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ウルトラ5番目の使い魔、第二部-22



 第二十二話
 ものいわぬ友だち

 獣人 ウルフガス
 童心妖怪 ヤマワラワ
 原始怪鳥 リトラ
 古代怪獣 ダンガー
 爆弾怪獣 ゴーストロン
 黄金怪獣 ゴルドン
 友好珍獣 ピグモン
 宇宙小怪獣 クプクプ
 伝説妖精 ムゲラ
 音波怪獣 シュガロン
 メガトン怪獣 スカイドン
 凶悪怪獣 ギャビッシュ 登場!


 トリステイン有数の大貴族、ヴァリエール家の領地は広大である。
 領地の端から屋敷まで馬車で半日ほどかかり、日本でいえば大きめの市くらいの面積を持つ。
 領内には数万人の人間が暮らし、様々な町や村が存在して、ヴァリエール家に莫大な税収をもたらしている。
 そんな広大な領地の端に、カトレアが領主を勤めるラ・フォンティーヌ領はあった。
 とはいっても、本来は病弱であったカトレアの保養地として与えられた土地であるので、山岳地帯の
中にぽつんとある平地で、辺境と呼んで差し支えない。屋敷と、わずかに整備された街道から少しでも
離れると、あとは原生林と山岳地帯が人間の侵入を拒む。しかも、けわしい山岳地帯を縫った街道は
危険が大きいために、外部との連絡は竜籠など主に飛行手段に頼らざるをえなかった。
 当然、領民もほとんど存在せずに、訪れる人間も極めて少ない。
 しかし、そうして陸の孤島と化しているからこそ、この一帯は野生動物たちにとって楽園であった。

 ルイズが詔の作成をカトレアに手伝ってもらいに来た日の翌日。今日もさわやかに晴れ渡った空の
空気を一杯に吸いこんで、カトレアは庭の隅々にまで通る声で呼びかけた。
「みんなおはよう! ごはんですよー!」
 呼びかけに応じて、庭のあちこちから動物たちが集まってきた。犬がいる猫がいる。熊や狼、狐やリスもいる。
けれどそれらの動物たちは、互いに争いあうことはせずに、カトレアが用意していた食べ物に群がっていく。
「こらこら慌てないの。みんなの分はきちんとありますからね」
 カトレアは楽しそうに笑いながら、ケンカが起こらないように動物たちに食べ物を配分していく。満腹の
ライオンの前をシマウマが平気で通るように、飢えなければ肉食動物もほかの動物を襲うことはない。
 また、餌によってきているのは動物だけではない。
 日中出てくることのできないウルフガスを除いて、ピグモンがカトレアから手渡されたパンをほうばっている。
また、ヤマワラワは食べ物のお礼にと山から木の実などをカトレアにもってきた。今は秋だから、山葡萄や
山菜など、どれもよく熟していて生でも食べられた。はじめはメイドからそのようなものは口にしては
いけませんととがめられていたけれど、今ではすっかり慣れてしまった。
 そして最後に、庭に引き出したテーブルでカトレアも優雅に食事を始める。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。本日もささやかな朝の糧を与えたもうたことを感謝いたします」
 こうして、いっしょに暮らしている動物たちと朝食をともにするのが、カトレアの一日の始まりであった。

 さて、貴族といえば優雅な生活が思い浮かぶものであるが、カトレアはその温和な雰囲気に反して、
食後はティータイムとはいかない。飼っている百匹を超える動物たちの世話が待っているからだ。
「さあみんな、いらっしゃーい!」
 呼びかけに応じて、あっという間にカトレアは動物たちに囲まれてしまった。彼らにとって、ブラシを手にした
カトレアがこれからやってくれることは、一日で一番至福のときだからだ。
「さ、じっとしててね」
 カトレアは芝生の上に座って、一匹の犬をひざの上に乗せてブラッシングを始めた。犬のほうは、優しく
毛をなでるカトレアのブラシさばきにうっとりとしている。こうやって、寄生虫がついたりしないように一匹ずつ
毛並みを手入れしてあげるのが、カトレアの最初の仕事である。
 でも、百匹以上のブラッシングとなったら並の苦労ではなく、メイドが手伝っても何時間もかかった。
終わっても、傷ついている動物には治療の水の魔法をかけてあげたり、休む間もなくカトレアの仕事は続く。
 しかし、普通、ペットを飼っている貴族はそうした面倒な世話は使用人に任せるものである。実際、
動物を飼い始めた頃は、カトレアもそうしたことはしてはいけませんと執事などにとがめられたものだが、
カトレアは人任せにすることは望まなかった。
「人のいないラ・フォンティーヌでは、この動物たちがわたくしの領民であり、子供のようなものですわ。
親が子供のおしめを代えてあげるのは当然のことでしょう」
「しかし、そんなことは平民の親のやることで」
「いいえ、人間でも動物でも、ただかわいいかわいいと頭をなでるだけの親に本当の信頼を寄せるでしょうか? 
動物の世話も満足にできないものが、将来お父さまやお母さまのあとを次いで、ヴァリエールの何万という
領民を守っていけるとは、私にはとても思えませんわ」
 執事はぐうの根も出なかった。ヴァリエール家は大貴族であるから、それだけ国や領民に対する責任も
重大である。三姉妹の次女であるカトレアに、いつ鉢が回っていないとも限らない。今は領主としての仕事が
ない代わりに、カトレアはそれ以上の苦労を自ら買って出て、巣の掃除やフンの処理などと、汚いことも
進んで自分からこなした。

 昼からも、カトレアのやることはまだなくならない。
 怪獣シュガロンの住んでいる渓谷にやってきたカトレアは、谷川の流れに負けないような大声でシュガロンを呼んだ。
「シュガローン! 出てらっしゃーい」
 すぐに耳のよいシュガロンはカトレアの前にやってきた。そしてカトレアが用意していたタルを摘み上げると、
中に詰まっていた白い粉をぺろりと平らげる。
「まあまあ、そんなに慌てて食べると喉に詰まらせるわよ。あなたは本当に甘いものが好きなんだから」
 カトレアは、案の定粉が気管に入ってごほんごほんとむせているシュガロンを見て微笑み、顔にかかった
その粉をなめてもう一度微笑んだ。タルの中身は、砂糖だったのである。
 シュガロンはその名前の通り、甘いものが大好きで、砂糖を食べれば食べるほど元気になる。体内には
シュガー袋という内臓器官があり、食べたものはすべて砂糖に変えて保存していると言われるほどだ。
カトレアは何度かシュガロンと会ううちに、この怪獣が甘いものが好物だと知って砂糖を持ってくるようになったのだ。
 そうして、シュガロンが満足したのを見届けると、カトレアはリトラのところへ向かった。
「あらら、あなたはもう朝ごはんをすませてたのね」
 着いたときには、リトラは巣の中に食べ残しを散らかして昼寝の最中だった。なにせこのラ・フォンティーヌ領は
まったくといっていいほど人の手が入っていないので、怪獣たちの餌は普通に豊富にある。
 けれど、カトレアの仕事は怪獣たちの餌やりだけではない。
 ある山のふもとにやってきたカトレアは、山肌に空いた洞窟をそっと覗き込んだ。
「今日も、おとなしく眠っているようね」
 小さくつぶやいたカトレアは、ほっと胸をなでおろした。洞窟の中には、岩に半分うずもれるような形で、
一匹の怪獣が眠っていた。
 下半身は完全に埋もれているが、上半身は頭から無数に生えたドレッドヘアーのようなこぶで守られ、
口先には鋭い一本牙が生えている。古代怪獣ダンガー……地球でも、太平洋上の孤島に生息していた
ことのある怪獣の一種で、怒るとかなり凶暴性をみせることがある。
 しかし、反面刺激を与えさえしなければほとんどは地底でおとなしく眠っている。カトレアは、この怪獣を
発見したときに、彼が目を覚ませば彼も含めて大勢が不幸になると予感し、この洞窟を封印することに決めた。
『サイレント』
 音を遮断する魔法を張り巡らせると、カトレアはそっと洞窟を出て入り口を岩で閉じた。こうしておけば、
偶然人や動物が迷い込むことはなく、彼の安息は守られ続けるだろう。かつてドキュメントMATに記録
されている一体も、人間側の攻撃で目覚めているが、現在は余計なことをしなければ眠ったままだったのにと
批判の対象にされることもあるくらいである。
 次にやってきたのは、以前ウルフガスが乗ってきたガスタンクの跡地である。ガスタンク自体は落下の
ショックで大破しているけれど、その近くの森の中をのしのしと歩く金色の肌の怪獣が一匹。
「あらまあ、あの子はほんとにのんびり屋ねえ」
 微笑んだカトレアの前で、金色の怪獣はゆっくりと腰を下ろすと、尻尾を巻いて居眠りを始めた。
この怪獣は、爆弾怪獣ゴーストロン。ウルトラマンジャックが地球で初めて戦った凶暴怪獣アーストロンの
弟と言われる怪獣だ。だが、アーストロンが活発で乱暴なのに対し、ゴーストロンは小型で動きも鈍い。
 大抵は地底にいるけど、たまに地上にも出てくる。地球では、その存在そのものが危険視されて、
出現してすぐに怪獣攻撃隊MATに攻撃を受けた。そのときに撃ち込まれた、時限装置付新型爆弾X弾が、
別名の爆弾怪獣の由来だが、ここでは彼はそうしたこととは関係なく毎日のんびりしたものだ。
 でも、怪獣が多く住むということは、かつて多々良島がそうであったように当然出てくる問題もある。
眠っているゴーストロンの近くの地面が盛り上がり、地中から四足歩行型の、ゴーストロン以上に
全身金ぴかの怪獣が現れた。
「いけない! あの子は」
 カトレアは、その怪獣を見て焦った様子を見せた。その怪獣は、地球でも科学特捜隊の時代に
二匹が観測されている黄金怪獣ゴルドンだった。現れたゴルドンは、うなり声をゴーストロンに向けて
放ち、それを聞きつけたゴーストロンも目を覚まして起き上がり、戦闘態勢に入った。
 だが、なぜゴルドンがゴーストロンに戦いを挑んだのかにはちゃんと理由がある。この二匹は、
体色が金色をしているとおり、金を常食としている怪獣なのである。実は、ラ・フォンティーヌ領の地底には
巨大な金の鉱脈があり……といっても、人間が採掘できる限度よりはるかに深い場所なのだが、
そこをめぐってこの二匹は度々縄張り争いをしているのである。
 ゴーストロンは目が退化していてほとんど見えないが、音でゴルドンの位置を知って吼える。また、
ゴルドンも負けてはおらずに、地面を前足で蹴って突撃の体勢を整えている。
 しかし、無益な喧嘩はカトレアは嫌いであった。彼女は、二大怪獣の激突を阻止するために、杖を
振り上げて魔法の呪文を唱え始める。
「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ……」
 発生した魔法の霧が、いまにも激突しようとしていた二大怪獣にまとわりつく。すると、ゴーストロンと
ゴルドンは戦おうとしていたのに、うとうとと船を漕ぎ出し、やがてまぶたを閉じて横になりいびきをかき始めた。
「ふぅ、間に合ってよかったわ」
 眠りの雲、『スリープ・クラウド』の魔法であった。強力な睡眠作用を持つ霧で相手を眠らせる。場合に
よっては下手な攻撃魔法よりも有能で、なにより相手を傷つける心配はない。カトレアは、怪獣たちの
あいだで危険な争いが起きそうになると、こうして仲裁しているのである。
 ゴルドンとゴーストロンが完全に眠り込んだのを確認すると、カトレアは『クリエイト・ゴーレム』を唱えた。
作り上げたのは、前に才人たちの相手をしたときのような、全長四十メイル級の巨大なものである。
それで二匹を起こさないように忍び足で、ゴーストロンをゴルドンの目の届かない場所にまで連れて行った。
これで目が覚めても、二匹が争うことはないだろう。地下の金鉱では、二匹がいくら食べてもマントルから
次々に新しい金が染み出してくるから問題ない。この星は巨大な金エネルギーの塊なのだ。

 それからも、カトレアは近隣に住んでいる怪獣たちの下に、それぞれに応じた食物を持っていったり、
変わったことが起きていないかを確認したりしていった。それらのすべてはカトレアが一匹ずつ自分で接して
理解したものである。普通の動物園でも外国から新しい動物を入れるときは苦慮するものだが、カトレアは
それを誰にも教わらずに、自分の努力と根気だけで学んだのだ。

 そして、メイドたちにも手伝ってもらいながらとはいえ、夕方になってようやくカトレアは一日の仕事を
終えて人心地をついた。その生活は、貴族というよりは動物園の飼育員や野生動物の管理官のようだ。
これを対外的にはおしとやかで通している社交界の貴族たちが知ったら、はしたないとあざけるだろう。
家族も、両親は黙認していたけれど、姉のエレオノールはそんなことは貴族のするべきことではないと
会うたびに咎め、妹のルイズもカトレアの優しさは好いていたが、自ら手を汚して世話をすることには
ずっと疑問を抱いていた。
 だが、カトレアはそれをまったく恥じてなどいなかった。見た目が可愛いからと人間に飼われ、すぐに
飽きられて捨てられた生き物も、ここには大勢いる。カトレアはそうした動物たちを引き取り、体の傷を
魔法で癒し、心の傷を毎日接することで癒した。
「怖がらないで……心配しなくていいのよ。ここでは、誰もあなたをいじめたりしないから」
 生き物は物ではない。生きていて心を持っているのだ。幼いころ、病弱だったがために、身動きすら
ろくにできずに”モノ”同然の生活しかできなかったカトレアは、人間の都合で自由や生命を奪われていく
動物たちの心が、まるで自分のことのように思えた。
「さあ、行きなさい。あなたはもう、自分の翼で飛べるのだから」
 ある傷ついたつぐみを空に帰すとき、カトレアはそう言った。自分のもとから去っていこうとする動物を、
カトレアは引き止めない。例え厳しい自然の中に帰ろうとも、自分の意思で自由に生きたいものは
そうすればよい。幸せはそれぞれにある。
 そんなカトレアの心を、昨日久しぶりにラ・フォンティーヌにやってきたルイズは、帰り際にこう言って表現した。
「わたし、今ならお姉さまの気持ちが少しわかる気がします。相手のいいところも悪いところも受け入れなくては、
本当の愛情は生まれないのですね」
 いまだ才人の悪いところを受け入れられているとは言いがたいルイズだが、ぼんやりと愛情という
ものの輪郭は見えてきていた。

 こうして、カトレアは怪獣たちと共に毎日を懸命に暮らしていた。
 でも、それは必ずしも楽しく、報われることばかりとは限らない。
 誰よりも深い優しさをもっているカトレアの心も、届かない相手はいるのである。

 ある日、こんな事件が起きた。
 いつものように怪獣たちと一日を過ごし、夜もふけてカトレアがそろそろベッドに入ろうかと思ったときだった。
ふと窓の外を見ると、南の空、ガリア方面の空から一条の光が走り、それは近隣の森へと一直線に吸い込まれていった。
「流れ星? 近くに落ちたわね」
 森に住む生き物のことを案じたカトレアは、すぐに流れ星が落ちた場所へと飛んでいった。
 落下で森の木々が焼け爛れて倒れているその中心に、それはちょこんと座っていた。
「あら、まあ」
 それは、青と白の体毛を持った、手のひらに乗るくらい小さな生き物だった。どことなくネズミに
似ているようで似ていない。ハルケギニアの生き物のほとんどを知っているカトレアも、見たことのない
奇妙な生物だった。
「あなた、どこから来たの……うちに来る?」
 カトレアは、この生き物がなんであれ、夜の森に置いて帰ることはできないと考えて、連れて帰ることにした。
 しかし、それが忌まわしい事件の始まりであった。

「今日からあなたも、うちの仲間よ。みんなと仲良くしてね」
 翌日から、カトレアは拾ってきたその生き物を、ほかの動物たちと同じように世話をした。
 その小動物は、意外にも知能はかなり高いらしく、カトレアが話しかけるとかわいく鳴き声をあげてうなずいた。
名前は、それを問いかけると答えてきた鳴き声から、ギャビッシュとつけられた。
 ギャビッシュは、犬や猫と戯れ、そんな眺めをカトレアはほほえましく見守った。
 だが、そうした一見平和な空気の中で、わずかな変化が現れていることにカトレアはまだ気がついていなかった。
 いつもなら、カトレアにじゃれついて遊ぼうとするヤマワラワが、今日はカトレアのそばで守るようにじっとしている。
 陽気なピグモンが、木の陰に隠れて出てこない。
 夜になっても、ウルフガスは遠くで吼えるだけで屋敷に近づいてこようとはしない。
 それは恐らく、普通の動物とは違う彼ら特有の本能が、”同類”の気配を感じて警戒していたためだったのだろう。
 深夜、カトレアが深く眠りについた頃、ラ・フォンティーヌ領のあちこちで動き回る小さな青い影があった。
 そして、普段なら眠っているところ、異様な胸騒ぎを感じてカトレアは目を覚ました。
 窓を開けて庭を見下ろすと、夜の帳に包まれて静まり返っているが、なにかがおかしい。
 そのとき、一陣の風が庭の空気をカトレアの元まで運んだ。
「っ!? この臭いは!」
 はじかれたようにカトレアは杖を握ると、寝巻きのままで窓から庭へ飛び降りた。
 これが、カトレアにとって生涯忘れられない悪夢の夜となったのである。
「み、みんな……」
 カトレアがいつものように庭に下りてみて目の当たりにしたもの、それは地獄絵図だった。
 犬猫はおろか、熊や虎のような大型の動物さえも、全身から血を流して死んでいた。
 虫の息ながら生きているものもいたが、どれもが鋭い爪や牙で切り裂かれたりしていて、傷は深い。
動物同士のいさかいなどではなく、何者かに襲われたのは明白であった。
「いったい誰が、こんなひどいことを!?」
 必死で水の魔法で動物たちの傷を癒しながら、カトレアは悲しみで荒れ狂う心で思った。
 動物たちの傷はどれも深く、相手に明確な殺意があったのは間違いない。しかし、それが捕食を目的とした
狩りであったのなら、まだ自然の摂理としてあきらめもつくだろうが、動物たちの傷つけられ方は明らかに
普通ではなかった。
 おぞましいことに、一匹たりとて肉を食われたような形跡のある死骸はなかったのである。中には、
巣で眠っているところを鋭い爪で一突きにされたものもある。これは明らかに、殺すことだけを目的とした、
残忍極まりない快楽殺獣である。
「まさか、領内に密猟者が? だとしたら、絶対に許さない!」
 ひざに抱いた犬が、治療のかいもなく絶命するのを目の当たりにしながらカトレアは怒りに震えた。
このラ・フォンティーヌ領は自然のままであることもあって、珍しい動植物を狙ってハンターがやってきたり、
魔法アカデミーの研究員が捕獲にきたことがたびたびあった。
 むろん、動物たちの平和を乱す行為はカトレアがこれまで断固排除してきた。そのおかげで最近は
領内への侵入者は鳴りを潜めていたのだけれど、まさか。もしそうなら、今度という今度は許してはおかない。
 と、そこへ庭の木々が揺らめき、草を踏みしめる足音がしたのでカトレアは反射的に杖を向けた。しかし、
そこにいたのは、彼女の友人だった。
「あなたたち……無事だったのね」
 ヤマワラワがクプクプを背負ってそこにいた。後ろからは、ピグモンがひょこひょことやってきて、続いて
何匹かの犬や猫が茂みから出てくる。どれもこれも、ずっと逃げたり隠れまわったと見えて、泥や木の葉で
体をひどく汚している。
 それでも、無事なものたちがいたということは少しだけだがカトレアを安堵させた。
「よかった。ほんとうによかった」
 ヤマワラワに抱きついてカトレアは涙を浮かべた。母カリーヌや妹ルイズと同じ美しい桃色の髪が汚れるけれど、
そんなものは気にもならない。
 そして落ち着くと、まだ怯えている彼らに問いかけた。
「教えて、ここでなにがあったの?」
 言葉での返事は当然なかった。しかし、彼らはカトレアの問いかけの意味は理解して、必死で身振り手振りで
それを伝えようと試みた。眠っていると、突然何者かが襲ってきて、自分たちも逃げるだけで精一杯だった。
どうにか隠れて難を逃れたけれど、相手が何者なのかは突然だったのと真っ暗だったのでわからなかった。
「そう、仕方がないわね……でも、あなたたちだけでも無事でよかった」
 もし彼らまで死んでいたら、カトレアは自分を慰めることができなかった。それに、探せばまだ生き残っている
ものもいるかもしれないのだ、ぐずぐずしてはいられなかった。
「ねえ、ほかにまだだれかが隠れていたりする? 知っていたら教えて」
 早く治療すれば助かるかもしれない。カトレアの心はそれでいっぱいであった。
 それからカトレアは、鼻をきかせたヤマワラワたちに助けられて、まだ生きている動物たちを治療して回った。
 しかし、そうして必死で走り回っているカトレアを、冷たくじっと見守っている二つの目があった。
 そして、そいつはカトレアが二十匹以上の動物に治癒の魔法を使って、息を切らしているのを確認すると
茂みの中から姿を現したのだ。
「あなたは……よかった、あなたも無事だったのね」
 カトレアの目の前に現れたのは、あの青い小動物、ギャビッシュだった。カトレアは、怯えたような声を出す
ギャビッシュが無事であったことにまず喜び、続いてなんのためらいもなく抱き上げようと、ギャビッシュに
歩み寄ろうとした。しかし、ヤマワラワはそうしようとするカトレアの手をつかんで、強い力で引き戻した。
「きゃっ!? 急にどうしたの?」
 突然乱暴な行動に出たヤマワラワに、カトレアは困惑した。だが、よく見ると変なのはヤマワラワだけでは
なかった。動物たちが、まるでカトレアを守るかのようにして円陣を組み、いつの間にか現れていた
ウルフガスが、威嚇するようにうなり声をギャビッシュに向けている。
「みんな……」
 カトレアとギャビッシュのあいだには、動物たちの分厚い壁ができていた。みんな、爪や牙をむいて
威嚇のポーズをとり、ピグモンまでもが低く喉を鳴らしている。カトレアは、動物たちの見たこともないような
凶暴な様子に、ぞっとするのと同時にギャビッシュを見つめた。
「まさか……いえ、そんなことないわよね。あなたは、そんなひどいことしないわよね?」
 恐る恐る問いかけるカトレアに、ギャビッシュは怪訝な様子で首をかしげた。
 が……カトレアは頭では否定しようとは思っても、理性では冷徹に事実を認識していた。動物は、
自分より強い動物を自然に恐れる。これだけの動物が怯え、逆にこれだけの動物に威嚇されても
動じた様子がないということは、答えは一つだ。
 そのとき、彼としては緊張を解かせようと思ったのかもしれないが、ギャビッシュは口元を震わせて
笑ったしぐさをとった。しかし、薄く開いて可愛らしい鳴き声をあげたギャビッシュの唇から、つうと
赤い液体が零れ落ちたとき、カトレアの中にあった甘い考えは雲散霧消していた。
「その血……やっぱり、やっぱりあなたが、あなたがやったのね……!」
 怒りと悲しみで温厚な顔を大きく歪ませて、カトレアはギャビッシュに杖を向けた。ギャビッシュは、
口元についた血に気づき、慌ててぬぐおうとしたがすでに遅く、もうカトレアをだまし討ちにできない
と知るや、真っ赤な目をぐにゃりとゆがめ、牙をむき出しにする。
 この凶暴な顔こそが、ギャビッシュの本性であった。さらに奴は目を発光させると、一瞬にして
体長二メイル程度の体躯へと大型化した。小動物の姿は周りを油断させるための擬態だったのだ。
戦闘形態になったギャビッシュは、多くの動物たちを血祭りにあげた爪と牙を振りたてて襲ってくる。
カトレアは、動物たちを守るために意を決して魔法を唱えた。
『ブレット!』
 地面から作り出した土の弾丸が雹のようにギャビッシュに叩きつけられる。その隙に、カトレアは
動物たちに叫んだ。
「さあみんな! 今のうちに逃げて!」
 動物たちがいては大きな魔法は使えない。カトレアの叫びを聞き、ヤマワラワは何匹かの子犬や
子猫を抱きかかえて離れていく。だが、カトレアの魔法が蛮勇の口火となった、経験の浅い若い犬と
狼がギャビッシュに飛びかかってしまった。
「だめよ! 戻って!」
 カトレアの悲鳴はむなしく空を切った。ギャビッシュはカトレアの『ブレット』による攻撃などは意にも
介さずに、飛びかかって来た犬と狼に向けて、口から白色の針状光線を放ってきた。
 ギャワンという断末魔とともに、一撃で絶命させられた二匹の躯がカトレアの足元に転がる。
 その瞬間……カトレアの中でなにかが切れた。
「……許さない! お前だけは、許さない!」
 もうカトレアは温厚なルイズの姉としての顔を残してはいなかった。怒りと悲しみに身を任せ、
破壊衝動に身を任せる鬼と化していた。その感情の激するままに杖を振り、全長五〇メイルを
超える巨大なゴーレムを作り出す。
 もし今のカトレアをルイズが見たら、あのちぃ姉さまと本当に同じ人かと目を疑ったかもしれない。
 でも、いったい誰がそれを責められるだろうか? 友だちだと信じていたものに裏切られたこと、
さらに心から愛し、家族のように暮らしてきた動物たちを何の理由もなく殺されたこと。それでなお
理性を保っていられたとしたら、そいつは人形か怪物だ。
 母・カリーヌに匹敵するほどの殺気と威圧感をまとって、戦いの女神と化したカトレアは杖を振るう。
 だが、ギャビッシュは黙ってつぶされようとはしなかった。中型の形態からさらに巨大化を続けて、
ついに身長七十メートルのイタチに似た顔を持つ、悪魔のような容姿の怪獣へと変貌を遂げたのだ。
 それがあなたの本当の姿なのね、と、カトレアは杖を握る手に力を込めた。彼女の思ったとおり、
これがギャビッシュの本性……凶悪で残忍な思考を持ち、立ち寄った惑星で破壊と殺戮を繰り返す
宇宙怪獣なのだ。
 ギャビッシュは口から針状の光線、さらに巨体に反して敏捷な動きでカトレアのゴーレムを狙ってくる。
「くっ……」
 カトレアも必死で防戦するけれど、身のこなしや武器の威力では敵わない。しかし、カトレアの
苦戦を見て取ったウルフガスが、空に向かって大きく遠吠えを響かせたことによって形勢は変わった。
夜空にこだまする助けを求める狼の声に応えて、渓谷からはシュガロンが、空からはリトラが
駆けつける。さらに、大好きなカトレアを助けようと、ヤマワラワも見る見るうちに巨大化した。
 カトレアのゴーレムを追い詰めていたギャビッシュは、突然現れた怪獣たちに囲まれて、シュガロンと
ヤマワラワに殴られ、リトラに空からつつかれて苦しめられる。
「みんな……」
 助けに来てくれた三匹の姿を見て、カトレアは怒りで熱くなっていた心に、別の熱を感じた。
そうだ、まだ自分にはこんな多くの友だちがいるのではないか。カトレアは落ち着きを取り戻すと、
怪獣たちを援護するために自身のゴーレムの肩に乗り、戦いに参戦する。
 しかし、それこそがギャビッシュの狙いであった。昼間ラ・フォンティーヌ領を見て回り、この土地には
数多くの怪獣がいると知った奴は、まともにそれらと遣り合っては敵わないと、ある策を用意していた。
それは、カトレアが数多くの動物たちを魔法で治療し、さらに巨大ゴーレムをも作って精神力を消耗した
この瞬間。ついにカトレアがゴーレムを維持しきれなり、はじめて動きを鈍らせ、隙ができたこの瞬間に
発動した。
 ギャビッシュの目から放たれた赤い光が、動きの止まっていたカトレアを包み込むと、逆再生の
ようにギャビッシュの目に戻る。そのあとゴーレムの肩には、カトレアの姿は煙のように消えていた。
「!!!?」
 怪獣たちは、言葉は使えなくともカトレアが消えてしまったことに明らかな狼狽を見せた。
 そして、ギャビッシュはそんな怪獣たちに向かって、見せ付けるようにして真っ赤な目を見開く。
視力の優れた怪獣たちは、その目の中を覗き込んで愕然とした。カトレアは奴の眼球の中に
幽閉されていたのだ。
 優勢を保っていた怪獣たちも、カトレアが人質にとられていたのでは攻撃ができない。ギャビッシュは、
こうして人間の盾を得るために、動物たちを皆殺しにできるところをあえて瀕死で残したのだ。
 卑劣な手段で怪獣たちの攻撃を封じたギャビッシュは、ここぞとばかりに容赦ない反撃に出た。
先に見せていた針状光線だけでなく、長く伸びた尻尾の先端から稲妻状の光線を放って怪獣たちを
攻撃してくる。
 その光景を、ギャビッシュの目の中に幽閉されたカトレアは、どうすることもできずに眺めている
しかできなかった。
「みんな! やめて、逃げて!」
 必死に叫ぶものの、その声は外には届かない。魔法の杖は持っているけど、使うための精神力が
底をついているために、今のカトレアは非力なただの女に過ぎなかった。
 彼女の見ている前で、針状光線がヤマワラワに突き刺さり、雷撃光線がリトラの羽根を傷つけ、
鋭い爪で殴られたシュガロンがさらに蹴り飛ばされる。ただ、破壊と殺戮だけを喜びとする
凶悪怪獣としての本能を、ギャビッシュは存分に満たしていた。
「みんなが……これも、みんな私のせい。みんなを助けるためなら、私は」
 責任を感じていたカトレアは、怪獣たちを助けるために自ら死を選ぼうとした。このままでは、
いずれこの怪獣は自分を人質にしてヴァリエール領にも侵入するだろう。父や母に迷惑を
かけるわけにはいかない。だが、思いつめたカトレアが胸に手を当てたとき、エレオノールから
譲られた護身用の仕掛けペンダントに触れた。

「いいカトレア? もしあなたが窮地に陥って、魔法を使うこともできなくなったときには、これの
先を相手に向けて、真ん中についている宝石を強く押しなさい。これの中には強力な催涙ガスが
仕込んであるから、浴びた相手はひとたまりもないわ」

 そうか、もしかしたらこれならば! 姉がくれた万に一つの可能性にカトレアは賭けた。
 ハンカチで口と鼻を押さえ、ペンダントのスイッチを強く押す。すると、エレオノールの言ったとおりに
ペンダントからは白いガスが勢いよく噴き出した。
「うっ……!」
 狭い空間に満ちたガスはハンカチごしでも容赦なくカトレアの喉を痛めつけ、さらに目を刺激して
激痛とともに視力を奪っていった。
 しかし、カトレア以上に大きなダメージを受けたのがギャビッシュであることはいうまでもない。
なにせ催涙ガスを目の中で直接散布されるのである。ラー油を点眼されたようなものだ。想像を
絶する激痛がギャビッシュの目に走り、もだえ苦しんだ奴はとうとう目の中からカトレアを
外に放り出した。
「ごほごほっ! で、出れたのね」
 森の中に放り出されたカトレアは、痛む目をこすりながらどうにか木に寄りかかった。
 危ないところだった……かろうじて助かったカトレアは、このペンダントをくれたエレオノールの
心遣いに感謝した。涙を袖でぬぐって目を開くと、ピグモンやウルフガスが心配そうに駆け寄ってくる。
「みんな、心配かけてごめんなさい」
 一度は死のうと思ったけれど、こうしてみると胸の奥から生きていてよかったという思いが湧いてくる。

 そして、片目を押さえて苦しんでいるギャビッシュに、怪獣たちの大反撃が始まった。

 視力の半分を失ったギャビッシュに、ヤマワラワの体当たりが炸裂して吹き飛ばし、起き上がってくる前に
シュガロンの吐き出した赤色熱線がギャビッシュの毛皮に焦げ目をつけた。むろん、それで終わらずに
上空からリトラがギャビッシュの残ったもう一方の目をつつく。
 よくもやってくれたな! もう許しはしないぞ!
 普段はおとなしい怪獣たちも、住処を荒らされ、慕っているカトレアに手を出されたことで完全に怒っていた。
 三匹の怪獣の猛攻を受けるギャビッシュは、なんとか反撃の糸口を作ろうと、尻尾の先からの雷撃光線
などで隙を作ろうと乱射する。だが、全方位に攻撃できるわけではないので空いた方向から攻撃を
受けてしまうし、視力が衰えている今ではもちまえの怪力や俊敏さも役に立たない。
 それでも、不利な状況ながらも三匹の怪獣を相手にして五分の戦いを繰り広げていたギャビッシュ
だったが、とどめともいうべき事態がやってきた。
 突然、大地が浮き上がるようなケタ違いの地震が一帯を襲った。カトレアやピグモンたちは立って
いられずにその場に倒れ、怪獣たちも自分を支えるのに精一杯なほど大地が揺さぶられる。
こんなときに地震!? いや、この揺れは地震などではない。なぜなら、震源は地上にあってしかも動いている。
 ほかの怪獣たち同様、動けないでいたギャビッシュは、森の向こうから自分に向かって、とてつもなく
巨大なタイヤのようなものが転がってくるのを見た。
 なんだあれは!?
 高度な知能を持つギャビッシュにも、それが何かはわからなかった。しかし、正面から見ていた
ギャビッシュと違って、側面からそれを見れていたシュガロンやヤマワラワにはそれが味方だと
いうことがわかっていた。
 なんと……それはスカイドンが自分の体を丸めて、まるでアルマジロのようになって転がってきていたのだ。
あのとき、スカイドンもウルフガスの声を聞きつけていた。しかし、その巨体と重さゆえに即座に駆けつける
ことのできないスカイドンが選んだのが、この移動法だったというわけだ。
 避けることもできずに、ギャビッシュは総重量二十万トンの超重戦車にひき潰される。
 それでなお死ななかったのは、さすが凶悪怪獣といえるかもしれなかったが、もうまともに動く力も
残されてはいなかった。地底からは遅ればせながらゴーストロンも駆けつけて、弱ったギャビッシュに
シュガロンの熱線、スカイドンの高熱火炎、ゴーストロンのマグマ熱線が浴びせかけられる。
その怪獣たちの集中攻撃で小爆発が連続して、一瞬にしてギャビッシュは致命傷を与えられた。
 が、もはや大勢は決したかに見えても、ギャビッシュの目にはまだ邪悪な光が残っていた。

 このままでは死なないぞ。道連れに、お前たちの一番大切なものを奪っていってやる!

 ギャビッシュの口が開き、その口腔の先がまっすぐカトレアに向けられる。
「……っ!」
 声にならない声がカトレアの喉から漏れた。逃げようにも、精神力はつきて魔法は使えない。
 邪悪な執念を振り絞り、カトレアに狙いを定めたギャビッシュの口から針状光線が放たれた。
あれを喰らえば人間はひとたまりもない。ピグモンやウルフガスが盾になってくれようとしているが、
とても防げたものではない。
 だが、怪獣たちの中で唯一、ギャビッシュの攻撃に反応できたリトラが、素早く飛び込んでくると、
その身を挺してカトレアを針状光線から守った。
「あっ! あああっ!」
 決して大きくないリトラの体が針状光線に貫かれ、羽毛やうろこ、そして鮮血を空に飛び散らせる。
間一髪、カトレアはリトラの犠牲で救われた。けれど、それでもなお執念深くカトレアをギャビッシュは
狙おうとするが、その前にリトラの最期の攻撃が炸裂した。
 リトラの口から放たれる白色の液体がギャビッシュの顔面にかかった瞬間、強烈な白煙を上げて
皮膚が溶解を始めた。シトロネラアシッド……リトラが持つ強力な酸による攻撃で、その威力は
過去に古代怪獣ゴメスを倒したほどだ。
 顔面を溶かされ、視覚と嗅覚のすべてを奪われたギャビッシュは顔面を押さえてもだえた。そして、
身動きの止まったギャビッシュに、もう一度怪獣たちの総攻撃が炸裂する。今度こそ、完全に
引導を渡されたギャビッシュは断末魔の叫びをあげて、青い炎に包まれて消滅した。

 勝った! 怪獣たちから勝利の雄叫びが、夜の空へと響き渡った。

 しかし……勝利の影で一つの命が消えようとしていた。
 カトレアを救い、実質ギャビッシュにとどめを刺したといえるリトラだったが、代償は大きかった。
受けた傷の深さに加え、シトロネラアシッドを使うことはリトラにとって最期を意味する。あまりにも
強力な酸であるために、リトラ自身の呼吸器をも溶解させてしまうのだ。
 末期の息を吐きながら、リトラはカトレアに頭を抱かれて命の灯火を消そうとしている。
「ごめんね……ごめんね……わたしのために」
 流した涙が雨のようにリトラの頭に降りかかる。治癒の魔法を使うだけの力はすでになく、
あったとしても治せるような傷ではなかっただろう。カトレアにしてあげられることは、ただ強く
抱きしめ続けることだけだった。
 でも、リトラは恨みも、後悔した風も微塵も見せることはなく、カトレアに頬を摺り寄せると、
短く鳴いて、眠るように息を引き取った。

 戦いには勝った。しかし、得たものは何一つなく、この夜、リトラをはじめ数百の動物たちが命を奪われた。

 この事件は、カトレアの心に深い悲しみを残してようやく終わり、日が昇るまでのあいだ、カトレアは
子供の頃に戻ったように泣き続けた。そのそばには、ウルフガスが、ヤマワラワが、生き残った
動物たちが片時も離れずに彼女を守り続けていたという。

 けれども、日が昇ったあとで、カトレアは涙をぬぐうと立ち上がった。
 生き残った動物たちに、いつものように食事を与え、犠牲になったリトラや動物たちを埋葬する。
 その後、怪獣たちに争いが起きないように見て回ると、もう二度と主が帰ることのなくなった
リトラの巣を焼き払った。
「……」
 燃え上がる巣を見上げて、カトレアは最後まで一言も発することはなかった。
 夕刻になり、シュガロンの渓谷を過ぎ、スカイドンの陸橋を超えてカトレアは家路に着く。
 その途中、道の中に一匹の子狐が倒れているのを見つけてカトレアは馬車を止めた。
「まあ、ひどい傷……」
 子狐は親とはぐれ、途中で狼でも襲われたのか、あちこちに傷を負って身動きすらできないでいた。
ひどく怯えてもいて、カトレアが近づいただけでもうなり声をあげて威嚇してくる。
 そのとき、カトレアの心に暗い影が射した。

”また、あのときのようなことになったらどうする? もう、あんな悲しい目にあいたくはないだろう”
”いいじゃないか、たかが一匹くらい見捨てても。どうせ牙をむいてくるような可愛げのない動物だ”

 もう一人の自分が、心の奥から甘い言葉をかけてくる。だが、カトレアはその悪魔の誘惑を
振り払うと、子狐に向かって手を差し伸べた。

「お母さんと会えなくてさみしいのね。でも、もう大丈夫よ。私が、あなたのお母さんになってあげるから」

 どんなに苦しくても、悲しくても、強く誓った夢は捨てない。
 未来を与えてくれた友、自分を愛してくれた友や家族を悲しませるような人間にだけはならない。
 差し伸べた手に噛み付かれ、血が流れてもカトレアはじっと耐えていた。
 すると、怯えていた子狐はやがてあごの力を緩めると、カトレアの手に顔を摺り寄せて眠り始めた。
「行きましょう。あなたの家族が待ってるわ」
 子狐を抱きかかえ、カトレアは馬車へ乗り込んで屋敷に向かう。
 この日、カトレアに新しい仲間が一匹加わった。
 日は山影に姿を消しつつ、馬車の背中を見送っていく。
 そして、屋敷に元気な姿で帰ってきたカトレアを、屋敷の窓からムゲラが優しく見守っていた。


 続く



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