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疾走する魔術師のパラベラム-16


エピローグ

   1

 魔法学院の本塔の屋根の上に、一人の少女が座っていた。
 どうやってそこに上ったのか、少女はメイジには見えない。
 少女は、透明な雰囲気の持ち主だった。屋根の上に座って、はみ出した両足をぶらぶらと遊ばせている。数羽の小鳥がその少女にとまり、餌をねだるように擦り寄った。その小鳥たちを見て、少女は「動物はもっと人間を恐れるものよ」と酷薄に微笑む。
「もちろん、人間以外にも恐るべきものはたくさんいるけどね・・・・・・」
 少女の名はシンクロシニティという。
 透けそうなほど白い肌。
 天然の、宝石よりも美しい銀髪。
 屋根の上には相応しくない、やたらとフリルのついた黒いドレスで身を包んでいる。
 その屋根のはるか高空で、人影が閃いた。
 ふっ、と空からまた一人の少女が屋根の上に舞い降りる。
 黒いドレスの少女――シンクロシニティ――は、新たに現れた少女を見て微笑んだ。
「あら、お久しぶり『ルクシャナ』」
 ルクシャナは、エルフだ。
 ハルケギニアにおいてエルフはもっとも恐るべき亜人である。ほかの亜人の先住魔法はおろか、系統魔法をも上回る先住魔法を操るブリミル教の仇。砂漠に住むが故にその情報は少なくハルケギニア、ましてやトリステイン魔法学院の屋根の上にいるなど本来は有り得ないことだった。
 ルクシャナは、なぜか水兵服を着ていた。スカートは短い。ルクシャナはハルケギニアの文化に興味があるらしく、よくこちらの服装を着ている。つり上がった切れ長の淡い水のような瞳に、透き通るような長い金髪は無造作に切り揃えられていた。胸は控えめであるが、それは少女特有の健やかな色気を感じさせる。
 妖精のような雰囲気を持つ彼女の耳はぴんと伸び、人間に比べるといくらか鼻も高い。
「悪魔が目覚めたわ」
 ルクシャナが言った。
「みたいね」
「ふふ、やっぱり蛮人って面白いわ! これなら実験の方も問題は無さそうだし、楽しくなってきたわね!」
 ルクシャナは、くるりくるりと回りハイテンションにはしゃぐ。
 対照的に、シンクロシニティは冷ややかな視線を遠くへ向ける。その先にあるのはトリステインの町並み。
「目の前に広がるのは、巨大な実験場・・・・・・」
 シンクロシニティは微笑む。
 その笑みまでもが冷たい。

「一体、何人残るかしら」

   2

 アルヴィーズの食堂の上の階は大きなホールになっている。華やかな舞踏会はそこで行われていた。
 シエスタはバルコニーにの枠にもたれ、賑わう会場を見ていた。
 会場では着飾った教師や生徒たちがそれぞれの相手と踊ったり、豪華な食事を楽しんだりとそれぞれ楽しんでいる。このパーティは社交の練習という側面も兼ね備えており、気になる異性と少しでも距離を縮めようとしている生徒も見られる。
 実はシエスタも既に何度かダンスの誘いを受けていた。
 今、シエスタが身を包んでいるのは先日、ブルドンネ街で仕立てたドレスである。貴族の令嬢と見間違うほどに美しく着飾ったシエスタをメイドと気づかずに、顔を真っ赤にした貴族の誘いをやんわりと断るのは実に骨が折れる。
 花びらのように広がるスカートにレース。白を基調としたパーティドレスを着た鏡の中の自分は、日頃メイド服ばかり着ている自分とは違う存在のようだった。純白の長い手袋や開いた胸元はなんだか落ち着かない。コルセットの辛さも手伝い、貴族というのも楽ではないとつくづく感じていた。
 メイドの一人がシエスタにワインを届け、そっと耳打ちをしていく。
「似合ってるわよ、シエスタ。そのまま玉の輿狙っちゃいなっ」
「もうっ、からかわないでよ」
 さっきからずっとこんな調子である。舞踏会とはいえ、メイドの仕事が無くなるわけではない。むしろ平時よりも増えるぐらいだ。今頃、厨房は大騒ぎだろう。シエスタはルイズの従者としてこの場にいる。先ほどからこの手の冷やかしが耐えない。
 着慣れぬドレスに身を包み、普段は給仕である自分が同僚たちに給仕されるというのはなんとも言えぬ居心地の悪さだった。
 そんなわけで一応は会場に持ってきたデルフリンガーと共にバルコニーで酒盛りをしているのだった。同僚の持ってきてくれた肉料理の皿とワインを楽しむだけでも、十分に楽しいものだ。
「相棒も踊ってくればいいのに。貴族にだって相棒みたいな別嬪は滅多にいねぇよ? 楽しんで来いよ」
 ワインをグラスに注ぎ、香りを楽しむ。故郷のワインだ。シエスタの故郷のタルブ産のワインは特に上質と名高い。
 久しぶりに味わう故郷の香りと深い味わいは、舌よりも心を楽しませてくれた。
「柄じゃありません。美味しいワインと料理に綺麗なドレス。それに気の良い相棒も一緒にいますしね。私なりに楽しんでますよ」
 バルコニーの枠に立てかけたデルフリンガーは鞘から抜かれ、抜き身で置かれている。剣と美女という組み合わせは声をかけづらいのか、先ほどから遠めから見る生徒はいても声をかける生徒はほとんどいない。
 先ほどまで同じく綺麗なドレスに身を包んだキュルケと歓談していたのだが、パーティーが始まるとさっさと輪の中に入っていった。
 今はたくさんの男たちに囲まれ、楽しそうに笑っている。何人かはシエスタも誘ったが、ダンスの心得も無い自分があの中に混じるのはさすがに躊躇われたので、丁重に辞退した。
 黒いパーティドレスを着てタバサはといえば、今は一心不乱に料理に向かっている。あの体の小さな体のどこに入るのかというほどの量を平らげ、いつ噛んでいるのかというスピードで次々と料理が消えていく。
 ギーシュはいつもとは違い、凛々しい軍服姿だ。フーケに一矢報いたという話はすでに学院長から全校生徒に伝わっている。元々、顔はいいギーシュだ。今もたくさんの女生徒に囲まれている。が始まってからずっとモンモランシーとばかり踊っていた。当のモンモランシーはというと顔を真っ赤にしてステップを間違え、何度もギーシュの足を踏みつけていた。ギーシュは涙目になりつつもモンモランシーをリードしている。どこか二枚目になりきれない辺りがらしいといえばらしいが。
 まぁ、それぞれが思い思いに楽しんでいるようだった。
 ホールの壮麗な扉がゆっくりと開き、ルイズが姿を現した。門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げる。
「ほぅ、ありゃ、大したもんだ! おでれーた!」
 シエスタは息を飲んだ。

   3

 ああいった派手な場は肌に合わない。一応は着飾ってみたものの、舞踏会に出る気もないロングビルは広場を抜け出し、月夜の下で静かに夜風を楽しんでいた。
「パーティを楽しんでおるかの。ミス・ロングビル」
 ロングビルが振り向けば、そこにはいつもより豪華なローブに身を包んだオスマンがワインのグラスを両手に持ち立っていた。
「今日は大変じゃったの。ほれ、タルブ産のワインじゃ。美味いぞい」差し出されたグラスを受け取り、味わう。
 確かに美味い。
「これはありがとうございます。タルブのワインを飲んだのは始めてですわ」
「お口の合えば幸いじゃ。それにしても惜しいのぅ・・・・・・ミス・ロングビルほどの美人が壁の花に徹しておるとは」
 ロングビルがいるのは、パーティの会場からやや離れた中庭である。オスマンはわざわざロングビルを探しに来たらしい。
「それともやはり盗賊は派手な場所が苦手かの? 『土くれ』のフーケ殿?」
「なッ!?」
 咄嗟に杖を抜き、オスマンに突きつける。この狸爺・・・・・・どこまで知っている。
「ほっほっほっ、やめときなさい。偏在じゃよ」
 後ろからオスマンの声が聞こえた。背中に硬い何かが押し付けられた。
『風の偏在』。風属性が対人戦で最強といわれる一つの理由。それは自分の分身を作り出すという反則染みたものだ。あの『オールド・オスマン』が使えたとして、何も驚くことは無い。
 チェック・メイト、そんな単語が脳裏をよぎる。いや、まだだ。まだ諦めるには早い。ロングビルにはまだ隠し玉がある。《P.V.F》というとっておきの隠し玉が。
「とりあえず杖を下ろしてくれんか。自分の姿が串刺しというのは食欲が失せるのでの。こちらにはお主をどうこうするつもりはありゃあせんよ、フーケ殿。その気があるなら、とっくに殺しとる。ま、ワインのおかわりでもどうじゃ?」
 背中の硬いものが外され、手に持つグラスにワインが注がれる。背中に突きつけられていたのはワイン瓶だった。
「・・・・・・私をどうするつもりだい?」
「そんなキツく睨まんでも、爺のちょっとしたイタズラじゃのに・・・・・・どうも受けが悪いの。今日の舞踏会で見せんで正解じゃわい」
 オスマンはいじけた様子でワインを一口飲み、美味いと呟いた。杖を突き付けられてもこの余裕。癪に障る。
「どうもせん、そう言ったはずじゃ。お主が『フーケ』ではなく、『ロングビル』として生きるのならわしもそう接する。それだけじゃて」
 オスマンはどこから取り出したのかチーズを齧り、「おお、こりゃまた美味いの」などと言っている。
「・・・・・・いつから、気づいてた?」
「はて、いつからじゃったかのう。年を取ると忘れっぽくていかん。忘れてしもうたわい。ほれ、わしの『優秀な』使い魔のモートソグニルや。チーズは好きじゃろ」
 オスマンの肩にこれまたいつの間にか小さなハツカネズミが現れ、チーズを齧っている。掴み所が無いとはまさにこういう人間の事を言うのだろう。
「ナッツの方がいいとは・・・・・・モートソグニルも贅沢なヤツじゃわい。こんなにも美味いのにの。フーケ殿もどうじゃ? ワインに良く合うぞ」
「アンタはいったい、何が目的なんだいっ。さっさと言ったらどうだ!」
 思わず差し出されたチーズを払い飛ばす。チーズは地面に落ちずに、新たに現れた三人目のオスマンが受け止めた。『偏在』は術者の能力で出せる人数が変わる。この爺が何体の偏在を出せるのか・・・・・・考えたくも無い。
「わしの目的か? そりゃ美人で有能な秘書を手元に置いておきたいんじゃよ。給金が足りぬなら増やそう。詮索して欲しくないのなら、何も聞くまい。じゃからわしの秘書を続けてくれんかのう、ミス・ロングビル。老い先短い老人の楽しみを奪わんでくれ」
 本当に寂しそうに、オスマンはフーケを見つめた。その瞳は何もかも嘘のようであり、全て真実のようでもある。
 良いように手玉に取られるのは癪だ。しかし、それ以上に魅力的なのも事実。
 自分のプライドと自分の守りたい物を天秤にかけようとして、かけるまでも無い事気付き、言葉が口から飛び出していた。
「・・・・・・給金は今の三倍。年に二回、一週間以上の長期休暇。この二つが条件だよ。・・・・・・ああ、このワインも月に一本頂戴」
「むぅ・・・・・・足元見よって・・・・・・ま、いいじゃろ。ほかに金の使い道もありゃせんしの。わかった、その条件で雇おうミス・ロングビル。ただ、このワインはわしも好物でな。独り占めは良くないの。つまみはチーズでよいかな?」
「・・・・・・私はスモーク・サーモンの方が好きですわ。オールド・オスマン」
 これからもよろしく、そんな思いが込められたか込められて無いかはわからないが、中庭に澄んだ乾杯の音が小さく響いた。

   4

――キレイ。

 陳腐だがシエスタにはそんな感想しか思い浮かばなかった。
一纏めにした艶やかな桃色の髪をなびかせ、ゆっくりと歩く。今夜の主役が出揃ったのを確認した楽士たちが小さく、流れるような優雅な音楽を演奏する。
 呆気にとられていた生徒たちも、その音楽で我に帰りそれぞれのパートナーと踊り始めた。
 ルイズはといえば優雅な足取りでホールを進み、ぐるりと会場を見渡してシエスタと目線がぶつかった。シエスタの姿を見つけたルイズは微笑みを浮かべ、こちらへと歩んでくる。周囲の生徒たちはルイズの美貌とその姿に驚き、声をかける機会を失っていた。
慌ててワイングラスを置き、ドレスを整えてルイズを迎える。
「シエスタ、楽しんでるかしら?」
「は、はい・・・・・・あの、ルイズ様?」
「はっはっはっ! おでれーたぜ、娘っ子! いやぁ、剣の身には舞踏会なんざぁツマンネーって思ってたが、なかなかどうして楽しめるじゃねぇか!」
 カタカタと笑うデルフリンガーに「うるさいわね」と文句を言いつつも、ルイズはシエスタに衣装を見せるために目の前で一回転してみせた。
「どう? 似合うかしら」
 ルイズが身に纏っているのは軍服。ルイズの体格に合わせて仕立て直されているが、その独自のラインは軍のものであった。チーフをタイの代わりにし、上質な黒いマントを華やかなコサージュで留めている。厳格な印象を与えるような軍服でも、もともと美少女であるルイズが袖を通せば、宝石のような煌びやかな雰囲気を放つ。
 未だ幼さを残すルイズの顔立ちもまるで凛とした刃のように凛々しく、そしてそれ以上に美しく見えた。
「な、なぜ男装を?」
 男装自体はそれほど珍しくは無い。仮面舞踏会などの特殊な趣向が凝らされた舞踏会では頻繁に見られる光景であるし、近年はトリスタニアでも女騎士が増え、社交の場では男装をするものも少なくないという。だがもちろん、それらは特例であり、このような舞踏会では女性らしい格好をするのが当たり前だ。
「ふふ、キュルケにうまく乗せられちゃったわ。まぁ、こういうのも悪くないけどね。ね、シエスタ。私、そんなことよりも言ってみたい台詞があったのよ。・・・・・・それはね?」
 悪戯好きの猫のように瞳を輝かせ、花のような微笑みを浮かべた後、ルイズは洗礼された優雅な姿で一礼した。
「レディ、私と一曲、踊っていただけませんか?」
 胸が高鳴るのが止まらない。あまりに速く、大きな鼓動が脳を揺らすようだ。
 顔に血が上ってくるのを感じつつも、コクリと頷くとルイズはクスリと笑い、シエスタの手を取りホールへと向かう。
「こんなダンスなんてしたことありませんよ」
 シエスタは平民だ。そりゃお祭りなどでダンスを踊ったことならあるが、このような舞踏会など初めての経験である。
「私に合わせて」と言って、ルイズはシエスタの手を軽く握る。それだけの仕草さえも美しく、シエスタは手からこの胸の鼓動がルイズに伝わってしまいそうで、気が気でない。
 ゆっくりとぎこちないシエスタの動きに合わせ、二人はゆったりと踊った。
「ねぇ、シエスタ。ありがとう」
「何がでしょうか?」
「私の傍にいてくれる事を選んでくれて」
 ルイズは軽やかに、優雅なステップを踏みながら、そう呟いた。
「いきなりどうしたのですか?」
「今まで、ずっと一人だと思ってた。自分は『ゼロ』だって・・・・・・自分に自信なんて無い、あるのは劣等感だけよ。それでも私は、私の誇りを嘘にしたくなかったのよ」
 それからルイズは、少し俯いた。
「ねぇ、後悔してる?」
「いえ、後悔なんてしてません。私はルイズ様の従者です。たとえルイズ様が一人になったとしても、私は貴女に付き従います」
 そう・・・・・・と呟いて、ルイズとシエスタはしばらくの間、無言で踊った。互いに口は開かなかったが、繋がる手はなんだかそれ以上の想いを伝えてくれる。そんな気がする。
 それからルイズは僅かに頬を染め、シエスタの瞳を見つめながら思い切った様子で口を開いた。
 ありがとう。
 多くの言葉は要らない。それだけでルイズの心は伝わった。
 やがて楽士たちがテンポのいい曲を奏で出す。シエスタも徐々に緊張がほぐれ、楽しくなってきた。
《パラベラム》となった自分たちには、これから様々な困難が待っているかもしれない。それでも。
 今はこの時を楽しもう。
 今日のルイズは可愛い。それだけで十分な気がした。
「私はずっと傍にいますよ、ルイズ様」
「どうして?」そこまで、という言葉は飲み込んだのを感じた。
「それが私の誇りですから」
 シエスタはそう言って、ルイズに笑いかけた。
 愛する人の傍に立ち、そして守り続ける。
 祖父がそうしたようにシエスタもまた愛する人の為に戦おう。それはきっと、誇るべき事だとシエスタは思う。
 そして自分の全てを捧げ、戦うに値する素晴らしき主はここにいる。

 舞踏会の夜に、二つの月明かりが照らす幻想的なバルコニーで二人の《パラベラム》がずっと踊っていた。
 軽やかなリズムを刻むルイズ。
 僅かに頬を染めながらそれに合わせるシエスタ。
 周りの目もだんだんと気にならなくなり、二人の踊りと音楽は夜の闇に融けてゆく。




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