発動媒体を取り出したのを見て、霧亥は無意識に、それを無力化するのに最も適した行動手順を計算する。
音声入力が開始された。
「―――五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
長々と自己紹介をしなおした後続く言葉に、霧亥は眉をひそめる。
霧亥は正確な意味を理解できなかったが、なんらかの指示を出していることは確かだ。
彼らが“魔法”と呼ぶ力を行使するためのシステムに対するものだろう。
「ほんとに、感謝しなさいよ」
ゆっくりとルイズが近づいてくること自体に、霧亥は特に不快感は示さなかった。
問題は、その口を自分に近づけてきたことである。
一切の勘定を抜きにして、あまり褒められた行動ではない。
そのまま唇が触れ合う。
雑菌や老廃物の混じった粘液が行き来しあうだけでないものを感じ取った霧亥に、今日始めての表情が現れた。
「げぼ……っ」
どれほど優れた人間であっても反応不可能な速度で、霧亥はルイズの首を締め上げた。
質問を行う上で支障をきたさないように、限界まで力を抜いていたが、それでもルイズは意識を失いかけ、咽ることすらできずにもがく。
霧亥の激昂の理由は単純明快。
目の前の“敵”が身体と精神への不正介入と改竄を試みたからである。
未知の技術形態であったため、それが実際行われるまで気づくことができなかった。
口唇部に集中したなんらかの力が体内に侵入し、浸食し始めたことで、漸く対処できたほどだ。
その中でも脅威といえるのが、脳への干渉で、その思考を都合よく組み替えるためのものであることは疑いようもない。
言語基体より高級な言語のフォーマットという、言うなれば言葉を教える程度の杜撰な意思疎通の補助機能埋め込みはまだいい。
まともな脳を持たない対象を想定した知能の底上げのために、何らかの思考補助用の神経ネットワーク構築も、危険だが許容できないこともない。
しかし、この行為はそれに止まらない。
最優先事項は「使い魔と成す」ことである。
絶対服従のために脳の電子情報すら改竄し、好意的な印象を植え付けるのみならず、全身の神経系にまで作用して、改竄者の意思にそぐわない一切の行動に制約を加える構造の構築。
知覚した情報を、全て改竄者の脳に送るための一方的な通信網の構築。
さらにそれらとリンクした、原始的な火器管制系や、まともに肉体を操れない原人に用いるような身体制御補助系の強制インストール。
霧亥は状況を理解した。
ルイズらが自身を強制的に拉致し、“使い魔”と呼ぶ端末へと改造しようとしている事実を、である。
「………」
霧亥にとっての幸いは、それらがとても古い時代のものらしく、強力な身体と精神を持つ生物や機械への使用を想定されていない技術で、また使用者の限界か、貧弱だったことだろう。
無数の抗体が電子的・物理的に構成されるまでの間に、様々な改竄への遅滞行動が開始される。
すでに侵略行為は停滞し、機能を発揮できずに自壊するプログラムも確認され始めた。
「ひ………ぅ……」
ルイズが涙をためた目を見開く。
視界いっぱいに、目の前に突きつけられた金属塊が広がる。
霧亥は、ルイズの首を持つ右手の甲に集約端末が文字状に構成されるのを苦々しく思いながら、喪失していない唯一の火器を抜き取ったのだ。
握れば、人差し指と引き金だけになってしまうほど、とても小さなものだったが、ルイズの頭部を蒸発させて余りある火力がある。
当然そのようなことは理解できなかったが、いきなり首をつかまれ、杖も失くした少女なら、それがただの刃物でも、あるいは素手でも、殺すのは簡単だとルイズは考えた。
擦れた悲鳴を上げるルイズを、もう抗体の生成が完了し、怒りの表情も消えた無表情な霧亥が見つめる。
ルイズにはもう、使い魔の平民相手に矜持を保つなど、どうでもいいことになりつつあった。
命乞い紛いの台詞を吐くまであとわずかと、ルイズの様子を見た霧亥は思い、それが出たら尋問を始めようかと考えていた為、この沈黙はもうしばらく続きそうだった。
無法者に対する好戦的なものだが、間違いのない交渉術は、締め上げるのに少し時間がかかる。
早速、部屋の外から足音が聞こえてきた。
「ミス・ヴァリエールを放しなさい!」
コルベールは、部屋に入ってきたらすでに銃口が自分に向けられていることに気づき、勇ましく叫んだだけで、杖を相手に向けられずに立ち尽くした。
「ミスタ・キリイ! その方に罪はありません、どうか開放してください!」
「………」
交渉しやすい人物が現れたことを受けて、霧亥は自分の身長分も離れていない右手の壁際にルイズを投げた。
「―――げほっ!」
大きく咽た後、ルイズは大粒の涙をこぼした。
コルベールは一先ずそのことを喜んだが、何時でも霧亥が自分を射殺可能で、ルイズを再び拾い上げるときにも大した隙はできないだろうと思うと、気が気でなかった。
「まず謝罪します。私達は貴方を召喚した上、従属させるための魔法を使用しました。ですが、これはまったく不測の事態なのです!」
大汗をかきながら、コルベールは続ける。
「言うなれば事故です! そもそも、サモン・サーヴァントは人を呼び出すことはありえないとされています。
おまけに、通常、この召喚は同意の上に行われるとされるので、強制的という形で従属が行われる事例はありません!」
杖をゆっくりしまいながら、必死に訴えかけるコルベールを、霧亥は無感動に眺めていた。
「あ、貴方を連れ去ろうという意思はなかったと、ここで誓います! 完全にこれは間違いなのです。
ミス・ヴァリエールも、貴族ですから、深くものを考えずに平民であろう貴方を使い魔にしようと考えましたが、我々は制止するつもりでした……!」
霧亥は失望と驚愕でいっぱいになりそうだった。
彼らは、自身が持つ唯一の高度な技術を体系化することはおろか、まともに制御することすら出来ないという事実。
貴族や平民という語も、理解しがたかったが、原始的な社会制度と推測できる。
これを突きつけられたことは、今後の行動に大きな支障をきたすだろう。
「出来る限りの協力はします! どうか、危害を加えるような行動は―――」
「……俺を元の場所に戻せ」
やっとのことで口を利いてくれた霧亥を見て、コルベールも少しは顔が晴れた。
「はい、もちろんです……が、我々は、ハルケギニアの外の国家についての知識は、非常に乏しいのです」
国家と聞いて、一瞬何のことを言っているのか理解しかねた霧亥に、いつの間にか立ち上がっていたルイズが慌てて話しかける。
「あ、あなた、東方(ロバ・アル・カリイエ)から来たの?」
のどに手を当てながらのこの発言は、あまり賢いものではなかった。
「それはどこにある!?」
ピンクがかった美しいブロンドの長髪に、霧亥が掴み掛かり、引き寄せようとする。
言うまでもなく、霧亥の想定した強度などあるはずもない毛髪と毛根は、その力に耐え切れない。
「痛い! 痛い!」
外観的な美しさに何の興味もない霧亥からすれば、その脆さと機能性のなさを併せ持った長いだけのピンクブロンドの頭髪は、むしろ見っともないものに感じた。
仮に機能的な美しさを持っていたとしても同じだっただろうが、表情一つ変えずに手についた毛髪を放る。
そうでないルイズは、苦痛と屈辱から、また涙を零す。
「待ってください! 我々は、送り返す魔法など持っていないのです!!」
また頭髪を握ってルイズを引き寄せようとしていたが、力が抜けたように右手を下げる霧亥。
普通の人間で言えば、怒りを通り越して呆れたようなもので、今まで採った一連の行動にあまり意味がなかったと知った霧亥は、どうするべきかと思案する。
「どうか、落ち着いて下さい。お願いです」
コルベールは嫌な汗がやまない。
「お前を拉致したが実は間違いで、送り返すのは無理だ」と自分は彼にたったいま告げた。
立場が逆であったら、放心状態の後に激情から相手に襲い掛かるかもしれない。
この時、銃を取り上げたのは正解だったのではと思い始めた。
「………」
霧亥はとうとう銃をホルスターに戻し、抗体の影響で震えの出始めた右手を撫でる。
それを痛みによるものだと思ったのはコルベールだった。
「ルーンが刻まれたのですか?」
質問にも耳を貸さず、アンプルを取り出して右手首に刺す。
最早、へたり込んで泣きじゃくるルイズにも、多少は話せると思ったコルベールにも、興味は失せているようだった。
その目の焦点は、ただ虚空に向いている。
「出来ればスケッチを……あ、いや、他意はないのですぞ、好奇心です…せずとも構いませんが」
無言で承諾した霧亥が向き直る。
コルベールは何事かと身構えるが、すぐに驚きの表情を浮かべた。
「か、風のスクウェア・スペルですかな!?」
空中に絵と文字が表示されていることに、コルベールは素直に驚いた。
加えて、霧亥がこちらの要請に応じてくれたことにも驚いた。
一瞬この行為が何なのか分からなかったが、その絵の中には、ルーンの浮かんだ手の写真があったのである。
「素晴らしい……しかし、見たことのないルーンだ」
写真など知りはしないので、顔を偽装したりする際に使うスペルの搦め手的なものだろうと踏んだが、それにしても動きながら表示される無数の文字や図形には目を見張った。
だが、霧亥は「見たことがない」という話を聞いて、また視線をずらすと、ゆっくり崩れた壁のほうへ動き出した。
「ど、どちらへ?」
申し訳程度の補修を引き剥がすと、飛び降りようと様子を伺いだした。
「ちょっと、まって!!」
ルイズの声にも足を止める様子はなく、コルベールが慌てて制止しようとする。
「あなたが一人で行っても無駄よ! なにもハルケギニアのこと知らないんでしょ!?」
ここで霧亥も足を止めるが、その反応にコルベールは息を呑み、ルイズは緊張でまた涙ぐむ。
「私が協力してあげるから、わ、私と一緒にいなさい! 絶対そのほうがいい!!」
ルイズが力いっぱい叫んだので、そろそろ目を覚ました人間が注目し始めるのではと、コルベールが扉の鍵を閉める。
「このまま契約に失敗して、使い魔に逃げられたなんて、退学処分よ……戻る方法は全力で探す。見つかったら帰っていいから、お願いよ…」
嗚咽を漏らしてうずくまるルイズに視線も向けずに、霧亥は崩れた壁際から外を眺めている。
「ミスタ・キリイ?」
不審に思ったコルベールの声にも返事はない。
霧亥はルイズの提案にはおおむね同意せざる終えない状況にあることを、夜空を見上げることで確認してしまった。
目の前の“敵”が身体と精神への不正介入と改竄を試みたからである。
未知の技術形態であったため、それが実際行われるまで気づくことができなかった。
口唇部に集中したなんらかの力が体内に侵入し、浸食し始めたことで、漸く対処できたほどだ。
その中でも脅威といえるのが、脳への干渉で、その思考を都合よく組み替えるためのものであることは疑いようもない。
言語基体より高級な言語のフォーマットという、言うなれば言葉を教える程度の杜撰な意思疎通の補助機能埋め込みはまだいい。
まともな脳を持たない対象を想定した知能の底上げのために、何らかの思考補助用の神経ネットワーク構築も、危険だが許容できないこともない。
しかし、この行為はそれに止まらない。
最優先事項は「使い魔と成す」ことである。
絶対服従のために脳の電子情報すら改竄し、好意的な印象を植え付けるのみならず、全身の神経系にまで作用して、改竄者の意思にそぐわない一切の行動に制約を加える構造の構築。
知覚した情報を、全て改竄者の脳に送るための一方的な通信網の構築。
さらにそれらとリンクした、原始的な火器管制系や、まともに肉体を操れない原人に用いるような身体制御補助系の強制インストール。
霧亥は状況を理解した。
ルイズらが自身を強制的に拉致し、“使い魔”と呼ぶ端末へと改造しようとしている事実を、である。
「………」
霧亥にとっての幸いは、それらがとても古い時代のものらしく、強力な身体と精神を持つ生物や機械への使用を想定されていない技術で、また使用者の限界か、貧弱だったことだろう。
無数の抗体が電子的・物理的に構成されるまでの間に、様々な改竄への遅滞行動が開始される。
すでに侵略行為は停滞し、機能を発揮できずに自壊するプログラムも確認され始めた。
「ひ………ぅ……」
ルイズが涙をためた目を見開く。
視界いっぱいに、目の前に突きつけられた金属塊が広がる。
霧亥は、ルイズの首を持つ右手の甲に集約端末が文字状に構成されるのを苦々しく思いながら、喪失していない唯一の火器を抜き取ったのだ。
握れば、人差し指と引き金だけになってしまうほど、とても小さなものだったが、ルイズの頭部を蒸発させて余りある火力がある。
当然そのようなことは理解できなかったが、いきなり首をつかまれ、杖も失くした少女なら、それがただの刃物でも、あるいは素手でも、殺すのは簡単だとルイズは考えた。
擦れた悲鳴を上げるルイズを、もう抗体の生成が完了し、怒りの表情も消えた無表情な霧亥が見つめる。
ルイズにはもう、使い魔の平民相手に矜持を保つなど、どうでもいいことになりつつあった。
命乞い紛いの台詞を吐くまであとわずかと、ルイズの様子を見た霧亥は思い、それが出たら尋問を始めようかと考えていた為、この沈黙はもうしばらく続きそうだった。
無法者に対する好戦的なものだが、間違いのない交渉術は、締め上げるのに少し時間がかかる。
早速、部屋の外から足音が聞こえてきた。
「ミス・ヴァリエールを放しなさい!」
コルベールは、部屋に入ってきたらすでに銃口が自分に向けられていることに気づき、勇ましく叫んだだけで、杖を相手に向けられずに立ち尽くした。
「ミスタ・キリイ! その方に罪はありません、どうか開放してください!」
「………」
交渉しやすい人物が現れたことを受けて、霧亥は自分の身長分も離れていない右手の壁際にルイズを投げた。
「―――げほっ!」
大きく咽た後、ルイズは大粒の涙をこぼした。
コルベールは一先ずそのことを喜んだが、何時でも霧亥が自分を射殺可能で、ルイズを再び拾い上げるときにも大した隙はできないだろうと思うと、気が気でなかった。
「まず謝罪します。私達は貴方を召喚した上、従属させるための魔法を使用しました。ですが、これはまったく不測の事態なのです!」
大汗をかきながら、コルベールは続ける。
「言うなれば事故です! そもそも、サモン・サーヴァントは人を呼び出すことはありえないとされています。
おまけに、通常、この召喚は同意の上に行われるとされるので、強制的という形で従属が行われる事例はありません!」
杖をゆっくりしまいながら、必死に訴えかけるコルベールを、霧亥は無感動に眺めていた。
「あ、貴方を連れ去ろうという意思はなかったと、ここで誓います! 完全にこれは間違いなのです。
ミス・ヴァリエールも、貴族ですから、深くものを考えずに平民であろう貴方を使い魔にしようと考えましたが、我々は制止するつもりでした……!」
霧亥は失望と驚愕でいっぱいになりそうだった。
彼らは、自身が持つ唯一の高度な技術を体系化することはおろか、まともに制御することすら出来ないという事実。
貴族や平民という語も、理解しがたかったが、原始的な社会制度と推測できる。
これを突きつけられたことは、今後の行動に大きな支障をきたすだろう。
「出来る限りの協力はします! どうか、危害を加えるような行動は―――」
「……俺を元の場所に戻せ」
やっとのことで口を利いてくれた霧亥を見て、コルベールも少しは顔が晴れた。
「はい、もちろんです……が、我々は、ハルケギニアの外の国家についての知識は、非常に乏しいのです」
国家と聞いて、一瞬何のことを言っているのか理解しかねた霧亥に、いつの間にか立ち上がっていたルイズが慌てて話しかける。
「あ、あなた、東方(ロバ・アル・カリイエ)から来たの?」
のどに手を当てながらのこの発言は、あまり賢いものではなかった。
「それはどこにある!?」
ピンクがかった美しいブロンドの長髪に、霧亥が掴み掛かり、引き寄せようとする。
言うまでもなく、霧亥の想定した強度などあるはずもない毛髪と毛根は、その力に耐え切れない。
「痛い! 痛い!」
外観的な美しさに何の興味もない霧亥からすれば、その脆さと機能性のなさを併せ持った長いだけのピンクブロンドの頭髪は、むしろ見っともないものに感じた。
仮に機能的な美しさを持っていたとしても同じだっただろうが、表情一つ変えずに手についた毛髪を放る。
そうでないルイズは、苦痛と屈辱から、また涙を零す。
「待ってください! 我々は、送り返す魔法など持っていないのです!!」
また頭髪を握ってルイズを引き寄せようとしていたが、力が抜けたように右手を下げる霧亥。
普通の人間で言えば、怒りを通り越して呆れたようなもので、今まで採った一連の行動にあまり意味がなかったと知った霧亥は、どうするべきかと思案する。
「どうか、落ち着いて下さい。お願いです」
コルベールは嫌な汗がやまない。
「お前を拉致したが実は間違いで、送り返すのは無理だ」と自分は彼にたったいま告げた。
立場が逆であったら、放心状態の後に激情から相手に襲い掛かるかもしれない。
この時、銃を取り上げたのは正解だったのではと思い始めた。
「………」
霧亥はとうとう銃をホルスターに戻し、抗体の影響で震えの出始めた右手を撫でる。
それを痛みによるものだと思ったのはコルベールだった。
「ルーンが刻まれたのですか?」
質問にも耳を貸さず、アンプルを取り出して右手首に刺す。
最早、へたり込んで泣きじゃくるルイズにも、多少は話せると思ったコルベールにも、興味は失せているようだった。
その目の焦点は、ただ虚空に向いている。
「出来ればスケッチを……あ、いや、他意はないのですぞ、好奇心です…せずとも構いませんが」
無言で承諾した霧亥が向き直る。
コルベールは何事かと身構えるが、すぐに驚きの表情を浮かべた。
「か、風のスクウェア・スペルですかな!?」
空中に絵と文字が表示されていることに、コルベールは素直に驚いた。
加えて、霧亥がこちらの要請に応じてくれたことにも驚いた。
一瞬この行為が何なのか分からなかったが、その絵の中には、ルーンの浮かんだ手の写真があったのである。
「素晴らしい……しかし、見たことのないルーンだ」
写真など知りはしないので、顔を偽装したりする際に使うスペルの搦め手的なものだろうと踏んだが、それにしても動きながら表示される無数の文字や図形には目を見張った。
だが、霧亥は「見たことがない」という話を聞いて、また視線をずらすと、ゆっくり崩れた壁のほうへ動き出した。
「ど、どちらへ?」
申し訳程度の補修を引き剥がすと、飛び降りようと様子を伺いだした。
「ちょっと、まって!!」
ルイズの声にも足を止める様子はなく、コルベールが慌てて制止しようとする。
「あなたが一人で行っても無駄よ! なにもハルケギニアのこと知らないんでしょ!?」
ここで霧亥も足を止めるが、その反応にコルベールは息を呑み、ルイズは緊張でまた涙ぐむ。
「私が協力してあげるから、わ、私と一緒にいなさい! 絶対そのほうがいい!!」
ルイズが力いっぱい叫んだので、そろそろ目を覚ました人間が注目し始めるのではと、コルベールが扉の鍵を閉める。
「このまま契約に失敗して、使い魔に逃げられたなんて、退学処分よ……戻る方法は全力で探す。見つかったら帰っていいから、お願いよ…」
嗚咽を漏らしてうずくまるルイズに視線も向けずに、霧亥は崩れた壁際から外を眺めている。
「ミスタ・キリイ?」
不審に思ったコルベールの声にも返事はない。
霧亥はルイズの提案にはおおむね同意せざる終えない状況にあることを、夜空を見上げることで確認してしまった。
最後の超構造体を抜けた先にある場所。
頭上に一切の都市構造の存在しない場所から見た光景を思い出す。
天井の星星の数と位置、そんな単純なものを忘れるはずがない。
頭上に一切の都市構造の存在しない場所から見た光景を思い出す。
天井の星星の数と位置、そんな単純なものを忘れるはずがない。
いま上空に見える星は、数こそ多いが、その位置はほぼ変わらないものであることが、一目でわかった。
ありえないことである。
解体された星はあっても、新たに生み出された星も移動した星も、都市から見た宇宙空間には存在しなかった。
では時間を逆戻しし、都市が肥大する前の時代に戻ればこのような景色が広がるだろうか?
違う惑星に動けば、まったく星空は様相を変える。
都市に極めて近い施設や惑星にいる可能性もあるが、付近の全てが解体されたことは間違いない以上、それは考えられないことだ。
第一、銀河の中を高速で回る都市の重力炉から伸びた、重力子の巨大なタービンブレードを観測できない以上、ここは霧亥の知る銀河系でない可能性もある。
不測の事態である。
ただの時空転移ではなく、まったく別の世界線に来てしまったというのだろうか?
「キリイ…?」
霧亥は崩れた壁に腰掛け、屋外に足を投げ出すとうな垂れ、目を閉じてしまう。
「出て行くことは、考え直してくれたようですな……」
霧亥にとって、右も左も判らぬような領域での活動など、避ける必要のないものである。
仮に、そういった状況によって数百年、数千年の探索を要求されたとしても、霧亥にとっては些細なことでしかない。
まったく別の平行世界である世界線の混在に巻き込まれ、元素が崩壊し常時時空軸がねじれ続ける領域での探索すら、霧亥は切り抜けた。
「………」
眠りに落ちる霧亥にとって、今問題なのは、時間である。
球体を放置して転送されてしまった霧亥は、可能であれば早いうちに元の場所に戻り、球体から生成された胚を手に入れたかった。
時間さえかければ、独力で都市への帰還方法を探索することは可能だろうが、今回は早ければ早いほうがいい。
彼にとって、都市の復興以外に興味はない。
それを最終的に助けるのであれば、ついさっき行われた申し出も受ける気に霧亥はなった。
都市に巣食う種族化した犯罪者たちにとっての“災厄”と称された男が、ハルケギニアで探索を開始する前日のことである・・・
ありえないことである。
解体された星はあっても、新たに生み出された星も移動した星も、都市から見た宇宙空間には存在しなかった。
では時間を逆戻しし、都市が肥大する前の時代に戻ればこのような景色が広がるだろうか?
違う惑星に動けば、まったく星空は様相を変える。
都市に極めて近い施設や惑星にいる可能性もあるが、付近の全てが解体されたことは間違いない以上、それは考えられないことだ。
第一、銀河の中を高速で回る都市の重力炉から伸びた、重力子の巨大なタービンブレードを観測できない以上、ここは霧亥の知る銀河系でない可能性もある。
不測の事態である。
ただの時空転移ではなく、まったく別の世界線に来てしまったというのだろうか?
「キリイ…?」
霧亥は崩れた壁に腰掛け、屋外に足を投げ出すとうな垂れ、目を閉じてしまう。
「出て行くことは、考え直してくれたようですな……」
霧亥にとって、右も左も判らぬような領域での活動など、避ける必要のないものである。
仮に、そういった状況によって数百年、数千年の探索を要求されたとしても、霧亥にとっては些細なことでしかない。
まったく別の平行世界である世界線の混在に巻き込まれ、元素が崩壊し常時時空軸がねじれ続ける領域での探索すら、霧亥は切り抜けた。
「………」
眠りに落ちる霧亥にとって、今問題なのは、時間である。
球体を放置して転送されてしまった霧亥は、可能であれば早いうちに元の場所に戻り、球体から生成された胚を手に入れたかった。
時間さえかければ、独力で都市への帰還方法を探索することは可能だろうが、今回は早ければ早いほうがいい。
彼にとって、都市の復興以外に興味はない。
それを最終的に助けるのであれば、ついさっき行われた申し出も受ける気に霧亥はなった。
都市に巣食う種族化した犯罪者たちにとっての“災厄”と称された男が、ハルケギニアで探索を開始する前日のことである・・・
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