あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

memory-18 「婚姻の鐘は鳴る」 前篇



 翌朝……。
 鍾乳洞に作られた港の中。ニューカッスルから疎開する人々に混じって、エツィオは『イーグル』号に乗り込むために列に並んでいた。
先日拿捕した『マリー・ガラント』号にも、脱出する人々が乗り込んでいる。

「愛するからこそ、引かねばならないときがある……か」

 エツィオがぽつりと呟く。
それを聞いたデルフリンガーがカチカチと音を鳴らした。

「お? なんか感慨に浸ってるようだな?」
「まぁな、最近それを身を持って思い知ったばかりだったんだが……まさかまた身を引くハメになるとは、夢にも思わなかったよ」

 エツィオは苦笑しながら肩を竦める。
婚約者の存在。どうやら、愛を司る女神は、美しい女性には真っ先に婚約者を宛がい、どうあっても俺のことを一人占めにしたいようだ。
フィレンツェに残したかつての恋人、クリスティーナの事を考えながら、小さく呟く。

「納得も覚悟もしていたけど……いざその時となると、寂しいものだな」
「相棒、お前もしかして、あの娘っ子の事が好きだったのか?」
「もちろんさ、彼女の事も愛しているに決まっているだろう」
「『も』? 『も』っつったか、今」
「ああ、俺は全ての女の子を愛しているからな」
「……けっ! 爆発しちまえ!」

 茶化すエツィオにデルフリンガーが吐き捨てるように呟いた。
エツィオは小さく笑うと、腰に下げたデルフリンガーの柄頭に手を置いた。
今まで背負っていたのだが、城の人間に腰に下げるための新しいベルトを譲ってもらい、こうして下げているのであった。

「なあデルフ、俺が彼女の使い魔になったのはなんでだと思う?」
「ああ? そりゃお前、どうせあの娘っ子目当てだろ?」
「あたり! と言いたいところだが、ちょっと違うな」

 エツィオは腕を組むと、ニヤリと笑った。

「最初はもちろん気乗りしなかったさ、ルイズがとびっきり可愛いのはいいが、俺には果たさなきゃならないことがあるしな。
それは彼女も同じだった、使い魔が俺みたいな平民だなんて嫌だってね。だから一つ約束をしたんだ。
俺が使い魔として働く代わりに、彼女は俺を元の世界に戻す方法を探す、とな」
「なるほどね、あの娘っ子が相棒を元の世界に戻す方法を探してくれているから、使い魔をやっているってワケか」

 デルフリンガーがそう言うと、エツィオは笑いながら首を横に振った。

「おいおい、俺はずっとルイズの事を見ていたが、彼女、何一つ調べてなんかいないぞ?」
「はあ? あの娘っ子、約束守ってねぇのか?」
「ああ、本当ならさっさと見切りをつけて、彼女の元から去っているよ、でもそれをしなかった」
「なんでだよ」
「彼女を気に入っているからさ」
「……はい? なんだって?」

 さらりと答えたエツィオに、デルフリンガーが呆れたように聞き返した。

「言葉の通りだよ、俺は彼女を気に入ってるんだ。見ていて楽しいだろ?」
「なんだよ、似たようなもんじゃねえか」
「呆れるのは最後まで聞いてからだ。……まぁ、知っての通り、ルイズはまだ未熟だ、メイジとしても、人間としてもな。
でも、彼女は未熟なりに、心の中に確固たる信念を抱え、そしてそれを守るべく努力している。
勿論、それは容易なことではない、彼女の信念を打ち壊そうとするものも出てくるだろう」

 エツィオは真面目な表情で言った。

「だけど、彼女は決して諦めない。事実、今回の件でそれを再確認できた。そんな彼女になら、俺は喜んで力を貸す。使い魔を続けている理由は、そんな所さ」
「相棒……お前、ただの女好きじゃなかったんだな」
「おいそりゃないだろう……」

 感動したように呟いたデルフリンガーに、エツィオはがくっと肩を落とす。

「うーん、しかし、どうするかな、彼女が結婚してしまうとなると……俺の仕事がなくなってしまうな」

 エツィオが困ったように言った、ルイズは結婚後もちゃんと働いてもらう、と言っていたが、
子爵であるワルドと結婚し、家庭に入る以上、使用人もいるはずだろうし、護衛の必要性も薄れてくる、
正直、これ以上彼女に仕える必要などないだろう。

「確かにな、これからどーすんだ? 元の世界に戻る方法でも探すのか?」
「そうだな、マチルダにも協力してもらうとして、俺も『リンゴ』の捜索に本腰を入れるとするか……」
「ふむ、だとしたら、あの娘っ子に暇をもらう必要があるな。……あぁそうだ、相棒、ちょっと気になることがあるんだが」
「ん?」
「相棒、『ガンダールヴ』とか呼ばれてたよな」
「ああ、それが?」
「その名前なんだが、どっかで聞いたことのあるような気がするんだよな……なんだったっけ?」
「おい、俺に聞くのか? 俺は別世界の人間だぞ」

 エツィオは呆れたように笑った。
 艦に乗り込む順番が、やっとエツィオに回ってきた。
タラップを登ると、そこはさすがに避難船である、ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれ、甲板に座ることもできない。
エツィオは仕方なく舷縁に乗り出すと、城へと続く通路へと視線を送った。
 そう言えば、『イーグル』号の出航時間の関係で、ルイズに一言も告げる事も出来ずにここまで来てしまった。
今頃、ルイズは結婚式の最中なのだろう。祝福してあげる事ができないのが残念だ。

「幸せにな……ルイズ」

 エツィオは小さく呟くと、通路から視線を外し、眼を瞑った。


 さてその頃、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズ皇太子は新郎と新婦の登場を待っていた。
周りに、他の人間はいない。皆、戦の準備で忙しいのであった。
ウェールズ自身も、すぐに式を終わらせ、戦の準備に駆けつけるつもりであった。
 ウェールズは皇太子の衣装に身を包んでいた。
アルビオン王家の紋章が刺繍された、王族の象徴たる明るい紫のマント、そしてかぶった帽子には、アルビオン王家の象徴である、七色の羽根がついている。
 扉が開き、ワルドとルイズが現れた。ルイズは呆然と立っている、ワルドに促され、ウェールズの前に歩み寄った。
 ルイズは戸惑っていた、今朝方早く、いきなりワルドに起こされ、ここまで連れてこられたのであった。
そう言えばエツィオの姿が見えない、どこに行ったか知らないか、と訊ねると、彼はすでに避難船に乗り込んだ、とワルドはそっけなく答えた。
 戸惑いはしたが、昨夜目にした死にゆく人々を見て激しく落ち込んでいたルイズは、深く考えることができずに、ぼんやりとした頭でここまで来ていたのであった。
 ワルドはそんなルイズに「今から結婚式をするんだ」と言って、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭に載せた。
新婦の冠は、魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりであった。
 そしてワルドは、ルイズの黒いマントを外し、やはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントを纏わせた。
新婦しか纏うことを許されぬ、乙女のマントであった。
 しかし、そのようにワルドの手によって着飾られても、ルイズは無反応、ワルドはそんなルイズの反応を、肯定の意思表示と受け取った。
 始祖ブリミルの像の前に立ったウェールズの前で、ルイズと並び、ワルドは一礼した。
ワルドの格好は、いつもの魔法衛士隊の制服である。

「では、式を始める」

 王子の声が、ルイズの耳に届く。でも、どこか遠くで鳴り響く鐘の音のように、心もとない響きであった。
ルイズの心には、深い霧のような雲がかかったままだった。

「新郎、子爵、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」

 ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。

「誓います」

 ウェールズはにこりと笑って頷き、今度はルイズに視線を移した。

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」

 朗々と、ウェールズが誓いの為の詔を読み上げる。
今が、結婚式の最中であることに、ようやくルイズは気がついた。
相手は、あこがれていた頼もしいワルド。二人の父が交わした、結婚の約束……。
幼い心の中、ぼんやりと想像していた未来。それが今、現実のものとなろうとしている。

 ワルドのことは、嫌いじゃない。おそらく、好いてもいるのだろう。
 でも、それならばどうして、こんなにせつないのだろう。
 どうして、こんなに気持ちは沈むのだろう。
 滅びゆく王国を、目の当たりにしたから?
 愛する者の為と言いながら、望んで死に向かう王子を目の当たりにしたから?
 違う、悲しい出来事は、心を傷つけはするけど、このような雲をかからせたりはしない。
 深い、沈鬱な雲をかからせはしない

『きみは結婚するのだから』

 不意にルイズは、エツィオがそう言った事を思い出した。
 あの時の、まるで祝福するかのようなエツィオの笑顔、それを思い出すと、胸が再び、キリキリと痛みだした。
 どうして、こんな気持ちになるのだろう?
 エツィオの口からそんな言葉は聞きたくなかったからだ。
 どうして?
 その理由に気がついて、ルイズは顔を赤らめた。悲しみに耐えきれず、昨晩、廊下で出会ったエツィオの胸に飛び込んだ理由に気がついた。
 別れ際、思わずエツィオに訊ねてしまった理由に気がついた。
 でも、それは本当の気持ちなのだろうか?
 わからない、でも、確かめる価値はあるのではないか?
 なぜなら自分から、異性の胸に飛びこむなんて、どんなに感情を昂ぶらせたって、ついぞなかったことなのだから。


 一方……。こちらは『イーグル』号の艦上。
舷縁に寄り掛かり、ぼんやりと出航を待っていた、エツィオの視界が一瞬、曇った。

「むっ……」
「どうした? 相棒」

 エツィオの視界がぼやけた。まるで真夏の陽炎のように、左眼の視界が揺らぐ。

「目が……、なんだろう」
「疲れてんだろ?」
「あぁ確かに、昨日は眠れなかったからな……そのせいか」

 納得したようにエツィオが呟いたその時だった。
がこん、と船が揺れる、どうやら避難民の収容が完了し、タラップが取り外されたようだ。

「お、そろそろ出航か?」
「……そのようだ」

 エツィオは左眼を擦りながら、ぼんやりと言った。


「新婦?」

 ウェールズがこっちを見ている。ルイズは慌てて頭を上げた。
 式は、自分の預かり知らぬところで続いている。ルイズは戸惑った、どうすればいいんだろう?
こんな時は、どうすればいいんだろう。誰も教えてくれない、唯一、その答えを持っているルイズの使い魔は、今まさにこの地を離れつつあるのに違いない。

「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときは、ことがなんであれ緊張するものだからね」

 にっこりと笑って、ウェールズは続けた。

「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの価値がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し――」

 ルイズは気づいた。誰もこの迷いの答えを教えてはくれない。
自分で決めねばならないのだ。ルイズは深く深呼吸して、決心した。
ウェールズの言葉の途中、ルイズは首を振った。

「新婦?」
「ルイズ?」

 二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗きこむ。ルイズはワルドに向き直ると、悲しげな表情を浮かべ、もう一度首を振る。

「どうしたね? ルイズ、気分でも悪いのかい?」
「違うの、ごめんなさい……」
「日が悪いなら、改めて……」 
「そうじゃない、そうじゃないの。ごめんなさい、ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」

 その言葉に、ウェールズは首を傾げた。

「新婦は、この結婚を望まぬのか?」
「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」

 ワルドの顔に、さっと朱が差した。ウェールズは困ったように、首を傾げ、残念そうにワルドに告げた。

「ふむ、子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」

 しかし、ワルドはウェールズを見向きもせずに、ルイズの手を取った。

「……緊張しているんだ、そうだろう? きみが僕との結婚を拒むわけがない」
「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったのかもしれない、でも、今は違うわ」

 するとワルドは、今度はルイズの肩を掴んだ。その目がつり上がる。
表情が、いつもの優しいものではなく、どこか冷たい、トカゲかなにかを思わせるものにかわった。
 熱っぽい口調で、ワルドは叫んだ。

「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためにきみが必要なんだ!」

 豹変したワルドに怯えながら、ルイズは首を振った。

「……わたし、世界なんかいらない」

 ワルドは両手を広げると、ルイズに詰め寄った。

「僕にはきみが必要なんだ! きみの能力が! きみの力が!」

 そのワルドの剣幕に、ルイズは恐れをなし、思わず後ずさった。
優しかったワルドが、こんな顔をして、叫ぶように話すだなんて、夢にも思っていなかったのだ。

「ルイズ! いつか言った事を忘れたか! きみは始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジになると!
きみは自分で気が付いていないだけだ! そのあまりある才能に!」
「ワルド……あなた……」

 ルイズの声が、恐怖で震えた。ルイズが知っているワルドではない。何が彼を、ここまで変えてしまったのであろうか。


「あぁっ、くそっ、なんなんだ……」

 避難民の収容を終え、下へ下へと降下しつつある『イーグル』号の艦上、エツィオは再び目を擦った。

「なんだ相棒、まだぼやけてるってのか?」
「ああ……、さすがにこれは……うっとうしいな」
「目が大事なら、あんまり擦らない方がいいぜ」

 エツィオはうんざりした様子で呟く。しかし左眼の視界は益々歪んでいく。
そうこうしているうちに、左眼は像を結んだ。

「なっ……これは……!」

 エツィオは驚いた様子で、叫んだ。果たしてそれは、誰かの視界であった。
左眼と右眼、それぞれが別々のものをみているようにエツィオは感じた。

「これは、子爵か……? ルイズの視界? 一体なにを……」
「相棒? どうした?」
「わからない、左眼がルイズの視界を映しているみたいなんだが……」

 エツィオは言った。いつか、ルイズが言っていた事を思い出した。

『使い魔は、主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ』

 エツィオは左手を見た、そこに刻まれたルーンが、武器を握っているわけでもないのに、光り輝いている。
なるほど、これも能力だ。使い魔として備わった能力の一つに違いない。
 エツィオはすぐに右眼を瞑った。開いた左眼に、目を吊り上げ、恐ろしい表情でルイズの肩を掴むワルドが視界に映り込んだ。

「あいつ、なにを……」

 ただならぬ様子に、嫌な予感を感じ取ったエツィオは、左眼に意識を集中させた。
瞬間、エツィオは、ばっと顔を上げると、舷縁に足を駆け、その上に飛び乗った。
それを見ていた乗客の数人が何事かとざわつき始める。
だがエツィオは、そんな乗客たちなど最初から気にも留めていないとばかりに、舷縁から、秘密の港につながる壁に向かい、力の限り跳躍する。
マントをはためかせ、壁の出っ張りにかろうじて手をかけ、取りついた。
突然の出来事に騒然とする『イーグル』号を尻目に、エツィオは必死に岩壁をよじ登っていく。

「お、おい! 相棒! なにやってんだよ!」
「説明は後だ! くそっ……なんてことだ! ……ルイズ!」

 エツィオは自分の迂闊さを呪った。
手掛かりはあったのだ、だが、あえて考えないように頭の隅へと追いやってしまっていた……。
なぜ、もっと疑わなかった、なぜ、もっと警戒しなかった。エツィオの胸中で不安と後悔が渦を巻いた。
自分が想定していた中で、最も考えたくなかった、いや、考えないようにしていた、ルイズにとって最も残酷で、最悪の状況、それが今、現実になろうとしている。

「……くそぉっ!」

 湧き上がる不安と焦燥、そして怒り。エツィオは遥か上にある港を睨みつけると、一心不乱に壁をよじ登り続けた。



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