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ゼロの黒魔道士 Another Note-05


しっかしピクルスってぇのは、ワルモノですなぁ……
こうコリコリっと酸っぱくしょっぱく、しかも臭いってぇ癖に!
こいつがあるとワインがガンガン進んじまいまして……
あぁ、もう止めて欲しいでござんす、っとぉ?
……ありゃ?もう最後の1個?うーん、しょうがない!
お姉さん!ピクルスおかわり!あとワインもね!

いやいや、こういうのがね、ベストカップルっつーんですわ。ね?
男はピクルスみたいに臭みがあっても良い。その癖がまた魅力。
女はワインみたいに育てば良い。将来が楽しみなほどに。
しっかしながら我らが主人公達についちゃぁ、ピクルス以上の癖男と、成長前のワインってなわけで……
あぁ、どうも!ん?これは?オリーブもオマケ?
たまりませんなぁ!うん!よーし、ここはチップもオマケしちゃいましょう!
ウワッハッハ!美味い店で口も回る!最高の夜ですなぁ~!!


           ゼロの黒魔道士 Another Note
           ~第伍篇~ 腑に落ちない


彼女にとっても、それは最高の夜だったのだろう。
今日はスヴェルの夜。

それは紅い月の雫が、一際輝く夜のこと。
静かな夜はいくらでもあった。修道院なら全ての夜がそうだった。
だが、ここは町の宿屋。
窓の向こうは断崖絶壁の海の底でも無ければ、風吹き降ろす険しい山々でも無い。
月灯りがふんわりと、賑やかな町の人々を寝息ごと包む町の中。
静かさの種類が少々違う。

だからなのだろうか。ジョゼットは、彼らと共に寝入ることができなかった。
そっと寝具から体を引きはがして、窓辺に座り、ただ月を見ていた。
自分の小さい胸に、そっと手を当てながら。

「……眠れない、のか?」
「――起きてたんですか?」

頭を豪快にボリボリとかきながら、ソファから影が起き上がる。
少々大き目の身体には狭かったのだろうか、
手すりの上まで避難していた足をよっこらどっこいとばかりに床まで降ろし、
狭い所に押し込めた四本の腕をぐぃっと伸ばす。

「いや?グッスリと寝てたさ。
 ただ、気配には敏感でさ。俺、臆病だから」
「あぁ、なるほどー!」
「いや、そこは否定して欲しかったんだけどなぁ……」

欠伸半分に、男は苦笑した。
惚れた女に、自虐的な笑いをそのままの意味で取られると辛いものがある。

「フフ。ジョーダンですよ!
 勇敢な方だと思ってますって!私と違ってとっても……」

だが、そんな女の顔が浮かない。
惚れた女にゃ笑顔でいて欲しい。
男として持つべき気概を、彼も一応は持ち合わせていた。

「んー……」
「どうされたんですか?」
「いや、あのさ……」

だが、今日はうまく言葉にできない。
何しろ師匠のお墨付きをもらったとはいえ、意識をしてしまったのだ。
惚れた女に顔を向けるにはちょっとした勇気がいる。
勇気を出そうと踏ん張ると、今度は喉にこめる気力というもんが減る。
裏通りを進み続けた彼にとって、あまり経験したことがないもどかしさだった。

「なんです?」
「んー……あー……言葉にするって難しいなぁ、おい!
 うし!ジョゼット、ちょっとこっち来てくんない?」

だが、ここで引き下がっては男が廃る。
男は度胸、いや根性、いやいや自爆してこそ男の華。
口で言えないことを代弁しようと、男はジョゼットを手招いた。

「?えぇ……?」
「よいしょぉぉぉおっ!!」
「っ!?キャッ!?」

女性を抱きかかえるには、乱暴なやり方だった。
所謂、『お姫様抱っこ』と俗称されるような、丁寧かつ紳士的なものでは全くなく、
『担ぎ上げ』とでも言おうか、男は彼女を酒樽か何かのように肩に担ぎ上げた。

「舌噛むなよっ!」
「ま、待って、ふ、きゃぁああ!?」

これからやりたいことで頭が一杯なのだろうか、もう少し彼女に心を配ればいいものを。
左の二本の腕で彼女を担ぎ上げたまま、
右の手で窓を開け放ち、窓枠の出っ張りを起点として上へ。
女性のエスコートとしてはともかく、
誘拐犯としては実に見事な動きで、窓の外へと飛び出して行った。

「……バカなりに、考えちゃいるのかねぇ、あのバカ……」

独り、部屋に残された男の師匠は呆れた顔をしてそれを見送った。
ガタガタ五月蝿い音に起こされてみれば、自称・弟子が少女を連れ去るところ。
焚きつけた張本人としては不安でしょうがない。
諦めた、という風な溜息をつき、スティルツキンはベッドから這い出す羽目になった。
久方ぶりのベッドだというのに、どうして眠らせてくれないのだろうかと悪態をつきながら。

 ・
 ・
 ・

月灯りに、影が踊る。
影絵芝居の兎のように、屋根伝いにぴょんぴょんと。
屋根の無いところは通りまで影が落ち、本体との距離がやや開く。
それでも影は必死に本体を追いかけてゆき、やがてぴったりと本体と影が合わさった。
それはこの町で一番高い場所、鐘楼の上だった。

「とぉちゃーっくっ!!」

暴れ馬が曳く乗合馬車が、ゆっくり乗客を降ろした。
乗客の足が、やっと自らの影に触れて落ちついた。
晩秋も夜の風、頬がやたらと冷える。

「び、びっくりしたぁ~……」
「わ、悪ィ……怖がらせちまったか?」
「ううん、全然!むしろ、楽しかったです!」

この辺の感覚は、乗馬を経験した者なら分かるのかもしれない。
自分の視点が、自らの足以外に支えられて持ちあがり、風となって駆け抜ける感覚だ。
真っ赤になった頬は、決して寒いからというだけで無く、少なからず興奮したからという証。
ジョゼットは月に跳ねる兎のように弾む声で笑っていた。


「へへ、そっか……ん、思ったとーりだな」
「え?……ふわぁあああ……」

四本腕の男の言う『思ったとーり』、それはジョゼットにとって『思ったことも無い』景色だった。
それは、規模で言えば中から小規模な、ごく平凡な街道沿いの町。
それがスヴェルの夜には様子を変える。
紅い月が、その平凡な町をピンク色に染めていた。
いつかのモンスターの尻尾より、ずっとずっと優しい紅葉色だ。
灰色でできた石畳も、厳めしい面構えの教会も、お菓子でできたみたいに柔らかく見えてくる。
夜も半ばを越えた通りには人の姿こそは見えないが、
真夜中に往来する旅人を助けるためだろうか、大小の通りに沿ってランタンが設えられている。
それを上から見ると、川のようにも、木の根のようにも見える。
ごくごくささやかな、ヒトがヒトのために作った地上の星空だ。
それに負けじと、紅い月を取り巻く秋の星々が瞬いていた。
家々の窓がそれにあやかろうと、ささやかにそれを映す。
山間に囲まれたその町は、その大きさも相まって、
小ぶりな宝石箱を思わせる情景であった。


「せせこましくて、格別、綺麗な景色ってわけじゃないけどさ。
 悪くないだろ?こーゆーのも」
「うん、とっても!」

四本腕の男は、感嘆符を隠すことない少女に笑いかけながら、
少しばかり覚悟を決めた。
すなわち、身体をそっと寄せることを決意したのだ。
担ぎ上げといて何を今更、とはいうものの、身体を寄せるというのはまた違う。
先ほどは半ば無理矢理だったが、今度はいくらでも拒否できる。
拒否をされた場合、落ち込むだけじゃ済まない。
嫌われている、などと知りたくない。
それでも、男は決めたのだ。
師匠曰く『ゼロ』じゃない可能性に賭ける。
至高のお宝を手に入れるために。

「あ、あのさ……」
「ん?なんです?」
「あの……ほれ、あの窓一個一個の向こうとかさ、あの屋根の下の連中がな?」

彼は、彼なりに考えて、考えに考えまくって、
『どこかを指差すふりをしながら体を寄せる』という行動を取った。
ごく自然。ごくさりげなく。
自分が傷つかないように取り繕ったある意味情けない行動だ。

「……えぇ?」

すると、彼女の方から、その指差す方向をじっと見ようとしてか、
頬を寄せてきたではないか。
柔らかい、寒さに少し染まった頬が腕に当たる。
横を向けば、彼女の顔がすぐ傍に。
流れるような白い髪。
簡単に壊れてしまいそうな純粋な瞳。
男の鼓動が、徐々に速くなる。

「最初っからそのー……あの、えっとほら……大人っぽいわけじゃないじゃん?」
「え?」

ジョゼットが、男の顔を覗きこんだ。
真っ直ぐな、視線だった。
これ以上の宝石なんて存在しない、そんな輝きだった。

「いやそりゃ、悩むのが悪いわけじゃないけどさ、人と比べるのだって悪いことじゃないぜ?
 俺だって、『どんな世界ででも、一番になってやる!』みたいに思ってるわけだしさ」
「……」
「いや、だからさ、悩むこっちゃないって!
 こう、願ってればいつかなれるんだよ!うん、絶対そう!そうなんだって!」

ジョゼットを担ぎながらの道中、何度も何度もシミュレーションした言葉なのではあるが、
かなりの部分が、勢いのままのアドリブになってしまっている。

馬鹿なりにジョゼットを見て気づいたこと。
彼女は思い悩んでいた。
『私と違って』、と自虐の言葉が口から出るのがその証拠だ。
だから、『まず、彼女を励まして、思いっきりの笑顔にする!そこから告白する!』
それ自体の案が間違っているわけではない。
だがいざ実践しようとするとなかなかこれが難しい。
ギルを盗むよりも、ハートを盗む方が格段に難しい。
必死に考えていたカッコいい台詞は、終わりの方で自分を弁護するような言葉になってしまっていた。

「悩む……」
「け、結局さぁ!最後にモノ言うのは『ココ』ってこと!
 うん、胸張って生きるにはさ、『ココ』の大きさが重要なのよ!」

左の二本の腕を使って、男は自分の胸を指した。
そう、『ココ』。それが大事なのだ。
気持ち、感情、意志……
うまく言葉にしては言えないが、そういった諸々がとにかく大事なのだ。
男は、男なりに『上手くまとめられた!』とそう認識した。
ニッと笑顔がこぼれる。

「『ココ』……」
「そーそー!『ココ』だな、うん!成長すんのよ人間ってーのはさ!
 でっかくなんなきゃなー!うん!」

ジョゼットが自分の胸を覗きこむ。
そうした姿もまた愛らしい。
男は、自分の言葉が相手に浸み渡っていることに満足しながら、さらに調子に乗った。

「……でっかく……なんないとダメですか?」
「おう!やっぱさ、でかさは重要だろ?うん!心も、体もさ!」

ここは、ジョゼットに言ったというよりも、自分自身に言ったという趣が強い。
馬鹿なりに、『強くなりたい』という想いはある。
小さいまんまじゃダメなんだと、そうずっと考えていた。
逃げてばっかりじゃダメだし、避けてばっかりいてもダメなのだ。
彼は、元トレジャーハンター。そして、男だ。
狙ったお宝は、『何があっても』手に入れてみせる。
そうでなければ、ハンターでも、男でも、無い。

「……」
「だ、だからさ、そのー……お、俺もまだまだだし、一緒に、成長しないか?
 そのー……俺、お前のこと……」

呼吸が、少々荒い。
足がつりそうなほど緊張している。
あと、一言二言なのに、それがなかなか口から出ていかない。
振りしぼれ、勇気を。
逃げてばっかりで強くなる武器なんてあるものか。
立ち向かわなければ、強くなんてなれやしない。

「……ヒドい」
「す、す……へ?」

だが、ジョゼットが先に口を開き、意外な言葉を口にした。
目が、点になる。

「ちっさいのが悪いことなんですか?
 子供っぽいのは、悪い事なんですかぁっ!?」
「う、うぇっ!?」

すごい勢いだ。
言葉の涙雨、洪水。
男は混乱した。何で、コウナルノ。

「『ココ』だって……『ココ』……膨らんで無い子供みたいで……
 私、やっぱりあなたの娘に見えるくらい子供っぽいんですかっ!?」
「い、いやそういう意味じゃ……」

馬鹿な男の頭にも、やっと状況が飲み込めた。
男が先ほど指差したのは『心』。そのつもりだった。
だが、少女が曲解したのは、
その『心』を包む、『胸』、より細かい種別で言えば『乳』の方。
そういえば、宿屋の女将さんは、まさに実るというほどにたわわだったか……

男は理解しきれていなかった。
成長期の少女の悩み、その根っこというものの深さを。

「……バカァッ!!」
「おぅふぁっ!?」

オーケストラと男女の逢引、どちらも終わりは激しい打楽器の音で綴じられる。
シンバルと、激しいビンタという違いこそはあるが、大体似たようなものだ。
明確な違いがあるとするなら、終わった後に客が立ち上がり拍手するか、
終わった後に女性が立ち上がって泣きながらその場を走り去るというところだろうか。

男は、彼女が去って行った階段の方を呆然、と眺めていた。
何デコウナルノ?何ガ悪カッタノ?
張られた頬は別に痛くない。でも、頬以外のどこかがすんごく痛い。
何ナノ、コレ?何ナノヨ、コレ?

そんな風に、ポツポツと呟いていると、
赤い影が、ちらりと屋根の端っこから覗いて見えた。

「し、ししょー……?」
「……まぁ、うん。大変だったな」

いつからいたのだろう。
スティルツキンの顔が、ひょこっと下から覗きあがった。
何でだか男自身にも分からないが、涙が溢れてくる。

「……師匠、俺……」
「惜しかった。うん、今回のお前は残念なだけだった」

スティルツキンとしては、めいいっぱい励ましているつもりだった。
傷心した野郎を慰めるというのは、なかなか困難だ。

「……俺、師匠、俺……」
「言葉は難しいからな。一文字でも大違いになるし……」

ちょっとしたボタンのつけ違い、それだけのことだったのだろう。
見ている側としては喜劇でも、本人にとっては悲劇だ。
腑に落ちないであろうことは重々理解できる。
今回ばっかりは慰めざるをえまい。

「ししょぉおぉおおおお~~~~!!!!」
「バッチい顔で抱きつくな、こんにゃろ」
「あがっ!?」

それでも、野郎に抱きつかれるのは好まない。
思わず張った手は、男の反対側の頬に真っ赤な痕を作ることになった。

紅い月が、町ごと彼らを優しく包む夜だった。


ピコン
ATE ~Ex-DEATH~


醜悪な鼻が、乾いた空気の中ひくついた。
うっすらと血の香り。美味そうな、美味そうな血の香り。
真っ赤な月と同じような真っ赤な真っ赤な血の香り。
牙の隙間から月明りと同じ桜色した舌が伸び、涎が一滴。
我慢をせねば。背中に担いだ麻袋から垂れた血を物欲しそうに見やりながら、
その獣は忍耐の心を一層強く噛みしめた。

ルー・ガルー、ライカンスロープ、ヴァラヴォルフなど土地によって呼び名は様々あるが、
ハルケギニアでの通りが最も良いのは、ウェアウルフという呼び名だ。すなわち狼人。
同系統の亜人としては犬人とでも言うべきコボルドなどという種族も存在する。
だが、ウェアウルフをコボルドと見分けるのは、牙、爪、醜悪な面と臭い、月夜の叫び声と比較的たやすい。
行動でもその野獣のごとき力を、ヒトの子供ほどはある知力で程良く制御し、
集団で空き巣、夜盗、強盗などなんでもござれとこなすことが可能だ。
危険か、と問われれば確かに危険な存在だが、大仰に問題視されていないのには理由がある。
知力があり、人語を解するとはいえ、所詮子供程度なのだ。
だから、単純な狼用の罠を街の周囲に張り巡らしておけば、
数匹の若い個体の犠牲があった後は用心して二度と近づかなくなる。
双方妥協できる範囲の生活圏を守りながら、共栄共存が可能。
それが今までのウェアウルフであった。

だが、今その動きが大きく変わっている。
ヒトの住む領地へ、その行動圏が大きく広がった。
ただ食うにあぶれた一匹ものの狼ではない。もっと組織的な行動であった。
中の器用な数個体が罠を破壊し、残りが家畜を襲う。
その場でつまみ食いをするけしからん輩もいるにはいるが、
多くは『解体』をするに留めている。
その場で食べず、持ち帰るために。
学習している。狩りの速度が上がっているのだ。
素早く襲い、素早く殺し、素早く帰る。
それは今までのウェアウルフにない行動様式であった。

狩猟部隊が巣に帰る。
巣といっても、その辺の山に雨風で開いた洞穴だ。
居心地は良好とは言えないが、そこに待つ者がいる。
道中で食したくてたまらなかった獣の肉を担いだまま、
犬共がその奥へと帰って行く。

「か、かしら!もってきたよ!」
「……」

彼らの『かしら』、群れの頭領のことであろう、その個体は洞の奥にいた。
うず高く積まれた白い白い骨の山の上に、
それは果たして、ヒトとも狼とも遠い姿をして、いた。
四肢には籠手と具足を。これはその辺の傭兵から奪った物だ。
奪われた傭兵はかつての自分の持ち物に、頭蓋骨だけになりながら踏みつけられていた。
上半身、これが実に奇怪であった。
ウェアウルフらしい黒光りするような毛は全て抜け落ち、
その胴体は蟲にでも食いちぎられたかのように欠け、
それを取り戻そうかというように局一部が腫れあがり、腐り、黒ずんでいる。
爛れて落ちてしまわないように、辛うじて鋼の胸当てでおさえているといった塩梅。
病、そう見えないことも無いが、それを否定するのがその顔だ。
血にまみれた包帯が、狼の大きな耳が腐り欠けた顔中を覆っている。
そこから僅かに覗くのが、獰猛な牙と、残忍な目。
そう、その目が、その目こそが単なる病では無いことを示していた。
暗く濁り、闇の淵を思わせるような目。
それが帰還した狩猟部隊を突き刺すようにギロリと睨みつける。
たったそれだけのこと、それに若き狼共は子犬のごとく「くぅん」と一声怯えて後ずさった。

「に、にくだ。とりだ。うし、ぶたもある」
「りゅ、りゅう!おれとった!えぐってやった!」
「……置ケぃ……」

静かに、静かに骸の上で影が動いた。
子犬共がその荷を置く。

「う、うん!おくよ!」「たべてくれ、かしら!」
「……」

屍の上から、手が動く。
獰猛な牙が、大きく開かれた口蓋の中で閃いた。

バリバリ グシャグシャ バキバキ ゴクン
ジュルジュル ネチャネチャ ガリガリ ゴクン

飢えを、満たされぬ乾きを、砂漠の流砂が獲物を飲み込む様に、
ありとあらゆる獣の肉が、骸の王に飲み込まれていった。
乾いたような、湿ったような、そんな音を洞に響かせながら。

「かしら、うまいか?」
「不味くは無いが……もっとだ……」

尋ねられ、狼共の主が唸り声を上げる。
ねとりと、血と涎の混じった液体が、口から引きはがされた肉と牙の間に橋を作った。
おさまらない飢えを、喉の奥から引きずり出した。

「も、もっと?わかった!おれ、もってくる!」
「つぎおれだ!」
「いいや、おれがんばる!」
「つぎ、ひつじか?やぎか?」
「かしら!ねこ!ねこいたぞ、!」
「い、いや、とろーるだ!にく、かたくてうまいぞ!」

忠実なる部下共が、かしらへと貢献しようと吠え声を上げる。
頼もしいことであるが、いささか五月蝿い。

「沈まれィ、愚かな狗共ォお!!」
「ひっ」「クゥーン……」

少しだけ腰を浮かし、枯れた声での、一喝。
決して、大きい声なわけでは無い。
だが、その吠えは、静かな迫力を伴っていた。
指揮者が手を閉じたように、洞の中が静まりかえる。

骸の上の主は、ゆっくりとその腰を骸へと戻した。
今、自分に足りないもの。
それは自分の身体が訴えている。
本能がそれを欲している。

「ヒトだ……」
「!?」「ヒト!?」「ひと、くうのか!?くえるのか!?」

ウェアウルフがそこまで恐れられていないもう1つの理由は、
『彼らは別に人を食うわけでは無い』ということ。
彼らは家畜などを襲いこそすれ、人肉を好んで食べるということは無い。
ミノタウロス等と違い、個体数がそこそこ多いこともあって、噂が誇張されることも無い。
味の趣向で言えば、彼らは人間にほど近かったのである。


「そうだ……特にメイジが良ぃ……あいつらの『記憶』は格別だ……」
「きおく?」「きおくってなんだ?」

耳慣れない言葉に、狼共がざわめいた。
獣にしては珍しく言葉を発することができるものの、
複雑な言葉になるとこのように混乱してしまうのだ。

「気にするな……頼むぞ……」
「わかった」「かしら!おれ、ひと、とってくる!」
「おれだよ!」「かしら、おれだ!おれ!おれ!」

だが、それはあくまで一個体についての話。
群れとしてのウェアウルフは、かしらが絶対。
彼の意見で群れがまるで1つの生物のように動く。
かしらさえ賢ければ、あとの狼達はどれだけ馬鹿でも構わない。
忠実なる吠声が、洞に豪と湧きおこった。

「静まらんかァぁぁあああああ!」

その忠実さを、かしらが煩わしいとばかりに切って捨てた。
なんという忠実な愚か者達だと、そう切って捨てた。

「ひぃぃぃぃ」「かしらおこったぁぁ……」
「……止めろ、『かしら』などと愚昧な呼び方は」

狼共のかしらが、ぐしゃり、と手にした肉を握りつぶした。
血がべっとりと、手を伝い腕に広がる。
舌を伸ばして、彼はそれを舐め取った。

「かし……なら、どうよぶ?」「どうよぶ?」
「私のことはフォル……ふむ」

フォルサテ、と言おうとした舌が、牙の端についた蜥蜴の血をぬぐい去る。
何も、自分を自分と気づかれるような名を名乗る必要はあるまい。
名を知られるなど、愚昧、愚鈍、愚図な行為でしかない。
聖エイジス32世やヴィットーリオ・セレヴァレなどという大仰な名前も同じくだ。
6000年もの間練りに練った計画を御破算にされたのだ。
最後の最後で、自分の計画が露見し、一気に解決しようとした顛末がこれだ。
聖杯に『バックアップ』をとっておいたから良いようなものの、二度も三度も地獄からは甦れまい。

焦るな。今は機を見つけるまで臥して耐えるべき。
少なくとも、こんな自分の魔力に耐えぬような狼の身ではなく、
その血筋をきちんとしたメイジ、それもできれば『虚無』の身体手に入れるまでだ。
それまでは知られぬよう名を隠しておく必要がある。

『虚無』の身体でなければ。
忌々しそうに、今の自分の醜悪なる体を睨みつける。
『始祖の聖杯』に残していた『記憶』が、元ウェアウルフの体を見下ろす。
最後に残した記憶がロマリアに火を放つ直前だったのだから、
おそらく『始祖の聖杯』をこのガリアの山奥まで持って来たのは、
マヌケな火事場泥棒の類だったのだろう。そう推理できる。
そいつらは、今おそらく、自分の尻の下の骸骨のどれかになっているだろう。それを知る必要までは無い。
重要なのは、『始祖の聖杯』に血を注ぎ、飲み干す者が『虚無』の持ち主でなければならないということだ。
預けた記憶を引き出すのは、相応しい資質を持つものでなければならない。
それが最悪、死骸でも構わない。こんな獣の身体よりは幾分かマシだ。
あぁ、よりによって知性も品性も、魔力も持ち合わせぬウェアウルフとは。
おかげで、膨大な『記憶』に押しつぶされて、こんなにも腐ってしまった。
魔法を使えなくも無いので、手足があるのは便利だが、と自分の四肢を見る。
掴んでいるのは、生々しい家畜の屍。

あぁ、畜生め。
『虚無』の力が、欲している。魔力を。記憶の力を。
獣では蓄えきれないほどの、溢れるばかりの力を。
いくら血肉を貪ってもなお、満たされることのない、力の根源を。

あぁ、忌々しいことだ。
永遠の生と、絶対の力を手にするためとはいえ、
肉体の死をこうも恐れながら過ごさねばならないとは……
そうか、とかつては虚無の弟子として野心を燃やした者が呟いた。
死を恐れる、なかなか悪くない。

「……ネクロフォビア。そうだ、ネクロフォビアだ」

昔は『恐れ』を愚かで悪しきものとして考えていた。
だが、恐怖に打ち勝つからこそ、強くなる。
忌々しい愚民の、それこそ愚直で滑稽な羽虫の理論だが、
愚かさの極みであることに彼奴等に敗れたのだ。
その悔しさを、その憎しみを忘れぬために、この名を名乗るのも悪くない。
今はあえて苦汁をなめよう。いつか越えるために。

「私は死を恐れ、死を越えるもの、ネクロフォビア……
 ネクロフォビアとそう呼ぶが良い……」

口にすれば、なるほど。悪い名前では無い。
仮初の名前とすれば充分だ。
そう、今は。
やがて、このハルケギニアを。
そして、『悪魔の門』を、『始原のクリスタル』通じ三千世界を支配下に置くまでの期間として、充分すぎる名前だ。
男の野心が、牙から獣の血として滴り落ちた。

「ねくろふぉびあ……」
「ねくろふぉびあ、ばんざーい!」
「ばんざい、ねくろふぉびあー!」
「ねくろふぉびあさまー!」

ガリアの洞は、狼の巣。
その遠吠えは、はるか高く。
万物を優しく照らすはずの紅い月をも突き刺し、
夜空を震わせた。


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