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機械仕掛けの使い魔-第13話



機械仕掛けの使い魔 第13話


 場の空気が、変わった。もはやお別れのムードなどではない。クロは腹を抱えて爆笑し、ルイズを筆頭にした人間組みは呆気に取られ、ミーは蹲り、鏡にぶつけた顔面を擦っている。
「い、痛いよぅ、剛くん…」
『みみみミーくん!? 一体どうしたんだい!?』
ルイズの部屋側の様子が見えない剛は、一体何が起きたのか解らず、鏡を隔ててすぐそこ――実際には世界の壁という大きな隔たりがあるのだが――のミーに、必死に呼びかけている。

 げらげらと笑っているクロを放っておき、ルイズが鏡に歩み寄った。
「鏡に飛び込もうとしたら、そのまま鏡面に顔をぶつけちゃったのよ。…大丈夫?」
鏡に向かって状況を説明しながら、ミーに手を差し出すルイズ。その手に掴まり、ミーも立ち上がった。
「さっきみたいに飛び込もうとしたのに、そっちに帰れないよ剛くん!」
『何じゃと!? ちょっと待っててくれミーくん…』

 キーボードを凄まじい勢いで叩く音や、ツマミをグリグリと捻る音がする。転送装置の設定を変更しているようだが、ルイズの部屋側からは、その様子は見えない。
 そして最後に、スパナでボルトを締める音が響いたところで、ようやく作業が終わったらしい。
『よしっ、これで大丈夫じゃろう…。さぁミーくん、帰っておいで!』
「だーから、そのボルトが胡散くせーんだっての…」
ようやく笑いが収まったクロが、腕を組んで呟く。剛が、自身の発明を完成させる際に最後に締めるボルトが、非常に怪しく感じられるのだ。

 剛は大丈夫、と言ったが、一度痛い目を見たからであろう。ミーはいきなり飛び込むような真似はせず、今度は慎重に、鏡面を手で触ってみた。しかし…
「…何も、起こらないわねぇ」
キュルケが言うように、ミーの手は、鏡面に触れただけ。そのまま鏡に吸い込まれる、といった事にはならなかった。
『おっかしいのぅ…。こっちからそっちには、問題なく行けたというに…』
「でもさっきクロの足は、ちゃんとそっち側に届いたわよ? 何でミーはぶつかっちゃうのかしらねぇ…」
「お、何ならもっぺん蹴ってやろうか?」
言うが早いか、足を振りかぶるクロ。そして――
『ムギュ!?』
鏡に吸い込まれる足。鈍い音。剛の呻き声。やはり、クロの足は届いた。

「だとすると…足から入れば、意外とすんなり行けるのではないでしょうか…」
 おずおずと発言するシエスタ。
「クロちゃんの足は、ちゃんと鏡をくぐれるんですよね?」
確かに、今のところハルケギニア側からクロの世界へ通過したのは、クロの足だけだ。
「いや、そいつは無理だな」
しかし、シエスタの発言を、剛を蹴ったクロ自身が否定した。
「さっきから気にはなっちゃいたんだけどよ、剛を蹴った後、すぐに足が、こっち側に引き戻されんだ」
真面目な顔で言うが、すぐに顔を崩し、もうちょいグリグリしてーんだけどな、と残念そうに続けるクロだった。

『そう言えば、ワシも気になる事があるんじゃ』
 思い出したように剛が言う。
『こっちの設定では、クロの近くならどこでも繋げられるはずなんじゃが、なぜか、特定の位置でしか繋げる事が出来んのじゃよ』
「特定の位置だぁ?」
みな一斉に、鏡に目を向けた。
『うむ。それ以外の場所では、どうやっても繋げられん』
 転送装置の設定を捻じ曲げる原因。それがどうやら、この鏡らしい。
「ねぇヴァリエール。この鏡、何かのマジックアイテムなの?」
「そんなワケないじゃない。ヴァリエール家御用達の家具職人に作らせた品よ。そんな怪しげな物は作らせないわ」
 口を尖らせるルイズ。その横で、クロは鏡というキーワードで、ハルケギニアに召喚される直前の事を思い出した。
「鏡って言やぁ…、オイラもくぐったぜ、ここに来る時に」
「へ? でも、お前あの時、ミサイルの爆発に巻き込まれて…」
「その時だよ、その時」

 腰に手をやり、やや上を向いて、その時の記憶を語る。
「ミサイルが爆発した瞬間、爆風と一緒に、オイラに向かって鏡がカッ飛んで来たんだよ。んで、鏡にぶつかった途端に意識が飛んで、気づいたら…」
「アウストリの広場で、あの銃を乱射しようとした、ってワケなのね」
召喚時の事を、ルイズもまた思い出していた。今思えば、ルイズにとっても懐かしい出来事だ。自然と、顔が笑っていた。

「サモン・サーヴァントと鏡は、密接な繋がりがある」
いつの間にか本を手にしていたタバサ。部屋の書架に並べられていた内の1冊で、コモン・マジックについて書かれている本だ。
普段彼女が読んでいる本に比べるとやや薄いが、コモン・マジックに限定してある分、その内容は非常に詳細だった。
「使い魔は、サモン・サーヴァントで発生する鏡をくぐって、主の元へ召喚される。クロがくぐったのも、サモン・サーヴァントによる物」
普段よりも喋っているせいだろう。ここで一呼吸置き、さらに続ける。
「状況だけを見れば、クロの世界からここへ来るには、鏡を触媒にする必要がある。だから、その鏡としか繋げられなかった」
「剛、オメーよりタバサのが、頭いいんじゃねーの?」
『やかましい! ワシは魔法の事など知らんもん!』
半ば逆ギレであった。そんな騒がしい一部を無視し、タバサはページをめくりながら、言葉を紡いだ。
「サモン・サーヴァントは不可逆の魔法。呼ぶ事は出来ても、送り返す事は出来ない。鏡を触媒にしている、その…」
「『てんそーそーち』よ、タバサ」
聴きなれない言葉ゆえに、そこで言い淀むタバサに、キュルケが補足した。普段の息の合いようは、ここでも発揮されていた。
「『てんそーそーち』も、その法則に逆らえなかったんだと思う」

 自身の推論を述べ、大きく深呼吸するタバサ。魔法実習の成績同様、座学も優秀な彼女の考察に、みな感心していた。
「私の部屋の鏡、って言うのも関係がありそうね。クロを召喚したのは私だし」
「クロを探そうとしたのなら、その主、あなたの所有する鏡に、引き摺られたのかも知れない。
サモン・サーヴァントは、主に最も適合する素質を持った存在を探す。その逆も、あり得ない話じゃない」

 タバサが言うには、サモン・サーヴァントの代わりとして作用した転送装置が、クロの素質に適合する主・ルイズを検知し、その彼女が普段使っている鏡を触媒として両世界を繋いだ、という仕組みのようだ。
 しかし、ブラックボックスの多い転送装置は、サモン・サーヴァント同様に、クロの世界からハルケギニアへ、と一方通行にしか作動していない。
発明した剛本人にも構造が全く解らないコア部分が、この状況を引き起こした原因なのだろう。
「これだから、剛の発明は信用できねーんだよ…」
 剛の発明にたびたび巻き込まれて来たクロが、うんざりしたように呟いた。オーサム・コサム親子しかり、ヒロスエしかり。  
 謎な部分はかなり多いが、転送装置の状態については、タバサの意見でほぼ間違いないだろう、と結論付けた一同。しかしまだ1つ、疑問は残っている。
「だったらどうして、クロはゴーを蹴れたの、って話に戻るわよ」
転送装置の仮説がある程度固まった事で、ルイズはクロの足に何か秘密があるのでは、と当たりをつけ、ペタペタ触っていた。
自分の足を無遠慮に触られ、爪先で床を何度も叩く事で、イライラを表すクロ。
「あ、もしかしてこのぬいぐる――」
「何となくだけど、ボクは解る気がするよ」

 新たな、しかし奇想天外に過ぎる仮説をルイズが口にしようとしたが、それをミーが遮った。
「コイツは昔から、とにかく何でもありなヤツだったからね。剛くんの顔を踏んづけたのは頭に来るけど、でもクロなら出来て当たり前に思えるんだ」
「「「「「「『なるほど!』」」」」」」
鏡の向こうの剛と、クロの腹の中のデルフを含む全員が、納得した。凄まじい説得力である。
「オメーら、オイラをホントに化け猫とか思ってんじゃねーだろうな…」
「「「「「「『いやいや』」」」」」」
少々の怒気を孕んだクロの声に、またしても全員が口を揃えて否定する。素晴らしいチームワークだった。

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「あぁ、も、モンモランシー、来てくれたんだね…」
 一同のチームワークに神経を逆撫でされたクロがガトリング砲を取り出した為、総出で宥め、ようやくルイズ私室は静けさを取り戻した。
 部屋には多くはないが、弾痕が数箇所に穿たれている。そしてなぜか、ギーシュは全身ボロボロで部屋の隅に転がり、あらぬ幻覚を見ていた。
『ルイズ私室で唯一の人間の男性』である事が災いし、矢面に立たされたが故の悲劇である。ついでに剛も、騒ぎのドサクサにクロから顔面に数発蹴りを入れられた。
もはや予定調和と言ってもいいだろう。

 これだけの騒ぎにもかかわらず、別室から他の女生徒が来なかったのは、咄嗟に機転を利かせ、部屋に『サイレント』の魔法をかけたタバサのお陰である。
混乱を極めた為に誰一人気づかなかったが、まさに縁の下の力持ち、といったところか。

「と、とにかく剛くん、早く転送装置をどうにかしてね!」
 クロを後ろから羽交い絞めにしていたミーが、鏡に向かって呼びかけた。だが…
「…剛くん?」
「離せ、離せってんだよミー! …って、どうした?」
そのミーに捕まったままもがいていたクロだが、妙な様子を感じ取り、動きを止めた。

『…あ…、ミ……うし……? よ…聞……いよ…!?』
 剛の声が、極端に聞き取りづらくなった。ノイズなどは混じっていないが、激しく途切れるのだ。
「剛くん剛くん! もっとはっきり喋ってよ、聞こえないよ!」
クロを開放し、鏡に駆け寄って、鏡面にキスでもするかのように顔を近づけて叫ぶミーだったが――
『…』
返って来たのは、沈黙だった。

「ご、剛くん…」 
 がっくりと、膝を付くミー。事の成り行きを見守っていたルイズとキュルケはもちろん、渋々ながらギーシュの手当てをしていたタバサ、その手伝いに当たっていたシエスタ、そしてようやく幻覚から覚めたギーシュも、声をかけられずにいた。
 クロはまだいい。この世界でやるべき事があり、それ故にまだ、帰るつもりもないのだから。
 しかしミーは、成り行き上ハルケギニアに来ただけであり、元の世界でやるべき事があるのだ。だと言うのに、戻る為の手段が失われてしまった。絶望を感じても仕方のない事だろう。

「諦めるにゃまだ早いぜ、ミーくん」
 そんな暗い空気を振り払うように、クロがミーの頭を叩いた。
「ルイズ、今日は何の日だ?」
「え? いきなり何よ?」「いいから、早く答えろって」
 まるで関係ないような質問に戸惑うルイズだが、少し考え、今日が何と呼ばれている日なのかを思い出した。
「あぁそうだわ、今日はスヴェルの月よ」
「やっぱり、何かある日だったか。んで、ソイツはどんな日なんだ?」
「スヴェルの月は、月に一度だけ、2つの月がちょうど重なる日なの。
そう言えばスヴェルの月には、アルビオンもラ・ロシェールに一番近づくわね…」
「今の時間が、午前1時半か…。なるほどな」
ルイズの説明を聞き、何度も頷くクロ。そして自身の体内時計で時間を確認すると、ニヤリと笑った。
「安心しなミーくん、まだチャンスはあるみたいだぜ」

 クロの自信に満ちた声に、立ち上がってクロを見やるミー。その顔は、やはりまだ不安げだ。
「な、何でそんな事解るのさ…?」
「考えてみな。こういうファンタジーな世界には、お約束ってのが付きモンなんだよ」
「お約束って言うと…?」
 クロほどゲーマーではないミーには、いまいちピンと来ないようだ。
「決まった時間に、決まったアイテムを持って、決まった場所に行くと、次のステージに進める、とかな。似てねぇか?」
「うーん…」

 目線を上に向け、考えるミー。そして、パッと顔が明るくなった。
「そうか、そういう事か!」
「今日は月に一度の、2つの月が重なる日。そして今の時間は1時半、夜中もいいとこだ。考えられない事もねぇだろ?」
打って変わって小躍りまで始めたミーに、人間組一同は、事情を飲み込めていない事もあり、やや可哀想な者を見るような目で見ていた。
 しばらく軽やかに踊っていたミーだが、そんな視線に気づくと顔を真っ赤にし、部屋の隅で三角座りしてしまった。
基本的に、シャイなのである。

「あなたたちだけで納得しちゃったみたいだけど、結局どういう事なの? ちゃんと説明してくれないかしら」
 すっかり小さくなってしまったミーに頬を緩ませながら、キュルケがクロに事情説明を求めたが、クロはクロで、腕を組んで何かを考え込んでいる。
「…もしかして、根拠がないの?」
片目だけを開けてキュルケを見、1つ溜息をつくクロ。
「状況証拠だけの推理だから、確証はねぇよ。出来過ぎてる気はすんだけどな」
「要するに、次のスヴェルの月が来るまでは、どうなるか解らないって事ね」
頷くクロ。気休めを言う事自体、クロには珍しい事なのだが、長く付き合いのあるミーが落ち込んでいる姿を見て、いたたまれないという感情もあるのだろう。
本人は自覚していないだろうが。

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 鏡の幽霊話に端を発した一連の騒動は、ようやく終結した。キュルケたちはすでに日付が変わっている事もあり。それぞれの部屋に戻って行った。
ギーシュはまだダメージが残っているらしく、足取りがおぼつかない様子だったが、クロに尻を蹴飛ばされ、ふら付きながらも慌てて退散した。
もしかすると、それを理由に、幻覚に見たモンモランシーの部屋に行こうとしていたのかも知れない。

 そしてルイズ私室には、ルイズ、クロ、ミーの、1人と2匹が残った。
「それにしてもさ、ルイズちゃんの魔法、凄かったね!」
「え?」「あン?」
それは、ミーからすれば、何の裏もない発言だった。純粋に、ゴーレムの頭をきれいに吹き飛ばしたルイズの魔法を、褒めただけなのだ。
 その意図は、ルイズには正確に伝わっていた。ミーの裏表のない言葉が、ルイズにも感じられたからだ。
 昔のルイズなら、その場で激昂していただろう。しかしミーが、ルイズが魔法を使えないという事を知らない、という事情も相まって、ルイズに精神的な余裕を与えたのだ。
 表面上はあまり感じられないが、クロを召喚してからのルイズは、少しずつではあるが、変わってきているのだ。

 しかし、クロはそうは行かなかった。持ち前の、悪魔もかくやという思考回路をフル回転させ、ミーの言葉から1つの結果に到るまでの過程を、それこそ電光石火で閃いたのだ。
悪魔も裸足で逃げ出す笑みを、顔に貼り付けるクロ。だがその顔は、ミーやルイズからは、角度の問題で見えない。これも、この後の結末を確定付ける1つの要因となった。

「でも、ボクもしばらく戻れないとなると、ジーサンバーサンがちょっと心配になってきたな…」
「…大丈夫だって。あの家、今じゃ忍者屋敷みてーになってっから、そう簡単にゃ入れねーよ…」
「そっか。それにマタタビくんも強いからねー」
 ともすれば漏れ出そうになる笑い声を噛み殺しながら、ミーに答えるクロ。
 フジ井家は様々な騒動に巻き込まれて何度も倒壊しているのだが、その度にマタタビが建て直している。その際に細工と称して、マタタビはあらゆる仕掛けを、家中に仕込んでいるのだ。
 加えて、その仕掛けを施したマタタビ自身も、生身でありながら、クロに引けをとらない実力を持っている。劣っているとすれば、生身であるが故に不死身ではない事くらいか。
 ミーによる防衛を鉄壁と例えるならば、マタタビはフジ井家の仕掛けも合わせ、要塞と例えられるだろう。

 クロが、動いた。
「そう言えばよ、オイラと契約した時のあの魔法、何てーのだっけ?」
「コントラクト・サーヴァント?」
魔法に関連した話題なので、ルイズも何ら疑惑を持つ事なく、クロに答えた。ルイズは、気づいていない。クロの顔は、平時のそれに戻っており、悪魔の笑顔は消えていたからだ。
「そうそう、それ! 初めて見た魔法ってのあったけどよ、アレが一番カッコよかったんだぜ、ミーくんにも見せてやりてーくらいにな!」
普段のクロからすれば、多少オーバーアクション気味だった。だがルイズは、ただ褒められていると勘違いし、気をよくしてしまった。
 実はルイズ、おだてにも弱いのである。

「こう、雰囲気が違うっつーか…。とにかく、ルイズが普段よりすげーカッコいいんだよ!」
「へぇ、そこまで言われると気になるなぁ。ボクにも見せて見せて!」
 魔法という未知の術に、普段にないくらい興奮しているのだろう。クロの様子がおかしい事に、ミーも気づかなかった。
むしろ、クロも同じように、魔法に興奮していると、勘違いしてしまったのだ。

「し、仕方ないわね。そこまで言うんだったら、見せてあげるわ!」
 ルイズからすれば、初めて一発で成功した魔法だ。成功という面で見ればサモン・サーヴァントもそうなのだが、こちらは成功前に5回爆発を起こしている。
その為、一発成功という点では、コントラクト・サーヴァントが初となる。その魔法が褒められ、彼女も満更ではなかった。

 浮かれるルイズと、好奇心溢れるミー。条件は、整った。

 器用に正座するミーの前に、ゆっくりと座るルイズ。杖を取り出し、目を閉じて、呪文を紡いだ。
 空気が、変わる。
「わっ、何か緊張しちゃうなぁ」
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ…」
気分がよかった事もあり、前回よりやや荘厳な口調のルイズ。どこか先程までと違う空気に、ミーは少々、体が硬直していた。

 クロは、このタイミングを待っていた。最初は成功でも失敗でも、どちらでもよかった。
どちらにせよ後のフォローが少し面倒かも知れないが、楽しい事になるのは間違いないと。
 しかし、ルイズの詠唱が始まった瞬間、クロは理屈ではなく、感覚で確信した。
 成功する、と。
 どういうワケか、クロ自身にもまるで解らないが、同時に、より楽しい方向に転がると理解し、もはや完全にブレーキは消えたのだった。

 こっそりとルイズの後頭部に手を伸ばすクロ。あらかじめミーからは、ルイズの陰になって見えにくい位置に陣取っていたので、多少位置取りを変えても、怪しまれる心配はない。
 まだ、あの感覚は消えていない。ならば、やるなら今しかない。

 クロは満面の笑みを浮かべながら、ルイズの頭を、ミーに向けて押し出した。

「「!?」」
 しっかりと、しかしゆっくり合わさった、ルイズとミーの唇。正確には、ミーにはクロのような、口に該当する箇所がない為、おおよそ口と思われる辺りに。
ゆっくり合わさったのは、悪魔の思考回路の奥にある、クロの優しさゆえか。
 口付けと同時に目を見開くルイズとミー。そして即座に、2人してその場から跳び退いた。
「コイツはさすがにちょっとエグくねぇかい? 相棒よぉ…」
今更のようにツッコむデルフだったが、その声には力がない。デルフも口調の通り少々荒っぽい性格だが、それでもクロの傍若無人ぶりには、周囲の人間への同情の念を禁じえないのだろう。

「な、ななな、なな何するのよこのバカ猫!!」
「何って、なぁ?」
 透き通るような白い肌を、燃え盛る炎のように真っ赤に染め上げたルイズが、目を吊り上げて怒鳴りつけるが、クロは一切、悪びれた様子を見せない。
「事故だよ事故、ちょっと手が滑っちまった」
手をひらひらとさせるクロに、さらに怒りのボルテージを上げるルイズ。

 そんなルイズとは対照的に、ミーは限界まで落ち込んでいた。
「セカンドキスも取られちゃった…」
最早不幸のどん底といった様相を呈している。
 ちなみに1回目は、生物学上同性であるコタローから、「メス」「押忍」「キス」という、くだらないにも程がある3段ギャグの締めで奪われている。
 2回目である今回は、一応異性ではあったが、前回同様人間が相手である。つくづくキス運のないミーであった。  
 しかし、ミーの絶望は、長くは続かなかった。
 ミーの左手、そして全身から、白い煙が立ち昇る。そして――
「な、何だ…うわァァァァァァァァッ!?」
それは、クロとの契約をそのままなぞったかのようだった。左手を押さえ、その場で暴れるミーに、ルイズは怒りも忘れ、駆け寄った。
「な、何でコントラクト・サーヴァントが成立してるのよ!」

 この状況は、ルイズには予想外だった。メイジの使い魔は、ただ1匹のみのはずである。現にルイズも、クロという使い魔を、すでに従えているのだ。
 だが、しかし。ミーはこうして、明らかにコントラクト・サーヴァントが原因と思われる激痛に苦しんでいる。
 事ここまで進んでしまうと、最早誰にも止められない。ルイズはただただ、ミーをかき抱く事しか出来なかった。

 ルイズの腕の中でもがいていたミーだったが、煙が薄まると共に、ゆっくりとその動きを鎮めていった。そして、完全に煙が立ち消えた頃には、部屋にはミーの、荒い呼吸音だけが残った。
「もう、痛くない?」
ルイズが優しく聞くと、ミーはコクリと頷いた。その様子に安堵したルイズだが、そこではたと気付き、ミーの身体を検め始めた。そして、その手がミーの左手に伸びたところで、動きが止まる。
「ルーンが…刻まれてる…」
 ミーの左手の甲には、ルーンが刻まれていた。クロと全く同じ位置に。
「ちょっとクロ、左手見せてみなさい!」
肯定も否定も許さない勢いで、クロの左手を掴み、ミーの左手の横に並べさせて、そのルーンを比べてみる。
 両者のルーンは、完全に一致していた。

「使い魔が…2匹…?」
 見た事も聞いた事もない状況に、頭の中が真っ白になったルイズ。メイジ1人に使い魔が2匹いるなど、それこそ前代未聞なのだ。
 呆然とするルイズだったが、次の瞬間、脱兎のごとく駆け出し、本棚に並べてある、ある本を取り出した。それは、先刻タバサが読んでいた、コモン・マジックについての書物。
「アンタたち、ちょっとここで大人しくしてなさい! ミス・タバサの所に行って来るわ!」
声をかける間もなく、乱暴にドアを開けて出て行くルイズ。その背中を黙って見送っていたクロとミーだったが、クロは即座にその場に座り込み、工具箱とガラクタのうちの1つ、テレビを手元に引き寄せた。
「あんにゃろ、思いっきり締め上げやがって…。今度会ったら、タダじゃ置かねーぞ…」
 工具箱を開け、その中からドライバーを取り出すクロ。先程のメンテナンスの続きのようだ。

 一方、先程から沈黙を守ってきたミーだが、ここでようやく、口を開いた。
「クロぉ…」
静かな、しかし明らかに怒気を含む声。
「お前ってヤツはぁ…」
「あン? 別にいいじゃねーか、どうせしばらく帰れねーんだし。少しはオメーも楽しめよ」
あっけらかんと答えるクロ。ここで、ミーの怒りが、爆発した。

「どーすんだよこれ! 思いっきり傷物になっちゃったじゃないか!!」
 腹部のハッチを開き、中から武器を取り出すミー。右手にはミー専用のなんでも斬れる剣、左手にはガトリング砲。完全に、戦闘モードだ。
「お前の事だから、面白半分でこんな事したんだろ! 痛かったんだからなぁ!!」
「落ち着けってミーくん。この世界で楽しむ、お膳立てしてやっただけじゃねーか」
全く悪びれた様子のないクロ。そんなクロに、ミーは怒りのまま、右手のなんでも斬れる剣を振り下ろした。
「危ねッ!?」
電光石火で腹部ハッチから剣を取り出したクロだったが、それでも多少慌てていたのか、抜き放ったのは、なんでも斬れる剣の隣に収納してあった、デルフだった。

「痛ェ! 何だよその剣、マジで痛ぇぞ!?」
 ミーの斬撃をしっかりと受け止めたデルフが、悲鳴を上げた。
「気ィ引き締めろよデルフ、油断したらバッサリやられるぜ?」
「俺にどうしろってんだよォ!?」
剣ゆえに、どう気を引き締めればいいのか、まるで解らないデルフの嘆きを無視し、クロも対抗して、左手にガトリング砲を装着した。
「やりやがったなミーくん、面白ェ! 相手になってやるぜぇ!!」
 弾丸のごとくミーへ向かって跳び、連続で剣を振るうクロ。その勢いに、後退しながらも剣を繰り出し、応じるミー。
 クロに押され、ミーはドアを背中で開けた。ちなみに、寮塔の部屋のドアは内開きの為、クロの突進に押されたミーによって、開けると言うより、ブチ破られる事となった。

 ルイズ私室の真向かいの部屋。そこで床に就く準備をしていたキュルケは、突然凄まじい勢いで開け放たれたドアに、思わず飛び上がった。
「きゃっ! な、何なのよいきなり!?」
見る者を魅了する、悩ましいネグリジェ姿だったキュルケは、力自慢な生徒による夜這いかと一瞬期待したが、そこに筋骨隆々な生徒はおらず、代わりに2匹の猫が、両手に武器を持って部屋を突っ切って行った。
そして、衰える事のない速度のまま、ドアの向かいにある窓ガラスをブチ割り、2匹仲良く、アウストリの広場へ落下していった。

「元気ねぇ、猫ちゃんたち…さて、と」
 夜も遅いというのにやたら元気なクロとミーに、微笑ましさを感じつつ、キュルケは自前の杖を取り出した。
 さて、『錬金』するにも、素材となる破片類は、遥か下方。この完全に割れた窓ガラスを、どうしてくれようかと、キュルケは思案するのであった。


 アウストリの広場に、鮮やかに着地したクロとミー。互いに一旦跳び退り、距離を取る。
「もうちょっと考えて行動しろよ、オレも怒るぞ!」
「もうしっかりきっちり怒ってるじゃねーか!」
同時に駆け出し、剣を交える2匹。
 ここに、第一次ガンダールヴ大戦が、幕を開けた。

 なぎ倒され、切り倒される樹木。切り裂かれ、大穴が空けられる壁。吹き飛ぶ睡眠中の生徒たち。何が起きたのかも解らぬまま、彼らは睡眠から、気絶へと移行していった。
 使い魔たちの眠る宿舎も、てんやわんやの大騒ぎとなった。ガトリング砲の発砲音や、学院施設が破壊されていく轟音に刺激され、一斉に暴れだしたのだ。
空を飛べる種族は天井を突き破ってどこかへ飛んで行き、小型の使い魔は大型の使い魔に飲み込まれ、まさに阿鼻叫喚の様相を呈している。
 そしてそんな中、
「待て待て待て待て相棒、待て相棒! これ以上は無理、折れる、折れるってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 …轟くデルフの悲鳴。

 たった2匹のネコ(型サイボーグ)によって、深夜の学院は、壊滅の危機を迎えたのだった。



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