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機械仕掛けの使い魔-第08話


機械仕掛けの使い魔 第8話


 決闘から2日後の虚無の曜日。この日はいわゆる”日曜日”であり、学院も休みである。生徒たちはみな、思い思いの方法で休日を謳歌していた。
 学院南側、アウストリの広場の一角で、クロは丸くなって昼寝をしていた。縁側の板張りもいいが、手入れの行き届いた芝生もまた、乙な物である。
と、そこに1つ、影が射した。
「クロ、探したわよ。こんな所でお昼寝してたの?」
「…あぁ、ルイズか。ここの芝生も、なかなか悪くねーからな。ちょっと寝させてもらってたわ」
 召喚して初めて見た、クロの猫らしい部分に、ルイズは微かに笑った。サイボーグと言っても、根本的な部分は猫と同じのようだ。
「んで、オイラを探してたってのは、どーゆー用だ?」
「今日が虚無の曜日、ってのは知ってる?」
「…きょむのようび? 何だそりゃ?」
「平たく言えば、今日は学院がお休みなのよ。だから、私のショッピングに付き合いなさい!」
「何でオイラまで一緒に行かなきゃなんねーんだ? 1人で行きゃいいだろ…」
全く乗り気ではないクロ。隠そうともせずに欠伸を見せつけるが、ルイズはどこ吹く風だ。
「いいから、付いて来なさい! …アンタも、何か欲しい物があれば、買ってあげるから…」
後半は蚊の鳴くような声だったが、クロの耳は聞き逃さなかった。
 ここで、クロは腹から大剣『なんでも斬れる剣(別名:盲腸ソード)』を取り出し、眺めてみた。
「ちょっ! いきなり危ないわね!」
「大丈夫だっての、ちっと考えさせろや」

 この『なんでも斬れる剣』、名前の通り恐ろしい切れ味を誇る。
バスだろうが、ミーの改造車だろうが、宇宙人の円盤だろうが、本当に、何でも斬ってみせる代物だ。
だが、数々の修羅場をくぐり抜けてきたこの剣も、過去3度だけ、折れた事がある。
 大王デパートでのミーとの一騎打ち。桜小学校裏山地下の迷宮。デビル化したミーとの戦闘。
 基本的には前述のようにあらゆる物を斬り裂いたり、ガトリング砲の弾丸を弾いたりと、耐久性にも眼を見張るものがあるが、ちょこちょこ折れているのだ。
先の3例は全てミーの剣だったが、クロの剣も、何かの拍子で折れないとも限らない。

「ふーむ…」
「決闘の時から思ってたけど、その剣だの銃だの、お腹のどこにしまってあるのよ…」
「知らねー」「は?」
 クロからの意外な返答に、ルイズは呆気に取られた。
「…じゃあ、そのお腹は、自分でもよく解んないのに使ってたの?」
「使えりゃ何でもいいじゃねーか。別に困る事もねーし」
ちなみに、なんでも斬れる剣は、盲腸の辺りに収納されている。これが、盲腸ソードとも呼ばれる由縁だったりする。

 なんでも斬れる剣を収め、クロはその場に立ち上がった。
「よっしゃ、オイラも付いて行ってやる。どこまで行くんだ?」
「王都トリスタニアよ。厩で馬を借りて行かなきゃ、2日はかかるわね」
「馬だぁ? 馬でどんくらいかかるんだよ?」
「そうね…ざっと2時間ってところかしら」
再びクロは思案する。往復で4時間。一般的な移動手段が馬しかないとはいえ、さすがにかかり過ぎである。
と言うか、クロの身体では、馬に乗る事など不可能だ。

「ルイズ、馬はナシだ。適当な荷車探して来な」「荷車ぁ?」
 本塔へ向かいながら、クロが言った。
「荷車なんて何に使うのよ。って言うか、アンタどこに行くのよ!」
「馬じゃ埒が明かねぇから、オイラが馬代わりになってやる。オイラは、食料の調達だ」
「馬代わりって…まぁ、解ったわ。じゃあ、準備が終わったら校門で落ち合いましょう」
まるで意味不明な言い分だが、クロの馬鹿力を考えると、あながち不可能な事ではないように思える。
ルイズは素直に、クロの言う通り、適当な荷車を探しに行った。

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 クロが向かった先は、厨房だった。入り口から見る限りでは、誰もいない。
「おーい、誰かいねーか?」
「おぉ、誰かと思ったら『我らの黒猫』じゃねぇか!」
クロの問いかけに答えたのは、コック長のマルトーだった。昼食の仕込みが終わり、厨房の奥で一休みしていたようだ。続いて、シエスタも顔を見せる。
「どうなさったんですか、クロちゃん?」
「いや、これからトリスタニアとか言う場所に行く事になってよ。移動中に燃料切れたら洒落になんねーから、油分けてくんねーかな、って」
「トリスタニアだぁ? ここから馬でも2時間はかかるぞ。何でまたそんな場所に行こうってんだ?」
マルトーの疑問に、クロは肩を竦めてみせた。
「ルイズの付き添いでね。いやはや」
「かーっ、せっかくの休みの日にまでご主人様に尽くすたぁ、使い魔の鑑ってヤツだ!」
なぜか嬉しそうなマルトー。
 決闘騒ぎの後、クロはマルトーを始めとした厨房のスタッフに、『我らの黒猫』と呼ばれ、大いに気に入られた。何でも、傲慢な貴族に一泡吹かせてくれたから、だとか。
その日の夕飯は非常に豪華な料理が振舞われたが、同時にスタッフたちの、貴族に対する愚痴も延々と聞かされ、さらにこの上なく持ち上げられた為、クロとしては複雑な夕食になっていた。
どうやら奉公している身としても、貴族に対しては色々と思うところがあったらしい。

「シエスタ! 適当なビンに油詰めて持たせてやんな!」「はいっ!」
 威勢のいいやり取りから程なく、クロの前に5本の料理用油入りビンが並べられた。1本当り、2リットルは入っていそうだ。
「わりーな、助かるわ」
ビン5本を腹に収納したクロは、マルトーとシエスタに軽く挨拶すると、立ち去ろうとした。そこで、マルトーから提案が出る。
「そうだ、シエスタ。お前も一緒に行ってやったらどうだ?」
「私も…ですか? でも、お昼のお給仕が…」
「休憩に行ってる連中が戻れば、お前一人分の穴くらい、埋めれるさ。ミス・ヴァリエール1人じゃ、買い物1つとっても難儀しそうだしよ」

 貴族の箱入り娘として育ったルイズと、日頃から商魂逞しく育った商人では、商売におけるアドバンテージは、どう足掻いても商人側に偏るだろう。
そうなれば、つまらない商品に大枚をはたいてしまうという事態に発展しかねない。
基本的には貴族に好意的な感情を抱いていないマルトーだが、クロの決闘騒ぎから、その主であるルイズに対しては、少々見方を変えたようだ。

 クロとしても、日頃のルイズの様子を鑑みると、シエスタの同行は願ってもない話だった。
 クロに対しては互いを認めたという事もあり、さほど無茶な事は言わないのだが、変わって相手が同級生――特にキュルケ辺りとなると、途端に素が顔を出す。
一歩間違えればリアルファイトに発展しかねない舌戦が展開され、ルイズとキュルケが顔を突き合わす度、クロは毎度うんざりとしていたのだ。
 仮に買い物中に素が出れば、買い物どころではなくなる可能性もある。そうなれば、クロの目的も達成されないかも知れない。

「シエスタ、オメーも一緒に来てくんねーか?」
「解りました、私でよろしければ喜んで!」
 マルトーの許可とクロの頼み。こうなれば、シエスタに断る理由はない。シエスタは先行するクロに従い、厨房を後にした。

 校門に到着すると、ルイズはもたれかかっていた荷車から離れ、クロに詰め寄った。
「遅いわよっ! いつまで待たせる気!?」
「そんなに経ってねーだろ…」
途端に怒り出すルイズに呆れながらも、クロは荷車を眺めた。3~4人程度なら余裕で乗れそうな大きさだ。作りもなかなか頑丈そうで、悪くない。
「それに、何でシエスタもいるの?」
「えっと、それはですね…」
「オメーとオイラだけじゃ心配だからな。一緒に来てもらうんだよ」
いざ言おうとすると、その理由ゆえに口ごもるシエスタだったが、クロが何でもない事のように後を継いだ。
「ど、どどどどういう意味よ!?」
まるで自分が買い物も出来ないような言い草に激昂するルイズだったが、クロが制する。
「ボッタくられねー自信あんのか? 町人の態度にキレねー自信あんのか?」
「う…そ、それは…」

 ルイズは思い返す。今まで、自分1人で買い物に行った事など、あっただろうか。いや、ない。大体は両親や長姉と一緒だった。
個人の買い物も、屋敷の使用人を引き連れていた。その時、みんなはどうしていた? 両親や長姉なら、その振る舞いから商人たちも畏まっていたが、使用人たちは、いつも商人と交渉し、値切るのが基本だった。
 それが、自分に出来るのか? 正直に言えば、自信はなかった。足元を見られて、安い買い物に大金を注ぎ込まされるのがオチだろう。
 ヴァリエール家の娘として、そんな恥のかき方は、したくなかった。

「解ったわよ…シエスタ、よろしくね」
「はいっ、お任せ下さい!」
 張り切るシエスタ。恐らく平民として、値切り交渉は生きる為の処世術だったのだろう。その目は、これから始まる『平民の戦争』に燃えていた。

 話も付いたところで、ルイズとシエスタは荷車に乗り込んだ。無論、座席などない荷物運び用の代物なので、荷台に直接腰掛けている。
「んじゃ、しっかり掴まってろよ。全力で飛ばすからなー」
 軽く足をほぐしながら、クロが荷車から突き出ている取っ手を握った。
「ホントに馬より速いんでしょうね?」
「あれ、馬じゃなくてクロちゃんが引くんですか?」
疑うルイズと、状況が飲み込めないシエスタ。そんな2人を尻目に、クロは軽く地面を蹴った。ほんの少しの砂埃が舞い、地面が数ミリ削れる。準備は整った。
「それじゃ…行くぜェッ!!」
「馬よりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「重くぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 ルイズとシエスタの台詞は、悲鳴に取って変わった。ギーシュとの決闘の時同様、1歩目からクロがトップスピードで走り始めたからだ。

 クロの叩き出す最高速度は、時速156km。馬と比較すれば、優にその倍に匹敵する。女性2人を乗せた荷車を引いていても、その速度は色褪せず、風竜には及ばないものの、地上を走る生物としては、破格のスピードである。
「す…凄いわクロ! そこらの足自慢の使い魔よりよっぽど速いじゃない!」
「景色が凄い勢いで流れて行きます!」
「喋ってっと舌噛むぞ!」
凄まじい規模の砂煙を巻き上げながら、クロに引かれる荷車は、一路王都トリスタニアへ爆走するのだった。

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 一方、学園にいたキュルケは、暇を持て余していた。親友のタバサは、いつも通り自室で読書に勤しんでいるのだろう。それを、暇だからという理由で邪魔するほど、野暮ではない。
ついでだが、以前同じ理由でタバサの部屋に乱入した際、即座にコモンマジック『サイレント』で、完全にシカトを決め込まれた経験があった事も追記しておこう。

 昼食を済ませ、とりあえず自室に戻ろうとしたキュルケだったが、隣の部屋、すなわちルイズの部屋の様子がおかしい事に気づいた。何やら、声がする。
それだけなら、特に気にする事でもないのだが、明らかにその声は、ルイズやクロのものではない。
 扉越しではよく聞こえないが、男性の声のようだ。しかも、聞き覚えのない声である。好奇心に駆られ、ドアを開けようとするが、ドアには鍵がかかっている。
「ヴァリエールー、いるの?」
試しにノックしてみるが、返事はない。漏れ出る声にも、特に変化は感じられない。ノックとノブを捻る動作の順番が逆に思えるが、気にしてはいけない。
「仕方ないわね…誰か男でも待たせてるのかしら?」
 キュルケは胸の谷間から杖を取り出すと、扉にコモンマジック『アンロック』をかけ、鍵を開けた。やはり反応はない。
「お邪魔するわよ、ヴァリエール」
 ルイズもとうとう、男を誘惑するようになったのか、と密かにその豊満な胸を踊らせつつ、キュルケはルイズの部屋に侵入した。

 部屋に入ると、先程の声が鮮明に聞こえた。だが、ここでキュルケは奇妙な点に気付く。
 部屋には、誰もいないのだ。一通り部屋の中を見てまわるが、人の影はない。
「どうなってるのよ、これ…」
ここで、キュルケは、聞こえてくる声に耳を澄ませてみた。
『お~い…クロ~…。そこにおらんのか~…』
姿を見せない声の主は、クロを探しているらしい。キュルケは耳に手をやり、声の発生元を探す。

 部屋の中を探索し、キュルケは行き当たった。それは、ルイズが普段使っていると思われる、鏡台。その鏡から、声は聞こえるのだ。
「鏡が…喋ってる?」
『おぉ…そこに誰かおるのか…?』
声のターゲットが、キュルケに向いた。明らかに、今のキュルケの言葉に反応していた。力ない口調が、異様に不気味さを掻き立てている。
「あ…あなた誰よ…」
自然と震える声でキュルケが尋ねるが、声はそれに答えない。
『クロはどこじゃ~…。そこにおらんのか~…』
何度もその言葉のみを繰り返す。キュルケの褐色の肌に、一斉に鳥肌が立った。これは、もしかして…。
「たっ、たたったたたたタバサーーーーーーーー!!!!」
 脇目もふらず、キュルケは部屋から飛び出した。今までに遭遇した事のない怪奇現象に、キュルケの理性が吹っ飛んでしまったのだ。

 全力で走り、階段を駆け上がり、上のフロアのタバサの部屋に飛び込んだ。
「たたタバサッ! ????ヴァリエールの部屋がっ!!」
突然の闖入者に驚く風でもなく、タバサは杖を取った。
「『サイレント』はちょっと待って! ヴァリエールの部屋が大変な事になってるの!」
ただならぬ様子のキュルケに、タバサはひとまず杖を置いた。それでも、本からは目を離さない。徹底していた。
「彼女の部屋が、どうしたの?」
「いい、タバサ、落ち着いて、聞いてね?」
自分も落ち着こうと、一言ずつ話す。タバサは第六感で嫌な予感を覚えつつも、次の言葉を無言で促した。

「ヴァリエールの部屋に、幽霊が」「……」
 その瞬間タバサは、キュルケも見た事のないほどの俊敏さで杖を取ろうとした。
しかし、明らかにガタガタと震えていた手では、杖を掴むのもままならず、ひたすら杖の表面を、指が滑るのみであった。
「確認なんて頼むつもりはないから! 『サイレント』はやめてタバサ!」
慌ててタバサに抱きつくキュルケ。そこでようやく、タバサの震えが止まった。さすがのキュルケも、親友を追い詰めるような真似はしたくないのだ。

「詳しくは話さないわ、あなたが怖がっちゃうから」
「…内緒」「解ってるわよ」
 幽霊や妖怪など、オカルトな類は、タバサが最も嫌う分野だった。そういった弱点を、タバサはある理由から、極力他人には知られないように努めていた。
先日の様子から、ルイズとシエスタには知られてしまったかも知れないが、タバサ公認でこの事実を知っているのは、現在ではキュルケのみだ。無論、キュルケもそれを知ってからかったり、周囲に吹聴するような愚かな人物ではない。
「それで、どうするの?」
「私たちじゃ、どうしようもないわ。とにかく、部屋の住人のヴァリエールに知らせた方がいいんじゃないかしら」
唇に人差し指を当て、今後の方策を思案するキュルケ。だが、当の本人であるルイズは、とっくにクロの引っ張る荷車でトリスタニアに出発している。
キュルケも、食堂でルイズの姿を見かけなかった為、行き先は解らないまでも、学院の外に出ている、と当たりを付けた。

 無言のまま、タバサは窓に目をやった。いつの間にか彼女の使い魔、風竜の『シルフィード』が、悠々と翼を広げ、高度を維持したまま部屋の様子を伺っていた。
「学院の外、桃色の髪の生徒と黒猫」
シルフィードに告げ、軽やかにその背に乗る。キュルケも後に続いた。
2人が背に乗ったのを確認すると、シルフィードは大きく羽ばたいて学院の上空まで上昇、そして周囲に目を走らせ、すぐさまある方向――王都トリスタニアへ向け、風を切って飛翔した。

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 キュルケとタバサがトリスタニアへ飛び立ったその10分後。学院前に、1台の馬車が止まった。
「随分と久しぶりね、ここに来るのも」
 馬車から出てきたのは、長身で金髪、逆三角形の眼鏡をかけた美女。古巣を懐かしむような言動だったが、そこに郷愁の念は感じられない。
 彼女がこの学院に来たのは、ある噂を耳にしたからである。
 曰く、『喋る猫がいる』
 曰く、『その猫は2本足で立って、歩いた』
 曰く、『その猫は大きな剣と見慣れない銃を使った』
 曰く、『その猫はドットメイジを圧倒した』

 最初の噂だけならば、彼女も特に気にする事はなかっただろう。メイジと契約を結んだ猫が喋った、という事例なら、過去にいくらでもある。珍しい事ではない。
 続く3つの噂も、聞き流してもいい部類だろう。噂の出所は、貴族とはいえ子供が集まる魔法学院。
常に目新しい話題を求められる環境において、大げさな尾ひれはひれが付くのも、納得は出来る。
 だが、最後に耳に入った噂話が、彼女を突き動かすに至った。

 曰く、『その猫はヴァリエール公爵家の息女が召喚した』

 これにはさすがの彼女も驚きを隠せず、即座に部下に、噂の真偽を確かめるべく指示を出した。
そして、それらの噂話が、極めて信憑性が高いと報告を受けるやいなや、上司へ出張の旨だけを伝え、やって来た、というワケである。

「あのちびルイズったら…一体何を喚び出したというのよ…?」
 ヴァリエール家の息女をして、『ちびルイズ』と呼ぶその女性こそ、ヴァリエール公爵家の長女、『エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール』その人であった。

 …余談ではあるが、エレオノールの乗った馬車は、学院に向かう道すがら、凄まじい規模の砂煙に巻き込まれたのだが、それを引き起こしたのが、件の猫、すなわちクロである事は、今のエレオノールには、知る由もなかった。

 本塔最上階、学院長室で、オールド・オスマンとエレオノールが向かい合っている。エレオノールは噂の真相を確かめるに当たり、まず学院長に話を聞こうとしたのだ。
「誰かと思えばミス・ヴァリエールの姉かい。久しいの」
「えぇ、お久しゅうございますわ、オールド・オスマン」
「お主がこの学院を卒業したのは、何年前だったかのぅ…」
 目を細くし、記憶を掘り起こそうとするオールド・オスマンを、エレオノールが遮った。
「残念ですが、今日は思い出話に華を咲かせるために来たのではありませんの」
にわかに、オールド・オスマンの表情が鋭くなった。
「『アカデミー』の仕事じゃな?」
「ご明察。さすがはオールド・オスマン。まだ衰えていませんのね」
「ふん、何とでも言うがよかろう」
 拗ねたような顔をするオールド・オスマンだが、内心では激しく舌打ちした。

 何の要件もなく、アカデミーの人間が、わざわざ学院まで来る理由などない。となれば、予想されるその要件とは、1つ。ルイズが召喚した、クロの件に他ならない。
まさかガンダールヴのルーンまで知られている事はないだろうが、まかり間違ってクロがアカデミーに連れて行かれでもすれば、後は芋づる式だ。人の口に戸は立てられぬ、と言うが、いくらなんでも噂の伝達速度が速すぎた。
 しかし、1つ気がかりが。アカデミーほどの研究機関が、調査対象の身内を送り込むだろうか。場合によっては、妹の使い魔をバラバラに解剖する事態にまで発展するような案件に、実の姉を派遣などするだろうか。
効率を考えれば、そんな馬鹿な真似はしないはずだ。魔法学院の卒業生、という肩書きで抜擢されたにしても、エレオノール以外にも、魔法学院の卒業生はいくらでもいる。

「それで、アカデミーの人間として、学院くんだりまで来た要件は何じゃ?」
 あえて知らぬ振りをするオールド・オスマン。理由など解り切ってはいるが、こちらから手札を見せるような真似はしない方がいいだろう。
「あら、あなたほどの人物が知らない、などとは言わせませんわ。…ルイズの召喚した、黒猫。ご存知ではありませんの?」
小馬鹿にするような表情のエレオノール。会話のアドバンテージを取ったと思っているのだろうが、そのままの立場を享受するほど、オールド・オスマンも耄碌はしていない。
「おやおや、アカデミーも随分と暇なのじゃな。たかが学院生1人の使い魔を調べさせる為だけに、貴重な研究員を派遣するとはの」
まずはほんの小手調べ。出方を伺う。エレオノールはピクリ、と目尻を釣り上げた。
「確かに、ミス・ヴァリエールの召喚した使い魔が何なのかは、わしの所にも報告が来ておるよ。お主の言う通り、黒猫じゃな」
「えぇ、その黒猫を問題としているのですよ、我々としては」
「じゃが、どこにでもいそうな黒猫じゃと聞いておる。なにゆえアカデミーが動くのか、わしには解らんのぅ」
髭をさすりながら、呑気そうに横目で問う。エレオノールは少し苛立を憶えたようで、早口でまくし立てた。
「そうではないから動いているのです。喋り、2本足で立ち、武器を使い、ドットメイジを圧倒する黒猫など、聞いた事がありますか!?」
 オールド・オスマンは心中ほくそ笑んだ。どうやら、ガンダールヴの事は知られていないらしい。これなら、会話の主導権も握りやすいというもの。

 さらに畳み掛けようと、気だるげに聞いた。
「馬鹿げた話じゃのぅ…。まるで平民の作り話のようじゃ。そんな荒唐無稽な話を信用するほど、アカデミーは暇を持て余しておるのかね?」
引き出しから水ギセルを取り出し、一服。アカデミーそのものを馬鹿にするような態度をとると、エレオノールは臨界突破した。顔を真っ赤にし、握った両拳をプルプルさせる。
(やはりあの頃と変わらんのぅ。妹と同じく、挑発に滅法弱いようじゃな…)

 そして、トドメの一言を放った。
「アカデミーは、動いとらんのじゃろ?」
「…えぇ、そうですとも! 私の独断ですわ、この一件は!」
「やはりの…」
オールド・オスマンの気がかりは、会話の最中、既に確信に変わっていたのだ。
 トリステイン最大の規模を誇る学術組織、アカデミー。確かにその規模と各所へのコネクションは驚異と言えるが、逆に単体で独自行動が出来るほど、行動力がある組織ではない。
何かしらの情報収集を行う場合は、外部の機関に頼る必要がある。
 オールド・オスマンも、独自の情報網を有しているが、それら機関が、アカデミーの要請で活動している、という話は入って来ていない。
つまり、アカデミーはクロの存在に気づいていない。或いは、噂話程度としか捉えていない。アカデミーは、一切動いていない、という事になる。
 であるならば、ルイズの身内であるエレオノールがやって来た事にも、合点が行く。クロを解体するどころか、問題にさえしていないのだ。
むしろ彼女自身が、噂の内容に、妹が心配になって来た、というところであろうか。

「要するに、ミス・ヴァリエールに忠告する為に、ここまでやって来たのじゃな?」
 エレオノールが語った、予想通りの真相に、オールド・オスマンは何度も頷いた。そんな彼をジト目で見ながらも、エレオノールは言葉を続ける。
いつの間にか全てを見透かすこの老人が、彼女は学院在籍時代から苦手なのだった。
「えぇ。今はまだアカデミーも、ルイズの使い魔には何の関心も示していません。ですが、火のないところに煙は立たぬもの。
この調子で常識外れな事を起こし続ければ、いずれはアカデミーも動くでしょう」
「それはあの黒猫次第じゃが…まぁ、わしからも伝えておこう」
感謝します、と答えたエレオノールは、本来の目的を果たすべく、質問を投げかけた。
「それで、その黒猫は本当に、噂通りなのですか?」
「ふむ…」

 オールド・オスマンは、ヴェストリの広場での決闘騒ぎ、その、自分が見た一部始終を話した。
「ま、この老いぼれの言葉を信じるか信じないかは、別じゃがの」
最後に付け加え、美味そうに水ギセルを吹かした。その話の内容と、水ギセルの煙に顔を顰めながら、エレオノールは考える。
 信じるには、やはり荒唐無稽に過ぎる。しかしオールド・オスマンは、こういった件に関しては、嘘はつかない人間だ。信じる他にない。
 と言うか、にわかにその黒猫への関心が強まってきた。常識の範疇を遥かに超える黒猫。一研究者として、興味は尽きない。
解体はあり得ないとしても、その黒猫自身から、何者なのかを事細かに聞いてみたい。

「今はとりあえず、その話を信じます。真偽は、実際にその黒猫に会ってから、ですわ」
「ま、今すぐには会えんじゃろうがな」
「出かけているんですの?」「うむ」
 ほんの1時間ほど前に、学院の門からトリスタニアに向け、大規模な砂煙が起きていた、おそらくルイズと黒猫だろう、とオールド・オスマンが話した。
「あれがその黒猫…」
道すがらに巻き込まれた砂煙を思い出し、眉をひそめる。自分は馬車の中だったから砂煙しか見ていなかったが、あれを黒猫が引き起こしたというのか。
「トリスタニアが目的地なら、戻るのは夕暮れ過ぎじゃろう。どうせ出張とか大嘘ついて来たんじゃろ? しばらく母校を歩いて時間を潰すのも、悪くはなかろうて」
最後の最後まで、自分を見透かされたような感じがして、ぶすくれるエレオノールだった。

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 時間を早朝に、場所をトリスタニアに移し、ここは王立図書館。コルベールは日が昇ると同時に馬を走らせ、ここへやって来ていた。
 司書にマントを軽くつまみ上げて見せ、コルベールは奥へ進んだ。以前と違い、目的は完全に定まっている。わざわざ外部の人間の手を煩わせる事も、無駄に膨大な書物を漁る必要もない。
探すは始祖ブリミルに関する資料のみ。早速『フライ』で書架上方へ浮かび上がったコルベールは、まず5冊ほどの本を取り、閲覧机に向かった。

 学院の図書室よりも莫大な冊数を誇る王立図書館には、やはり始祖ブリミルに関する書物も多かった。しかし同時に、ページが風化しかけている物も多く、肝心のページが読めない本もあった。
それでも、必死に資料を探すコルベール。その目には、エキュー金貨の像が見えていたとか、見えていなかったとか。

「こんな時間から精が出ますわね、ミスタ・コルベール」
「はい…? み、ミス・ロングビル!」
 突然名を呼ばれ、不意に顔を上げたコルベールは、一瞬で顔が深紅色に染まった。机の向かいに、オールド・オスマンの秘書、ロングビルが立っていた為である。
「こ、こここんな所で、奇遇ですなぁ!」
慌てて立ち上がり、にやけながら後頭部を掻くコルベールに、ロングビルは人差し指を立て、唇に当てて見せた。
「しーっ、ここは図書館、無駄な私語は厳禁ですわよ?」
「おっと、そうでしたな…」
とりあえず、直立不動になってみるコルベール。どう姿勢を作ればいいのか、解らなかったのだ。初心である。

 一度書物を書架に戻したコルベールは、ロングビルに誘われ、図書館の近所に建つカフェに来ていた。
2人ともまだ朝食を摂っておらず、またロングビルが、話がある、との事だったので、軽食でも食べながら、となったのだ。
「そ、それでミス・ロングビル。お話というのは…」
向かい合う形で席に着いたコルベールは、相変わらず顔を真っ赤にしながら尋ねた。
 このロングビル、深緑色の髪をアップにして眼鏡をかけており、その整った顔立ちも相まって、正に知的美人といった様相である。
学院の教師陣にも、彼女の隠れたファンは少なくないと言う。そんな彼女と一緒に朝食を摂っている。そのファンの1人として、コルベールが照れるのも、無理らしからぬ話だろう。

「ミスタ・コルベール、宝物庫に入った事はありまして?」
「宝物庫…ですか、どうしてまた?」
「えぇ、『破壊のゴーレム』と『不可思議の箱』なるマジックアイテムがあると聞きまして」
「あれですか…。私も以前、一度だけ見た事がありますが、不思議な代物でしたよ」
「不思議な代物、ですか? 私、魔法の品々には興味がありますの。何か教えて頂けませんこと?」
 コルベールは記憶を探る。だが、それ自体は鮮明に思い出せるものの、どう形容すればいいのかが解らない。それだけ、不思議な物なのだ。
「うーむ、説明のしようがありませんなぁ…。あのような物は、私も過去一度も見た事がないのです、はい」
「それは残念ですわ…」
物憂げな表情を浮かべるミス・ロングビル。途端、取り乱したコルベールは、次の話題を振った。
「宝物庫と言えば! あそこはとても頑丈な構造になっているのは御存知ですかな!?」
「えぇ、扉は重厚な鉄製。閂も錠前も、とても立派なものが使われていますわね」
未だ表情の変わらないミス・ロングビル。吹き出た冷や汗を拭いながら、コルベールはさらに続けた。
「宝物庫は扉もそうですが、外壁にも『固定化』の魔法がかけられているのですよ」
「外壁にも…ですか?」
少し表情が変わる。瞳も期待が宿っていた。この機を逃すまいと、コルベールは知識を披露した。
「それも、どんな魔法が相手でも傷一つ付かないよう、何人ものスクウェアクラスのメイジを呼んで、何重にも『固定化』をかけてあるのです。
この鉄壁の守りを崩すには、並の手段では不可能でしょうなぁ…」
「興味深いお話ですわ。続きを聞かせて頂けません?」
「いいですとも! 確かに厳重な『固定化』がかけられていますが、私が推測するに、1つだけ、弱点がある可能性がありますな」
「あの宝物庫に弱点が? 一体それは?」
「物理的な衝撃、です」
「物理的な力…?」
身を乗り出すミス・ロングビル。これにはコルベールも有頂天になり、もはや歯止めが効かなくなっていた。
勢いのままに、自分の推論を話すコルベール。ミス・ロングビルも、真剣に聞いていた。

「というわけで、私が考えるに、数十メイルクラスのゴーレムが相手では、あの壁もさすがに耐えられないと思うのです、はい!」
 額に流れる汗を拭うのも忘れ熱弁を振るったコルベールに、ミス・ロングビルは満足気な笑みを浮かべた。
「大変興味をそそられるお話でしたわ、ミスタ・コルベール」

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 虚無の曜日たるこの日、普通であればのんびりとした時間が流れるはずであった。
しかし今日は、日が昇り切る頃にして既に、多くの思惑が交錯する日となったのである。



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