あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

memory-14 「ラ・ロシェールの休日」



 ラ・ロシェールで最も上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした一行は、一階の酒場でくつろいでいた。
いや、一日中馬に乗りっぱなしだったので、ギーシュとエツィオはくたくたになっていた。
 そこに桟橋へ交渉に行っていたワルドとルイズが帰ってきた。
ワルドは席に着くと、困ったように言った。

「アルビオンへの船は、明後日にならないと出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに……」

 ルイズが口を尖らせて言った。

「子爵殿、なぜ船が出ないのですか?」
「明日の夜は月が重なるだろう、『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンは最も、ラ・ロシェールへ近づく」
「近づく……?」

 二つある月が重なる、と言うことはわかったが、近づくとはどういう意味だろう?
疲れ切った頭でエツィオがそう考えていると、ワルドは鍵束を机の上に置いた。

「さて、君達も疲れているだろう、今日はもう休もう、部屋を取った。キュルケとタバサ、そしてエツィオ、ギーシュで相部屋だ」
「ワルド、わたしは?」
「きみは僕と同室だよ、ルイズ」

 ルイズははっとしてワルドを見つめた。

「婚約者だからな、当然じゃないか」
「そんな! だめよ! わたしたち、まだ結婚してるわけじゃないじゃない!」

 ルイズは困ったように横目でちらとエツィオを見る。

「なんだよ、ルイズ、そんなに俺と一緒の部屋がいいのか?」
「ばっ、バカっ! そんなわけないでしょ! だ、男女で部屋を分けた方がいいって言ってるのよ!」

 そんな彼女の視線に気が付き、エツィオはニヤリと笑った。
ルイズは顔を真っ赤にして反論する。

「子爵殿、彼女もこう言っています、部屋割をもう一度考え直してはいかかでしょう」

 からかいはしたものの、エツィオなりに気を利かせ、ワルドに部屋割を考え直す様に提案する。
しかしワルドは首を振った。

「使い魔であるきみには悪いが、僕はルイズに大事な話があるんだ、二人きりで話したい、いいね? ルイズ」


 貴族相手の宿、『女神の杵』亭で一番上等な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋はかなり上質な造りであった。
ベッドは豪華なレースで飾られ、天蓋まで付いていた。
 テーブルについたワルドは、ワインの栓を抜き、杯に注いだ、それを飲み干す。

「きみも座って一杯やらないか? ルイズ」

 ルイズは言われたままにテーブルについた。ワルドがルイズの杯にワインを満たす。
自分の杯にも注いで、ワルドはそれを掲げた。

「二人に」

 ルイズはちょっと俯いて、杯を合わせた。かちん、と陶器の杯が触れあった。

「ルイズ、姫殿下から預かった手紙はきちんと持っているかい?」

 ルイズはポケットの上から、アンリエッタから預かった封筒を抑えた。 一体どんな内容なのだろう。
そして、ウェールズから返してほしい手紙とはどういうものだろう。
それはなんとなく予想が付いた。おそらくは――
 俯きながら考えていた自分の顔を、ワルドが興味深そうに覗き込んでいることに気が付いた。

「……ええ」
「心配なのかい? 無事に皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるかどうか」
「……そうね、心配だわ」

 ルイズは可愛らしい眉を、への字に曲げて言った。

「大丈夫だよ、きっと上手く行く。なにせ、僕がついてるんだから」
「そうね、あなたがいればきっと大丈夫よね。あなたは昔からとても頼もしかったもの。それで、大事な話って何?」

 ワルドは遠くを見る目になって言った。

「覚えているかい? あの日の約束……。ほら、きみのお屋敷の中庭で……」
「あの、池に浮かんだ小船?」

 ワルドは頷いた。

「きみは、いつもご両親に叱られた後、あそこでいじけていたな、まるで捨てられた子猫のように、丸くなって……」
「もう、ほんとうに変なことばかり覚えてるのね……」
「そりゃ覚えてるさ」

 ワルドは楽しそうに言った。

「きみはいつもお姉さん達と魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われていたな」

 ルイズは恥ずかしそうに俯いた。

「けど……僕はそれは間違いだと思っていたよ。確かにきみは不器用で、失敗ばかりだったけれど」
「意地悪……」

 ルイズは頬を膨らませた。

「違うんだ、ルイズ、きみは確かに失敗ばかりしていたけど、誰にもないオーラを放っていた。
魅力、と言ってもいい、それは君が他の誰にもない特別な力を持っているからさ、
僕だって、並のメイジじゃない。だからそれがわかる」
「まさか」
「まさかじゃない、例えばそう、君の使い魔……」

 ルイズの胸が、とくん、と鳴った。

「エツィオのこと?」
「そうだ、彼だって、ただ者じゃない。ここに着く前に傭兵の一団に襲われただろう?」
「えぇ、それであなたがエツィオを助けに行ったけど……それが?」
「……僕は彼を助けてはいないよ」
「え?」
「僕が崖の上に着く頃には、傭兵達の死体が十数人分、転がっていた……全員殺したそうだ」
「うそ……」

 信じられない、と言った様子でルイズが呟く。
だがワルドは首を振った。

「知っての通り、僕は魔法衛士隊の隊長だ、僕だって、あれくらいの数の傭兵達など、物の数ではないよ」
「それはそうでしょう、あなたは強いもの」
「あぁ、だけど魔法が全く使えない状況だと話は別になる。流石の僕でさえ、同時に二、三人相手にするのが関の山だ」
「……それって」
「そうだ、彼は違った、彼は魔法が使えない身でありながら、たった一人であの場にいた手練の傭兵全員を皆殺しにしてみせた。
……死体の中心に立つ彼を見た時、背筋が凍ったよ、顔色一つ変えないんだ。正直、別人かと思ったくらいだ」
「エツィオが……」
「話が逸れてしまったね。その時なんだが、彼の左手に浮かび上がっていたルーン……。
あれを見て、ただの使い魔のルーンじゃないことに気が付いたんだ。あれはまさしく、伝説の使い魔の印だ」
「伝説の使い魔のルーン?」
「そうさ。あれは『ガンダールヴ』の印だ、始祖ブリミルが用いたと言う、伝説の使い魔さ」

 ワルドの目が光った。

「ガンダールヴ?」ルイズが怪訝そうに尋ねた。
「誰もがもてる使い魔じゃない。そして彼自身も。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」
「信じられないわ」

 ルイズは首を振った。ワルドは冗談を言っているのだと。
確かにエツィオは、まぐれかもしれないけど、メイジであるギーシュを倒した、しかし、伝説の使い魔だなんて信じられない。
もし仮にそうだったとしても、何かの間違いだと思った。自分はゼロのルイズだ、落ちこぼれ。どう考えたって、ワルドが言うような力が自分にあるとは思えない。
……だがそれよりも、あの陽気で優しいエツィオが、敵とは言え、顔色一つ変えずに人を殺していた。傭兵と聞いてはいたが、それが一番信じられなかった。

「きみは偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、
素晴らしいメイジになるに違いない、そう僕は確信している」

 ワルドは熱っぽい口調でそう言うと、真剣な表情でルイズを見つめた。

「ルイズ、この任務が終わったら僕と結婚しよう」
「え……」

 突然のプロポーズに、ルイズははっとした顔になった。

「僕はこのまま魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは国を……、いやハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」
「で、でも……わ、わたし、まだ……」
「もう子供じゃない。きみは十六だ、自分の事は自分で決められるし、父上も許してくださっている。確かに……」

 ワルドはそこで一旦言葉を切ると、ルイズに顔を近づける。

「確かに、任務に追われていたとはいえ、ずっときみをほったらかしだった事は謝るよ。
婚約者なんていえた義理じゃないこともわかっている。……でも、ルイズ、僕にはきみが必要なんだ」
「ワルド……」

 ルイズは考えた。なぜか、エツィオの事が頭に浮かぶ。
ワルドと結婚しても、自分はエツィオを使い魔として傍に置いておくのだろうか?
……なぜか、それはできないような気がした。これが犬や猫、カラスやフクロウだったら、こんなに悩まずに済んだに違いない。
 もし、あの馬鹿をほっぽり出したらどうなるだろう?
あいつはいつか、『フィレンツェ』に帰ってしまう、それまでの間は、キュルケか……、
それともあいつに誑し込まれた厨房のメイドとか……誰かが世話を焼くかもしれない。
いや、そもそもあいつほどの男だ、仮に『フィレンツェ』に戻れなくとも、ゲルマニアにでも渡れば、貴族として成り上がれるかもしれない。
でも、そんなのはやだ、とルイズはそう思った。少女のワガママさと独占欲で、ルイズはそう思った。
エツィオは……、バカで軽くて、女好きだけど、他の誰のものでもない。ルイズの使い魔なのだ。
 ルイズは顔を上げた。

「でも、でも……」
「でも?」
「あの、その、わたしまだ、あなたに釣り合うようなメイジじゃないし……、もっと修行して……」

 ルイズは俯いた、俯きながら、続けた。

「あのね、ワルド、小さい頃、わたし思ったの。皆に認めてもらえるような立派な魔法使いになって、
父上と母上に誉めてもらうんだって」

 ルイズは顔を上げて、ワルドを見つめた。

「まだ、わたし、それができてない。だから……」
「どうやら、きみの心に誰かが住み始めたみたいだね」
「そ、そんなことない! そんなことないのよ!」

 ルイズは慌てて否定した。

「いいさ、僕にはわかる。わかった、取り消そう、今返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わったら、きみの気持ちは、僕に傾くはずさ」

 ルイズは頷いた。

「それじゃあ、今日はもう寝ようか。疲れただろう」

 それからワルドはルイズに近付いて、唇を合わせようとした。
 ルイズの体が一瞬強張る、それからワルドの体をそっと押し戻した。

「ルイズ?」
「ごめん、でも、なんか、その……」

 もじもじとするルイズに、ワルドは苦笑いを浮かべて首を振った。

「急がないよ、僕は」

 ルイズは再び俯いた。
どうしてワルドはこんなに優しくて、凛々しいのに……。ずっと憧れていたのに……。
結婚してくれと言われて、うれしくないわけじゃない、でも何かが心に引っかかる。
引っかかったそれが、ルイズを前に歩かせてくれない。

「エツィオ……あいつは……」

 ルイズが呟くと、ワルドは何かを思い出したのか、再びルイズを見つめた。
そして少し迷ったそぶりを見せた後、ややあって口を開いた。

「ルイズ、彼のことなんだが……。少し聞きたい事があるんだ」
「エツィオの事? 何?」
「彼が伝説の使い魔、『ガンダールヴ』であると言うことは間違いない。だがそれ以前に、彼は何者なんだ?
あれだけの数の傭兵達を皆殺しにするなんて、ただの平民じゃない」

 突然何を聞かれると思えば、ルイズは首を傾げた。

「え、えと、傭兵みたいなものだ、って言ってたけど……なんでも元貴族だって」
「元貴族? 平民なのに?」
「えぇ、でも、あいつ……、それ以上は教えてくれないと言うか……」
「そうか……」

 ルイズが答えると、ワルドは顎に手を当て、なにやら考え込み始めた。
それを見てルイズは少し俯き、使い魔の事を考える。

 そう言えば、あいつは自分のことを詳しく教えてくれたことがない。
聞こうとしても、いつもからかって、それでわたしが怒って……。そうやって毎回はぐらかされて……。
唯一知っているのは、『フィレンツェ』と言うところから来た、元銀行家の貴族だった、という事だけだ。
そう考えると、自分はエツィオの事を全く知らない事に気がつく。
フィレンツェという国から来た、元貴族。エツィオはそれ以上、決して踏み込ませてくれないのだ。

 軽くて女好きで、使い魔のくせにいつもわたしのことをからかって、でも優しくて面白い、陽気なエツィオ。
時折見せる深い闇。目的の為なら、躊躇わず人を殺す、冷酷なエツィオ。
本当のエツィオは、どっちなのだろう? ……あいつは一体、何者?
あいつは……。と小さく呟き、ルイズは俯いた。


 その頃、ギーシュとの相部屋でエツィオはベッドに腰かけ、先ほど傭兵達から奪った金貨を手に、何やら考え込んでいた。
ギーシュはよほど疲れていたのか、隣のベッドでグースカ寝息を立てて眠っている。

「どうしたね相棒、さっきから深刻な顔してよ」
「え? あ、あぁ……」

 そんなエツィオに立てかけてあったデルフリンガーが声をかけた。
エツィオは顔を上げると、暫しの沈黙の後、口を開いた。

「いや、少し考え事をな」
「お? もしかして娘っ子のことか?」
「それもあるな、今こうしてる間も、心配で心配で気が気じゃないよ」

 エツィオはおどけたように言うと、小さく息を吐きすぐに真顔に戻る。

「だけど今は、あまり心配もしていられないかもしれない」
「どういうことだ?」
「……やはり国内に裏切り者がいる、奴らを差し向けたのは、おそらくそいつだ」
「へぇ、なんでそう言えるんだ?」
「これだよ」

 エツィオは持っていた金貨を指ではじいて見せた。

「あの傭兵たちが前金として受け取っていた金貨だ、彼らが持っていた貨幣の多くがトリステインで鋳造された新金貨だったんだ」
「それが?」
「彼らに襲撃を依頼した人間は、トリステイン製の新金貨を大量に入手できる立場にいる人間、
おそらくは重要な役職に就いている人間であると俺は考えている」

 エツィオはそこで言葉を切ると、ややあって打ち明けるように口を開いた。

「……俺は最初、裏切り者は子爵ではないかと疑った……。
この任務はアンリエッタ姫殿下が昨晩のうちに思いつきルイズに打ち明け依頼した極秘の任務だ。
それを知っているのは、ルイズと俺、ギーシュ、そして、子爵だけの筈だ。……しかし、今まで俺達と一緒にいた子爵に出来る筈がない」
「はぁ、相棒は心配性だねぇ、いくらなんでも考えすぎだぜ」
「まぁ、確かに、今考えても仕方がない。あの場にいた傭兵は全員始末したし、尾行もいなかった。今のところ、ここは安全だろう。――それに……」

 そう言うと、エツィオは腰かけていたベッドに仰向けになって倒れ込んだ。
そう言えばベッドで眠るのは随分久しぶりだ、ラ・ロシェールで最も上等な宿だけあって、寝心地はとてもよさそうである。
長旅の疲れも手伝い、眠気が襲ってくる、エツィオは大きく欠伸をした。

「傭兵達を雇い、俺達に嗾けた人物……マチルダともう一人は、おそらくこの街にいる。明日、奴を狩り出すとしよう」

 まどろむ意識の中、エツィオはそこまで言うと、静かに寝息を立て始めた。


 ――翌日。
窓から差し込む朝日にエツィオは目を覚ます。
隣のベッドではギーシュがグースカと幸せそうに寝息を立てている。

「少し寝過したか……?」

 よほど疲れていたのか、それとも久方ぶりのベッドの寝心地の良さのせいか……。エツィオが目を覚ます頃には日中に差しかかろうとしていた。
エツィオは小さく呟くと、ベッドに別れを告げ、すぐに装備を整え始める。
アサシンのローブを羽織り、籠手を身につけ、アサシンブレードの動作を確認し、背中にデルフリンガーを背負った。
ギーシュを起こさぬよう、慎重に窓の淵に足をかけ、外へ出ようとしたその時、不意に扉がノックされた。

 出来る限り誰にも知られず偵察に行きたかったエツィオだったが……。
ギーシュも眠っている以上、無視するわけにもいかない、やむを得ずドアを開ける。
羽帽子を被ったワルドが、エツィオを見つめていた。

「おはよう、使い魔君」
「おはようございます、子爵殿」

 昨日とはうって変わり、なんだかよそよそしい態度のワルドであったが、エツィオは普段通り一礼する。
装備を整えたエツィオの姿を見て、ワルドは首を傾げる。

「おや? どこかに出かけるのかね?」
「えぇ……一日空いたので、少し見て回ろうかと」
「呑気なものだな、こんな時に」
「はは……返す言葉もありません……」

 観光に行くと受け取られたのだろう、呆れたように言うワルドにエツィオは苦笑しながら頭をかく。
目的こそ伏せたが、嘘は言っていない。

「まぁいい、今日は君に話があるんだ」

 ワルドはにっこりと笑った。

「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なのだろう?」
「……え?」

 エツィオは少し驚いたようにワルドを見た。
どこで知った? この事はオスマンとコルベールしか知らず、まだルイズにも教えていない事である。

「さて、一体なんのことやら?」

 湧き上がる疑念を隠す様に、エツィオはおどけるように肩を竦めた。
ワルドは首を傾げて言った。

「とぼけなくていい、君のその左手にあるルーンさ。昨日、グリフォンの上でルイズに聞いたが、君はなかなかに腕の立つ傭兵だそうじゃないか」
「それが何故その……『ガンダールヴ』……ですか? その伝説に?」
「僕は昔から、歴史と兵に興味があってね、フーケの一件の後、彼女に尋問した時、君に興味を抱いてね。王立図書館で君の事を調べたのさ。
そして昨夜の傭兵相手の大立ち回りだ、そこで君の左手に光るルーンをたまたま見る事が出来た、その時、伝説の『ガンダールヴ』ではないかと思ったのさ」
「……なるほど」

 なにかが引っかかるが、エツィオはとりあえず頷いた。
それを納得と受け取ったのだろう、ワルドは言葉をつづけた。

「あの『土くれ』を捕まえ、傭兵を返り討ちにした君の腕が知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」
「手合わせ……ですか?」
「つまりこれさ」

 ワルドは腰に差した魔法の杖を引き抜いた。つまりは決闘の申し込みのようだ。
あなたも相当呑気な方のようだ。という皮肉が口から出かかったがぐっと堪える。

「あなたがそう言うなら、断る理由はありませんが……昨夜の事もあります。よろしいのですか?」
「敵なら昨夜君が倒しただろう? 戦力の把握の為にもなる、どうかな? 観光に行くよりかは有意義だと思うが?」

 そんなことやってる場合じゃないだろう? とそれとなくワルドに伝えるも、ワルドは全く異に解さない。
エツィオは諦めたように肩を竦めた。

「わかりました、場所はどちらで?」
「この宿は昔、アルビオンの侵攻に備えるための砦だったんだよ。中庭に来たまえ、練兵場がある」


 エツィオとワルドはかつて貴族達が集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場で二十歩ほど離れて向かい合った。
錬兵場は今では物置として使われているのか、樽や空き箱が積まれて、かつての面影は薄れている。
石でできた苔生した旗立て台が、わずかにその名残を残していた。

「昔……といっても君にはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここでよく貴族が決闘したものさ」

 ワルドは感慨深げに周囲を見渡しながら言った。

「古き良き時代。王がまだ力を持ち、貴族達がそれに従った時代……名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。
しかし、実際は下らないことで杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」
「そうですか……」

 エツィオは、生返事のまま肩を竦めた。

「さて、その決闘だが、立ち合いにはそれなりの作法がある。介添え人がいなくてはね」
「介添え人……ですか?」
「安心したまえ、もう来ている」

 ワルドはそう言うと、物陰からルイズが現れた。
その姿を見てエツィオは誰にも聞こえないように小さく呟いた。

「なるほど……そう言う腹積もりか」

 ルイズは二人を見ると、はっとした顔になった。

「ワルド、来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」
「彼の実力を、ちょっと試したくなってね、なに、ちょっとした遊びの様なものさ」
「もう、そんなバカなことはやめて。今はそんな事をしている場合じゃないでしょ?」
「そうだね。でも貴族というヤツはやっかいでね、強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」

 ルイズはエツィオを見た。

「やめなさい。これは命令よ?」
「だそうですが? 子爵殿」
「気にしないでくれたまえ、では、介添え人も来たことだし、始めるか」

 決闘に乗り気ではないエツィオは、ワルドを見つめた。
だがワルドは腰から杖を引き抜き、フェンシングの構えのように、それを前方に突き出した。

「わかりました、お相手しましょう」
「もうっ! 二人ともバカなんだから!」

 エツィオは諦めたように背中のデルフリンガーを引き抜いた。
それを見たワルドは薄く笑った。

「さぁ、全力で来たまえ」

 ワルドの狙いはわかっている、ルイズに自分の実力をアピールしようと言う腹積もりなのだろう。
ならばいきなり魔法を放ち攻撃してくると言うことは、まずありえない。
そう見切りをつけたエツィオはデルフリンガーを構え、ワルドの出方をじっと待った。

「来ないのかね? では、こちらから行くぞ!」

 待ちに徹するエツィオに、ワルドが一足跳びで間合いを詰める。
それからシュシュと風切音と共に、驚くほどの速さで突いてきた。

「むっ!」

 エツィオは、予想以上の速さで繰り出されたワルドの突きを、デルフリンガーで受け流し、切り払う。
魔法衛士隊の黒いマントを翻らせて、ワルドは優雅に飛びずさり、構えを整えた。

「なんでぇ、あいつ魔法を使わないのか?」
「なるほど……接近戦もこなせると言うことか」

 エツィオが感心したように呟く。
流石は魔法衛士隊の隊長である、魔法だけではなく、近接戦闘の腕も一流ということか。
ワルドの動きは、今までエツィオが戦ってきたどんな相手よりも素早く、動きの読めぬものであった。

「魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法を唱えるだけじゃないのさ」

 ワルドが羽根帽子に手をかけて言った。

「詠唱さえ戦いに特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作……。
杖を剣のように扱いつつ詠唱を完了させる。軍人の基本中の基本さ」

 エツィオがフードの中で僅かに口の端を上げた。
デルフリンガーをわざと大きく振りかぶり、ワルドに斬りかかる。
ワルドは杖で、エツィオの剣を受け止めた、ガキーンと、派手な音と共に、火花が散る。

「くおっ……!」

 細身の杖が、がっちりと長剣を受け止めた。しかし、エツィオの腕力はワルドの想像以上のものだったらしい。
わずかに体勢を崩したワルドの隙を逃さず、エツィオは即座に剣を振りあげ、次の一撃を叩きこむ。
だがワルドは、今度は受け止めずに受け流し、そのまま後ろに飛びずさった。

「なるほど、大した腕力だ、それに素早さもある」

 ワルドは感心したように呟くと、再び攻勢に転じる。

「確かにきみは強い、平民出の傭兵では相手にならなかったのも頷ける」

 レイピアのように構えた杖でもって、突きを繰り出してくる。

「しかし、君もまた、傭兵の……平民の戦いの域を出ていない、ただの力任せの戦い方だ。
それでは本物のメイジには勝てない……つまり、君ではルイズを守れない」」
「おい、言われてるぜ、相棒」

 常人には見えぬほどのスピードで繰り出される突きを、エツィオは茶々を入れてくるデルフリンガーを振い、受け流す。
対するエツィオも、隙を見て剣を振りまわすも、そのどれもがワルドには当たらない。

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」

 閃光の様な突きを何度も繰り出しながら、ワルドは低く呟いている。
ワルドの突きが、一定のリズムを持ち始める。途端、何かを捉えたのか、エツィオの眼が鋭くなった。

「まぁ、確かに言うだけはあるよな、大した腕だよ、だがな……」

 デルフリンガーが、感心したように呟いた。
詠唱を終えたワルドが、至近距離から『エア・ハンマー』を叩きこもうとエツィオに向け、杖を突きだした。

 その瞬間、フードの下に隠された、エツィオの口元がニヤリとつり上がる。

「なにっ!?」

 エツィオの左手が、ワルドの右腕を勢いよく跳ね上げ、『エア・ハンマー』の射線をずらす。

「相棒相手に詠唱しながら接近戦を続けるのは、ちと無謀にすぎるな」
「がっ!」

 デルフリンガーがそう呟くのと同時に、エツィオが右手に持った長剣を逆手に掴み、がら空きになったワルドの腹を打つ。
思わぬ反撃にたたらを踏むワルドに、エツィオは空いた左手を突き出し、今度は顔面に掌底を叩きこんだ。

「ぐぉっ……! おのれッ!」

 鼻を強かに打ちつけられたワルドは、思わず後退りながら、エツィオに向かい、杖を振う。
ボンッ! と大きな音と共に、空気が撥ねた。
見えない空気のハンマーが、エツィオを吹き飛ばした。
十メイル以上も吹き飛ばされ、エツィオは積み上げられた樽に激突した。ガラガラと樽が崩れる。
樽にぶつかった拍子に、剣を落としてしまった。
ワルドは、その剣をがしっと踏みつけ、エツィオに杖をつきつける。
踏まれたデルフリンガーが、足をどけやがれ! と叫んだが、ワルドは気にせずに口を開いた。

「……勝負あり、だ」
「ぐっ……!」
「驚いたよ、あの大振りの攻撃が全てこの為の布石だったとはね……、顔にもらったのは久しぶりだ、だがそれでは僕は倒せない」

 仰向けに倒れたエツィオを見下ろしながらワルドは首を振った。
エツィオの額と口元の古傷から血が流れている、ルイズがおそるおそるといった顔で近寄ってくる。
 ワルドは顔に手を当てると、ルイズを見た。

「わかったろう、ルイズ、彼もなかなかやるようだが……これではきみを守れない」

 ワルドはしんみりした声で言った。

「だって! あなたはあの魔法衛士隊の隊長じゃない! 陛下を守る護衛隊! 強くて当然じゃないの!」
「そうだよ。でも、アルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい? 強力な敵に囲まれたとき、きみはこう言うつもりかい? 
わたしたちは弱いです。だから、杖を収めてくださいって」

 ルイズは黙ってしまった。それからエツィオをじっと見つめる。
古傷から血が流れていることに気が付いて、慌ててポケットからハンカチを取り出そうとしたら、ワルドに促された。

「行こう、ルイズ」

 ワルドはルイズの腕を掴んだ。

「でも……!」
「とりあえず、一人にしておいてやろう」

 ルイズはちょっとためらう様に唇を噛んだが、ワルドに引っ張られて去って行った。
広場には、仰向けに倒れるエツィオとデルフリンガーだけが残された。

「大丈夫か? 相棒」
「あぁ、なんとか」

 デルフリンガーが呟くと、「いっててて……」と、どこか間の抜けた声を上げながら、エツィオは立ち上がった、
ローブについた埃をはたき落すと、地面に転がっていたデルフリンガーを拾い上げた。

「で? どうだ? メイジとやりあった感想は?」
「どうもこうも、強烈だな、参ったよ。……前々から魔法を脅威に感じていたが、あぁまで実戦的に扱ってくるとはね、流石は魔法衛士隊の隊長だ。
ギーシュやマチルダとは別な意味で厄介な相手だよ」

 決闘に負けたとは思えぬ口調で、エツィオはニヤリと笑うと、デルフリンガーを背中に背負った。

「まぁ、そうだな、ああ言う決闘なら、あの貴族の勝ちだね、ありゃ相当な使い手だぜ。……だが」
「だが?」
「もしあれが本気の殺し合いだったら、相棒の勝ちだったがね」
「……そりゃどうも、でもあれは彼の慢心を突いただけさ。二度は通じそうにない」

 エツィオは苦笑しながら肩を竦めると、中庭の隅に積まれた木箱に向かい歩きはじめる。
そしてそれに飛び乗ると、器用に壁の出っ張りや窓枠に手をかけ、あっという間に『女神の杵』亭の屋上へと登って行った。
エツィオは『女神の杵』亭の屋上へ立つと、ラ・ロシェールの街を一望のもとに見渡し、地形や街並みを頭の中に叩きこんでいった。
そんなエツィオに背中のデルフリンガーは声をかける。

「でもよ、手を抜いていたとはいえ、仮にも決闘に負けたんだぜ? 悔しくは無いのか?」
「確かに、あぁまで言われちゃ、悔しくないと言えば嘘になるな。でも、立場上、彼との間に、あまり波風も立てられないだろ?」

 負けたことに関してはエツィオも少し思うところがあるのか、苦笑しながら呟いた。
そんなエツィオにデルフリンガーは呆れたように言った。

「はン、能ある鷹は爪を隠すってか」
「なんだそれ? どっかの格言か?」
「そんなとこさ」
「まぁ、何にせよ、彼女が第一さ、使い魔はつらいな、いろいろと……。さて、少し予定が狂ったが、始めるか……」
「おーおー、仕事熱心な使い魔だねぇ。貴族の娘っ子は果報者だよ、全く」

 エツィオはそう言うと、『女神の杵』亭の屋上から、飛翔するように身を投げる。
そして、街に潜むであろう敵を狩り出すべく、街の中へと消えて行った。


「はぁ、まったく、人使いが荒いったらありゃしないよ……」

 日もとっぷりと暮れた、ラ・ロシェールの裏通りを、愚痴をこぼしながら一人の女が歩いていた。
目深にローブを被り、顔は下半分しか見えないが、その女は『土くれ』のフーケこと、マチルダであった。
ここ、ラ・ロシェールには今、アルビオンの王党派に雇われていたが、負けを悟り逃げ帰ってきた傭兵達で溢れていた。
その傭兵達を雇い入れ、トリステインの使者、つまりルイズ達に嗾け、襲撃するのが彼女に与えられた任務であった。

 そして一通り集め終えたマチルダは、仮の根城にしている『黄金の酒樽』亭に戻り、一時休憩を取ろうと言うところであった。
とぼとぼと裏路地を歩きながらマチルダはため息をついた。

「エツィオ……大丈夫かね? まぁ、あいつならなんとかするんだろうけども……」
「その通り」
「え? むっ、むぐぅっ!?」

 マチルダがそう呟いた、その時であった。
突如、どこからか声が聞こえたと思うと同時に、道端にあった干し草の山から何かが飛び出してきた。
突然の出来事に、マチルダは為すすべもなく、飛びだしてきた腕に口と鼻をふさがれ、そのまま干し草の中へとを引きずり込まれてしまった。

「むっ! むっぐぐ!」
「しーっ……落ち着いて、マチルダ」
「むぐっ!? ……エツィオ!」

 何事かとじたばたと暴れていたマチルダであったが、優しく耳元でささやかれ、はっと聞こえてきた方へ顔を向ける。
マチルダを干し草の中に引きずり込んだのは誰であろう、たった今心配していた人物である、エツィオその人であったのだ。

「やぁマチルダ、その後はどうかな?」
「はぁっ……! まったく、心臓に悪いよアンタは! 死んだかと思ったよ!」
「しっ! 声が大きい!」

 干し草の中でマチルダを抱きこむ形になりながら、小声でエツィオが囁く。
マチルダは小声になると怪訝な表情でエツィオに尋ねた。

「どうしてここに? あんた、『女神の杵』亭にいるんじゃないのかったのかい?」
「君に逢いたくなってね、飛びだしてきたんだ」

 エツィオはニヤリと笑いながら言うと、深刻そうに呟いた。

「……やはり、情報が漏れているな、俺達が『女神の杵』亭にいるという情報はどこでつかんだ?」
「白い仮面を被ったメイジさ、そいつが教えてくれたんだよ、私を反乱軍に引き入れたのも、襲撃もなにもかも、あの男の命令さ」

 エツィオが尋ねると、マチルダは何も隠すことは無いと言わんばかりに肩を竦め、報告する。
白い仮面のメイジ、その言葉を聞いたエツィオの目が鋭くなる。

「白い仮面のメイジ……、襲ってきた傭兵達も言っていたな……そいつは誰だ? 今どこに?」
「それがね、よくわからないんだよ、ずっと仮面をつけっぱなしなんだ、伝えること伝えたらすぐに消えちまうし、不気味な奴だよ。
わかってるのは、風系統のメイジってところかしらね。もし殺るんなら、気をつけるんだね、あれはかなりの使い手だよ、スクウェアクラスかもしれない」
「どこかで見られているのか……? ……次の予定は?」
「今日の夜、傭兵を率いて『女神の杵』亭に襲撃をかける手はずになってるよ、なんでも戦力の分断が目的だとか。私もゴーレムで参加って事になってる」
「その男は?」
「うまく分断できたら、後を追って、港へ逃げた方を叩く、だそうよ。先回りしないのは私の監視だろうね」
「港……あそこか」

 そこまで報告を受けたエツィオは少し考えるように俯いた。

「行き方はわかるかい?」
「あぁ、ここに来る前に確認にな……見て腰を抜かしたよ、あの巨大な樹だけでも驚いたってのに、まさか船が空に浮いて飛ぶだなんてさ……」
「おや? ラ・ロシェールには初めて来たのかい?」
「まぁね、ここに来ていろんな物を見てきて、その度に驚いていたよ。もう驚くまいと思ってはいたけど、いやはや……」

 エツィオは港の様子を思い出し、笑いながら肩を竦める。
てっぺんが見えぬほど巨大な樹が、四方八方の空に枝を伸ばし、空に浮く船がその先にぶら下がっていたのだ。

「しかし、空飛ぶ船か、てことは、まさかアルビオンは空の上にあるって言うんじゃないだろうな?」
「何言ってるの? 空の上よ」
「えぇっ! 嘘だろ!」
「しっ! 声大きいよ!」

 冗談交じりに言ったつもりだったが、マチルダが真面目な顔で答えたため、エツィオは思わずいささか大仰に驚いてしまう。
マチルダに逆に注意され、決まりが悪くなったエツィオは気まずそうに苦笑する。

「あぁ、この分じゃ、イタリアに帰る頃には、もう何が出てきても驚けなくなりそうだ」
「全く、今までどんな田舎に住んでたんだい、あんたは……」
「生憎魔法すらなくってね、不便な物だよ」

 呆れたように呟くマチルダをみて、エツィオは気を取り直すようにひとつ咳払いすると、真面目な表情を作る。

「さて、それはともかく、大体わかった、助かったよ、マチルダ」
「お役に立てて何よりだよ、で、あんたはどうするんだい?」
「夜まで身を隠す、仮面の男に、出来るだけ俺の存在を気取られないようにしなきゃ……何、君の暴れっぷりを見物させてもらうとするさ」
「呑気なもんだね、あんたの可愛いご主人様が襲われるんだよ? 心配じゃないのかい?
それに、こちらもまだ完全に連中の信用を得たわけじゃないんだ、目を引く程度には暴れるよ」
「ルイズは心配ないさ、それに、君を信じているからな。……わかってると思うけど、友達は殺さないでくれよ?」
「わかってるよ、あんたに殺されたくはないからね。……今日の一件でよくわかったよ、あんたを敵に回したら気の休まる瞬間なんてなさそうだしね」

 マチルダは小さく笑うと、もぞもぞと体を動かしエツィオに向き直る。

「それじゃ、私はそろそろ行くよ、傭兵どもと合流しなきゃ」
「わかった……、これを、情報料だ」

 エツィオは懐から小さな袋を取り出すとマチルダに手渡す、果たしてそれは傭兵達の持っていた金貨のたっぷり詰まった袋であった。
それに気付いたマチルダは呆れたように呟く。

「いいのかい? ってこれ、私が傭兵どもに渡した金貨じゃないか」
「そういうことさ、君が使うといい、彼らには用のないものさ」
「ま……そういうことなら、ありがたくもらっとくよ、それじゃ、気をつけて」
「あぁ、君もな」

 エツィオはマチルダとキスをし、優しくほほ笑む。
マチルダは、年下のくせして……と、顔を少し赤くしながら呟くと、エツィオの腕から離れ、干し草の外へと出る。
そして乱れた着衣を直し、ついた干し草を叩き落すと、何事もなかったかのように、裏通りの奥へと消えて行った。



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