浮遊大陸アルビオンの首都ロンディニム。その郊外にはかつて軍港と呼ばれたロサイスと言う港がある。
この港が軍港では無くなった日から、港の中心に一つの銅像が建てられていた。
「ママ、あれなあに?」
一人の子供が銅像を指差しながら母親に尋ねた。
「あれはね、皆を守ってくれた天使さまなのよ」
母親は笑いながら子供に答えた。
この港が軍港では無くなった日から、港の中心に一つの銅像が建てられていた。
「ママ、あれなあに?」
一人の子供が銅像を指差しながら母親に尋ねた。
「あれはね、皆を守ってくれた天使さまなのよ」
母親は笑いながら子供に答えた。
『彼』は、後に虚無のルイズと呼ばれる少女に召喚された。
そして後世において彼は始祖ブリミルが遣わした天使と呼ばれ、平和の象徴とされた。
そして後世において彼は始祖ブリミルが遣わした天使と呼ばれ、平和の象徴とされた。
「でもてんしさまなのにはねがないよ?」
その銅像は人では無く、丸っこい変な物体を象っていた。確かに、子供で無くてもこの奇妙なオブジェを見掛けたら首をかしげるだろう。
「そうね。不思議な姿をしているわね」
その銅像は人では無く、丸っこい変な物体を象っていた。確かに、子供で無くてもこの奇妙なオブジェを見掛けたら首をかしげるだろう。
「そうね。不思議な姿をしているわね」
『彼』は何とも形容し難い姿をしていて、全身は金属で作られていた。
誰もが変人の作った彫刻だと判断したが、『彼』は自分の意思を持ち、不思議な足で自由に移動することもできた。
誰もが変人の作った彫刻だと判断したが、『彼』は自分の意思を持ち、不思議な足で自由に移動することもできた。
「ママ、てんしさまがけがしてるよ? なおしてあげないの?」
銅像の天辺には大きな傷がついていた。そのせいで、ただでさえおかしな姿をしている銅像はより変なものに見えた。
「違うのよ。天使さまは怪我をしているんじゃなくてああいう姿をしているの」
銅像の天辺には大きな傷がついていた。そのせいで、ただでさえおかしな姿をしている銅像はより変なものに見えた。
「違うのよ。天使さまは怪我をしているんじゃなくてああいう姿をしているの」
『彼』は全身の至るところに傷がついており、頭と思われる場所には亀裂すら走っていた。誰もが珍妙な粗大ゴミとしか思わなかった。
しかし不思議なことに、『彼』の身体は今まで存在していなかった不思議な金属で作られており、誰も『彼』を傷つけることはできなかった。
しかし不思議なことに、『彼』の身体は今まで存在していなかった不思議な金属で作られており、誰も『彼』を傷つけることはできなかった。
「ママ、てんしさまよごれてるのにきれいにしちゃダメなの?」
その銅像には幾つかの汚れがついていた。汚い と呼ぶほどのものでは無いがお世辞にも綺麗とは言えなかった。
「あれはね、天使さまがご主人さまを守った証なの。だから綺麗にしちゃダメなのよ」
その銅像には幾つかの汚れがついていた。汚い と呼ぶほどのものでは無いがお世辞にも綺麗とは言えなかった。
「あれはね、天使さまがご主人さまを守った証なの。だから綺麗にしちゃダメなのよ」
『彼』は争いごとを好まなかった。忌み嫌っていたと呼んでも良いだろう。
その為、『彼』が誰かを傷つけることは無かった。いつも厄介事に首をつっこみたがる主を庇うだけで、決して反撃することは無かった。
その為、『彼』が誰かを傷つけることは無かった。いつも厄介事に首をつっこみたがる主を庇うだけで、決して反撃することは無かった。
「ママ、なんでてんしさまはここにいるの?」
「それはね、天使さまがこの街を守ってくれたからなのよ」
「それはね、天使さまがこの街を守ってくれたからなのよ」
それまでに何があったのか。それを語ったところで事実が覆ることは無い。
ならば事実だけを語ろう。
ロサイスの港にアルビオンの軍勢七万騎が迫っていた。
このような事態を想定していなかったトリスティン軍は混乱を極め、主力部隊をどうやって撤退させるかしか考えられなかった。
そして出た結論は時間が足りないと言うことだった。このまま戦っては数の差で確実に負け、撤退するにも時間が足りず主力の大部分は犠牲となる。
その為、首脳部は主力部隊の撤退が完了する時間――約一日分――を稼ぐため、ルイズ一人に七万の軍勢を足止めするように命じた。
撤退も降服も負けることさえ許さず、たった一人の少女を生贄に捧げることにした。
もちろん、通常ならば考えられないことだ。たった一人では足止めなどできる筈が無い。
七万と言う大波に呑まれ、蹂躙され、何事も無かったかのようにアルビオン軍は進軍を続けるだけだ。
しかし彼女の持つ魔法が、虚無と言う他を遥かに圧倒する力が、首脳部の言い訳に使われた。
その命令を下されたルイズは無表情のまま時を過ごした。ただ、『彼』をどうやってこの街から逃がすかを考えていた。
最初は知り合いのメイドに預けようとした。そうすればメイドが逃げる時間さえ稼げれば『彼』を救うことができる。
数々の危機から自分を守ってくれた『彼』を、初めて守ることができる。そう、思った。
しかし不運なことにメイドを見つけることができなかった。『彼』もロサイスの街に残してしまうことになった。
次にルイズは『彼』に一つの命令を下した。トリスティンの友軍が戻ってくるまで身動き一つせず、変な形をした鉄塊でいろと命令した。
どこかの土のメイジが気まぐれで作った鉄塊。そんなものを破壊するほどアルビオンの兵も酔狂では無いだろう。
『彼』は確かにその命令を聞いた。ルイズは『彼』が助かることに安堵した途端に倒れ、眠ってしまった。
数々の心労が、彼女を蝕んだのだろう。
しかしルイズが目を覚ました時、それは彼女が死地へ赴く時であった。
『彼』は初めて主の命を破り、ロサイスの街を抜けだした。
ならば事実だけを語ろう。
ロサイスの港にアルビオンの軍勢七万騎が迫っていた。
このような事態を想定していなかったトリスティン軍は混乱を極め、主力部隊をどうやって撤退させるかしか考えられなかった。
そして出た結論は時間が足りないと言うことだった。このまま戦っては数の差で確実に負け、撤退するにも時間が足りず主力の大部分は犠牲となる。
その為、首脳部は主力部隊の撤退が完了する時間――約一日分――を稼ぐため、ルイズ一人に七万の軍勢を足止めするように命じた。
撤退も降服も負けることさえ許さず、たった一人の少女を生贄に捧げることにした。
もちろん、通常ならば考えられないことだ。たった一人では足止めなどできる筈が無い。
七万と言う大波に呑まれ、蹂躙され、何事も無かったかのようにアルビオン軍は進軍を続けるだけだ。
しかし彼女の持つ魔法が、虚無と言う他を遥かに圧倒する力が、首脳部の言い訳に使われた。
その命令を下されたルイズは無表情のまま時を過ごした。ただ、『彼』をどうやってこの街から逃がすかを考えていた。
最初は知り合いのメイドに預けようとした。そうすればメイドが逃げる時間さえ稼げれば『彼』を救うことができる。
数々の危機から自分を守ってくれた『彼』を、初めて守ることができる。そう、思った。
しかし不運なことにメイドを見つけることができなかった。『彼』もロサイスの街に残してしまうことになった。
次にルイズは『彼』に一つの命令を下した。トリスティンの友軍が戻ってくるまで身動き一つせず、変な形をした鉄塊でいろと命令した。
どこかの土のメイジが気まぐれで作った鉄塊。そんなものを破壊するほどアルビオンの兵も酔狂では無いだろう。
『彼』は確かにその命令を聞いた。ルイズは『彼』が助かることに安堵した途端に倒れ、眠ってしまった。
数々の心労が、彼女を蝕んだのだろう。
しかしルイズが目を覚ました時、それは彼女が死地へ赴く時であった。
『彼』は初めて主の命を破り、ロサイスの街を抜けだした。
「なんだ、こりゃ」
『彼』は主に代わり、ただ一人だけでアルビオン軍と対峙していた。
アルビオンの斥候も変な鉄塊が本隊に接近していることに疑問を抱いたが、おかしなゴーレムかガーゴイルだと判断した。
当然、そんな物の為に進軍を止める筈が無く、七万の大波が彼を呑み込もうとした。
その時、彼はアルビオン軍の誰も聞いたことが無い、無機質な声を上げた。
「私ノ命ハ」
アルビオン軍にとってガーゴイルは喋ったことなどどうでも良いことだった。
そんなことより、ロサイスの街を蹂躙することの方が大事だった。
「平和ノタメノ礎トナロウ」
『彼』は主に代わり、ただ一人だけでアルビオン軍と対峙していた。
アルビオンの斥候も変な鉄塊が本隊に接近していることに疑問を抱いたが、おかしなゴーレムかガーゴイルだと判断した。
当然、そんな物の為に進軍を止める筈が無く、七万の大波が彼を呑み込もうとした。
その時、彼はアルビオン軍の誰も聞いたことが無い、無機質な声を上げた。
「私ノ命ハ」
アルビオン軍にとってガーゴイルは喋ったことなどどうでも良いことだった。
そんなことより、ロサイスの街を蹂躙することの方が大事だった。
「平和ノタメノ礎トナロウ」
翌朝、目覚めたルイズは『彼』がどこにもいないことに気がついた。
ルイズはアルビオン軍の存在を忘れ『彼』を探したが、街のどこにも『彼』の姿は無かった。
そしてアルビオン軍のことを思い出した。街にいない『彼』と街に来ない軍の存在を結びつけたルイズは街を飛び出した。
そこにあったのは夥しい数の肉片と血の海だった。
この世の全ての命が奪われたような錯覚を覚えたルイズは、途中で何度も吐き気を催しながらも『彼』を探し続けた。
そして頭上に太陽が昇り、血の臭いに何も感じ無くなったころ、ルイズはようやく『彼』を見つけることができた。
『彼』の身体はバラバラになっていた。スクウェアスペルを食らっても傷一つ付かない筈の身体が、それでも七万もの数を防ぎきることができず、頭部だけを残して完全に壊されてしまっていた。
「…………なんでよ……」
『彼』の頭部を見つけてから数分経ち、ルイズはその一言をようやく腹の底から絞りだすことができた。
そしてその声に反応したのか、『彼』の顔面に小さな光が点った。
「私ノ、役、 メハ 終エマシ、 タ」
『彼』の声は途切れ途切れになり、更に雑音まで混じっていた。とても声には聞こえない、耳触りな音だった。
しかしルイズは彼の声を一語一句を違えること無く聞きとった。そして、彼との別れを理解した。
「何、言ってる のよ、 あん たは、わたしの使い 魔、なのよ」
ルイズは『彼』の頭部を胸に抱えながら叫んだ。『彼』との別れを否定するため、全身全霊を上げて。
もはやそれは声では無かった。『彼』と同じ、雑音にしか聞こえないものだった。
「世界ハ平和、 モウ、誰モ キズツカナイ世界…」
『彼』の声を聞きながらルイズは泣いていた。でも、声をあげることはしなかった。
もうこれが最後だから、『彼』の最後の言葉を聞き逃さないため、必死に自分の声を抑えた。
「…… …ヨカッ」
そして『彼』に点っていた最後の光が消えた。最後の言葉を言いきれずに。
それからルイズは泣き続けた。声にならない叫びをあげながら。
ようやく泣き止んだ頃には、日はすっかりと傾いていた。
「……帰りましょう」
泣き止んだルイズは、『彼』の頭部を抱えながら呟いた。
喉はすっかり枯れていたが、彼女を知る誰もが知らないような優しい声だった。
「あんたは、平和の英雄なんだから……」
ルイズはアルビオン軍の存在を忘れ『彼』を探したが、街のどこにも『彼』の姿は無かった。
そしてアルビオン軍のことを思い出した。街にいない『彼』と街に来ない軍の存在を結びつけたルイズは街を飛び出した。
そこにあったのは夥しい数の肉片と血の海だった。
この世の全ての命が奪われたような錯覚を覚えたルイズは、途中で何度も吐き気を催しながらも『彼』を探し続けた。
そして頭上に太陽が昇り、血の臭いに何も感じ無くなったころ、ルイズはようやく『彼』を見つけることができた。
『彼』の身体はバラバラになっていた。スクウェアスペルを食らっても傷一つ付かない筈の身体が、それでも七万もの数を防ぎきることができず、頭部だけを残して完全に壊されてしまっていた。
「…………なんでよ……」
『彼』の頭部を見つけてから数分経ち、ルイズはその一言をようやく腹の底から絞りだすことができた。
そしてその声に反応したのか、『彼』の顔面に小さな光が点った。
「私ノ、役、 メハ 終エマシ、 タ」
『彼』の声は途切れ途切れになり、更に雑音まで混じっていた。とても声には聞こえない、耳触りな音だった。
しかしルイズは彼の声を一語一句を違えること無く聞きとった。そして、彼との別れを理解した。
「何、言ってる のよ、 あん たは、わたしの使い 魔、なのよ」
ルイズは『彼』の頭部を胸に抱えながら叫んだ。『彼』との別れを否定するため、全身全霊を上げて。
もはやそれは声では無かった。『彼』と同じ、雑音にしか聞こえないものだった。
「世界ハ平和、 モウ、誰モ キズツカナイ世界…」
『彼』の声を聞きながらルイズは泣いていた。でも、声をあげることはしなかった。
もうこれが最後だから、『彼』の最後の言葉を聞き逃さないため、必死に自分の声を抑えた。
「…… …ヨカッ」
そして『彼』に点っていた最後の光が消えた。最後の言葉を言いきれずに。
それからルイズは泣き続けた。声にならない叫びをあげながら。
ようやく泣き止んだ頃には、日はすっかりと傾いていた。
「……帰りましょう」
泣き止んだルイズは、『彼』の頭部を抱えながら呟いた。
喉はすっかり枯れていたが、彼女を知る誰もが知らないような優しい声だった。
「あんたは、平和の英雄なんだから……」
その後、ルイズは仲間たちと共に戦い、終にはハルケギニアに平和をもたらした。
それからの世界は平和そのものだった。ロサイスに銅像が建てられ、平和の象徴と呼ばれている『彼』もきっと喜んでいるだろう。
そして、見守り、支え続けているだろう。
この世界の平和を、ずっと……遥か未来まで――
それからの世界は平和そのものだった。ロサイスに銅像が建てられ、平和の象徴と呼ばれている『彼』もきっと喜んでいるだろう。
そして、見守り、支え続けているだろう。
この世界の平和を、ずっと……遥か未来まで――
コズミックブレイク「平和のスクラップ」より、キャノンボールを召喚