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瀟洒な使い魔‐10


さして訓練をしているようにも見えない妙齢の女性が、2メイルを越える巨体の亜人を苦もなくねじ伏せた。
その様子を、タバサと地下水は余すところ無く見ていた。白蓮は、何も難しい事をしたわけではない。
ある程度の護身術を学んでいる程度の、どこか素人臭い動き。だが、その動きが尋常ではなかった。

タバサはいつか白蓮に聞いた事を思い出した。自分は、身体能力を強化する魔法が得意なのだ、と。
ラルカスの斧を軽々と避け、片腕一本でミノタウロスの腕力と張り合い、上回る。
そしてカウンター気味に決めたアッパーカット一撃で筋肉に覆われた巨体を跳ね上げ、宙に浮かせた。
肉体に作用する魔法を得意とする水系統のスクウェアメイジでも、こうはいかないだろう。
まるでどこかの三文小説のような展開だ、とタバサは思った。

だが、それと同時に身震いする自分が居た。
これほどの力、ちょっとやそっとで身につくようなものではない。
おそらく、すさまじい研鑽の果てに会得したものだろう。
この女性ならば、あるいは可能かもしれない。自分が何よりも望む『あの人』を救う事が。
目の前に広がった世界に、タバサは我知らず唾を飲み込んだ。





ラルカスが意識を取り戻すと、そこは先程と変わらない自分の研究室であった。
先程まで自分を支配していた激情はすっかり引き、心配そうに自分を覗き込む白蓮を見ても、
またやってしまった、という罪悪感しか浮かばなかった。

「気がついたようですね」

「……私は、またやってしまったのか」

力が抜け切ったような声で、ラルカスは口を開く。3年ほど前から、こうなってしまう事がある。
自分の中に潜む、凶暴で、しかし抗いがたい何者かが囁くと、ラルカスは我を失ってしまう。
我を失ったラルカスは近隣の村から子供を攫い、殺しては食らってしまっていた。
最初の内は夢だと思った。余りにも非現実的だったからだ。
だが、夢ではなかった。夢だと思うたび、散らばった骨が、飛び散った血が、
それは現実だと、自分の行いをラルカスに突きつける。
我知らず、震える声が喉から漏れた。

「怖かった、日に日に獣へと、自分ではない何者かへと変貌していく自分が。
 様々な薬を調合したが、まるで効果は無かったよ。死のうとも思ったが、結局死ねなかった。
 なあ、名も知らぬ君よ。鍋の脇にある棚の中の、蒼いラベルの秘薬を取ってくれないか。
 何、ただの毒薬さ。今なら出来る気がするんだ。この、私の中の獣を殺す事が。
 私も死ぬだろうが、それもまた報いだ。さあ、決意が鈍らぬうちに取ってくれないか」

だが、白蓮は首を横に振る。そして穏やかに微笑むと、ラルカスの手をとり、握り締める。
柔らかく暖かな女性の手の感触が、ほんの僅かに、ラルカスの心を癒す。

「これはジョゼフにしか話したことはありませんが……私は、厳密な意味での『人間』ではありません。
 ある魔法によって老いることも、飢える事もなくなった、『魔法使い』という存在。
 これでも千と数百年生きております。そして、そのような存在になろうとした理由。
 それは貴方と同じなのですよ。私の場合は、老い。病と老いとの違いはあれ、 
 私もまた死への恐怖から人を捨てる事を望み、成し遂げた者なのです」

ラルカスが目を見開く。何を言っているんだ、この女は。
そんな考えがよぎったが、杖もなしに自らの全力の『ウィンディ・アイシクル』を迎撃する光弾、
そしてこの巨体の膂力を上回るほどの力を発揮する、異常なまでの強化魔法。
人を捨てた事によりスクウェアとなったラルカスには分かってしまった。この女もまた、人ではないのだと。

「俄かには信じがたいでしょうね。『魔法使い』の外見は人と全く変わりは無いのですから。
 でもそれ以外は貴方と同じです。死への恐れも、その払拭の為の手段も、
 なんら貴方と変わるものではないのですよ」

ラルカスの瞳に、先程までの怒りは最早無い。ただ呆然と白蓮を見つめているだけだ。
白蓮は彼に優しく、穏やかな笑みを向けると、包み込んだ手を引き寄せた
そして白蓮は語り始める。人を捨て『魔法使い』となった後、自分が辿った道を。
人を助けながら、影でその力の源であった妖怪達をも助けていた。
初めは自分のために、後には純粋に妖怪達のことを想い。

その思想を理解してくれる妖怪や人間もいたが大多数の人間には理解されず、
それを拒む人間によって異世界へと封印された。
その後彼女を慕う者達によって白蓮は解放され、幻想郷へと住まう事となる。
そこは多少の諍いはあるが人と妖怪が共存している世界で、
今まで見てきた全ての中で最も白蓮の理想に近い世界であった。

「その時思ったのです。『違う』者達でも共に暮らす事ができる、手を取り合い共に生きる事はできると。
 このハルケギニアでも、エギンハイムという村では翼人という種族と共存していると聞きます。
 人とそれ以外の者が手を取り合う、それは夢想ではないのです。
 それが私や貴方のように、かつて人であったものであろうとも」

白蓮の言葉を呆けたように聞いていたラルカスだったが、ふと我に返ると首を横に振る。

「だとしても、私は無理さ。この手は既に血に塗れている。
 お前も見抜いたとおり、私は罪もない子供たちを手にかけ、貪り食らってしまっていたのだ。
 それにミノタウロスとしての本能を消しきれない以上、いつか取り返しのつかないことをしてしまうだろう」

早く毒薬を飲み、この罪深い生を終わらせてしまおう。
そう思い身体を起こそうとすれば、白蓮に阻まれた。

「死んではいけません。死して償うというのは本質的な解決でも、償いでもないのです。
 貴方は多くの子供を殺しました。それは貴方が背負うべき罪です。
 ですが、罪は償う事ができます。貴方がその魔法で多くの人を救う事こそ、
 何よりも償いとなる。私はそう考えました。
 それに、手が無いわけではないかもしれません」

「手、だと?」

「ええ。ラルカスさん、『コントラクト・サーヴァント』の魔法は勿論知っていますね?」

ラルカスは頷く。メイジにとって知っていなければおかしいというレベルの問題である。
それを確認してから、白蓮は語り始める。

「この魔法には、契約を交わし視覚を共有する他、精神に干渉する力があります。
 気性が荒いはずのサラマンダーが無闇に人を襲うことが無くなった、と言うように。
 それを応用すれば、あなたのその食人衝動も抑える事が可能かもしれません」

「本当に……出来るのか? 使い魔の契約は本来、召喚した相手にしか使えないはずだが……」

「やる価値はあると思います。私の元いた場でもこういった魔法を使うことはありますし、
 そちらの魔法とも組み合わせれば難しい事ではないでしょう。……よろしいですか?」

ラルカスは思う。何故この女性はこうまでして自分を生かそうとするのだろうか。
彼女としても、私自身としても、殺してしまえば楽なのではないか?
そう聞くと、白蓮は苦笑し、またも首を横に振った。

「私はただ、一人でも多くの人を救いたいだけです。
 今も昔もそれは変わりません。たとえ世界が違おうとも、どれほど苦難があろうとも、
 それだけは譲るわけには行かないのです。
 どうしてもラルカスさんが己を赦せないというのならば、私が赦します。
 そして貴方を赦したという罪を私も背負いましょう。
 だから、私に貴方の力を貸してください。共に人々を救い、罪を償っていきましょう」

ああ、だめだ。ラルカスは脱力し、天井を見上げる。
この女性はどうやら、とてつもないお節介焼きのお人よしのようだ。
亜人の獣臭い肉体を持ち、多くの子供達を手にかけてきた自分ですら『赦す』と言い切れる。
笑いがこみ上げてくる。おかしくてたまらない。

ああ、始祖ブリミルよ。あなたはどうやらかなり意地の悪いお人のようだ。
このような身体になり、償いきれぬ罪を犯した自分に、まだ『生きろ』というのか。
なんと残酷な仕打ちか。なんと底意地の悪い事か。
よろしい、そこまで言うのならば貴方のその仕打ちを甘んじて受けよう。
このミノタウロスの肉体が滅びるまで、生きて生きて生き抜いてやろうではないか!

「……分かった。君のようなご婦人にそこまで頼まれれば嫌とは言えんな。
 ミノタウロスとなって10年、まさか今更人扱いされるとは思わなかったぞ」

ラルカスは起き上がると白蓮の前に跪く。
穏やかな笑みを浮かべた女性に跪く亜人。まるで宗教画のワンシーンのようだ、と、
その様子を見ていたタバサは思った。

「いくら人からかけ離れようと、心がまだ人であるならば貴方は人なのですよ。
 私も、未だ心だけは人のつもりですから。……では、始めます」

地下水を構え、白蓮は意識を集中させる。
すると何処からともなく2本の紺色の棒が現れ、片方がくるりと2人の周囲を一周する。
その軌道に合わせて不可思議な紋様が宙に描かれ、浮いたままのもう片方にぶつかって止まる。
すると、そこには白蓮とラルカスを被う魔法陣とでも言うべきものが出来上がっていた。
紋様の放つ光で周囲は真昼のように照らし出され、薄暗い環境に目が慣れていたタバサは眉を顰める。

「我が名は聖白蓮。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」

呪文を紡ぎつつ、己がジョゼフと交わした時に感じた感覚、魔力の流れ、
そう言ったものを再現し『コントラクト・サーヴァント』の術式を組み上げていく。
この魔法は呪文を組み上げただけでは発動しない。
口付けを交わし、ルーンを刻む事によって完成とする魔法である。
しかも、どんな対象にでも効果があるのかと言えばそうではない。
『その本人のサモン・サーヴァントで召喚された生物』にしか効果を発揮しない。何故か。

白蓮はそれを知るためにまず、メイジについて調べる事にした。メイジは得意系統を除けば3種に分かれる。
『既に使い魔のいるメイジ』『使い魔を召喚した直後のメイジ』『使い魔のいないメイジ』である。
幸い調査を始めた直後にリュティスの魔法学院で使い魔召喚の儀式があったため、
同席させてもらってその様子をつぶさに観察。結果、ある事がわかった。

契約を交わしたメイジと使い魔の間には、視聴覚を共有するための魔術的な『繋がり』がある。
その繋がりをもってメイジは使い魔の視聴覚を共有しているのだ。
白蓮はこれを契約が為された時点で構築されているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
召喚された対象とメイジの間には、契約前でもある程度の『繋がり』が存在したのだ。
いわば仮契約とでもいうべきこの『繋がり』を、契約の呪文で強く確かなものにする。
そしてその際に精神に干渉し、ある程度従順にする。それが『コントラクト・サーヴァント』なのだ。

そのため『繋がり』がない対象、つまり召喚していない対象には本来呪文を行使する事はできない。
白蓮はそれを自分の世界の魔法で補い、ラルカスとの間に魔術的な『繋がり』を構築していく。

「――――――」

そしてラルカスに口付け、契約が完了する。少ししてラルカスの左の二の腕にルーンが刻まれる。
正確にはルーンではなく白蓮が帰依する神仏、毘沙門天をあらわす梵字であったが、
おそらく自分の使う魔法を用いてアレンジを加えたからなのだろう、と白蓮は思った。
目を閉じて意識を集中させると、瞼の裏に己の姿が映る。
ラルカスに指示を出して目を動かしてもらうと、それにあわせてその視界の中の自分の姿も左右する。
感覚の共有は成功しているようだ。となれば後は最も重要な部分だが……

どう確かめたものかと思案していると、タバサがそこに歩いてくる。
そして2人の前まで来ると掌をラルカスに向けて差し出し、ナイフを取り出して刃を掌に滑らせた。
皮を裂き中の肉にまで達しているであろう傷口からは見る見る血が溢れ、
ラルカスと白蓮の鼻腔を若々しい血臭が満たす。ラルカスは思わず鼻を手で押さえ、目を瞑った。
先程暴走したばかりなのに、今ここで若々しい少女の生き血の臭いを嗅いでしまっては、
また白蓮やこの少女を襲いかねない。そう思ったラルカスだったが、
普段なら間違いなく湧き上がるであろうあの食人衝動が起こらない。
驚くべき事に、理性で押さえ込める程度に本能が押さえ込まれている。

「成功」

タバサはそう呟くと「治癒」と言って更に掌を突きつけた。
慌ててラルカスはルーンを唱え、タバサの傷を治癒する。
その間にもラルカスの心は昂ぶる事は無かった。
ただ、自分のせいで傷を負わせてしまったという罪悪感だけは消える事は無かったが。

「どうやら契約は成功したようですね……どこか、変わりは無いですか?」

「自分でも驚くほどに平静だよ。なんというか、不自然なまでに清々しい気分だな。
 かつて己の使い魔に施した魔法とは、このようなものであったのか……
 刻まれる瞬間と言うのは、随分と痛いものなのだな」

己の腕に刻まれたルーンをしげしげと眺めながらラルカスが呟く。
そして、ラルカスは改めて白蓮に向き直るとまたも跪き、頭を垂れた。

「ビャクレン殿、いや、ビャクレン様と呼ぶべきだな。
 この度は我が身だけならず、我が心まで救っていただき、本当に感謝している。
 この恩はとても返し切れるものではないだろう……」

そこで一旦言葉を切り、『故に』と前置きしラルカスは言葉を続ける。

「故に、今より貴女に、使い魔とその主人と言うだけではない、
 臣下としての礼を取らせていただきたい。元より人としての私は死んだ。
 そして、獣としての私は貴女に救っていただいた。
 だからこそ、私もまた貴女に尽くし、仕えたいのです。
 どうかこの1匹の獣に、貴女を守らせてはもらえまいか」

跪いてなお見上げるような巨体を、白蓮は見つめる。その瞳はとても真摯で、一片の曇りもない。
白蓮は穏やかに微笑むと、ラルカスに向かい手を差し伸べる。答えは既に決まっていたからだ。

「―――よろしく、お願いしますね」





瀟洒な使い魔 第十話「亡き弟の為のセプテット」





「――――」

白蓮がラルカスを従えてから、暫くの後。
ガリア王、ジョゼフの私室の1つ。チェス、ビリヤード、
そして、その中央に鎮座する差し渡し10メイルはあろうかという巨大な箱庭。
それら、遊戯の道具で満たされたそこにジョゼフはいた。だが彼はそれらで遊戯に興じるわけでもなく、
ただソファに背を預け、双月の照らす夜空を眺めていた。
それから少しして、背後でドアが開く気配を感じ、ジョゼフは身を起こす。
そちらの方に顔を向ければ、そこにいたのは自身の使い魔。
ミョズニルニトン、聖白蓮が立っていた。

「只今戻りました、陛下。エズレ村のミノタウロス退治、つつがなく終了しましたので、
 ご報告に上がりました。それと、もう一つご報告しておきたい事が」

「ほう、流石はビャクレンと7号だな。もう一つの報告と言うのは……ふむ、まだ言うなよ?
 余が当ててやろう。そうさな、ミノタウロスを飼う許可をくれとでも言うところか」

その答えに、白蓮は苦笑する。まさにその通りであったからだ。

「ご明察です、流石は陛下」

「なに、簡単な推理だ。お前は毎度7号の任務についていくたびに誰かしら連れてくるからな。
 今回連れて来そうなのはミノタウロスだろうと当たりは着いていたのだ。
 良い、許す。好きにせよ。ただし人は襲わせるなよ。さすがにそうなっては余も面倒を見切れんからな」

「ええ、分かっています。実は、彼は私の使い魔として契約を果たしまして。
 その影響かとても高い知能と理性を有しました。とても紳士的なんですよ?」

臣下の礼をとっているからとやたらと畏まるラルカスを思い浮かべ、白蓮はくすりと笑った。
それにつられてジョゼフもにやりと笑うが、直後、その瞳に、ぎらりとした剣呑な輝きが宿る。

「……ビャクレン、余がお前が何を呼び込もうと許可しているのは、お前を信頼しているからではない。
 お前の行動は退屈せんからだ。イザベラも、お前に当てられて随分と丸くなった。
 あの鉄面皮な7号……いや、シャルロットですら、昔に比べれば棘が抜けたものよ。
 お前はこのハルケギニアの人間とは全く異質な常識に身を置く者だ。
 それゆえ、お前の行動は見ていて飽きん。お前が来る前より余が進めていた戦争ごっこ等より、
 よほど面白い。これからも好きにせよ。思うままに動け。
 盤面で思い道理に駒を動かすのも楽しいがな、お前のように、
 余の盤面で勝手に動き回る駒を見るというのも、中々に面白い座興だ」

先程までの子供のような笑顔とは違う、締め付けるような威圧感を感じさせる獰猛な笑みに、
白蓮は背筋を冷たいものが降りていく感覚を覚えた。
この男は、どこまで本気なのだろう。そうも考えた。
恐らくは、全てが本当なのだろう。彼が弟を手にかけたのも、
座興のために自分を自由に行動させるのも、その他の何もかも。
嘘をつかないのは美徳である。だが、この男の『それ』は何なのだろう?
少なくとも、美しいものではない。この男が内面に秘める、歪んだ狂気の発露。
嘘をつかないという事は、己の欲求を押さえる事をしないと言うことでもある。
やはり、止めなければならない。最悪、この手を汚してでも……
そう考えていると、ジョゼフはいつの間にか、部屋の中央にある箱庭の前へと移動していた。
その縁に手を書け、ジョセフは口を開く。

「これを見よ、ビャクレン。これが余の『世界(ハルケギニア)』だ」

白蓮が近寄ってみれば、そこに広がっていたのはまさしく『世界(ハルケギニア)』だった。
正確には、ハルケギニアの地図を模した巨大で精密な模型。立体的な地図ともいえるものだ。

「国中の細工師を呼んで作らせた。完成までには一ヶ月ほどはかかったであろうかな。
 最近はこの上でいつもの一人将棋を発展させたものをやっておる」

ジョゼフは王子であった頃、その魔法の才の無さから暗愚と揶揄される事も多く、
その不遇な少年時代の影響か一人遊びにのめりこんだ。
中でもチェスに関しては並ぶものの無いほどの腕前を持ち、
彼とマトモに差し合えるものは、彼自身が手にかけた弟、オルレアン公シャルルのみであったという。

「チェスというのは突き詰めれば定石の応酬でな。
 あいてがこう攻めればこう攻める、といった具合に、一定のパターンをなぞる事に終始してしまう。
 だが、余がチェスを発展させたこれは少し違うのだ。
 現実に則した模型の上で、実際の兵種を模した駒を動かす。だが、ただ動かすのではない。
 駒の勝敗はサイコロを使って決めるのだ。これによって結果に揺らぎが生じ、
 現実に近い戦いを行う事ができるのだ。例えばだな、弱い歩兵だとしても、
 賽の目次第では竜騎士を撃つ事も出来る。現実においてまぐれ当たりで同じ事が起こるようにな」

そして、といい置き、ジョゼフは言葉を続ける。

「お前やシャルロットを好きなように泳がせているのも、あえて『揺らぎ』を起こす為よ。
 イザベラから既に聞いているであろうがな、シャルロットは余の姪だ。
 本当の名をシャルロット・エレーヌ・オルレアン。余の弟、シャルルの娘さ。
 あやつが余の命を狙っている事も、お前が余の見えぬところでかぎまわっている事も、
 余は全て知っているぞ? 余自身は無能であるが、鼻の効く犬を飼っておるゆえにな。
 だから知っているだろう、隣国アルビオンで起こっている内乱、
 それは余が策を巡らし起こした事だという事を」

白蓮は口を開かず、ただこくりと頷く。

「それもまた余にとってはさして重要な事でもない。
 たとえこの内乱が世界を覆う大乱となったとしても、余にとってはどうでも良い事だ。
 謀反人共の生命線を握っているのは余だ、潰そうと思えばいつでも潰せる。
 ……話が逸れたな。物事が思い通りに進むのも楽しいが、
 予想外の出来事が起こるのもまた良いものだ。ゆえにお前達を泳がせている。
 余は内乱を止める気は無い。止められる物なら止めて見よ。
 お前が余の策謀を上回る事ができるなら、シャルロットの刃が余を討つ事ができるなら、
 余もそれなりに楽しめようというものだからな」

ジョゼフはそこで言葉を切ると、白蓮に下がるように命ずる。
命に従い退出する白蓮であったが、その目はジョゼフの笑みの中に一つのものを見出していた。
それは、自身も馴染み深いもの。白蓮が弟、命蓮を失った時に包まれたもの。
かつて人々に封印されんとした時に感じたもの。
そして恐らくは、彼もまた弟を失った時に感じていたであろうもの。
奈落の底よりもなお深い、虚無にも似た悲しみであった。





ジョゼフの遊戯室を後にした白蓮は、自室のの前まで来るとドアを開ける。
すると、白蓮の胸に小さな影が飛び込んでくる。金髪の幼い少女、吸血鬼のエルザだ。
白蓮は勢いを殺すように軽く後ろに下がってたたらを踏むと、
その小さな身体を抱きしめてゆっくりと下ろす。
エルザの目の端には涙が浮いており、ぎゅっと白蓮に抱きついたまま離れようとしない。
白蓮と目線が会うと、おもむろに部屋の中を指差しながら機関銃のようにまくし立てる。

「白蓮なにアレ何あの牛ナニあの筋肉! なんでここにミノタウロスがいるの!?」

エルザの指差す方を見れば、そこには困ったように頭を掻くミノタウロス…ラルカスと、
呆れたように「だから話聞けよ……ああもうどうでもいいや」と呟く地下水、
そして白目をむいてこてんとソファに倒れこんだまま気絶している17・8の少女。
暫く前に白蓮の部下として王宮に仕えるようになった、リュリュと言う娘の姿があった。

白蓮はここに戻ってきてすぐの事を思い返す。
エズレ村から戻って来た後ラルカスを伴い部屋に戻れば、2人はソファで眠っていた。
起こすのも悪いと思ってそっとしておき、ラルカスを待たせて自分だけ報告に行ったのだ。
ミノタウロスの巨体で王城を練り歩かせるのもなんだと思っての行動であったが、
確かに事前説明なしでいきなり目の前にミノタウロスがいればこういう事になるだろうか。
吸血鬼であるエルザは老化が遅く、これでも齢数十年は重ねているらしいが、
起き抜けに『これ』であったために生理的な恐怖の方が先に立ったのだろう。
まだ四半世紀も生きていないリュリュならばなおさらの事だ。

普段から人外の存在を見慣れていたためにあまり気にしていなかったが、
たしかにこれは自分が軽率だった。白蓮はそう結論付けると、
エルザを落ち着かせるようにその美しい金髪の頭を撫でる。

「大丈夫よ、エルザ。ラルカスさんはとても紳士的な方だから。
 それに、私の使い魔として契約しているし、人を襲うことは無いわよ」

子供をあやすような白蓮の口調に、エルザの顔から怯えの色が僅かに抜ける。
そしてラルカスの方をチラリと見て、しがみ付いていた腕を解いた。

「まあ、私も獣に身をやつしたとはいえガリア貴族。
 それに、今はビャクレン様の使い魔にして臣下たる身。
 その名を汚すような真似はせんよ。安心したまえ」

「牛なのに、貴族? なにそれ」

はてな、とエルザが小首をかしげる。
ソレを見た白蓮は、丁度いいとばかりにぽんと両手を合わせると、
気絶しているリュリュをベッドに寝かせ、毛布をかけ、目を閉じさせる。
そうしてから、ラルカスを連れてきた事情を説明し出した。
エルザの事情も、己の事情も含めて。もとより人外であるエルザ、
外法を用いて人を捨てたラルカス、それらとの戦いで常に側にあった地下水はともかく、
ただ料理を研究している貴族の子女に過ぎないリュリュには、重すぎる事情であるが故に。





「――――なるほどね。つまるところまた拾ってきたんだ」

「ま、掻い摘んでいうとそうなるわな」

ソファに座り足をぱたぱたと動かすエルザに、溜息をつくような風に地下水が言う。

「『また』というと、これはよくあることなのか? 地下水」

「おう。お前でひーふーみー……4人目か?
 われらが主は、どうにもお人好しでお節介焼きであらせられるもんで」

ふむ、と顎に手を当てるラルカスが問えば、今度は苦笑しつつもそう返す。
それを見ながら、白蓮はくすりと笑む。
しかし直後に笑みを消すと、真剣な声音で、談笑していた一同に声をかけた。

「――――――皆さん」

「どうしたの?」「何だい姐さん」「如何されました?」

三者三様の返事を返しつつも、一瞬にしてその気配が引き締まる。
その1人は人に紛れつつもその血を啜り数十年を生き、
もう1人は人の身体を操り闇の中を駆け、
最後の1人は死を乗り越えるために人を捨て、化物へと成り果てた。
己が身を闇に置いている者達だからこそ、白蓮の声音に宿ったものを敏感に感じ取った。

「先程、陛下と話をしました。そして聞きました。
 自分は全てを知っていると。明言はしませんでしたが、
 エルザ、貴女が吸血鬼である事も恐らくは知っているでしょう」

エルザはびくりと身を硬くする。元々、エルザは初めから一人なのではなかった。
父も母もいたが、メイジによって殺された。その時の情景が頭をよぎる。
白蓮と出会うことになる村にいた頃は、策を用いて油断させ、メイジを殺した事もある。
それはエルザに自信をもたらした。父や母でも敵わなかったメイジに勝てると。
だが、白蓮に連れられ一度だけジョゼフに出会ったときに直感した。こいつには勝てないと。
あれは、普通のメイジとは何かが違う。異質、いや、異常なのだ。
普通のメイジと白蓮の心のありようが違うのとはまた違う。
白蓮とはベクトルを異にした異常な精神。それを、エルザは感じ取っていたのだ。
ぎゅ、と拳を握り締めるエルザをよそに、白蓮は言葉を続けた。

「ですが、陛下はそれでも好きにせよ、と仰っていました。
 私があれこれと動く事ですら、己の盤上で動き回る駒に過ぎぬ、と。
 その上で、隣国アルビオンの内乱に手を貸しているのだと、そう私に言いました。
 止められるものなら止めて見よ、それもまた面白い座興だとも」

「伝説の使い魔である姐さんを敵に回したとしても、なおかつ勝つ自信があるのさ、あの髭は。
 東も西も南も、確かに手強いが姐さんの敵じゃなかろうさ。だが、『北』だけはやべえ。
 俺を欠いたとしても、『北』には、あの恐ろしい『元素の兄弟』がいるからな。
 『北』に横の繋がりはねえから詳しくは分からないが、
 他にも化物がうようよいるだろうさ。それに、あの髭の王様はすこぶる頭が切れる。
 アルビオンの貴族共を手玉に取って戦争を起こさせるくらいにな」

地下水の言葉に、白蓮はこくりと頷く。

「私が今からあなたたちに話すことも、陛下の思惑通りなのでしょう。
 ですが、私はあえてこう言います。アルビオンの内乱を止めます、と。
 言うほど容易いことではないでしょう。言ったとてすぐに行える事ではないでしょう。
 ですが、私は止めたいのです。内乱を、そして陛下の、いえ、ジョゼフの狂気を」

白蓮は一同を見回し、表情を伺う。もっとも、認識できるのはエルザのこわばった顔だけだ。
地下水にはそもそも顔と言うものが無いし、ラルカスの牛頭には表情が最初から無い。
部屋を沈黙が包み、最初に口を開いたのは、エルザだった。

「わたしは、ビャクレンについてくよ。命を救われた恩もあるし、
 それに……ビャクレン、わたしは覚えてるからね。家族だって、そう言ってくれた事。
 パパもママもいないなら、自分が母親になってあげるって。
 わたしはもう、家族と離れ離れになんてなりたくないんだから」

そう最後に小さく呟いてエルザが横を向けば、今度は地下水がその刀身を振るわせた。

「ま、そういう事だね。エズレ村でも行ったが、俺達はあんたが好きなんだ。
 俺達みたいな文字通りの『人でなし』でも、人として扱ってくれるあんたがな。
 俺はインテリジェンスソード、寿命なんかねえから、生きるための指針が欲しかった。
 傭兵として生きてたのも、金や名誉が欲しかったのさ。分かりやすいしな。
 けどまあ、伝説の使い魔の相棒、ってのも、まんざら悪くないもんさ。
 それが美人のお姉ちゃんなら俺はもう言う事ないね。
 さて、牛の旦那、あんたはどうだい?」

軽口を叩いた地下水に水を向けられ、ラルカスは少しの沈黙の後言葉を発する。

「是非もない。私は一度死んだ。そして、獣として浅ましく生きていた私を、
 ビャクレン様は救ってくださった。もはや亜人に過ぎない私ですら、人なのだと言って頂いた。
 ならばこの大恩、我が身命を持って返すのが道理。
 地獄の底まで、お供させていただきます」

瞑目し、うっすらと笑みを浮かべる白蓮。
その笑みの端に僅かに悲しみが混じっていたのは、気のせいではないだろう。
白蓮を除く3人は思った。だからこそ、自分達がついていくのだと。
そして、白蓮が口を開こうとしたその時、一同の輪の外から声が飛んできた。
ラルカスを見て気絶していたはずの、リュリュであった。
聞けばベッドに寝かされた後、少ししてから目を覚まし、
それから寝たふりをして話を盗み聞いていたらしい。

「私は……皆さんほど深い事情を抱えてるわけじゃないです。
 ビャクレンさんに命を救われたわけでもないです。けど……
 それでも、ビャクレンさんとタバサちゃんのお陰で、私は色々な事に気付けたんですから」

だから、力になれないかもしれないけど、私も一緒に行かせて下さい。
その鳶色の瞳に強い意志を秘め、少女は言った。
それは、少女のなけなしの勇気をはたいた言葉であったのだろう。
なけなしの物をはたいてしまえば、後に残るのはほんの僅かな残り滓だ。
だから、その答えにごふりと笑みを浮かべたラルカスを見て、
少女がまた気絶したのも仕方の無い事だ。多分。

「かっこいい事言っといてなんだけどさあ、大丈夫なんか、これで」

「いいんじゃないかな。わたしは好きだよ、こういうノリ」

「ま、俺も嫌いじゃないけどね」

倒れこむ少女を見てあたふたと駆け寄る美女と亜人の主従を見て、
短剣と吸血鬼はそんな会話をしたと言う。

そして、舞台は再び瀟洒なメイドへと――――



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