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memory-20 「失墜」



 アルビオン大陸の玄関口の一つである、港街スカボロー。
現在、その大広場に備え付けられた絞首台が、明日の公開処刑を、今か今かと待ちわびていた。
その横には誇らしげに『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている。

「聞け! 処刑の告知だ! 王党派に属していた者達が、貴族会議により国賊と認められた!
明日の正午、スカボローの中央広場で、公開処刑を行う! 
尚、処刑には先日終結した革命戦争の英雄、ワルド子爵が立ち合い、演説することとなっている!」

 広場のはずれで、街の先触れが、道行く人々に処刑の知らせを叫び伝えている。
その周りに出来ていた人だかりの中を、白のローブを身にまとい、フードを目深に被った男が歩いていた。
一見派手な格好だが、その存在は驚くほど希薄。果たしてその男とは、エツィオ・アウディトーレその人であった。

「……」

 エツィオは無言で処刑場の周囲を見渡し、周囲の状況を頭の中へと叩きこんでゆく。
広場に面した通りの数を確認し、侵入経路、及び逃走経路を頭の中で構築しながら、広場を練り歩いていた。
そんなエツィオに、腰に下げたデルフリンガーがカチカチと音を出した。

「感じはどうだ? 相棒」
「今は警備が手薄みたいだが……当日はそうはいかないだろうな。
当日の警備の状況が分かればいいんだが……さて、どうしたものか」

 広場を巡回する、レコン・キスタ……いや、今は神聖アルビオン共和国の衛兵を横目に、エツィオが呟いた、そのときだった。
その衛兵に向かい、もう一人の衛兵が駆け足で近寄り、なにか話し始めた。
エツィオは群衆に紛れ、その会話に耳を傾ける。

「明日の警備配置が決まったぞ、詳細はこの地図を見ろってさ」
「ああわかった、……あぁくそっ、俺は外の警備か、王党派の連中が吊るされるのを、この目で見たかったぜ!」
「残念だったな、ま、俺は特等席で見物させてもらうとするぜ」
「お前はどこの警備なんだ?」
「へへ、実を言うとな、絞首台の真横なんだ、処刑を間近で見れるんだぜ!
しかも処刑には我がアルビオンの英雄、ワルド子爵殿が立ち合い、演説をするそうじゃねぇか」
「おいおい、すげぇな! 俺と替わってくれよ!」
「冗談じゃねぇや、ハッハッハ! これを機に子爵殿に気に入られて出世コースも……ああ、夢が膨らむぜ……」
「くそっ、せいぜいおべっかの練習でもしておくんだな!」
「そんなにひがむなよ、さて、俺はもう行くぜ」

 衛兵たちは、そんな会話をすると、それぞれの配置に戻るべく、歩き出した。
彼らの会話を盗み聞いていたエツィオは、紛れていた群衆を離れ、ゆっくりと先ほどの衛兵の一人に近づいてゆく。
息を殺し、極限まで気配を絶つ、衛兵のポケットから素早くメモを掠め取り、即座にその場から離れた。

「お見事」
「ちょろいものさ」

 その様子を見ていたデルフリンガーが茶化すように言った。
ベンチに腰かけ、エツィオは小さく笑うと、地図を広げ、当日の警備の配置を頭に叩きこむ。
警備が手薄であろう場所を割り出し、消すべき衛兵に目星をつけていた、その時だった。
ごぉん……ごぉん……と、広場に面する教会の鐘楼が、正午を告げる鐘を鳴らす。
鐘が鳴り終わり、しばらくすると、今度は教会の扉が開いた。
すると中から、礼拝を終えたのであろう、純白のローブを身にまとった神学者達が、ぞろぞろと出てくるのが見えた。

「……正午か」

 小さく呟き、なんとなしに神学者達を見つめていたエツィオだったが……。
何かを思いついたのか、ベンチから立ち上がると、一直線に教会へ向かい、ファサードをよじ登る。
道行く人々が驚いたような顔をしていたが、エツィオは全く意に介さずに屋根へとよじ登った。
それからエツィオは、同じように鐘楼をよじ登ると、塔の上から広場全体を見渡し始める。
広場から少し離れた場所に、同じようにもう一件、教会が立っているのが見える、
その教会からも、正午の鐘の音と共に、帰路へとつく人々の姿が見えた。
その様子を見ながら、エツィオは腰に下げたデルフリンガーに尋ねる。

「デルフ、礼拝はいつもこの時間に終わるのか?」
「ああ、いつもこの時間みたいだな」
「そうか……となると……」

 エツィオは小さく呟くと、地図を広げ、広場とを見比べながら何やら考え込んでいた、そのとき。
鐘楼の上に佇むエツィオの元に、一羽の鳩が飛んでくる、果たしてその鳩は、マチルダの伝書鳩であった。
エツィオは鳩を腕に止まらせると、手紙を取り出し、中を読む。
手紙には、スカボローへの到着予定時刻、そしてワルドの予定が大まかに記されていた。
どれもエツィオが事前に調査を頼んだ事である。ここまで調べられるということは、どうやら彼女は現在、ワルドと行動を共にしているようだ。

「到着は今日の夜か……到着後迎賓館に……公開処刑に合わせ広場へ……なるほどな」

 読み終えたエツィオは、手紙を細かく破り捨てると、鳩をそのまま空に放ち、マチルダの元へと送り返す。

「調べはついたか? 相棒」
「ああ、殺り方は決めた、後は待つだけだ」

 広場の中央に備え付けられた処刑場を見下ろしながら、エツィオが言った。
鐘楼の天辺に止まっていた一羽の大鷲が、大きく翼を広げ、大空へと舞い上がった。


 その日の夜……、スカボローの街は、明日行われる公開処刑を見物しようと、貴族、平民問わず、数多くの人間が集まってきていた。
通りや建物には様々な飾り付けがなされ、所々で花火の音がなっている。人々は街のお祭り騒ぎに浮かれ、酒を飲み、歌い、楽しんでいるようだ。
まるでカーニヴァルだ、と宿の一室から外を眺めながら、エツィオは呟いた。

「カーニヴァル?」

 テーブルに付き、ワインを飲んでいた女のメイジが首を傾げた。マチルダである。
彼女は昼すぎにワルドと共にスカボローに到着し、エツィオと合流するためにここに来ていたのであった。

「ああ、俺のところのお祭りだよ、ヴェネツィアとか凄い賑やかなんだ」

 エツィオはそう言うと、マチルダの向かいの席に腰かけ、ワインのグラスを傾ける。

「しかし、残党の公開処刑にしては、随分と派手にやってるみたいだな……何か他にあったのか?」
「ああ、あんたは知らないか。今日の昼すぎ、新政府の樹立が公布されたのよ。神聖アルビオン共和国が正式に建国したってわけ、だからこんなにお祭り騒ぎなのよ」
「なるほど。それで明日、王党派残党を全員処刑することで、国内の完全なる平定を誇示する、狙いはそんなとこか」

 エツィオは納得したように頷いた。

「ワルドの様子は?」
「ワルドなら、今は迎賓館で祝賀パーティーってところかしらね、あんたの存在なんてこれっぽっちも考えちゃいないわよ」
「随分持て成されているようだな」
「今のあいつは『アルビオンの英雄』だからね、クロムウェルは、ワルドの事を国内の士気を高めるためのプロパガンダにしているみたいね」
「そうか……。そのパーティー、君は出席しなくてもいいのか?」
「ああいった席は、どうも好きになれなくてね……」

 マチルダは、ほんの少し顔を曇らせると、グラスをテーブルに置いた。

「それで、あんたは大丈夫なの? 明日殺るんでしょ? ワルドを」
「ああ、全部考えてある、だけど、一つ問題がある」
「問題?」

 首を傾げるマチルダに、エツィオは人差し指を立てた。

「クロムウェルだ、奴の操る虚無……。信じがたいが、死者を蘇らせるというのなら、ワルドの死体をそのままにしておくわけにはいかない」

 エツィオのその言葉を聞いて、マチルダは納得したように頷く。
クロムウェルの虚無、死者を蘇らせる能力は確かに脅威である。ワルドはエツィオの立場を知る唯一の存在だ。
ワルドが蘇り、エツィオの情報がクロムウェルの耳に入ったら、それこそ厄介なことになりかねないのだ。

「なるほどね、それで私の出番ってわけね」
「そうだ、俺が暗殺に成功したら、奴の死体を処分してくれ、出来る限り速やかにだ。立場上、君が一番怪しまれずに奴の死体を処理できる」
「念には念を、か、わかったよ。……あんた、ワルドを消したら、次は私じゃないだろうね?」

 あまりに抜け目のないエツィオに、マチルダは茶化す様に笑った。
するとエツィオは、口元にサディスティックな笑みを浮かべると、にっこりとほほ笑んだ。

「きみを殺すわけないじゃないか。それに、君は俺を裏切れないことを知っているしな、……そうだろ?」
「え、あ……う、うん……そう、だけど、さ……」

 その言葉に、マチルダは急に顔を赤くすると、何やら恥ずかしそうにもじもじとしだした。
それから、バンっとテーブルを両手で叩きながら、勢いよく立ちあがる。

「と、とにかく! 今日はダメだからね!」
「おや? 何の話かな? 俺はまだ何も言っていないぞ?」
「え、あ、う……こ、この……!」

 マチルダが羞恥で顔を真っ赤にしながら、ぎりぎりと口元を歪める。
あぁくそ、この女の敵め。絶対にあの子には会わせてなるものか。……万が一にでも会うようなことがあれば、その時は刺し違えてもこいつを殺してやる。
マチルダは心に固く誓いを立てながら、目の前の女たらしを睨みつけた。

「さて、冗談はここまでにして……」

 エツィオは、急に真面目な表情を作ると、すっくと立ち上がった。窓辺に立ち、相も変わらずお祭り騒ぎの街を見渡す。

「明日、君は処刑場に?」
「あ、ああ、私も見物することになってるよ、これでもワルドの秘書官みたいな立場なんでね」
「そうか、それじゃ、事が済んだら鳩を飛ばしてくれ、俺は一旦スカボローから脱出する」
「わかった、その通りにするよ」
「……怪しまれるといけないな、君もそろそろ戻った方がいい」
「そうだね、それじゃ……」

 マチルダは椅子から立ち上がると、グラスに注がれていたワインを飲み干した。

「面倒をかけて、すまないな」
「別にいいよ、あんたには危ないところを助けてもらったし……それに」

 マチルダはそこで言葉を切ると、小さく笑う。

「あんたの方が連中より気前がいいからね、高く雇ってくれる方に肩入れするのは当然でしょう? 革命なんかに興味は無いしね」
「それもそうだな」
「だからちゃんとお金返してよ? あれには使い道がちゃんとあるんだから」
「承知してるさ。しかし、金の使い道か、一体何に……」
「ぜーったい! 教えない!」

 マチルダは口を尖らせて言うと、フードを目深にかぶり、廊下へ続くドアに手をかけ、振り向いた。

「それじゃ、うまくやんなよ」
「ああ、君もな」

 マチルダは後ろ手にドアを開けると、慎重に周囲を確認し、そそくさと部屋から出ると。迎賓館へと戻っていった。


「そろそろか……くそっ、見たかったなぁ……」

 翌日……広場の外、怪しい人物がいないか警備に立っていた衛兵の一人が、つまらなそうに呟いていた。
昨日、エツィオに配置のメモをスリ取られた衛兵であった。

「ここで見張れって言われてもなぁ、もう怪しい奴なんているわけねぇだろうに……」

 支給されたクロスボウをいじりながら、退屈そうに辺りを見渡す。
本来ならば広場に向かう人々の中に怪しい者がいないかどうか、常に目を光らせていないとならないのだが、どうにも退屈である。
今日は王党派の残党を一掃するための処刑が行われる日であって、もうアルビオン国内に王党派に属する人間などいない筈だ。

「あーあ……どっかに手柄がおっこちてねぇかな……ん?」

 欠伸交じりに衛兵が呟いたそのときである。
ふと向けた視線の先、道行く人々の間を歩く、フードを目深に被った一人の男が目に入った。
一見すると貴族のようでもある、事実背中にはマントがかかっている。
おおかたこの処刑を見物に来たどこかの下級貴族か……、そんな事を考えながら、ぼんやりとその男を見ていると……、
男の背中にかかっていたマントがはらりと左肩に降りる、そのマントに施された意匠を見て、衛兵は思わず声をあげそうになった。
何かの見間違いではないかと思い、衛兵は目を凝らしてそのマントを見つめる、間違いない、あのマントは……!

「おい! そこのフードの男、ちょっと話がある! あっ、おい! 待て!」

 衛兵がそう声をかけた時だった、男は道行く人々の間に紛れ、たちまち姿が見えなくなった。
まずい、俺の手柄が! 焦った衛兵は小走りで男のいた場所へと向かい、辺りを見渡す、あの男はどこだ?
あいつを処刑台に突き出せば、ワルド子爵どころかクロムウェル皇帝閣下にすら気に入られて一気に士官になる事も夢ではない。
逸る気持ちを抑え、必死に男を探す、すると、十メイルほど先の道を歩いている男を見つけた。
クロスボウを引き抜き、男の元へと小走りで近寄ってゆく。

「くそっ、また消えやがった! あいつ……どこへ……!」

 だが、衛兵が男の歩いていた場所に辿りついた時、男の姿は煙のように消えてしまっていた。
おかしい、俺はずっと奴を見ていたはずだ、なのにどうして見失ってしまったんだ?
己の不注意さに歯噛みしながら、まだ近くにいるかもしれないと、必死に周囲を見渡す。その時だった。

「……!!?」

 不意に口を塞がれたと思うと、背中から腹部にかけ鋭い痛みが走る。
この世の物とは思えないほどの、身もだえするほどのおぞましい激痛、だが声を出すことができない。
脊椎を貫き、自分の鳩尾から飛び出した短剣を見ても、衛兵は自分の身に何が起こったのか理解することができなかった。
口を塞いでいた手がどけられ、背中から刃が引き抜かれる、それと同時に、急速に意識が遠のいてゆくのを感じる。
薄れゆく意識の中、彼が最後に見たものは、アルビオン王家のマントに身を包み、白のフードを目深に被った、死神の姿だった。


「眠れ、安らかに」

 ベンチに腰かけた状態で絶命した衛兵の目を閉じながら、エツィオが小さく呟く。
一瞬のうちに行われた暗殺、倒れるよりも先にベンチに座らせられた事によって、
今の衛兵のその姿は、まるで疲れてベンチで居眠りしているように見える。
白昼に人が殺されたというのに、騒ぐ人間は誰もいないのは当然であった。

「……」

 衛兵が取り落としたクロスボウを拾い上げ、背中に背負う。
左腕にかかったマントをまくり上げ、背中にかけると、エツィオは広場へと続く道を見つめた。
ごぉん……ごぉん……と、処刑を告げる鐘の音が、スカボローの街に響き渡る……。

 処刑場には歓声と熱狂が渦巻いていた。吊るされたアルビオン王家の関係者、王党派に属し、戦い、捕らえられた哀れな貴族達。
それをみた市民達は、ある者は嘆き、ある者は興奮に歓喜し、ある者はただただ目の前で行われる殺戮に見入っていた。
最後の一組が、絞首台にかけられ、吊るされてゆく。処刑場が一際大きな歓声に包まれた。
そのときである、興奮に沸く処刑場に、長身の貴族が現れた。

 羽根のついた帽子に、魔法衛士隊の制服。……ワルドであった。

 ワルドは処刑場の中心に立つと、優雅に右手を掲げ、にっこりと笑った。
『革命戦争の英雄』の登場に、再び広場は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
みな、『革命戦争の英雄』の勇ましい姿に興奮を隠せないようだ。

「親愛なる市民諸君! 今日はこの記念すべき日に、よくぞ集まってくれた!」

 ワルドが声高に叫ぶと、集まった民衆、貴族達は一斉にワルドに注目し、演説に耳を傾けた。


 そんなワルドの姿を正面に位置する教会の鐘楼から見下ろす、一つの影があった。
白を基調としたローブに目深に被ったフード、そして、血で赤黒く染まったアルビオン王家のマントに身を包んだ人物……、エツィオであった。
鐘楼の淵に立ったエツィオは、処刑台の上で拳を振いながら演説をするワルドを見つめながら、アサシンブレードを引き出した。

 鐘楼の鐘が動き、正午を知らせる鐘の音が、広場に響き渡る。
 鐘楼に止まっていた鳥達が、鐘の音に驚き、一斉に飛び立った。

 鐘の音と共に、広場に降り立ったエツィオは、民衆に紛れ、興奮に沸く人々をかき分けながら、処刑台へとゆっくり近づいてゆく。
今では反逆者の証であるアルビオン王家のマント、だが、それを気に掛ける人物などどこにもいなかった。
人々はみな、ワルドに釘付けになっているし、民衆と完全に一つになり、存在が限りなく希薄になったエツィオを、衛兵達が見つけられる筈もない。
誰にも呼び止められる事もなく、エツィオは、一歩、また一歩と処刑台のワルドに向け、歩を進めていた。


 ワルドは恍惚としていた、自分を恐れ敬う民衆の目に、自分を讃える人々の喝采に。
まさに人生の絶頂とも呼べる瞬間だった。いや、これからだ、これよりハルケギニアを一つにまとめ上げ、聖地を奪還するという使命が、自分には残っている。
自分の出番は、これから始まる。自分の絶頂は、ここから始まるのだ。
ワルドは、胸の底からわき上がる野望と期待に心を躍らせながら、熱弁をふるっていた。

 そのときだった。
ふと目を向けた視線の先、集まった民衆の中に、目深にフードを被り見覚えのあるローブを纏った男が、ちらと視界に入った。
まさか……。ワルドは一瞬、心臓が縮みあがった。いや、そんな筈は無い、奴はトリステインに逃げ帰ったはずだ。
だが、それと確認する前に、ワルドはフードの男を見失ってしまった。

『どこまでもお前を追い、その喉を切り裂いてやる』

 あの時にかけられた言葉が、ワルドの脳裏をよぎった。
どこだ、どこにいった、あのフードの男は。ワルドは目を皿のようにして民衆を睨みつける。その時だった。

「……ワルド殿? どうかなされましたか?」

 横に控えた衛士の一人が、ワルドに話しかける。どうやら演説が途切れたことを不審に思ったようだ。
その声にワルドは、はっと我に返ると、一つ咳ばらいをした。

「い、いや……なんでもない」

 ワルドは動揺を隠す様に、努めて冷静に振舞い、演説を再開する。
皇帝閣下直々の命令である、この公開処刑は必ず成功させねばならない。
そう思いながらも、ワルドの胸中には益々不安が広がってゆく。
まさか、あのアサシンがここにいるのか? 今この瞬間、観衆にまぎれ自分の首を掻っ切る瞬間を今か今かと狙っているのか?
そう思うと、出来れば今すぐにでも、杖を引き抜き、呪文を唱え、迎撃する準備を整えたかった。しかし、それはできるはずもない。
今は公開処刑の最後を飾る、演説の真っ最中なのだ。
これを見ているのは何も市民だけではない、神聖アルビオン共和国の有力貴族もここにはいるのだ。そんな彼らの前で杖を引きぬける筈もない……。
そこまで考えた瞬間、ワルドははっとした表情になった、今この瞬間、自分は丸裸も同然と言うことに、ようやく気がついたのだ。

「あの……やはり御気分がすぐれないようですが……」

 演説も支離滅裂、顔を真っ青にしたワルドに、心配したのか衛兵がもう一度話しかける。
だが、もうワルドの耳にそんな言葉は届かない。ワルドの目は、焦点を失ったかのように民衆の間を泳ぎ、何かを探している。
ただならぬワルドの様子は、見物していた市民達の間にも徐々に広がって行った。


 何事かと、ざわつき始める民衆の中を、かき分けるようにエツィオはワルドの元へと近寄ってゆく。
先ほどエツィオは、わざとワルドの視界に入る様に移動していた。どうやら効果は覿面だったようだ。
疑心暗鬼にとらわれたワルドは、完全に錯乱状態に陥っていた、目は泳ぎ、まともに言葉すら発せてはいない。
エツィオは口元に笑みを浮かべると、サッシュベルトに下げた短剣に手をかける。
まだ遠い……もう少し、もっと近く。

「あっ!」

 そのとき、ワルドの目が、驚愕に大きく見開かれる。エツィオの眼が鷹のように鋭くなる。
処刑台の上のワルドと目があった瞬間、エツィオはサッシュベルトに下げた短剣を逆手に引き抜きルーンの力を引き出す、
群衆を押しのけ、処刑台へ向けエツィオが駆けだした。

 ワルドは、右手を大きく振い、民衆を押しのけ、こちらへ向かってくるフードの男を指さし。力の限り叫んだ。

「アサシンだ!! 奴を止めろ!!」

 処刑場にワルドの叫び声が響きわたった。
突然の出来事に、一瞬呆けていた衛兵達が、民衆の中から飛び出してきたフードの男を見て、ようやく杖に手をかけた。
その瞬間、その衛兵が杖を引き抜くよりも早く、エツィオが背中のクロスボウを引き抜き、的確に衛兵の心臓を撃ち抜いた。
クロスボウで心臓を射抜かれなかったもう一人の衛兵は、エツィオに斬りかかることができたものの、
あっさり懐に潜り込まれ、今度は左手に隠し持った短剣で腹を抉られ、乱暴に押しのけられた。

 一瞬で二人の衛士をなぎ倒したエツィオは、クロスボウを投げ捨てると、空中高く飛びあがり、遂にワルドに飛びかかる。
標的の命を刈り取るべく、高く振りあげられた左手から、アサシンブレードが飛びだした。
完全に不意を打たれたワルドの表情が驚愕と恐怖に歪む。だが、我に返ったワルドは腰の杖に手をかけ、口の中でルーンを詠唱する。
自身の二つ名、『閃光』の名に恥じぬ速度で詠唱を終え、杖を引き抜き、エツィオに向け振おうと試みる。
だが、その『閃光』も不意を打たれた今、全てが遅かった。
ガンダールヴの力を発揮した百戦錬磨のアサシンが、ワルドを遥かに凌駕した速度で襲いかかる。
そのまま馬乗りになる形で押し倒し、ワルドの首に、アサシンブレードを突き立てる。
幾多の標的を切り裂いた必殺の刃が、ワルドの頸椎を、命を、絶ち切った。


「出番は終わりだ」
「終わり……だと……! まだだ! まだ始まってすらいなかった! くそっ……! くそぉっ! アサシン……!」
「暗殺者が暗殺者を殺す、皮肉だな」

 死に瀕したワルドは、目に憎悪の炎を灯しながら、エツィオを睨みつける。
だがエツィオはワルドとは対照的に、どこまでも冷たい目で見下ろしながら言った。

「何故裏切った」
「聖地のためだ! 他に何がある! 『レコン・キスタ』は聖地を奪還するために組織された、俺は聖地を望んだ、聖地に眠る虚無の力!
数多の命を操る、虚無の力だ! 素晴らしい機会だったというのに……!」
「国を、あの子を裏切ってでもか」
「あの子……? あぁ、ルイズか! はっ、はははっ! あんな小娘がなんだと言うのだ!
アンリエッタもそうだ、世間を知らぬ愚か者だ、自分に酔うだけの阿呆に過ぎん。あんな国、仕えるに値するものか」
「彼女はまだ若い、それを支えてこそ、臣下という物ではないのか?」
「そんな悠長なことはもう言っていられん、トリステインは、ハルケギニアはあんな連中に治められているべきではないのだ!」
「では誰が治めるというのだ?」
「我々貴族だ! 我々選ばれし貴族による連盟、『レコン・キスタ』によってハルケギニアは統一され、忌々しいエルフどもより聖地は奪還されるのだ!
俺はその先駆けとなる! なるはずだった……! なのに!」

 ワルドはそう言うと、震える手で喉に手を当てる。
エツィオに貫かれた傷口から、ごぼりと鮮血があふれ出た。 

「くそっ! 嫌だ……! 嫌だ! こんな! こんな死に方っ……!」

 ワルドは目を見開くと、エツィオの肩を掴んだ。
まるで生にしがみつこうとするかのように、その手に力がこもる。
だがエツィオは、優しくその手を取ると、諭す様にワルドに話しかけた。

「代価を払う時が来たのだ、裏切りの代償は安くは無いぞ」
「俺はっ! 俺はっ……! 聖地に行かなくてはならないんだ……! それが俺の義務なんだ! それがっ……母を……!」

 震える手で、首につけたペンダントを握り締める、その先についたロケットを開ける。ワルドの目から、大粒の涙がこぼれる、
ロケットの中を見つめ、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
くっ、と喉から小さく声が漏れたかと思うと、腕が力を失って床の上に落ちた。

「死が、汝を妄執から絶ち切らんことを。――眠れ、安らかに」


 ――からん……。と、ワルドの手に握られていた杖が、乾いた音を立てながら、処刑台の上を転がってゆく。
覚悟を決める間もなく、祈りの言葉を口にすることもできず、ただ唐突に、一瞬にして訪れた死。
驚愕と恐怖に見開かれたままのワルドの瞼を、エツィオが手をかざし、優しく閉じる。
そうすることによって現れたワルドの表情は、死んでいるとは思えないほど穏やかなものであった。

 正午を知らせる鐘楼の鐘が、六つ目の鐘を打ち鳴らしたその時、突然の出来事に呆然としていた民衆から、大きな悲鳴が上がった。
エツィオが振り返ると、異変に気がついた衛兵達が殺到してくるのが見えた。

「うぉおおおおお!」

 雄叫びと共に一人の衛兵が剣を振りあげ斬りかかる、だが、エツィオはすぐさま処刑台から飛び降り、広場から一目散に逃走を開始した。
道行く人々をかき分け、道端に積み上げられた木箱や樽を踏み台に、壁から突き出た梁に飛び乗り、看板を足場に屋根の上へと華麗に上る。
そのあまりにも機敏で身軽な身のこなしに衛兵たちは、一瞬呆気にとられる。
だが、見惚れている場合ではない。ある者は必死に壁をよじ登り、またある者は路地から屋根の上を見上げながら、
そしてメイジであるものは、フライを使い、逃走するアサシンを追いかけた。

 やがて、屋根の上を走っていたアサシンが、不意に、屋根の上から飛び降りる、
先回りし、来るアサシンを待ちかまえていた兵士を踏みつけるように着地して、衝撃を和らげる。
そして、すぐに立ち上がると、一件の教会の扉の前で立ち止まった。

 剣や杖を構えた衛兵の一団はじりじりとアサシンを取り囲み、警戒する。

「ふん、そこに逃げ込もうとしたが、当てが外れたってところか? 観念するんだな!」

 衛兵の一人が、そう言った時だった。
ごぉん……と、正午を告げる最後の鐘の音が、スカボローの街に響き渡る。
扉の方を向いていたアサシンが、フードの下に笑みを浮かべながら、ゆっくりと振り返る。すると、後ろの教会の扉が不意に開かれる。
そして、中から礼拝を終えた神学者や市民達が帰途へつくべくぞろぞろと外へと出てきた。
するとどうだろう、目の前にいた筈のアサシンの姿が、教会の中から現われた神学者達や市民に紛れ、溶け込むように消えてしまったのである。

「なっ……なんだとっ!?」

 衛兵は驚いた声を挙げると、アサシンを探し出すべく、その人々の群れを呼びとめる。
だが、神学者達は全員白いローブを纏い、フードを目深に被っているため、誰が誰だかさっぱり見当がつかない。

「ぜ、全員動くな!」
「お、おい! 貴様! 顔を見せろ!」
「なっ、なんでしょうか……?」
「くそっ! こいつじゃない!」

 神学者の一人を捕まえ、顔を確かめる、しかし、あのアサシンも目深にフードを被っていたのだ、顔などわかるはずもなかった。

「ディティクトマジックだ! 奴を探し出せ!」
「は、反応なしだと! 馬鹿なっ……! 奴は平民だとでも言うのか!」
「くっ……くそっ! どこだ! どこにいる! アサシン!!」

 完全にアサシンを見失った衛兵達の叫び声が、スカボローの街に響き渡る。
騒然とする街の空に、一羽の大鷲が舞い上がる。
大鷲は一声、甲高い声で啼くと、大空へと飛び去って行った。




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