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機械仕掛けの使い魔-第07話


機械仕掛けの使い魔 第7話


 クロとの2度目の契約後のルイズは、見違えるほど気力が充実していた。どこにそんな力があったのか、と思わせる速さで、教室の掃除を進める。
「ふぇー…。やるじゃねーか、ルイズ」
「当たり前よ! 今回は…いえ、今回も失敗したけど、その尻拭いも満足に出来ないんじゃ、先に進む事なんて出来ないわ!」
 その瞳には炎。泣いた烏がもう笑った、とは言い過ぎであろうが、それほどの変わり様だった。
「まぁ、そんくらいじゃねーと、オイラも張り合いがねーな」

 心の加速装置を全開にしたルイズの活躍もあり、掃除は昼食前に何とか完了。そして今、ルイズとクロは、昼食を摂るために、食堂へ向かっていた。
「今から向かうのは、アルヴィーズの食堂。本来なら使い魔は入れないんだけど、私が掛け合って、アンタの分も用意してもらうわ」
「アルヴィーズって…何だ?」
「小人の名前よ。食堂の壁に彫像が飾ってあるの」
「学校の彫像…二宮金次郎みてーなもんか?」
「ニノミヤ…誰よそれ?」「気にすんな、こっちの話だ」
 二宮金次郎といえば、クロのいた世界に限らず、我々の世界でも非常に有名だ。本人は働きながらも勉強を怠らない勤勉家として。そしてその銅像は、夜な夜な動く学校の怪談として。
 ちなみに、アルヴィーの彫像は、夜中になると動くどころか踊り始めるらしいのだが、それはここで語る事ではないだろう。

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 食堂に入ると、まず目を引くのは長大な3つの机だ。1つの机には椅子が100席ほど並んでいる。限られた食堂の面積で、学院の生徒全員の席を準備するには、最も効率が良い配置なのだろう。
その机に料理を運ぶ給仕たちの苦労は、推して知るべし、であるが。
 そして壁を見ると、なるほどルイズの言う通り、様々なポーズを取る小人の彫像が、大量に並んでいた。
コレが一斉に踊り始めるとなると、二宮金次郎以上のホラーだろう。

「コレが…昼飯だってのか?」
「えぇ、そうよ。それじゃ、アンタの分の食事も用意してもらうよう頼んでくるから、待っててね」
 給仕の控えている厨房へ行ったルイズを見送ったクロは、長卓に並ぶ昼食を眺め、目を丸くした。
 どう見ても、昼食という量ではない。貴族という身分である以上、その質は問うべきではないのだろうが、量に関しては完全にツッコミの余地がある。
と言うか、クロから見れば、「ツッコんでくれ!」と言わんばかりであった。
 ローストチキンの居座る大皿がいくつも並び、各席の前には4種類のパン、スープ、前菜、ワイングラスが置かれている。
恐らく、この後もさらに料理が運ばれてくるのであろう。
「こんなモン毎日食ってんのか、ここの連中は…」

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。ささやかな糧を我に与えたもうことを感謝いたします」
 厨房から戻ってきたルイズが席につき、ややあって、生徒がみな手を組んで、食前のお祈りを始めた。
(コレがささやかなら、オイラの昼飯は残飯以下なんだろーな…)
クロの席は、ルイズの隣に急遽用意された。そこに並ぶのは、他の生徒と同じ4種類のパンと、野菜や肉の入ったシチュー。
昼食直前だった為、他の生徒と同じ料理を用意するのは、さすがに不可能だったらしい。しかし、朝に10皿以上の食事を摂っていたクロとしても、あれほどの量の出されてもどうしようもなかった。
むしろ、シエスタが気を利かせて用意してくれたのであろう、ワイングラスに注がれた料理用油が、何よりもありがたかったのだ。


 早々にパンとシチューを食べ終えたクロ。ルイズの食事を見ながら、3杯目の料理用油を空けていた。
「アンタ…それ油でしょ? よくそんなモノ飲めるわね」
「一番、じゃねーけど、オイラにはご馳走なんだぜ?」
ワイングラスで揺れる、ドロッとした料理用油に、ルイズは胃の辺りにムカつきを覚えていた。
そして平気な顔でそれを飲み干すクロを、信じられないといった目で見るのであった。

 食事を終え、デザートが運ばれてくる頃に、事件は起きた。
「おいルイズ、ありゃ何だ? 何かのイベントか?」
「人がずいぶん集まってるわね…何かしら?」
 2年生の座る中央の長卓、その中程で、人だかりが出来ていた。ルイズたちの座る位置からは、その輪の中の様子は見えない。
「なーんか、面白そーだな…」
椅子から飛び降り、生徒たちの足元をすり抜け、輪の最前列に入るクロ、そこで見たのは、ふんぞり返る金髪の巻き毛、開襟シャツ、手にバラを持った生徒と、その生徒にひたすら頭を下げるシエスタの姿だった。

「君が無粋な真似をしてくれたおかげで、2人のレディの名誉が傷ついてしまった。どう責任を取る気だい?」
「本当に申し訳ありません…」
 よくよく金髪の生徒の顔を見ると、その両頬にモミジが描かれていた。耳を済ませると、輪を作る生徒の囁きが聞こえる。
「ギーシュ…二股…」「メイドに…八つ当たり…」「女たらし…」
囁きの内容を要約すると、こうなる。
シエスタが何かをした事で、ギーシュという生徒の二股が発覚した。結果、二股をかけられた女生徒2人から、ギーシュはビンタの制裁を受け、周囲の笑いものになった。
そして今、彼はその憂さを晴らすために、シエスタに詰め寄っている、と。

「おい、二股野郎!」
「何っ?」「えっ…?」
 金髪の生徒『ギーシュ・ド・グラモン』にとっては聞き覚えのない、だがシエスタには聞き慣れた声が、足元から聞こえた。
「情けねぇと思わねーか? 男が女に当り散らすなんてよ!」
「クロちゃん!? なんて事を言うんですか!」
声の主に小走りで寄り、大急ぎでその口を塞ごうとする。だがクロはその手を跳ね除け、なおも続けた。
「何かと思えば痴話喧嘩かよ。二股バレて騒ぐなんて、みっともねーぜ?」
嘲笑うように言葉を紡ぐクロ。周囲の生徒たちも、クロのおちょくりにドッと沸く。ニヤニヤ顔のクロとは裏腹に、ギーシュの顔は、怒りで赤く染まっていった。
「喋る猫…君は確か、『ゼロのルイズ』の使い魔だったな?」「あ?」
 ギーシュが、くつくつと笑いながらクロを睨みつける。
「喋る猫。驚いたよ、全く。だがそれだけじゃないのかい? 『ゼロのルイズ』の使い魔の君は!」
歪んだ笑みを浮かべるギーシュ、対照的に、クロの顔から、笑みが消えた。
「傑作の主従じゃないか! 主は魔法成功率0! 使い魔も非力な猫!」

 俯き、ゆっくりと立ち上がるクロ。その表情は、見下ろす形となっているギーシュからは読み取れない。
周囲の、クロが2本足で立てる事実を知らない生徒たちは驚きの声を上げるが、そんな声に構うつもりなどない。
「おい…もっぺん言ってみろや…」
「何度でも言ってやるさ! 君たち主従は、どうしようもない『ゼロ』だとね!」
 キザったらしいポーズと共に、決定的な一言が放たれた。クロは無言のまま、ゆっくりと、顔を上げた。
「アッタマ来た…。上等だてめぇ、表に出やがれッ!」
こみ上げる怒りを隠そうともしない、般若の如きクロの顔。その顔にギーシュは一瞬たじろぐも、即座に落ち着き、ポケットからバラの造花を取り出した。
「いいだろう! 先程から思っていたが、君は貴族に対する礼を知らないようだ。この僕が『ゼロのルイズ』に代わって躾てあげよう! ヴェストリの広場へ来たまえ!」
 そう言い残し、華麗な足取りでギーシュは食堂を去った。周りの使徒たちは嬉々とした顔でその後を追い、未だ憤懣やるかたないクロ、そして青ざめるシエスタが、その場に取り残された。


「ちょっとクロ! アンタ何してんのよ!」
 輪の外側にいたルイズは、ようやくといった様子で駆け寄って来た。
「クロちゃん、あなた…殺されちゃいます…」
ガタガタと震えながら口元を抑えるシエスタ。そんな2人を無視し、クロはギーシュたちの後を追おうとした。
「クロ、待ちなさ…」「まず1つ」
ルイズの静止を遮り、クロが人差し指を立てた。
「シエスタにゃあ、朝に受けた恩がある。そいつを返す」
立てた人差し指を、シエスタに向けた。
「2つ目、アイツはオイラだけじゃなく、ルイズも馬鹿にした。反撃は、真っ当な、オイラの仕事だ」
親指を伸ばし、シエスタに向けていた人差し指をルイズの方へ動かし、続いて、親指でクロ自身を指した。
「そして3つ目…同じ男として、アイツにゃ我慢がならねぇ」
最後に突き出された中指を、親指、人差し指とまとめて、食堂の出入口に突きつけた。
「…ってワケだ。適当に焚き付けて怒らせるつもりだったけど、逆になっちまった。ちょいと行ってくるぜ」
「だからクロ、待ちなさいっての!」
 慌ててクロの肩を引っ掴むルイズ。しかしその歩みを止められるほどの力は、ルイズにはなかった。委細構わず、ずんずんと前進するクロ。
「確かにアンタは馬鹿力を持ってるわ。私もそれは知ってる。でもそれだけじゃ、メイジには勝てないのよ!」
「そうです! 本気のメイジが相手では、いくらクロちゃんでも…!」
ルイズとシエスタが、クロの正面に回りこんで詰め寄った。シエスタなどは、目に涙まで浮かべている。
「恩を売った覚えなんて、私にはありません! だから…ミスタ・グラモンに謝って下さい!」
「今ならまだ、ギーシュだって聞いてくれるはずよ。だから、さっさと謝っちゃいなさいって!」
「やなこった」
ルイズとシエスタの願いに対し、クロは頑として譲らなかった。そして、ルイズの瞳を見つめる。
「ルイズ、ちったぁ自分の使い魔を信じてみろや」
ニヒルに笑うクロ。ルイズはただ、クロの瞳を見返す事しか出来ない。
「オイラは、オメーが召喚した使い魔だろ? そのオイラが、あんなクソガキに負けるとでも思ってんのか?」
「それは…」
「いーから、オメーらは黙って見てな。それに…」
表情が、徐々に変わっていく。その顔は、召喚直後に見せた、喜悦に満ちたものだった。

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「諸君! 決闘だ!」
造花のバラを頭上に掲げたギーシュが、高らかに宣言する。周りには、すでに人だかりが出来ていた。
「2年生のギーシュが決闘するぞ! 相手は『ゼロのルイズ』の黒猫だ!」
 貴族として上品な振る舞いを求められる彼らは、暴力的な欲求が満たされる場を求めていた。今回の決闘は、まさにその欲求を満たす格好のイベントだ。
ゆえに、ヴェストリの広場に集まっていた観衆は、普段の上品さを忘れ、この見世物に期待を寄せていたのだった。

 その輪から、やや離れた一角に、キュルケとタバサは陣取っていた。
「ねぇタバサ、どっちが勝つと思う?」
読んでいる本から目を離さず、タバサが答える。
「解らない」
「あら、私はクロが勝つと思うんだけど」
「単純な力勝負なら、ギーシュは勝てない。でも」
言いつつ、タバサが杖を軽く振る。
「クロは魔法を使えない」
それは暗に、この世界において魔法が絶対的な力を持っている、という事実を示していた。



「おーおー、すげぇギャラリーだな」
 観衆の足元を縫って、クロが広場中央に到着した。トリステイン魔法学院の北側に位置する、火の塔、風の塔、本塔に囲まれたこのヴェストリの広場は、本塔が影になって、昼間でも薄暗い。
そのロケーションがまたアンダーグラウンド的な雰囲気を醸し出し、観衆はより一層、この空気に酔っていた。

 10メイルほどの間合いでギーシュと向かい合い、すっくと立ち上がるクロ。腰に手をやり、ギーシュを睨みつける。
「そう怒らないでくれたまえ、猫くん。これは暇つぶしの、単なる余興なのだから、ね」
「御託はいらねぇ。ルールはどうなってんだ?」
「これは驚いた。猫にもルールの概念があるとはね」
 大げさに肩を竦めながら失笑するギーシュ。周りの生徒達も笑っていた。
「ルールは簡単だ。僕がこのバラを取り落とすか、「参った」と言えば君の勝ち。君が「参った」と言えば、僕の勝ちだ。どうかね?」
「ずいぶん余裕じゃねぇか、オイラが死ぬまで、じゃなくてよかったのか?」
「誤解しないでほしいな。この決闘は、あくまでも君の躾だ。殺すつもりなどないさ」
 クロの感じた通り、ギーシュは余裕を隠そうともしない。それもそうだろう。これから戦うのは、ただ喋るだけの猫なのだ。
そして自分は、ドットクラスとは言え、メイジ。負ける要素など何1つない。
 だが、ギーシュは1つだけ忘れていた。召喚直後に、クロが雄叫びをあげながら、何をしたか。そしてそれが、ギーシュにとって致命的な見落としであった。

「では、始めようか」
 華麗な挙動でバラを振るギーシュ。その花びらが一枚、ゆらゆらと宙を舞い、ギーシュのすぐ横の地面に落ちた。すると、その花びらが光り輝き、人間大の”何か”に変化を始めた。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
“何か”が、その輪郭を顕にしていく。2本足で手があり、頭がある。大まかな形状は、正しく人間だ。だがそれだけではない。全身の至る箇所が、尖り、丸まっている。
そのいずれもが、人体ではありえない部分だ。
「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお――ガァンッ!――相…手す…?」
 ギーシュの台詞が終わろうとする瞬間、耳をつんざく破裂音が、ヴェストリの広場に響いた。そして同時に、ギーシュのすぐ横で、何か金属質の物が砕け散る音が。
 観衆も一様に、何が起きたのか解らない、といった顔だ。だが、結果だけは解る。その目に、しっかりとその結果が刻み込まれているから。
 ギーシュが恐る恐る、自分の左手側――ワルキューレの立っている側に視線を向けた。そこにあったのは、首から上が綺麗に吹き飛ばされた、ワルキューレの姿だった。

 この場において、一番混乱していたのは、ギーシュだった。ワルキューレを錬金したと思ったら、破裂音と共にその頭が吹き飛ばされていたのだ。
「な…何をしたっ!?」
「何って…なぁ? オメーが魔法を使うように、オイラも『武器』を使っただけだぜ?」
ギーシュがクロを見やると、その右腕には、以前に見た覚えのある、鈍い緑色の円柱が装着されていた。その際には見えなかったが、円柱の上面、ギーシュの側に向いている面には、5つの黒い穴が空き、その1つから煙があがっている。
 クロは、ギーシュのワルキューレが完全にその姿を表した瞬間、目にも留まらぬ速さで腹部から緑色の円柱――ガトリング砲を取り出し、ワルキューレの頭部に向けて、1発撃ち込んだのだ。
「柔けぇな、そのガラクタ。まさか1発で頭が吹っ飛ぶとは思わなかったわ」
「銃を隠し持っていたのか…だが、その大事な1発で頭しか壊せなかったのは、残念としか言いようがないね!」



 強がりながらも、ギーシュは内心冷や汗をかいていた。
 普段の行動やその服装からは信じられないが、ギーシュは武門の誉れ高い、グラモン家の四男。
一家の英才教育もあり、恐らくこの学院においては、戦略を始めとした戦の知識に関して、彼の右に出る者はいないだろう。
 そしてその知識は、メイジ同士の戦に限定したものではない。平民が使う武器、すなわち刀剣類や弓、銃に関しての知識も豊富であった。
ゆえに、クロの使用した銃に、驚きを禁じ得なかったのだ。
 クロの銃は、この距離で、ワルキューレの頭部を破壊して見せた。ここから得られる仮説は2つ。
 1つは、通常より多く込めた火薬によって、この距離でも威力を落とさなかった弾丸が、たまたまワルキューレの頭部に命中した。
 もう1つは、クロの持つ銃が、常識では考えられない破壊力と命中精度を有している。
 前者の場合、下手をすればワルキューレではなく、ギーシュに命中していた可能性もある。ハルケギニアの銃は、中距離以遠では命中精度がガタ落ちになる代物なのだから。
そして後者の場合、あの1発がギーシュではなくワルキューレを狙って放たれた事に、安堵する他ない。何しろ、攻撃する瞬間が見えなかったのだ。
下手をすれば、頭を吹き飛ばされて死んだ事にも、気付けなかったかもしれない。
 いずれにせよ言える事は1つ。1発だけだとしても、あの銃は規格外の破壊力を持っており、ともすれば自分は死んでいた、という事だ。

 対するクロも、心中では顔を顰めていた。
 青銅製のワルキューレに対し、ガトリング砲は威力が高すぎるのだ。例え6000発の装弾数を誇るガトリング砲も、いつかは弾切れを起こす。
弾薬の補給が期待できないこの世界において、無駄な発砲はご法度と言えよう。
 ワルキューレとの戦闘は、その顕著な例である。とてもではないが、この程度の防御能力しか持たない相手にガトリング砲をぶち込むなど、まさに弾の無駄遣いだ。

「ま、オメーのそのガラクタも、まともに準備出来てなかったみてぇだしな。詫び代わりだ、1発待ってやんよ」
 腹部にガトリング砲をしまうと、「おいでおいで」のジェスチャーを見せるクロ。
あまりにも自身を舐めたような態度を取るクロに、冷や汗も忘れ、ギーシュの怒りは頂点に達した。
「猫ごときが…貴族たるこの僕を舐めるのかぁッ!!」
裂帛の気合と共に、ギーシュはバラを振るった。その気合に応えるように、頭を失ったワルキューレが、凄まじい速度で跳び出した。
「へー、頭吹っ飛んでも動けんのか。すげぇな」
手にした青銅の剣を振りかぶり、クロに肉薄する。宣言通り、近づかれてもクロは動かない。その様子に、ルイズやシエスタを含む観衆たちは息を呑んだ。
このままではワルキューレの手にかかり、クロは真っ二つにされてしまう。
「だけどよ――」

  ガキィィンッ

 金属の砕ける音がこだまする。観衆は青銅の剣が振り下ろされる直前、避けられない凄惨な光景を見ぬよう、目を逸らした。
だから、その瞬間を見たのは――驚愕に顔を歪ませるギーシュのみであった。
「――青銅じゃ、オイラは殺せねぇよッ!」――ザンッ!――
クロの一喝に、観衆が広場の中央に目を向ける。そこには、どこに隠していたかも解らない、身長の優に2倍はある剣を下から上に斬り上げた姿勢のクロと、
中程から砕けた青銅の剣を持ち、身体の中心線から綺麗に真っ二つにされ倒れ伏す、ワルキューレ”だった物”、があった。

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 クロがワルキューレを切り捨てたほんの少し前、コルベールは1冊の本を小脇に抱え、本塔最上階にある学院長室へ急いでいた。

 クロの左手に刻まれたルーンを書き写したコルベールは、そのまま図書館に篭もり、該当するルーンを調査していたのだ。
コルベール自身は、使い魔のルーンに関する書物を漁り、必死の形相の彼に渋々協力を承諾した司書は、あらゆる生物、幻獣、魔獣についての書物のページをめくっていた。
 しかし、夜通し行われた調査にもかかわらず、どちらにも該当する記述は見つからない。過去、そのようなルーンが使い魔に刻み込まれた記録はないし、喋る猫に該当する資料も見つからない。

「ミスタ・コルベール、図書館内の資料は全て目を通しましたが、あなたの仰る…喋る猫、ですか? そんな存在は載っていませんでしたよ」
 欠伸を隠そうともせずに、『レビテーション』で書架上部の本を取り出しているコルベールに報告するが、彼は聞く耳を持たないようだ。開いている書物に、目が釘付けになっている。
「ミスタ・コルベール…?」
司書が訝しむが、どこ吹く風だ。ただただ、ある見開きページと、その前後のページを繰り返し読んでいる。

「これは…一大事だ!」
 音もなく着地したコルベールは、本を閉じ、すぐさま図書館を出た。
「あっ、ミスタ・コルベール!? ちょっと待って下さいよ!」
司書の静止も、もはやコルベールの耳には届かない。コルベールの探し当てた書物――始祖ブリミルの使い魔たち――には、彼の最悪の予想を塗り替える事実が記載されていたのだから。

 そして今、コルベールは学院長室の前に立っていた。中がやや騒がしいが、収まるまで待つのももどかしい。コルベールはノックもそこそこに、学院長室に跳び込んだ。

「オールド・オスマン! 失礼しますぞ!」
 ドアを開け、まず目に入る正面の執務机には、誰も座っていない。視線を横に向けると、秘書が頭を抱えて蹲る老人に、何度も蹴りを入れていた。
「おや、ミス・ロングビル。またオールド・オスマンが何か?」
ミス・ロングビルと呼ばれた秘書は、コルベールの姿を認めると蹴る足を止め、息とやや乱れた服を整えた。
「いえ、食後の軽い運動ですわ、ミスタ・コルベール」
「わしはサンドバッグか何かか…?」
 腰を摩りながら、情けない格好で蹴りを受けていたオールド・オスマンが立ち上がる。深い皺が刻まれた顔が、彼の生きてきた年月を物語る。
100歳とも、300歳以上とも言われているが、真偽の程は定かではない。
と言うか、本人が記憶しているかどうかさえ、謎である。

 ほんの少しホンワカしたコルベールだったが、要件を思い出し、また先程までのように慌て始める。
「そんな事よりオールド・オスマン! 大変な事が起きました!」
「わしがサンドバッグにされておるのは、君にとっては小事なのかの…。まぁよい、全ては小事じゃ、落ち着きなさい」
「落ち着いてなどいられません! ここ、これをご覧下さい!」
コルベールが差し出した書物のタイトルを確認したオールド・オスマンは、うんざりしたような顔を作った。
「『始祖ブリミルの使い魔たち』とは…また随分と古臭い本を持ってきたもんじゃて。この部屋が埃臭くならんかのぅ…」
わざと咳払いし、手で顔の前の空気を払うようなジェスチャーを見せる。
「そのような冗談を言っている場合ではありません! このページを…!」
開かれたページを見やり、長い白鬚を撫で付けるオールド・オスマン。これがどうした、と言わんばかりの表情だが、
続いてコルベールが差し出した、クロのルーンのスケッチを見ると、その目付きが険しい物に変わった。
「ミス・ロングビル。席を外しなさい」
 威厳を感じさせる言葉を受け、ミス・ロングビルが席を立ち、学院長室から出て行った。それを見届けると、改めて口を開いた。
「詳しく説明するんじゃ、ミスタ・コルベール」



 コルベールは、クロの召喚からここに到るまでの全てを話した。
喋る猫、狂戦士の目、ルイズとの契約、そしてその結果、書物に描かれているルーンが刻まれた事を。
「にわかには信じられん話じゃが…」
「確証はありません。ですがあの目は、危険な瞳を宿していたように思います」
「それは、『炎蛇』としての勘かの?」
コルベールの顔が曇る。オールド・オスマンは苦笑しながら、コルベールの肩を叩いた。
「や、すまんかった。その名前はもう、捨てたのじゃったな」
「捨てても捨てられる物ではありませんが…お気遣い、感謝いたします」

「しかし、よりによって『ガンダールヴ』とはのぅ…」
 しばしの沈黙を破ったのは、オールド・オスマンだった。
「始祖ブリミルの盾、あらゆる『武器』を自在に操る伝説の使い魔、神の左手…」
「オールド・オスマン、この件に関しては、王室に判断を委ねるのが最善かと思われますが…」
 現代に蘇った伝説の使い魔『ガンダールヴ』。これだけならば、コルベールも諸手を上げて喜んでいただろう。
しかし、そのルーンが刻まれたのが、狂戦士の目を持つ猫となると、そのような気も失せる。
伝説まで格上げされた使い魔の力が、どれほどの災厄を持たらすか、解ったものではない。
「いや、この件はわしが預かる」
「学院で処置する、という事ですか?」「うむ」
 窓の外を見やるオールド・オスマン。この老人には、解せない部分があったのだ。
「話を聞く限りでは、喋るとは言え、相手はただの猫ではないか。それほど目くじらを立てる必要もあるまいて」
「ですが…」
「まだ静観の時期じゃろう。話が通じるのであれば、理性もあるはずじゃ。今の段階でかの猫の処分を考えるのは、時期尚早ではないかね?」
 立て続けに起こった出来事で、自身も焦ってしまっていたのだろう。コルベールは、落ち着き払ったオールド・オスマンの背中を見ながら、1つ深呼吸した。

 コンコン、とノック音。
「ロングビルです。生徒たちに少々問題が発生した模様です」
「入りたまえ」
ドアを開け、ロングビルが入室した。問題が発生した、という割には落ち着き払っている。
このように常に冷静でいられるようにありたい、と、コルベールは心中で呟くのだった。
「問題というのは何じゃ?」
「ヴェストリの広場で、生徒が決闘騒ぎを起こしました。教師陣が数名止めに入ろうとしたようですが、殺到している生徒たちに阻まれて、どうにもならないようです」
「決闘とは穏やかじゃないのぅ…。騒ぎの中心は誰じゃ?」
「1人はギーシュ・ド・グラモン。2年生のドット・メイジです」
「あぁ、グラモン家のバカ息子か。親父に似て女好きなようじゃが、それが高じてこの騒ぎかの。して、相手は?」
 ここで、ロングビルが言い淀んだ。何と報告すればいいのか解らない、といった様子だ。
「それが…生徒でも、平民の使用人でもなく、ミス・ヴァリエールの使い魔の黒猫です」
ピクリ、とコルベールの耳が動いた。しかしそれ以上は表に出さない。深呼吸の効果だろうか。
「教師陣は決闘を止めるために、『眠りの鐘』の使用許可を求めていますが…」
オールド・オスマンの目が、コルベールの目と合う。互いに同じ意見と認め、頷く。
「アホか。たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使う必要などなかろうが。放っておきなさい」
「解りました」
 再び、ロングビルが部屋を出たのを確認し、オールド・オスマンは杖を振るった。その場の空間に、ヴェストリの広場の様子が映し出される。
「さて、お手並み拝見と行こうかの」

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 転がるワルキューレの残骸を足で払い除け、クロがギーシュにゆっくりと近づく。
「これで終わり、ってワケじゃねぇよな? もっと楽しもうぜぇ?」
その顔は、召喚されて初めての戦闘の、悦びに歪んでいた。
「きっ、貴様…、その剣はどこから…!」
 生徒たちは歓声を上げるわけでも、罵倒するわけでもなく、ヒソヒソとクロの剣に憶測を並べるだけだった。
剣を錬金しただの、芝の中に隠していただの、腹から引き抜いただの…。
 正解は3つ目の、『腹から引き抜いた』なのだが、ここで疑問が生じる。クロの腹のどこに、あんな長大な剣を収納していたのか――
「”ここから”、だぜ?」
クロが自分の腹を指さすと、その部分が『カシャンッ』と音を立てて四角く開いた。中には、漆黒の闇が広がっている。
その闇に、クロは手に持った剣を2、3度出し入れした。その合間に、先程使ったガトリング砲も出し入れしていた。
「さて、どうすんだクソガキ。膝が笑ってるぜ?」

 ギーシュは、ようやく理解した。この猫は、ただ喋るだけの猫ではない、と。
青銅の剣が頭に当たったのに、逆に剣が砕けてしまったり、腹が開いて剣だの銃だのが出てくる猫など、いるわけがない、と。
 ゆっくりと、ニヤニヤ笑いながら歩み寄る黒猫に、大鎌を担いだ死神の姿が重なる。ギーシュの理性が、弾けた。
「うわぁぁァぁぁァぁッ!!」
恥も外聞もなく、無様にバラを振り、6体のワルキューレを錬金した。手駒はこれで打ち止め。
そもそも、青銅で出来たワルキューレが何体束になってかかろうと、勝てる見込みは0に近いと、弾けて粉々になったほんの僅かな理性が語るが、そんな事は関係ない。
ギーシュにはもう、こうするしかなかったのだ。
「そうそう、そう来なくっちゃ…なあッ!」
対するクロは、破壊対象がさらに増えた事に悦びを隠そうともせず、大剣を構え、ワルキューレたちの懐に跳び込んだ。
その左手に刻まれたルーンが、煌々と輝くのに気づかぬまま。

 そこから先は、クロによるワルキューレの解体ショーだった。
 真ん中のワルキューレを、動き出す前に右肩から左腰にかけて袈裟斬りに両断、返す刃で、左肩から右腰へ切り裂いた。
ようやく動き出したワルキューレがクロの右側に回り、青銅のハルバード突き出すが、跳躍してかわすと、その上に着地。ハルバード上を駆けて、その勢いのままに飛び蹴りで頭部を砕き、振り返りざまに縦に一刀両断。
隣にいたワルキューレが、振り返りながらハンドアックスを振り下ろすも、刃を中程から、胴体ごと両断され、その場にくずおれた。
 残りの3体がクロを包囲するが、1歩目で最高速度に達したクロは、速度を乗せた大剣で正面のワルキューレの胸を突き刺し、高らかに持ち上げると、他の1体に全力でぶつけた。
残像さえ見える速度で叩き付けられ、2体が完全に砕け散る。もはや原型は留めていない。
最後の1体がクロの背後から果敢に挑むが、振り返りながら放たれた斬撃によって腰の辺りを両断され、さらに目にも留まらぬ速度で何度も振るわれた大剣により、細切れにされてしまった。
 全てのワルキューレが、10秒程度の短時間で、ヴェストリの広場に屍を晒した。想像を裏切るその結末に、観衆は沈黙するのみであった。

 その中には、タバサも含まれていた。ガトリング砲の発砲音で思わず本を取り落としてしまい、その後の展開に、本を拾う事すら忘れて、あまりにも一方的すぎる勝負に見入ってしまっていたのだ。
「ほら、私の言った通りじゃない。クロが勝つ、って」
まぁ、あの銃と剣は予想外だったけどね、とキュルケが付け加えるが、それはタバサも同じだった。
 力だけでなく、あの武器も、クロ自身の身体も、常識を完全に逸脱している。あれがクロの本気なのかとも考えたが、そう決め付けるのは不可能に思えた。
 歴戦の戦士の瞳で、タバサはクロから、あるモノを感じたのだ。力が強い、武器が強力、確かにこれらは、クロの戦闘能力向上に一役買っているだろう。だが、それだけではない。
クロの戦い方は、明らかに、手練のそれだ。クロと対峙し、見た目に騙されては、命はない。
相当数の場数を、しかもかなりの修羅場を、くぐり抜けてきたのだろう、と。



「その様子じゃ、もうお終いみてぇだな」
退屈そうに欠伸しながら、クロはギーシュの前に立った。ギーシュは、というと、尻餅をついた姿勢で、声にならない呻き声をあげながら、必死で後ずさろうとしていた。
しかし、手も足もガタガタと震えているため、その場からろくに動けないでいる。造花のバラは、既にギーシュの手を離れていた。
「き、ききき君は…一体…」
「オイラの名前聞く前に、やる事があんだろ?」
恐怖に染まったギーシュの言葉を遮り、クロが大剣を、ギーシュの喉元に突き付けた。
「ヒィッ!?」
顔を引き攣らせ、言葉を詰まらせるギーシュ。クロは大きく息を吸い、怒鳴りつけた。
「てめぇが男なら! 二股なんざかけずに1人の女を愛してみせやがれッ!」
「は、はいィ!」
その有無を言わさぬ剣幕に、思わずギーシュは頷いた。
「それと…」
クルリと振り返り、大剣を手先で器用に回転させ、流れるような動作で腹に収める。その背中が、ギーシュにはなぜだか、とてつもなく大きな物に見えた。
「ルイズとシエスタ、あと二股かけた相手に謝っとけ。ケジメはキッチリつけな」
それだけ言い残し、クロは立ち去った。クロが近づくと、観衆は誰からともなく、道を開ける。その様は、まるでモーゼの十戒のようであった。

 輪の外に出たところで、クロはルイズとシエスタを見つけた。
「あ、アンタ…、馬鹿力だけじゃなかったのね…」
「すごいですクロちゃん! まさか貴族様に勝っちゃうなんて!」
ルイズとシエスタの賞賛の声を浴びながらも、クロはあっけらかんと答えた。
「あの程度じゃ、オイラとやり合おうなんざ100年早ぇよ」
 馬鹿力だけではなく、強力な武器と戦闘技術、そして頑丈な身体を併せ持つこの使い魔。今までゼロと呼ばれた自分がなぜ、こんなに強力な使い魔を召喚できたのかは解らない。
だが、きっとクロは、立ちふさがる壁を全て破壊してくれるだろう。そして、いつか魔法を使えるようになるその日まで、私の隣にいてくれるんだろう。ルイズは、そう、確信した。

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 クロがギーシュから離れたところで、オールド・オスマンは杖を振った。ヴェストリの広場の映像は途絶え、見えるのは学院長室の内装のみとなる。
「圧倒…しておったな」
「これも、ガンダールヴの力のなせる業なのでしょうか…」
オールド・オスマンは目を瞑り、何かを考えている様子だ。そして、おもむろに口を開いた。
「気づいたかね、コルベール君。小僧のゴーレムと戦っている間、ガンダールヴのルーンが輝いておったのに」
「はい。確かミスタ・グラモンと対峙していた時は、光などは発していなかったように記憶していますが」
「ガンダールヴはあらゆる武器を自在に操る使い魔。であれば、あの大剣を振るっていた時にルーンが光っていたのも、辻褄が合うのぅ」
遠い昔、ブリミルに付き従い、その盾となり戦った伝説のガンダールヴに、想いを馳せるオールド・オスマン。
得てして神格化された伝説というのは、その細部は伝承通りかなど、解らないものである。
「始祖ブリミルのガンダールヴがどのような生き物か、などは解らぬが…。猫では、なかったであろうの」
「普通の猫は、武器など使いませんからな」
 ほぅ、と溜息をつく2人。
「しかし、じゃ。あの黒猫が、本当に狂戦士なら、あの小僧の命はなかったじゃろう――愛など説く前に、あの大剣でバッサリじゃったろうな」
「愛を説く狂戦士などいない、と?」
「そこまで完全に否定はせん。じゃが…やはり判断は早かろう」
「解りました。私はもう少し、ガンダールヴについて調査してみます。と言っても、図書館の書物では限界もあるでしょうが…」
「ふむ。では今度の虚無の曜日にでも、王立図書館へ行ってみるとよいじゃろう。休日手当も付けるぞ?」
虚無の曜日、辺りで露骨に嫌そうな顔をしたコルベールだが、休日手当で目が光った。やはり金の力は偉大である。



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