噂話を聞いた。
アルビオンの港が、僅か十数名のゲルマニアの部隊によって奪取されたという話だ。
大半の人々が眉唾物だと一蹴したが、現実としてその日の前後にアルビオン関係の物流が滞っており、情報の確認が急がれていた。
もちろん、スコール達にはその事が真実であるとよくわかっていたが。
「サイファーが一人で先行突入。敵の大半を排除した上で旧帝国派の司令部を制圧すると共に司令官を人質にし、本隊が揚陸。というところだろうな。
元々、アルビオンでは擬似魔法もあまり流布されていない。従来のハルケギニア型の部隊しか持てない帝国派では無理からぬ事だろうが……」
蕩々とおそらくサイファーがとったであろう戦術をスコールは口にする。
ガリア紛争終結からおおよそ一月。フルオーダーメイドの新しいジャケットを、注文できる服飾屋を見つけるのに二週間、実際の作成にもう二週間以上掛かってしまっていた。
ようやく完成したという知らせを聞いて、その服飾屋が居るというガリアの地方都市に足を運んでいた。噂話はそんなところで耳にしたものだ。
「そのまま一気呵成に建国、というところか」
「……もう少し嫌そうな反応をすると思ったが」
割と淡々としているアニエスにスコールは意外そうな目を向ける。
「ん……まぁ、今のゲルマニアはもちろん嫌いだ。ティファニアも……正直まだ私の中で整理できていない。だが、マチルダはそう嫌いじゃない」
一番近い単語はシンパシーだろう。権力に翻弄され、辛酸を舐めた末に異界からの旅人に出会い、人生が一変した。メイジと非メイジの違いこそあれ、似ているのかも知れなかった。
「っと――あれだったか」
目的としていた服屋を見つけ、歩を向ける。
元々王都で開いていたこの店は、先の紛争時にリュティスを逃げてそのままここで営業を続けていたらしい。元々は王室御用達だったとかで、成る程、出てきたジャケットは上等なしつらえだ。
完成品は元々スコールが着ていたジャケットとは違い、襟のファーはなくなり半袖になっていた。それに袖を通し、実際に体を動かして引っかかりが無いかいくらか体を動かす。手を入れ直す必要はないと判断して、残りの代金も支払い、店を出たところで
「居ました!あの者たちです!」
鋭い声が響く。すわ何事かと見た先では、見覚えのあるメイジが杖をこちらに向けていた。
「あれは……」
「アンリエッタ前女王!奴ら、ガリアにまで来たのか!?」
トリステインに居たときに、ティファニアを目標として仕掛けてきたのはまだ記憶に新しい。だが、国境を越えての軍事行動など、正気の沙汰ではない。
「虚無を殺した重罪人を討ちなさい!」
(虚無?)
アンリエッタの号令により、雄叫びを上げながらトリスタニアで見た覚えのある顔が多くいる傭兵達が襲い来る。
「勇名を馳せたお前もここまでだぜ!」
「悪いな、レオン!死んでくれやぁっ!」
(虚無、ジョゼフの事か?)
ライオンハートを抜き放ち、振り下ろされる斧より先に切っ先を奔らせる。
「レオンを庇うならお前も道連れだごはぁっ!」
「お前は前々から女のくせに気にぐふぅっ!」
「フンっ!ブリザド!……虚無殺しは判るが、それで何故レオンハートを狙う!狙うなら雇い主であるシャルロット女王だろう!」
「言うだけ無駄だ、アニエス!」
剣を抜いて迎撃を始めるアニエスに、乱戦の怒号の中でスコールが声をかける。
「あんな大きな内乱で、雇い主が居ることを知らないはずもない!これはただ単に俺達を討つための口実に過ぎない!こいつらの……あの女の目的は俺の首そのものだ!」
薄々、前回の行動から気づいてはいたことだ。
一年弱前、魔法学院でルイズ現女王に再会したとき、彼女が突っかかってきた用件は何だったのか。そして彼女とアンリエッタの仲の良さ。それらを併せれば導き出される答えは一つだ。
「何!?ファイガ!何故!」
「一年前!彼女の誘拐事件の折りにウェールズ皇太子を俺が始末しただろう!」
「……ああ!サンダガ!」
僅かに間をおき、リッシュモンの一件かとアニエスも合点する。
「その一件で俺を恨んでいるようだ!」
「あれは……例の指輪で復活していた単なる操り人形だろう!トルネド!」
「それでも良いんだろう、そんなものでも生きていてくれれば!沈めぇっ!」
「そんなもの、クエイクっ!生きていると言えるものかっ!」
叫び合い、舞うように戦い続け、日中町中の道一つを血まみれにさせ、気づけば挑もうとする傭兵はもう居なくなっていた。
「どうしたのです!?早くあの男を討ち取りなさい!」
アンリエッタはそう叱咤するが、残っている傭兵達は互いに軽く目配せしつつ遠巻きに囲むだけだ。
その囲みの中で、
「ドロー ケアル」
「G.F.リヴァイアサン アビリティ『かいふく』」
細々した傷も治して、完全に無傷の男女が立っていた。
「一応今までは、これでも手加減したつもりだ。だがこれ以上かかってくるなら面倒だ。直接首を撥ねにいくぞ」
もちろんスコールの言葉は単なる脅しだが、既に何名か倒れた連中の中には事切れている者もおり、十分な効果を発揮した。
「逃げるなら追いはしない。そちらも傭われの身だろう」
スコールの言葉を受け、悔しげな顔をしつつ三々五々に傭兵達は散っていった。
「お、お待ちなさい!あの男を討てば、富も名声も思いのままなのですよ!?」
声高に称えて傭兵達を引き留めようとするが、誰もアンリエッタの言葉に耳を貸さずにその場を去った。誰だって、自分の命が惜しい。
「くっ……役に立たない……!」
「アンリエッタ様、ここは一度……」
悪態を突いている間にも事態は動く。直援についていた騎士の一人が撤退を進言するより先にスコールの方が近づいてきた。
「下がれ下郎!下がらねば……!」
風のトライアングル以上なのだろう。スコールに向けられた杖からは雷光が発せられるが、それをモノともせずにスコールは歩を進めつつライオンハートを鞘に収める。
「う……!」
慌てて他のメイジ達も杖を向けて一斉に魔法を浴びせかけるが、その大半が傷を付ける事が叶わない。
「退けぇ!」
あと5歩まで来たときに騎士の一人がブレイドをかけた杖を振りかざし、斬りかかってくるが、スコールは杖を握った右手に左のジャブを一発。間髪置かずに顔面へカウンターの右ストレートを叩き込んで沈める。
死んではいないと思うが、右手と鼻は骨折しているだろう。
「っ……!殺すのなら殺せばいいわ!ウェールズ様と同じくに!」
アンリエッタとスコールの距離があと2歩にまで迫ったところでアンリエッタが騎士達の影からそう言ったが、スコールはそこで歩みを止めた。
「あんたの命なんて要りはしない。だが聞きたいことはある。
ここはガリアだ。あんたが元女王と言ったって、それはトリステインだから意味のある話。何でここで軍事行動が取れる」
正直に答えてくれるとは思えなかったのだが、フッと憐れむような目を向けてアンリエッタは語り出した。
「前ガリア王は虚無だった。ゲルマニアで邪教が広がるブリミル教の危機の時、王を手にかけた異端者はお前だわ。お前を討つために動いている私に、教皇猊下は免状を下さったのよ!」
「バカな!?そのゲルマニアに裏から手を回していたのは当のジョゼフではないか!異端者というのならあいつこそだ!」
(……或いはあの男……自分が討たれることで、ブリミル教徒全てが敵に回るように仕向けたのか?)
あの空虚な高笑いが耳に入った気がした。
「さぁ、虚無の王を殺めた刃で、今度は私を切りなさい!今度はルイズが、トリステインの全てがお前を狙うわ!」
高らかに宣う言葉の途中で、スコールはアンリエッタと付き添いの騎士の隣を素通りし、アニエスも剣を鞘に収めてそれに続く。
「どこに行くつもりです!?」
「別にあんたを斬るように依頼を受けた訳でもない。斬ったところで、あんたの言うとおり敵が増えるだけだ。そしてあんたを放置していたとしても、俺にとっての驚異にはなり得ない。あんたを斬って、俺の得になることなど何一つ有りはしない」
振り向きもせず、歩みを弛めることもなく言い放ちそのまま通り過ぎる。
「待ちな――」
「アンリエッタ様、お待ち下さい!」
(妙だな……)
後ろで交わされている会話は意識の外で、思考に没頭する。
「レオン?」
「アニエス」
どうかしたのかと声をかけてくる相棒に、尋ねる。
「ロマリアの教皇からガリア女王へ何らかの制裁が下されたという話を聞いたことがあるか?」
「いや……言われてみれば……」
「もし虚無を殺したことを咎めるのなら、俺達は元より現在のガリアだって只じゃ済まない。もし女王が破門でもされれば、ガリアそのものの統治にも影響を及ぼす筈だ」
それを咎められていないと言うことは、何か政治的な取り決めが交わされたのか?
(虚無……虚無……元々ロマリア教皇庁には思い通りになる虚無が一人いた。ルイズ女王だ。
擬似魔法がゲルマニアからトリステインに向いたときには彼女を差し向けて、ゲルマニアの艦隊を葬って見せた。
……なら、俺達に対しても、目障りとなれば虚無をぶつければいいと思っていたとしたら……。
そして今回の一件で、虚無では俺達に対処しきれないと気づいて、焦って潰しに来ているのだとしたら……)
仮定の上に仮定を重ねた推測に過ぎないが、スコールには矛盾のない理屈だと思えた。
ただ、この思考には決定的に欠けているピースがあったのだ。スコールにとっては4人目となる虚無の存在が。
アルビオンの港が、僅か十数名のゲルマニアの部隊によって奪取されたという話だ。
大半の人々が眉唾物だと一蹴したが、現実としてその日の前後にアルビオン関係の物流が滞っており、情報の確認が急がれていた。
もちろん、スコール達にはその事が真実であるとよくわかっていたが。
「サイファーが一人で先行突入。敵の大半を排除した上で旧帝国派の司令部を制圧すると共に司令官を人質にし、本隊が揚陸。というところだろうな。
元々、アルビオンでは擬似魔法もあまり流布されていない。従来のハルケギニア型の部隊しか持てない帝国派では無理からぬ事だろうが……」
蕩々とおそらくサイファーがとったであろう戦術をスコールは口にする。
ガリア紛争終結からおおよそ一月。フルオーダーメイドの新しいジャケットを、注文できる服飾屋を見つけるのに二週間、実際の作成にもう二週間以上掛かってしまっていた。
ようやく完成したという知らせを聞いて、その服飾屋が居るというガリアの地方都市に足を運んでいた。噂話はそんなところで耳にしたものだ。
「そのまま一気呵成に建国、というところか」
「……もう少し嫌そうな反応をすると思ったが」
割と淡々としているアニエスにスコールは意外そうな目を向ける。
「ん……まぁ、今のゲルマニアはもちろん嫌いだ。ティファニアも……正直まだ私の中で整理できていない。だが、マチルダはそう嫌いじゃない」
一番近い単語はシンパシーだろう。権力に翻弄され、辛酸を舐めた末に異界からの旅人に出会い、人生が一変した。メイジと非メイジの違いこそあれ、似ているのかも知れなかった。
「っと――あれだったか」
目的としていた服屋を見つけ、歩を向ける。
元々王都で開いていたこの店は、先の紛争時にリュティスを逃げてそのままここで営業を続けていたらしい。元々は王室御用達だったとかで、成る程、出てきたジャケットは上等なしつらえだ。
完成品は元々スコールが着ていたジャケットとは違い、襟のファーはなくなり半袖になっていた。それに袖を通し、実際に体を動かして引っかかりが無いかいくらか体を動かす。手を入れ直す必要はないと判断して、残りの代金も支払い、店を出たところで
「居ました!あの者たちです!」
鋭い声が響く。すわ何事かと見た先では、見覚えのあるメイジが杖をこちらに向けていた。
「あれは……」
「アンリエッタ前女王!奴ら、ガリアにまで来たのか!?」
トリステインに居たときに、ティファニアを目標として仕掛けてきたのはまだ記憶に新しい。だが、国境を越えての軍事行動など、正気の沙汰ではない。
「虚無を殺した重罪人を討ちなさい!」
(虚無?)
アンリエッタの号令により、雄叫びを上げながらトリスタニアで見た覚えのある顔が多くいる傭兵達が襲い来る。
「勇名を馳せたお前もここまでだぜ!」
「悪いな、レオン!死んでくれやぁっ!」
(虚無、ジョゼフの事か?)
ライオンハートを抜き放ち、振り下ろされる斧より先に切っ先を奔らせる。
「レオンを庇うならお前も道連れだごはぁっ!」
「お前は前々から女のくせに気にぐふぅっ!」
「フンっ!ブリザド!……虚無殺しは判るが、それで何故レオンハートを狙う!狙うなら雇い主であるシャルロット女王だろう!」
「言うだけ無駄だ、アニエス!」
剣を抜いて迎撃を始めるアニエスに、乱戦の怒号の中でスコールが声をかける。
「あんな大きな内乱で、雇い主が居ることを知らないはずもない!これはただ単に俺達を討つための口実に過ぎない!こいつらの……あの女の目的は俺の首そのものだ!」
薄々、前回の行動から気づいてはいたことだ。
一年弱前、魔法学院でルイズ現女王に再会したとき、彼女が突っかかってきた用件は何だったのか。そして彼女とアンリエッタの仲の良さ。それらを併せれば導き出される答えは一つだ。
「何!?ファイガ!何故!」
「一年前!彼女の誘拐事件の折りにウェールズ皇太子を俺が始末しただろう!」
「……ああ!サンダガ!」
僅かに間をおき、リッシュモンの一件かとアニエスも合点する。
「その一件で俺を恨んでいるようだ!」
「あれは……例の指輪で復活していた単なる操り人形だろう!トルネド!」
「それでも良いんだろう、そんなものでも生きていてくれれば!沈めぇっ!」
「そんなもの、クエイクっ!生きていると言えるものかっ!」
叫び合い、舞うように戦い続け、日中町中の道一つを血まみれにさせ、気づけば挑もうとする傭兵はもう居なくなっていた。
「どうしたのです!?早くあの男を討ち取りなさい!」
アンリエッタはそう叱咤するが、残っている傭兵達は互いに軽く目配せしつつ遠巻きに囲むだけだ。
その囲みの中で、
「ドロー ケアル」
「G.F.リヴァイアサン アビリティ『かいふく』」
細々した傷も治して、完全に無傷の男女が立っていた。
「一応今までは、これでも手加減したつもりだ。だがこれ以上かかってくるなら面倒だ。直接首を撥ねにいくぞ」
もちろんスコールの言葉は単なる脅しだが、既に何名か倒れた連中の中には事切れている者もおり、十分な効果を発揮した。
「逃げるなら追いはしない。そちらも傭われの身だろう」
スコールの言葉を受け、悔しげな顔をしつつ三々五々に傭兵達は散っていった。
「お、お待ちなさい!あの男を討てば、富も名声も思いのままなのですよ!?」
声高に称えて傭兵達を引き留めようとするが、誰もアンリエッタの言葉に耳を貸さずにその場を去った。誰だって、自分の命が惜しい。
「くっ……役に立たない……!」
「アンリエッタ様、ここは一度……」
悪態を突いている間にも事態は動く。直援についていた騎士の一人が撤退を進言するより先にスコールの方が近づいてきた。
「下がれ下郎!下がらねば……!」
風のトライアングル以上なのだろう。スコールに向けられた杖からは雷光が発せられるが、それをモノともせずにスコールは歩を進めつつライオンハートを鞘に収める。
「う……!」
慌てて他のメイジ達も杖を向けて一斉に魔法を浴びせかけるが、その大半が傷を付ける事が叶わない。
「退けぇ!」
あと5歩まで来たときに騎士の一人がブレイドをかけた杖を振りかざし、斬りかかってくるが、スコールは杖を握った右手に左のジャブを一発。間髪置かずに顔面へカウンターの右ストレートを叩き込んで沈める。
死んではいないと思うが、右手と鼻は骨折しているだろう。
「っ……!殺すのなら殺せばいいわ!ウェールズ様と同じくに!」
アンリエッタとスコールの距離があと2歩にまで迫ったところでアンリエッタが騎士達の影からそう言ったが、スコールはそこで歩みを止めた。
「あんたの命なんて要りはしない。だが聞きたいことはある。
ここはガリアだ。あんたが元女王と言ったって、それはトリステインだから意味のある話。何でここで軍事行動が取れる」
正直に答えてくれるとは思えなかったのだが、フッと憐れむような目を向けてアンリエッタは語り出した。
「前ガリア王は虚無だった。ゲルマニアで邪教が広がるブリミル教の危機の時、王を手にかけた異端者はお前だわ。お前を討つために動いている私に、教皇猊下は免状を下さったのよ!」
「バカな!?そのゲルマニアに裏から手を回していたのは当のジョゼフではないか!異端者というのならあいつこそだ!」
(……或いはあの男……自分が討たれることで、ブリミル教徒全てが敵に回るように仕向けたのか?)
あの空虚な高笑いが耳に入った気がした。
「さぁ、虚無の王を殺めた刃で、今度は私を切りなさい!今度はルイズが、トリステインの全てがお前を狙うわ!」
高らかに宣う言葉の途中で、スコールはアンリエッタと付き添いの騎士の隣を素通りし、アニエスも剣を鞘に収めてそれに続く。
「どこに行くつもりです!?」
「別にあんたを斬るように依頼を受けた訳でもない。斬ったところで、あんたの言うとおり敵が増えるだけだ。そしてあんたを放置していたとしても、俺にとっての驚異にはなり得ない。あんたを斬って、俺の得になることなど何一つ有りはしない」
振り向きもせず、歩みを弛めることもなく言い放ちそのまま通り過ぎる。
「待ちな――」
「アンリエッタ様、お待ち下さい!」
(妙だな……)
後ろで交わされている会話は意識の外で、思考に没頭する。
「レオン?」
「アニエス」
どうかしたのかと声をかけてくる相棒に、尋ねる。
「ロマリアの教皇からガリア女王へ何らかの制裁が下されたという話を聞いたことがあるか?」
「いや……言われてみれば……」
「もし虚無を殺したことを咎めるのなら、俺達は元より現在のガリアだって只じゃ済まない。もし女王が破門でもされれば、ガリアそのものの統治にも影響を及ぼす筈だ」
それを咎められていないと言うことは、何か政治的な取り決めが交わされたのか?
(虚無……虚無……元々ロマリア教皇庁には思い通りになる虚無が一人いた。ルイズ女王だ。
擬似魔法がゲルマニアからトリステインに向いたときには彼女を差し向けて、ゲルマニアの艦隊を葬って見せた。
……なら、俺達に対しても、目障りとなれば虚無をぶつければいいと思っていたとしたら……。
そして今回の一件で、虚無では俺達に対処しきれないと気づいて、焦って潰しに来ているのだとしたら……)
仮定の上に仮定を重ねた推測に過ぎないが、スコールには矛盾のない理屈だと思えた。
ただ、この思考には決定的に欠けているピースがあったのだ。スコールにとっては4人目となる虚無の存在が。
慌ててラグナロクに戻ってきたのは、自分たちが襲撃を受けたからだし、ラグナロクの周りに死屍累々と転がっている傭兵達を見れば、搦め手としてこちらも狙われたのだろう事は想像するまでもなかった。
「委員長、お客さんだよ」
ラグナロクの影で、血まみれのダーツを綺麗に磨きながら、ジョーカーが言った。敵の迎撃をしてくれたのだろう。ひとまずそちらの労をねぎらってから、客に向かった。
「敵の迎撃ご苦労。客か……」
「傭兵SeeD!」
こちらに向かってくる男のメイジは確かガリアのカステルモールと言ったか。その少し後に元ゲルマニア貴族のツェルプストー嬢に風韻竜のシルフィードの姿も見えた。だが、この面々の中にあって明らかに足りないのは、ガリア女王だ。
(何かあったのは確実か)
必死に事情を訴えるカステルモールとシルフィードだが、この一人と一頭は些か感情的になりすぎている部分があって、ツェルプストーの補助を必要としていた。
事の始まりは、非公式の女王のロマリアへの訪問だった。
やはり虚無を殺めたことについて何もお咎めがなかったわけではないらしい。申し開きの機会を与えるということで向かったのだが。
「ああ……やはり無理にでもお止めしておけば良かったのだ!教皇庁の者など気を許してはいけないと!」
「どういう事だ」
ブリミル教徒であるアニエスが、カステルモールの言葉に顔をしかめる。
「あの者達は知っていたのだ!かの無能王がゲルマニアへ何をしていたのかを!それを知っていて放置していたというのに、何を虚無を殺めたことに対する訴追だ!」
「馬鹿な、教皇猊下がそのようなことを……!」
「している!改めて無能王の元にいた者たちを処断しようと追跡調査をしたところ、教皇庁側の間者が紛れ込んでいたのだ!」
話が続かなくなりそうだったのでスコールが纏める。
「そのロマリア訪問から戻ってきたところ……」
「そう!お姉様がお姉様じゃなくなっていたのね!」
シルフィードが必死に訴える。何でも身に纏っている風が違ったのだとか。
(まさに雲を掴むような話だな……)
「それで、タバサ……いえ、シャルロットの偽物に気づいたシルフィードが、数少ない話せることを知っている私に助けを求めてきて、私は私で、前々からのシャルロットの味方だったカステルモール卿に事情を確かめようとしたわけ」
「ツェルプストー嬢は女王の本人確認は?」
「会ってもくれなかったわ。確かに、最後は喧嘩別れだったけど、こっちは正式に手順を踏んで謁見を申し込んだんだけどね」
(本物の直接の友人には見破られる可能性もあると、会うのを避けたか)
がっくりとカステルモールは項垂れた。
「情けない……主人に最も近しい存在である使い魔とはいえ、シルフィードに気づけたことに私が気づけなかったとは」
「それだけそっくりだったんでしょう。ならば……」
「いや、兆候はあったのだ」
スコールのフォローに暗い表情で否を告げる。
「ロマリアから戻ってきてすぐに、偽の陛下はゲルマニアに対する奪還作戦を準備し始めて……財政は逼迫しているというのに何故に強行するのかと私は問いかけた。
政治的取引であり、これによって虚無殺しを不問に付するという言葉にあっさりと騙されてしまった……。陛下は!例え卑劣なる異端の反乱者共とはいえ、援助された義理のある者に刃を向けるようなお人ではないというのに!」
(異教徒の前で言う言葉じゃないな)
そう思いつつ、最近長くなってきた髪を掻き上げるように首筋を撫でる。
「お前達のこの状況を見て尚確信を深めた!」
と、大地に転がる傭兵達の死体を指し示す。
「陛下はお前達に絶対に手出ししないよう厳命していたのだ!お前達を敵に回すことは国を潰すことも同じだと!そんな陛下が、他国からの介入で、教皇の免状があるとはいえ、敵に回すようなことをするはずがない!」
それまでぼーっと聞いていたジョーカーがひょいと手を挙げる。
「あのさ、キュルケさん?別に女王が偽物だとしても、君としては問題ないんじゃないの?」
「何ですって……?」
怒りを表情に滲ませながら、キュルケがジョーカーを睨む。
「だって、今のゲルマニアを倒そうっていうんだろ、君の祖国も取り戻してくれるだろ」
ジョーカーの指摘に一瞬怒りの目を見開くが、ふぅっとため息一つで余裕のある表情に戻る。
「そうね、確かにそれはそうかも知れないわ。でも、私とあの子は友人なのよ。偽物にすり替えられていると言うことは、本物は他のどこかに監禁されている可能性が高いでしょう。それを見て見ぬふりをするだなんて論外だわ」
そこまで話が進んだとき、今度はスコールの方がシルフィードへ尋ねる。
「監禁だけならまだ良いが……当の彼女はまだ生きているのか?」
「そ、それは大丈夫なのね!まだシルフィに、お姉様との契約のルーンがのこっているのね!」
ぎくりとするような内容を指摘され、必死に肯定するシルフィード。主が死んでしまうなど、考えたくはなかった。
「ならば囚われているのは?」
「残念ながら場所は判らない……だがやはり一番可能性があるのは」
「ロマリア教皇庁か……」
ちらりと横を見ると、未だ動揺しているアニエスの顔があった。
「……女王救出の依頼、傭兵部隊SeeDが受ける」
「おお、ありがたい!」
今度は視線をジョーカーに向ける。
「ジョーカー」
「ん」
「ロマリア教皇庁の偵察を。本物の女王の所在が判り次第、可能であれば救出を。不可能であれば偵察の帰還後に改めて奪還作戦を立案する」
命令を受けて、ジョーカーはもたれていた装甲から離れて直立する。
「ふぅ、無茶言うなぁ。教皇庁って一言で言っても広いんだぜ……了解。偵察任務に当たり、G.F.ディアボロスのジャンクションを希望する」
「要望を承認。ついでにサボテンダーも持って行け。役に立つだろ」
「夜陰に乗じて上空から突入したい。ラグナロクでの空輸を希望」
「承認。期間は?」
「三日、かな。それだけあれば女王も見つけられる」
深めに被ったニット帽の下で、ジョーカーが笑った。
「委員長、お客さんだよ」
ラグナロクの影で、血まみれのダーツを綺麗に磨きながら、ジョーカーが言った。敵の迎撃をしてくれたのだろう。ひとまずそちらの労をねぎらってから、客に向かった。
「敵の迎撃ご苦労。客か……」
「傭兵SeeD!」
こちらに向かってくる男のメイジは確かガリアのカステルモールと言ったか。その少し後に元ゲルマニア貴族のツェルプストー嬢に風韻竜のシルフィードの姿も見えた。だが、この面々の中にあって明らかに足りないのは、ガリア女王だ。
(何かあったのは確実か)
必死に事情を訴えるカステルモールとシルフィードだが、この一人と一頭は些か感情的になりすぎている部分があって、ツェルプストーの補助を必要としていた。
事の始まりは、非公式の女王のロマリアへの訪問だった。
やはり虚無を殺めたことについて何もお咎めがなかったわけではないらしい。申し開きの機会を与えるということで向かったのだが。
「ああ……やはり無理にでもお止めしておけば良かったのだ!教皇庁の者など気を許してはいけないと!」
「どういう事だ」
ブリミル教徒であるアニエスが、カステルモールの言葉に顔をしかめる。
「あの者達は知っていたのだ!かの無能王がゲルマニアへ何をしていたのかを!それを知っていて放置していたというのに、何を虚無を殺めたことに対する訴追だ!」
「馬鹿な、教皇猊下がそのようなことを……!」
「している!改めて無能王の元にいた者たちを処断しようと追跡調査をしたところ、教皇庁側の間者が紛れ込んでいたのだ!」
話が続かなくなりそうだったのでスコールが纏める。
「そのロマリア訪問から戻ってきたところ……」
「そう!お姉様がお姉様じゃなくなっていたのね!」
シルフィードが必死に訴える。何でも身に纏っている風が違ったのだとか。
(まさに雲を掴むような話だな……)
「それで、タバサ……いえ、シャルロットの偽物に気づいたシルフィードが、数少ない話せることを知っている私に助けを求めてきて、私は私で、前々からのシャルロットの味方だったカステルモール卿に事情を確かめようとしたわけ」
「ツェルプストー嬢は女王の本人確認は?」
「会ってもくれなかったわ。確かに、最後は喧嘩別れだったけど、こっちは正式に手順を踏んで謁見を申し込んだんだけどね」
(本物の直接の友人には見破られる可能性もあると、会うのを避けたか)
がっくりとカステルモールは項垂れた。
「情けない……主人に最も近しい存在である使い魔とはいえ、シルフィードに気づけたことに私が気づけなかったとは」
「それだけそっくりだったんでしょう。ならば……」
「いや、兆候はあったのだ」
スコールのフォローに暗い表情で否を告げる。
「ロマリアから戻ってきてすぐに、偽の陛下はゲルマニアに対する奪還作戦を準備し始めて……財政は逼迫しているというのに何故に強行するのかと私は問いかけた。
政治的取引であり、これによって虚無殺しを不問に付するという言葉にあっさりと騙されてしまった……。陛下は!例え卑劣なる異端の反乱者共とはいえ、援助された義理のある者に刃を向けるようなお人ではないというのに!」
(異教徒の前で言う言葉じゃないな)
そう思いつつ、最近長くなってきた髪を掻き上げるように首筋を撫でる。
「お前達のこの状況を見て尚確信を深めた!」
と、大地に転がる傭兵達の死体を指し示す。
「陛下はお前達に絶対に手出ししないよう厳命していたのだ!お前達を敵に回すことは国を潰すことも同じだと!そんな陛下が、他国からの介入で、教皇の免状があるとはいえ、敵に回すようなことをするはずがない!」
それまでぼーっと聞いていたジョーカーがひょいと手を挙げる。
「あのさ、キュルケさん?別に女王が偽物だとしても、君としては問題ないんじゃないの?」
「何ですって……?」
怒りを表情に滲ませながら、キュルケがジョーカーを睨む。
「だって、今のゲルマニアを倒そうっていうんだろ、君の祖国も取り戻してくれるだろ」
ジョーカーの指摘に一瞬怒りの目を見開くが、ふぅっとため息一つで余裕のある表情に戻る。
「そうね、確かにそれはそうかも知れないわ。でも、私とあの子は友人なのよ。偽物にすり替えられていると言うことは、本物は他のどこかに監禁されている可能性が高いでしょう。それを見て見ぬふりをするだなんて論外だわ」
そこまで話が進んだとき、今度はスコールの方がシルフィードへ尋ねる。
「監禁だけならまだ良いが……当の彼女はまだ生きているのか?」
「そ、それは大丈夫なのね!まだシルフィに、お姉様との契約のルーンがのこっているのね!」
ぎくりとするような内容を指摘され、必死に肯定するシルフィード。主が死んでしまうなど、考えたくはなかった。
「ならば囚われているのは?」
「残念ながら場所は判らない……だがやはり一番可能性があるのは」
「ロマリア教皇庁か……」
ちらりと横を見ると、未だ動揺しているアニエスの顔があった。
「……女王救出の依頼、傭兵部隊SeeDが受ける」
「おお、ありがたい!」
今度は視線をジョーカーに向ける。
「ジョーカー」
「ん」
「ロマリア教皇庁の偵察を。本物の女王の所在が判り次第、可能であれば救出を。不可能であれば偵察の帰還後に改めて奪還作戦を立案する」
命令を受けて、ジョーカーはもたれていた装甲から離れて直立する。
「ふぅ、無茶言うなぁ。教皇庁って一言で言っても広いんだぜ……了解。偵察任務に当たり、G.F.ディアボロスのジャンクションを希望する」
「要望を承認。ついでにサボテンダーも持って行け。役に立つだろ」
「夜陰に乗じて上空から突入したい。ラグナロクでの空輸を希望」
「承認。期間は?」
「三日、かな。それだけあれば女王も見つけられる」
深めに被ったニット帽の下で、ジョーカーが笑った。