「……なるほど、そうかね。……ふむ、これは……」
長く白い口ひげをいじりながら、その総髪の老人、学院長のオールド・オスマンは呟いた。
「なるほどのう……。そういうことが……うーむむむ……」
厳かに呟いてはいるが、どうにも対処が分からない、ということはなんとなく分かる。
あれから、ルイズ達は状況を近くにいた教師に報告して、学院長の居室まで連れて来られていた。
一応、目撃者兼証人ということでキュルケとタバサもついてきている。
「……前代未聞じゃのう、これは。はっきり言って、考えられん事態じゃ。使い魔は常に一人一つ……根っこからひっくり返すよう
な珍事じゃな」
「……」
クリフは黙って聞いている。キクロプスは壁を背に、ヴォルフは物珍しそうに周囲を見回していた。才人は当然ながら、心なしか
不安そうに怪訝な顔である。生徒でもある他の三人はきちんと直立していた。
「ただでさえミス・ヴァリエールに三人も使い魔が出たと聞いて、よく観察しておくように、とは言っておいたんじゃがな……おま
けにもう一人出てくるとはの。これは一体どうなっておるんじゃろうな?」
「わ、わたしのせいです! すいません!」
ルイズが頭を下げるが、オスマンはニコニコしながら、
「いや、君を責めるつもりなどこれっぽちもありはせんよ、ミス・ヴァリエール。だいたい、増えたからといって責める道理などな
いしの。単純に不思議なだけじゃ、なぜこのようなことが起きたのか……ふむ」
そこでいったん言葉を止め、思索している。やがてクリフの方を向き、
「クリフ君……いや、ミスタ・ギルバートといったのう。君達三人は知己なのじゃろう? しかし、その少年……サイト君と言った
か、彼はまったくの赤の他人でいいんじゃな?」
「はい、そうですね。彼もまた東京という都市から来たようですが、面識はありません」
「お、俺も知らないです……?」
「うーむ……。一ヶ所の所から三人が来た、ならまだ魔方陣のエラーかなにか、不都合が起きたと考えることもできるが……再び召
喚できたのはなぜなのか……? 謎は深まるばかりじゃのう」
そう言って、少しニヤリと笑って手元のパイプを吹かす。少々嬉しそうに見える……というか、新しい玩具を見つけた子供のよう
な瞳の色をしているのは気のせいだろうか?
「探偵心がうずくのう? この謎を解き明かさなければ夜も眠れんことじゃのう。ふむ、ベレー帽が欲しいところじゃ。ミス・ロン
グビル?」
「おふざけはお止めになってください。真面目なお話です」
ピシャリ、と秘書のロングビルが言い放つ。
「いやわしはちょっと場を和まそうかな、と思っただけでじゃな……」
「必要ありません」
「手厳しいのう……で、じゃ。契約だけは終わっておるわけじゃな? ミス・ヴァリエール」
ルイズはコクリと頷いた。
「は、はい! 出来てます!」
「よろしい、実にけっこう。では、あとはこちらで対処を考えよう。しばらく待って欲しい。おっと、心配することはないんじゃぞ
ミス・ヴァリエール。君は悪いことなど一つもしておらんからの、胸を張っていなさい。……ただし、これ以上の召喚の試みは控え
ておきなさい。大丈夫かの?」
「は、はい」
「それでは話は以上じゃ。時間を取らせてすまなかったの、もう昼時じゃ。ゆっくり昼食をとって、午後の授業に出るとしなさい」
「はい、失礼します」
そう言ってルイズ達は頭を下げて、退出していく。しかし、クリフはすぐにその場を立ち去らなかった。
「……なんじゃの? なにか聞きたいことでも?」
「はい。大変失礼ですが、もしよろしければもう少々だけお時間を頂けませんか?」
「むろん構わないがの?」
「ありがとうございます。それでは……ああ、失礼。キクロプス、大丈夫だ。先に行っていてくれ」
いつの間にスコープをとったのか、ドアの隙間からキラリと光る眼光を覗かせながら、わずかにキクロプスが頷いた。すぐに見え
なくなる。
「失礼しました」
「……ふむ。なかなか恐ろしい使い手と見受けるのう。あんな目は久々じゃ」
「僕の仲間がお恥ずかしい限りで。ただ、彼は信用できる男です。ご安心を」
「いやいや、気にせんでええよ。君ももっとリラックスしたまえ。わしはそんなつまらんことで気分を害したりはせん。……それで、
聞きたいこととは?」
「はい。召喚の魔方陣、についてなのですが、いくつかお聞きしたいことが」
「ふむ」
「まず、死人を蘇らせて召喚できるのか、ということ。また、異世界から人を召喚できるのか、ということ」
「ふーむ。……君達が生き返ったらしい、という話はミスタ・コルベールから報告を受けてはおる。そして、そんな話は聞いたこと
がないのう。というより、あり得ん。わしらの召喚はその場の生物をその状態のまま、そっくり持ってくるものじゃからの。……今、
異世界、と言ったかの?」
椅子に腰掛けているオスマンが、机の上で手を組んで計るような視線を向けてくる。その悪戯っぽい瞳になにを含んでいるのか、
窺い知ることはできない。
「はい。我々は、異世界から来ました。この世界ではありません。間違いなく。そしておそらくあの少年も、また」
「……」
「荒唐無稽なことと受け取られるかも知れませんが。確かに、我々は違う世界の住人です。元の世界にはこの世界における魔法や、
トリステインという国名は存在していません。我々は完全な異邦人です」
「……うーむ。本当にそうかの? どこか遠い国から来たとか……」
「それはあり得ません、残念ながら。我々の世界では地球表面、全球上の探索をとうに終えています。あらゆる国はあらゆる国と国
交を結び、またいつでも結べる状態であり、未知の国家は存在しません」
「全球……?」
「……全世界です、失礼」
……なるほど、この世界は地動説以前の時代か。案外、球状じゃないかもしれないな。
クリフが内心そう納得しかけたところで、
「いやいや、聞いたことがあるわい。港沿いの街で、漁師が世界は丸い、と言っておった覚えがある。確かに、水平線を見れば一目
瞭然ではあった。なるほどのう……」
「少なくとも、私のいた世界では大地は球状でした。……我々は異世界の住人であり、そして、そこにいずれは戻りたいと考えてい
ます」
「ふむ? しかし、君はコントラクト・サーヴァントを受け、使い魔としてミス・ヴァリエールにつくことになってしまったわけじ
ゃが」
「ええ。ですが……私には、むこうに置いてきた仲間が二人いるのです。私の妹が一人と、まだ幼い女の子が一人。彼女達を置き去
りにしたままでは」
「……たしかに、そうじゃの。人を召喚してしまった以上、そういった関係性をすっぽり無視して呼び出されて来てしまってるわけ
じゃからな。さっきの話も、それが元で新たな少年を召喚してしまったわけじゃし……」
「実際、彼は本来完全な無関係者です。巻き込んでしまった責任は我々三人、ひいては私にあります」
「いやいや、君も知らなかっただけじゃ。それに君も巻き込まれた側で元々は無関係じゃ。しかし、わしらの召喚呪文はいわば人攫
いならぬ使い魔攫いじゃからな。人間を対象に適用されるとは思ってもみなかったのじゃ」
「……そこで、最後にもう一つだけお聞きしたいことがあります。召喚された存在を、元の場所に戻す呪文はありませんか? あの
少年も、おそらくは家族がいるでしょう。彼も元の世界に帰さなければ」
核心の質問をぶつけると、オスマンはぐむむ、と唸った。
「……ないのう。わしはこう見えてもそこらのヨボヨボジジイよりはるかに長く生きておるが……今まで聞いたことがない。残念な
がらの」
「……そうですか」
つい、少し俯いてしまう。この長老然とした老魔法使いに言われては、ずいぶんと重く説得力がのしかかってきてしまう。
「とはいえ、わしも魔法の全てを知っているとはとても言えん。どこかにそういう呪文があるやもしれぬし、希望がまったくないわ
けではない。そうじゃな……ミスタ・コルベールは知っておると思うが」
指を立てて、オスマンはこちらをちらりと見る。
「最初の草原にいた、生徒を引率していたあの方ですね?」
「うむ。光る頭がトレードマークじゃ。あれほどの輝きはこの学園では一人しかおらぬ」
「……は、はあ」
「彼はかなり……古文書フリーク、とでも言おうか。実践としても相当な腕前じゃが、なにより学問学術として魔法に詳しい教師じゃ。
彼に伝えておくでの、協力をさせよう」
「本当ですか? それは……ありがとうございます」
「ついでじゃ、図書館も一部教師以外に入れない、重要書物のある『フェニア』の区画も開放しよう。そこで調べてみるとよい。ミ
スタ・コルベールもちょうど今そこで調べ物をしているらしいしの。なに、わしが直々に言っておくでの、他の貴族連中がどうこう
言ったらわしの名前を出しなさい。たいていは問題なかろうて」
「名前を? そこまでしていただくのは……」
「いやいや、よい。呼び出してしまった側として、これぐらい骨を折るのは当然じゃ。むしろ、これだけしかしてやれん。すまんの」
「……ご厚意、ありがたく頂戴します」
クリフは頭を下げた。オスマンはニッカと笑って手を振る。
「よいよい。おっと、もうこんな時間じゃ。急がんと昼飯を食いそびれるぞい。今日のメニューはなにかの、ミス・ロングビル?」
オスマンがそう聞くと、ロングビルはすっと一枚の紙を差し出した。今日の献立表らしい。
「自分でお確かめになってください」
「冷たいのう……。と、そういうわけじゃ。わからんことがあればまたここへ来ればよい。わしはたいていはここにおる」
「はい、お時間をとらせて申し訳ありません。ありがとうございました、失礼……それでは」
もう一度一礼して、クリフは学院長の室を後にした。
長く白い口ひげをいじりながら、その総髪の老人、学院長のオールド・オスマンは呟いた。
「なるほどのう……。そういうことが……うーむむむ……」
厳かに呟いてはいるが、どうにも対処が分からない、ということはなんとなく分かる。
あれから、ルイズ達は状況を近くにいた教師に報告して、学院長の居室まで連れて来られていた。
一応、目撃者兼証人ということでキュルケとタバサもついてきている。
「……前代未聞じゃのう、これは。はっきり言って、考えられん事態じゃ。使い魔は常に一人一つ……根っこからひっくり返すよう
な珍事じゃな」
「……」
クリフは黙って聞いている。キクロプスは壁を背に、ヴォルフは物珍しそうに周囲を見回していた。才人は当然ながら、心なしか
不安そうに怪訝な顔である。生徒でもある他の三人はきちんと直立していた。
「ただでさえミス・ヴァリエールに三人も使い魔が出たと聞いて、よく観察しておくように、とは言っておいたんじゃがな……おま
けにもう一人出てくるとはの。これは一体どうなっておるんじゃろうな?」
「わ、わたしのせいです! すいません!」
ルイズが頭を下げるが、オスマンはニコニコしながら、
「いや、君を責めるつもりなどこれっぽちもありはせんよ、ミス・ヴァリエール。だいたい、増えたからといって責める道理などな
いしの。単純に不思議なだけじゃ、なぜこのようなことが起きたのか……ふむ」
そこでいったん言葉を止め、思索している。やがてクリフの方を向き、
「クリフ君……いや、ミスタ・ギルバートといったのう。君達三人は知己なのじゃろう? しかし、その少年……サイト君と言った
か、彼はまったくの赤の他人でいいんじゃな?」
「はい、そうですね。彼もまた東京という都市から来たようですが、面識はありません」
「お、俺も知らないです……?」
「うーむ……。一ヶ所の所から三人が来た、ならまだ魔方陣のエラーかなにか、不都合が起きたと考えることもできるが……再び召
喚できたのはなぜなのか……? 謎は深まるばかりじゃのう」
そう言って、少しニヤリと笑って手元のパイプを吹かす。少々嬉しそうに見える……というか、新しい玩具を見つけた子供のよう
な瞳の色をしているのは気のせいだろうか?
「探偵心がうずくのう? この謎を解き明かさなければ夜も眠れんことじゃのう。ふむ、ベレー帽が欲しいところじゃ。ミス・ロン
グビル?」
「おふざけはお止めになってください。真面目なお話です」
ピシャリ、と秘書のロングビルが言い放つ。
「いやわしはちょっと場を和まそうかな、と思っただけでじゃな……」
「必要ありません」
「手厳しいのう……で、じゃ。契約だけは終わっておるわけじゃな? ミス・ヴァリエール」
ルイズはコクリと頷いた。
「は、はい! 出来てます!」
「よろしい、実にけっこう。では、あとはこちらで対処を考えよう。しばらく待って欲しい。おっと、心配することはないんじゃぞ
ミス・ヴァリエール。君は悪いことなど一つもしておらんからの、胸を張っていなさい。……ただし、これ以上の召喚の試みは控え
ておきなさい。大丈夫かの?」
「は、はい」
「それでは話は以上じゃ。時間を取らせてすまなかったの、もう昼時じゃ。ゆっくり昼食をとって、午後の授業に出るとしなさい」
「はい、失礼します」
そう言ってルイズ達は頭を下げて、退出していく。しかし、クリフはすぐにその場を立ち去らなかった。
「……なんじゃの? なにか聞きたいことでも?」
「はい。大変失礼ですが、もしよろしければもう少々だけお時間を頂けませんか?」
「むろん構わないがの?」
「ありがとうございます。それでは……ああ、失礼。キクロプス、大丈夫だ。先に行っていてくれ」
いつの間にスコープをとったのか、ドアの隙間からキラリと光る眼光を覗かせながら、わずかにキクロプスが頷いた。すぐに見え
なくなる。
「失礼しました」
「……ふむ。なかなか恐ろしい使い手と見受けるのう。あんな目は久々じゃ」
「僕の仲間がお恥ずかしい限りで。ただ、彼は信用できる男です。ご安心を」
「いやいや、気にせんでええよ。君ももっとリラックスしたまえ。わしはそんなつまらんことで気分を害したりはせん。……それで、
聞きたいこととは?」
「はい。召喚の魔方陣、についてなのですが、いくつかお聞きしたいことが」
「ふむ」
「まず、死人を蘇らせて召喚できるのか、ということ。また、異世界から人を召喚できるのか、ということ」
「ふーむ。……君達が生き返ったらしい、という話はミスタ・コルベールから報告を受けてはおる。そして、そんな話は聞いたこと
がないのう。というより、あり得ん。わしらの召喚はその場の生物をその状態のまま、そっくり持ってくるものじゃからの。……今、
異世界、と言ったかの?」
椅子に腰掛けているオスマンが、机の上で手を組んで計るような視線を向けてくる。その悪戯っぽい瞳になにを含んでいるのか、
窺い知ることはできない。
「はい。我々は、異世界から来ました。この世界ではありません。間違いなく。そしておそらくあの少年も、また」
「……」
「荒唐無稽なことと受け取られるかも知れませんが。確かに、我々は違う世界の住人です。元の世界にはこの世界における魔法や、
トリステインという国名は存在していません。我々は完全な異邦人です」
「……うーむ。本当にそうかの? どこか遠い国から来たとか……」
「それはあり得ません、残念ながら。我々の世界では地球表面、全球上の探索をとうに終えています。あらゆる国はあらゆる国と国
交を結び、またいつでも結べる状態であり、未知の国家は存在しません」
「全球……?」
「……全世界です、失礼」
……なるほど、この世界は地動説以前の時代か。案外、球状じゃないかもしれないな。
クリフが内心そう納得しかけたところで、
「いやいや、聞いたことがあるわい。港沿いの街で、漁師が世界は丸い、と言っておった覚えがある。確かに、水平線を見れば一目
瞭然ではあった。なるほどのう……」
「少なくとも、私のいた世界では大地は球状でした。……我々は異世界の住人であり、そして、そこにいずれは戻りたいと考えてい
ます」
「ふむ? しかし、君はコントラクト・サーヴァントを受け、使い魔としてミス・ヴァリエールにつくことになってしまったわけじ
ゃが」
「ええ。ですが……私には、むこうに置いてきた仲間が二人いるのです。私の妹が一人と、まだ幼い女の子が一人。彼女達を置き去
りにしたままでは」
「……たしかに、そうじゃの。人を召喚してしまった以上、そういった関係性をすっぽり無視して呼び出されて来てしまってるわけ
じゃからな。さっきの話も、それが元で新たな少年を召喚してしまったわけじゃし……」
「実際、彼は本来完全な無関係者です。巻き込んでしまった責任は我々三人、ひいては私にあります」
「いやいや、君も知らなかっただけじゃ。それに君も巻き込まれた側で元々は無関係じゃ。しかし、わしらの召喚呪文はいわば人攫
いならぬ使い魔攫いじゃからな。人間を対象に適用されるとは思ってもみなかったのじゃ」
「……そこで、最後にもう一つだけお聞きしたいことがあります。召喚された存在を、元の場所に戻す呪文はありませんか? あの
少年も、おそらくは家族がいるでしょう。彼も元の世界に帰さなければ」
核心の質問をぶつけると、オスマンはぐむむ、と唸った。
「……ないのう。わしはこう見えてもそこらのヨボヨボジジイよりはるかに長く生きておるが……今まで聞いたことがない。残念な
がらの」
「……そうですか」
つい、少し俯いてしまう。この長老然とした老魔法使いに言われては、ずいぶんと重く説得力がのしかかってきてしまう。
「とはいえ、わしも魔法の全てを知っているとはとても言えん。どこかにそういう呪文があるやもしれぬし、希望がまったくないわ
けではない。そうじゃな……ミスタ・コルベールは知っておると思うが」
指を立てて、オスマンはこちらをちらりと見る。
「最初の草原にいた、生徒を引率していたあの方ですね?」
「うむ。光る頭がトレードマークじゃ。あれほどの輝きはこの学園では一人しかおらぬ」
「……は、はあ」
「彼はかなり……古文書フリーク、とでも言おうか。実践としても相当な腕前じゃが、なにより学問学術として魔法に詳しい教師じゃ。
彼に伝えておくでの、協力をさせよう」
「本当ですか? それは……ありがとうございます」
「ついでじゃ、図書館も一部教師以外に入れない、重要書物のある『フェニア』の区画も開放しよう。そこで調べてみるとよい。ミ
スタ・コルベールもちょうど今そこで調べ物をしているらしいしの。なに、わしが直々に言っておくでの、他の貴族連中がどうこう
言ったらわしの名前を出しなさい。たいていは問題なかろうて」
「名前を? そこまでしていただくのは……」
「いやいや、よい。呼び出してしまった側として、これぐらい骨を折るのは当然じゃ。むしろ、これだけしかしてやれん。すまんの」
「……ご厚意、ありがたく頂戴します」
クリフは頭を下げた。オスマンはニッカと笑って手を振る。
「よいよい。おっと、もうこんな時間じゃ。急がんと昼飯を食いそびれるぞい。今日のメニューはなにかの、ミス・ロングビル?」
オスマンがそう聞くと、ロングビルはすっと一枚の紙を差し出した。今日の献立表らしい。
「自分でお確かめになってください」
「冷たいのう……。と、そういうわけじゃ。わからんことがあればまたここへ来ればよい。わしはたいていはここにおる」
「はい、お時間をとらせて申し訳ありません。ありがとうございました、失礼……それでは」
もう一度一礼して、クリフは学院長の室を後にした。
「……なんで俺、ここでメシ食ってるんだ? なんでですかね?」
そう言って、才人は骨付き肉にかぶりつきながら首を傾げた。
「さあ、アタシは知らないわ。巡り合わせってやつじゃない?」
ワインをビンごとぐいぐい飲りつつ舌平目のソテーに舌鼓みを打って、実際は言いだしっぺの元凶であったヴォルフが能天気に返す。
ここはアルヴィーズの食堂である。才人も含めた四人の従者は貴族用の椅子に座って、マナーもひどいままテーブルの上の料理を
ガツガツと平らげていた。
「…………」
「……ヴォルフ、お前はひどい奴だな」
まだ大人しくパンを齧っているキクロプスと、唯一見よう見まね程度にはテーブルマナーをしているクリフがじとっとした目線を
向ける。
「? 何が?」
「……いや、いい」
心の中でため息をつく。そうだ、こいつはこれが自然体だった。おそらくいまのところ悪気も罪の意識も特にない。
「ちょっと、少しは大人しく食べなさいよ。恥ずかしいわ」
ルイズがさすがに辟易とした声を出した。
ルイズのテーブルマナーはえらく堂に入ったもので、この若さで流れるようにナイフとフォークを操り音も立てずに食事をしている。
「え、別にいんじゃね? なんかダメなの?」
才人がボケッとした目をして言う。喋る間も口は物を噛んだままだ。
「別にいいわよねぇ。大した問題じゃないわよ、食べちゃえば一緒だし。んがー」
サラダをデカい口でほお張りつつ、ヴォルフが同意を示す。
「ひどいわこれ……。大外れかしら……」
暗澹とした顔でルイズが呟いた。ちょっと顔色さえ悪くなってきている。
「外れ? 外れってなにが?」
「気にしちゃダメよ、この子口が悪いんだから。あ、その肉いただき」
「あっ、ダメっすよ。俺が取っといたんだから。それは俺の」
「ケチケチしたこと言わないのよ。ほら、あっ、皿ごと逃がさないの」
「おっと危ねえ危ねえ。なんだか知らねえけど、こんな美味いメシ滅多に食えねえし。バクッ」
「あーチクショー、狙ってたのに。じゃあこっちの魚いただくわ」
「あっ! くそ、早え。口がおっつかねえ」
さながら飢えた動物が二匹である。いくらなんでも少しみっともない……。僕まで恥ずかしくなってくる……。ルイズがぴきぴき
血管を浮き出してきてるので、ちょっとまずいかもしれない。
「おい、ヴォルフ……」
と一応小声で注意してみるが、
「クリフも早く食べないと取られるわよ。食べないんならそれいただき」
と、僕の近くの皿が奪われた。全然聞くそぶりを見せない。ダメだこれは……。
そのうちに、ルイズの堪忍袋が破れたらしい。ドン! と机を叩いた。
「……いいかげんにしなさいあんた達……! 張り倒すわよ……? 欲しいなら給仕に言って。持ってきてもらえるから。頼むから
もうやめて」
そう言って、ルイズはチラリと後ろを振り返る。そこには同じくあまりお行儀のよろしくない好奇の目がいくつもあった。
「なによ、そうなの? それなら早く言ってくれればいいのに」
「なんだよ、怖えなー。あ、じゃあ俺この肉もう一皿欲しい。ヴォルフさん? でしたっけ。も食います?」
「そうね、お願いサイトちゃん。しかしこのワインいけるわー。これももう一本ね」
「それ、俺も後で分けてください。ちょっとでいいんで。すいませーん!」
「未成年でしょーアンタ。まあ別にいいけど」
完全に街中のファミレス感覚である。
「……ちょ、ちょっとビックリだわ……」
ルイズの隣に座るキュルケもさすがに唖然とした声を出した。
「見ないで。見なかったことにしてちょうだい。あとで教育しておくから……!」
ナイフを持つ手を怒りで握りしめながら、ルイズはプルプルしていた。これはあとが大変そうだな。僕は知らないぞ。
「ほれはほもかく……ほのほ、どうふるの?」
「……せめて飲み込んでから喋ってちょうだい」
「ングっ。それで、この子どうするのよ? 一応使い魔の契約っての、したんでしょ? なんの説明もしてないけどいいの?」
「んあ? 使い魔ってなんだ? そもそもここどこだか俺わかんねえんだけど」
才人は自分の境遇を思い出したのか、首を傾げて不思議な顔をする。
「……ここはトリステイン。トリステイン魔法学院よ。あんたは、光栄にもこのわたしの使い魔として召喚されたのよ。喜びなさい」
「んぐんぐ、召喚? はぁ? 何言ってんだお前」
びきっとルイズの額に筋が増える。
「……ダメだわ、こいつも駄犬だわ……。なんでこー人の勘に触れるのがくるのよ……」
「ああ? なんだよ、口悪いなぁ。俺なんかしましたかね?」
「さあ? アタシの時もこんな感じだったけど。ま、通過儀礼みたいなもんじゃない?」
「つーか俺なにされたんですかね? 道端の変な扉くぐったら、気づいたら教室? で倒れてたんすけど。それで、起きたらキ……」
契約の際のキスを思い出したのか、少し食べる勢いが止まって、才人が顔を赤くする。
「あら、アンタうぶねー。こんなちみっこいののキスで赤くなるなんて」
「いや、まあその……」
「アタシもされたわよ、それ。ビックリしたわよ」
「……え」
「ん? ああ、そうね。間接キスになるわね、アタシとの」
「うわ、ちょっとマジ勘弁してくださいよ。食欲落ちる……」
「あら、照れちゃって」
「て、照れてないです……うわマジかよ、うえ」
ルイズが俯いてぴくぴくとこめかみを動かした。完全に置いてけぼりにして会話を進める二人に、ルイズの激怒が高まっているら
しい。さらにもう一本額にタテ筋が生まれている。
「……と、とにかく、あんたはこれからわたしの使い魔よ。そのつもりでいてね」
「使い魔ぁ? よくわかんねーんだけど。それって、コウモリみたいなやつ?」
「……コウモリのがいくらかマシよ……! こんな駄目犬なんか……!」
言葉の中に怒りを滲ませながらルイズが呟く。語尾が微妙に震えているあたり、相当イライラしてきているようだ。
「はぁ? なんだよお前、さっきから突っかかるなぁ。なんの恨みがあるんだよ」
「なんかアタシの時よりキレてない? あ、アタシ分かったかも。ほらあれよ、気がある男の子に突っかかるみたいな」
「え!? マジですか、やべえ! さすが俺、一発で惚れさせちゃうとかすごくね? 俺かっこいいのかな」
「サイト君なかなかイケてると思うわよ? 顔も悪くないし、タッパもそこそこあるし」
「うわ、そんなに褒められたのはじめてだ。そっかー、惚れさせちゃったかー、罪作りだなー俺。最近かっこよくなってきた気がし
てたしなー」
「まあお嬢ちゃんくらいの年にはよくあることね。ちょっといいカンジのを見ると、つい恋に恋しちゃうのよ。怖いところね」
そこで、悪乗りを続けるファミレスコンビに、とうとうルイズの怒りが爆発した。立ち上がって怒鳴り散らす。
「いいかげんしなさーーーーーーい!! わ、わた、わたしをばかにしてるのこの二人組みは!! ゆ、ゆか、床に座らせるわよ
もう!! 蹴っ飛ばされたいの!?」
「なんだよ、そんなにキレることはねーじゃん。どうしたんだよホントに。下品だぞ」
「なーにかしらねー。ほら、はしたないわよ。ちゃんと椅子に座って食べなさい」
「こ、ここここのぉ!! ご、ごごご主人さまをななめなめなめ腐ってるるわわ!! ま、まままとめてちょちょ調教して……!!」
いかん、まずい。ヒートし過ぎだ。このままじゃ食卓をひっくり返しかねない。
「あーその、コホン。ヴォルフ、もうやめろ。サイト君、そこまでにしておいてくれ。ルイズちゃん、深呼吸するんだ。周囲が見てる」
クリフはとりあえずその場を落ちつかせる。大ゲンカしてまとめて外に叩き出されるのだけはちょっとゴメンである。
「えーなによークリフー。楽しくなってきたのにー」
「やっぱり確信犯でからかってるな? やめろったらやめろ、話が全然先に進んでないだろ。彼に説明しないと終わらない」
そう言うと、ヴォルフがはっとした。思い出したらしい。
「あ、そうだったわね。んで、使い魔ってやつなのよ、アタシ達も」
「そうなんすか?」
「そうなのよ。で、サイト君もこれから一員になっちゃうのよね、うん」
「へー」
「あら、軽いわね? ずいぶん気さくなのねぇ」
「いや、別に俺はこんな美味いメシとワイワイ楽しい集まりだったらいつでも大歓迎ですよ? 事情はよくわかんねえけど」
きょとんとした顔で才人は言う。
……。そうか、まずはそこの認識からか。
「あーそのねー、そのへんすんごい言いにくいんだけどねー……」
「ヴォルフ、僕が言う。……サイト君、落ちついて聞いて欲しい。たとえどれだけ驚いても、できるかぎり慌てずに。時間をかけて、
ゆっくり理解してもかまわないから」
「へ?」
「君は今……どこにいると思う?」
「……さあ? 分からないですけど」
「……簡潔に言おう。ここは、異世界だ。魔法が使われる世界。地球上のどこでもない。君のいた東京ではなく、そしてすぐには帰
れない。帰る目処も立っていない」
「……」
「僕達は昨日、この少女、ルイズちゃんに呼ばれてここに来た。そして、一方通行だ。ここから帰ることは今のところできない。こ
この学院長によれば、の話だが」
「……」
「次に待遇だ。とりあえず、衣食住はなんとか揃ってる。だから死の心配だけはしなくても大丈夫だ。ただし、このルイズちゃんの
従者として君は暮らすことになる……らしい。僕達も同じだ」
「……」
「今はそれだけでいい。他にも色々と突っ込むべきところはあるが……これ以上一気にましたてられても困るだろう」
……。……。……。
「……はい?」
「ああ、分かるよ。僕もそうだ。正直、今ここで夢が覚めないかと思ってるよ……」
「え、いや」
「だが現実らしい。現実らしいんだよこれは。本当に」
……。
「いやいやいや。なんですかそれ? 帰れないって、そんなバカな……」
「ハハハ、そうだね、バカなことだ。だが夢じゃないんだよ」
「え? いや、ホントにわけわかんないです。どうしたんですか?」
「だろうなぁ……。笑うしかないね、ハハハ」
「は、ハハハ……?」
「……冗談じゃないんだ、これは……」
……。……。……。……。……。……。……。……。……。
「……え゛っ」
「……帰れないんだよ。僕も君も……。少なくとも、おそらく数日中にどうにかできる話じゃない」
「……はい? ……えっ、なんで? ど、どうして、嘘ですよね?」
「嘘じゃないんだ……僕も頬を抓ったりしてみた。確かに痛い。ベットの上じゃないんだよ……」
「……はっ? はっ? ……はああ゛あっ!?」
「……残念だが……。だが、元はと言えば呼ばれたのは僕達だけだったんだ。それを、不慮とはいえ君を巻き込んでしまった……。
すまない。僕の責任だ」
「いやいやいやいやいや!? いやいやいやいやいや!?」
「君にも、君の両親にも僕は頭を下げなくてはならない。あの時、なぜその可能性に気づけなかったのか……。少し考えれば分かる
ことだった、ルイズちゃんは僕達を呼びたくて呼んだんじゃなかった……。間違って呼んだだけだ、と確かに言っていたのに……」
「えっえっええ゛っ!?」
「……僕が責任をもってなんとかする。だからまことにすまないが、それまで待って欲しいんだ」
「え……? え……?」
「なにをされても文句は言えない。殴らせろ、というなら殴っていい。申し訳ない……」
「……はへ……?」
才人の手から半分ほど食いちぎられた骨付き肉が落ちて、皿をカランと鳴らした。
宙を見つめたまま、才人は呆然としている。当たり前の反応だった。
しばらく、そのままの形で固まる。何も言えない状態らしい。そうだよな……。
「……あ、あのね? 実はアタシがちょーっとお嬢ちゃんにお願いして、もう一発召喚の呪も……おぶっ」
喋りかけようとしたヴォルフの口を手で塞ぐ。
「黙ってろ。僕が言うと言ったろう」
「ぷはっ、で、でも……」
「いいから黙ってろ。僕はあの時賛同していた。それに、誰が原因であろうと彼の今の状況が変わるわけじゃない」
クリフがそう言うと、キクロプスが静かに立ち上がってヴォルフの肩を叩いた。ヴォルフがぐっと押し黙る。
食卓が静かになる。やがて、ゆっくりと才人の口が開かれた。
「……ああ、分かったドッキリですよね。ドッキリだこれ。カメラ、カメラどこ?」
「ん? あ、いや、テレビ番組じゃ……」
「絶対ドッキリ。素人ドッキリとかマジかよー。うわ意外だったなー。そうだよ、そりゃそうに決まってる」
「落ちつくんだ。しっかりしろ、これは架空じゃない。現実なんだ。だからカメラは、……出てこない」
「……」
「……」
「……ハハハハハ! ハハハハハ! ハハハハハハハ! そんなバカなー!」
「……」
「……。……殴ってくれ! 誰か俺を殴ってくれ! さー夢から覚めるぞー! 俺は今日ハンバーグ食ってネットしてゴロゴロする
んだ! さー殴ってくれ!」
「……すまない……」
「いいから誰か殴って! さー早く! 思いっきりやってくれ、夢だから平気! ほら、早く! ガツンと! ドカーンと!」
宙に視線を飛ばしたまま、うつろな笑みを浮かべている才人。やけくその笑いをあげて、周囲にパンチをせがむ。ルイズがパン!
と拳を手で打って一歩前に出た。
「……じゃあ、わたしがやるわ」
「ちょ、ちょっと待ってお嬢!? ぶっちゃけアタシのせいだけどアンタもちょーっと違うわ!?」
ヴォルフが慌てて止めに入る。
「…………なんとも言えん……」
「申し訳ない、サイト君……」
「まー不憫ね……」
キュルケがふう、と息を吐いた。
「かわいそうっちゃかわいそうだけど。運が悪かったのね……あれ、タバサ?」
ふと気づくと、タバサがとことこと歩いて才人の前まで来ていた。
「あ、お前、お前でいいや、あはは。ちょっとでいいんだ、スパーンと殴ってくれ」
コクリ、とタバサが頷く。
「あっ、ちょっ……」
クリフが手を伸ばして止める前に。
まっすぐに突き出された、腰の入った強烈なストレートの拳がケタケタと笑う才人の顔面に炸裂した。
そう言って、才人は骨付き肉にかぶりつきながら首を傾げた。
「さあ、アタシは知らないわ。巡り合わせってやつじゃない?」
ワインをビンごとぐいぐい飲りつつ舌平目のソテーに舌鼓みを打って、実際は言いだしっぺの元凶であったヴォルフが能天気に返す。
ここはアルヴィーズの食堂である。才人も含めた四人の従者は貴族用の椅子に座って、マナーもひどいままテーブルの上の料理を
ガツガツと平らげていた。
「…………」
「……ヴォルフ、お前はひどい奴だな」
まだ大人しくパンを齧っているキクロプスと、唯一見よう見まね程度にはテーブルマナーをしているクリフがじとっとした目線を
向ける。
「? 何が?」
「……いや、いい」
心の中でため息をつく。そうだ、こいつはこれが自然体だった。おそらくいまのところ悪気も罪の意識も特にない。
「ちょっと、少しは大人しく食べなさいよ。恥ずかしいわ」
ルイズがさすがに辟易とした声を出した。
ルイズのテーブルマナーはえらく堂に入ったもので、この若さで流れるようにナイフとフォークを操り音も立てずに食事をしている。
「え、別にいんじゃね? なんかダメなの?」
才人がボケッとした目をして言う。喋る間も口は物を噛んだままだ。
「別にいいわよねぇ。大した問題じゃないわよ、食べちゃえば一緒だし。んがー」
サラダをデカい口でほお張りつつ、ヴォルフが同意を示す。
「ひどいわこれ……。大外れかしら……」
暗澹とした顔でルイズが呟いた。ちょっと顔色さえ悪くなってきている。
「外れ? 外れってなにが?」
「気にしちゃダメよ、この子口が悪いんだから。あ、その肉いただき」
「あっ、ダメっすよ。俺が取っといたんだから。それは俺の」
「ケチケチしたこと言わないのよ。ほら、あっ、皿ごと逃がさないの」
「おっと危ねえ危ねえ。なんだか知らねえけど、こんな美味いメシ滅多に食えねえし。バクッ」
「あーチクショー、狙ってたのに。じゃあこっちの魚いただくわ」
「あっ! くそ、早え。口がおっつかねえ」
さながら飢えた動物が二匹である。いくらなんでも少しみっともない……。僕まで恥ずかしくなってくる……。ルイズがぴきぴき
血管を浮き出してきてるので、ちょっとまずいかもしれない。
「おい、ヴォルフ……」
と一応小声で注意してみるが、
「クリフも早く食べないと取られるわよ。食べないんならそれいただき」
と、僕の近くの皿が奪われた。全然聞くそぶりを見せない。ダメだこれは……。
そのうちに、ルイズの堪忍袋が破れたらしい。ドン! と机を叩いた。
「……いいかげんにしなさいあんた達……! 張り倒すわよ……? 欲しいなら給仕に言って。持ってきてもらえるから。頼むから
もうやめて」
そう言って、ルイズはチラリと後ろを振り返る。そこには同じくあまりお行儀のよろしくない好奇の目がいくつもあった。
「なによ、そうなの? それなら早く言ってくれればいいのに」
「なんだよ、怖えなー。あ、じゃあ俺この肉もう一皿欲しい。ヴォルフさん? でしたっけ。も食います?」
「そうね、お願いサイトちゃん。しかしこのワインいけるわー。これももう一本ね」
「それ、俺も後で分けてください。ちょっとでいいんで。すいませーん!」
「未成年でしょーアンタ。まあ別にいいけど」
完全に街中のファミレス感覚である。
「……ちょ、ちょっとビックリだわ……」
ルイズの隣に座るキュルケもさすがに唖然とした声を出した。
「見ないで。見なかったことにしてちょうだい。あとで教育しておくから……!」
ナイフを持つ手を怒りで握りしめながら、ルイズはプルプルしていた。これはあとが大変そうだな。僕は知らないぞ。
「ほれはほもかく……ほのほ、どうふるの?」
「……せめて飲み込んでから喋ってちょうだい」
「ングっ。それで、この子どうするのよ? 一応使い魔の契約っての、したんでしょ? なんの説明もしてないけどいいの?」
「んあ? 使い魔ってなんだ? そもそもここどこだか俺わかんねえんだけど」
才人は自分の境遇を思い出したのか、首を傾げて不思議な顔をする。
「……ここはトリステイン。トリステイン魔法学院よ。あんたは、光栄にもこのわたしの使い魔として召喚されたのよ。喜びなさい」
「んぐんぐ、召喚? はぁ? 何言ってんだお前」
びきっとルイズの額に筋が増える。
「……ダメだわ、こいつも駄犬だわ……。なんでこー人の勘に触れるのがくるのよ……」
「ああ? なんだよ、口悪いなぁ。俺なんかしましたかね?」
「さあ? アタシの時もこんな感じだったけど。ま、通過儀礼みたいなもんじゃない?」
「つーか俺なにされたんですかね? 道端の変な扉くぐったら、気づいたら教室? で倒れてたんすけど。それで、起きたらキ……」
契約の際のキスを思い出したのか、少し食べる勢いが止まって、才人が顔を赤くする。
「あら、アンタうぶねー。こんなちみっこいののキスで赤くなるなんて」
「いや、まあその……」
「アタシもされたわよ、それ。ビックリしたわよ」
「……え」
「ん? ああ、そうね。間接キスになるわね、アタシとの」
「うわ、ちょっとマジ勘弁してくださいよ。食欲落ちる……」
「あら、照れちゃって」
「て、照れてないです……うわマジかよ、うえ」
ルイズが俯いてぴくぴくとこめかみを動かした。完全に置いてけぼりにして会話を進める二人に、ルイズの激怒が高まっているら
しい。さらにもう一本額にタテ筋が生まれている。
「……と、とにかく、あんたはこれからわたしの使い魔よ。そのつもりでいてね」
「使い魔ぁ? よくわかんねーんだけど。それって、コウモリみたいなやつ?」
「……コウモリのがいくらかマシよ……! こんな駄目犬なんか……!」
言葉の中に怒りを滲ませながらルイズが呟く。語尾が微妙に震えているあたり、相当イライラしてきているようだ。
「はぁ? なんだよお前、さっきから突っかかるなぁ。なんの恨みがあるんだよ」
「なんかアタシの時よりキレてない? あ、アタシ分かったかも。ほらあれよ、気がある男の子に突っかかるみたいな」
「え!? マジですか、やべえ! さすが俺、一発で惚れさせちゃうとかすごくね? 俺かっこいいのかな」
「サイト君なかなかイケてると思うわよ? 顔も悪くないし、タッパもそこそこあるし」
「うわ、そんなに褒められたのはじめてだ。そっかー、惚れさせちゃったかー、罪作りだなー俺。最近かっこよくなってきた気がし
てたしなー」
「まあお嬢ちゃんくらいの年にはよくあることね。ちょっといいカンジのを見ると、つい恋に恋しちゃうのよ。怖いところね」
そこで、悪乗りを続けるファミレスコンビに、とうとうルイズの怒りが爆発した。立ち上がって怒鳴り散らす。
「いいかげんしなさーーーーーーい!! わ、わた、わたしをばかにしてるのこの二人組みは!! ゆ、ゆか、床に座らせるわよ
もう!! 蹴っ飛ばされたいの!?」
「なんだよ、そんなにキレることはねーじゃん。どうしたんだよホントに。下品だぞ」
「なーにかしらねー。ほら、はしたないわよ。ちゃんと椅子に座って食べなさい」
「こ、ここここのぉ!! ご、ごごご主人さまをななめなめなめ腐ってるるわわ!! ま、まままとめてちょちょ調教して……!!」
いかん、まずい。ヒートし過ぎだ。このままじゃ食卓をひっくり返しかねない。
「あーその、コホン。ヴォルフ、もうやめろ。サイト君、そこまでにしておいてくれ。ルイズちゃん、深呼吸するんだ。周囲が見てる」
クリフはとりあえずその場を落ちつかせる。大ゲンカしてまとめて外に叩き出されるのだけはちょっとゴメンである。
「えーなによークリフー。楽しくなってきたのにー」
「やっぱり確信犯でからかってるな? やめろったらやめろ、話が全然先に進んでないだろ。彼に説明しないと終わらない」
そう言うと、ヴォルフがはっとした。思い出したらしい。
「あ、そうだったわね。んで、使い魔ってやつなのよ、アタシ達も」
「そうなんすか?」
「そうなのよ。で、サイト君もこれから一員になっちゃうのよね、うん」
「へー」
「あら、軽いわね? ずいぶん気さくなのねぇ」
「いや、別に俺はこんな美味いメシとワイワイ楽しい集まりだったらいつでも大歓迎ですよ? 事情はよくわかんねえけど」
きょとんとした顔で才人は言う。
……。そうか、まずはそこの認識からか。
「あーそのねー、そのへんすんごい言いにくいんだけどねー……」
「ヴォルフ、僕が言う。……サイト君、落ちついて聞いて欲しい。たとえどれだけ驚いても、できるかぎり慌てずに。時間をかけて、
ゆっくり理解してもかまわないから」
「へ?」
「君は今……どこにいると思う?」
「……さあ? 分からないですけど」
「……簡潔に言おう。ここは、異世界だ。魔法が使われる世界。地球上のどこでもない。君のいた東京ではなく、そしてすぐには帰
れない。帰る目処も立っていない」
「……」
「僕達は昨日、この少女、ルイズちゃんに呼ばれてここに来た。そして、一方通行だ。ここから帰ることは今のところできない。こ
この学院長によれば、の話だが」
「……」
「次に待遇だ。とりあえず、衣食住はなんとか揃ってる。だから死の心配だけはしなくても大丈夫だ。ただし、このルイズちゃんの
従者として君は暮らすことになる……らしい。僕達も同じだ」
「……」
「今はそれだけでいい。他にも色々と突っ込むべきところはあるが……これ以上一気にましたてられても困るだろう」
……。……。……。
「……はい?」
「ああ、分かるよ。僕もそうだ。正直、今ここで夢が覚めないかと思ってるよ……」
「え、いや」
「だが現実らしい。現実らしいんだよこれは。本当に」
……。
「いやいやいや。なんですかそれ? 帰れないって、そんなバカな……」
「ハハハ、そうだね、バカなことだ。だが夢じゃないんだよ」
「え? いや、ホントにわけわかんないです。どうしたんですか?」
「だろうなぁ……。笑うしかないね、ハハハ」
「は、ハハハ……?」
「……冗談じゃないんだ、これは……」
……。……。……。……。……。……。……。……。……。
「……え゛っ」
「……帰れないんだよ。僕も君も……。少なくとも、おそらく数日中にどうにかできる話じゃない」
「……はい? ……えっ、なんで? ど、どうして、嘘ですよね?」
「嘘じゃないんだ……僕も頬を抓ったりしてみた。確かに痛い。ベットの上じゃないんだよ……」
「……はっ? はっ? ……はああ゛あっ!?」
「……残念だが……。だが、元はと言えば呼ばれたのは僕達だけだったんだ。それを、不慮とはいえ君を巻き込んでしまった……。
すまない。僕の責任だ」
「いやいやいやいやいや!? いやいやいやいやいや!?」
「君にも、君の両親にも僕は頭を下げなくてはならない。あの時、なぜその可能性に気づけなかったのか……。少し考えれば分かる
ことだった、ルイズちゃんは僕達を呼びたくて呼んだんじゃなかった……。間違って呼んだだけだ、と確かに言っていたのに……」
「えっえっええ゛っ!?」
「……僕が責任をもってなんとかする。だからまことにすまないが、それまで待って欲しいんだ」
「え……? え……?」
「なにをされても文句は言えない。殴らせろ、というなら殴っていい。申し訳ない……」
「……はへ……?」
才人の手から半分ほど食いちぎられた骨付き肉が落ちて、皿をカランと鳴らした。
宙を見つめたまま、才人は呆然としている。当たり前の反応だった。
しばらく、そのままの形で固まる。何も言えない状態らしい。そうだよな……。
「……あ、あのね? 実はアタシがちょーっとお嬢ちゃんにお願いして、もう一発召喚の呪も……おぶっ」
喋りかけようとしたヴォルフの口を手で塞ぐ。
「黙ってろ。僕が言うと言ったろう」
「ぷはっ、で、でも……」
「いいから黙ってろ。僕はあの時賛同していた。それに、誰が原因であろうと彼の今の状況が変わるわけじゃない」
クリフがそう言うと、キクロプスが静かに立ち上がってヴォルフの肩を叩いた。ヴォルフがぐっと押し黙る。
食卓が静かになる。やがて、ゆっくりと才人の口が開かれた。
「……ああ、分かったドッキリですよね。ドッキリだこれ。カメラ、カメラどこ?」
「ん? あ、いや、テレビ番組じゃ……」
「絶対ドッキリ。素人ドッキリとかマジかよー。うわ意外だったなー。そうだよ、そりゃそうに決まってる」
「落ちつくんだ。しっかりしろ、これは架空じゃない。現実なんだ。だからカメラは、……出てこない」
「……」
「……」
「……ハハハハハ! ハハハハハ! ハハハハハハハ! そんなバカなー!」
「……」
「……。……殴ってくれ! 誰か俺を殴ってくれ! さー夢から覚めるぞー! 俺は今日ハンバーグ食ってネットしてゴロゴロする
んだ! さー殴ってくれ!」
「……すまない……」
「いいから誰か殴って! さー早く! 思いっきりやってくれ、夢だから平気! ほら、早く! ガツンと! ドカーンと!」
宙に視線を飛ばしたまま、うつろな笑みを浮かべている才人。やけくその笑いをあげて、周囲にパンチをせがむ。ルイズがパン!
と拳を手で打って一歩前に出た。
「……じゃあ、わたしがやるわ」
「ちょ、ちょっと待ってお嬢!? ぶっちゃけアタシのせいだけどアンタもちょーっと違うわ!?」
ヴォルフが慌てて止めに入る。
「…………なんとも言えん……」
「申し訳ない、サイト君……」
「まー不憫ね……」
キュルケがふう、と息を吐いた。
「かわいそうっちゃかわいそうだけど。運が悪かったのね……あれ、タバサ?」
ふと気づくと、タバサがとことこと歩いて才人の前まで来ていた。
「あ、お前、お前でいいや、あはは。ちょっとでいいんだ、スパーンと殴ってくれ」
コクリ、とタバサが頷く。
「あっ、ちょっ……」
クリフが手を伸ばして止める前に。
まっすぐに突き出された、腰の入った強烈なストレートの拳がケタケタと笑う才人の顔面に炸裂した。
「おかしいとは思ってたんだよ……見た事ねえ場所だし、お城みたいな塔がズラズラ並んでるし……とりあえずテンション上げてご
まかしてみようとしたけどさぁ……」
才人がどんよりとして呟く。
才人が気絶してから、運び込まれたルイズの部屋で目を覚ましたのがさっきのこと。キュルケとタバサは授業に間に合わなくなる
ために途中で分かれ、ルイズと使い魔たちだけが部屋に戻ってきていた。
「知らないわよ。あんたのせいで、わたしまた自主休講じゃないの」
ルイズが眉根を寄せながら呟く。
「ふざけんなよ……どーすんだよマジで……俺なんか学校にも行けねえ……」
「いつまで言ってるのよ。しょうがないでしょ、事故よ事故。わざとじゃないもの」
……うーん、ルイズちゃん、そうは言ってもな……。この子のせいというわけでもないんだろうけど。彼にとってはあまりにもと
ばっちり過ぎる。
「ま、まあまあ、その辺で……。ところでサイト君、君は高校生か?」
とりあえずクリフは話を差し替えた。今後のことを考えなければならない。
「……はい、そうです……三年生」
「ふむ。では、18歳か……。なるほど」
日本人は顔が幼いので、中学生ぐらいの年齢だったらどうしようかと思っていた。もし彼がもっと幼かったり、うら若い女の子で
あった場合事態はもっと深刻だった。このくらいの歳ならば、数日や一週間程度家を明けたとしてもまだマシと言える。決してよい
とは言えないが。
「さっきも言ったが、とりあえず少しの間はここに逗留することを覚悟しておいてくれないか。一応、人間的な生活はできそうだから」
「……はあ。でも……」
「適当に好きなことでもやっていてくれていい。帰還のための手はずは……こっちでなんとか、してみせるから」
「……はい……」
才人は力なく頷く。そこに、ルイズが異を唱えた。
「だめよ、こいつもわたしの使い魔なんだから。わたしのために働いてもらわなきゃ」
「いやいやルイズちゃん……。僕達三人がそれはやるからさ……」
「だめったらだめよ。差別しちゃよくないもの。あんたもとりあえずは雑用よ」
「うーん……。しかしだな……」
ルイズの言葉をボーっと聞いていた才人が、ルイズを上から下へじろじろと眺める。
「……つーかさ、さっきから偉ぶってるけど、お前は一体誰なんだ?」
「お前ってなによ。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あんたとここにいる三人のご主人様」
以前クリフ達にしたように、ルイズは胸を張って名乗る。
「……長っ。なに? ルイズでいいの?」
「様をつけなさい様を。あんたが短すぎるんじゃないの。ヒラグァ・サイトだったっけ?」
「グァってなんだよ……ガ、平賀、だよ。平賀才人」
「ふーん。じゃあサイトって呼ぶわ」
「い、いきなり呼び捨てかよ……」
なぜか少し照れくさそうにして、才人が言う。
「とにかく。わたしの言うとおり、あんたも雑用。他にできそうもないしね。そこのでっかいのと一緒になにかやってなさい」
「なんだよ……めんどくさいなぁ」
ルイズが命令を下すと、ヴォルフがフランクに才人の肩を叩いた。
「じゃ、アタシと一緒に暇でも潰しましょーか。よろしくね?」
そう言うヴォルフにじろりとルイズが目を向ける。
「あんたさっき変なこと言ってたけど……なにがあっても薄気味悪いことだけはしないでよ。それだけは禁止」
「だいじょぶよ。アタシ、恋人は外に作るタイプだから。ほら、取り合いとかになったら嫌じゃない?」
「どこの誰が取るっていうのよ……絶対にやめて、とにかく」
「だいじょうぶだってばー」
……どこまで信用できるかな……。いざとなったら張り倒さなければ。あとでキクロプスにも、なにかあったら半殺しにしてもい
いから止めるよう言っておこう……。
「よし、分かった。僕の方はすぐに取りかかろう」
そう言うと、ヴォルフがこっちを見た。
「え? どっか行くの?」
「図書館だ。そこにMr.コルベールがいる。彼に話を聞いて、帰る方法を詳しく調べてみる。少し待っていてくれ」
とはいえ、目途はまったくと言っていいほど立っていない。できればすぐにでも知りたいところではあるが、あまり自信はない。
「あ、そう。じゃあ、こっちの方はアタシ達がついてるわ。がんばってね」
「ああ。なるべく急ぐ。そっちは頼んだぞ、サイト君のことも。ルイズちゃん、彼のことはヴォルフかキクロプスのどっちでもいい
から任せて、授業に行ってくれ」
「……そうね。いつまでもサボってるわけにもいかないもの」
「うん。それじゃあ」
「オッケー。んじゃねー」
クリフは手を振るヴォルフとルイズ達を背に、部屋をあとにした。
まかしてみようとしたけどさぁ……」
才人がどんよりとして呟く。
才人が気絶してから、運び込まれたルイズの部屋で目を覚ましたのがさっきのこと。キュルケとタバサは授業に間に合わなくなる
ために途中で分かれ、ルイズと使い魔たちだけが部屋に戻ってきていた。
「知らないわよ。あんたのせいで、わたしまた自主休講じゃないの」
ルイズが眉根を寄せながら呟く。
「ふざけんなよ……どーすんだよマジで……俺なんか学校にも行けねえ……」
「いつまで言ってるのよ。しょうがないでしょ、事故よ事故。わざとじゃないもの」
……うーん、ルイズちゃん、そうは言ってもな……。この子のせいというわけでもないんだろうけど。彼にとってはあまりにもと
ばっちり過ぎる。
「ま、まあまあ、その辺で……。ところでサイト君、君は高校生か?」
とりあえずクリフは話を差し替えた。今後のことを考えなければならない。
「……はい、そうです……三年生」
「ふむ。では、18歳か……。なるほど」
日本人は顔が幼いので、中学生ぐらいの年齢だったらどうしようかと思っていた。もし彼がもっと幼かったり、うら若い女の子で
あった場合事態はもっと深刻だった。このくらいの歳ならば、数日や一週間程度家を明けたとしてもまだマシと言える。決してよい
とは言えないが。
「さっきも言ったが、とりあえず少しの間はここに逗留することを覚悟しておいてくれないか。一応、人間的な生活はできそうだから」
「……はあ。でも……」
「適当に好きなことでもやっていてくれていい。帰還のための手はずは……こっちでなんとか、してみせるから」
「……はい……」
才人は力なく頷く。そこに、ルイズが異を唱えた。
「だめよ、こいつもわたしの使い魔なんだから。わたしのために働いてもらわなきゃ」
「いやいやルイズちゃん……。僕達三人がそれはやるからさ……」
「だめったらだめよ。差別しちゃよくないもの。あんたもとりあえずは雑用よ」
「うーん……。しかしだな……」
ルイズの言葉をボーっと聞いていた才人が、ルイズを上から下へじろじろと眺める。
「……つーかさ、さっきから偉ぶってるけど、お前は一体誰なんだ?」
「お前ってなによ。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あんたとここにいる三人のご主人様」
以前クリフ達にしたように、ルイズは胸を張って名乗る。
「……長っ。なに? ルイズでいいの?」
「様をつけなさい様を。あんたが短すぎるんじゃないの。ヒラグァ・サイトだったっけ?」
「グァってなんだよ……ガ、平賀、だよ。平賀才人」
「ふーん。じゃあサイトって呼ぶわ」
「い、いきなり呼び捨てかよ……」
なぜか少し照れくさそうにして、才人が言う。
「とにかく。わたしの言うとおり、あんたも雑用。他にできそうもないしね。そこのでっかいのと一緒になにかやってなさい」
「なんだよ……めんどくさいなぁ」
ルイズが命令を下すと、ヴォルフがフランクに才人の肩を叩いた。
「じゃ、アタシと一緒に暇でも潰しましょーか。よろしくね?」
そう言うヴォルフにじろりとルイズが目を向ける。
「あんたさっき変なこと言ってたけど……なにがあっても薄気味悪いことだけはしないでよ。それだけは禁止」
「だいじょぶよ。アタシ、恋人は外に作るタイプだから。ほら、取り合いとかになったら嫌じゃない?」
「どこの誰が取るっていうのよ……絶対にやめて、とにかく」
「だいじょうぶだってばー」
……どこまで信用できるかな……。いざとなったら張り倒さなければ。あとでキクロプスにも、なにかあったら半殺しにしてもい
いから止めるよう言っておこう……。
「よし、分かった。僕の方はすぐに取りかかろう」
そう言うと、ヴォルフがこっちを見た。
「え? どっか行くの?」
「図書館だ。そこにMr.コルベールがいる。彼に話を聞いて、帰る方法を詳しく調べてみる。少し待っていてくれ」
とはいえ、目途はまったくと言っていいほど立っていない。できればすぐにでも知りたいところではあるが、あまり自信はない。
「あ、そう。じゃあ、こっちの方はアタシ達がついてるわ。がんばってね」
「ああ。なるべく急ぐ。そっちは頼んだぞ、サイト君のことも。ルイズちゃん、彼のことはヴォルフかキクロプスのどっちでもいい
から任せて、授業に行ってくれ」
「……そうね。いつまでもサボってるわけにもいかないもの」
「うん。それじゃあ」
「オッケー。んじゃねー」
クリフは手を振るヴォルフとルイズ達を背に、部屋をあとにした。