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ルイズと夜闇の魔法使い-21b




「……どうやら私を追ってきたって訳じゃなさそうだね」
「まあ別件でな」
 柊達から一定の距離を保ったまま、壁に背を預けたフーケがそう言うと、柊は軽く頷いた。
 柊が捕縛した後のフーケについて知っているのは、彼女を王都に連行する際に護衛の衛士隊が何者かに襲撃され、その犯人と共に逃走したという事くらいだ。
 そのごたごたで上の方ではなにやら揉めたり手配書が国中に出回ったりしたらしいが、その後の音沙汰は全くないといってよかった。
 まあこうしてフーケはアルビオンにいるのだからトリステインで音沙汰がないのも当然だろうが。
「……で、こっちに高飛びしてきて火事場泥棒でもやろうってのか?」
 個人的に多少の縁があるとはいえ、一応彼女は逃亡中の犯罪者である。
 とりあえず尋ねてみると、彼女は何故か顔を顰めて黙り込んでしまった。
 柊とタバサが互いに顔を見合わせ、改めてフーケを見やると、彼女は肩を落として大きな溜息をつき、手を頬に軽く添える。
「……盗賊は廃業したよ。出頭するつもりはないけど、もうああいう仕事はやらない」
 フーケは呟くようにそう漏らし、頬の手を離すと残滓を惜しむように指を擦った。
 そんな彼女の様子をじっと見ていた柊が、確認するように口を開く。
「本当だな?」
「信じる信じないはそっちの勝手だよ。捕まえようってんなら抵抗するけどね」
 ふんと鼻を鳴らしてフーケが返すと、柊はしばし何事かを考えるように腕を組んだ。
 そして彼はフーケから踵を返し、その場から離れながら懐から何かを取り出す。
 手の平大の小さな箱を指で弄くってから耳に寄せると、ややあって虚空に向かって話し始めた。
「ああ、俺だけど。今大丈夫か? ……あぁ、アルビオンには着いた。今サウスゴータってトコに来ててな、実は――」
 誰を向いているでもないのにまるで会話をしているようにぼそぼそと話す柊を見て、フーケは訝しげに首を捻って脇に佇んでいたタバサに眼を向けた。
「アイツ、何をやってるんだ?」
「……知らない」
 タバサにとっても柊の行動は謎だった。
 柊の行動は少なくともハルケギニアの人間から見れば十中八九はちょっと残念な人に映っているだろう。
 実際そのような視線を向けているフーケを他所に、柊は虚空に向かって喋り続けた。
 そして彼はようやくといった感じで会話(?)を打ち切って二人を振り返ると、フーケの方へと歩み寄った。
「あんた、大丈夫? そっちのケがあったのかい?」
「そんなのねえよ。それよりな」
 言いながら柊は手に持っていた何かフーケに手渡した。
 意図が読めずに首を捻るばかりの彼女に、彼はそれを耳に充てるように促す。
 訳のわからないまま指示通りに彼女がそれを耳にあてると――箱から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『――ロングビル先生?』
「っ!?」
 フーケはぎょっと眼をむいて周囲を見回したが当然その声の少女――志宝エリスはこの場にいない。
 声が聞こえてきた箱……0-Phoneを凝視して、次いで柊を見やると、彼はにやりとした笑みを浮かべて
「遠くの奴と話ができるマジックアイテム」
 とだけ言った。
 呆然とするフーケの手元で、再び呼びかけるエリスの声が小さく響く。
 慌てて彼女は0-Phoneを耳に充て、にやにやとした笑みを浮かべる柊と興味深げに見やるタバサの二人から隠れるように背を向けて語りかけた。
「あ、ああ、大丈夫だよ。ちゃんと聞こえてる。……元気にしてたかい?」
『はい、私の方は。先生は大丈夫だったんですか? あれから、その……』
「こっちも問題はないよ。おかげさまで牢屋に入らずにすんだからね」
『……ごめんなさい、私……』
「なんであんたが謝るのさ。悪さをしでかしたのはこっちなんだから、あんたが謝ったり気に病んだりする必要なんてないんだよ。――うん、うん。ああ……」
 それなりに付き合いがあり、捕縛以降は一切会話ができなかったこともあって話すことがあるのだろう、0-Phoneごしにエリスとフーケは語り合う。
 そんな彼女の後姿を見ながら、柊はちらりとタバサに目を向けて囁いた。
「あの分だと本当に大丈夫みたいだな」
「……悪辣」
「エリスが気にかけてたのは本当なんだからいいだろ、これくらい」
 ぼそりと呟いたタバサに柊は言い返してから表路地の方を指差し、頷いた彼女と共に裏路地を後にした。



 ※ ※ ※


 フーケが路地裏から姿を現したのはそれからしばらく経ってのことだった。
 適当に露天を見物していた柊とタバサを見つけた彼女は、やや肩を怒らせて二人の下へと歩み寄った。
 フーケの接近に気付いた柊は開口一番、口の端を意地悪く歪めて言う。
「生徒に心配かけちゃいけねえな、センセイ?」
「……やってくれるじゃないか」
 言われた彼女は屈辱と怒りがない交ぜになった顔で柊を睨みつけた後、手にしていた0-Phoneを乱暴に彼に向かって放り投げた。
 慌ててそれを取る柊にフーケは言う。
「エリスのこと、気付いたかい?」
「エリス? あいつがどうかしたのか?」
「なんだかあんたと話したい事があるようだったよ。途中でご主人のあの子が横槍入れてきたけどね」
「……あー」
 察しがついて柊は0-Phoneで額をかきつつ唸った。
 置いてけぼりを食わされて怒り心頭のルイズ(と多分キュルケも)が手におえないのだろう。
 柊は連絡を入れてみるかどうか少し迷ったが、ここはあえて放置することにした。
 ここで下手に彼女を刺激するとややこしいことになりかねない。
 ……放置すれば放置したで後のややこしさが膨れ上がるだけというのもわかっているが、現行の状況を片付けるのを優先しておいた方がいい。
「喧嘩別れして傭兵にでもなったのかい?」
「いや、違う。ちょっと野暮用でな……」
 尋ねてきたフーケに、柊は誤魔化すように手の中の0-Phoneを弄くりながら答える。
 と、そこでフーケはようやくある事に気付いた。
 柊が手に持っている奇妙な箱。
 最初に渡された時はエリスの事で気が回らなかったが、改めてみればそれは彼女の知っているあるモノに似ているのだ。
 大きさが全然違うのだが、作りや雰囲気などが酷似している。
「なんだよ。やらねえぞ」
 フーケがまじまじと0-Phoneを見やっているのに気付いて、柊は眉を潜めて言った。
 しかし彼女は顎に手を添えたままじっと柊を見つめていた。
 雰囲気が違うことに気付いて柊が首を捻るのと、彼女がぽつりと声を漏らしたのはほぼ同時だった。
「……あんた、『チキュウ』って知ってる?」
「……!」
 フーケから飛び出したその言葉に柊は肩を揺らし眼を見開く。
「……エリスから聞いたのか?」
「いや……って事は、知ってるんだね?」
 フーケが重ねて尋ねると、柊は黙り込んで彼女を見やった。
 そして少しの沈黙の後、嘆息して彼は答える。
「知ってるも何も。俺達が来たファー・ジ・アースってのがその『地球』だ。細かい説明は省くが、そういう事なんだよ」
 二つの呼称の違いを説明するためには世界結界による常識・非常識の二重構造から説明しなければならないため、柊はとりあえずそう返した。
 フーケはその返答を受けて眉を潜め、何事かを考え始めた。
 ややあって彼女は柊に再び尋ねる。
「あんた達、時間はあいてるか?」
「悪い、纏まった時間は取れねえ。もうちょっとしたら出発するつもりだし……」
 地球の事を切り出してきたのだから柊としては気になる所ではある。
 ただ、今はアンリエッタから受けた依頼を片付けるのが筋というものだろう。
 決行は夕刻だが、早めに出発して遠目からでも戦陣を確認しておきたいのだ。
「別件とか野暮用とか……あんた等、一体何しに来たのさ。このご時勢で観光って訳でもないんだろ?」
 半ば呆れ顔でそんな事を呟いたフーケを見ながら柊は小さく苦笑を返すことしかできなかった。
 確かに安穏としたトリステインから戦時下のアルビオンに飛び込んでくる理由など推測はできないだろう。
 ……王女殿下から密命を帯びてきている、など柊達自身からしても想像の埒外と言っていいくらいのものだ。



 と、ここで今まで黙り込んでいたタバサが唐突に口を開いた。
「ニューカッスル城に行って王党派の人間と接触する」
「タバサ!?」
 いきなりの発言とその内容に柊は驚いて彼女を見やった。
 フーケは一瞬台詞の内容が理解しきれずぽかんとタバサを見つめ、はっとして周囲を見回した後改めて彼女を覗き込んだ。
 タバサは二人の様子を意にも介さず、どこか冷めた視線を向けて言葉を継ぐ。
「城に潜入する方法か、それができそうな王党派側の人間に心当たりがあるなら教えてほしい。……『土くれ』のフーケ」
「……」
 検めるようにその名を言うと、フーケは目を細めてタバサを睨みつけ――そして薄く笑った。
「なるほど。どうやらあんたは学院の馬鹿貴族共よりは賢いようだね」
「心臓に悪いな、おい……」
 タバサの意図に気付いた柊が嘆息交じりに漏らし、二人を先程出てきた路地裏に促した。
 流石にこれからの話はそれなりに人通りのある表路地ですべきではない。
 再び人気のない路地裏に入り込むと、柊は表通りを監視するように入り口付近に陣取った後壁に背を預けた。
「で、実際心当たりはあるのか?」
 タバサがフーケにあんな事を言ったのは盗賊としての彼女の『裏の筋』を見越しての事である。
 二人もこの街に入ってそれなりに情報収集はしたが、所詮それは表に出回る程度のもの。
 この国に来たばかりの柊達では込み入った『裏側』にまで踏み入ることができようはずもない。
 トリステインで活動していたとはいえ貴族相手に盗賊をやっていた『土くれのフーケ』ならばそれなりに顔が通ってもおかしくはないだろう。
「教えてくれるならちゃんと払うもんは払うぞ……タバサが」
 幾分申し訳なさそうに柊が言った。
 柊はこの任務においてルイズがアルビオンに行く必要性は皆無だと判断して置いてきた訳だが、たった一つだけルイズが一緒にいる意味がある事を思い知った。
 ……柊は路銀を全く持っていなかったのである。
 サウスゴータに到着していざ情報収集という段になってようやくその事実に気付き愕然としたが、それを賄ってくれたのがタバサだった。
 服やデルフリンガー購入の代金に続いてタバサにまで負債を背負ってしまう羽目になった柊は、この任務が終わったら傭兵だの商隊の護衛だのをして金を稼ごうと心に決めたのだった。
 それはともかく。
 柊は探るようにフーケを見たが、彼女はさほど迷うでもなく軽く笑うと肩をすくめて見せた。
「確かにこっちの方にも通じちゃいるが、残念だけど心当たりはないよ。というか、今のこの情勢で王党派に付く裏の人間なんていないだろ。
 むしろあんた達を貴族派に売る方が確実に稼げるよ。……あんた達みたいな半端者が一番のカモだってこと、覚えておくんだね」
「……肝に銘じます」
 ぐうの音の出ない正論(?)に柊は思わず肩を落として呻いた。
 切り出した当のタバサもこころなしかしゅんとしている。
 どうやら彼女もこの手のやり方はさほど経験がなかったようだ。
 そんな二人を見ていくらか気をよくしたのか、フーケはまるで教師が生徒を諭すように言葉を続ける。
「大体ねえ、ちゃんと下調べすればいちいち聞くまでもなく無理なのはわかりきってるだろう。
 ニューカッスル城といえば岬の袋小路、平地の城と違って陸路が限定されるから貴族派も封鎖しやすいし、空からは侵入するのが丸わかりだ。強行突破ならまだしも潜入なんて――」




 と、そこまで言ってフーケは不意に口を噤んだ。
 まるで時間を止めたように固まってしまった彼女に、柊とタバサはお互いに顔を見合わせた。
 ややあってフーケは顔を傾け、何事かを考えるかのような仕草を見せた後タバサに眼を向けた。
「……あんた、確か風竜を召喚した生徒だったね? てことは、その風竜でここに来たのかい?」
「まあ似たようなもんだけど……」
 箒の事を言うまでもないと柊が先んじてそう答えると、再びフーケは今までになく思案顔で眼をそらした。
 口の中で何事かを呟き、小さく頭を振って――そして眼を細めて言った。
「……あるよ。ニューカッスル城に潜入するルート。おそらく、貴族派の連中は知らない」
「本当か?」
 思わず身を乗り出して尋ねる柊に、フーケははっきりと頷いた。
「ああ。その子の持ってる風竜の能力次第だがね」
「それなら問題ない」
 逡巡することもなくタバサは即答した。
 もしシルフィードがそれを聞いていたら狂喜乱舞していただろう。
「頼む、そのルートを教えてくれ。見返りが必要ならちゃんと用意する」
「……金は要らない。その代わり、あたしも一緒に行く。……もっとも、聞いただけじゃ行けないだろうから道案内は必要だろうがね」
「いいのかよ。戦場のど真ん中だぞ」
 意外といえば意外な彼女の提案に柊は眉を潜めて尋ねる。
 すると彼女は僅かに顔を傾け――薄く嗤った。
「……いいよ」
 冷笑でも嘲笑でもない、どこか歪な笑み。
 今まで見たことがないフーケの表情に柊は表情を険しくし……そしてタバサは息を呑んだ。
 何故かはわからないが、彼女のその顔を見た瞬間に激しく心臓を突き動かされたような気がしたのだ。
「……お前」
「今出ると着くのは夜になるからまずい。だから出発は明日陽が昇ってからだ」
 問い質そうとした柊を拒絶するかのようにフーケは踵を返して表路地の方へと歩き出す。
 先程の表情に関して答えてくれそうな気配はなかったので、柊は軽く息を吐いて彼女に言った。
「白昼堂々忍び込むのかよ」
「あたしも知ってるだけで行ったことはないからね。聞いた通りの場所なら明るい方がいいはずだ」
 行ってフーケは背中越しに柊を振り返り――顔は既に元の彼女に戻っていた――更に続ける。
「これで時間が空いたろ。ついでだからさっきの続きだよヒイラギ。
 ――あんたに会わせたい奴がいる」


 ※ ※ ※




 ――ほんの少しだけ時間は遡る。
 フーケ……ロングビルとの会話を終わらせたエリスは安堵した表情を浮かべて0-Phoneを胸に抱いた。
 余韻を少しばかり堪能した後彼女は一つ深呼吸して振り返る。
 その視線の先にはほんの少し表情を険しくしたルイズが待ち受けていた。
「話は終わったの?」
「……はい」
 エリスが答えるとルイズはそう、とだけ言って手を差し出す。
 有無を言わせぬといった彼女の態度にエリスは僅かに逡巡しながらも、持っていた0-Phoneを手渡した。
「旅が終わるまでこれは没収ね。持たせてるといつアイツと連絡を取るか知れたもんじゃないもの」
「……」
 口に出して反論はしないものの不満そうな表情を垣間見せるエリスを、しかしルイズはあえて無視して踵を返した。
 二人は連れ立って近くにある大振りな木へと歩を進めた。
 その木陰にいるのは見るからに立派な幻獣――グリフォンと、一人の男。
 ルイズ達が戻ってきたことに気付いたグリフォンが首をもたげると、男もまた二人を振り返って口を開いた。
「話は終わったかい?」
「ええ、お待たせしてごめんなさい」
「構わないよ。ラ・ローシェルまで中ごろといった所だし、休憩には丁度いいだろう」
 男が闊達と笑うと、ルイズは少し気恥ずかしげに頬を染めた。
 しかしエリスの表情は優れない。
 何故なら彼女は、この男の事が苦手だった。

 彼の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
 貴族達の憧れであり戦場の華たる魔法衛士隊、その中の一つグリフォン隊の隊長を勤めており――ルイズの婚約者だという。
 なるほど確かに彼は肩書きに相応しい威厳があり、その割には気さくで(ハルケギニアの見地では)平民であるエリスに対してもそこまで威圧的ではない。
 要するに好人物であり、悪い印象はほとんどと言っていいほどなかった。
 ……だが、それでもエリスはワルドの事は苦手だった。

 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、ワルドは興味深そうにエリス見やって口を開く。
「しかし、便利なマジックアイテムを持っているものだね。アル・ロバ・カリイエでは平民でもそのようなものを持っているのか?」
「はい……いえ、ほとんど持っていないんじゃないかと……」
 少なくともアル・ロバ・カリイエにこれを持っている人間は存在しないだろう。
 エリスがややぎこちなく答えるとワルドはふむ、と頷いてからエリスを観察するように眺めやると、軽く頭を振った。
「まあよいか……それで、その彼等はどこにいると?」
「アルビオンのサウスゴータっていう街だそうです」
 するとワルドに僅かばかりの驚きが混ざる。
 彼は顎に手を添えながら、思案顔で呟くように漏らした。
「深夜に出発してサウスゴータ? 連れ合いの風竜は随分と優秀なのだな……軍の成竜でもそこまで速くはない」
 一概に比較できる訳ではないが、とワルドが言うと、ルイズがどこか焦ったように口を開いた。
「だったら急いで行かないと。下手に陣中突破なんて企まれたら捕まえられないわ」
「そうだな。では出発するとしよう」
 言ってワルドが促し、ルイズは彼の手を借りて地に伏せたグリフォンの背中に跨る。
 次いで彼はエリスにも手を差し出したが、彼女はその場に立ち止まったままおずおずと語りかけた。
「あの……本当にアルビオンに行くんですか?」



 夜が明けて出発予定の時間になった折、学院の前で柊とタバサの二人が既にアルビオンへ向かった事を知らされたルイズとキュルケは予想通りというべきか、激しく怒り狂った。
 朝もやに向けてさんざっぱら悪態をつきまくった挙句やはり予想通りに追いかけようという方向性になりかけもした。
 が、相手が風竜(とキュルケは思っている)ではいくら行き先がわかっていたとしても無謀な追跡でしかない。
 柊に後詰を任されたエリスは全力で二人を説得し、どうにかこうにか『帰ってきたらツケを払わせる』という形で収めたのである。
 ……少なくともルイズとキュルケの二人を相手にこの形で収めたのは大成功というべきだろう。
 キュルケは「まさかあの子が人の恋人を寝取るだなんて!」などとのたまいながら憤懣やる方なく学院へと戻って行ったが、ルイズはその後も学院の入口でアルビオンの方角を睨み続けていた。
 そこに現れたのがグリフォンに乗ったワルドなのである。
 お互いに紹介を――彼がルイズの婚約者である事も含めて――終えた後エリスが柊達の事を伝えると、ワルドは驚いた表情を浮かべながらもややあってルイズに告げた。
「王女殿下より任務を賜った以上、おめおめと帰る訳には行かない。僕は彼等を追ってアルビオンに行くが……キミはどうする?」
 ルイズの返答は今更語るほどの事ではなかった。
 ワルドは彼女の答えを待ち望んでいたかのように快く受け入れ、自ら手を引いてルイズをグリフォンへと乗り込ませた。
 エリスは最後まで躊躇したが、二人の乗ったグリフォンが空へと飛び上がろうとした段になって半ば反射的に自分も同行すると言ったのである。
 もはやルイズを止めることなどできないだろうし、一緒に行って自分が何かできると思った訳でもない。
 ただ単純に、放っておけなかっただけだった。

 エリスの言葉を聞いた騎上のルイズは憤懣も露にしてエリスに向かって言った。
「当たり前よ。姫様から賜った重大な密命をあいつらだけに任せておくなんてできないわ」
「で、でも、実際もうアルビオンまで行ってるんだし、ちゃんとやれてるじゃないですか」
「……それは」
 ルイズは思わず口ごもってしまった。
 しかしそれはエリスに説き伏せられたのではなく、自分の言いたい事が上手く伝えられないからだ。
 そもそもエリスは根本的に彼女の心情を履き違えている。
 ヒイラギならそれなりに上手く立ち回って任務を果たす事もできるかもしれない。
 それはエリスに言われずともルイズはちゃんと理解していた。
 だが彼女がアルビオンへと行きたいのはそういう事ではないのだ。
 それを伝えられないまま――そしてその帰結として当然のように、エリスは意気込んでルイズに訴えた。
「それに親書も指輪も柊先輩が持ってるんだし、今更追いかけたってきっと間に合いません。ルイズさんが行く意味なんて――」
「それは違うな、ミス・シホウ」
 そこで割って入ったのは今まで二人のやりとりを黙ってみていたワルドだった。
 闖入に思わず身を硬くしたエリスに、彼はあえて態度は軟化させず彼女に向かって言う。
「意味、というならルイズが行く事そのものに意味があるのだよ。
 なるほど確かにヒイラギとやらの採ったやり方は効率的だろう。彼はそれなりに優秀な傭兵なのかもしれん。
 だが我々は傭兵ではない、『貴族』なのだ。密命とはいえ王女殿下より賜った大任、なればこそ相応しき者が果たさねばならぬ。
 古来より我等貴族はそうやって国と王に報い、己が身と家名に名誉と誇りを刻み続けてきたのだよ」
「ワルド……」
 彼の言葉にルイズは感じ入ると同時、胸のつかえが下りたような気がした。
 彼が語ったとおり、これは単純に依頼された事を果たせばいいという類のものではないのだ。
 アンリエッタより願いを託された事に意味があり、託された自分が赴くことに意味がある。
 王宮にいる他の誰でもなく、自分を頼ってきてくれた事にルイズはささやかな誇りを感じていたのだ。
 しかし目の前のエリスにはそれを理解されず、柊に至ってはあろうことか部外者と共に任務を掻っ攫っていった。
 ルイズはそれに憤りと失望を感じると同時、やはり彼女等は自分とは違う『平民』であると再認識してしまう。
 自分の気持ちを代弁してくれた同じ『貴族』であるワルドの背がどこか頼もしく見えた。
「……」

 一方のエリスは、それ以上何も言い返す事ができなくなってしまった。
 ただ、不満の表情は顔に出ていてしまったのだろう、それを見たワルドが小さく溜息をつくと諭すように言った。
「それが貴族というものなのだよ。平民のキミにはわからないだろうがね」
 その台詞を耳にいれ、エリスの肩が僅かに揺れた。

 ――エリスがワルドを苦手な理由は、まさにこの一点といってもよかった。
 今の台詞にしても別に彼は平民を殊更卑下した風に言った訳ではない。
 逆に貴族である事を意気高々にひけらかしている風でもなかった。
 しかし彼は『平民と貴族が別種の存在である』という厳然な認識を持っていて、それを揺ぎ無いほどに体現しているのだ。
 彼のような人物が貴族というものであるのなら、普段学院で見ている生徒達も長ずれば彼のようになるのだろうか――ルイズもまた。
 それは違う、と否定するほどエリスはこの世界の貴族を理解できていない。
 だから貴族とはそういうものだ、と言われればエリスは何もいう事が出来なくなってしまう。
 いっそ厨房で働いているコック長のマルトーのように『いけすかない奴等だ』と嫌ってしまえれば楽だったのだろうが、彼女は簡単に割り切ることができなかった。
 ……だからエリスはワルドが好きでも嫌いでもなく、単純にどうしていいかわからないぐらい『苦手』なのだ。

「そんなに行きたくないんだったら、あんただけ学院に帰ってもいいのよ。ここから歩いて帰すのは酷だからラ・ローシェルまでは一緒に行って、後は馬車でも手配してあげるわ」
 渋るエリスに焦れてきたのか、グリフォンの上のルイズが肩を怒らせて声を投げかけた。
 エリスは少し迷った後、顔を俯かせて返答する。
「……いえ、行きます」
「では行こうか」
 恭しく差し出されたワルドの手を半瞬逡巡してから取り、それに助けを借りてグリフォンの同乗する。
 最後にワルドがグリフォンに跨り、三人を乗せた幻獣は翼を翻して空へと飛び上がった。
 流れていく眼下の景色を見やりながら、エリスはルイズにせめてもの提案を持ちかける。
「……せめて柊先輩に連絡をとりませんか? 目的は同じなんだから合流した方が――」
「それはダメ。あいつのことだから、きっとなんだかんだと難癖つけて反対するに決まってるもの。下手したら逃げるかもしれないわ」
「そんなこと……」
「そんなことあるわよ! アイツからすればわたしは足手まといなんだから!」
 語気を荒らげてルイズがエリスを振り返ると、グリフォンがぐらりと揺れた。
 箒で落ちかけたことを思い出してルイズが身を強張らせると、脇からワルドが腕を添えて彼女を支えグリフォンの体勢を整える。
「すまない。だが、三人乗った上であまり動かれると流石に危ない……速度も結構出しているしね」
「ご、ごめんなさい……」
「すみません……」
 しゅんとなって謝る二人を見やるとワルドはに軽く笑った。
「この旅の主導はルイズなのだから、彼女の良いようにするといい。
 確かに合流した方が安全ではあるが、何、一人二人守り抜くだけの力は持っているよ。伊達で魔法衛士隊隊長の肩書きを戴いている訳ではないからな」
 柊から無碍に置き去りにされた後だけにルイズは一層頼もしそうにワルドを見やって深く頷き、そしてエリスは逆にいっそ困惑といってもいい程の表情を浮かべて顔を俯けてしまった。
 とりあえず事態が収拾した事にワルドは一つ頷くと、手綱を引いてグリフォンの速度を増した。
 勢いを増した風切りに彼は片手で器用に帽子を深く被る。
 帽子の鍔で目元を隠すと、ワルドは小さく囁いた。
「……サウスゴータ、か」
 呟きは傍にいる二人に届く事すらなく、風に掠れて消えていった。




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