あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

memory-19 「身を潜める」



 トリステインの王宮は、ブルドンネ街の突きあたりにあった。
王宮の前には、当直の魔法衛士隊の隊員達が、幻獣に跨り闊歩している。
戦争が近いと言う噂が、二、三日前から街に流れ始めていた。隣国アルビオンを制圧した貴族派『レコン・キスタ』が、トリステインに侵攻してくると言う噂だった。
 よって、城の警備を預かる衛士隊の空気は、ピリピリしたものとなっている。
王宮の上空は幻獣、船問わず飛行禁止令が出され、門をくぐる人物のチェックも当然激しくなった。
普段ならなんなく通される仕立屋や、出入りの菓子職人までが門の前で呼びとめられ、
身体検査の上、ディティクトマジックでメイジが化けていないか、『魅了』の魔法で何者かに操られていないか、など、厳重な検査を受けた。

 そんなときだったから、王宮の上に一匹の風竜が現れた時、警備の魔法衛士隊の隊員達は、色めきあった。
この日の警備を担当していたマンティコア隊の隊員達は、マンティコアに騎乗し、王宮の上空に現れた風竜目がけ、一斉に飛びあがる。
風竜の上には、四人の人影があった。しかも風竜は、巨大モグラを口にくわえている。
魔法衛士隊の隊員達は、ここが現在飛行禁止区域であることを、大声で告げたが、警告を無視して、風竜は王宮の中庭へと着陸した。

 風竜に跨っていたのは、桃色がかったブロンドの美少女に、燃える赤毛の長身の女、そして、金髪の少年、眼鏡をかけた小さな女の子だった。
マンティコアに跨った隊員達は、着陸した風竜を取り囲んだ。腰からレイピアの様な形状をした杖を引き抜き、一斉に掲げ、いつでも呪文を詠唱できるような態勢を取る。
ごつい体にいかめしい髭面の隊長が、大声で怪しい侵入者達に命令した。

「杖を捨てろ!」

 一瞬、侵入者たちはむっとした表情を浮かべたが、彼らに対して青い髪の小柄な少女が首を振って言った。

「宮廷」

 一行は仕方ないとばかりにその言葉に頷き、命令されたとおりに、杖を地面に捨てた。

「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ、ふれを知らんのか?」

 一人の、桃色がかったブロンド髪の少女が、とんっと鮮やかに竜の上から飛び降りた。

「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しい者ではありません、姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」

 ここまでの間に多少落ち着きを取り戻したのか、ルイズははっきりと名乗った。
 隊長は口髭をひねって、少女を見つめた。ラ・ヴァリエール公爵夫妻なら知っている、高名な貴族だ。
隊長は掲げた杖を下ろした。

「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」
「いかにも」
「……なるほど、みれば確かに、目元が母君そっくりだ。して、要件を伺おうか」
「それは言えません、密命なのです」
「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日にはこちらの首が飛ぶからな」

 困った顔で隊長が言った、そのときである。
宮殿の入口から、鮮やかな紫のマントとローブを羽織った人物が、ひょっこりと顔を出した。
中庭の真ん中で魔法衛士隊に囲まれたルイズの姿を見て、慌てて駆け寄ってくる。

「ルイズ!」

 駆け寄ってくるアンリエッタの姿を見て、今までどこか元気のなかったルイズの顔に、ようやく笑顔が戻る。

「姫さま!」

 二人は、一行と魔法衛士隊が見守る中、ひっしと抱き合った。

「ああ、無事に帰ってきたのね。うれしいわ、ルイズ・フランソワーズ……」
「姫さま……」

 ルイズの目からぽろぽろと涙がこぼれる。

「件の手紙は、無事、この通りでございます」

 ルイズはシャツの胸ポケットから、そっと、手紙を見せた。
アンリエッタは大きく頷いて、ルイズの手を堅く握りしめた。

「やはりあなたは、わたくしの一番のおともだちですわ」
「もったいないお言葉です」

 しかし、一行の中にウェールズの姿が見えない事に気付いたアンリエッタは、顔を曇らせる。

「……ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね」

 ルイズは目を瞑って神妙に頷いた。

「……して、あなたの使い魔とワルド子爵は? 姿が見えませんが。別行動を取っているのかしら?
それとも……まさか、敵の手にかかって……? そんな、あの子爵に限ってそんなはずは……」

 ルイズの表情が曇る。俯き絞り出す様にしてアンリエッタに告げた。

「姫さま……ワルドは……裏切り者だったんです」
「裏切り者?」

 アンリエッタの顔に、影が差した。
そして、興味深そうに、そんな自分達を見つめている魔法衛士隊の面々に気が付き、アンリエッタは説明した。

「彼らはわたくしの客人ですわ。隊長殿」
「さようですか」

 アンリエッタの言葉で隊長は納得するとあっけなく杖をおさめ、隊員達を促し、再び持ち場へと去って行った。
 アンリエッタは再びルイズに向き直る。

「道中、なにがあったのですか? ……とにかく、わたくしの部屋でお話ししましょう。他の方々は別室を用意します。そこでお休みになってください」

 キュルケとタバサ、ギーシュを謁見待合室に残し、アンリエッタはルイズを自分の居室に入れた。
小さいながらも、精巧なレリーフがかたどられた椅子に腰かけ、アンリエッタは机に肘をついた。

 ルイズはアンリエッタにことの次第を説明した。
 道中、キュルケたちと合流したこと。
 アルビオンに向かう船に乗ったら、空賊に襲われたこと。
 その空賊が、ウェールズ皇太子であったこと。
 ウェールズ皇太子に亡命を勧めたが、断られたこと。
 そして……、ワルドと結婚式をあげるために、避難船にはのらなかったこと。
 結婚式の最中、ワルドが豹変し……、ウェールズを殺害し、ルイズが預かった手紙を奪い取ろうとしたこと。
 使い魔であるエツィオが殺されそうになっていた自分を救い、脱出の間際、アルビオンに単身残ったであろうということ……。

 しかし、このように手紙は取り戻してきた。『レコン・キスタ』の野望……、
ハルケギニアを統一し、エルフの手から聖地を取り戻すという、大それた野望はつまずいたのだ。
 しかし……、無事、トリステインの命綱である、ゲルマニアとの同盟が守られたというのに、アンリエッタは悲嘆にくれた。

「あの子爵が裏切り者だったなんて……。まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるだなんて……」

 アンリエッタは、かつて自分がウェールズにしたためた手紙を見つめながら、はらはらと涙を落した。

「姫さま……」

 ルイズも、同じように涙を落とし、そっとアンリエッタの手を握った。

「わたくしが、ウェールズさまのお命を奪ったようなものだわ。裏切り者を使者に選ぶだなんて、わたくしはなんということを……」
「わたしは、皇太子に亡命を勧めました。ですが最後まで首を縦に振ろうとはしませんでした、もとより自分は真っ先に死ぬつもりだと。……姫さまのせいではありませんわ」
「……あの方は、わたくしの手紙を最後まで読んでくださったのかしら? ねえ、ルイズ」

 ルイズは頷いた。

「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は姫殿下の手紙をお読みになりました」
「ならば、ウェールズさまはわたくしを愛してはおられなかったのですね」

 アンリエッタは寂しげに首を振った。

「ではやはり……皇太子に亡命をお勧めになったのですね?」

 悲しげに手紙を見つめたまま、アンリエッタは頷いた。
ルイズはウェールズの言葉を思い出した。彼は頑なに「アンリエッタは私に亡命など勧めてはいない」と、否定した。
やはりそれは、ルイズが思った通り、嘘であったのだ。

「ええ、死んでほしくなかったんだもの、愛していたのよ。わたくし」

 それからアンリエッタは、呆けたように呟いた。

「わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら」

 ルイズは何も言えずに、俯いた。
エツィオは愛しているからこそ、彼は死を選んだ。と言っていた。
でも、自分にはその言葉の意味が、まだわからない。それゆえ、アンリエッタになんて声をかけたらいいか、わからなかった。

「残されたわたくしは……どうすればよいのかしら……」
「姫さま……」

 ルイズはぎゅっと唇を噛んだ。
アンリエッタは、そんなルイズに気がついたのか、立ち上がりルイズの手を握った。

「ごめんなさい、ルイズ、あなたも……辛い思いをしていたのよね。なのにわたくしったら……」

 それからアンリエッタはにっこりと笑った。

「わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。我が国はゲルマニアと無事同盟を結ぶことができるでしょう。
そうすれば、簡単にアルビオンも攻めてくるわけにはいきません、危機は去ったのです、ルイズ・フランソワーズ」

 アンリエッタは努めて明るい声を出して言った。
ルイズはポケットから、アンリエッタに貰った水のルビーを取りだした。

「姫さま、これ、お返しします」

 アンリエッタは首を振った。

「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」
「こんな由緒ある品を頂くわけにはいきませんわ」
「忠誠には報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」

 ルイズは頷くと、それを指にはめた。

「この度の働き、本当にあなたには感謝してもしきれないわ、あなたのおかげでトリステインは救われました。ルイズ・フランソワーズ、本当に、ご苦労様でした」


 王宮から、魔法学院に向かう雲の上、ルイズは沈痛な面持ちのまま、ずっと黙り込んでしまっていた。
そんなルイズの様子にキュルケもギーシュも、事情を察しているだけになんと声をかけたらよいのかわからず、なんだか気まずい思いをしていた。
ルイズは膝を抱えながらアンリエッタの言葉を思い出す。

『残された私はどうすればいい?』

 悲しそうに呟いたアンリエッタの気持ちが、なぜが痛いほど理解できる。
事実、今、自分はどうすればいいのか、まったく考えることができない。
ここにエツィオがいない、たったそれだけのことなのに、身悶えするような不安が、ルイズの全身を苛んだ。

「エツィオ……わたしは、どうすればいいの?」

 ここにはいない使い魔に問うも、誰も答えてはくれない。
ルイズはぎゅっと膝を抱き、小さく呟くと静かに啜り泣いた。

 戦が終わった二日後……かつては名城と謳われていたニューカッスルの城は、惨状を呈していた。
城壁はたび重なる砲撃と魔法攻撃で、瓦礫の山となり、無残に焼け焦げた死体がそこかしこに転がっている。
 照りつける太陽の下、瓦礫と死体が入り混じる中、長身の貴族が戦跡を検分していた。
羽のついた帽子に、アルビオンでは珍しいトリステインの魔法衛士隊の制服。
 ワルドであった。
彼の横には、フードを目深に被った女のメイジ。土くれのフーケこと、マチルダであった。
彼女は、ラ・ロシェールから船に乗り、アルビオンに渡ってきたのである。
昨晩、アルビオンの首都、ロンディニウムの酒場でワルドと合流して、このニューカッスルの戦場跡へとやってきた。
 周囲では、『レコン・キスタ』の兵士たちが、財宝漁りにいそしんでいる。
宝物庫と思わしき辺りでは、金貨探しの一団が歓声をあげていた。
長槍を担いだ傭兵の一団が、元は綺麗な中庭だった瓦礫の山に転がる死体から装飾品や武器を奪い取り、魔法の杖を見つけては大声ではしゃいでいる。
 マチルダはその様子を見て、苦々しげに舌打ちした。
そんなマチルダの表情に気づき、ワルドは薄い笑いを浮かべた。

「どうした土くれよ。貴様もあの連中のように、財宝を漁らんのか? 貴族から宝を奪い取るのは貴様の仕事ではないのか?」
「私とあんな連中を一緒にしないで欲しいわね。死体から略奪するのは、趣味じゃないもの」
「盗賊には盗賊の美学があるということか」

 ワルドは笑った。

「据え膳には興味がないの、私は大切なお宝を盗まれて、あたふたする貴族の顔を見るのが好きなのよ、こいつらは……」

 マチルダは、ちらっと王軍のメイジの死体を横目で眺めた。

「もう慌てることもできないわね」
「アルビオンの王党派は貴様の仇だろうが、王家の名のもとに、貴様の家名は辱められたのではないのか?」

 ワルドが嘯くように言うと、マチルダは顔をしかめた。

「そうね、そうなんだけどね」

 それから、ワルドの方を向いた。二の腕の中ほどから左腕が切断されている。主を無くした制服の袖がひらひらと風に揺れている。
続けてワルドの顔を見る、エツィオに抉られた左眼には眼帯をつけていた。

「あんたも随分苦戦したみたいね」

 ワルドは変わらぬ様子で呟いた。

「腕一本と左眼でウェールズを討ちとれたと考えれば、安い取引だったと言わねばならんだろう」
「たいした奴だね、あの使い魔の男は。風のスクウェアのあんたをこうまでしちまうなんてね」
「平民とは言え、流石は『アサシン』と言わねばなるまいな」
「でもまあ、この城にいた以上は、生き残れはしないだろうね」

 マチルダはポケットに手を入れ、小さく笑う。ワルドは冷たい微笑を浮かべた。

「ガンダールヴであろうと、アサシンであろうと、所詮は人、所詮は平民だ。攻城の隊からは、あの後すぐに礼拝堂に突入したとあった。
ここで主人と共になぶり殺しにされたのだろうな」

 マチルダは小さく鼻で笑った。そう思いたければそう思っていればいい。どの道自分には、この男がどうなろうと関係のない話だ。

「で、あんたは何を探しているんだっけ?」
「アンリエッタの手紙だ、この辺にあるはずだ」

 ワルドは、杖で地面を差した。そこは、二日前まで礼拝堂があった場所である。
ワルドとルイズが結婚式を挙げようとした場所であり、ウェールズが命を絶たれた場所であった。
しかし、今はみるも無残な瓦礫の山と化している。

「ふーん、あのラ・ヴァリエールの小娘……、あんたの婚約者のポケットにその手紙が入っているんだっけ?」

 真相は知っているが、あえて問いかける。

「そうだ」
「見殺し? 愛してなかったの?」
「愛しているだとか、愛していないだとか、そんな感情は既に忘れたよ」

 抑揚を押さえた声でワルドは言った。
呪文を詠唱し、杖を振る。小型の竜巻が現れ、瓦礫を吹き飛ばす。徐々に礼拝堂の床が見えてきた。
始祖ブリミルの像と、椅子の間に挟まる形で、ウェールズの亡骸があった。
椅子と像の間に挟まっていたおかげで、亡骸はつぶれてはいなかった。ただその背中にはあるはずのマントをしていなかった。

「あらら、懐かしのウェールズさまじゃない」

 元はアルビオンの貴族であったマチルダは、ウェールズの顔を覚えていた。
ワルドは、自分が殺したウェールズの死体には目もくれず、ルイズとエツィオの死体を探していた。
しかし……どこにも死体は見つからない。

「おかしい……どこにある……」

 ワルドは小さく呟き、注意深く辺りを探す。
まき起こった竜巻が、床に転がっていた絵画を吹き飛ばす。
すると、その下の床に、ぽっかりと空いた直径一メイル程の穴を見つけた。

 ワルドは顔をしかめ、穴の中を覗きこむ。ギーシュの使い魔が掘った穴だが、ワルドはそれを知らない。
ワルドの頬を、吹きぬけてきた冷たい風がなぶる。風が入ってくるということは、空に通じているに違いない。

「逃げられたか……!」

 ワルドの顔が、怒りに歪み、苦々しい声で呟いたそのときだった。

 遠くから二人に声がかかった。快活な、澄んだ声だった。

「子爵! ワルド君! 件の手紙は見つかったかね! アンリエッタがウェールズにしたためたという、その……なんだ、ラヴレターは。
ゲルマニアとトリステインの同盟を阻む救世主は見つかったかね!」

 ワルドは首を振って、現れた男に応えた。
やってきた男は、年のころは三十代半ば。 球帽をかぶり、緑色のローブとマントを身につけている。
一見すると聖職者のような格好に見えるが、物腰は軽く、軍人のようであった。
高い鷲鼻に、理知的な色をたたえた碧眼。帽子のすそから、カールした金髪が覗いている。

「閣下。どうやら、手紙は穴からすり抜けたようです。私のミスです、申し訳ありません。なんなりと罰をお与えください」

 ワルドは地面に膝を突き、頭を垂れた。
閣下と呼ばれた男は、にかっと人懐こい笑顔を浮かべ、ワルドに近寄ると、その肩を叩いた。

「何を言うか! 子爵! きみは目覚ましい活躍をしたのだよ。敵軍の勇将を一人で討ち取る働きをして見せたのだ!
ほら、そこで眠っているのは、あの親愛なるウェールズ皇太子じゃないかね? 誇りたまえ! きみが倒したのだ!
彼は随分余を嫌っていたが……、こうしてみると不思議だ、奇妙な友情すら感じるよ。ああそうだった、死んでしまえば誰もがともだちだったな」

 ワルドは、最後に込められた皮肉に気付き、僅かに頬を歪めた。それからすぐに真顔に戻り、自分の上官に再び謝罪を繰り返した。

「ですが、閣下の欲しがっておられた、アンリエッタの手紙を手に入れる任務に失敗いたしました。私は閣下のご期待に添えることができませんでした」
「気にするな。同盟阻止より、確実にウェールズを仕留めることが大事だ。理想は一歩づつ、着実に進むことにより達成される」

 それから、緑のローブの男はマチルダの方を向いた。

「子爵、そこの綺麗な女性を余に紹介してくれたまえ。未だ僧籍に身を置く余からは、女性に声をかけづらいからね」

 マチルダは、男を見つめた。ワルドが頭を下げているところを見ると、ずいぶんと偉いさんなのだろう。
だがしかし、気に入らない。妙なオーラを放っている。禍々しい雰囲気が、ローブの隙間から漂ってくる。
ワルドが立ち上がり、男にマチルダを紹介した。

「彼女が、かつてトリステインの貴族たちを震え上がらせた土くれのフーケにございます、閣下」
「おお! 噂はかねがね存じておるよ! お会いできて光栄だ、ミス・サウスゴータ」

 かつて捨てた貴族の名を口にされ、マチルダは微笑んだ。

「ワルドに、私のその名前を教えたのはあなたなのね?」
「そうとも。余はアルビオンの貴族のことなら全て知っておる。系図、紋章、土地の所有権……、
管区を預かる司教時代にすべて諳んじた。おお、ご挨拶が遅れたね」

 男は目を見開いて、胸に手を置いた。

「『レコン・キスタ』総司令官を勤めさせていただいておる、オリヴァー・クロムウェルだ。
元はこの通り、一介の司教に過ぎぬのだがね、しかしながら、貴族会議の厳正なる投票により、総司令官に任じられたからには、
微力を尽くさねばならぬ。始祖ブリミルに仕える身でありながら、『余』などという不遜な言葉を使うことを許してくれたまえよ?
微力の行使には、信用と権威が必要なのだ」
「閣下は既にただの総司令官ではありません、今ではアルビオンの……」
「皇帝だ、子爵」

 クロムウェルは笑った。しかし、目の色は変わらない。

「確かにトリステインとゲルマニアの同盟阻止は余の願うところだ。しかし、我々にはもっと大切なものがある。何だかわかるかね?子爵」
「閣下の深いお考えは、凡人の私にははかりかねます」

クロムウェルは、かっと目を見開いた。それから両手を振り上げて、大げさな身振りで演説を開始した。

「『結束』だ! 鉄の『結束』だ! ハルケギニアは、我々選ばれた貴族たちによって結束し、
聖地を忌まわしきエルフどもから取り返す! それが始祖ブリミルにより余に与えられし使命なのだ!
『結束』には、何より信用が大切だ。だから余は子爵、君を信用する。些細な失敗を責めはしない」

 ワルドは深々と頭を下げた。

「その偉大なる使命のために、始祖ブリミルは余に力を授けたのだ」

 マチルダの眉が、ぴくんと跳ねた。力? 一体どんな力だというのだろうか?

「閣下、始祖が閣下にお与えになった力とは何でございましょう? よければお聞かせ願えませんこと?」

 自分の演説に酔うような口調で、クロムウェルは続けた。

「魔法の四大系統はご存知かね? ミス・サウスゴータ」

 マチルダは頷いた。そんなことは子供でも知っている。火、風、水、土の四つである。

「だが……魔法にはもう一つの系統が存在する。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統だ、真実、起源、万物の祖となる系統だ」
「零番目の系統……、虚無?」

 マチルダは青ざめた。今は失われた系統だ。どんな魔法だったのかすら、伝説の闇の向こうに消えている。
この男はその零番目の系統を知っていると言うのだろうか?

「余はその力を、始祖ブリミルより授かったのだ。だからこそ、貴族議会の諸君は、余をハルケギニアの皇帝にすることを選んだのだ」

 クロムウェルは、ウェールズの死体を指さした。

「ワルド君、ウェールズ皇太子を、是非とも余の友人に加えたいのだが、彼はなるほど、余の最大の敵であったわけだが、
だからこそ、死して後はよき友人になれると思う……異存はあるかね?」

 ワルドは首を振る。

「閣下の決定に異論が挟めようはずもございません」

 クロムウェルはにっこりと笑った、

「では、ミス・サウスゴータ。貴女に『虚無』の系統をお見せしよう」

 マチルダは、息をのんでクロムウェルの挙動を見守った。クロムウェルは腰にさした小さい杖を引き抜いた。
低い、小さな詠唱がクロムウェルの口から漏れる。マチルダがかつて聞いたことのない言葉であった。
詠唱が完成すると、クロムウェルは優しくウェールズの死体に杖を振り下ろす。
すると……何ということであろう。冷たい躯であったウェールズの瞳がぱちりと開いた。マチルダの背筋が凍った。
ウェールズはゆっくりと身を起こした。青白かった顔が、みるみるうちに生前の面影を取り戻してゆく。
まるで萎れた花が水を吸うように、ウェールズの体に生気がみなぎってゆく。

「おはよう、皇太子」

 クロムウェルが呟く。 蘇ったウェールズは、クロムウェルに微笑み返した。

「久しぶりだね、大司教」
「失礼ながら、今では皇帝なのだ。親愛なる皇太子」
「そうだった。これは失礼した、閣下」

 ウェールズは膝をついて、臣下の礼をとった。

「君を余の親衛隊に加えようと思うのだが、ウェールズ君」
「喜んで」
「なら、友人達に引き合わせてあげよう」

 クロムウェルが歩き出し、その後ろを、ウェールズが生前と変わらぬ仕草で歩いてゆく。
マチルダは呆然として、その様子を見つめていた。クロムウェルが、思い出したかのように立ち止まり、振り向いて言った。

「おおそうだ、ワルド君、実はきみに折り入って頼みがあったのだ」

 ワルドは会釈した。

「なんなりと」
「なに、そんな難しい話ではない、三日後にスカボローで『残党』の公開処刑を行うのだ、
きみにはそこで、我々『レコン・キスタ』の英雄として、そして余の代理として、執行に立ち会ってもらいたい」
「私が、ですか?」
「そうだ、これにより民衆はアルビオンの真の統治者が誰なのか理解することができるだろう。本来ならば、余直々に演説すべきなのだが……、
生憎、余は多忙でね、故にこの戦の功労者であり……余の右腕たるきみに頼みたいのだ、引き受けてくれるかね?」
「そのような大役を賜れるとは……身に余る光栄でございます、閣下」
「これはアルビオン国内の更なる結束につながる、大事な任務だ、よろしく頼んだぞ」

 クロムウェルは満足そうに頷き、言葉を続ける。

「……ワルド君、同盟は結ばれてもかまわない。この程度なら余の計画に変更はない。
外交には二種類あってな、杖とパンだ、とりあえずトリステインとゲルマニアには暖かいパンをくれてやろう」
「御意」
「トリステインは、なんとしてでも余の版図に加えねばならぬ。あの王室には、
『始祖の祈祷書』が眠っておるからな。聖地におもむく際には、是非とも携えたいものだ」

 そう言って満足げに頷くと、クロムウェルは去っていった。


「あれが……虚無? 死者が蘇るなんて……そんな馬鹿な……」

 クロムウェルとウェールズが視界の外に去った後、マチルダはやっとの思いで口を開いた。
ワルドが呟いた。

「虚無は生命を操る系統……閣下が言うには、そう言うことらしい。俺にも信じられんが、目の当たりにすると信じざるを得まいな」

 マチルダは震える声で、ワルドに訊ねた。

「もしかして、あんたもさっきみたいに、虚無の魔法とやらで動いているんじゃないだろうね?」

 ワルドは笑った。

「俺か? 俺は違うよ。幸か不幸か、この命は生まれつきのものさ」

 それからワルドは空を仰いだ。

「しかしながら……、あまたの命が聖地に光臨せし始祖によって与えられているとするならば……。
すべての人間は『虚無』の系統で動いているとは言えないかな?」

 マチルダはぎょっとして、胸を押さえた。心臓の鼓動を確かめる。生きているという実感が急に欲しくなったのだ。

「そんな顔をするな、これは俺の想像だ、妄想と言ってもよい」

 ほっと、マチルダはため息をついた。それからワルドを恨めしげに見つめる。

「驚かせないでよ」

 ワルドは右手で、なくなった左腕の部分を撫でながら言った。

「でもな、俺はそれを確かめたいのだ。妄想に過ぎぬのか、それとも現実なのか。きっと聖地にその答えが眠っていると、俺は思うのだよ」


 ワルドと別れ、マチルダは城の外へと出る、そしてあたりにワルドがいないことを確認すると。
ポケットから一枚の紙片を取り出した、それはつい昨日、以前エツィオに送った伝書鳩から受け取った手紙であった。

「ふん、なかなか鳩が帰ってこないと思ってたら……こういうことかい」

 マチルダは小さくぼやきながら小さな紙片を広げる。
どうやらエツィオは、アルビオンで活動することも念頭に置いていたらしい、最初の手紙を受け取って以来、
常に連絡が取れるように、ずっと鳩を持ち歩いていたようだ。
相変わらず抜け目のない男だ、そう考えながら紙片に目を通す。
そこにはやはりというべきか、合流場所とそれからの指示が記されている。

「はいはい……わかったよ」

 マチルダは口元に小さく笑みを浮かべると、紙片を空に放りあげ、手に持った杖を振り、呪文を唱える。
『発火』の呪文により、紙片が一瞬にして燃え上がり、灰となる。
証拠を跡形もなく消すと、辺りを見渡し、尾行がいないことを念入りに確認し、ニューカッスルを後にした。


 馬を走らせること半日、マチルダは馬を止め、とある建物を見上げる、そこは街道沿いに設けられた小さな安酒場だった。
どうやらここがエツィオに指定された合流場所のようだ、馬留めに馬をつなぎ、店の中に入る。
中を見渡すと、寂れた店内には、数人の客がテーブルにつき、思い思いに酒を飲んでいた。
店の奥には2階へと続く階段が伸びている、どうやらこの酒場は宿屋も経営しているらしい。
マチルダはカウンターに佇む店のマスターの元へと歩いてゆく。

「ご注文は?」
「『学者』が泊っているって聞いたんだけど、そいつはどこに?」
「ああ、2階の部屋にご案内するように仰せつかってまさぁ、……こちらが鍵になります」
「ありがと」

 差しだされた鍵を受け取ると、マチルダはエツィオが待つであろう2階へ上っていった。


「エツィオ? ……入るよ」

 階段を上った先、鍵に刻まれた部屋番号を確認し、マチルダは鍵を開け部屋の中へ入る。
中へ足を踏み入れると、部屋の奥、窓際に立っていた人物が振り向いた。

「やあマチルダ」
「エツィオ、来てやったよ」

 部屋の中で待っていた人物……、エツィオは入ってきたマチルダを見て、笑みを浮かべると、抱き寄せて唇を重ねた。

「……尾行は?」
「いないよ、あんたのような尾行のうまい奴は連中にはいないみたいね」

 長いキスの後、エツィオが訊ねると、マチルダは小さく笑った。
それからマチルダは少し、眉をひそめると、申し訳なさそうに呟いた。

「ニューカッスルでは……大変だったね、仮面のメイジがワルドだともっと早くわかってれば……」
「きみが気にすることじゃない、見抜けなかった俺の責任さ」

 エツィオは仕方がないとばかりに肩を竦める。

「……だからこそ、責任を取る為にここに残った、マチルダ、君に力を貸してほしい」
「言うと思ったよ、で、何が御望み?」

 マチルダはベッドに腰かけると、足を組みながら言った。
エツィオは、腕を組むと、険しい表情で尋ねた。

「まずは情報が欲しい、マチルダ、ワルドは今どこに?」
「ここに来る前までは、ニューカッスルの城にいたよ、あんたとそのご主人様の死体を探していたわ。
でも逃げられたって知って、手紙の回収は諦めたみたいね。今はスカボローに向かっているんじゃないかしら?」
「スカボローに?」
「ええ、なんでも三日後に、スカボローで王党派の公開処刑を行うみたいなの、そこで彼は、クロムウェルの代理として、その処刑に立ち会うみたいだね」
「クロムウェル……?」
「オリヴァー・クロムウェル……、『レコン・キスタ』総司令官、いや、今は『神聖アルビオン共和国』の皇帝だそうよ。
なんだか胡散臭い男でね、どうにも好きになれないよ……」

 マチルダはそこまで言うと、なぜか俯き、黙り込んでしまった。

「マチルダ? どうかしたのか?」
「いや……うん、エツィオ、実はね……」

 エツィオが顔を覗きこみ、尋ねる。
するとマチルダは、すこしためらった後、クロムウェルがウェールズを蘇生させた事を話して聞かせた。
その話しを聞いたエツィオは信じられないとばかりに顔をしかめた。

「殿下が生き返った……? そんなバカな……」
「私だって、今でも信じられないよ、死者が蘇るなんて……でもこの目で見てしまったんだ。
ウェールズが息を吹き返し、クロムウェルと会話を交わすのを、間違いないよ、あれはウェールズそのもの、仕草も癖も、全部同じだった……。
クロムウェルが言うには、命を操る、それが虚無の系統なんだって」
「虚無の……系統……」
「あいつは……、クロムウェルは、生き返ったウェールズを仲間に引き入れたみたいなの、何を企んでるかは知らないけどね」

 それを聞いたエツィオの表情が険しくなった。
それからマチルダは、呻くように呟いた。

「虚無、命を操る系統……、もしそれが本当なら……」
「本当なら?」
「ワルドが言ってたんだ、『あまたの命が聖地に光臨せし始祖によって与えられているとするならば……。
すべての人間は『虚無』の系統で動いているとは言えないか?』って。ワルドも妄想だ、って言ってたけど、なんだか怖くなっちまってね……」
「……マチルダ、惑わされるな、それは奴の妄言だ」
「うん……そうなんだけどね……」

 怯えたように話すマチルダに、エツィオはキッパリと言い切った。
万が一、もしそうだった場合、異世界の人間である俺はどうなるんだと、エツィオは口元を歪めた。

「……人には安らかに眠る権利がある。その眠りを妨げることは、神にすら許されぬことだ。
もしそれが事実なら、クロムウェル……奴とは一度会ってみる必要があるかもな」

 エツィオはそこで言葉を切ると、顎に手を当て、険しい表情のまましばらく考え込んだ。
クロムウェル……レコン・キスタ……虚無、どうにもきな臭い、嫌な予感がする。これらを放っておいたら『リンゴ』を探すどころではなくなってしまいそうだ。
蘇ったウェールズ皇太子のことは気になるが……、表向きには討ち取られた言うことになっている人間を表に引き出すということはしないだろう。
まずはとりあえず、目的を優先させることが重要だ。そう考えたエツィオは膝を打った。

「とりあえず、『リンゴ』のことはしばらく忘れよう。クロムウェルのことは君に任せる、出来る限り奴の情報を集めてくれ」
「あんたはどうするの?」
「スカボローへ。……ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドを地獄に送る。奴はこの先俺達……いや、トリステインにとって、確実に脅威になる」

 エツィオはそう言うと、アサシンブレードを引き出し、じっと見つめた。
迷わずに言いきったエツィオを見て、マチルダは背筋に寒いものを感じた。
エツィオから感じる、濃厚な死の気配。この男は、今まで何人の要人を闇に葬ってきたのだろうか?
この男に狙われたら、確実に命は無い。
トライアングルのメイジであるマチルダでさえ、そう感じずには居られず、思わず震えあがった。
エツィオは、そんなマチルダを知ってか知らずか、アサシンブレードを収めて、尋ねた。

「ワルドは、俺のことについて何か言っていたか?」
「え? ……あ、特に何も、あんたはご主人様と一緒にトリステインに逃げたと思っているみたいね。あんたのことはクロムウェルの耳にも入っていないよ」
「……警戒していない、か、好都合だ」

 エツィオは口元に小さく笑みを浮かべ、立ち上がる。

「明日になったら、早速スカボローへ立つとしよう。マチルダ、当日にそこで合流だ」
「わかった、その時になったらもう一度手紙を出すよ」
「頼んだ。……ああそれと、ちょっと頼みがあるんだけど……」

 今まで硬い表情だったエツィオが、なにやら困ったような、それでいて気まずそうな笑みを浮かべはじめた。

「なに?」
「実は、この宿に泊まるのに、全部使ってしまったんだ……。だからその……ちょっとお金を貸してくれると助かるんだけど……」
「はあ? あんた私に金を払ってただろう? あの傭兵達から奪った金はどうしたんだい?」
「君に全部渡しちゃってたんだ……あの時はルイズもいたし、なんとかなると思ってて……」

 エツィオは頭を掻きながら、気恥ずかしそうに言った。
さっきまでの冷徹な雰囲気はどこへやら、拍子抜けしたマチルダは思わずため息をつく。

「わかったよ……まったくしょうがない男だね」

 マチルダは呆れた笑みを浮かべると、財布を取り出し、エツィオに金を恵んでやった。

「すまないな」
「ヒモ」
「はは……、返す言葉もない……」
「ちゃんと返してよね」
「もちろん……借りはちゃんと返す主義なんだ……倍返しでね」

 エツィオは、優雅に笑みを浮かべると、ベッドに腰かけるマチルダと唇を重ねる。
そのまま肩に手を置くと、マチルダを優しくベッドに押し倒した。

「えっ、ちょっと……まっ……あっ……」

 突然のエツィオの行動に、目を白黒させるマチルダをよそに、エツィオは燭台の灯に、フッと息を吹きかける。
蝋燭の灯が吹き消され、部屋に真っ暗な夜の帳が降りた。




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