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帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!-13a


沈黙。
先ほどまで喧騒に包まれていたニューカッスル城のホールは、誰も話すことのない沈黙に包まれている。
その場に居る全ての者の視線の先にあるのは、金色に輝く巨大な鳳。
まるで生身で火竜にでも相対したが如き威圧感を放つそれが翼を広げきると、大きく咆哮をあげた。

「南斗鳳凰拳奥義、天翔十字鳳!」
光の正体は、南斗聖拳百八派において唯一北斗元斗に匹敵する程の圧倒的な闘気。
天を貫くような光が邪魔だと言わんばかりに頭上を崩し、空を露にする。
そして空にはいつの間にか雲がかかり雷が落ち始めた。
鳳凰がその姿を見せた時、天すらも崩す。
南斗聖拳百八派を統べる帝王が遂に真の姿を現したのだ。

「不死鳥……」
誰かが最初にその名を呟くと、動揺が水面に投げ入れられた石が起こす波紋のように広がっていく。
不死鳥(フェニックス)。
再生の炎を纏い天を駆けるそれは、ハルケギニアにおいても逸話として古くから語られている。

そして世紀末以前の世界では、鳳凰はフェニックスと同一視されてきた事が多い。
墜ちる事なく、天空を支配する鳳という意味で言えば違いは東西での呼び名ぐらいでしかない。
この姿をフェニックスと言うのならまさしくそうだろう。
眼下で浮き足立つ貴族達を軽く一瞥すると、サウザーが告げた。 

「天に輝く天帝は、この俺の将星ただ一つ。それを身に刻みながら、六千年の歴史に幕を下ろすがいい!」
力の無い正義など、何の役にも立たないことは王党派がこのような窮地に追い込まれている事で証明されている。
天空に極星は一つ。
即ち、このアルビオンに君臨する王はただ一人。
障壁あらば打ち砕くのみ。反逆あらば力で従わせるのみ。
それが天を支配する鳳凰のあり方。
その道理が通らぬというのであれば、無理にでも押し通すまで。
翼を広げた鳳凰が己の力を誇示せんと中空へと飛び立った。

最終話『行進の始まり』

「あれが伝説の不死鳥……、なんと美しい……」
輝き宙を舞う鳳凰の姿は、まさに優雅華麗の一言。
鳳凰の真の姿を前にしては、水鳥ですら姿が霞む。
南斗の頂点に立つ六聖拳において、鳳凰拳のみが別格と評されているのは誇張でも何でもなく事実なのだ。

天空を舞う姿に心を奪われた貴族の数は決して少なくはない。
あれが味方であれば万の軍勢を得たに等しかったであろうが、自分たちを滅ぼさんと襲い掛かってきている。
進む先に居るのは十数人の貴族。
惚けた様に動かない者、杖を向けようとする者様々だが、ほぼ同時に翼で撫でられたような感覚を味わった。

「たわば!」
「あわびゅ!」
次いで響き渡ったのは声にならない絶叫と、弾けたかのように吹き飛ぶ人の姿。
倒れ伏す者の身体には無数の浅い傷が浮かび上がり血が滲み出ている
その気なら、傷の一つ一つが致命傷となり得ているのだから並みの人間なら身一つも動かせまい。

南斗鳳凰拳は帝王の拳。
敵は戦わずして膝を屈し頭を垂れる。
鳳凰と対峙するためには、まずその身に受ける圧を跳ね除けねばならない。
そして、アルビオンの貴族達には鳳凰の前に立つ資格は十分にあった。

「ひ、怯むな!不死鳥とは言え、ここで醜態を見せれば我らは末代までの笑い草ぞ!」
「おお!」
さすがにここまで戦い抜いてきた精鋭と言うべきか。
元より明日には捨てるはずの命。
この惨状にあっても誰一人として屈しようとしていない。
ホールに立つ貴族全員が等しくサウザーを凝視している。

「ふっ……はははははは!」
そんな背景を尻目にサウザーが高笑いをあげた。
一山幾らのモヒカン共ではこうはいくまい。
それでこそ叩き潰し甲斐もあるというもの。
挑発するかのように手を前にかざし、獰猛な笑みを見せつけながら言い放った。

「かかってくるがいい!」
その言葉を皮切りに次々と魔法がサウザーへと飛ぶ。
全てを焼き尽くす火炎。
鉄をも切り裂く風の刃。
変幻自在の水の鞭。
歴戦の兵十数人分の働きを見せるゴーレム。
どれもこれも、一つ一つが常人では太刀打ちできないような魔法がただ一人の男だけに向かう。
身じろぎすらせぬ光景に誰もが勝利を確信しただろうが、……しかし。

「効かんなぁ!」
薄笑いすら浮かべたサウザーが、全ての魔法を受けきる。
その身には傷はおろか、攻撃を受けた跡すら無い。
実体を持たぬ火水風はサウザーが纏う闘気の鎧に押し負け、土は近づく事すら出来ずに切り刻まれる。
ならばと、何人かの貴族が呪文を詠唱し、エア・ニードルやブレイドの魔法が掛かった杖を手にしサウザーへと向かった。
どちらも接近戦用の魔法で、鎧など簡単に砕く威力を持つ魔法だ。

それらを一目見ると、サウザーはその様な事を意に介せず飛んだ。
避ける素振りすら見せずの直進。
そして、宙を舞うサウザーを捉えた者はただの一人として存在しなかった。

「ははははははは!」
宙を飛んでいるにも関わらず、突かれ振るわれる魔法の刃は悉くサウザーの身体をすり抜けた。
実体はその場にあって無いがの如し。
だが、幻影などではなくそこから放たれる威圧感は紛れも無く本物。
事実、サウザーの後ろでは何人もの貴族が斬撃を浴び倒れ伏しているのだ。

「天空を舞う羽……、何人にも砕く事はできぬ!」
南斗鳳凰拳が南斗最強と呼ばれている理由は、拳の威力の高さでも踏み込みの速さでも無い。
何よりも優れているのは、あらゆる状況下においても相手の体の流れを完全に見切る力の高さ。
その力があるからこそ、南斗鳳凰拳の使い手は構えを取らず、相手の拳を受ける事無く紙一重で見切り避け、その流れの中から隙を見つけ前進し攻撃を繰り出す。
よく南斗鳳凰拳には構えが無いと勘違いされているが、拳を受ける事が無いため構えという防御の型を取る必要が無いだけなのだ。
そして、この中に天空を舞う一枚の羽を捉えきれる者が居るかと問われれば応えは否。
あのケンシロウですら、不意打ち気味に北斗神拳秘奥義『天破活殺』を放つまでは傷一つ付ける事も叶わなかった。
まして、拳法を知らぬ者達では触れる事すらできない。
僅か一分足らずで三十数人のメイジが地へ倒れ伏す事となってしまった。

「どうした?来ぬのならこちらから行くぞ」
地上に降り立ち翼を納めたサウザーが手をかざしながら言う。
一歩、二歩と歩を進めただけで、あの勇猛果敢なアルビオンの精鋭達が怯んでしまうのだから、サウザーの強さがいかに桁外れか理解できるだろう。
もう一押しで心を砕くことも出来る。
最早、天翔十字鳳の構えを取るまでもない。
そう考え、踏み込もうとした前に一つの影が立ちはだかった。

「これ以上は、我が杖と王家の誇りに賭けてやらせはしない!」
杖を掲げ鳳凰の前に歩み出たのは皇太子であるウェールズだったが、サウザーは少しだけそれを一瞥するとつまらなそうに言い放った。
「貴様一人でこの俺と戦おうなどとはな。頭に乗るなよ小僧」
言った瞬間、またしてもサウザーから暴風のような闘気が吹き荒れウェールズを襲う。
これでもまだ手を抜いているのだ。
三百でも対等足り得ぬのに、一人で挑もうなどとは思い上がりも甚だしい。
だが、ウェールズは闘気に気圧されつつも、自らを奮い立たせ一歩踏み出すと叫ぶように言った。

「一人ではない!この国の民と、戦いの中で死んでいった者達の想いを受け継いでいる!」
「っ!……想いを受け継ぐだと?」
それだけで勝てると思っているのであれば愚か者の極みだ。
しかし、どうりで心が砕けぬはずだと、どこかで納得してしまっている。
自らが手にかけたシュウの想いを受け継ぎ、ケンシロウはこの聖帝ですら及ばぬ程に強くなった。
そして恐らくはラオウですら敗れ去る事になる。
人は愛と哀しみを背負い、そのために戦うからこそ強くなれる存在なのだ。
だからこそ、目を閉じ、小さく含み笑いを漏らすと腕を振るった。

「よかろう。ならば貴様が受け継いだ物の全てを、この俺に見せてみるがいい!」
いかな術を使おうと、全て己の力によって打ち砕くのみ。
南斗百八派を統べる帝王には、いかなる時であれ退く事は許されない。
退かぬ、媚びぬ、省みぬ。
この不文律こそが、帝王が帝王であり続ける為の証である。
再び闘気を身に纏うとウェールズが仕掛けてくるのを静かに待った。

「アンリエッタ。君の力を僕に貸して欲しい」
そう言われたアンリエッタの身体がピクリと震える。
ウェールズがやろうとしている事はアンリエッタにも分かるつもりだ。
だがその行為は、あの強大な力を持った覇者を敵に回すことになる。
勝つにしろ敗れるにしろアルビオンとトリステイン両国の破滅に繋がってしまうのだから、迷うのも当然の事である。
迷うアンリエッタに決意を促したのは、他でも無いサウザーだった。

「何を寝惚けている。力無き者では、この俺の風下にすら立つことが出来ぬという事ぐらいは貴様とて理解していよう」
生焼けでは完全な再生は得られない。
不死鳥は灰の中からこそ蘇る。
相手の力の全てを飲み込み、喰らい尽くしてこそ、鳳凰はより高く舞い上がる事ができるのだ。
二人が揃う事で全力が出せるのならそうすればいい。
それは単に驕りや慢心といったような物ではなく、若くして頂点を極めた者のみが持つことが許された絶対の自信からの言葉だった。

「……執念」
ぽつりと、あの時サウザーが言った言葉をアンリエッタが思い起こす。
力無き者が不死鳥の傍に居たとしても、ただその身を業火に焼き滅ぼされるだけ。
サウザーは対等とは行かずとも、力と執念を見せてみろと言った。

元より答えなど見つかるはずなど無かった闇の道。
そこに差し込んできた出口へと繋がる一条の光。
その光を放つ不死鳥を見失わぬ為には、杖を手に取り、抗い、その想いも執念も全てを見せつけるしか術は無いのだ。
あえて退路を断ち修羅の道を進む者と、追い詰められ退路を断たれた者。
違いこそあれど、互いに退く事は出来ぬ状況。
だが、そんな中にあっても、アンリエッタは僅かでもウェールズと共に歩める事を嬉しく感じている。
むしろ、後が無いという事実がそう思わせているのかもしれない。
全てを失うか、望む物を手に入れるかという二つに一つ。
そんな状況だからこそ、あの時、あの場所で誓った想いを隠し通す事無くこの胸に抱く事ができる。

欲望と言えば聞こえは悪いが、愛する人を救いたいという想いも言わば欲望である。
アンリエッタが持つ想いは他の誰よりも強く激しい。
欲望。そして執念こそが強さに繋がるのだ。

「ウェールズ様の願いをわたくしが拒むはずがありません」
どこか陶酔と高揚感が混ざり合ったような声になったアンリエッタが返事を返す。
もちろん、一時の感情に身を任せただけではなく、生まれて初めて自分で選んだ道だ。
流れに身を任せるだけではなく、自らの手で運命を切り開いてみせるという決意に満ちた答え。
それが分かっているのか、ウェールズは小さく、アンリエッタにだけ聞こえるように呟いた。
「……ありがとう、アンリエッタ」
ウェールズがその言葉を言い終えると同時に、聞こえていたのかいなかったのかサウザーが腕を薙ぐようにして払う。
死にたくなければ下がれ、という意味だ。
その動きだけで動揺しきっていた貴族達の動きが止まり、一人が気付いたかのように動けなくなった者に肩を貸すと、残った者もそれに続きサウザーから距離を取った。
巻き添えを食らう事を恐れただけではなく、第三者が下手に手を出せば逆鱗に触れ皆殺しにされかねないという事を肌で感じ取った為である。

静まり返った空間の中、アンリエッタが静かに呪文を唱え始めると、その詠唱にウェールズが加わる。
すると、辺りの室温が見る間に下がり始めると同時に、二人の周りを無数の氷の刃を含んだ冷たい竜巻がうねり始めた。

「ほう……!」
少しづつ膨れ上がる竜巻を見て、サウザーも思わず声を漏らした。
王家の血を引く水と風のトライアングルの二人のみが許されたヘクサゴン・スペル。
その威力は通常のアイスストームとは比較にならず、見る者が見れば、かの烈風が使うカッタートルネードに匹敵すると評する程だ。
既にホールの天井は崩れ始め、このまま進めばニューカッスルは城としての役目を果たす事はできなくなるだろう。

「くっはっはははははは!面白い!」
恐れなど微塵も無く、ただただ愉快そうにサウザーが笑う。
ただの小娘と小僧が、これだけの技を見せた。
これがケンシロウの言う愛の為に戦う者のみが出す事の出来る力か。
愛と情けを捨てた者が決してたどり着く事の出来ぬ場所。
だからこそ、ケンシロウに敗れ去った。

だが、帝王に二度の敗北は無い。
愛を捨てたと言いながら、その実、愛から背を向けていた男が逃げる事をやめた時、どれ程の強さが発揮されるのかはまだ誰も見た者は居ない。
先人達が積み上げ、そして師が命を懸けて託した拳と想い。
一度敗れ、諭された今だからこそ、南斗鳳凰拳の全てを背負う事が出来る。
城の一角を吹き飛ばした巨大な竜巻を前にして再びサウザーが両手を広げ構えた。

「聖帝様!」
あれに飲み込まれれば、自分のゴレームですら一瞬で砕け散る。
焦るマチルダとは対照的にサウザーは笑みすら浮かべている。
ヘクサゴン・スペルの威力に思わず声を出してしまったが、サウザーの表情を見ると大丈夫だとも感じてしまった。
この土くれですら膝を付き従わざるを得なかった男があれしきの事で退くはずが無いのだ。
現に、サウザーを飲み込んだ竜巻はそれ以上前に進むこと無く動きを止めていた。

あらゆる物を切り刻む竜巻と言えど氷と風。
いかに強大であろうとも、鳳凰は嵐の中心にあっても吹き荒れる中を舞う。
本来、天翔十字鳳という構えの持つ意味は天破の構えと同じく、あくまで技に移る前の構えにすぎない。
その構えの先には南斗鳳凰拳歴代伝承者をして、僅か数人しか会得できなかった奥義が二つ存在する。

師と呼び父と慕った男は、まだ幼き日の頃にその技を確かに見せてくれた。
忌まわしき記憶として封じていた物の片隅に僅かに残る型の一つ。
天翔十字鳳という構えから放たれる秘奥義。

     南斗鳳凰拳秘奥義

鳳  凰  炎  舞 刃



全てを飲み込み切り裂く力を持った竜巻は、より巨大な力によって内側から幾重にも寸断された。
鳳凰を模った闘気は無数の刃となり、逃げる場を与える事なく周りに居る者全てを切り刻む。
敵の体の流れを完璧に見切り、逃げ場を無くした敵を闘気の刃により止めを刺す。
天破の構えが天破活殺という技に繋ぐ型であるように、これこそが天翔十字鳳が持つ真の型だ。

「これぞ帝王の拳!」
うねる竜巻の内側から鳳凰の翼が突き破るかのようにして姿を見せた。
そして切り裂くような咆哮をあげ翼を羽ばたかせると、あれだけの竜巻が一瞬にして四散し、氷片が闘気の炎によって水飛沫と化し雨のようになって辺りへ散らばる。
ヘクサゴンスペルと鳳凰の炎舞によって風が吹き荒れる中、立っている事が出来たのはサウザー一人だけだった

「お師……、天より照覧あれ!俺はようやく鳳凰拳を……」
夜空を見上げながらどこか遠い目をしたサウザーが他の誰にも聞こえないように天に向け呟く。
ようやく、歴代の伝承者達と同じ舞台に立つ事ができるようになった。
不完全な天翔十字鳳だったがゆえに天破活殺に撃ち落とされたのだ。
そうでなければ、南斗鳳凰拳が北斗神拳に遅れを取るものか。
この空に南斗六星はありはしないが、サウザーの目には十字に光を放つ南斗十字星と、今もなお色褪せる事の無い師の姿が映っていた。

精神力を使い果たし、風圧と水飛沫に煽られたアンリエッタとウェールズが室内とは呼べなくなった床に崩れ落ちるが
それでもウェールズは辛うじて片膝を付いて踏み止まり意識を失ったアンリエッタを支える。
他の全てが尽き果てたとしても王家の誇りだけは失うものかと顔を上げたが、その先にある光景に思わず息を飲んだ。

雲の隙間を縫って差し込む月明かりに照らされ空を見上げるサウザーの表情は、あれだけ暴れまわっていたのが嘘と思える程に穏やかと言っていい。
圧倒的なまでの力でアルビオンを飲み込もうとしている覇者であるとは思えない程に。

決着が付いた。
ヘクサゴンスペルを以ってしても子揺るぎもしない者と、力を使い果たし立てぬ者。
誰が見ても勝敗は明らかである。
そして今、二人の命を握っている男は崩れ落ちた天井の先を見ている。
何人かの貴族がウェールズを救わんとサウザーに杖を向けたが、彼らは突如として吹き荒れた風に吹き飛ばされてしまう。
悲鳴をあげて吹き飛んだ者が壁に打ち付けられる前に見たのは、白い仮面を被った男だった。

「き、貴様……『レコン・キスタ』……」
攻撃してきた以上、王党派のメイジであるはずはないが、かと言ってあの男の手の者でもない。
こんな小細工を弄さずとも、この場の三百人を皆殺しにできるだけの力を目にしたのだ。
ならば残された答えは、この混乱に乗じた内部工作か暗殺。
それを声に出す前に意識を落したが、仮面の男は閃光の如き素早さでアンリエッタとウェールズに向けて走り出していた。

手にするのは風の近接魔法エア・ニードル。
一体、何時から紛れ込んでいたのか分からないが、そんな事はどうでもいい。
問題なのは、今のウェールズは精神力を使い果たしアンリエッタに至っては気を失って身動きが取れないという事である。

「よせ!そこからでは殿下に当たる!」
「し、しかし、このままでは!」
もちろん、貴族達とて黙って見ていたわけではない。
素早く反応した者が何人か襲撃者に杖を向けたのだが、男はそれも考えに入れているのか射線上にウェールズが入る位置を取っている。
もし避けられたら身動きの取れない二人に当たってしまうという躊躇が一瞬の遅れを呼び、そしてそれが致命的な物になった。
もうどんな魔法でも襲撃者の凶刃から二人を守る術は無い。
そんな中でただ一人ルイズだけが杖を向けていた。

「殿下!姫様と一緒に伏せてください!」
叫びながらも、白仮面の男に向けて狙いを定める。
以前のままのルイズなら狙いを定める事すら難しかっただろうが、今は違う。
あれが閃光というのなら、ルイズはここ毎日のように神速を相手に奮闘していたのだ。
命中させられなくても、爆風でひるます事ができればなんとかなるかもしれない。
何でもいいから短い呪文を詠唱しようとすると邪魔が入った。

「無駄な事だな」
その言葉に思わずカッとなったルイズが、いつの間に傍に立っていたサウザーを睨み付ける。
例えそうであっても、黙って見ているなんて出来るわけがない。
そんなルイズを見てサウザーは何時も以上に余裕めいた笑みを見せて言った。

「もう殺している」
その言葉の意味を理解するためには僅かな時間を要した。
今にも魔法の刃を突き立てようとした仮面の男の動きが直前で止まってしまったのだ。
そして、その身体に浮かび上がった交差する二本の線。
頭頂から足先、胸から背中へと伸びたその線が意味する事は一つ。

「ばわ!」
仮面の下から聞こえるくぐもった断末魔。
極星十字拳を受けた者が至る末路だ。
だが、おかしな事に、四つに切り裂かれた身体からは一滴の血も流れる事なく消滅してしまっていた。

「こ、これは風の遍在……!いや、それ以上に一体何時の間に……」
見えなかった。
それだけならまだしも、風のトライアングルであるこの身が、どうやって遍在を切り裂いたかすら感じる事ができなかったのだ。
サウザーがやった事は極めて単純な二つの動作のみである。
ただ踏み込んで、すれ違いざまに交差させた腕を振り抜いただけ。
単純故に無駄が無く、いかな達人であっても完全に見切る事は難しい。
実際、二度目の極星十字拳を受けたケンシロウは、見切っていたつもりでも致命的な一撃を貰ってしまっている。
無論、北斗神拳が効かないという状況であったため、被弾前提で撃ち込めたという点が大きいが今は特に関係無いだろう。
どうせ、仮面の男は斬られたと気付くよりも前に死んでいたのだから。

再びサウザーが貴族達に向けて歩みを進める。
これ以上の事は望めそうに無いが、まだ目の光は消えていない。
ならば残り全てを悉く打ち倒すまでと踏み込もうとすると、今まで守られるようにしていたジェームズ一世が前に進み出て
サウザーの姿をじっくりと眺めると、少し堰をしながら全ての者に聞こえるように告げた。

「諸君はこれまでよく戦ってくれた。我らを晒し者にする気でいる叛乱軍には降るまいと思っていたが、この方に降るのであれば始祖も我らをお許しになられるだろう」
最後まで王に付き従った者達が他の王に仕える事は無い。
ならば、王自らが降れば他の者も続くという事だろうか。
それでも戸惑いはあるのか、どよめきがあがる。
そんな中、ウェールズがよろめきながら立ち上がると父王に近付いた。

「父上がそう望まれるのであれば、私は異論はありません。皆で空賊に扮していた時のように、やつらに一泡吹かす事ができるのであれば、むしろ望むところです」
ヘクサゴンスペルですら傷一つ負わす事ができず、あまつさえ手加減すらされていた。
ここまでされればいっそ清々しい。
それに、サウザーは王党派を殺しに来たのではない。
レコン・キスタを潰すためにアルビオンに乗り込んできたのだ。
王家は潰えるが、一度滅びかかった者が戦いの場をまた与えられるというのであれば本望である。
しかし、ジェームズ一世はウェールズの肩に手を置いて言った。

「お前はバリーと十人ばかりを連れてトリステインへ行くがいい」
「そんな!父上を残して……私だけ亡命しろというのですか!?」
「アルビオン王家の血を絶やしてはならぬ。我らの意思を受け継ぐ者がいてこそ、アルビオン王家は再び蘇る事ができるのだ」
この老王。老いてはいるが先見の明は確かなようだ。
聖帝の支配力が衰えれば何時でも国を奪い返す気でいる。
例えそれが百年先ともなろうとも、アルビオン王家の血を継ぐ者が必ずこの地に戻ってくると信じているのだ。
明確な叛意ともとれるが、まぁそれもいい。
毒虫を腹の中に飼い、御しきるのも帝王としての器量の一つ。
そもそも、サウザーにとって支配する帝国とは己一代の物にすぎない。
奪いたければ奪えばいい。
その時は全力で叩き潰すまで。
それに敗れるようであればそれまでだったという事だ。
なんにせよ、覇道に役立つのであれば、そんな考えなど些細な事である。
言いたい事を言うとジェームズ一世は意地悪そうな笑みを浮かべた。

「それにだ。水の精霊の下で誓約しておきながら、王家に産まれた者が恋仲と結ばれるという滅多に無い好機を逃すつもりか?」
「い、一体何時から気付いていらしたのですか?」
「毎夜のように園遊会を抜け出しておいて気付かれていないと思っていたのか。馬鹿息子め」
呆れたような声で言われたので、ウェールズの顔が一気に朱に染まった。
何度も繰り返した密会を知られていないと思っていたのは自分達だけで、その実筒抜けだったのだからそうもなる。
まるっきり初心な男女の反応を見せたので、誰かが笑い出すと、もうそれを止める事は誰にもできなかった。

「ふん……」
大方の興味は失せたのか、マントを羽織り直したサウザーがその中を歩き、辛うじて残っていた玉座へと座る。
脚を組み頬杖を付いた何時もの姿勢でマチルダを呼び寄せた。
「お呼びでしょうか」
「この城にある物資を運び出せ。必要な物かそうでないかは貴様の判断に任せる。人手が足りぬのであればやつらを使え」
「はっ!」
恭しく頭を下げると踵を返し走り出したが、言われた事をもう一度頭の中で繰り返し確認する。
やつらを使え。
父を殺し、家名を奪ったやつらを遠慮なく使う事が出来るようになった。
ついこの間まで盗賊家業に甘んじていた女がだ。
「ふふ、あはは……」
その事を考えるだけで含み笑いが漏れ出てしまう。
これが楽しくなくて何だというのだ。
走る先は宝物庫。
アルビオン王家にも、レコン・キスタにも何も残してやるものかと決めると大きく笑った。


予定とは多少違ったが、結果としてアルビオン王家の残党を糾合出来たのだから首尾としては上出来だ。
前線では使えそうに無い老兵とウェールズに付いて行く者を除いても、二百五十余名のメイジが戦力に加わった。
数の上では少ないが、質が高く目的の為ならば敵を恐れず遮二無二に突き進める兵だけあって通常の何十倍もの戦果が期待できるだろう。

既にサウザーの頭の中では、まずどの都市から落とすべきかという考えが張り巡らされている。
この城は拠点としては使えないし、一度滅びた物を拾い上げる気はサウザーには無い。
よって棄てるしかないのだが、兵站及び機動力の確保として港は抑えておきたいところだ。
敵の艦隊の戦力を削り取るという意味でも、有数の港とそれに伴う生産能力を持つロサイスを占領し、周囲の領土を併呑していくのが最も効率が良さそうではある。
まぁ、多少の戦略など己一人でひっくり返せる自信があるので、今はその考えについてはこのぐらいにしておくと、玉座から立ち上がり手を掲げた。

「聞けぃ!我が拳にあるのは制圧前進のみ!即ち、この俺に後退や敗北の文字は無い!我が聖帝の名の下に跪き戦う者には勝利か、より完全な勝利が与えられよう!」
言葉という物は使い方によっては麻薬と同じ効果を持つ。
久しく聞くことの無かった勝利という言葉のなんと甘美な事か。
戦乱が始まって以来、彼らは敗北という名の肝を嘗め続けてきたのだ。
そして目前に迫った滅びの結末。
栄光ある敗北と言っても誰もが少なからず心に絶望を背負っていたのだが、それが不死鳥を纏った王の手によって勝利という希望に塗り替えられた瞬間であった。

「おお………、不死鳥の王が勝利を約束されたぞ!」
たった一人で三百ものメイジを圧倒していただけに言葉の持つ力は大きい。
恐怖のみで縛った支配は長くは続かない。
秩序が保たれているこの世界であればなおさらの事。
全てを支配する力はここにあり、希望も見せた。
欲する物を与えれば、人を従わせる事など容易い。
それに、希望を胸に抱いて戦う者が容易には心折れぬ事はよく知っている。
南斗鳳凰拳に及ばぬと知りながらも叛旗を翻し、最期まで未来への希望の為に戦い死んでいったあの男のように。

「見よ!」
一人の貴族の装飾品から宝石を剥ぎ取ると天高く掲げ力を加える。
僅かに宝石に亀裂が入ったと思うと、宝石は四散して砕けてしまった。
サウザーからすれば、下らないパフォーマンスに過ぎないが、ハルケギニアの住人にとっては信じ難い行為である。
そして、その信じ難い事実が燻っていた熱狂を嫌が応にも加速させる。
澱みの無い金髪が月明かりと四散した宝石の破片が反射させる光に照らされ、まるで王冠でも被っているかのように輝いて見えた、と後に隠遁したジェームズ一世はそう記録に残した。

「聖帝サウザー様……!」
一つの声が呼び水となり、さらに多くの歓声を誘う。
外を包囲する五万の軍勢すら圧倒しそうな勢いにまで達すると、全ての歓声が一つに重なって一個の生物のようになって辺りを包んだ。

やがて消えた燭台に再び火が灯されると半壊したホールに酒や簡素な料理が運ばれてきた。
先程まで行われていた物に比べればほんのささやかな物だったが、その意味合いが違う。

滅びの為の宴から、いつの日かの復活を思い描いた宴。
その宴に集う者達が心に思う事は一つ。
生きなければならない。
国は滅んでも人は生きる。
人が生きていれば国などいくらでも作る事ができるのだ。
無論、アルビオン王家に対しての忠誠を捨てたわけではない。
しかし、それで若い二人が結ばれ、何時の日かの再興に繋がるのであれば一時の不名誉も甘んじて受け入れよう。
サウザーが酒が満たされた杯を手にし掲げると勝利の為の宴が始まった。


そうして始まった宴をルイズはただぼんやりと眺めていた。
さっきまでの、明るく派手だったがどこか悲壮感に包まれた物と違い、誰もが生き抜く為に前を見ている。
それをいとも容易くやってのけたのは言うまでも無くサウザーだ。
南斗聖拳最強にして聖帝の名を持つ男は、力を見せ付ける事であっという間に王党派の心を掌握してしまった。
それも、たった一人で。

一度飛び立った鳳凰が自らの意思で檻の中に戻ってくる事は決して無い。
そもそも、今までがほんの気紛れにすぎなかったのだ。
ならば、一人残された無力な小娘はどうすればいい。
昔の時のように小船の中で泣けばいいのか。

それは駄目だ。
泣いたところで誇り高き鳳凰はそれを見ようともせずに天空の彼方へ飛んでいってしまう。
人が足元の蟻を気に止めずに歩くように、鳳凰も無力な人間を気にかける事も無い。
振り向かせるには、その後ろ姿を追い続け無理矢理にでも力を見せるしか無いのだ。
だが、『ゼロ』と蔑まれ魔法一つ満足に使う事が出来ない自分が、あれ程までに強大な力を持った男を追い掛ける事なんて出来るのだろうかとも思う。
ヘクサゴンスペルすら通用しなかったとなると、その上を行く力はハルケギニアにおいてはたった一つ。
始祖ブリミルが使いし伝説の力『虚無』だ。
いかなる系統にも属さず、あくまで伝説で語り継がれるのみだが、その使い手はブリミルが用いたとされる四つの使い魔のどれかを召喚したという。

神の左手『ガンダールヴ』
左に握った大剣と、右に掴んだ長槍でブリミルを守った神の盾。

神の右手『ヴィンダールヴ』
あらゆる獣を自在に操り、陸海空を問わずブリミルを運んだ神の笛。

神の頭脳『ミョズニトニルン』
あらゆる知識を溜め込みて、ブリミルに助言を呈した神の本。

そして、記すことさえはばかれるとされる正体不明の存在。

オスマンの考えでは、サウザーの力はそのガンダールヴに匹敵するらしい。
メイジと使い魔の力量は比例するのであれば、この身には『虚無』かそれに匹敵するだけの力が眠っているのかもしれないと少し考えた。

その突拍子も無い考えを、ありえないと否定したのは今までの失敗や他人の評価のせい。
逆に、もしかしたらと考えてしまったのは、他でもないサウザーの言葉にある。

『この俺が、単に無能なだけのやつを気に入るわけがなかろう』

笑いながら確かにこう言った。
どこで無能ではないと判断されたのかは分からないが、少なくともサウザーは自分の事を気に入っている。
今まであらゆる事を試し失敗してきたルイズであっても、虚無だなんて事は思いもしなかったので一般的な事以上は知らなかった。
やっていない事なら調べてみる価値はある。
戻ったら学院の図書館や、アンリエッタに頼んで王宮の蔵書も調べてみようと決めた。
それで何も出てこなかったら、その時考えればいい。
不退転の決意を持ち、どのような苦境に陥ろうとも決して誇りを失わない者だけが鳳凰の前に立つ資格を持つのだ。
再び何時もの姿勢で座るサウザーの姿を見ると、月明かりの元で歌い踊る貴族、貴婦人の間を通り抜け近付いた。

「大変な事になったみたいだけど、これからどうするつもり?」
「まず港を落し勢力の拡大を計る。後は、敵の士気を削いでいけば瓦解させるのも容易かろう」
ルイズとしては、外を包囲する五万の大軍をどうするのかという風に聞いたのだが、サウザーはその事を問題にしていないかのように答えた。
そう言うのならきっと大丈夫なのだろう。
安心した反面、面と向かって戻る気が少しも無いと言っているも同然なので少し見捨てられたような気分になったが、すぐにその思いを振り切った。

それに、考えてみればアンリエッタとトリステインの為にもなる。
サウザーが貴族派をアルビオンで抑えてくれるなら、ゲルマニアとの同盟を結ばずに済むし
アンリエッタとウェールズが婚姻を結ぶ事ができれば、長年空位だった王座を埋める事ができる。

今の淀んだ空気のトリステインには、勇気と才に溢れた王が必要だったのだが
アンリエッタは国民からの人気は高いものの、政を行うには経験不足で、母であるマリアンヌ大后は先王の喪に服しており王位に付く気はない。
仮に付いたとしても、個人的感情で国力を衰退させる事態を招いていたのだから、政治的能力が足りているかどうかは火を見るよりも明らかではあるが。

その点、常に先陣を切りレコン・キスタと戦ってきたウェールズなら血筋、名声、実力のどれを取っても申し分ない。
なにより、互いに好き合っているのだから、これ以上の条件を望むのは些か贅沢が過ぎるというものだろう。
だから、さも当然そうに言ったサウザーを見てルイズもつい、つられて笑ってしまった。

「それが姫様のためになるのなら何だっていいわ。あんたが何かしないと、姫様はゲルマニアなんて所に嫁がなきゃならないんだし」
そう言うと、ルイズはサウザーの真正面に回り込み、精一杯背伸びをすると人差し指を向けながら続けた。
「でも、忘れないで。わたしは、いつかあんたの前に立つわよ。一人でどんなに先へ行っても、絶対に追い付いてみせるんだから!」
誰もが聖帝の前では膝を付く中で、この小娘はどれだけ時が経とうとも前に立つと言ってのけた。
少しも視線を反らさず燐とした目付き。
どこかで見た覚えがあると思ってはいたが、今になって思い出した。
もう何年前になるか、あの大戦が起こる前にラオウがまだ小僧だったケンシロウを連れて南斗の道場に乗り込んできた時だ。
己の光と引き換えにケンシロウの命を救った男は、強い光を感じたと言った。
あの時は小僧と呼びさして気にも留めていなかったが、今になって思えばこんな目をしていたのかもしれない。
事実、歳月を経て、北の空で輝く光は将星すら飲み込んでしまったのだ。
だからか、とこれまで感じていた違和感の正体にも納得がいった。
シュウやラオウがケンシロウの素質を見抜いたように、我が身も自らと同じ信条を持つ少女のまだ見ぬ素質を感じ取ったのかもしれない。

「ふっ……よかろう!この俺が許す。何時、如何なる時でも向かってくるがいい!」
そして、蟻の反逆も許さぬと言った男が、一人の少女が立ち向かってくる事を公然と認めた。
自分でも意外な事を言っていると思わないでもないが、まぁそれも悪くは無い。
小娘一人向かってきたところで帝王は揺るぎはしないのである。
そうしていると、また歓声が飛んだ。

「姫様……、ウェールズ皇太子……!良かった……本当に!」
さっきまで、愛しているからこそ死を選ぶと言っていたウェールズが
抱えきれないような悩みを背負っていたはずのアンリエッタがこうして誰の目もはばからずに幸せそうに踊っている。
ルイズにはそれが自分の事のに嬉しい。
紅潮した顔でボロボロと嬉し涙を流しながら見つめているルイズとは対照的に
サウザーは大して興味も無いのか頬杖を付きながらそれを眺めていると、一人の貴族がルイズに近付いてくるのが見えた。

羽根突きの帽子に髭を生やした凛々しい顔付き。
着ている物など特にどうでもよかったが、全体的な体の流れは二度見た事がある。
一度はラ・ロシェールで、二度はついさっき見た。
それに、この目は己の野心と欲望を隠し通そうとしている目だ。
なるほど、とこれで手応えが無かった事に合点がいった。
風は遍在し、何処となくさ迷い現れ、その距離は意思の力に比例する。
背格好と微細な動作の一致。
つまりはそういう事だ。

「くっははは、さしずめ貴様はユダ……、と言ったところか」
他人の下に甘んじながらも、その下では様々な策謀を巡らし、虎視眈々と頂点の座を狙う危険な男。
南斗六星が一星、妖かしの星の宿命に生きた男の名は南斗紅鶴拳のユダ。
裏切りの代名詞とも言える名を笑いながら言ったが、その名を持つ意味は誰も知らない。
どういう意味かと問いかけようとした瞬間、サウザーの手刀がワルドの胸元に突き刺さっていた。

「なっ……!」
物音一つ立てず、一度の瞬きも終わらぬ間に放たれた手刀に気付いた者は当事者以外には居ない。
至近に居たルイズですら何が起こったのか気付きもせずに二人が踊る姿を眺めている。
手刀を受けたワルドがよろめきながら一歩下がると、懐から白い破片が無数に零れ落ちる。
その破片を軽く一瞥すると、サウザーは今までハルケギニアでは見せる事の無かった残忍な笑みを浮かべながら言った。

「俺は裏切り者は決して許さん。だが、貴様は俺に叛いたわけではない。そこで一つ選択肢をくれてやろう。死にたく無ければ存分に舞え。この俺の為にな」
ユダの例もあるが、基本的に裏切り者は己の利の為に動き、忠誠心など皆無に等しい。
王党派の貴族を従わせるのに効果的な事が希望を与える事であるなら、裏切り者を裏切らせない為に一番いいのは圧倒的な力と恐怖で縛る事だ。
どれだけ策謀を張り巡らせても、少しでも叛意を見せれば必ず殺されるという程の隔絶した力の差を自覚させれば裏切る事は無くなる。

「こ、この『閃光』と呼ばれた僕が……」
地面に尻餅を付いたワルドがわなわなと震えた。
その震えが屈辱からくる怒りではなく、恐怖だと気付いたのは自分を見下した目で眺めている男を見た時。
人間、であるはずなのにその存在があまりに大きく感じられる。
立ち上がろうとしても脚に力が入らず立つ事が出来ない。
杖を手にしたところで腕が震え杖先を向ける事すらおぼつかない。
呪文を詠唱しようとも、言葉は出ずに変わりにカチカチと奥歯がぶつかる音が聞こえる。

一目見ただけで、あの遍在が自分が作り出した物で、トリステインを裏切っている事も見抜かれた。
遍在を一瞬で切り伏せた男はそれを知ってあえて生かしている。
身動き一つ取れずに懐に忍ばせていた仮面だけを砕かれたのは、貴様など何時でも殺せるというメッセージに他ならない。
役に立つ存在であるという事を見せ続けねば、すぐにでも切り裂かれるだろう。
気が付けばワルドはサウザーの前で片膝を付き、頭を下げて貴族の誇りでもある杖を差し出していた。


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