あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

萌え萌えゼロ大戦(略)-38



 西暦1942年6月5日。北太平洋の小島であるミッドウェイ島を巡る日米
両海軍の戦いは、アメリカ合衆国の勝利で終わった。
後に『ミッドウェイ海戦』と呼称されるこの海戦に敗北した大日本帝国は
戦争の主導権を失い、敗戦への道を転がり落ちていくことになる――

 大日本帝国の鋼の乙女を束ねる要であった空母型鋼の乙女あかぎは、
今時海戦において米軍の最優先攻撃目標とされた。アメリカの鋼の乙女を
束ねる空母型鋼の乙女、CV-6エンタープライズ・ルリは、彼女を沈めるため
一計を案ずる。果たしてその計略は効を奏し、空母加賀とともに主力艦隊から
孤立させられたあかぎはルリと艦上偵察爆撃機型鋼の乙女、SBDドーントレス・
ハイネ率いる米海軍艦爆隊の猛攻撃の前に武運つたなく沈んだのだった。
 機能を停止し、冷たいミッドウェイの海に沈みゆくあかぎ。
脚への被弾によって動きを止められ、胸の上側にハイネの必殺技
『ツインボムストライク』の直撃を受けた彼女は搭載した大出力の
内燃機関からの動力を阻害され、とどめとなったルリの操る精霊たち
『対艦攻撃隊』からの被弾によって呼吸器を満たした自身の人工血液に
おぼれた。唯一彼女の救いだったことは、彼女が妹たちの死を見ることなく、
彼女が愛する妹たちに見送られて逝けたこと。だが、それが妹たちにとって
良かったかどうかまで彼女が思い至らなかったことは、ここで語るべきことでは
あるまい。
 そのあかぎを包み込むように、金色の魔法陣が出現した。損傷し機能を
停止したあかぎに、それを避けることはできない。ゆっくりと、その体が
魔法陣に沈み込む。そうしてあかぎがこの世界にその残滓すら残さず消えた
瞬間――破壊された脚が、器官が、ことごとく修復され、停止したはずの
機関が再起動した。だが、それを知る者は、誰もいなかった。


 時は流れ、西暦1944年10月22日。音に聞こえたラバウル基地も、
1943年末から1944年2月にかけての『ラバウル航空決戦』を経て、同時期に
行われた連合軍の『蛙跳び作戦』によって孤立化し、2月17日、18日の
トラック島空襲によって再建中の部隊が壊滅、さらにラバウルに進出
していた第二航空戦隊がトラック島に撤収すると、もはや戦力としての
ラバウル航空隊は事実上消滅していた。
 大本営の『捷一号作戦』発動を受けて、ここラバウル基地でも
一部参謀から「我々もはせ参じるべし」との声が上がっていた。
だが、フィリピン奪回が目的である捷一号作戦を支援するには距離が
ありすぎるとの理性的な反論も、彼らは精神論で封じようとしていた。

「……よう、精が出るな。水島整備兵長」
 夜の帳が降りた格納庫で受け持ち機の整備を行っていた水島整備兵長に、
佐々木少尉が声をかける。水島整備兵長は立ち上がると、整備中の複座零戦を
見上げる。
「明日は、自分もご一緒させてもらいますから」
 複座零戦はここラバウル基地で破壊された零戦を修理復元した機体だ。
復元の際に複座化し、偵察と爆撃を任務としていたが、明日、捷一号作戦に
合わせた特別攻撃に参加することが決まっていた。
「ったく。現実見てない阿呆な参謀の血迷った演説なんざ無視すりゃ
いいんだよ。機上整備員だぁ?連中は絶対後から来やしねえ。
どうせ日本が負けたらアメリカに尻尾振ってのうのうと生きていくだけさ」
「それでも、この機は自分の受け持ちですから」
「お前さんもバカだよ。KA(海軍隠語で奥さんのこと)いるんだろ?
生命保険五千円より生きて帰って顔見せるのが一番だと思うがね……俺は」
「今でもここにいること自体が、もう死んでるって思われてますよ」
「バカ。まあ、いいや。俺がやろうと思っていたんだが、頼むか」
「何をですか?」
 不思議がる水島整備兵長に、佐々木少尉は親指でエンジンカウルを
指さす。
「ここによ、白ででっかく『辰』って書いてくれや。ちょうどピンさん
(海軍報道員だった日映のカメラマン吉田一氏のこと)来てるしな。
あの人も命知らずだよなぁ……。ま、俺たちここにあり!ってのをカメラに
残してもらおうと思ったんだよ。もしかすると、突っ込むところを
アメリカさんにも撮してもらえるかもな。日本人がバカなことをしたって
記録に、それは俺たちだ!って残すんだ。痛快だろ」
 そう言って日に焼けた顔を子供のようににかりとさせて笑う佐々木少尉。
水島整備兵長は、引きつった笑みを返すしかできなかった。

 そうして――帽ふれに見送られた佐々木少尉たち三機のラバウル特別
攻撃隊は、一路フィリピンはレイテ島を目指す。増槽をつけても無理が
ある距離を、爆装して飛ぶのだ。案の定途中で二機が脱落、海面に自爆して
果てても、佐々木少尉たちは飛び続ける。そのとき、彼らの目前に金色に
輝く魔法陣が出現した。
「佐々木少尉!前!」
「嘘だろ!?なんだこりゃあ!!」
 突然の異常事態に驚く二人。だが、巡航速度160knot(約296km/h)で
飛んでいたのでは避けることもできず、機体はそのまま魔法陣に飛び込んでいく。
 こうして、佐々木少尉たちラバウル特別攻撃隊は、公式には全機未帰還、
戦果不明と記録されることになったのだった……


 ――武雄 武雄――

「母さ……」
 懐かしい自分を呼ぶ声。そこで佐々木少尉ははっと気がついた。突入の
ショックで気を失っていたらしい。機体は背面飛行しており、佐々木少尉は
操縦桿を握り直し、フットペダルを踏み込んで機体を元に戻す。
「はぁ……はぁ……。
 どうやら気を失っていたらしいな。おい、水島整備兵長、生きてるか?
おい!水島!返事しろ!」
 佐々木少尉の呼びかけに、水島整備兵長は何とか意識を取り戻した。
こちらも気を失っていたようだ。
「……よお、気がついたか。ところでよ、俺たちは夢でも見てるのか?」
 佐々木少尉の言葉に、水島整備兵長も外の景色を見て愕然とした。
「さ、砂漠……?」
「ああ、ここがあの世でなけりゃな。それからな、燃料、満タンだ」
「は?」
 水島整備兵長が間の抜けた声を出した。当然だ。すでに二千キロは
飛んでいたのだ。燃料が切れるのも時間の問題だったものが満タンだと
言われても、すぐに理解できるものではない。
「ああ。両翼、胴体、どのタンクも満タンだ。発動機も快調。計器が
狂ったわけじゃない。あと二千二百キロ、飛べるところまで飛んで隊に
連絡つけるか」
「でも、どうするんです?それにここがどこかも……」
 水島整備兵長の不安そうな声に、佐々木少尉は胸を張って答えた。
「大丈夫だって。最後に頼れるのは己のカンってヤツだ。開戦劈頭、
あの台南航空隊が悪天候で帰路を見失ったとき、坂井先任は己を信じて
部下を一人も失わず基地に帰還したんだぜ?
 心配すんなよ。死ぬときゃ俺も一緒だ」
 そう言って、佐々木少尉は機首を北西に向ける。後に彼は言う。
『なんとなく、そっちに飛ぶのがいいと思った』と。そして、彼らは
飛び続けた。

「……砂漠を抜けたと思ったら、今度はだだっ広い森か。もしかして、
ここは欧州か?」
「さっき見えた屋根も、そんな感じでしたね。ドイツ軍と連絡が取れれば
いいんですが」
「無線機は砂漠からずっと雑音ばかりだよ。まぁ最悪イギリス軍でも
かまわん。イタリア軍でもいいぞ。なんと言っても飯がうまい。
ソ連軍だけはゴメンだがな!」
 冗談を交えつつ、二人は飛ぶ。やがて森を抜け、燃料が乏しくなった頃――
佐々木少尉は広大な平原の真ん中にぽつんとある小さな村を見つけた。
「…………。水島整備兵長、あの村に降りるぞ」
「ええ。もう覚悟は決めました」
 村の上空を旋回し、脚を降ろして高度を下げる。誰もいない平原に
ゆっくりと機体を滑り込ませると、佐々木少尉は発動機を止めた。
複座零戦が着陸したのを見て、村から人が集まってくる。先頭に立つのは、
淡い紺色のゆったりとした質の良い生地の外套を羽織って節くれ立った杖を
こちらに向ける、イギリス人のような感じがする金髪ポニーテールの
若い女。
 二人は風防を開けて体を出すと、航空眼鏡を上げて顔を出し、両手を
上げた。佐々木少尉が杖を向ける女に英語で言う。
「ノーギャス。ノートリッガー。ノーウェイ」
 それを聞いて、女は虚を突かれた顔をした。
「は?『燃料なし。攻撃の意思なし。どこにもいかない』って……
お前たち、どこの田舎から来た?下手なアルビオン語だな」
「なんだ、日本語通じるのか?」
「ニホンゴ?どこだそれは。とにかく、その変なのから降りてこっちに
来い!」
 女は杖を向けて二人に指示する。はたして機体から降り立った佐々木少尉が
目の前に立つと、頭一つ低い彼女は見上げるように言った。
「私はアルビオンの貴族、エンタープライズ家のルーリーだ。お前たちは
何者だ?」
「俺は大日本帝国海軍少尉、佐々木武雄。こっちは整備兵長の水島一郎。
ここはアルビオンなのか?それなら俺たちの名前はタケオ・ササキと
イチロー・ミズシマって名乗った方がいいか?」
 佐々木少尉はルーリーと名乗った女の言葉からここがイギリス(アルビオンは
ブリテン島の古名だ)だと思いそう言い直した。しかし、ルーリーは首を振る。
「いや。ここはトリステイン王国のタルブの村だ。ダイニホンテイコクとは
聞かない国だな。お前たちは軍人なのか?」
「トルステイン公国だって?なら俺たちは北欧にいるのか!?」
 佐々木少尉は北欧はスカンジナビア半島の一角に浮かぶ島国――自前の
造船設備を持たず保有艦艇のほとんどの建造を日本に依頼してくるほどの
同盟国――の名前と誤解する。その反応に、ルーリーは一字一句訂正した。
「ト・リ・ス・テ・イ・ン。それにここは王国だ。公国じゃない。
 ……なんか話が食い違うな。私の質問には全く答えていないし。
タケオと言ったな。お前、私に嘘をついてないか?家名を名乗ったから
貴族として話していたが……。それに、あれはいったい何だ?」
 ルーリーは疑いのまなざしを佐々木少尉に向ける。その視線に、
佐々木少尉は肩をすくめた。
「嘘はついていない。君の質問に答えると、確かに俺たちは軍人だ。
っていうか、最初に海軍少尉と整備兵長だと名乗っただろう?
あれはゼロ戦。複座に改造してあるがね。トルステイン公国だったら
同盟国だからもっと詳しく教えてもいいが、こっちも君たちが信用
できていない。もう一度聞く。ここはどこだ?」
「だからトリステイン王国だと言っただろう。……ちょっと待て。
地図を持ってくる」
 ルーリーはそう言うと、手にした杖をひとふりする。とたんに彼女の
体は浮き上がり、そのまま村へと飛んでいってしまった。
 それを見た佐々木少尉は、水島整備兵長に話しかける。
「……なあ、俺たちやっぱり死んだのか?それとも夢でも見てるのか?」
「自分に聞かないで下さいよ……」
 自分たちに警戒のまなざしを向ける村人たちを前に二人が今目の前で
起こった出来事を消化できずにいる間に、ルーリーが飛んで戻ってくる。
その手には大きな羊皮紙の巻物があった。
「これがハルケギニアの地図だ。……どうかしたか?」
「いや、俺たちが知る限り、人間は空を飛ばないからな」
「『フライ』の魔法を使っただけだろう?本当に変なヤツだな。
それで、お前たちの国はどこにある?」
 佐々木少尉たちの混乱が理解できないルーリーは、持ってきた地図を
地面に広げる。それを見た佐々木少尉たちは、驚きを隠せなかった。
「……どうした?」
「あ、いや……この地図には載ってない。ここに来るまでに砂漠と広大な
森を見たから、たぶんこっちになるんだろうが……」
 それは欧州――ヨーロッパの地図によく似ていた。しかし、大きく
異なっていた。まず、文字が読めない。地球のどの国の文字とも違う
文字。絵を頼りに佐々木少尉が砂漠を指さすと、ルーリーの顔色が変わる。
「サハラ!お前たちはサハラを越えてきたのか!?ということは、
『東方』から?!」
 その言葉に、それまでことの成り行きを見守っていた村人たちがざわめいた。
 そのざわめきを抑えたのは、一人の年老いた男。彼はゆっくりとした
足取りで三人に近づくと、しわがれた声で言った。
「ミス・エンタープライズ。とどのつまり、彼らは何者かね?あなたと
同じように、よその国から来たと言うことかね?」
「ええ。村長。そういうことでしょう。それも、『東方』から」
 ルーリーの言葉に、村人がまたざわめいた。村長と呼ばれた老人は、
それを手で制する。そして、佐々木少尉たちに向き合った。
「……ワシらは騒動は好まん。できれば、すぐにここから立ち去って
もらいたい」
 その言葉に、佐々木少尉は首を振る。
「できればそうしたいが、もう飛ぶことができない。燃料がなくてね」
「燃料?」
「ええ。コイツは『ガソリン』という油を燃やして飛ぶ。……あれば
売ってもらいたいが、あるようには見えませんがね。それにあっても
手持ちの金は使えないかと」
 佐々木少尉は飛行服のポケットを探る。出てきたのは一円札と軍票、
それに小銭が少し。万が一不時着したとき、原住民に便宜を図ってもらう
ために持っていた金だ。もっとも、その場合はたばこなどの方がより
有効なのだが。
「なんだこれは?」
 ルーリーが興味深そうに一円札を手に取る。
「日本の一円札。紙幣、つまり紙の金だよ」
「紙だって!?お前の国ではこんな紙切れがお金なのか?それに、そっちの
白っぽいのも金や銀じゃないな」
「ああ。十銭硬貨。アルミだよ。百銭で一円になる」
「『アリュミ』?聞かない金属だな……」
 それを聞いて、ルーリーは十銭硬貨も手に取る。見慣れたエキュー金貨や
スゥ銀貨などとは違う軽い手触りと鋳造ではない製法に戸惑いと好奇心を
隠しきれないのが傍目にもよく分かった。しばらく十銭硬貨を眺め触って
堪能してから、周りの視線に気づいたのか、はっと真顔に戻って咳払いし、
ルーリーが言う。
「残念だが、これはこっちじゃ使えないな。こっちの貨幣単位は
エキュー、スゥ、ドニエ。十ドニエで一スゥ、百スゥで一エキューに
なる」
 そう言って、ルーリーは懐から革袋の財布を取り出し、エキュー金貨と
スゥ銀貨、ドニエ銅貨を見せた。
「なるほどね。ちなみに、こっちも十厘で一銭、百銭で一円だ」
「イェン、スェン、リンか。聞いたこともない単位だな。
しかし、これじゃトリステインどころかハルケギニアのどの国でも
使えないな。
それに、『ガショリン』なんて油、聞いたこともない。私も『土』の
トライアングルとして色々と油は『錬金』してきたつもりだが……」
 ルーリーと同じように、村長も首を振る。佐々木少尉も肩をすくめる。
「そういうこと。できれば部隊に連絡取りたいが……無理だろうな」
「残念だが、ハルケギニアの人間が、エルフが支配するサハラを越えて
向こう側に行く、なんて無理な話だ。腹立たしいことだが。たまに『東方』の
品を携えた行商人が来るが、それもいつ来るやら」
「こうなっては、領主様にお伺いを立てるしかないの。
その『ジェロシェン』か?妙なものもどうにかせんとな」
「ちょっと待て!これを取られたら俺たちは帰れなくなる」
「それなら、早く出ていくことじゃ。さあ、ワシらは戻るぞ」
 そう言って、村長は村人たちを引き連れて戻っていく。あとに残ったのは、
佐々木少尉と水島整備兵長、それにルーリーの三人。日が落ち始め、
やや肌寒い風が草原を吹き抜ける。
 最初に口を開いたのは、ルーリーだった。
「…………。タケオとイチロー、だったか。お前たちはどうする?
数日の宿代だったら私が出してもいいが。私も旅の途中だし。
『東方』の珍しい話で貸し借りなし、ということで」
「俺はこいつから離れるわけにはいかん。水島整備兵長、お言葉に甘えて
彼女と一緒に村へ行ってこい」
「そういうわけにはいかないでしょう。交渉は上官のあなたにお任せ
しましたけど、この機体は自分の受け持ち機です」
「はあ?もう秋も深いし、夜は冷えるぞ。それに、食事はどうする。
村長がここの領主、アストン伯に使いを出したとして、どうにかなるまで
数日はかかるぞ」
「今晩は航空弁当の残りで腹を満たす。寝るときは操縦席に潜り込めば
雨露はしのげる」
「残りって……。はぁ。少し待ってろ。宿で何か作ってもらって持ってきて
やるから」
 ルーリーはあきれたような顔でそう言うと、杖を振ってまた村へ飛んでいった。
ルーリーがいなくなってから、水島整備兵長は佐々木少尉に話しかける。
「……ルーリーさん、でしたか。妙に少尉に好意的ですね。彼女」
「バカ。よそ者が珍しいだけだって。しかし奇妙だな。日本語は通じるのに、
地図に書かれた地名は一つも読めねえ。それに……………………
水島整備兵長、腹くくれよ。さっきまでの話で薄々気がついてるだろうが、
俺たちは、もう帰れんかもな」
 そう言って、佐々木少尉は空を指さす。日が陰り、代わりに昇った
月は……二つあった。

 それがきっかけだった。それまで平静を保てていた水島整備兵長の中で、
何かが切れた。
「そんな……月が二つ?そんなバカな!」
「落ち着け!水島整備兵長!」
「い、嫌だ!自分は、に、日本に帰るんだ!」
 そう叫び、水島整備兵長はいきなり駆け出した。慌てて佐々木少尉が
追いかけ、しばらく走って取り押さえる。体力なら、彼に分があった。
二人で草原をごろごろと転がり、佐々木少尉が馬乗りになってようやく
水島整備兵長を押さえ込んだ。
「落ち着け!落ち着くんだ!」
 佐々木少尉の下で、水島整備兵長が涙を流しながら訴える。
「月が二つなんて、そんなのあるわけないじゃないですか!自分は……
俺たちは死んだんじゃないんですか!?」
「バカ。死んだヤツが痛みなんて感じるわけないだろう。とにかく、
機体を保持し、どうにかしてガソリンを手に入れるんだ。どこかに帰る
手段があるはずだ」
「そんなもの……あるわけないじゃないですか!」
「うわっ!」
 突然予想もしない力で押し飛ばされる佐々木少尉。
その隙に水島整備兵長は駆け出していく。追いかけようとした佐々木少尉の
足に鈍い痛みが走った。
「待て!ちっ!今のでひねったか。……バカ野郎がぁ……」
「タケオ!」
 足を押さえてかがみ込む佐々木少尉に、魔法で飛んできたルーリーが
声をかける。その手にはバスケット。どうやら本当に食事を持ってきて
くれたらしい。
「大丈夫か?イチローは?」
「……行っちまったよ」
「は?どういうことだ?」
「日本へ帰るんだってよ……バカが……」
「なんだって?それよりも……足を痛めたのか?ああ、もう。私は『土』の
トライアングルだから『癒し』(ヒーリング)の魔法は使えないんだ」
 慌てるルーリー。その手に佐々木少尉は優しく触れる。
「心配ねえ。ありがとうな」
「バ、バカ!私は別に……。と、ところで、イチローを追わないのか?」
 真っ赤になって話をそらすルーリー。佐々木少尉はゆっくりと首を
振った。
「無駄だよ。ああなったら自分で納得するまで好きにさせるしかない。
今の状況が理解できたら戻ってくるさ。ここに降りる前に見たところ、
この辺はだだっ広い平原と川があるくらいだ。歩いて行ける距離なんざ
たかがしれてる」
「お前がそう言うんだったら……ところで、これ、どうする?一応、
三人分あるんだが……」
 そう言って、バスケットを見せる。白い布がかけられたそれは、
たぶん短時間で作れる、あり合わせの材料を挟んだサンドイッチという
ところか。ワインの瓶も一本ある。あの短時間でよくそれだけ作った
ものだが、宿の料理人に作らせたか、それとも彼女自身も手伝ったか。
しかし、三人分とは、どうやら自分も一緒に食べるつもりだったらしい。
 得体の知れないよそ者の男たち相手に若い女が無防備な、と思いかけたが、
目の前の女は杖を振って空を飛ぶ。当然、そういうときの反撃も心得ていると
いうことか。佐々木少尉はにかりと笑って見せた。
「一日以上不眠不休で飛行機飛ばして十分すぎるくらい腹は減ってるな。
それに、さっき残り物を食うと言ったが、実はバナナとサイダーくらいしか
残ってないんだ。あ、水島整備兵長が持ち込んだ缶詰もあったか」
 特攻に食料もないものだが、もとより成功の可能性皆無の作戦だ。
いざとなれば不時着してほとぼりが冷めるまで身を隠すか、突入失敗で
不時着したと友軍に拾ってもらおうと画策し、二人はある程度の保存食を
機体に持ち込んでいた。もっとも、月が二つある世界に不時着するとは
想像の埒外だったが。
 それを聞いてルーリーは聞き覚えのない食べ物の名前に興味を示す。
「『バナナ』と『シャイダー』?……それにいいのか?その『カンジュメ』っての
勝手に食べたりしたら、イチロー、戻ってきたら怒るんじゃないか?」
「勝手に飛び出す方が悪い。せいぜい腹を立ててもらうさ。とりあえず
ゼロ戦のところまで戻ろう」
 そう言って、歩き出す佐々木少尉。ひねった足の動きがややぎこちない。
ルーリーはバスケットを持ってその横に並ぶ。月明かりと星空が明るく
二人を照らし出す。
「ところで、その『ジェロシェン』ってのは言いにくいな。どうせここの
領主に話をするときにもいちいち面倒だろ?」
「そうかぁ?」
 嫌そうな、気のない返事。しかしルーリーは得意げに人差し指を立てると、
楽しそうに言う。
「そうとも。この世界を探索するエンタープライズ家の私が名付けてやるんだ。
感謝してもらいたいくらいだ」
「はいはい。それで?」
「……むぅ。まあ『東方』までは我が家名は聞こえていないということか。
まあいい。とにかく、お前たちが降りてきたときからこれだと思っていた
名前がある」
「なんて呼ぶ気だ?」
「そうだな。あれが降りてくる姿はまるでうなりを上げる竜が降りて
くるようだった。だから『竜の羽衣』と呼んだらいい。『ガショリン』は
その竜の血だと言えば初めて見る者でもそこまで奇異には思わないだろう」
「そんなもんかね」
「そんなものだ。なんなら『固定化』もかけてやろうか?私は『土』の
トライアングルだ。そこらのメイジに頼むより、長持ちさせる自信は
あるぞ」
「ところで、さっきから『トライアングル』だの『魔法』だのと聞こえてるんだが……
俺の聞き違いじゃなければ君は魔法使いなのか?」
 佐々木少尉のその言葉に、ルーリーの足が止まる。そして、信じられない
ような顔で彼を見た。
「……まさかとは思うが、メイジを知らないのか?それとも、『東方』には
メイジはいないのか?エルフと戦っているのに?」
 あー何か根本的な勘違いがあるな、と佐々木少尉は思ったが、口には
出さない。ある程度は誤解させておいた方がいいだろうと思い、こう口にする。
「大日本帝国は極東、要するに『東方』の東の果てだからな。そのエルフとかとは
国境を接していないから戦ったことはないな。だからかもしれんが、
メイジとやらもいない」
 佐々木少尉のその言を聞いて、ルーリーはとても感心したような顔をする。
どうやらごまかせたらしい、と佐々木少尉は内心胸をなで下ろす。
再び歩き始めた佐々木少尉に、ルーリーは言う。
「なるほどな。やはり世界は広いな。
 ……なあ、タケオ。あの『ジェロシェン』、いや『竜の羽衣』と呼ぶ
べきだな。あれに残っている『ガショリン』――『竜の血』を少し分けて
くれないか?完全に空っぽになったわけではないだろう?『錬金』で
生成できるか試してみたいんだ」
「なんだいきなり」
「意外だな。帰りたくはないのか?さすがにすぐにとはいかないだろうが、
できるころにはイチローも帰ってくるだろうし」
 ルーリーは意外そうな顔で佐々木少尉――武雄を見る。武雄は歩きながら
しばらく考えて、やがて複座零戦の前に着いたとき、武雄は言った。
「そうだな。俺はやっぱり異邦人だ。だが、どうしてそこまでしてくれる?」
「それを言うなら私も旅人だ。その答えは、我が家訓、ということも
あるが、それよりも私個人的な興味と知的好奇心、としておこう。
……それとも、余計なお節介か?」
 急に不安そうな顔をするルーリー。武雄はその不安を打ち消すように
小さく首を振り、頭を下げる。
「いや。余計なことを言って悪かった。そういうことなら、頼む」
 武雄の帝国海軍軍人らしいびしっと背筋が通った一礼。それを見た
ルーリーが戸惑ったような声を出した。
「わわ、どうしてそこで頭を下げる!と、とにかく話は決まったな。
なら、まずは腹ごしらえだ。私も作ったんだぞ。食べてくれよな」
 ルーリーはにこやかに笑って手にしたバスケットを武雄に押しつける。
二人は複座零戦の主翼の下に座り、武雄はルーリーから受け取ったハムと
野菜のサンドイッチを口にする。日本で食べるのとはまるで違う、
やや塩気の強い味。だが、その味は武雄の体に深くしみいるようだった。
「うまいな」
「口に合って何よりだ。まだあるぞ。こっちも食べてみてくれ」

 ――こうして。双月が静かに照らす中。大日本帝国海軍少尉佐々木武雄は、
ここハルケギニアにその第一歩を記した。
 彼はまだ知らない。この先、どんな運命が自分を待ち受けているのかを……



新着情報

取得中です。