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三つの『二つ名』 一つのゼロ-08a

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「はあ……今日はもうダメかな……」
 図書館やコルベールの研究室から構内のあちこちを回って、それでも会えないことにクリフはうんざりとして呟いた。
 道中人に尋ねてみたりもしたが、ほとんど知らないという答えばかりで、たまに見かけたという話を元に追いかけてみてもすでに
そこはもぬけの殻。どうやらオスマンに言われたコルベールもこちらを探して歩いているようで、お互いに入れ違いを繰り返してい
るらしい。
「うーん。どうも運が悪いなぁ。どこか一つの場所で待っていたほうがいいかな?」
 コルベールに会えないことには話がはじまらない。これではまるでいたちごっこである。
「となるとやはり図書館あたりが妥当だけど。もしくは、夜を待って彼の研究室かな。いや待てよ、その前に夕食時に食堂にいれば
……ん?」
 ふと、窓の外が視界に入った。なにやら、少し開けた広場に大勢の生徒が集まって騒いでいる。
「どうしたんだろう? なにか催し物でもやってるのか?」
 見ると、数人の人間を取り巻いて、見物人のような周囲がやんやと騒ぎ立てている。
「なんだろう……。ん、あ……あれ!?」
 よく目を凝らしてみると、集団に囲まれた広場の中央に、ピンクの髪の大男が立っていた。その脇には黒髪の才人と、なぜかおび
えるようにして噴水の陰に隠れているシエスタの姿があった。
「な……なんだ!? なにをしてるんだあいつは!?」
 愕然として目を見開いたクリフの耳に、中央の数人のうち知らない金髪の少年が大声で謳い上げた声が聞こえてきた。
『さあ諸君! 決闘だ! 決闘がはじまるぞ!』
 ……な、け、決闘!? なんだ!?
『戦うのはこの『青銅』のギーシュ! ギーシュ・ド・グラモンと、名もなき平民が三人! うち二人は、あのヴァリエールの使い
魔だ! 軽くひねってくれよう!』
 宣言を終えると、少年は手にした造花らしき花を構える。
 ヴォルフを見るとやる気満々らしく、手首をぐりぐりと回していた。太い笑みが浮かんでいる。
「あ……あのバカ!? ま、まさか!?」
 視界の隅で、誰かが泡を食って走ってくる人影が見えた。桃色の美しい髪が風に流れている、ルイズだ。その後ろにキクロプスが
ついてきていた。どうやら騒ぎを聞きつけて現場に向かってきているようだ。
 クリフの脳裏に、苦い記憶がいくつもフラッシュバックした。エグリゴリで胃を痛めながら暮らしていた日々の、思い出したよう
に行われる馬鹿主催の大騒ぎ。
 まずい、いかん、まさか。またやったのか、……またやりやがったのかあの大馬鹿野郎!!
 クリフは慌てて広場に向かう。



「おーい! おーい! はぁっはぁっ、な、なんだ! なにをやってるんだ!?」
 息せき切って走ってきたクリフに、ルイズとキクロプスが振り向いた。
「はぁっはぁっ、ヴォ、ヴォルフは!? サイト君とシエスタは!?」
 慌てて二人に聞いてみるが、ふるふるとルイズは首を振る。
「わ、わかんないわ! でも、あのドデカオカマが決闘するって! わたしもさっき聞いて、急いでこっちに来たの! もう、いく
ら大きくてちょっと怪我が治るからって、あまりに無茶よ! 大変!」
「くそっ! ちょっと、通してくれ! 悪い!」
 見物人の生徒達を押しのけ、クリフは取り巻きの内側に押し入る。
「おい!! おいヴォルフ!! なにをやっている、やめろこのバカ!!」
 クリフが叫ぶと、ヴォルフは振り返って口を尖らせて呟いた。
「あら、もう見つかっちゃった。もうちょーっと遅れてきてもよかったのに」
「ふざけるな!! お前はなにを考えてるんだ、こんな大騒ぎをして! 決闘ってなんだ!?」
「さあ? ケンカみたいなもんじゃないの。挑まれちゃったからしょうがないでしょ」
 軽い調子でヴォルフが肩をすくめる。
「ふざけるなと言っているだろうが!! 状況を話せ、とにかく騒ぎをやめろ! お前はこんなところで大暴れでもするつもりか!?」
 事態はよく分からないが、こんな注目を集めている場所で大ゲンカなどさせるわけにはいかない。ただでさえこちらが何者かをで
きるだけ周囲に知らせないようにするべきなのに、バカ騒ぎをしてどうするのか。そもそも、大恥もいいところである。
「そう言われてもねぇ。もうどうにもできないカンジ?」
 ヴォルフは囃し立てる聴衆をぐるりと見回す。
「……ね? もうこれだけ騒がれちゃやるしかないじゃない? いまさら後に引くってのも無理だと思うけど」
「いいからやめろといったらやめろ!! お前こういう騒動は何度目だと思ってるんだ、もう数え切れないぐらいだ!! お前は僕
の胃を破壊するつもりか!?」
「まあまあ。そうは言っても、もうエグリゴリの中じゃないんだし。クリフも上からどやされることもないんだからいいじゃないの」
「そういう問題じゃない!! アホかお前は、いい加減にしろ!! さもないと学院の外にまで放り投げるぞ!? 今すぐにやめる
んだ!!」
「えーでもー、ねえ?」
 ヴォルフが視線を外して、先ほどギーシュと名乗っていた少年に目を向ける。
「今更ドタキャンなんて、この坊やは許してくれなそうよ?」
「……そうだ、もはやこの決闘は避けられない。悪いが、見物人は隅に寄って見ていてくれないかね? ぼくの魔法に巻き込まれて
も責任はとれないぞ」
 ギーシュは鼻息荒く、ヴォルフから目線を外さないまま言った。
「このバカは何度言ったら……!! ……ふう、ああ、君。僕の仲間が迷惑か失礼をかけたと思う。申し訳ない。許してくれないか?
 この通りだ」
「頭を上げたまえ。きみもそういえばそいつのお仲間だったな、ヴァリエールの使い魔くん。避けられないものは避けられないのだ。
なんなら、きみも参加してもぼくはかまわないぞ。まとめて叩きつぶしてやる」
 クリフは少年にくん、やきみなどと呼ばれる年ではないが、この少年はよほど頭に来ているらしい。どうにも説得は通じそうにない。
「おいヴォルフ、お前なにをした? どうせ下らんことだろう、頼むからもうやめろ。僕も本当に怒るぞ!?」
「別になにもしてないわ。あ、疑っちゃダメよ。ホントになにもしてないもの。わけのわかんないイチャモンつけられて、しょうが
ないからここにいるの」
「嘘をつけ!! そういう人間がこんな場でにやついてるわけがないだろうが!!」
「あ、バレた。ま、ちょっとからかったわね? でもねぇ、本当に発端はアタシ達じゃないのよ。この坊やが女の敵だった、ってこ
とよ」
 ヴォルフの言葉に、フン、とギーシュは鼻を鳴らす。
「まったく、薔薇の意味も分からないとは。これだから下賎な平民は困るのだ。黙って貴族にかしずいていればいいものを」
 ずいぶんと過激なことを言う。少々、厭らしい言葉の響きである。
「はぁ……。おい、サイト君。ちょっともうよく分からない。どういうことなんだ?」
 ヴォルフの隣でつまらなそうにギーシュを見ていた才人に問いかけてみる。
「さあ、俺もわかんないけど。でも、こっちが悪くないっていうのは本当ですよ。あのあと、洗濯物を畳みに行ったらこいつが絡ん
できて。で、シエスタがいじめられたから文句言ったら勝手にキレたんですよ」
「なに? ……うーん、本当だろうね?」
「うん、本当。ケンカ売ってきたから少しぐらいは言ってやったけど、元々はマジでわけわかんないし。俺達に言ってもしょうがな
いよ」
「……うーむ……」
 どこまで本当だか分からないが、そうだとすればまずヴォルフは意地でも引かないだろう。今ここで力づくで抑え込んでも、絶対
に後々逆にケンカを売りにいくことは目に見えている。そういう男である。
「ふん。ぼくは見苦しい弁明はしないよ。決闘だ、勝者こそが正義さ」
 才人の声を聞いていたギーシュが、薔薇をあしらった杖を口元に寄せながら呟いた。
「お前には弁明なんて言われたくねえな。この二股野郎、人に当たり散らすんじゃねえよ」
 才人もまた、ギーシュに対して好戦的な姿勢を崩していない。どうやら彼もやる気のようである。うーむ、これはどうするか……。
 とりあえずクリフは、まだ噴水の陰に隠れて震えているシエスタのところへ向かうことにする。
「シエスタ。シエスタ、大丈夫かい? 怪我をしていないか?」
 なるべく優しく言葉をかけてやると、シエスタが顔を上げた。泣き腫らした顔をしていた。
「あ、あう、く、くりふさん……」
「ああ、かわいそうに。安心するんだ。もう大丈夫、僕が来た。さあ、涙を拭いて。ハンカチだ……なにが起きたんだい?」
 シエスタは言葉が出ないのか、あうあうと繰り返す。やがて、クリフにがばっと抱きついた。
「わっ。ちょっと、シエスタ?」
「あううう、や、やです私。し、しにたくないです。ううう~……」
 ぐすぐすと泣きはじめる。恐怖と混乱で、ちょっと恐慌状態になっているらしい。
「……よし、よし。大丈夫。大丈夫だから、落ちついて。話は分からないが、君は死なないから。死ぬことは絶対にないから落ちつ
いて」
 ぽんぽん、と背中を叩いてやる。とりあえず安心させなければ、このままでは話も聞けない。参ったなぁ。
「おい、そこの。そのメイドもぼくの決闘の相手だ。邪魔をしないでくれないか」
 剣呑なことを言うギーシュ。それが耳に入ったシエスタが、さらに強くギュッとクリフを抱きしめて、ひんひんと泣き声を出した。
 なにを言っているんだこの少年は。こんなにも怯えきった、ただのメイドを苛めてどうするというのか……?
「……話は分からないが。とにかく、彼女はもうこの有様だぞ? もうやめてくれないかな?」
「黙りたまえ。ぼくを侮辱した罰だ、責任は連帯でとってもらう。無関係ならでしゃばるんじゃない」
 ずいぶんとまあ、無茶なことを言う少年である。
 クリフは大きくため息をついた。一体何なんだ、という気分だ。どちらにこの諍いの非があるのかは分からないが、シエスタを見
る限りではどうも彼女に問題があったとはクリフには思えなかった。大方、ヴォルフあたりが何かやったんだろうと当たりはつけら
れる。
「……あー、その、君。ギーシュ君、と言ったね? 重ねて言う、その巨大なバカに代わって謝るよ。頼むから許してくれ。どうし
ても我慢ならないとなら、ヴォルフは好きにして構わないから。せめて、シエスタだけでも……」
「ふん。でしゃばるな、と言っている。それに、君などと馴れ馴れしいぞ平民。見物するなら横で見ていたまえ、なぜきみが仕切る
んだ」
 ギーシュの返答はにべもない。やはり、説得は通じないようである。向こうが聞く耳を持たない以上、シエスタだけ解放させて騒
ぎたい者同士で勝手にやらせる、という手もできないらしい。
 どうやら、これはもうやる以外に選択肢はないようである。しかし、出来る限り早期に帰還することが目的である以上、あまり注
目を集めたくはない。そして、クリフの趣味でもないのだが。
 のではあるのだが、誰も彼もがやる気だし、ギーシュは興奮していて言葉での解決はできそうもなく、シエスタはひどく怯えて泣
いている。周りを取り囲むギャラリーもこの騒動に興奮して見つめていた。中にはトトカルチョまでやっている生徒の姿すら見えて
いた。
 ……うーん。仕方がない、か。ともかく、このまま放置するわけにはいかない。
 こうなったらバレても諦めるしかあるまい。とりあえずエグリゴリの目はない異世界なので、手の内を晒しても危険はあまり考え
られないのは事実ではある。……なるべくは隠すつもりだが。子供じゃあるまいし、ひけらかしても仕方がないのである。
「……はあ。よし、分かった。じゃあ僕と交代してくれないかな? 君だってこんな女の子をいじめて楽しいわけじゃないだろう?
 周囲の目を考えてみてくれ、それで勘弁してくれないかな……?」
 クリフが提案すると、ギーシュは顎に手をやった。すこし逡巡してから答える。
「む……まあ、いいだろう。薔薇たるぼくがあまり女性を泣かすのも、……確かによくないと思ってはいたんだ。代わりに、きみが
八つ裂きになりたまえ」
 ……八つ裂き、ね……。
「あら、クリフも参加するの?」
 少し驚いた顔でこっちを見たヴォルフが、意外そうに声を出した。
「へーえ、珍しいわね。いつもはバカ騒ぎを鎮火する側なのに。根こそぎ全部なぎ払って」
「……適当なことを言うな。僕はいつだって被害を最小限に食い止めてるだろう」
「あら、そうだったかしらねぇ?」
 にひひ、と意地悪そうに笑う。仕方がないだろう、血の気だらけの戦闘サイボーグとの殺し合いを止めるには、そうでもしないと
収まらないんだから。
「あ、え、あ……だ、だめですくりふさん、……く、クリフさんは関係ないです……だめ、し、しんじゃう……」
 ぽろぽろと泣きながら、シエスタがしがみついてくる。指先が震えていた。
「大丈夫だよ、シエスタ。もう怖がらなくていい。なんとでもなるから」
「ち、違います……! わ、私の……私の身代わりに、なんて……! だめ、だめです……! あ、相手は貴族……!」
「大丈夫だ。これぐらい、問題じゃない。たった一人じゃないか。僕が死ぬにはちょっと足りないね? さ、安心するんだ」
「でも、でも……! 違います、一人でも相手は……!」
「分かってるよ。魔法を使うんだろう?」
「……え?」
 クリフが言うと、シエスタはぽかんとした顔をした。
「……君の姿を見れば分かる、なるほど。一般人は魔法を使えないんだね? だから今、君は怖がっている。でも、大丈夫なんだ」
「え……? だい……じょ……?」
「僕を信じろ。僕は死なない。誰も死なない。このバカらしいお祭り騒ぎはすぐに終わって、誰も大した怪我もせず、すぐに平穏な
日常が来る。約束しよう」
 正直、魔法というのがどこまでできるのか未知数ではある。しかし、この学院内に散見される文明度や発達具合から予測すれば……
まあ、たぶん問題はない。
 例えば城壁一つとってみても、なんらかの強化は為されているが、それでもただの石材で作られている。逆に言えば、これが通用
する相手を想定して防御に用いている、ということだ。ならば、ジャバウォックのようなとんでもないのがそうそういるわけもない
だろう。
「……」
「大丈夫。さあ、手を離して」
 するり、とシエスタの手が体から離れた。不思議な顔をしてこちらを見ていた。クリフはゆっくりと立ち上がる。
 余裕の笑みを浮かべながらギーシュが言った。
「ずいぶんと待たされたが……そろそろはじめようじゃないか。いい加減、ギャラリーも待ちくたびれてしまったようだしね」
「すまなかった。しょうがない、さっさと終わらせよう。こうしているのも、僕は恥ずかしくて仕方がないんだ。まるで馬鹿者の一人
になったみたいでね」
「ほう……。神聖な決闘を侮辱するとは。まあ、平民には分かるまい。しかし……丸腰じゃないか。これでは勝負にもならん。それ」
 ギーシュが軽く造花のような杖を振るうと、銅でできた剣が三振りほど出現する。
 それを見た才人が驚いた声をあげた。
「お!? なんだ今の、剣が出たぞ? 手品?」
 そうか、そういえばとクリフは思った。才人ははじめて魔法を見たのだ。いきなり見たら驚くのも無理はない。
「さあ取りたまえ。それをはじまりの合図としよう」
 ギーシュの言葉に、クリフをその剣をじっと見つめてから呟いた。
「……僕はいらないな。誰か欲しい奴はいるか?」
「アタシもいらないわねぇ。素手でいいでしょ」
 ヴォルフは愛用のナックル・ガードすら出さず、ぶぅんと太い腕を回して呟く。
「俺もいらないよ。よくわかんねえけど、あんな弱そうなの余裕じゃん」
 才人もまた、拳を手で打って言った。
 ……才人は普通の少年に見えるのだが。どうやらおそらく、相手は魔法を使うことをよく知らないようだ。今のも手品だと勘違い
していたようだし。
「サイト君、あの彼はたぶん魔法を使うよ。火の玉を出すかもね」
「え、嘘。マジで? あ、ひょっとして今のも!?」
「ここは異世界だぞ? 一応、持っておくといい。……まあ、必要はないかもしれないが」
 そう言われた才人はわずかに考えてから、頷いた。
「そう言うなら……じゃあ」
 才人が青銅の剣を握った。



「さあはじまりだ。……ワルキューレッ!」
 ギーシュの造花から青銅製の花びらが舞った。
 その花びらはひらひらと空を踊ったかと思うと、突然大きく広がり三体の人形が現れる。
「うおっ、なんだありゃ!?」
 才人が急に現れた銅像に目を見開いた。
「魔法だね。ふむ、ワルキューレということは、意匠は戦乙女かな? 女性剣士の形をしているが」
 何気ないようにクリフは呟く。
「ずいぶん余裕だな、クリフとやら。ワルキューレの伝説を知っているのかね? 少しは学があるようじゃないか」
「どうだろうね? さて……」
 ギーシュを適当にあしらいつつ、クリフは目を細めて現れた銅像を観察した。さっき話していた間に、クリフはすでに『魔王』の
展開を終えている。奇襲に備えて一応念のために精神シールドを広げておいたのだが、必要はなかったかもしれない。
「……君の魔法は……以上かな?」
 面倒なのでニュートラルのフィールド状態に切り替えつつ言った言葉に、ギーシュの眉がぴくり、と跳ねた。
「ふん、大口を叩くじゃないか。だが、三体もいれば十分だろう。むしろきみ達には過ぎた相手だ」
「へえ、そうかい」
 口ぶりからすると、どうやらこれでタネは終わりらしい。もっと数は出せるみたいだが、これではお話にもならなそうである。
 こっちに来てから念動が大きく弱まっているような気がしていて、それが不安要素だと思っていたがこれなら大丈夫だ。ざっと
『魔王』で触ってみても、変わったものを隠しているわけでもないようだ。
「……ふむ、青銅製だ。間違いないようだな」
「その通りだが? まあ、見た通りさ。おっと、ぼくとしたことが大切なことを忘れていたな。ぼくはギーシュ。『青銅』のギーシ
ュだ。きみ達も名乗りたまえ」
 ぴっと杖でこちらを指してくるギーシュ。
「……二つ名、か。……こっちは、名乗るほどでもないさ。ただのクリフでいい」
 そう、名乗るほどでもない。何が『魔王』だ。魔獣の本気に苦もなく叩き潰され、キースのグリフォン、魔鳥には一蹴されてしま
った。名前負けもいいところである。
 しかし、そんなクリフの気持ちとは裏腹に、ヴォルフが楽しげな顔をしながらクリフの肩を突っついてきた。
「なによクリフ、名乗りなさいよ。カッコいいの持ってるじゃないの」
「いいよ……恥ずかしい。それより早く終わらせよう」
「ダメよ、楽しみなさいよ。もーノリが悪いんだから。じゃあ……サイト君から!」
 急に振られた才人がえ? という顔をする。
「え、えっと……じゃあ、『勇者』の才人!……とかどう?」
「うーん……いんじゃない? アリよアリ、イケてるじゃないの。よっしゃ、じゃあアタシね。アタシはヴォルフ。『不死身』のヴ
ォルフよ。以後、お見知りおきを」
 手を広げて、どん、と自分の胸を叩き、ヴォルフは大仰に名乗りを入れた。心底楽しんでいる顔である。
「さ、クリフ。オオトリお願いね?」
「お、おい。やらないと言っただろ。僕は恥ずかしいからいやだ」
「なに言ってるのよ、さっさと終わらせたいんでしょ? じゃ、ちゃちゃっとやっちゃいなさいよ。ほらほら」
 ヴォルフは無理やりに薦めてくる。くそ、もうなんなんだ……。
「……僕は……」
 魔王。
 セイタン、と呼ばれた。
 人と人との繋がりを持ち、その架け橋になれるエンジェル、天使のユーゴーと対極の皮肉を込めて。破壊し、なにも生み出さない
悪魔として。時には、畏怖と憎悪を呼び名の中に塗り込めて。
「……僕は『魔王』。『魔王』クリフだ」



「はっははははは! 『勇者』に『不死身』に『魔王』と来たか! これは愉快だな、おい!」
 ギーシュがけたたましく笑い声を上げた。周囲からのそれに同調するような、大きな嘲笑にクリフ達は包まれる。
「……くう……!」
 クリフはもう真っ赤になっていた。あまりにも恥ずかしい、くそ。なんだって言うんだ、こんな子供達に思い切り笑われて。バカ
は僕じゃないか。
「なによクリフ、胸張りなさいよ。嘘言ってないじゃない? アホガキの言う事なんか気にしちゃダメよぅ」
「もういやだ……お前の言う事につい乗ってしまった僕がバカだった。もう、一刻も早く終わらせなければ」
 恥ずかしさを紛らわせるためにクリフは思わず呟いてしまった。
 とは言っても、できる限り手の内を晒さないという基本方針は変わっていない。今後の厄介ごとを避けるためにも、最小限でいく。
要は舐められない程度で済ませばベストだ。
「……僕が出るまでもない。ヴォルフだけでいいだろ、軽く片付けてこい」
 ゆったりと近づいてくるワルキューレとかいう銅像を横目に、クリフはヴォルフにざっくりとした指示を出した。
「えー面白くなさそー。超トロいんだけど?」
「……お前がはじめたくせに……。油断するな。ダメージを受けるなよ、相手は剣を持っている……あまり見られたくない」
「お、いいわね縛りプレイ。興奮しちゃう響きだわ。でもそれだけじゃ、たぶん楽勝っていうか……っと、サイトちゃん?」
 ふとヴォルフが才人の方を見る。才人は自分の手を眺めて、不思議そうな顔をしていた。
「どしたの? 具合悪い?」
「な……なんだこれ。なんか……なんかすげえ」
 ぐっと手を開いたり閉じたりと、自分の力を確かめるように握ることを繰り返す。
「い……いけるんじゃねーのか? こ、これ」
「? なにかしら。うーん、ま、元気ならどーでもいいわね。じゃーいきましょーか」
 ふらりと散歩にでも出かけるかのように、ヴォルフが前に出た。
「さーあ、かかっておいで、坊や。大人の強さを見せてあげるわ」
「……行け! ワルキューレ!」
 ギーシュが鋭く命令を出すと、急速に銅像、ゴーレムの内の一体が加速した。ヴォルフに向かって踊りかかる。しかし。
「――ショラァッ!!」
 裂帛の気合と共に、ヴォルフの右拳が炸裂した。
 鈍い金属音が響き、ゴーレムの頭部がべこり、と思い切りへこむ。そのまま突き抜けるほどの拳を受け、だらりと空中に縫い止め
られた。
「……もっろ。なにこれ、銅ってこんなに柔らかいのねー。サイボーグどころか人体だってここまでじゃないわよ?――シャアァッ!!」
 ぶら下がったままのゴーレムの体を、旋風のような中段蹴りで真っ二つにする。ちぎれ飛んだ下半身が地面に一度跳ねて、そのま
ま噴水に飛び込んだ。
「はい、これで一匹。……マジでノーダメージでいけちゃいそうだわ。張りがないわよ張りが」
 拳からゴーレムを引き抜いて、ぽい、とギーシュに向けて放り投げる。頭を潰され下半身を奪われた青銅のゴーレムは、もはやま
ったく動きもしない。
「……まあ、肩透かしだな」
 クリフもつい呟いてしまった。頭部を少々潰したぐらいでは倒せない可能性も考慮していたが、どうやらそうでもないらしい。急
所を打てば行動不能に陥るのであるなら、あとはもう自分は寝ていても全て勝手に終わりそうである。
 周囲はヴォルフの威力に唖然としていた。さっきまで騒いでいた子供達の喚声が、綺麗にピタリと止んでいた。鳥の鳴く声が遠く
で聞こえて、静けさの中に心地よい響きを感じる。うん、やはり今日はいい日和だな。
「な……! ぼ……くの、ワルキューレ……が……」
 呆然としてギーシュがうめいた。目の前の情景が信じられないようだ。この顔を見る限り、奥の手もなさそうである。わざわざ自
分が出る幕はないらしい。さてと、この後どう片付けるかの段取りでも考えようかな。
 クリフが片手間に思索にふけりはじめると同時に、ヴォルフがさらに一歩前に進んだ。バキバキと拳を鳴らす。
「ほーらもう終わりなの? どんどんかかってきちゃっていいのよ?」
「う、わ……うわあぁぁああ!?」
 ギーシュが叫ぶと、残った二体が続いてヴォルフに突進した。
「――ぬぅん! せいやぁっ!」
 共に、頭を吹っ飛ばされる。一体は真下に叩きつけるように打ち込まれ地面にめりこみ、もう一体は衝撃の勢いで宙をきりもんで
飛び壁に叩きつけられた。どちらも、そのまま完全に停止する。
「オラオラー、終わりー? もっとゴソーッと来なさいよ、十でも二十でもさー。出せるんでしょ?」
「あっああ!! あああああ゛!! うわああぁー!!」
 狂ったようにギーシュが杖を何度も振り、さらに四体のゴーレムが現れた。一体が直線的に、他の三体が回りこむようにしてヴォ
ルフに突っかかってくる。
「ほっ! フンフン、アチョー! ホゥアッチャー! あっヤベ!?」
 瞬く間に三体のゴーレムを叩き潰したヴォルフだったが、残り一体に一瞬の隙を付かれてかわされてしまった。ヴォルフを相手に
せず、その後ろを駆け抜けていく。
「一匹逃した! サイトちゃん、逃げてー!?」
 ゴーレムが身を低くして才人に向かって突進していく。直前で沈み込み、手に持つ剣を大きく振りかぶった。
 しかし、すでにその空間はクリフの『魔王』の展開内である。調子に乗っているヴォルフのミスは予見できていたので、想定の範
囲内だった。周りに分からないように軽く転ばせてやろう。そう思って銅像の足元を崩そうとした、その時。
 才人の手にある剣が霞んだ。
 鋭く金属が斬り飛ばされる音がして、ゴーレムの剣が手首ごと宙を舞った。青銅でできた才人の持つ剣が、掲げられ、陽光に輝い
ていた。
 そのまま、上段からゴーレムの正中線に向かってまっすぐに斬り下ろされる。
 真っ向正面からの斬撃は胴体どころか股下にまで止まることなく振り下ろされ、哀れにも戦乙女をあしらった銅像は真っ二つにさ
れた。
 向かってきた勢いだけは消えず、地面を転がって、そして、やがて止まる。
「……」
 ……え? ……こ、これは……。
 ……。
 場がしん、とした。
 強烈な一閃であった。誰かが、ごくり、と唾を飲み込む音が耳を打った。
 ……。
「……ワーオ。……なによ、やるじゃない」
 ぽつりとヴォルフが驚きの声を上げた。ちょっと目を丸くしている。
 ……これは予想外だった。ただの少年と思っていたが、達人のような剣さばきである。……ううむ。人は見かけによらないものか。
ジャパニーズ・ケンドーという奴か?
 しかしどういうわけか、才人は振り下ろした形のまま止まって、目を見開いていた。まるで、自分でも驚いているかのような風情
だ。
「ビックリだわー。なによなによ、イカすじゃないのサイトちゃん。アタシ一人でがんばることなかったわねー? ……さてと」
 くるり、とヴォルフが前を向いた。視線の先に、あんぐりと口を開けたままのギーシュがいる。
「ジャンジャン来なさいって言ってるでしょー? 大回転で行きましょうよ、もうウォーミングアップはいいわ。さぁーて、あっば
れるわよー?」
 後顧の憂いもなくしたおかげか、楽しげに言うヴォルフ。
 しかし、ギーシュはその場にどさ、とへたり込んだ。
「あら? なにしてんのよ、ほら早く。待たせないでよー。……ん?」
 見れば、ギーシュはカタカタと震えている。信じられない物を見る目をしていた。
「……え? どしたの?」
「……あ、あ、あわ……!」
「……。……え、終わり!? うっそー!? なにそれ、そんなんでケンカ売ってきてたの!? ちょ、ちょっと!」
 ヴォルフがつかつかとギーシュに近づいていくと、「ひっ!」と声を上げて後ずさる。すぐに壁が来て、逃げ場をなくしていた。
「ふ、ふざけんじゃないわよ!? アタシ、思い切り暴れられると思ってワクワクしてたのに! ひ、ひどいじゃないの! えー!?」
 不満げにうめいて、頭を抱えて天を仰ぐ。
「もーやだー! つまんないじゃなーい! ……はぁーあ。なによもう。欲求不満だわー……」
 ……終わりか。
 ふう、とクリフは息を吐いた。早く終わってよかった。ヴォルフには悪いが、こんなことに時間をとられたくないのが本音である。
本当に時間を無駄にしたよ、放っておけばよかったかもしれない……。
 やれやれ、と思いながらクリフは背を向けた。あとは周囲の野次馬を散らして、このギーシュとかいう少年にもう手を出さないよ
うに約束させればそれで終わりだ。ああその前に、シエスタにフォローをしておいて。それからメイド達の寮にでも帰さなければ……。
 などと次のことを考えていると。
 ――ざくり。
 と、肉が斬れる音がした。振り向く。
 破壊され倒れたはずのゴーレムの手が動いて、後ろからヴォルフの背を貫いていた。
 ヴォルフが破壊した、最初のゴーレムだった。
 ……あっ。
 ……馬鹿。

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