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Persona 0-21


Persona 0  最終話

「ゆけぇロキ!」

 血と脂の浮いた顔に見る者を震え上がらせる凶気と苦い絶望を張り付かせながら、ジョゼフは敵へペルソナを向かわせる。

『くははは、凍れ凍れニブルヘイム!全てを氷結の世界へ落とせ!』

 ジョゼフの叫びと共に蒼い髪を振り乱した半裸の青年のビジョンが現れ、指を弾く。
 刹那空気中の水分がすべて氷の結晶と化し、少女を中心に極寒に白く輝く霜の世界が現れた。
 普通の人間なら体中の水分が凍りつき極小の氷の破片となってこの世界に散る、それこそが氷と死の世界たる“ニブルヘイム”を冠するこの魔法の力だった。

 だが少女は相変わらずその攻撃を歯牙にも掛けなかった、まるで幽霊のように凍った氷柱と氷塊の中を文字通りすり抜けて、少女はジョゼフの前に立った。

「化け物め……」

 忌々しげにジョゼフは呟く。
 まさしくその存在は化け物、人がけして触れることの叶わぬ“消滅”の化身であった。
 かつて異なる場所、異なる時、“死”と言う概念を人に齎した化け物がいた。
 その化け物は死を求める心に引かれ、呼び寄せられ、一つの星に死を満たそうとした。
 この存在はそれと同じ存在だ。
 違うのは、ニュクスと呼ばれたその存在が外より来るけして逃れられぬ“死”であったのに対し。
 この化け物は人の心の根源そのもの。
 喜び、悲しみ、希望や絶望、それら全てをひっくるめた人の意識と無意識を全てを統合する器と言うべき場所に生じたガン細胞のようなものだと言うことだ。
 プラスもマイナスも、光(フィレモン)も闇(ニャルラトホテプ)も、意識も無意識も、己(自分)も仮面(ペルソナ)も。
 触れたもの全てを崩壊させ、人と言う種族の“心”を喰らい尽くすモノ。
 故にこそ“虚無”
 外ではなく、人の内より混沌を取りこみ全てをゼロへと塗りつぶす消滅そのもの。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 勿論そんなことジョゼフが知ろう筈もない。
 このサイトと言う少年を割って樹木のように生えたルイズの姿こそ、まさしく人全てを内側から食い破る存在だと言うことなど知る由もない。
 いや知っていたとしてもジョゼフはきっとこうしていただろう。

「ペルソナ!」

 一切の躊躇もなく己の全てをぶつけていただろう。

「認めん、認めん、認めんぞぉおおおおおおおおおおおおお」

 ロキがその力を振り絞る、スクウェアクラスの水メイジが何人いてもとても作れないような極寒が生まれるが、少女の姿をした化け物はなんの痛痒も感じてはいない。
 それは“人”そのものなのだ、それが精神力で産み出した魔法だろうと、ペルソナだろうと、人の産み出したものが通じるはずがない。
 “虚無の化身”はその虚ろな目をジョゼフに向けることもなく。

「ぬぐっああああああああああ!!?」

 その翼の羽が変じた触手でジョゼフを貫いた。
 おぞましい激痛と共にジョゼフの心に“今生きる全ての人間の意識”が流れ込み、流れ込んだ途端に混濁させたジョゼフの心ともどもなにもかも一切合財消え去っていく。
 だが―――― 



「ふ、ふふふふふ」

 ジョゼフは。

「ふはははははははは」


 ――――笑った。 

「これで逃がさん!」

 ジョゼフが肩を貫いた触手を右手で握りしめると。

「くれてやろう!このくだらぬ俺の人生のすべてを!!!!」

 体中の穴と言う穴から血を流し。

「エクスプロォォォオオオオオオジョォオオオオオオオオオオオオオオオぉぉぉぉぉおOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」

 月に吠えた。



 タバサとクマが頂上に着いた時、そこには誰もいなかった。
 キュルケもギーシュもジョゼフもいない、ただ彼らの形をした影が蹲っているだけであった。
 その影達の中心で、一人の少女が空を見上げている。

「ルイズ?」

 その声を掛けた途端に、ぐりんとルイズの姿をしたものの目が裏返る。
 透明な体が水が沸騰するようにぽこぽこと泡を吐き出し、可憐な口から伸びた長い下がその泡を鬱陶しいとばかりに突き刺しては突き潰していた。

「違う、泡じゃないっ!?」

 今までタバサが泡だと思っていたもの。
 それは小さな小さな人の生首だった。
 人面疽の如く少女の肉体に浮かぶ無数の顔、その中に知った顔がいくつかあることに気が付きタバサは嫌悪感から目を背けた。

「ガ子:hdgj:zslk;zjjjんgz:;jl:;あ:;djぁwl:gじゃsfhkんsl・ざlkgf」

 少女が吼える、声と共にもはや人の形すらも忘れてしまったのか。
 数え切れないほどの顔をその肌に貼り付けながら、少女の体が夜へと溶ける。
 ――――その体に、人と言う種の全ての心を溶かしこむ。

 あらゆる凶喜を
 あらゆる狂忌を

 溶かし溶かし溶かしこんで、少女は変態していった。

 方向性などまるでなく、沸騰するように顔が浮かび、潰れ、そしてはじけては沈み込み……そのたびに少女の体は膨張を続ける。
 十数秒後、少女の体は無数の人の貌を貼り付けた巨大な肉塊を言う醜悪な物質へと変貌を遂げていた。
 それはまるで周囲全てを溶かし際限なく増え続ける異形のガン細胞のように。

 肉塊が膨張する。
 虚無と言う風船に注ぎ込まれた、一人の男の狂気によって。
 一人の青年の祈りによってかろうじて留めていた少女の形は、完膚無きまでに混沌に染まっていく。

 白魚のようだった右腕は肉の触手が絡み合う前足となり、左腕が分かれて変じた後足と共に鋭い鍵爪で塔の屋上を踏みしめる。
 かつてサイトだった部分は真っ二つに裂けて月に向かって吼え声をあげる獣の相貌へ。
 少女の顔であったものは沸騰するように湧き出した無数の“人体”で塗り込められ、幾体もの少女の体を使って作り上げられた奇怪なオブジェをその先に繋いだ、獣の巨大な尾となった。
 体毛の代わりにその体を覆う毛並みは、体中に張り付いた無数の生首の頭髪だ。
 まるで悪い病にでも掛かったかのようにところどころその透明な肌を露出させたその姿は、何処までも醜悪そのもの。

 だがその醜悪さも、その体の所々に埋め込まれた少女達の姿から感じるおぞましさには及ぶまい。
 できもののように体の節々や額から露出した見知った少女たちの上半身は、皆狂った顔で訳の分からない言葉を呟き続けている。

「殺じ……で……ぐ…………で……」

 サイトの声で“悪魔”はそう謳った。

 タバサはそのおぞましい姿と放散する異様なプレッシャーに一歩後ずさる。
 だがその無表情な顔に覚悟を刻み、そして首を縦に振った。

「わかった」

 杖を構える、その姿はまるで悪しき竜へと挑む、“勇者”のように。
 震えながらも凛々しく、逞しい。

「来て、イーヴァルディ!」 




 「」は白い部屋のなかで膝を抱えて蹲っていた。
 部屋には一つだけ窓があり、そこから月の光と外の光景が映し出されている。
 長い長い蔦を足場に部屋のすぐ側までやってきたのは蒼い髪の少女と、丸っこい可愛らしい物体だ。
 二人は部屋の窓から「」のことを不思議そうに、心配そうに覗き込んでいたが、しかし緊迫した表情で「」から見えない場所へ向かって駆け出していった。
 だがそんなこと「」にとっては瑣末なことでしかない。
 名前を失い、影になった瞬間からすべてのことがどうでも良く思えて再び「」は俯き、胡乱の海へと沈んでいく。

 その真っ白な部屋のなか、真っ黒な影となった「」に向かって語りかける存在があった。

 ――きみは、それでいいのかい?

 口に咥えた真っ赤な薔薇、女の子にモテる為と言いつつも心の底では尊敬する兄に少しでも追いつこうと鍛え続けた細身の体。
 気障な眼差しには、しかし今はどこまでも真剣な色が浮かんでいた。
 赤い荒縄に縛られた半裸の体にブーメランパンツ一丁のみと言う姿、かつてどこかで見たことがあると「」は思った。

 ――こんなところで見ているだけで本当にいいのかい?

 その言葉に、びくりと心を失った筈の「」が震える。
 恐れるように、怯えるように、影法師となったその体を震わせる。

 ――ごらん、友達が戦っている。

 見上げた窓の外、青い髪の少女が空を舞う。
 その背に羽根を持つ騎士を背負い、銀糸の軌跡を残す雪風を伴って。
 何度も何度も地面に這い蹲り、血反吐を流しながらも、戦うことをやめようとしない。
 その姿を、「」は尊いものだと感じていた。
 失ったはずの心に炎が灯る。

「い……やだ……まも……るんだ」

 影法師の影が晴れて行く、何者でもない存在からゆっくりと本当の己を取り戻していく。
 もう一人の彼は、己の半身が大切なものを取り戻す姿をただじっと眺めていた。
 輝かしい宝物でも見つめるように、ただじっと見ていた。


「待ってくれ! きみは……」
 夢から醒めように「ギーシュ」は立ち上がり、目の前の相手に手を伸ばす。
 だがその瞬間、すぐ手の届くところにいた筈の己の半身はまるで幻だったように消え去っていた。

 ――ぼくはきみ、きみはぼくだ。ぼくはずっときみのなかで、きみの“勇気”を見ているよ。


 残されたのはその言葉。
 そしてもう一つ

 彼が立っていた場所に一枚のカードが残されている。
 ギーシュが操るワルキューレたちが、手に剣を取り槍を取り、青銅の戦車を引いて勇ましく行軍するそのタロットの名は“剛毅”
 そのタロットには、銘と共に一つの言葉が添えられている。

 ――そのアルカナは示した、どんな苦難に苛まれようと、それに耐え忍ぶ力が必要なことを


 ギーシュがそのカードを手にした途端、巨木の枝が窓を突き破り部屋へと侵入してきた。
 その枝から零れ落ちたのは、真っ赤な真っ赤な一つの林檎。

 それを手にした瞬間、今度こそ本当にギーシュは永い永い悪夢から目を覚ました。




 触手の一本がその細い太股をかすめる。
 それだけで気が遠くなるほどの混沌としてから表現しようのないモノが己の中を駆け回り、タバサは苦痛に悲鳴を上げる。
 一秒ごとに正気と、意識と、そして自分自身を削られながら。
 それでも怯む事無く突撃し、触手の一端を凍結させて動きを封じた。
 まるで幽鬼のようなさきほどの姿とは違い、エクスプロージョンを吸ってパンパンに膨れたその肉体には通常の攻撃でも効果があるようだ。
 だが果たしてこの攻撃は本当に効いているのだろうか?
 いやそれを言うならそもそも、このような非常識な存在を打ち倒すことなど本当に……

「ブフダイン!」

 僅かに怯んだように触手が痙攣する、その隙を逃すまいと高速で追撃。
 突如として巨大な氷塊が宙空へと生まれ、化け物の胴体へと吸い込まれる。
 同時にフライを解除し、地面に着地した。
 フライの勢いを殺さぬまま化け物の周囲を駆け抜け、高速で口の中で詠唱を唱える。

「イル・ウォータル……」

 この場で使うべきは、おぞましく蠢く触手を意識からはずす事無く唱えられ、けれど敵を切り裂くには十分な魔法。
 すなわち……

「ウィンディアイシクル!」

 空気中の水分を吸った巨大化した氷柱が幾本も生まれ、化け物へと射出される。
 タバサによる絶妙なコントロールでその氷柱は化け物の真紅に光る目や間抜けに開かれた口、そしてところどころから生えた少女の上半身に着弾する。
 連続してぶつかった氷柱が砕け、砕片となった氷の結晶が降り注ぐ。
 視界を真っ白に染め上げて、タバサは荒い息を吐いた。

「これ……で……」

 一旦仕切り直す時間くらい作れただろうか?
 次の一手を考えながら、タバサは油断なく煙の向こう側を睨む。

「アg度pjおphじゃそいrpげp:jしゃおい@え:おdspfvdjfpd!!!!!!」

 白い霧を突き破りタバサの視界一杯に血を撒き散らす少女の姿が広がった。
 一瞬の醜悪さに体が硬直し、咄嗟に回避しようとしたが既に遅かった。
 それは怪物の尾。
 少女を束ねて作られた、まるで棘のついたこんぼうのように少女の頭が飛び出た異形の尾であった。
 “当たれば死ぬ”タバサの奥底にある生物としての本能が最大限の警鐘を鳴らす。
 だがタバサにはなぎ払うようにして振るわれた尾の一撃を避ける方法はなかった。
 それでもタバサはあがく、もし此処で自分が死ねば誰が大切な母〈ヒト〉を守ってくれると言うのだろうか?
 絶対の死を前に凝縮され、すべてがスローモーションに見えるそのなかでタバサはフライを唱えようとし……

「…………!!?」

 おぞましいほどの衝撃。
 かろうじて命だけは残った幸運に喜びながら、傷を負った胸を押さえ化け物から距離を取ろうとして、気づく。

「あ……」

 自分の胸がない。
 まるで食いちぎられたかのように右の胸から腹にかけてごっそりとなくなっている。

「ああああああああああ!」

 気づいた途端、タバサの心が千々に乱れる。
 激痛と自分の命が失われていくと言う恐怖が、少女の心の護りを砕き、その心に混沌が入りこむ。

「タバサちゃん!」 

 駆け寄ろうとしたクマが弾き飛ばされ、タバサはその場に蹲った。
 遠くなる意識、これまでの思い出が走馬灯のように駆け抜けていく。
 母さん、シルフィード、ギーシュ、キュルケ、そしてルイズ……

 ――みんなみんな私の大切な人達

 そこでタバサの意識は途切れた。





「タバサちゃん!タバサちゃん!」

 クマが必死にタバサを呼ぶが、棒立ちになったままタバサは動かない。
 その瞳に虚ろな光を宿したまま、まるで白痴のように立ち竦んでいる。
 だがそんなことゼロアバターには関係がない。
 宙を彷徨わせていた触手の一本を剃刀のような鋭利な形へと変形させ、タバサへ向かって一直線に振るう。

「――――っ、させないクマ!」

 叫びそうになった悲鳴を口の中に押し殺すと、クマはタバサの盾になるように身を投げ出した。

「タバサちゃんは、タバサちゃんはボクが守るんだ!」

 ガタガタと震えながら、それでも視線は立ち向かうようにまっすぐに前を見つめるクマ。
 その視線を遮るように、たなびく黒いマントがクマの視界を覆った。

「ペルソナァ!!!」
『我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者』

 ギーシュの背後から現れたのは白銀の髪を風に靡かせた美丈夫だった。
 半裸の上半身は星のような煌きに満ち、脚にはかつてシグルズが着けていたものと同様の赤銅の脚甲。
 瞳を閉じた麗しい乙女の貌を象ったデスマスクが鼻梁から後頭部に掛けてゆるやかに覆っている。
 全体的に金属質な質感のなかで、胸にぽっかりと空いた黒い穴とその穴に絡まるように生い茂るヤドリギの苗木だけが奇妙な感覚を放っている。

『我はすべての神々より愛されし者バルドルなるぞ、我が現し身よ、汝に愛されることの意味を教えよう』

 バルドルが手を翳すとまるでその手を嫌うようにクマに向かっていた触手がすべてあらぬ方向へと逸れていく。
 その光景を見て額に汗を浮かべながら、ギーシュはシニカルな笑みを浮かべた。

「すまない、遅くなった」
「ギーシュ!? 今まで何処に居たクマッ!」

 ぷんすかと怒るクマに向かって、ギーシュは前髪をかきあげながら言った。
「何、ヒーローは遅れてやってくるものだろへぶっ!?」

 笑うギーシュの顔にクマの渾身の右ストレートが炸裂する。

「ふざけてるんじゃないクマ、タバサちゃんが……タバサちゃんが…………」

 涙を流すクマ、そんなクマを慈しむような眼で眺めながら、ギーシュは真赤に腫れあがった頬を擦りながら背後のタバサを見た。
 相変わらず虚ろな眼をして立ち竦むタバサ、けれどギーシュには彼女は大丈夫だと言う確信にも似た思いがあった。
 タバサならきっと戻ってこれる、そう信じれる。

「大丈夫さ、彼女がこの程度でリタイアするなんてありえない」

 ギーシュは一齧りした手の中の林檎を空に投げる、空を舞った黄金の果実は回転しながら重力に引かれ地面へと向かって落ちて行く。
 それを掴んだのはバルドルのたくましい右腕だった。

「だから僕の役目は時間稼ぎ」

 バルドルが林檎に齧りつく。
 林檎の黄金がその身に宿るかのごとく。
 黄金に光り輝くその瞳。

「いや、いっそ倒しちゃっても構わないかな?」

 ギーシュは薔薇を咥え、そして笑った。
 暗い暗い闇の底で、タバサを呼ぶ声がする。

「大丈夫、貴女は死なないわ」

 その声は何処までも慈しみに溢れている。
 タバサは、いやシャルロットはかつて家族が全員で過ごしていた幸福な日々のなかにいた。
 父が居て、母が居て、幼い自分はくだらないことで笑っている。
 大切な、大切な日々。
 取り戻したい、掛け替えのない日常。
 シャルロットに戻ったタバサに向かって、桃色の髪の少女は言葉を残す。

「私が守るから、絶対に!」

 そう言って振り向き、歩いていくルイズ。
 待って、と言おうとしたがシャルロットになった自分はけして家族の側を離れようとしてくれない。
 あまりのもどかしさに気が狂いそうになりながら、タバサは気が付けば叫んでいた。

「待って!私も行くから!」

 叫んだ瞬間、タバサは本来の姿を取り戻す。
 血塗れの魔法学院の制服を羽織った、傷だらけのその姿。
 その姿に尊いものでも眺めるかのように、思い出のなか景色で笑っていた“シャルロット”が立ち上がった。

 “タバサ”と“シャルロット”

 二人の間に会話は要らなかった。
 “シャルロット”はタバサに一枚のカードを差し出し、タバサはそれを受け取る。


 ――そのアルカナは示した、心の奥から響く声なき声…それに耳を傾けることの意義を

 タバサは最期にもう一度シャルロットと、そして大切な日々の幻影を心に焼き付けて、そして闇の中を走り出した。

「ありがとう、行って来ます」

 くすりとシャルロットが笑い――そして消えた。
 一瞬のまどろみからタバサは目覚めた。
 どうやらあまりの激痛から気を失っていたらしい、だらしがないと自らを叱咤して震える腕を支えに立ち上がる。
 見れば傷は相変わらず以前のまま、まるでバターみたいに自分の体の真ん中にはぽっかりと穴が空いている。
 最悪な状況だが、それでもまだ自分は生きている。
 この穴はおそらく肉を抉ったり、棘が貫通して生まれたものではなく、触れたものを“消し去った”ゆえにできた穴なのだろう。
 だから死なない、普通なら即死である傷であろうとも出血もなく、かろうじて心臓も、片方も肺も生きている。
 まだ戦えるのだ。

 そこまで考えて、タバサは自分の手のなかに何かを握っていることに気がついた。
 それは林檎。
 黄金に輝く、瑞々しさを全身に湛えた小さな小さな知恵の果実。

 魅入られたようにその林檎を凝視すると、まるで操られるようにタバサはその林檎を一口食んだ。
 その瞬間、タバサの体から噴出したのは林檎と同じ色をした黄金の光。

「ルイズ……」

 気が付けばタバサは涙を流していた。
 その林檎を一口食べた瞬間に、目の前一杯に大切な友人の顔が浮かんだのだ。
 その次に体を満たしたのは、生きる事へと感謝の気持ち。
 己を産み、育んだ、父へ、母へ、友人達へ、そしてこのハルケギニアへのこの上ない“感謝の心”だった。

 タバサの心に呼応するように、足元に落ちたタロットカードが黄金色の光を放つ。


「私はあなた あなたは私 私はあなたの影であり あなたは私の光 今こそ仮面を解き放ち 求めるその名を呼びなさい」

 イーヴァルディが謳い、彼女はコクリと頷く。
 手の握り、その掌の中で黄金色の光が砕けた。

「私は、シャルロット。シャルロット・エレーヌ・オルレアン!」

 既に心の中に吹きすさんでいた“雪風”は止んだ。
 ならばもはや彼女の守護者たる者はか弱い“シャルロット”を救いに来る“イーヴァルディ”ではない。

「一緒に戦って」

 共に戦列を歩む存在は、彼女と最も長く共にあった存在こそがふさわしい。
 雪の日も風の日も、苦難と共に、誓いと共に、血と汗のにじんだ道を歩んできた存在こそがふさわしい。


「“タバサ”!!!!!!」


 シャルロットは、運命の日以来はじめて心からその名を呼んだ。
 大切な、共に歩む己の半身として、その名を呼んだ。
「とは言ったものの、さすがに、辛いね」

 十重二十重に迫りくる触手を、異形の腕を、バルドルはその時に弾き、時にちぎってはやりすごす。
 バルドルが叫ぶたび塔の床の一部が鋭利な土の槍となって“悪魔”を砕き散らす。
 だがいくらなんでも相手が悪すぎた。

 攻撃しても攻撃しても一切気にした様子もなく、千切れた触手は一瞬で再生し再びギーシュへと襲いかかる。
 飛びのいて回避、回避できないものはワルキューレを作り出し盾にする。
 そうやってギーシュは先ほどからこの塔全てを覆い尽くそうとする。

 先ほどからこうやってずっと千日手が続いている。
 敵の攻撃はかろうじて捌けているが、このままでは遠くないうちに破滅がやってくるのが誰の目にも明らかだった。

「やれやれ、格好付けたいけどこれはちょっとね」

 そう言って肩を竦めたギーシュに後ろから声が届いたのは次にもう一度苦笑と共に魔法を放とうとした時だ。

「ごめん、遅くなった」

 その言葉と共に無数のザンダインが舞い、ギーシュに襲いかかろうとする触手を細切れにしていく。

「タバサちゃん!!!!」
「おっと、早かったね。ごめんよ、なんとかお姫様のお目覚めに間に合わせようとしたんだけど」

 軽口を叩くギーシュに軽く微笑んでから、タバサは一言問題ないと返した。

「一つ謝ることがある」

 タバサの背後に浮かび上がる漆黒のドレスを着たペルソナのヴィジョン。
 右手に剣を左手に杖を、間接にはまるで作りかけの人形のようにディフォルメされたマチ針のようなもの複数飛びだしていた。
 癖のないその髪は長く蒼い、顔の右半分を覆う仮面は眠りを象ったように静謐だった。
 露出されたもう半分の顔の中で、ルビーのような真紅の瞳が炎を灯して燃えあがっている。
「私の本当の名前はシャルロット」

 そしてまっすぐに彼女は己の半身を見た。

「そしてこの子が、もう一人の私“タバサ”」

 ペルソナがこくりと頷き、そして“悪魔”へと向き直る。

「両方とも私、二人揃って――私!」

 決意と共に、その一対と一つで合計三つ、強い力を秘めた瞳で睨みつける。

「だから、その、こんごとも、よろしく……」

 それがタバサなりの照れ隠しだと気づいて、ギーシュは笑った。
 きっと今背中を見せているタバサの顔は、真っ赤に染まっているに違いない。

「ああ、よろしくシャルロット」
「よろしくだクマ!」

 戦場の最中に生まれた実に和やかな光景。
 だがそんな時間は一瞬で破壊された。
 二人のことなど知らぬと触手がほとばしる。

「――全く、無粋にもほどあるぞ!お前!」

 バルドルが向かってきた触手を掴み、千切る。
 タバサが氷と刃で触手をばらばらにする。

 状況は一向に変わらない。
 “悪魔”はギーシュたちの攻撃をモノともせず、全てを終わらせるためにその身を増殖させ続ける。
 やがてこの醜悪な肉塊は世界の全てを覆うだろう、この短い時間の間にその巨体は塔の半分以上まで広がっていた。

「どうする?」

 シャルロットの誰何に、ギーシュは笑って答えた。
「きっと、なんとかなるさ。ルイズだってついてるんだ」

 天を仰ぐ、そこには成長を続ける巨大な樹の姿。
 ルイズから生えた世界樹は、今や青々とその枝を広げ、この塔全てを覆わんとしていた。
 聞いた訳ではない、この樹が成長しきったらどうなるかなどわからない。
 だがこの木々がルイズの力によって編まれたものであり、そこから膨大な力が自分たちに向かって流れてくるのを確かにギーシュは感じていた。
 だから少しも負ける気はしなかったのだ。

「分かった」

 ギーシュが何を言わんとしているのか、その一言で察したのだろう。
 シャルロットは頷くと杖を構える。

「みんな、頑張るクマー!」

 ぼろぼろになりながらクマが声援を送り、ギーシュが薔薇の杖を振る。









 その光景を辛そうな目で見ている者がいた。





 キュルケは見ていた。
 己と言う牢獄に囚われ、どうしようもない無力を噛みしめながら。

「どうしてよ……どうしてあたしだけ……」

 がつん、と床を叩く。手の皮が破れ血が流れるが、キュルケは構わず床を殴り続けた。

「どうしてあたしだけあそこにいないのっ!」

 外の戦いの様子を見ながらキュルケは悔しそうに唇を噛みしめる。
 ギーシュやタバサがペルソナの真の力を引き出し、この牢獄を打ち破って戦っているのに。
 キュルケは見ているだけしかできない。
 己の半身であるヴァナディースに呼びかけても、ウンともスンとも言わないのだ。

「ねぇなんとか言ってよ!それでもあんた私なのっ!」

 皆が血を流し、決死で戦っている時に一人だけ何もできないと言う無力感。

「あなたは、私なんでしょう……」

 ヴァナディースからの答えはない。

「なんで、なんでなのよ!」


「それは、私の力不足……故に」
「え?」

 ほんの一瞬目を閉じた瞬間、目の前にいた筈のヴァナディースは消え。
 代わりに立っていたのは蝶の仮面を付けて一人の青年だった。
 キュルケは直感的にかつて夢の中であった蝶と同じ存在なのだと悟っていた。

「あなたは、フィレモン?」

 フィレモンの姿は薄らぎながら明滅している。
 その姿がまるで消える直前の蝋燭を連想させ、キュルケはそれ以上問うことが出来なかった。

「君の力は本来ならは資格なき君を、私が無理やりに導いたもの」
「ええ……」

 フィレモンは胸を抑えながら、一言一言絞り出すように言葉を続ける。

「君自身が己の奥底を覗きこみ、拾い上げた君だけの“仮面”では……ない」
「つまり、どういうことよ……」

 なんとなく次の言葉を察してはいたものの、実際に聞くまでは納得できなかった。
 キュルケに与えられたのは死刑宣告に等しい言葉だった。

「私の助力が叶わぬ今、君に新たなペルソナを与えることは……でき……ない」
「そんな……」

 がくりと膝が落ちる。
 その場に突っ伏したキュルケに向かって、フィレモンは言った。

「君に、頼みが、ある」

 指差した先にあるのは、ルイズの使い魔。
 ルーンの刻まれたテレビジョンだ。

「この先は人の心の……なか……私の力すべてを……使い……彼の遺した……希望を」

 最後まで言い切ることなくフィレモンは消え。
 そこにはさきほどと変わらぬ姿でヴァナディースが佇んでいる。

「――いいわ、やってやろうじゃない」

 キュルケは一度舌舐めずりをすると、テレビの中へ飛び込んだ。







 フィレモンは胸を抑えながら、一言一言絞り出すように言葉を続ける。

「君自身が己の奥底を覗きこみ、拾い上げた君だけの“仮面”では……ない」
「つまり、どういうことよ……」

 なんとなく次の言葉を察してはいたものの、実際に聞くまでは納得できなかった。
 キュルケに与えられたのは死刑宣告に等しい言葉だった。

「私の助力が叶わぬ今、君に新たなペルソナを与えることは……でき……ない」
「そんな……」

 がくりと膝が落ちる。
 その場に突っ伏したキュルケに向かって、フィレモンは言った。

「君に、頼みが、ある」

 指差した先にあるのは、ルイズの使い魔。
 ルーンの刻まれたテレビジョンだ。

「この先は人の心の……なか……私の力すべてを……使い……彼の遺した……希望を」

 最後まで言い切ることなくフィレモンは消え。
 そこにはさきほどと変わらぬ姿でヴァナディースが佇んでいる。

「――いいわ、やってやろうじゃない」

 キュルケは一度舌舐めずりをすると、テレビの中へ飛び込んだ。
「見るクマ! ルイズちゃんの樹が」

 世界樹が完全に塔を覆う。
 かろうじて見えていた月が隠れ、世界に完全なる闇が訪れた。

 ――ありがとう

 三人は確かに聞いた。
 天に光を放つ巨大な一輪の花が咲く、咲いて咲いて咲き誇り、そして枯れていく。

 ――ありがとう

 枯れた花にやがて巨大な真紅の果実が一つ、果実はやがて熟して弾け、その際に小さな何かがこぼれおちた。

 ――ありがとう


「ルイズ……かい?」

 その答えは正しいと言えば正しく、間違っていると言えば間違っている。
 なぜなら、彼女は完全に彼女自身のペルソナと一体化していた。

 皮膚は果実と樹脂が混じり合った独特の光沢を持ち、
 その身を覆う服は極彩色の花々、
 目は琥珀で出来た細工物で、
 美しい桃色の髪には青々とした草木が芽吹いている。

「ええ、心配かけてごめんね」

 そう言ってルイズは笑うと、まっすぐに悪魔を指さし。

「メギドラオン」

 極光が生じ、“悪魔”の体積を一度に三割も削り取った。

 ――ヶgぽ;ジェイおlhrfおぢSjf+gLDJFNKODIANB;FLK3GDADFLJBL;KFBFGLD;SJ :;PJ+K


 初めて苦しむように、“悪魔”が吠える。

「やった効いてるじゃないか!」

 ギーシュの言葉にルイズは首を横に振った。

「だめよ、こいつは“全ての人と言う存在そのもの”だから人である以上けして滅ぼせない」
「そんな……」
「じゃあどうしようもないって言うのかい!?」

 二人の言葉にルイズはにぃっと笑う。

「そんな訳ないでしょう!」

 ルイズは今度は余った左手で愛用のつえを振った。
 いくつもの爆発が生じ、“悪魔”の体を穴だらけにする。

「人じゃ勝てないって言うのなら――こうすればいいってだけよ!」

 ルイズが腕を振るうと、周囲の木々の枝が伸び“悪魔”の傷口に突き刺さる。

「全ての生き物の、この星の生きようする意思。そこにこいつを取りこんでぇえええええええええ」

 ざくり、ざくり、ざくり。
 次々に“悪魔”に枝が突き立ち、そのたびにルイズの顔が苦痛にゆがむ。
 刺さった枝が一つ一つ黒く染まるたび、ルイズの口から苦悶が漏れる。

「こいつの“虚無”を塗りつぶす!」

 それは人を星へ還す行為だ。
 霊長と奢り、星から決別し、普遍的無意識を寄せ集めて生きてきた人と言う種。
 その中に生じたエラー、それ自体を食らい尽くす猛毒を。
 一旦全てまとめて巨大な生命の奔流のなかでふるい落とし、浄化する。

 喩えるならば人の身では致死量なほどに体中に飛び散ったガン細胞を、人体の方を広げることで無理やり手術に持ちこむようなものだ。
 人である限りけして倒せないものを、世界の全てをぶつければ――或いは。

 だがその行為は人と世界の仲介役となるルイズが、己の中を通り抜けるおぞましいもの全てに耐えきらねば破綻する戦いだ。

「ぐ……負けない、絶対負けてなんか……やんない」

 “悪魔”に根を張った木々がどんどんとその身に溜めこんだ“虚無”を吸い上げる。
 吸い上げるほどルイズの体が黒く染まり、そしてその心と体を汚して行く。
 “悪魔”が縮むのに従い、ルイズが壊れて行く。

「大丈夫かい、ルイズっ!?」
「平気っ!?」

 二人の言葉に気丈にルイズは答えた。

「勿論……よ、ただ一つだけお願い、していい?」
「なにクマ?」
「――て、欲しいの」

 ぼそぼそと呟く言葉は二人の耳には届かない。

「なんだって聞こえないよ」
「手を握って欲しいのよ!」

 ぷい、と顔をそむけ。ルイズはやけくそ気味にそう言った。
 よっぽど恥ずかしかったのか、樹木の色に変じたその皮膚に気持ち程度赤みが差している。

「お安い御用」
「それくらいなら任せてくれたまえ」
「大丈夫ルイズちゃん、クマが付いてるクマ」

 全員で手を取り合って、その“絶望”に立ち向かう。
 そしてそれに立ち向かおうとするのは彼らだけではなかった。

「ルイ……ズ……」

 ふらりと幽鬼のように彼らの背後から忍び寄る人影。
 それは……

「え、サイ……ト?」

 わき腹から血を流し、正気の失せた瞳で、ルイズへを向かって手を伸ばすのは。
 まぎれもなく、もう一人の平賀才人。
 並行世界の己に刺し貫かれ、息絶えた筈の彼はしかしかろうじて息があったのだ。
 いや或いは蘇生したのかもしれない、ルイズのペルソナが齎した常若の林檎はこの塔にいる命ある全てのモノを祝福した。
 完全に死に絶えていなければ、息を吹き返したとしてもおかしくはないのだ。

 それでもこれはあり得ないことだ。
 こちらの才人は、リーヴスラシルのルーンを受けたサイトとは違ってルイズを助ける謂れも想いもない。
 あるとするならば、それはもう一人のサイトが残した――――想いの残滓だけ。
 だが彼はそれだけを頼りにここまでの道を歩ききったのだ。

「ルイズ……」

 半死、半生の今にも命を終えそうなその体で。

「ありがとう、サイト、ありがとう……」

 ルイズの瞳に涙が光る。
 それがこぼれないように空を見上げながら、ルイズは己に残された全ての力を燃やす。
 悲劇を今度こそ終わらせるために。
 ――――そして、その時は訪れた。



 全てを木々に吸い尽くされた後に残ったものは、黒く汚れた人型と。
 それが胸に輝く異形のルーン。

「ころ……し……て……」

 それがかつてサイトだったもののなれの果てだと、一体だれが信じられるだろう。
 その胸のルーンに人の持つ業、これまで営々と積み重ねてきた歪みを背負わせられた青年は。
 今はまるで炭の彫像のように、風の吹きすさぶ塔の屋上で顔に指をめり込ませた姿勢のまま固まっていた。

「サイト……」

 ルイズは全ての歪みを吸いつくし、真っ黒に染まったその体でゆっくりとサイトへ向かって足を進める。
 ふらつく足を支えるのは、周囲の友たち。

「あり、がとう……」

 ぎゅっとその体を抱きしめる。
 サイトのもはや眼球のなくなった瞳から、二粒の雫が零れた。

「ごめん、なさい……」

 ぼろぼろと二人の体が崩れ始める。
 様子がおかしいことに気づいたギーシュとタバサがルイズの名を叫ぶが、既にその体は半分以上が黒い粉となって風に散ってしまっていた。

「る……い…………ず……」
「さ……いと……」

 そうして、二人はこの世界から消え去った。

 呆然と、残された者達は膝をつく。
 一体これまで何のために戦ってきたのか、最後の最後でこのような結末が残されていようとは。
 さすがの誰も思っていなかった。

「そんな、ルイズちゃん……サイトォォォ……」

 クマは力一杯床を叩く。
 自分にもう少し力があれば。
 あと少しでもみんなの力になれていれば。
 その悔しさが、哀しみが、涙となって流れ出し。
 いつしかその手から地へと零れていた、“種”へと注いだ。
 その種はブリミルが残した“希望”だった。

「どうしてぼくは……こんなに無力なんだ……」

 嗚咽をこぼすクマの前で静かにその種が芽を出し、ゆっくりと育っていく。
 その種が一体どんな花を咲かすのか、その時は誰も知らなかった。

 ――物語は一旦これで幕を閉じる。
 この物語の続きが紡がれる、異なる時、異なる場所、異なる世界で巻き起こる。
 一つの物語の終わりを待たねばならない。

 どちらにしろ再会は暫し後。
 それまで、一人の少年と一人のメイジは。
 小さな小さな花のゆりかごで、目覚めの時を待っている。





 ――――ちょっとヨースケ!チエ!早く追いかけないとルイズの魂が……
 ――――キュルケさん落ちついてください、まずはこのシャドウを倒さないと。
 ――――くっそー、せっかくマヨナカテレビが片付いたってのに、これ以上俺達の町で犠牲者を出して堪るかよ!
 ――――みんな、総攻撃のチャンス、一気に決めるよ!

 ――――行くぞー!みんなー!ルイズちゃんとサイトを助けるんだクマー!






                  Fin



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