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萌え萌えゼロ大戦(略)-40



「あなた……日本人ね」
 そう言って微笑むあかぎに、武雄は信じられないものを見るような顔をした。
「まさか、君……いや、あなたは……」
 武雄はあかぎと面識はない。開戦前から聯合艦隊司令長官の副官を
務めていたあかぎと、開戦後に少尉任官してラバウルに進出した武雄では、
接点がなかった。しかし、彼女のことを知らない帝国海軍軍人はいない。
それだけではない。公式には事実を偽りミッドウェイ海戦で重傷を負い
戦線を離脱したとされているが、鋼の乙女であるということは防諜上の
理由で日米開戦まで伏せられて(そのために日本最初の鋼の乙女は制式
採用前に日華事変に参加した零式艦上戦闘機・レイだと思われていた)
いても、優秀な能力と同性ですらうらやむ美貌とスタイルを兼ね備えた
彼女の名は、報道機関などを通じて日本中が知るところだったからだ。
「……何をしている、タケオ?」
 外の様子がおかしいことに気づいたルーリーが庵から出てくる。
その顔を見て、あかぎは驚きを隠しきれなかった。
 それは――自分を沈めた鋼の乙女を、あり得ないが大人にしたら
そうなるという姿だった。眼鏡をかけていないなどの差異こそあれど、
その風貌は別人というにはあまりにも似すぎていた。
 それでも、あかぎはその驚きを瞬時に押し込める。そして、努めて
意識して笑みを作ると、こう言った。
「そちらはあなたの奥さんかしら?」
「え?あ?……い、いや……違う」
「な……。お、お前は誰だ!?」
 赤面して歯切れも悪く否定する武雄と、同じく赤面してあかぎに誰何する
ルーリー。その不器用な二人の反応を、あかぎはほほえましく思う。
 一方で、ルーリーは初対面のあかぎの風体を異質なものと見ていた。
ハルケギニアにはほとんどいないつややかで黒く長い髪と黄色い肌。
紺色のインナーの上に前あわせの白い異国の服に丈の短い朱色のキュロット
スカート。スカートの丈が短いのは足に白いニーソックスを履いて
さらに鈍く光る脚甲を装着しているためだろうと彼女は考えた。
それに、何より目立つのは右肩だけの塔のような肩当てと、両腕を覆い
隠す巨大な盾。そのどれもが異質で、ルーリーに警戒心を抱かせた。
 そんな二人を前に、あかぎは警戒心を解きほぐすかのように柔らかい
笑みを向ける。
「私は大日本帝国の鋼の乙女、あかぎ。こんな夜にごめんなさいね」
「ああ、知っている。あなたは有名だからな。俺はラバウルの第一五一
海軍航空隊所属、佐々木武雄少尉。彼女は俺たちの帰還のために協力して
もらっている、ルーリー・エンタープライズさんだ」
「アルビオン王国の貴族、エンタープライズ家のルーリーだ。タケオ、
彼女を知っているのか?」
「ああ。大日本帝国海軍聯合艦隊司令長官の副官だ。
二年前のミッドウェイ海戦で重傷を負った……いや、噂では壊滅した
南雲機動部隊とともにミッドウェイの海に沈んだと聞いていた」
「なんだって!?」
 武雄の言葉に驚くルーリー。その驚きは目の前の女がそんな高官だとは
思えなかったことと、そんな噂が流れたほどの傷を負ったようには
見えなかったからだ。
 一方、あかぎも二人、特にルーリーを見て、こんな偶然もあるのね、と
心の中でつぶやく。容姿だけでなく名前までも似ている。そして、あかぎは
武雄の言葉を聞き逃さなかった。
「二年……私が目覚めるまでそんなに経っちゃってたのね。それとも、
ここに召喚されるときに時間がずれちゃったのかしら。どちらにしても、
私がここに来たことは間違いなかったみたい」
 あかぎはそう言うと、懐から白い布で包まれた白木の箱を取り出す。
どこにそんなものが入っていたのかとルーリーは思ったが、日本人である
武雄にはその包みが意味するものが容易に想像できた。
「まさか……」
 震える指で包みを指さす武雄に、あかぎは無言で頷いた。
「水島一郎整備兵長よ。この名前に聞き覚えはあるかしら?」
「な……。おい、タケオ、どういうことだ?あれはイチローだって!?」
 風習の違いが理解できずに武雄に問いかけるルーリー。武雄はそれに
答えず背を向けると、ぽつりと言った。
「……中で話そう。ここはもう寒い」
 そう言って庵に戻る武雄。その後をルーリーが慌てて追いかける。
あかぎは二人の足跡をなぞるように、静かに歩き出す。改めて庵の横に
安置された複座零戦を見て、あかぎは一瞬複雑な顔を見せた。


「……なるほどね。そういうことだったの」
 ランプに照らされた庵の中。三人もいればその狭さが際立つ。
 あかぎが武雄に水島整備兵長を看取ったときのことを話し、武雄が
あかぎに自分たちがここに来たときのことを話した後で、あかぎは微妙な
顔をする。ルーリーにしても武雄たちがそんな理由で飛び立ったことを
初めて聞いてどう言っていいのか分からない状態だ。
「日米開戦前から、私は精神論の空砲じゃ敵は倒せないって言い続けて
きたけれど、とうとうそんなことになっちゃってたのね。
 内南洋を失った時点でもう勝てないっていうことは理解できていた
でしょうけど、開戦と同じで面目にこだわっちゃったのね。うちの司令官、
いいえ、お上はどう思われていたでしょうね……」
 北九州空襲がよほどショックだったのか、上層部が鋼の乙女を帝都に
近い木更津基地に集めてレイテ決戦への投入を渋ったと言うことは、
おそらく決戦には敗北しただろうとあかぎは想像する。その上特攻などとは……
自分が仕えていた司令官の苦悩が見えるようだ。あの司令官は普段は
おちゃらけているが、部下のことを何よりも大事にする。彼の心境を
慮ると、あかぎの表情は知らず複雑になった。
「それは上が考えることで、俺たちにできることは一機でも多く敵機を
墜とし、一隻でも多く敵艦を沈めることだけだ。だからどうしても帰還する
必要がある」
 武雄にしても、一介の少尉にできることを口にするしかない。
あかぎほどの立場にはいないのだ。
 だが、武雄の言葉に対するあかぎの返事は、彼の希望を打ち砕くには
十分だものだった。
「そのめどは立っているのかしら?佐々木少尉、私には水島整備兵長が
絶望した理由も分かるわ。
 だって、私たちが召喚されたあの場所をエルフたちは『悪魔の門』って
呼んでいるけれど、あそこに戻っても元の世界には帰れないもの」
「なんだって!?それはどういう意味だ!?」
 武雄は立ち上がってあかぎの両肩を掴む。鋼の乙女であるあかぎは
その程度の力では揺らぐこともなく、武雄をまっすぐに見つめ、彼に
冷徹な最後の一言を突きつける。
「私はエルフの国『ネフテス』で少しだけどそのあたりの事情を聞いたわ。
『悪魔の門』、人間は『聖地』と呼んでいる場所は、一方通行なの。
つまり、私たちの世界から聖者アヌビスの武器、彼らは『アヌビスの長槍』と
呼び、人間は『場違いな工芸品』と呼ぶ武器、いいえ、兵器って言った方が
いいかしら。とにかくそれらを召喚するためだけの場所。
 要するに、あなたたちは、外にある零戦のおまけでこっちに連れて
こられただけなのよ。私と違ってね」
「なんて……こった……」
 あかぎの言葉に、武雄はがっくりと膝をつく。そこにルーリーが寄り添い、
あかぎに言う。
「私には今の言葉の半分も理解できないが……要するに、あなたはエルフと
対話したということか?そこで事情を聞いたと?」
 相手が武雄の国の高官だと聞いてルーリーの言葉遣いもそれなりに
敬意を払ったものになる。だが、それだけの話を聞ける相手と言えば、
ルーリーにはエルフの王しか思いつかなかった。

(あのエルフの、しかも王と同じテーブルにつこうとすると、いったい
目の前の女はどれだけのエルフと対峙したんだ?たった一人で!)

 ルーリーの視線に恐怖にも似た畏怖が混じることに気づいたあかぎは、
それを解きほぐそうとするように柔らかく微笑んでみせる。
「私はこのハルケギニアの人たちがどういう風にエルフたちを見ているか、
それは話を聞いただけでしかないわ。でも、ネフテスの統領様も、
あのネフテスの国に暮らすエルフたちも、あなたたちハルケギニアの
人たちから聞いたような、得体の知れない『敵』では決してない。
それだけは自信を持って言えるわ」
「統領様、か。私はエルフの王をそう呼ぶとは聞いたこともなかった。
いったいどんな魔法を使えばそんなことになる?」
「私は魔法なんて使えないわよ。私が目覚めた後、任務行動をしていた
ファーリスのシャジャルちゃんたちとお話しする前にちょっと小競り合いが
あって、その後で彼女たちの国の首都アディールまで連れて行って
もらっただけ。統領様から事情を聞いた後は、贈り物をしてここに
来るまでの水と食料を分けてもらったのよ」
「『ファーリス』?」
「彼女たちの国の称号で、『騎士』を意味するそうよ。こっちでは何が
近いかしら」
「それならば『シュヴァリエ』だな。それで、いったい何人殺せば向こうは
テーブルについてくれたんだ?」
 長年の闘争の歴史が、ルーリーの言葉に見える。話していないこと
こそあれ、あかぎの言葉に嘘はないが、それを簡単に信じられるほど、
ハルケギニアの人間とエルフの歴史は甘いものではなかったのだ。
 だが、あかぎの言葉は、ルーリーの予想を覆すものだ。
「一人も殺していないわよ。ちょっとちくっとしたくらいかしらね?」
「でまかせだ!あのエルフ相手に、一人も殺さずそんなことができるはずが……」
「殺そうと思えばできたわね。主砲を使うまでもなく、対空砲だけで
人間なんて消し飛んじゃうから」
 そう言ってあかぎは左手の盾――飛行甲板――に装備された放列を
見せる。その顔には、さっきまでの笑みはない。
「私はこの地の歴史はよく知らないけれど、それでも、人間も、エルフも、
何一つかけがえのない大切な命だと思うわ。だからできれば傷つけたく
なかったけれど、落ち着いて話を聞いてもらえる状況じゃなかったから、
しかたなく無力化させてもらったの」
 あかぎはその豊かな胸に手を当てて、そう言った。その言葉で少し
落ち着きを取り戻せたルーリーは、裏切られたという視線で武雄を見る。
武雄はその視線をまっすぐに受け止めた。
「……私に東方から来たと言ったことは、嘘だったんだな」
「嘘は言っていない。ラバウル基地からレイテを目指して海上を飛行中に
奇妙な魔法陣にぶつかり、気がついたら砂漠を飛んでいた。だから地図を
見せられたときに砂漠を指した。
 別の世界かもしれないと思ったのは、空に浮かぶ月を見たときだ。
それを告げなかったことについては謝る」
「私も気がついたら砂漠に横たわっていたわ。海に沈んだはずだったのにね」
「それじゃあ何か?あのサハラの向こう側は異世界だっていうのか?
それを信じろと?」
 ルーリーは混乱していた。無理もない。信じろと言われて即座に
信じられるはずもない。では二人が共謀して嘘をついているのか?
ありえない。少なくとも、自分は武雄とずっと一緒だった。あかぎが
来たのはついさっき。それでも、二人は同じ黒い髪と黄色い肌。
同じ国から来たという言葉に嘘はないだろう。ルーリーはおぼつかない
足取りで土間の水桶から水をすくうと、一息で飲み干した。
「……東方へ帰ることだって難しいのに、異世界なんて……そんな話、
今まで聞いたこともないぞ。『ガショリン』の生成の端緒もつかめないのに……
『土』のトライアングルだって胸を張って生きてきたのが、自信をなくしそうだ」
「航空用ガソリンの精製には石油が必要よ。それか、難しいけど松根油か
石炭ね。傘松の樹だったらネフテスの国の国境線で見たから、統領様に
事情を話したら古い切り株から油を取ることを許してもらえるかもしれないわね」
「作り方を知っているのか!?」
 驚いてあかぎを見るルーリー。そんな彼女にあかぎは静かに告げる。
「ええ。でも、私は知っているだけ。実際に精製するには機材も設備も
何もかも足りないわ」
「素材が分かっただけでも大きな前進だ。石炭なら製鉄で使うから私なら
入手可能だ。『ショウコンユ』……今の話からすると松の根の油か?
『セキユ』は……もしかして砂漠や沼地でまれに見つかる『黒い泉』のことか?
とにかくそれさえ手に入れば『錬金』で何とかなるかもしれない」
 根っからの研究者肌なのか、それまでとは一変してやる気に満ちる
ルーリー。そんな彼女に、武雄は申し訳なさそうに声をかける。
「……いいのか?今の話を聞いても、それでもやってくれるのか?」
「何を言っている。私は約束は守る。とにかくあの『竜の羽衣』が
飛べなければ話にならないだろう?別の世界への道があるかあるか
どうかなんて、ここの領主や……まぁ気は進まないがエルフの知恵を
借りるとか、とにかく古い伝承を当たってみれば手がかりがつかめるかも
しれないだろう?召喚ができるなら送還もできないとおかしいんだ」
 今更何を言うか、という顔で武雄に向かい合うルーリー。この三人の
中で唯一のハルケギニアの人間で、しかもメイジだけあってか、二人が
気づかない点を指摘する。やる気にあふれるルーリーの顔を見て、武雄も
表情を引き締めた。
「そうだな。やってみる価値はあるな。水島整備兵長が死んだ今、
うまくいけばあのゼロ戦であなたも帰れる」
 そう言ってあかぎを見る武雄。それに対してあかぎは不満をあらわにした。
「『あなた』、なんて他人行儀ね。確かに帝国海軍だと私の方が階級が
上だけど、ここじゃそんなもの何の意味もないわ。だから私のことは
あかぎって呼んでちょうだい。私も、あなたたちのことを武雄さんと
ルリちゃんって呼ぶから~」
「は?」
「な……なんだその呼び方は!?」
 あかぎの提案に間の抜けた声を出してしまった武雄と、いきなりのことに
怒り出すルーリー。そんな二人を前にあかぎは茶目っ気のある笑みを向けた。
「あらいいじゃない。私は、お友達には他人行儀にしたくないのよ~」
「お、お友達……なあ、タケオ、この人は前からこんななのか?
いや、これがお前の国の海軍実戦部隊のナンバー2か?!」
「いや……俺に言われてもな……酒保でブロマイドが売られてるほどの
有名人だったけど、実際に会ったことなんてないし」
 こめかみを押さえるルーリーと、困惑する武雄。結局、二人はあかぎの
押しの強さに負けてしまい、そう呼ぶことを承諾してしまうことになって
しまうのだった……


「……お前はここで機体を守ってくれ。絶対に帰る方法を探して戻ってくる」
 出発の日、武雄は水島整備兵長の遺骨が入った白木の箱を複座零戦の
操縦席後席に置いた。前席には自分の飛行服を畳んで置いてある。
 今回の旅は長丁場だ。動けない複座零戦を持って行くことはできず、
また帰還のために必要なこの機体を放置することもできないため、機体の
周囲を土で覆い魔法で手出しができないようにしてもらうことにした。
 風防を閉め、名残を振り切るように機体から離れる武雄。だが彼は迷いを
振り切ると、彼を待つ二人の元に歩き出す。
「やってくれ」
 ルーリーは頷くと、『錬金』、その中でも『クリエイト・ゴーレム』と
呼ばれるゴーレム生成のための魔法を唱える。本来はその名の通り土から
ゴーレムを作成する魔法なのだが、今回は使い方を変え、複座零戦に
覆い被さるようにした状態で、さらに『錬金』、そして『固定化』をかける。
小山のような土団子がちょうど複座零戦に触れない程度で鉄に変わり、
『固定化』の影響で錆びることもなく、魔法が解除されるまで機体を
守り続けるようになった。
「便利ね~」
「このくらい朝飯前だ。少なくとも、盗賊程度に解除されることはないだろう。
トライアングルクラスの盗賊でもいれば別だが」
 目を丸くするあかぎに、ちょっとだけ気をよくしたルーリー。二人を
横に見ながら、武雄は旅の荷物を詰めた背嚢を背負い、腰に佩いた軍刀と
拳銃を確かめる。武雄の服や背嚢、荷物は村で調達したものだ。さすがに
飛行服では目立ちすぎる。その点で言えばあかぎの格好など目立つ以外の
なにものでもないが、戦艦の主砲の直撃にも耐えるほどの防御面でこれに
勝るものがないため、傍目には奇妙な三人組と言えた。
「さて、行くか」
 庵の扉に鍵をかけ、武雄が言う。まずは領主に会い、それでもダメなら
エルフの国ネフテスへ――長い旅になりそうだ、と武雄は気を引き締めた。


 それからの旅は、今思い出しても楽しかったわ――あかぎはふがくたちに
そう語った。
 最初に向かったタルブ領主アストン伯のところでは何の収穫もなかった
けれど、これはこちらの素性を明かさなかったから仕方のないこと。
川岸の村でボートを手配し、あかぎが引っ張っていくかたちで川を上って
ゲルマニアからガリアの国境を行く。そこまで何度か亜人などに襲われたが、
三人の連携の前にはそれらは障害とはなり得なかった。
 そうしてサハラへ向かう最後の宿としてアーハンブラの城下町に旅装を解く。
エルフとの国境、最前線のはずが、長い休戦状態のためか、町そのものに
緊張感は薄かった。

「やっとここまで来たわね~」
 宿に荷物を置き、一階の食堂でテーブルを囲む三人。ここまで二週間の間、
ほとんどの行程をあかぎがボートを引っ張ったため、武雄たちの消耗は
少ない。馬を借りて陸路という案もあったが、川を上った方が魔物に
出会う確率が非常に低かったのだ。
「まぁ、途中寄り道しながらだったがな。翼人……だっけ?あかぎが
ほっとけなかったからな」
「こっちはひやひやしていたんだぞ。亜人の中でも翼人はエルフと同じく
先住魔法を使う。しかも相手の領域の中だ。戦闘になったら不利なんて
ものじゃない」
「いいじゃない。私は最初から戦闘になるなんて考えてなかったわよ。
私たちは怪我してはぐれた子供を送っていっただけだし~」
「はぁ……お前は本当に変わらないな。この二週間でよく分かった」
 にこにこと笑うあかぎにルーリーが溜息をつく。『黒い森』の中での
出来事だが、武雄やルーリーに影響を及ぼさないように出力を弱めた
あかぎの電探が捉えた不明な存在に、ルーリーが止めるのも聞かずボートを
岸に着けて探しに行ってしまったのだ。最終的には誤解も解けて感謝されたとは
いえ、そうでなければ子供を奪われたと勘違いした翼人たちとの戦闘が
発生していた可能性があったのだ。
「だが、あかぎ。本当に疲れていないのか?水路を選んだのも驚いたが、
私たち二人が乗ったボートをずっと曳きっぱなしだったんだぞ?」
「別にたいしたことじゃないわ。私は空母型鋼の乙女よ。地面を走るより
水の上を走った方が楽なの。むしろこれから砂漠を歩く方が厳しいかも」
「確かにな。砂漠の近くだからってラクダを売ってるわけでもなさそう
だったしな」
「ラクダ?なんだそれは」
 聞き覚えのない単語にルーリーが聞き返す。その反応に、武雄とあかぎは
「なるほどね」と二人同時に頷いた。
「……その反応からすると、こっちにはラクダはいないようだな」
「そうね。『東方』からこっちに来る行商人がどうやって荷物を運んでるのか、
逆に興味がわくわ。やっぱり馬かしら?」
「…………。その言い方でよく分かった。要するに、お前たちの国には、
馬よりも砂漠に適した生き物がいる、ということだな。もっとも、私も
実際にサハラで行商人に出会ったことなどないしな。そもそもサハラに
まともに足を踏み入れるのもこれが初めてだ」
「へえ。あんたたち、サハラに行くのか?」
 やや憮然とした顔になるルーリー。そこに声がかかる。
見ると、いかつい傭兵風の男が、ワインのジョッキ片手に立っている。
荷物を降ろしたとはいえ得物は手放していないあかぎたち三人に話しかける
人間はいなかったが、目の前の男は酔っているのか、それとも儲け話に
なりそうだと思ったのか。もしかするとタイプは違えど美人の範疇に
入る女二人を連れた組み合わせに良からぬことを考えたのか。
 そんな男を前に、あかぎは極上の笑みで迎え撃った。
「ええ。捜し物があるの」
「『場違いな工芸品』かい?サハラは危険だぜ?エルフに出会ったりしたら
一巻の終わりだ。そっちのにいちゃんの剣、作りは良さそうだが細くて
頼りねえ。どうだ?俺たちを雇わねえか?俺たちは『東方』の行商人の
護衛もしたことがある。腕は確かだぜ」
 そう言って、男は親指で奥のテーブルを指さす。そこにはメイジらしい
鉄の杖を持った男と、背中に大剣を背負った大男がいた。

(へっ。女メイジにでかい盾を持った奇妙な格好のねえちゃんか。
こんな上玉、独り占めたぁよくねえなぁ、おい)

 そんな男の心の声が伝わったのか、あかぎはにこやかな笑みを絶やさぬまま言う。
「そーねー。遠慮しておくわ~」
「そうそう。……へっ?」
 予想外の答えに驚く傭兵風の男。間の抜けた顔を前に、あかぎは続ける。
「だって、あなたたち強そうに見えないんですもの。それに、私たちは
エルフと事を構える気なんて全くないから」
「バカ言っちゃいけねえ。エルフがそんな甘い敵だと思ったら大きなまちが……
あいででで」
 言いながらあかぎに触れようとするその手を、あかぎは笑ったまま
握りしめる。鋼の乙女の腕力で握られたのだ。加減しているとはいえ
骨が嫌なきしみを立て始めた。
「おいおい。俺たちは必要ないって言ったんだぜ?そろそろお引き取り
願おうか」
 武雄が立ち上がり男の肩にぽんと手を置く。それを見たテーブルの
二人が立ち上がった。
「てめえら、下手に出れば調子に乗りやがって!」
 テーブルを蹴倒し、大男が武雄につかみかかる。武雄はその懐に素早く
入り込み、背負い投げを決める。テーブルを豪快になぎ倒して床に
叩き付けられた大男。大の字になって何が起こったのか理解できぬままに
大男は気絶する。そこに残った傭兵メイジが襲いかかった。
「てめえ!今何をしやが……むぐっ」
 その言葉は最後まで言えなかった。懐から粘土玉を取り出したルーリーが
杖を振り、それを媒介に傭兵メイジの口を赤土の塊でふさいだのだ。
「まったく騒々しい。ここは食事をするところであって喧嘩をするところではないぞ」
 そう言って、ルーリーは悶絶する傭兵メイジの頭に杖を振り下ろす。
すかぽーんと小気味よい音を立ててあっという間に二人が倒されたのを
見て、あかぎに手を握りしめられたままの男が震える声で言った。
「……な……なんなんだ、おまえら……」
「相手の力量も推し量れないで、よく今まで生きてこられたわね。
 さて、これで分かったでしょうから、もうお引き取り下さいな」
 そう言ってあかぎは男の手を離した。痛む手を押さえつつ、捨て台詞を
吐く余裕すらなく男は仲間を置いて逃げていった。
「おーおー。一人でトンズラかよ。ったく。大丈夫か?……って、聞くまでもないか」
「ええ。私は大丈夫。でも、本当に薄情な人ね~」
「まったくだ。仕方ない。店主、すまないがこれで後片付けを頼めるか?」
 ルーリーはそう言って宿の主人に金貨の袋を渡す。武雄とあかぎは
ハルケギニアの金銭価値に疎いため、こういうことはもっぱら彼女の
役回りだ。宿の主人は袋の中身を確かめると、恭しく頭を下げてボーイに
指示を出し始めた。
「すまないな、ルーリー」
「タケオたちに任せると金がいくらあっても足りないからな。二人とも、
もう少しこっちの相場というものを勉強しないとな」
 そうは言ったものの、今渡した金貨もさっき砂漠を歩くための装備を
買うときにあかぎが持っていた宝石を換金したものだ。足下を見られないようにする
交渉も、ルーリーが受け持っていた。もしかすると、今の傭兵はそのときから
こっちをカモにしようとしていたのかもしれなかった。


 そうしてアーハンブラで一泊した翌日。三人はサハラに入っていく。
目指すはエルフの国ネフテスの首都、アディール。
道筋はあかぎがシャジャルの水竜でたどった道を逆に進むことにする。
その途中で、武雄は立ち止まり軍刀に手をかけた。あかぎが声をかけようと
した矢先のことだ
「……黙って行かせてくれる、ってわけにはいかなさそうな気配だな」
「シャジャルちゃん、じゃないわね。誰かしら?」
 二人の言葉でルーリーも杖を構える。砂の丘の向こう側から三人の前に
姿を現したのは、肌を見せない服装に焦げ茶色の外套をまとった、一人の
エルフの少年だ。
「私は『ネフテス』のビダーシャル。蛮人よ、ここは我らの地。
すぐに立ち去るがよい。そして、何故シャジャルという名を知っている?」
「ビダーシャル君か。いい名前ね。私はあかぎ。私たちはあなたに危害を
加えるつもりはないわ。あなたたちの統領様にお願い事とお話を伺いたくて
ここまで来たの」
「何?お前が!?」
 ビダーシャルと名乗ったエルフの少年の顔が驚きに変わる。
話の分からない武雄とルーリーはそれを見守ることしかできない。
「ファーリスのシャジャルちゃんには、私を国境線まで送ってもらった
ことがあるの。よかったら、私たちをアディールまで案内してもらえないかしら?」
 あかぎの言葉にビダーシャルは沈黙する。しばしの後、「いいだろう」と
承諾の意を示してくれた。

「またまみえることになろうとはな。『アヌビスの長槍』よ。
これも大いなる意思の導きか」
 アディールの評議会本部で、あかぎたちは彼らの統領と面会する。
あかぎは二度目だが、武雄とルーリーは初対面の相手に警戒と緊張が
ない交ぜになったかたちだ。そもそも、ここに平和的にやってこれる
人間が、今まで何人いたことか。
 あかぎは統領と丁寧な挨拶を交わした後、本題に入る。
「……というわけで、国境線に生えている傘松の樹の、古い切り株を
分けて欲しいんです。もちろん、対価はお支払いします」
「なるほど。そちらの人間も、お前と同じ『アヌビスの長槍』、
いやその乗り手ということか。だが、すでに役目を終え自然に帰るだけの
ものをほしがるとは……」
 統領は半ばあきれるような目であかぎを見た。武雄たちは気づいて
いなかったが、統領は前回あかぎと話したときのように『蛮人』という
言葉を使わなかった。
「まだ役目を終えていませんわ。最後のおつとめが残っていますもの。
自然に帰ってもらうのは、それからということに」
「わからぬな。わからぬが、必要だと言うことは、それも大いなる意思が
導いたことだろう。しかし、持ち帰れるのか?そうは見えぬが」
「私の格納庫にはまだまだ余裕がありますから。それから、もう一つ
お願い、というか、お伺いしたいことがあるんですけど」
「何だ?」
「あなたたちエルフの伝承に、異世界へ行く方法は伝わっていませんか?
私たちは異界の人間。あまりこの地に長く留まるべきではないと思うんです。
戻る方法があるなのら、私たちはすぐにこの地を去ります。傘松の樹の根は、
そのために必要になったんです」
 あかぎの言葉に、統領はしばし瞑目する。どれだけの時間が流れたか、
わずかな時間が無限に思える重い空気が流れた後、統領は口を開いた。
「……我ら、そして人間たちの古い伝承にこうある。『双月がともに
太陽を隠すとき、異界への扉が開かれん』とな。三十年に一度、太陽と
双月が直列に並ぶ。その黄金の環が、異界につながっていると言われている。
古い伝承故、さだかではないがな」
「それは、次にいつ起こるかわかりますか?」
「三十年後だ」
「え?」
 統領の言葉に、あかぎは思わず聞き返した。
「つい先月のことだ。太陽が隠れ昼が夜になり黄金の環が現れたのは。
故に、次は三十年後だ」
 武雄はルーリーを見る。彼女は、苦い顔で頷いた。


 帰路、ボートに乗る武雄たちは言葉少なげだ。確かにエルフから持てるだけの
傘松の切り株を分けてもらった(それは掘り起こしていい切り株を知らせるために
案内させられたビダーシャルが目を見開くほどの量だ)。だが……
「……あの黄金の環に、そんな意味があったなんて」
「ルリちゃんのせいじゃないわ。誰も知らなかったんですもの。
どうやれば帰れるかもしれないかって、わかったんだし、いいじゃない」
「そうだ。次があるんだ。待てばいいのさ」
 ぽつりと口にしたルーリーを、二人が慰める。だが、それでも彼女は
自分を責めた。
「なにがメイジだ。そんなことも知らなかったなんて。三十年だぞ!
そんな時間……」
「だったら、何か生計を立てたらいいのよ。武雄さん、何かいい案は
ないかしら」
「そうは言うがな……俺は飴屋の三男坊だし。軍人になったのも、兄弟が
多くて食えないからだぞ」
 武雄の言葉に、あかぎはぽんと手を打った。
「それよ。水飴なんていいんじゃないかしら」
「水飴か……確かに日本のとは違うが米と麦はあるし、あとは生きた
麦芽があればできるな」
「ミジュ……アメ?なんだそれは」
 聞き慣れない言葉にルーリーが顔を上げた。
「戻ったら作ってみましょう。こっちにはないみたいだし、うまくやれば
十分生計が立てられるわ~」
 ボートを曳きながら楽しそうに歌うあかぎ。顔を上げたルーリーの
肩を武雄がそっと抱き寄せた。

 途中、川岸の村で宿を取った夜。ルーリーはあかぎだけを夜の川岸に呼んだ。
「お話って、何かしら」
「……『ガショリン』ができあがったら、私は旅に戻ろうと思う」
 どうして?という顔のあかぎ。ルーリーは続ける。
「……最初は、興味だけだった。タケオとイチロー、二人の異邦人への。
でも、イチローがいなくなって、タケオと二人で過ごすうちに、それが
好意へと変わっていったのを自覚した。誰かの側にいてあれだけ落ち着いた
気持ちになったのは、初めてだ」
 あかぎはルーリーの言葉に耳を傾ける。誰かが誰かを好きになることは、
応援したい。けれど、そう簡単なことではないことも、理解していた。
「だけど、アイツは一度も私を求めてこなかった。じ、自分で言うのも
何だが、そんなに残念ではないと思うぞ。結婚していてもおかしくない年だし。
 それに、あかぎ、お前が来てからタケオは……自覚してないかもしれないが、
タケオはお前ばかり見ていた。やっぱり、同じ国の、黒い髪が、アイツの
好みなんだろうな」
「そんなことはないと思うけど。それに、私は、武雄さんを受け入れられても、
あの人の子供を産むことはできないわよ」
「それは、お前が『ハガネノオトメ』だからか?」
 あかぎは肯定する。
「私は、少女の器に入った兵器。とはいえ、私はもう少女って年でもないわね。
大日本帝国の最初の鋼の乙女だから、実験的な要素が強かったし。
だから……」
「だったら、私がお前たちの子供を産んでやる。その子を二人で育てたらいい」
「え、ええ~?ルリちゃん?」
 目を丸くするあかぎ。ルーリーも真っ赤な顔だ。
「と、とにかく、そういう理由ならそうしてやる!三十年もいれば、
絶対気が変わる。タケオがこのハルケギニアにいる理由を、私がお前たちに
作ってやる!」

「…………で、なんでこうなるんだ?」
 それからしばらくして。武雄は宿のベッドに縛り付けられていた。
褌一丁で。
「ええ~。だって、こうしないと武雄さん逃げちゃうでしょ?」
「当たり前だ!女同士の内緒話が終わったと思ったら、いきなりふんじばって
ひんむきやがって!ていうか、ルーリー!お前も降りて服着ろ!」
 怒りと羞恥で真っ赤になる武雄。真っ赤な顔で武雄の上に跨るルーリーも、
いつもの露出の少ない外套を脱ぎ髪も解いて下着同然の姿。
その様子を、あかぎが心底楽しそうな笑みで見ている。
「そんなこと言って~しっかり『合戦用意よし』なくせに~」
「いや、この状況でそうならなかったら男としてダメだろ。生理現象だ……って、おい」
 あかぎにからかわれた武雄がふと見上げると、ルーリーが真っ赤な顔で
ぽろぽろと涙をこぼしていた。
「ちょっと刺激がきつすぎたかしら?武雄さんの、見かけによらずこんなだし。
私の愛馬は凶暴です~みたいな」
「うるせえ……ったく。しょうがねえなあ」
 武雄はそう言うと、手首を鳴らして戒めを抜け出し、上半身を起こす。
そして、力強くルーリーを抱きしめた。
「え……タケオ?腕が……」
「帝国軍人なめんな。こんくらいどうってこたあねえ。
 あのな、泣くぐらいだったら最初から無理すんなよな」
「無理なんか……私は……」
 ふと気がつくと、部屋にはあかぎの姿がなかった。そろいもそろって……と、
武雄は覚悟を決めた。

(ったく。そろいもそろって素直じゃねえ!ああ、俺もな!
 いいだろう。たかが三十年、ここで生きてやるよ!)


 ――そうして。タルブの村に戻り、しばらく経った頃。武雄はあかぎから
「さすが音に聞こえたラバウル航空隊ね~一発必中なんて」とからかわれることに
なるのだった。



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